ラブライブ!~金色のステージへ~   作:青空野郎

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STAGE.8 大きな背中

私が音乃木坂学院に入学した日、つまり今から1年ほど前のことになります。

入学式を終えた私は春爛漫の陽気に照らされた帰り道を穂乃果とことりの3人で歩いていました。

落ち着いた優しい空気に満ちた穏やかな街並みを幼馴染3人そろっての下校。

小学生のころから続いてきた今までとはさして変わらない光景ですが、私はかつてない高揚感で胸を膨らませていました。

当然です。

私にとって、ひいおばあさまの代からの母校である音ノ木坂学院に通うことは物心ついた時からのささやかな夢でした。

そして今、幼いころからの念願が叶ったわけですからうれしくないはずがありません。

憧れていた制服に身を包んでいるためか、見慣れた景色もいつもより鮮やかに見えます。

ですが、この小さな幸せも当たり前と思ってはいけない。

当時の私はありふれた日常という幸せをかみしめていました。

過去にそう思わせる出来事があったからです。

あれはさらに1年前―――正確には私がまだ中学2年の3月の終わりのことです。

あと少しで春休みも終わり、月が替われば晴れて3年生になります。

中学の3年生は進路を意識する重要な時期に立たされるわけですが、この時の私はすでに音ノ木坂に進学することしか考えていませんでした。

しかし、そんな私の日常を引き裂くかのように、突如として超巨大な人型の怪物が現れたんです。

周りの山ですら膝の高さにも届かない巨体はまさに巨人。

真夜中の静寂を打ち破り、海の向こうから進撃するその光景に我が目を疑ったものです。

警察や自衛隊の誘導に促されるまま避難するころには町中が阿鼻叫喚の巷と化していました。

悪い夢だと自分に言い聞かせようともしましたが、巨人が口から光線を放った瞬間、それが私たちに死をもたらす存在であり、世界中のどこにも逃げ場がないことを否応にも理解させられました。

光線は運よく空の彼方へと消えていきましたが、もしも地上に直撃すればどれほどの被害をもたらしていたのでしょうか。

巨人が迫りくるにつれて周りに不安が伝播し、恐怖が雪だるま式に大きくなっていきます。

そして巨人があと一歩踏み込めば街ごと踏み潰してしまう距離まで迫った時には、私もただただ震えて涙を流すことしかできず、もう死を待つだけだとあきらめかけたその時でした。

 

 

バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!

 

 

突如として、雷鳴の如き咆哮が天に轟いたのです。

何事かと目を開くと、その先には光がありました。

いえ、正確には金色を纏った光の龍が巨人の前に立ちはだかっていたんです。

巨人の身の丈をもさらに大きく超えるその巨躯から放たれる金色の輝きに目を奪われました。

今までの常識が覆る光景に言葉を失ってしまう始末でしたが、なぜか私の中から恐怖の感情は消えていました。

むしろ私たちを照らす金色の光に不思議と安心感を覚えていました。

誰もが固唾を飲んで行く末を見守る中、再び咆哮を響かせて光の龍は巨人に牙を突き立てました。

巨人は抵抗を試みていましたが、寸時の拮抗の末、光の奔流に飲み込まれるのを最後に私たちの前から姿を消してしまいました。

取り戻された静寂で状況を把握した途端、誰からともなく狂喜乱舞の歓声が沸きあがりました。

夢だったのではないのかと疑いもしましたが、私もあの時ほど生きていることに歓喜したことはありません。

当時はかなりの話題になりましたが、結局最後まで正体はわからないまま一年が過ぎた今、私は穂乃果とことりと3人そろって無事に音乃木坂学院の門を潜ることができました。

 

「う~ん、今日もパンがうまい!」

 

私の隣で穂乃果が呑気な面持ちでパンを頬張っていますが、泣きついて勉強を見ていた頃が懐かしく思えます。

 

「穂乃果、行儀が悪いですよ」

 

「むぅ~、海未ちゃんのケチぃ」

 

「まあまあ海未ちゃん、今日ぐらいいいじゃない」

 

