ドラゴンクエストⅥ 新訳幻の大地   作:ナタタク

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第12話 部屋住みの老婆

「え…?北の滝??」

「おう。俺たち、どうしてもここの北にある滝の奥へ行きてえんだ」

「そう言われてもなあ…20年くらい前に地震でふさがっている。もう入ることはできないよ。岩盤が硬すぎる」

「そうですか…。ごちそうさまでした」

ミレーユが代金を払い、ハッサンと共に酒場から出る。

外では未成年であるレックが待っている。

彼の左手に装備されているのはアモールで購入した鉄の盾だ。

「ハッサン、ミレーユ、どうだった?」

「駄目だ…。あの滝の奥に入るのは無理だとよ」

「そうか…」

「困ったわね…あの奥に鍵があるのに…」

困り果てた3人は町の中にある川を見る。

 

数千年前、ここに精霊ルビスを布教するために世界各地を旅していた老宣教師が訪ねた。

彼は長きにわたる布教の旅がたたり、病に侵されていた。

いかなる薬草も呪文も効かず、死を待つだけだった彼の耳にルビスの声が届く。

ここの川の水を飲めと…。

そのお告げ通り、その宣教師は水を飲んだ。

すると川が光り、彼の病が見る見るうちに消えていった。

その日からその川の水は癒しの水と化したという。

その宣教師の名はアモールだ。

この聖なる水が流れる川のそばに生まれた町、アモールはこうして始まったという。

真偽がどうであれ、アモールの水は万能薬として名高く、ある者は病平癒のため、ある者美しさを得るため、ある者は長寿のためにここを訪ねる。

そんな彼らの宿泊、観光、そしてアモールの水で育てた良質な野菜や穀物の輸出が町民たちの経済基盤だ。

レイドックから離れたレック達は1日と半日かけてこの地にたどりついた。

もう夜更けになっていて、家の煙突からは煙が出ている。

「なあ…これからどうすんだ?」

「どうするって言われても…」

「ああ、あんたらちょっといいか?」

酒場から情報を提供してくれたマスターが出てくる。

「どうしたんですか?」

「今日は宿が満員でね、あんたら泊まる当てがないだろう?せっかくウチに来てくれたんだ。これやるよ」

マスターから一通の手紙が渡される。

「これは…?」

「ヴェルナール神父様への手紙だよ。彼とは友人だし、きっと便宜図ってくれるぜ?じゃあ、次寄った時また来てくれよ?」

「ありがとう…ございます」

手紙の裏面には簡単にここから教会までの地図が描かれていた。

それに従い、3人は教会へ向かう。

教会は町の中心にあり、夜中になっても明りが消えない。

「ふむ…マスターがここを紹介したのですか?」

「はい。泊まる場所が欲しくて…」

しわだらけで、白い髪と肌の老神父が手紙を読み、3人をじっと見る。

「この時期は特に遠方からここを訪ねる方々が多い…。ならばここの1階にあるジーナさんの世話になるといいでしょう」

「ありがてえ!!ベッドが恋しかったところだ」

「そうね…。寝袋ばかりだと疲れがたまるわ」

「ジーナさんは1階の西側の一番端の部屋にいますよ」

神父に言われた通り、1階に降りると、そこには数多くの部屋が存在する。

そこにも宿からあふれてしまった人々が泊まっているという。

「あの神父さんが言っていた部屋ってのは…ここだよな?」

「ああ…。入ろう」

レックが言われた部屋のドアにノックをする。

「うるさいね!!何者だい!!?」

小さくノックしたにもかかわらず、すごい剣幕の老婆が扉を開け、顔を出してくる。

放たれたプレッシャーはすさまじく、3人とも壁に背中をつけていた。

絹織物の厚着を着ていて、真っ白な団子髪と右頬に切り傷の痕がある老婆だ。

外見からして、70後半のようだが背筋はまっすぐで杖を使わずに不自由なく歩いている。

「こ…怖えー…」

「わ、私たちは旅人です。神父さまから、ここで世話になるように言われたんです」

「神父様が…?」

ゆっくり近づき、3人の顔を鋭い目つきで見る。

「ふん!旅人用の寝室があるからそこで寝るんだね!まったく、最近はひどい夢ばかりで気分が悪いよ。疾風のジーナも老いたものじゃわ!」

(疾風の…ジーナ…?)

