ラブライブ!~金色のステージへ~   作:青空野郎

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STAGE.35 エリーチカ

「どうぞ清麿くん。隣、空いてますよ」

 

まず最初に声をかけてきたのは海未。

彼女は柔らかな物腰で隣に座るように微笑みを向けてくれている。

 

「どうしたの清麿?そんな所に立ってないで早く座ったら?」

 

その場で立ち尽くすままの俺を不思議の思ったのか、今度は絵里が小さく首を傾げる。

 

「………」

 

さりげない仕草には実に絵になるような可憐さがあったが、俺は依然としてそこから動けないでいた。

まあ、現在の異様な膠着状態はいったん置いておくとして、まずは現状を確認しようと思う。

時刻は夕暮れ。

なんの因果か校門で鉢合わせしてしまったあの後、俺たち近くの公園に場所を移していた。

ただ、いざ場所を変えたまではよかったが、どちらも自分から言葉を交わそうとはせず、俺と亜里沙を介してようやく成立するというやり取り以外で俺たちの間に会話という会話はない。

警戒心剥き出しで睨み合っていた出会いがしらから、相手の出方を伺うような居心地の悪い沈黙があった。

理事長室で一悶着あった直後の出来事であることを考えても、2人ともがまるで俺としか会話をしていないような不自然さが半端じゃなかった。

そんな彼女たちが、お互いが挟む位置に座れと言ってくる。

別に座れないことはないのだが………正直すげー座りたくない。

ただ、視界の端で公園の入口付近の自販機を前に悩む亜里沙、今彼女に頼ることは不可能。

 

「………」

 

「………」

 

そうこうしている間にも、不意に海未と絵里の視線が交わったかと思ったのもほんの一瞬、すぐに顔を背けて俺に隣に座るよう訴えかけてくる………無言のままで。

冷汗が伝うのを感じながら今一度2人が示す場所に意識を向ける。

3人腰かけられるスペースのど真ん中――――お互いが壁を張るかのように距離を置いた空間から伝わってくる得体のしれない威圧感は気のせいじゃない。

 

「………はぁ」

 

やがて、根を上げるように溜め息をこぼす。

いい加減こんなところで立ち往生していても一向に話が進まないと判断し、ゆっくりと彼女たちの隣に腰を下ろした。

左側に海未、右側に絵里という並びで、少し動けば肩が触れ合うほどの距離間が少しばかり窮屈に感じる。

だが、それ以上に

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

数メートル先で近所の子どもたちが気ままに遊ぶ憩いの場と同じ空間とは思えない静けさが公園の一角を支配していた。

まさに無。ただただ、無!

それどころか、最近はだいぶ落ち着きを見せていた絵里から今までとは段違いな不機嫌がヒシヒシと伝わってくる現状だ。

これまでことあるごとに衝突を繰り返してきた両者が出くわしたわけなのだが、ここまで沈黙が重たいと思ったことが果たしてあっただろうか……。

とにかく、まさしく地雷原としか言いようがない空気にこれ以上踏み込む度胸は………俺にはない。

笑いたい奴は笑えばいいさ。

 

「お待たせしました!」

 

誰も自分からから動き出す気配を見せない鬩ぎ合いに、さすがに限界に迫りかけたそんな時、亜里沙が戻ってきてくれた。

無言ゆえの圧力をものともしない鈴を転がしたような声音につられて視線を上げれば、一転の汚れのない純真な眼差しが眩しかった。

道中を含め、この無垢な笑顔にどれだけ救われたことか、そんなことを思いながら手渡されたソレに目を向ける。

 

おでん

 

………なるほど、こう来たか。

存在自体は噂程度で知ってはいたが、まさかこのタイミングでお目にかかることになるとは………つーかこの辺でも売ってたんだな、初めて知ったよ。

などとでかでかと記された文字を乾いた双眸で見つめるその隣では、海未もまた手にしたおでん缶に困惑の表情を浮かべていた。

 

「ごめんなさい」

 

