ポポタの登場は僕にとってみれば幸いだった。
何が幸いなのか言われてみるとよくは分からないが、彼は僕に剣の扱い方を教えてくれた。
これは大きなことだった。
もちろんモンスターをやっつけた分だけ強くはなったんだろうけど、それだけでは分からないことがたくさんあった。
「君を見ていると思い出す」
痩躯で無表情に影のある感じでポポタは言った。
「あの人が負けるなんて、そんなこと信じられない。あるわけがない」
「そんなに?」と訊く。
「彼を超える人間なんて一生出やしない。一生。」
「僕は超えたいんだけど」
「面白いな」
彼は無表情にそう言った。
*****
ロマリアの城壁をくぐり、街の中へ入った僕達はポポタと別れて宿で休むことにした。
既に陽は落ちきっていたが、街は賑やかだった。
僕は前回の記憶から、てきぱきと宿をめぐりツンデレツインテールで王族でもあるアメリアが望む宿を取ってさしあげた。
宿はアリアハンの方では食せないディナーと大浴場の付いた素晴らしい宿だと年季の入った宿主が言っていた。
金貨袋はすっかり軽くなって寂しくなってしまったが部屋の中を見たツンデレツインテールは「仕方ないわね。ここで我慢してあげるわ」と言いながら何故かニコニコとしながらフカフカの高級チェアに座った。
「ワインが飲みたいわ」と僕に指を指して言った。
「別料金だよ」と僕は言う。
「なによ。その分だけモンスターを倒せばいいじゃない。簡単なことでしょう?」
倒すのはどうせ僕だ、と思った。
黒のとんがり帽子を脱いでくつろぎ始めたツンデレの頭は見事なツインテールだった。
ツンデレツインテールだ、と思った。
金髪の長く伸びた、いかにもな髪。
僕は少しばかりその頭のてっぺんの綺麗に分かれた分け目を眺めた後、何か言われる前に目を離してマゴットちゃんを空いている椅子に座らせて、僕は言いつけ通りにワインを貰いに行った。
「ちゃんとチーズも貰ってくるのよ」と声が聞こえた。
幅広の螺旋の階段を降りてカウンターにいた宿主にワインを一つ頼むと宿主は訝しげに僕を見ていた。
「失礼だが随分若そうなお客様ですな」と随分と年季の入った宿主はそう言った。
「随分と若いです」と答える。
「ほう。いくつかな?」
「16になったばかりです」
「なるほど」と宿主は考えたそぶりをみせて「すぐにお持ち致します。お部屋でお待ち下さい」と言って奥へ消えていった。
16は大丈夫な様だ。お金も払ったし問題は何一つなかった。
ただ分かることは僕はお酒が飲めない身体だということだけだった。
*****
街はとても賑やかだった。
僕の住んでいた世界と何一つ変わりが無いように見えた。
人々は笑っていたし、歌も歌っていた。
踊り、騒ぎ、楽し気な街だった。
何万もの石を積み上げた、しかしたったそれだけでしかない城壁の向こうにはすぐ人々が住めない世界が広がっているというのに。
街の様子を少し見てから部屋に戻ると、すでにワインのコルクは抜かれて辺りに甘い香りが漂っていた。
「どこ行っれらのよ」
「ちょっとね」
「あんらもろむろでしょう?」とツンデレツインテールは言う。
隣で僧侶のマゴットちゃんが苦笑いに僕を見たので頷いてみせて
「僕は飲めないんだ」と答えた。
「らによ!いっそにろめないんっていうろ!」
いつもは冷徹を表すかの様な白い頬は血色良く染まっていたし、目だけで相手を殺すかの様なキリリとした目付きも今や緩みきっていて、何よりろれつが全く回っていなかった。
僕より飲めないのに飲んでるようだった。
「らぬちにうれんろ!」と木製の立派なアンティークテーブルをパンパンと叩く。
もはや何を言ってるのか想像も及ばない。
適当に「あーあー」と頷く。
「らにののぉ! なありにりねんろ!」
「大丈夫」と言ってとりあえず隣の空いている椅子に腰かける。
分かっていたことだか僕の前にもグラスは置かれていて、すぐにそこへ赤色をしたワインが危な気に注がれていく。
「少しでいいよ」
「うるはい!」と僕の言葉は一蹴される。
マゴットちゃんを見る。相変わらず苦笑いに尽きている。
「くてぃごらえするりょ燃やすあよ?」
と座った目つきで僕の顔を覗き込んでその酔っ払いはそう言った。
僕がさっき街を眺めていたのは10分かそこらだ。いくらなんでも酷すぎる、と思った。
ここでお得意の火でも放たれたら、何匹のモンスターを倒して宿主にお金を返せばいいのか考えるだけで恐ろしくなった。
機嫌を損なわせるのは得策ではないようだ。
すると「のんれ」とツンデレツインテールは突然に可愛げな笑顔を作り、葡萄とアルコールの混ざり合った甘い吐息でそう僕に迫った。
柔らかい表情は確かに可愛いかもしれなかった。
普段はツンツンして何言おうが澄ました顔をして「ふん」とか言って笑顔もろくに見せないのになんで急にそんな可愛げな顔をする、と思った。
酔うことはとても怖いことだと思った。
やはり飲むことは出来ない。
「あやくあやく」と小っちゃな子供になったみたいに無邪気に迫られた。
隣でチーズを少しずつかじっているマゴットちゃんは「一口だけならきっと大丈夫ですよ」と言った。
「大丈夫じゃないよ」
僕もこんな感じになってしまったら誰が止めるんだ、と思った。
言い方が悪いがマゴットちゃんはいつまでもそうやって傍観してチーズをちょこちょことかじっていそうなのだ。
「ふふふ。らーんら。飲み方知らあいをね?」
「飲み方?」
「うんうん」とツンデレツインテールは首を縦に二回振ると、得意気な顔をみせてテーブルの上に置かれたワイングラスの細い部分に、人差し指と中指で挟んで弧を描くように回し始める。
するとグラスの中の液体は綺麗に踊り出した。
「わあった? 」とにっこりと微笑んでいる。
分かったには分かったが僕のグラスに注がれたワインは今にも溢れそうなほどで回すことは不可能だった。
それを見たアメリアは「きゃはあ」と笑って僕を馬鹿にした。
馬鹿にしたあげく、そのままこっくりと眠ってしまった。
なんて奴だ、と思った。