「さあどきな!私はこれから洗濯しなきゃならないんじゃ!」

レックをどかすと、数着の衣服と洗濯板、そしてランタンを持って教会の外へ出て行った。

「な、なんて怖え婆さんなんだよ…」

「とにかく、泊めてもらえるから早く荷物を置こう」

「そうね…」

3人はジーナの恐ろしい表情を思い出し、少しおびえながら中へ入って行った。

 

5時間後…。

「ぐがーぐがー…」

「すーすー…」

「ぐうぐう…」

3人は旅人用の寝室で眠っている。

ベッドは8つあり、4つごとに男性用、女性用にカーテンで仕切られている。

「う…うう…!!」

「ん…?」

扉の向こうから声がしたのを偶然耳にしたレックが目を覚ます。

レック達のいる寝室はジーナがいた部屋の東側にあり、扉の向こうは当然ジーナの部屋だ。

おそらく、この声の主はジーナだろう。

「イ…イリア…ううう…!」

「イリア…??」

(お困りのようですね…?)

「え…?」

レックの隣に幼い少女が現れる。

「君は…いや、あなたは…!」

(お久しぶりですね、レック)

彼女はライフコッドでレックにお告げをした少女だった。

(ラーの鏡を探しているのですね…?)

「はい。ですが、その塔に入るための鍵は…」

(分かっています。どうやら、私の力が必要な時が来たみたいですね)

「え…?」

驚くレックを尻目に、少女はアモール周辺の地図が刻まれた石版を生み出す。

(さあ、レック。仲間たちと共に時を超えるのです。そして、あの苦しむ老婆に救済を…)

「ちょっと待ってください!?あなたは…あなたは一体!?」

急に石板が水色に光り始める。

そして光は3人と彼らの所持する荷物を包み込み、少女とともに消えて行った。

 

「おい…おい、旅人さん。旅人さん!!」

「うん…??」

ゆっくり目を開くレック。

レックの目に入ったのは見たことのない若者で、場所は眠っていたあの寝室だ。

「あ、あなたは…?」

「大丈夫か?あんたら、この教会の前で行き倒れてたぜ?」

「行き倒れ…??いや、俺たちはジーナさんの許可をもらってここに…」

「ジーナ…?そんな人はこの教会にはいないぞ?」

「え…?」

「夢でも見たんじゃないか?待ってろ、今飯用意してるからよ」

混乱するレックを置いて、男は部屋を出ていく。

「おいおい、一体どうなってんだ?」

「私達…確かにジーナさんと…」

いつの間に起きていたハッサンとミレーユも同じように混乱する。

「と…とりあえず、ご飯を食べたら、外へ出て情報を集めよう。何かわかるはずだ」

 