ただ、どこかホッとする天然っぷりのおかげでさっきまでの息苦しい緊張が解れたのか、最初に絵里の言葉が沈黙を破った。

 

「向こうの暮らしが長かったから、まだ日本に慣れてないところがあって」

 

「向こう?」

 

「ええ、祖母がロシア人なの」

 

疑問に思った海未にクォーターであることを説明する絵里。

 

「亜里沙、それは飲み物じゃないの」

 

続けて絵里に諭され亜里沙はハラショー、と驚嘆の一言。

素直な反応がなんとも微笑ましい。

そして絵里が別のものを買ってくるように促すと、元気な返事を残して再び自販機の元へと駆けていくのだった。

………さて、亜里沙のおかげで気まずい雰囲気も霧散したことだし、今一度気を引き締めなおす。

そもそも、ある意味で敵対している立場にいる者同士が話し合いの場を設けてまで行動を共にしているのか。

そこには険悪を承知の上でもどうしても確かめなければならない真意があったからだ。

 

「それにしても、あなたに見つかってしまうとはね……」

 

きっかけは絵里が見つめている音楽プレイヤーの動画だった。

ここまでの道すがら、亜里沙に見せてもらった音楽プレイヤーから再生されたのは、穂乃果の家で見つけたµ’sのファーストライブを撮影した映像。

さらには、ところどころにネットにもアップされていない映像が差し込まれたものだった。

 

「前から、穂乃果たちと話していたんです。誰が撮影してネットにアップしてくれたんだろうって。でも、生徒会長だったなんて……」

 

確信に触れる海未の言葉に、絵里が唇を引き結ぶのが見えた。

今まで有耶無耶のままになっていたことだったが、考えてもみればそう難しいことではなかった。

そう、絵里がµ’sのファーストライブの動画をサイトに投稿したことを認めた瞬間だった。

 

「あの映像がなければ、私たちは今こうしてなかったと思うんです。あれがあったから、見てくれる人も増えたし、だから―――」

 

「やめて」

 

予想だにしない真実に戸惑いながらも、心の内を語っていく海未だったが、しかし、絵里と向き合おうとする彼女の言葉は唐突に遮られてしまった。

 

「別にあなたたちのためにやったんじゃないから。むしろ逆。あなたたちのダンスや歌がいかに人を引き付けられないものか、活動を続けても意味がないか、知ってもらおうと思って」

 

淡々とした声音が冷たく響く。

当然、善意や応援ゆえの行動………なんて都合のいい展開はありえない。

だが絵里の思惑がどうだったにしろ、件の動画がµ’sにとって大きく飛躍する火種となったことに変わりはない。

絵里自身も、自分の行動が皮肉にも裏目に出たことに困惑しているはずだ。

それでもどうにか気持ちに折り合いをつけるかのように動揺を押し殺しているようにも見える。

 

「だから、今のこの状況は想定外。無くなるどころか、人数が増えるなんて………でも、私は認めない。人に見せられるものになっているとは思えない、そんな状態で学校の名前を背負って活動してほしくないの。話はそれだけ」

 

故に、淀みなく、一貫して、揺るがない。

最後に突き放すような声色を残して絵里は腰を上げる。

 

「待ってください!」

 

ただ、自分たちが積み上げた努力を足蹴にされて納得できるはずがない。

一方的に話を切り上げる絵里に対し、立ち上がった海未の叫びが、亜里沙の元へと向かう歩みを止めた。

 

「じゃあ、もし私たちが上手くいったら、人を引き付けられるようになったら、認めてくれますか?」

 

陰りを生んだ視線を彷徨わせて問いかける彼女の横顔には祈るような感情が見て取れた。

 

「無理よ」

 

しかし、絵里は短く切り捨てた。

虚空を睨めつけるその瞳には、果たして何が映っているのだろうか。

 

「どうしてですか?」

 

願うも空しく、悲痛な面持ちでなおも食い下がる海未に、絵里は静かに答える。

 

