ヤンデル大鯨ちゃんのオシオキ日記   作:リュウ@立月己田

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 水が入ったバケツを担ぎ上げる提督。
そして、ル級への拷問が始まります。
私は本音を隠しながら、辛い気持のまま手伝います。
これが本当に正しいことなのか。

 その答えを、知る者は居るのでしょうか……。


私がヤン鯨になった理由 その5「艦娘と深海棲艦」

 提督がバケツを高々く持ち上げると、いきなりル級に向かって鉄格子越しに中身をぶちまけました。

 

「て、提督っ!?」

 

「なにを驚いているのだ。今から拷問を開始するのだから、起こさなくてはならないだろう?」

 

「そ、それはそうですけど……」

 

 言われている意味は分かりますが、やっぱり私としては腑に落ちない部分があります。ですが、今から拷問を始めるのだと言って優しく起こそうとすることの方がおかしいのでしょう。

 

「ウ……グ……ッ」

 

「起きろ。さもなくば、何度でもぶっかけるぞ?」

 

 なんだかいやらしい気がするセリフですが、現状はそんな甘いモノではありません。

 

 ……いえ、それはそれで悲惨かもしれませんし、それこそ私はどうすればいいんだって感じになっちゃいますよね。

 

「…………ッ」

 

 意識を取り戻したル級は自らの身体が水に濡れているのに気付き、提督の顔を睨みつけました。

 

「ふん……。まだそんな顔ができるのだな」

 

 不機嫌そうな言葉とは裏腹に、提督の顔は薄気味が悪い笑みを浮かべていました。

 

「大鯨、後方の壁にある色違いの部分に触れてみろ」

 

「こ、後方の……ですか?」

 

 私は言われた通りの場所を探すべく振り返ります。

 

「先ほど私が指で突いていた場所だ」

 

「……あっ、これですね」

 

 目を凝らして見ると、確かに周りとは少しだけ濃い感じの色合いになっている部分がありました。私は手のひらでゆっくりとそこに触れてみると、ぼんやりとした光が浮かび上がり、ボタンのような丸いモノが表示されていきます。

 

「右から3番目にあるボタンを押せ」

 

「わ、分かりました」

 

 言われた通りの部分を人差し指で押すと、ほんの少しだけ壁が沈んだような感覚が伝わり、カチリと小さな音が鳴りました。

 

「ムグッ!?」

 

 いきなり悲鳴のような声が聞こえ、私は提督の方へと振り返ります。すると、倒れていたル級がいつの間にかロープのようなモノに拘束され、床に張り付け状態になっています。

 

「よし、上出来だ。それではこのバケツに、先ほどよりも多くの水を張れ」

 

「は、はい……」

 

 私は言われた通りにし、なみなみと水が入ったバケツを提督に渡します。こんなことはしたくない。だけど、従わなければ仲間の身が危うくなってしまう。

 

 それは体の良い言い訳であることは分かっています。

 

 しかしそれでも、私は提督に逆らうことができません。

 

 非情になれれば、どれだけ楽なんだろう。

 

 ル級を敵だと思い、海で戦うときと同じであれば、どれだけ辛くなくなるのだろう。

 

 そんな私の思いとは裏腹に、提督は何度も何度もル級に水をかけ、空のバケツを汲むように命じます。

 

 それを数えていた回数がやがて不確かなのではと思い始めたころ、提督は大きく息を吐きながらバケツを地面に転がしました。

 

「どうだ。何度も水をぶっかけられて、話す気になったか?」

 

「……フン。私ニ水ヲカケタ程度デ、従順ニナルトデモ思ッタノカ?」

 

 そう答えたル級は、提督の顔を睨みつけたまま口元を釣り上げました。

 

 ですが、その表情は明らかにやせ我慢をしているように見えます。

 

 本来、深海棲艦であれば普段は海の中に居るのですから、バケツで何度も水をかけられたとしても、なんの問題もないのでしょう。しかしそうであったとしても、拘束され、ろくに休むこともできない状態が続けば、疲労していくことは手に取るように分かります。

 

 おそらく提督は、あえてこの方法を取ったのではないのでしょうか。

 

 全く苦にしないであろう水を使って、尽く痛めつけるという手法。

 

 それは肉体へのダメージ以上に、精神を削り取るためなのでしょう。

 

「ならば、何度でも続けるだけだ」

 