食事を終え、若者に礼を言ったレック達は教会を出る。

「おはようございます。今日はいい天気ですね」

「え…?」

最初にあいさつをしてきたのは草むしりをしている神父だった。

しかし、容姿は昨日あった神父とは全く異なり、少し日焼けした肌で黒い長髪の中年男性だった。

「あの…ヴェルナール神父様…ですか?」

「…?いえ、私はロレンツォです。ヴェルナールは最近ここで働き始めた若者で、私の後継者です」

「えーーー!!?一体全体どうなってんだ!?訳が分からねえ…」

ロレンツォ(ここからは混同を避けるため、名前で呼ぶことにする)の言葉にハッサンが頭を混乱させる。

よく見ると外にいる町民は全員見たことのない容姿の人々ばかりだ。

「それにしても、大丈夫でしょうか?ジーナさんとイリアさんは…」

「2人を知っているんですか??」

名前を聞いたレックがロレンツォに詰問する。

「ジーナさんは知っているけど…」

「イリア…って誰なんだ?」

ジーナのうめきを聞いていない2人は何を言っているのかわからない。

「ええ…。颯のイリアと疾風のジーナ。最近この町にやってきた盗賊の2人組です。ラーの鏡の鍵となる鏡の鍵を探しにこの町へ来て、先日北にある滝へ…」

「ちょっと待てよ、ジーナ婆さんが滝へ…?滝にある洞窟は20年前に地震でふさがって…」

「地震…?20年前に地震は起こっていませんよ?それに、ジーナさんは若い女性です」

「…。ミ、ミレーユ…もしかして俺たち…」

「ええ。もしかしたら…」

「なあ、一体どうなってんだよ??ジーナ婆さんが若くって、洞窟がふさがっていないって…」

「ハッサン…私達はもしかしたら、地震が起こる前のアモールにタイムスリップしているのよ」

「な…何ーーーーー!!!!????」

町中にハッサンの声が響き渡る。

 

町を出たレック達は北の滝へ向かう。

周辺のモンスターは死の奴隷、スライムベス、沈黙の羊、ベビーゴイル、ヘルホーネットで、それほど苦戦することはなかった。

1時間森の中を歩き、たどり着いたアモールの滝。

そこにはレック達がタイムスリップしている証拠がはっきりと示されていた。

「洞窟が…」

「ふさがってない…」

滝の奥へ進む通路をふさいでいた岩盤は無く、人工的に作られたと思われる洞窟が続いている。

「本当にタイムスリップしちまってるのか…お??」

「誰かいるのか?ハッサン」

「ああ…あの岩場の陰に!!」

指を差された巨大な岩の陰には金色のショートヘアでピンクのビキニアーマーを装備した若い女性が座り込んでいた。

「あ…あなたは…!?」

駆け寄ったレックは問いかける。

しかし彼女の顔が涙でぬれていて、持っている2本のナイフは赤い血で染まっている。

「終わった…全部終わった…」

「終わった…?終わったって、どういうことだよ?」

「はは…全部終わった…。あそこに宝なんてない…あるのは愛しいイリアの死体だけ…」

「イリア…イリアって、颯のイリアのことですか?」

「ああそうさ…一番奥に入って…気が付いたらあたしのナイフがイリアを貫いていて…ははは…」

悲しい笑い声を出す若きジーナ。

再び彼女の眼から涙が零れ落ちる。

「…この洞窟の一番奥に何かが…」

「…ジーナさん、あとは任せてください」

ミレーユが小さな声でそう言うと、3人は洞窟の奥へ進む。

 

奥へ進んでいくと、洞窟の中の大半は水で、夢見の洞窟の時以上の寒さが3人を襲う。

「うう…ここも寒ぃなー…」

「でも良かったわ。水の近くならいつでも体力を回復できる」

「それは多分、魔物も同じだと思うよ」

レックのいうことは間違いではない。

どちらも回復できる場所での戦闘は泥沼化することが多い。

事実、ハッサンのそばでつい先ごろ消滅したベビーゴイルや魔力がこもった土で作られ、踊りながら土に相手の魔力を吸収する泥人形は危機になると水辺まで逃げ、その水で回復していた。

魔物の数がわからず、先へ進まなければならない以上、泥沼化はレック達にとって明らかに不利となる。

更に常に徒党を組んで襲いかかる、気温の低い地域での生存能力が高まったことで体毛が白くなったファーラットであるモコモコ獣は攻撃役と水の補給役に別れること、そしてリーダーが次々と近くの魔物を呼ぶためにここではかなりの強敵となる。