そして今日も平常運転の穂乃果を叱咤し、ことりが和ませる。

本当にささいな日常の一幕ですが、あの日の出来事をきっかけに何気ない平穏を享受できるということがかけがえのない奇跡なのだと知ることができたのです。

今では良き教訓として私の胸に深く刻み込まれています。

 

「よくありません。今日から高校生になったことを穂乃果はもっと自覚するべきです」

 

そうです。

私たちの高校生活は始まったばかりなのです。

これからはまた新たな目標に向かって精進しなければなりません。

しかし、心のどこかで気持ちが浮かれていたせいか、この時の私は背後から迫りくる気配に気づくのが遅れてしまったのです。

 

「きゃあっ!?」

 

突然の悲鳴とともに穂乃果の体勢が崩れました。

 

「穂乃果!?」

 

「穂乃果ちゃん!?」

 

私もことりも何事かと思ったと同時、穂乃果の手から鞄が消えていました。

視線を巡らせると、私たちの前方に自転車を走らせる男性が穂乃果の鞄をつかんでいたのが見えました。

ひったくりにあったのだと理解した時には頭の中が真っ白になってしまいました。

 

「ま、待ちなさい!」

 

それでも何かしなければと思い立ちますが、足は地面に縫い付けられたように動いてくれません。

卑劣極まりない行為を許せない心情と非常事態に直面した精神的なプレッシャーとの激しい鬩ぎあいに飲まれてしまい、私は咄嗟に声をあげて呼び止めることしかできませんでした。

しかし、所詮はただの無駄な足掻き以外の意味しか成さず、もちろんそんなことでひったくり犯は止まるはずがありません。

距離が開けていく様をむざむざと眺めることしかできない現実に結局、私はいざという時には何もできない無力な存在であることを思い知らされたような気がしました。

理不尽な事実と異様な恐怖で震える体を抑えるのが精いっぱいでしたが、自分の惨めさに心が押しつぶされそうになった時でした。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 

私の忸怩の念を吹き飛ばすように、すぐ隣を一陣の風とともに何かが通り過ぎました。

 

「待たんかいコラアアアアアアアアアアッッ!!」

 

通り過ぎた何かの正体は、雄叫びを上げながらひったくり犯の後ろを追いかける学生服を着た男性でした。

速い。

腕や脚が残像を残すほどの現象から生みだされる速度でみるみるうちにひったくり犯との距離を詰めていき、勢いの乗ったところで跳躍。

空中で体勢を整えながら狙いを定めるように腕を大きく振りかぶる彼がその手に持つもの、それはハリセンでした。

 

「ザケル!」

 

スパーン!

 

「ほぶぁっ!?」

 

何かを叫びながら振り切ったハリセンの一撃が見事ひったくり犯の後頭部に直撃。

そのままひったくり犯が自転車から転落するという一連の光景に私は目を白黒させていました。

 

「何しやが―――」

 

「あ゛ぁ゛ん?」

 

ひったくり犯が食って掛かろうとした瞬間、地の底から響くような声音が耳朶を叩きました。

所謂、ドスの利いた声にひったくり犯は黙りこんでしまいます。

それどころか顔は青ざめ、目の端に涙を浮かべていました。

一体彼はどんな表情でひったくり犯を見下ろしているのでしょうか。

私の位置からでは彼の顔を窺い知ることはできませんが、口元の辺りから牙が覗いているように見えたのは気のせい………ですよね?

腰を抜かすひったくり犯を見下ろす彼。

蛇に睨まれた蛙とは、まさしく今の状況のことを言うのでしょう。

私自身も声をかけることすら憚れる恐怖を肌で感じました。

 

「ジェヤアアアアアアアアア!」

 

「ひぃ――――」

 

遂にはトドメと言わんばかりに彼が怒号を張り上げるや否や、ひったくり犯は白目をむいて倒れてしまいました。

どうやら気絶したようです。

ちなみに、頭部から角が伸びていたような気がしましたがきっと目の錯覚ですよね?