 言って、提督はバケツを拾って私に渡します。

 

 こうして長い時間、ル級に水をかける作業が続きました。

 

 

 

 

 

「どうだ、まだ話す気にはならないか?」

 

「グ……フ……、ハァ……ハァ……」

 

 提督の問いに、ル級は答えませんでした。

 

 ――いえ、むしろ答えるだけの気力がなくなってしまっているのかもしれません。

 

「しぶといことは分かっているが、さすがに少々疲れてきたな」

 

 バケツをその場に落とした提督は、右肩をグルグルと回してから大きなため息を吐きました。

 

「て、提督……」

 

「……なんだ?」

 

「差し出がましいかもしれませんが……」

 

「構わん。言ってみろ」

 

 提督はどうでも良いと言わんばかりの口調で、私の方に振り返りもせずに言いましたが、許可を得ることはできました。

 

「ル級は……、その、かなり限界が近いのでは……と、思うのですが……」

 

「そうだろうな」

 

「……っ」

 

 断言した提督の言葉に、私は息を詰まらせてしまいました。

 

 つまり、提督は理解した上で水をかけ続けたのです。

 

 拷問とはそういうモノかもしれませんが、情報を聞き出す前に追い詰め過ぎてしまったら意味がないはずなのに。

 

 肉体の修復ならばバケツがあります。しかし、精神の修復にはそれが効かないはずなのです。

 

 まさか、提督がそのことを知らないということはないでしょう。

 

 ならばどうして、こんなになるまでル級を追い詰め続けるのでしょうか。

 

「……まぁ良い。お前の言い分も分からなくもないし、私も疲れてきた」

 

 提督はそう言って、首をゴキゴキと鳴らしながら私の方を向きました。

 

「今から10分ほど休憩にする。ル級の拘束を解くよう、ボタンを押しておけ」

 

「は、はい。分かりました」

 

 ホッと胸を撫で下ろしたいのを我慢した私は頭を下げたんですが、提督は「フン……」とため息にも似た声を呟きながら踵を返し、部屋の外へ出て行きました。

 

 その後ろ姿を見送り、すぐに壁のボタンを押してル級の拘束を解きます。ロープのような拘束機がシュルシュルと床の穴に戻り、ル級の身体は力が抜けました。

 

「だい……じょうぶ、ですか……?」

 

 鉄格子に近寄った私は懐からハンカチを取り出し、ビショビショになったル級の顔を拭いてあげました。

 

「………………」

 

 無言のまま視線だけを私に向けるル級は、ジッとその場で寝ています。

 

 たぶん、身体を動かす気力も体力もないのでしょう。

 

 ここにバケツがあれば使ってあげたいですが、仮にそれができたとしても、その行動は非常に危険です。

 

 提督がその事実を知れば私の立場が危ういモノとなり、最悪の結果を招くかもしれません。

 

 ならばせめても――と、私は優しい手つきでル級の顔を、そして届く範囲を拭いてあげたんです。

 

 ハンカチはすぐに水を吸えなくなり、何度も絞っては拭く――を繰り返しました。

 

「……ナゼ、ソンナコトヲスル?」

 

「……えっ!?」

 

 注意深く聞かないと、聞き取れない声。

 

「貴様ハ、ドウシテ私ヲ拭クノダ……?」

 

「そ、それは……」

 

 可哀想だから。

 

 その言葉を発することはできませんでした。

 

 なぜなら、私はル級を拷問している側なので、明らかに矛盾してしまうことになります。

 

「ご、拷問に耐えられる体力を回復させるために……、しているだけです……」

 

 だから、こんな嘘を言うしかありません。

 

 本音を言ってしまえば、全てが無駄になってしまうかもしれないから。

 

 本音を伝えてしまえば、これ以上提督の命令を聞けなくなってしまうから。

 

 それは私だけではなく、身の回りの全てを不幸にしてしまう悪手。

 

 だからこそ私は、ル級という生贄を見捨てる道を選んだのだ――と。

 

「……デハ、質問ヲ変エヨウ。ナゼ……、私ヲ拷問スルノダ?」

 

「それはさっきも提督が言った通り、あなたから情報を聞き出すために……」

 

「ソノ答エハ、モウ言ッタハズダゾ?」

 

「そ、それが本当だという証拠は……」

 

「嘘……、ダト言ウノカ?」

 

 ギロリ……と、ル級の目が私の顔に向けられた瞬間、身体の体温が一気に下がった気がしました。

 