こういった場面で、レックとハッサンはレイドックで教わった指揮官の重要性を思い知った。

逆に言うと、指揮官を倒せばあとは各個撃破できるという意味でもあるが。

「今後のためにアモールの水を補給しておきましょう」

空になった水筒にミレーユはアモールの水を入れる。

そうしていると、ビーポとスライムナイト、森爺と同じ形だが、体の色が青白くなっていて火炎呪文ギラを使いこなす花魔導が現れる。

「そうこう言っている間にまた魔物が出たぜ…」

「くそ!!どきやがれ!!」

ビーポとスライムナイトをハッサンが殴り飛ばす。

レックは鉄の盾でギラを受け止めながら進み、花魔導を兵士の剣で切り裂いた。

切り裂かれた花魔導の花びらが水に落ち、ビーポとスライムナイトが岩にたたきつけられる。

「またモコモコ獣みたいな魔物が来たら、まずいぞ!!」

「レック、ミレーユ!あそこから奥へ入れるんじゃねえか?」

大岩の陰に隠れるようにある穴を指さす。

「いこう!!ここにいたら必ずまた魔物が出てくる!!」

「ええ…」

水筒を懐にしまい、3人は穴に入っていく。

穴の中は水が入ってきていないためか、気温が先ほどいた場所よりも若干高い。

「ふぃー…ここから一番奥まで一気にいけたらいいなぁ…」

「それにしても気になるわ…」

「気になるって?」

「思い出して、ジーナさんが言っていたことを…」

「…」

レックはジーナが言っていた言葉を思い出す。

彼女は一番奥まで到達したが、気が付いた時にはイリアを殺害してしまったと言っていた。

「でも、どういうことなんだよ?一番奥へ行って、気が付いたら仲間を殺してたって…」

「しかし、あの口ぶりからはついてからその時までの記憶が全くないみたいだ…」

「…一つだけこういう状況を作り出す方法があるわ」

「ええ…!?」

「それってどうすんだよ!!!?」

ミレーユの言葉に2人は驚く。

「神経呪文メダパニ、敵の脳の一部の機能を停止させて、幻覚と幻聴によって混乱させる呪文よ。高い魔力を持った魔法使いであれば任意の幻覚や幻聴を見せることもできるわ」

「ってことは、まさか…」

「ハッサン、ミレーユ!!あそこに人が!!」

「何!!?」

レックが指差した方向には空きっぱなしの宝箱と傷だらけで青い鋼鉄の鎧をと鋼の剣を装備した金髪の青年が倒れている。

「あいつ…ジーナ婆さんが言っていたイリアって奴か??」

「ええ…もしかしたら…」

ミレーユはゆっくりと近寄り、彼の脈を測る。

「少し弱いけれど、脈はある。まだ助かるわ!!」

「なら、早くアモールの水を!!」

レックが彼の体を少し起こし、ミレーユが彼の口にアモールの水を注ぐ。

「よし!そいつが起きたらここで起きたこと…を…」

「…?どうしたんだ、ハッサン」

急にしゃべらなくなったハッサンを不思議がりながら声をかける。

すると、ハッサンは足元の石を拾う。

「一体どうしたんだよ、ハッサン」

「てめえ…よくも…」