「私にとっては、スクールアイドル全部が素人にしか見えないの。一番実力があるA-RISEも、素人にしか見えない。あなたたちがやってることなんて所詮は――――」

 

「絵里!」

 

声を上げた俺に、絵里は苛立ちを含んだ響きがあった声を詰まらせる。

 

「清麿………」

 

「それ以上はダメだ」

 

突然のことで振り返る彼女は初めて動揺の表情を見せていた。

感情の昂ぶりの中に蟠りの色を見せた眼差しを、俺は強い視線で突き返す。

ここまで絵里が徹底して否定する根底に何があるのかはわからない。

だが、一時の感情に流されたまま貶してほしくなかった。

あの日、生徒会室で絵里の心を知ったからこそ、絶対にその先を口にさせるわけにはいかなかった。

 

「お姉ちゃんお待たせ。新しいの買ってきたよ!」

 

一触即発も覚悟したその時、亜里沙の呼びかけが俺たちの意識を呼び戻した。

俺の思いが伝わったのかは定かではないが、複雑そうに歯噛みして絵里は再び背を向ける。

もう話は終わったと亜里沙の前で冷静さを振る舞い、そのまま帰路に就いていく。

お互いにしこりを残したままの終幕に、やるせなさが溜め息となって零れた。

 

「お兄さん、海未さん。よかったらこれ、どうぞ」

 

そんな俺たちに歩み寄ってきたのは、新しく買い直してきたプルタブ缶を差し出す亜里沙だった。

ありがとう、と表情を曇らせた海未とともに受け取れば飲み物の正体が飛び込んでくる。

 

おしるこ

 

「………」

 

さすがは亜里沙。

おでんに続いてまさかこれをチョイスしてくるなんてな、さすがの俺も恐れ入ったぜ。

力が抜けるのを感じながら唖然としていると、亜里沙は海未に恥ずかしがる素振りを見せると、意を決したように熱の籠った視線を向けていた。

 

「あの、亜里沙……µ’s、海未さんたちのこと大好きです!」

 

同情や嫌みの欠片も感じさせない純粋な声音を弾ませてうれしいことを言ってくれる。

亜里沙なりに気を利かせてくれたってことだろう。

 

「お兄さんも、またいつでも遊びに来てください。亜里沙もお姉ちゃんも待ってますから!」

 

天真爛漫な笑顔を咲かせてそれだけ言い終えると、亜里沙は絵里の元へと夕日に照らされた道を追いかけていくのだった。

 

「どうして、あんな風に言えるのでしょうか?」

 

絵里と亜里沙が仲良く並んで歩く後ろ姿を見送ると、ふと、怒りと悔しさの色が入り混じった表情で海未が呟いた。

 

「さあな。たぶん、あいつにもあいつなりに譲れないものがあるってことなんだろうな」

 

「だとしても、あの人の言い分はあまりにも勝手すぎます!清麿くんは悔しくないのですか!?」

 

やりきれない思いを吐き出した疑問に無難に答えてみれば、たまらず声を荒げる海未。

 

「そんなの、悔しくないわけがないだろ」

 

「なら―――」

 

「でも、だからこそ結果を残さなきゃ意味がないんだよ」

 

どっち付かずでなんとも情けない返答だと自覚しつつ、悩ましくガシガシと頭をかく。

 

「俺たちは思い出作りのために取り組んでいるわけじゃないんだ。海未だってわかってるだろ?」

 

俺の指摘に海未はわずかに顔を俯かせる。

ランキングでは着実に順位を稼ぎ、人数が増えたことでパフォーマンスの幅も広がり注目度も高まっているµ's。

加えて、『ラブライブ!』という一大イベントで彼女たちの―――もとい、音ノ木坂学院の名前を広めることができれば、まさに逆転の一手ともなり得る可能性がある。

ただ、ここまで順調といってもいい活躍を見せてはいるが、なにがきっかけで状況がひっくり返ってもおかしくない崖っぷちの段階まで追い込まれているのもまた事実。

 