「ナラバ貴様ハドウナノダ?」

 

「……っ!?」

 

「嘘ノ言葉デ塗リ固メ、嘘ノ顔ヲ浮カベナガラ、私ヲ拭イルダロウ?」

 

「そ、そんなことは……っ」

 

「ソレモ嘘ダ。貴様ノ目ヲ見レバ、ソンナコトハスグニ分カルノダゾ?」

 

「あ、あなたになにが分かるって言うんですかっ!」

 

 部屋中に響き渡る大きな声を、私は叫んでしまっていました。

 

 ル級の言葉があまりにも的確過ぎて、私の本心が完全に読み取られてしまっていたからです。

 

 そして、いつの間にか私の目からは一筋の涙が零れ、ぽたりと床に落ちました。

 

「ソウダナ。私ニハ理解ガデキヌ……」

 

「そ、そうでしょうっ! それじゃあ、この話は……」

 

「貴様ヨリモ弱キ者デアルアノ男ニ、ナゼ従ッテイルノカ……、全ク理解デキヌ」

 

「………………」

 

 ル級は能面のように冷めきった表情で、ぽつりと呟きました。

 

 その言葉にはなんの効力もなく、私の心を響かせるようなことはない……と思っていたのですが、

 

「それは……、私が艦娘だから……です」

 

 残り少ない蝋燭の火のように、吹けば簡単に消え去ってしまいそうな小さな声で、私はいつの間にか俯きながら呟いていました。

 

「ソレコソ、理解不能ダ……」

 

 視線を私から逸らしたル級は、天井を見上げました。

 

「強キ者ガ弱キ者ニ従ウ世界ナド、理不尽デシカナイダロウ?」

 

 グラリ……と、心が揺れ動いてしまう気がする。

 

「それが……、この世の中なんです……」

 

「私ハ生マレテ間モナクコノ場所ニ連レテコラレタガ、海ノ底デハソウデナイコトクライ本能デモ分カルノダガ?」

 

 間違いに気づかされてしまったような思いが、胸の内に充満していくような感じになる。

 

「こ、ここは……、地上です……から……」

 

 私はル級にそう答え、ギュッと目を瞑りました。

 

 当たり前の言葉を並べなければ。

 

 それが当たり前のことなのだと言い聞かせなければ。

 

 心の隙間を埋めてしまうように、私は何度も言葉を繰り返し続け、そして目を開けました。

 

「ソレラ全部ガ嘘ナノニカ?」

 

「もう……、止めて下さい」

 

「自分ヲ騙シテイルダケナノニカ?」

 

「それ以上、話さないで下さい」

 

「全テヲ理解シテナオ、目ヲ閉ジルトイウノカ?」

 

「いい加減にして下さいっ!」

 

 拒絶する声をあげた私は、大きく肩で息をします。

 

 いったいなにを拒絶したのか。誰の言葉を信じて良いのか。

 

 そして、今の自分が本当に正しいのか。

 

 それらが全く分からなくなりかけた私は、叫ぶ方法しか取れなかったのです。

 

「貴様ハ既ニ、答エヲ知ッテイルノダロウ?」

 

 だけどル級は黙るどころか、核心を突く言葉を発しました。

 

 私の身体は大きく揺らぎ、足が少しずつル級から後ずさってしまいます。

 

 これ以上、ル級の言葉を聞いてはいけない。

 

 そう――思った私の耳に、小さな足音が聞こえてきました。

 

「休憩は終わりだ。そろそろ再開するぞ」

 

 提督の言葉が聞こえ、霧散しそうになっていた私の心が形を取り戻します。

 

「……チッ」

 

 ル級の舌打ちが部屋に響き、私は非常に危うかったのだと理解しました。

 

 もう少し提督が戻るのが遅ければ、ル級の言葉に洗脳されていたのかもしれない。

 

 安堵の気持ちが身体中に伝わって行く中、心の中で渦巻いていたモノがひび割れを起こした風に感じ、

 

 

 

 ほんの少しだけ、『ナニカ』が変わってしまったのでした……。

 




次回予告

 ル級の言葉に惑わされそうになっていた私。
そんな不安定な心のまま、戻ってきた提督は指示をしてきます。

 恐ろしい拷問が始まり、そして続けられるのです……。


 私がヤン鯨になった理由 その6「水拷問」


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