「へ?」

「お前、よくもレックとミレーユを!!」

振り返ると同時に石がレックに向けて投擲される。

「な…!?」

何が起こったかわからなかったが、反射的に盾で石を受け止めた。

「ハッサン!!?」

「レックとミレーユの仇だ!!くたばれーーー!!」

ハッサンの丸太のような足がレックの腹部に命中する。

「がはっ…!!??」

わずかに胃の中の物をだし、レックが岩まで吹き飛ぶ。

あまりのダメージを手にしていた兵士の剣と鉄の盾が離れてしまった。

「ハ…ハッサン…」

ホイミで腹部への痛みを消しながら、ゆっくりと近づいてくるハッサンを見る。

よく見ると、ハッサンの目が青から赤く染まっている。

「眼の色が赤い…」

「赤い…もしかして!!」

メダパニにかかると目の色が変わる。

グランマーズからの教えを思い出す。

「メダパニにかかってしまったのね。なら…」

「あの世で…レックとミレーユに詫びてこい!!」

右拳をレックの頭に向けて放とうとする。

このまま放たれるとレックの頭部がつぶれてしまう。

「ハッ…サン…」

「ごめんなさい!」

レックが落とした剣の柄で、ミレーユはハッサンに当身する。

ハッサンはそのままグラリと倒れ、気を失った。

「ハッサン…?」

「メダパニにかかってしまったのよ…。気を失わせるか、脳に軽い振動を与えれば解除できるわ」

「でも、なんでハッサンがメダパニに…?」

「もしかしたら…近くに魔物がいるかもしれないわね…」

レックとミレーユが背中合わせになった周囲を見渡す。

「どこだ…どこに魔物が…」

何度も注意深く見渡すが、存在するのは岩ばかり。

魔物の姿は一向に見えない。

「…?」

魔物の足音がかすかに聞こえる。

石と石がぶつかり合ったかのような音で、自分たちに近づいてきている。

「…。レック」

「何?」

「ちょっといい…?」

ミレーユがレックに耳打ちする。

レックはわずかに首を縦に振ると、再び彼女の後ろに立った。

そのまま数十秒が立つ。

(…今だ!!)

急にピンク色の岩が動きだし、レックとミレーユに向けて光線が放たれる。

「…!!ま、魔物が後ろに!?」

「そ…そんな…レックとハッサンが…」

光線を受けたミレーユが膝をつき、レックが剣を抜いてミレーユに刃を向ける。

「あなたが…あなたが2人を!!?」

「おおおお!!」

涙を流すミレーユが彼女を貫こうとするレックの剣を鞭で防ぐ。

「なんだこの魔物!!?けど、倒さないと2人をすくえない!!」

「仇は討つ!!たとえ刺し違えたとしても!!」

「キキキキ…いいなぁ。仲間同士の殺し合いってのは…」

ピンク色の岩が赤い瞳で2枚の翼が付いた悪魔を模した石像型のモンスターに変化する。

「ケケッ!!ムドー様のいうとおり、最高だぜ!!こうして宝を求めて力を合わせたのに、宝を前にして仲間同士でつぶし合う!!そして、気が付いた時には…キキキキキ!!!」