「たとえラブライブに出場できたとしても、たとえどれだけ人気を集められたとしても、廃校を止められなきゃ全部無駄に終わっちまうんだ。もう、悔しい悔しくないなんかにこだわってる場合じゃないんだよ」

 

俺たちは決して楽観視なんてできない状況に立たされている。

それ以前に、俺たちは別に絵里と競い合っているわけじゃない。

入学式に理事長が発表した時点ですでに遠い未来の話じゃなくなっている段階で、内輪で張り合っても不毛でしかない。

 

「確かに生徒会長の言うように、私たちにはまだ未熟なところがあるのかもしれません……」

 

平行線をたどるような状況に辟易とする俺の耳朶を叩いたのは、海未の絞り出すような声音。

 

「ですが、無駄になるかどうかなんて、やってみなければわからないじゃないですか!」

 

そして、迷いのない、一際強い怒声、こらえきれない感情が拳を震わせていた。

 

「私たちのやってることは無茶なのかもしれません。無謀なのかもしれません。それでも、エゴや自己満足だけで続けているわけじゃないんです!ラブライブだって道楽で目指すわけじゃありません!学校を救うと決めたあの時から、覚悟も決めているんです。何があったって、私たちの努力を無意味になんてさせません!絶対に、絶対にさせません!!」

 

誰もいなくなった公園で2人。

海未は俯かせていた顔を上げるや鋭い視線で俺を射抜いていた。

単なる反発じゃない、確固たる意志を見せる顔がそこにはあった。

 

「………あ!す、すいません。いきなり怒鳴ってしまって……。清麿くんのせいじゃないんです。ただ、言われっぱなしなのが我慢できなかっただけで、決して清麿くんにあたろうと思ったわけじゃなくてですね……。ですから、あの、その………」

 

―――かと思えば、途端に海未はあたふたと顔を赤らめてしまうのだった。

なんとも締まりのないオチになってしまったが、ただ、不思議と羞恥を誤魔化そうと慌てふためく姿に安堵する自分がいた。

もしかしたら絵里の言い分に臆してしまったのではないかと不安が過ぎったが、まだ闘志は死んでいないようだ。

 

「ああ、その通りだな」

 

だから俺も海未の思いに強く頷いた。

 

「覚悟は決まってるなら、絵里に認めさせたいなら、今は迷うな。道を間違えたら誰かが教えてくれる」

 

そしてあっけらかんとした返答に呆気にとられる海未にカバンを手渡せば、彼女は嘆息混じりに口元をほころばせた。

 

「なんだか試されていたみたいで釈然としませんが、なるほど。言いえて妙ですね。……ありがとうございます、清麿くん。おかげで、少しすっきりしました」

 

肩をすくめながらも柔らかく笑む様子を見るに、どうやら彼女も気分が晴れたようだ。

悲観に暮れるぐらいならいっそのこと、開き直るくらい前向きになってくれれば勝算は少なくても勝ち目はある。

ほぼ一点賭けという心許ない現状だが、なおさら、こんなところで足踏みをしている暇はない。

 

「まあ、とにかく今は期末試験をどうにかしなきゃだ。俺たちも早く帰ろうぜ」

 

これからどう転ぶにしろ、とりあえずあのバカ3人には頑張ってもらわなければならない。

はっきり言えば絵里との確執以上に気が気じゃないのだが……

 

『私にとっては、スクールアイドル全部が素人にしか見えないの』

 

ふと、先ほどの絵里の言葉が脳裏を過ぎる。

頑なに拒絶する言葉に垣間見た、単なる嫌悪とは違う敵意。

体裁すら度外視した感情を剝き出しにするほどの何か。

もしかしたら『素人』と吐露した辺りが、絵里がµ’sを認めない理由と関係しているのかもしれない。

いかん……なんだか考えれば考えるほどるつぼにはまってしまいそうで頭を振る。

どっちにしろ、決定的なピースが欠けている段階で思考を巡らせたところで解決に繋がることはない。

それに、どうやら自分でも思っている以上に絵里のことが気が気ではないみたいだ。

たった今海未にはえらそうに振舞っておきながら、まったくもって格好がつかない自分に呆れてしまう。

まとまりようのない考えを感傷とともに振り払い、無意識のうちにおしるこのプルタブにてをかけていた時だった。

 