穂乃果もことりも唖然とした表情を浮かべるほどの突拍子もない光景でしたが、いつの間にか体の震えは止まっていました。

 

「ったく、くだらねえことしやがって」

 

落ち着きを取り戻した声音で悪態をつく彼は穂乃果の鞄を拾い上げてこちらに歩みを向けてきます。

 

「あ、あの………」

 

私は無意識のうちに私は彼に声をかけていました。

 

「はい。これ、キミのだろ?」

 

そう言って、とても穏やかな笑みで彼は穂乃果の鞄を手渡してくれました。

 

「あ…ありがとう、ございます」

 

おずおずとお礼を言う穂乃果の隣で私は彼に見覚えがあることに気づきました。

音ノ木坂学院の入学式では、入試で1位の成績優秀者が新入生の代表として挨拶をするらしいのですが、今私たちの前にいる彼こそが颯爽と壇上に現れた人物でした。

 

「えっと、確か同じクラスの高坂さん、園田さん、南さん、だよな?」

 

「え、あ、はい。でも、どうして……?」

 

いきなり名前を言い当てられたことで、心に思ったことをそのまま口にしてしまいました。

1年は1クラスしかないとはいえ、総代として新入生にその存在を知らしめた彼とは違い、私たちはHRで一度だけ自己紹介を行った程度です。

さらには彼と言葉を交わすのもこれが初めてなのにもかかわらず、名前を憶えられていたことに素直に驚きました。

 

「なんでてって……そりゃ、クラスメイトなんだから名前覚えるぐらい普通だろ?」

 

さも当然と答える彼の言葉に今度こそ二の句がつなげなくなりました。

 

「じゃあ、また明日。これからよろしくな」

 

私たちの動揺を知ってか知らずか、最後にそう言い残して彼は来た道を戻っていきます。

時間にしてみればほんの数秒のやりとりでしたが、私は自然と、横を通り過ぎる彼の姿を目で追いかけていました。

不覚にも、私たちに向けたあの穏やかな笑みに見惚れてしまっていたからです。

特に、幼いころから武道を積み重ねたことで培ってきた強さや誇りがちっぽけに思えるほど強く、圧倒的な気迫だけでなく落ち着きのある静けさをも持ち合わせた瞳に強い意志の輝きを確かに感じました。

私の心は悔しさよりも、清々しさで満ち足りています。

とても不思議な感覚でした。

彼は私にないものを持っている。

そう思わせるほど遠ざかっていく彼の背中がとても大きく見えたんです。

彼の名前は確か―――

 

「―――高嶺、清麿」

 

いつの間にか、清麿くんの名前を呟く私がいました。

 




原作段階から思ってましたけど清麿って鈍感設定な節がある気がする青空野郎です。
はい、というわけで過去編というか、回想編っぽい第8話でした。
いや、初めて挑戦してみましたが、女性キャラ視点はこれはこれで難しいっすね(笑)
わかる人はわかると思いますが、巨人と光の龍の件は原作29巻のバオウがファウードを打ち破った場面ですね。
この作品はガッシュとのクロスですから、海未さんたちも一応目撃者だったという設定がほしかったためこのような形に着地しました。
ちなみに、海未さんたちはモチノキ第2中学とはまた別の場所に避難していたという設定なので、当然、真相を知るよしもありません。
その辺はご了承ください。
そして次回、ようやく1年キャラが登場.........できるのか!?




他作品に関することなのですが、先日、同時連載している『仮面ライダークウガ 青空の約束』の総合評価が1000ptをこえました!
これも連載当初から後愛読してくださった皆様のお陰です。
いち早くご報告したかったためにこの場を借りて謝辞を述べさせていただきます。
閲覧者はもちろん、評価者、お気に入り登録者の皆様、本当にありがとうございます!
というわけで、日頃の感謝を込めてこれからは各作品に挿し絵、またはイラストを挿入していこうかと思います。
お礼になるかどうかはわかりませんが、楽しんでいただけると幸いです。
とりあえず、参考程度に下にリンクを張っておきます。


【挿絵表示】


ちなみに、僕の大好きなキャラクターです。
それでは、今後とも青空野郎の作品をよろしくお願いいたします!

以上!

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