残忍な笑みを浮かべながらレックとミレーユが争い合う光景を見る。

「これで最後だーーー!!」

「レックとハッサンの仇!!」

レックの剣がミレーユの胸を貫き、ミレーユの鞭がレックの首に直撃する。

両者は大量出血しながら倒れこんだ。

「キキキキ!!やったやった!!さあ、あとはこいつらの首を…」

血がこびりついた爪でレックとミレーユの首を切断しようとする。

「キキキキ!!いっぱい血を…!!!?」

急に魔物の首にイバラの鞭が巻きつく。

「キッ!!?」

「今よ、レック!!」

「おおおお!!」

鞭に気を取られている魔物の両目にレックの剣が襲い掛かる。

「グギャアアアア!」

両目を破壊された魔物が顔を手で覆いながら倒れる。

「ギャアア!!なぜーーーー!?お前たちは確かに争って…」

「幻惑呪文マヌーサを使ったのよ」

「マ…マヌーサ…!?」

視神経を麻痺させ、敵に幻覚を見せる呪文。

ミレーユはその呪文でメダパニを発動しようとした魔物に先ほどの幻覚を見せたのだ。

広範囲に、かつ任意の幻覚を見せるようにかなり魔力を使ったためか、彼女は汗でびしょ濡れになっている。

「そう、おかげであなたの目は破壊したわ。メダパニは目を媒介に放つ呪文。そして、呪文を放っている間は姿を隠せない」

「よし…あとはハッサンを起こして石クズにしてしまえば…」

このような、石像や泥など本来命を持たない物質が命を宿す場合、必要になるのは命の石。

逆に言えば命の石さえ破壊すれば絶命させることが可能。

しかし、この魔物の命の石の場所は分からず、目以外のどこを兵士の剣で攻撃しても決定打にはならない。

「キキーーーーッ!!」

「!?」

急に魔物が暴れ始める。

イバラの鞭を破壊し、レックに攻撃する。

(な…なんで正確に俺に向けて拳を…!?)

何と片手で1度目の攻撃を受け止めるが、もう片方の拳がレックの胴体ではなく剣に襲い掛かる。

この魔物の体は石だと言ったが、広義的に解釈すると鉱石もまた石となる。

そしてその強度は兵士の剣以上。

そのため、あっさりと剣が砕けてしまった。

「そ、そんな…!?」

「キキキ!!このホラービースト様がこの程度で負けると思ったか、ブァーーーーカ!確かに目が無けりゃあメダパニは使えねえが、それで周囲が見えなくなるとは限らねえぜ?いわば、俺様の体全体が目であり、耳でもあるんだよぉ!」

ホラービーストの拳が再びレックを襲う。

彼は目を潰されたことをかなり根に持っているようだ。

「レック!!」

即座にミレーユがスカラを唱えようとする。

「邪魔すんじゃねえ、このアマァ!!」

ホラービーストは尾で薙ぎ払い、ミレーユの腹部に強烈な一撃を与える。

「ああ…!!」

「ミレーユ!!」

ミレーユが腹部を抱えながら倒れ、レックがホイミを唱えるために駆け寄ろうとする。

「よそ見すんなよ…ガキがぁ!!」

ホラービーストの爪によって、レックの脇腹に深い切り傷が生まれる。

「うわあ!!」

わき腹からの激痛で、レックは膝をつく。

普段ならば盾で受け止めることができたが、仲間を傷つけられたことで冷静さを欠いてしまった。

「キキキ…てめえは簡単には死なせねえ。あの水の中で窒息させてやるぜー」

レックの頭を持ち上げ、ニヤニヤと笑う。

「くっ…!!」

何とか抵抗するために盾でホラービーストを殴るが、全くダメージを与えられない。

「何抵抗してんだよ?このままおとなしく死にゃ…!?」

ズブリ!!