「ところで清麿くん」

 

家路につこうとした歩みは、不意の海未の呼びかけに止められた。

ただ、ここに来て唐突の優しい声音に、なぜか冷や汗が止まらない。

背筋に走る悪寒は気のせいだと言い聞かせながら振り向けば、ああ、既視感のある微笑みが俺を見据えていた。

 

「生徒会長のお宅にお邪魔したことがあるんですか?」

 

………なぜ今そこに食いつくかな?

気を引き締めなおしたかと思った矢先、見事な切り替えの早さには乾いた笑いしか出てこない。

さて、どう説明したものかと考えを巡らせながらおしるこを口に含む。

夏場に差し掛かった季節に飲むおしるこは何気に強敵だった。

 

                    ☆                   

 

いつかはやるだろうと思ってはいたが、早速やらかすとは思わなんだ。

それは翌日の昼休みのこと。

目指すは屋上、目的は……

 

「いぃやあああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

「穂乃果ちんはなかなかやねえ」

 

「て言うか、希センパイ楽しんでないかにゃ!?」

 

上の方から絶叫、愉悦に浸る声、困惑に震える叫びが聞こえてきた。

叫び声をあげた2人の存在を確認。

あともう一人も十中八九行動を共にしているはず。

約一名がすでに『おしおき』を執行しているみたいだが、これは別にどうでもいい。

俺は、俺のやるべきことをやるだけだ。

 

「逃げるわよ、凛!穂乃果の犠牲を無駄にしないためにも!」

 

「言ってることは最低だけど合点にゃ!」

 

「う、裏切り者ぉおおおおおおおおおお!」

 

怨嗟を纏った叫びを背に屋上の扉からふたつの影が飛び出してくる。

両者とも背後を気にしているため、まだ俺の存在には気が付いていない。

実にちょうどいい。

ターゲットを確認、目標までの距離を計算。

まるでスローモーションのように景色が流れるが意識は冴えわたっている。

そんな矛盾した感覚の中で一呼吸。

ただただ無心に、冷徹にこちらも一歩踏み出す。

目の前のバカ2人が俺を認識した時には、すでに俺の間合いに達していた。

つまるところ、これで、チェックメイトだ。

 

「ザケルゥ!」

 

ズバズバーンッ!!

 

すれ違いざま、屋上の扉を潜ると同時に星空と部長それぞれの顔面にハリセンの一撃が炸裂していた。

 

「ふぎゃ!?」

 

「ぷぎゃ?!」

 

ふむ、やはりザケル呼称のおかげか、キレも威力も割り増しといったところか。

さて、あともうひとり。

視界いっぱいに太陽の日差しが差し込んだ向こう側に奴はいた。

 

「き、清麿……くん?」

 

開口一番、恐怖の滲む声音を紡ぐ穂乃果。

後ろから抱きすくめている希とともに挙動が固まっている。

気になるのは俺を見るや、2人してなぜかおびえるように身を震わせていること。

そういえば部室を出る時もことりたちが顔を引きつらせていたような気がしたのが……それはまるで化け物でも見るような眼差しだった。

まったくもって解せぬ。

まあ、そんな不満は苛烈な息吹とともに吐き出し、無様に倒れ伏す2人を引きずりながら再び歩みを進める。

 

「いや、これは違うんだよ清麿くん!最初はにこ先輩に唆されて少しぐらいいいかなーなんて思ったりしてただちょっと魔が差したと言いますか出来心と言いますか……。だから決して!決してサボろうとしてたわけじゃなくてですね!」

 