急にホラービーストの腕の力が抜け、レックが下へ落ちる。

「え…?」

一瞬何が起こったのかわからなかったが、よく見るとホラービーストの胸が剣によって貫かれていた。

そして、その剣の主は…。

「よぉ…さっきはよくもこの俺、颯のイリアとジーナをはめてくれたじゃねえか…」

「お…お前は…!?」

回復したイリアがにやりと笑いながら剣を握っていたのだ。

「き…きききききき…貴様ぁーーーーー!!」

命の石を貫かれたためか、ホラービーストの体が崩れていく。

そして、ほんの十数秒でただの石ころに変わっていった。

「イ…リア…さん…」

「アモールの水、まだあんだろ?それでさっさと回復しとけ」

助けようとした人に助けられたことを奇妙に思いながら、レックは自身とミレーユにアモールの水を飲ませる。

幸いミレーユの場合はダメージが相対的に低かったため、わずかな水で傷は治った。

「そういやぁ、お前もこれを探してたのか?」

「え…?」

イリアが懐から取り出したのは小さな鏡がついた金色の鍵だった。

「それが…鏡の鍵?」

「おう。こいつで世界のどこかにある月鏡の塔の扉が開く。そして、その中には最高の宝であるラーの鏡が待っているのさ」

そういうと、イリアがレックに鏡の鍵を握らせる。

「え…?」

「助けてくれた礼だ。持って行け」

「そ、そんな!?あなたはこれを探すために…」

「何言ってんだ?俺とジーナにはまだまだ宝を探す当てが山ほどあるんだ。今度はラーの鏡以上の宝を見つけてやるさ。さてと…筋肉男ときれいな姉ちゃんが起きたら…??」

イリアがびっくりしながらレック達を見る。

「え…?どうしたんですか?イリアさん」

「なんでお前の体、光ってるんだ??」

「ええ…!?」

びっくりしながら自身の手を見る。

両手からなぜか白い光を発していた。

よく見るとハッサンとミレーユも同じ光を発している。

「まさか…このまま元の時代へ…」

「おいおい、元の時代?それってどういう…」

「お…俺に言われても…うわあああ!!」

そのまま光が強くなっていき、光が消えると同時に3人の姿がなくなってしまった。

「い…一体何がどうなって…!?…ってあれ?俺…ここで何を…?」

 

「…うわあ!!?」

目を覚ましたレック。

そこはアモールの教会の部屋、更にいえば自分たちが泊まっていた部屋だった。

「夢…だったのか…?」

頭をわずかにふり、自分の荷物を確かめる。

「あ…!!」

荷物を確認すると、置いてあった兵士の剣が折れていて、鉄の盾にはへこみがある。

更に今度はミレーユの荷物を確認するとアモールの水が水筒に入っている。

「夢…じゃなかったのか…」

「いつまで寝てんだい!?さっさと起きな!!」

フライパンをおたまで叩きながらジーナが入ってくる。

「うわあ!!」

「え…ええ…!?」

びっくりしたハッサンとミレーユが目を覚ます。

「ジーナ…ちったぁ静かにしてくれ。かなり響くぜ…」

「何言ってんだいイリア。これぐらいしないと起きないんだよ、最近の若者は!!」

「え…?」

「イ、イリア…??」

3人は目を丸くしていると、ジーナの背後に真っ白な長髪でしわだらけの顔、そして緑色の服を着た老人が目に入る。

「ようやく起きたか…。ほら、早く出る支度をしねえと。酒場でのモーニングサービスが受けられねえぞ」

「は…はあ…」

なぜイリアがいるのかハッサンとミレーユには分からなかった。

しかし、レックはなぜかその理由がわかった。

(俺たちの過去での行動が…歴史を変えたのか…?)

レックの服のポケットには鏡の鍵が入っている。

 

「にしても、なんかすげえ世話になったな…」

2人にあいさつをし、アモールを出たレック達。

旅立ちの際、ジーナ達から今の自分たちには必要ないとしてさまざまの物を贈られた。

イリアが装備していた剣と鎧、ジーナが装備していた2本の毒蛾のナイフ。

更にアモールの水やランタンの油、バトルリボンなど、大盤振る舞いにもほどがある。

「けど、俺たち本当に過去のアモールへ行ったんだな…。いまだに夢みたいだぜ」

「そうね…。私も鏡の鍵を見るまで、ずっと夢だと思ったわ」

ハッサンとミレーユが話している間、レックは何も言わずにただ空を見ている。

(教会の時と言い、アモールでのタイムスリップといい…精霊様に助けられたのかな…?)

それよりも気になるのが自分の記憶から借りたという少女の姿。

レックはそのような少女に会った記憶はない。

(どういうことなんだ…?)

考えるレックだが、いつまでたっても答えは見つからない。

「おーい、レック。魔物だぜ!」

ハッサンの声で心が目の前の現実に戻る。

沈黙の羊とベビーゴイル、ヘルホーネットが襲いかかってきた。

(そうだ…今はラーの鏡を探すのが先だ!)

イリアの鎧をまとったハッサンがヘルホーネットを殴り飛ばしている。

レックはイリアの剣を手に、ギラを放とうとするベビーゴイルに立ち向かっていった。




今回はかなり長く書いてしまいました。
キャラ情報の更新はしばらくお待ちください。

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