一歩ずつ近づくに連れて勝手に言い訳をし始める穂乃果だが、聞く耳を持ってやる義理はない。

すでに希がワシワシをくらわせていたようだがそれはそれ、これはこれ。

それに、首謀者が誰かなんてどうでもいい。

全員平等にしばきあげる、それだけだ。

 

「穂乃果、息抜きは結構だがお前………状況わかってんのか?」

 

「ひぃいいいっ!希先輩!フォローを!何かフォローを!」

 

ドスのきいた声に、一瞬にして青ざめる穂乃果。

必死に助けを乞うも、しかし希は静かに首を横に振る。

 

「穂乃果ちゃん、骨は拾っておいてあげるからね」

 

「いやあああああああああああああ!!」

 

珍しく遠い目をする希に見放され、絶望に染まった悲鳴を適当に聞き流し距離を詰める。

穂乃果を見下ろす位置、俺の影の下でガタガタと歯を鳴らしていた。

本来ならここでもザケルをかましてやりたいところなんだが、生憎今はバカ2人の首根っこを掴んでいるため両手は塞がってしまっている。

なに、こういう時こそ頭を使えばいい。

……そう、頭を(・・)、な。

ゆっくりと空を仰ぐ。

ああ、太陽が眩しいぜ。

 

スゥゥウウウウウゥゥウウウウゥゥゥウウウウゥ

 

鼻から、口から、胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込でいく。

 

「うわーお……」

 

そして次に俺の目に映ったのは、穂乃果のあきらめを悟った力のない双眸だった。

 

「往生しやがれ!このクソガキャア!」

 

苦悶の悲鳴すらかき消す頭突き(鉄槌)の重い音が空に吸い込まれていき、若干の痙攣を見せた後、穂乃果は糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちていく。

大きなたんこぶから煙を上げ、白目をむいているが、後遺症が残らない程度に加減はしたから問題はないひと夏の風情であった。

 

「相変わらずこういう時って容赦ないなぁ、キヨちゃんって」

 

「……とっとと帰るぞ」

 

「了解であります!」

 

もはやいつもの返しをすることすら面倒くさい。

憐みの眼差しからビシリと敬礼する希を一瞥して小さくため息を零す。

俺のお仕置きも済んだことだし、来た道を戻ろうと踵を返す。

―――が、振り返った視界に映り込んだ人影にその歩みが止まった。

 

「海未?」

 

ちょうど給水塔の影が覆う辺り、フェンスを背に佇んでいる。

表情に落ちる陰りはどうやら建物の影にいるだけではなさそうだった。

 

「ちょっと、ショックが強すぎたかな?」

 

俺の予想を肯定するかのように、背後でぽつりと希が漏らした。

 

                    ☆

 

「今日のノルマはコレね!」

 

その後、部室に戻るなりバァンッ!と机に置かれたのは分厚い本の数々。

 

「「「鬼……」」」

 

「あれ?まだワシワシが足りてない子がおる?」

 

「「「まっさかー!」」」

 

塔のように積み上げられたそれを見据えて、呟きがハモる。

しかし、希がひとたび脅しをかければ、白い目で睨みを利かせていた3バカも察知した危機感を前に取り繕った笑みをシンクロさせた。

まったくわかりやすいと来たら、こちらにも苦笑いを誘うほどの現金さだった。

そんな雰囲気の中でもなお、暗い面持ちをしていた海未が立ち上がる。

 

「……ことり、穂乃果の勉強お願いします」

 

「え?うん……」

 

呼び止める間もなく、力のない一言を残して海未は部室を出て行くのだった。

 

「海未先輩、どうしたんですか?」

 

「さぁ……」

 

去り際の姿に違和感を覚えたのか、西木野が訊ねるが誰もが首をかしげるばかり。

その中でただひとり、希だけが憂いの表情で海未の去り際を見送っていた。

 

「希、一体あいつになに吹き込んだんだ?」

 

昨日のことを踏まえると、海未は俺と別れた後で希と会い、そこで何かを知った……と言ったところだろうか。

ならばここは正攻法に問いを投げかける。

 

「うぅ、ストレートど直球でありながら棘のあるもの言いやなぁ。人を疑うんはよくないよ?」

 

「うるせえ。ハナから隠す気もないクセによく言うぜ」

 

悪態をつきながら呆れ半分の横目で希の様子を見やる。

話を誤魔化そうとするには、開き直るように彼女は口角を上げていた。

 

「さて、ウチはちょっと生徒会室に用があるから後はよろしく頼むな、キヨちゃん」

 

今度はわざとらしくウインクまでしてきやがった。

 

「……はあ、わかったよ。とっとと終わらせて来い。あと、キヨちゃん言うな」

 

追い出すように手を払う仕草を見せれば、俺に少しだけ微笑みかけ希もまた部屋を後にした。

 

「きーくん、何か知ってるの?」

 

「いや、ぜんぜん」

 

希が絡んでいるであろうことは確信しているが、その内容は把握しきれていない。

中途半端に話したところで、場を混乱させるだけだ。

 

「ただでさえ普段から何考えるかわからん奴だからなー。まあ、アレでも律儀にお節介なところもあるから心配いらないだろ」

 

「なんだか妙に実感のこもった言い方ね」

 

「伊達にあいつと生徒会やってませんからね。慣れですよ、慣れ」

 

部長の辟易した眼差しが他人事とは思えなかった。

この人もかなり苦労しているようだ。

 

「なにはともあれだ。今は勉強を続けるぞ。ノルマ熟せなかったら最後、何されるかわかったもんじゃないからな」

 

                    ☆

 

事態が動き出したのはそれから数分後のことだった。

 

「穂乃果!」

 

半ば脅…………プレッシャーをかけたおかげか、死に体ながらも3バカの勉強が順調に進んでいた空間に、勢いよく開かれた扉から海未が飛び込んできた。

 

「う、海未ちゃん……?」

 

ところが、今の彼女の表情は晴れ晴れとしている。

驚く穂乃果を始め、様変わりした雰囲気に誰もがシャーペンを動かす手を止めていた。

 

「今日から穂乃果の家に泊まり込みます!勉強です!」

 

凛とした佇まいで声高らかに指を突き付ける。

追い打ちのごとき宣言に穂乃果の涙目の抵抗も、今の海未にはどこ吹く風だった。

希よ、うまい具合に焚きつけたようだが、コレは滾らせすぎではなかろうか?

 

「ご愁傷様にゃ、穂乃果センパイ」

 

「かわいそうだけど頑張りなさいよー」

 

「なに余裕かましてんだ?お前らも残り5日、ガンガンペース上げていくからな?」

 

「「――――ッッ!!?!」」

 

不謹慎だが、2人して顔を蒼白させる様が実に愉快だった。

 

                    ☆

 

「ふむ、とりあえず部長と星空は赤点を回避できた。よく頑張ったな」

 

いざ始まってしまえばあっという間のもので、試験も終わり、最後の答案用紙が返却された日の放課後。

目を通すのは部長と星空の答案。

結論から言うと、2人とも赤点をクリアしていた。

 

「ふん、当然よ!スーパーアイドルたるこのにこにーが赤点なんかで躓くもんですか!」

 

「そのわりには試験終わった時は屍になってたじゃない」

 

「やめて真姫ちゃん!今は何も思い出したくないにゃ!」

 

得意げに威張り散らす部長に、半目でツッコむ西木野、そして頭を抱える星空。

今日までの約1週間、何があったのかは彼女たちのためにも伏せさせてもらおう。

 

「でもここでちゃんと学習しとかないと、また同じことの繰り返しになるわよ?」

 

「真姫ちゃんはいいよ!今回だって学年トップぶっちぎりだったんだから!勉強教えてくれてありがとうございました!」

 

思わずずっこけそうになるほどのちゃっかりさを見せる星空。

宣言通りになることを祈るばかりだ。

 

「そっか、やはり西木野がトップだったか。さすがだな」

 

「ふ、ふん。全教科100点の人に言われたってうれしくないわよ」

 

今回も俺の結果は全教科満点。

一方、西木野は全教科まではいかなかったらしいが、それでもトータルでも減点は10点にも満たなかったらしい。

純粋に褒めたつもりだったのだが、どうやら嫌味に受け取られてしまったようだ。

 

「ただ、まあ……わからなかったところを教えてくれたことは感謝してるわ。………ありがと」

 

と思った矢先、小さく紡がれた言葉をしっかりとらえた。

西木野の言う通り、意外にも穂乃果たちの勉強を見ていた合間にわからない箇所を聞きにきたのだ。

そっぽを向いたまま横髪をいじる仕草は心を開いてくれている証だと思いたい。

さて、残りはもうひとり。

ちょうどその時、部室の扉が開かれた。

 

「どうだった?」

 

全員が注目する中、一瞬たじろいだ穂乃果に第一声、西木野が問いかけた。

 

「今日で全教科返ってきましたよね?」

 

「穂乃果ちゃん……」

 

不安げな声色で見つめる海未とことり。

なぜか今回に限って、落ち着きを払っている雰囲気のせいで結果がどちらに転んでいるかがわからない。

 

「凛はセーフだったよ!」

 

「あんた、私たちの努力を水の泡にするんじゃないでしょうね!?」

 

「「「「「「どうなの!?」」」」」」

 

「……うん」

 

全員の切羽詰まった問いかけに対し、穂乃果は、静かに目を伏せた。

おい……まさか……

 

「もうちょっといい点だったら良かったんだけど……」

 

そう言ってカバンから答案用紙を取り出す穂乃果。

そこに記された点数は――――63……アレ?

 

「じゃーん!」

 

弾んだ声で広げてみせた答案の後ろでピースを掲げていた。

それは星空に部長、そして穂乃果は無事に最初の関門を乗り越えたということ。

そして、誰もが一斉に笑顔を浮かべた。

 

                    ☆

 

「………はい?」

 

「そんな……説明してください!」

 

あの後、俺は一足先に理事長室を訪れていた。

理事長から話があるということで、今この場には絵里も同席している。

まず最初に赤点クリアことを報告すれば、理事長は安心したように頷いてくれた。

対して、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる絵里。

複雑な心境を抱いたまま、今度は理事長に告げられた内容に俺たちは揃って耳を疑っていた。

 

「ごめんなさい。でもこれは決定事項なの」

 

激しく取り乱して詰め寄る絵里に、理事長は申し訳なさそうに顔の陰りを濃くする。

しかしあくまで理事長(・・・)として、毅然と告げた。

 

「音ノ木坂学院は、来年より生徒募集を止め………廃校とします」

 




☆オマケ☆

部室にて

こ「あ、お疲れきーくん」
清「おう、ことりもお疲れさん」

数分後

真「ごめんなさい、少し遅れたわ」
花「おふたりとも、おつかれさまです」
こ「うん。真姫ちゃんも花陽ちゃんもおつかれさま」
清「あれ、星空は一緒じゃないのか?」
花「凛ちゃんなら、昼休みになると真っ先に教室を出て行ったんですけど……えっと、もしかして、来てないんですか?」
こ「うん、てっきりいっしょに来るとおもったんだけど」
清「………」
真「ちなみに、穂乃果先輩はどうしたんですか?」
こ「そういえば、いつの間にか穂乃果ちゃんもいなくなっていたような……」
花「にこ先輩も来ていないと考えると……」
真「これは……逃げたわね」
こ「逃げちゃった、のかなぁ?」
花「逃げちゃった、かもですね」
清「………」
こ「き、きーくん……?」
清 …………シュガッ!!
真・花・こ「「「ひぃっ!!?」」」

何が起きたかは皆様のご想像にお任せします。

半年ぶりの投稿、お待たせして申し訳ありませんでした。
年が変わり、上手い具合にバレンタインに食い込みましたが、スイマセン、普通に本編です。
皆様はチョコレートをもらえましたか?
僕は宮本武蔵からだんごをもらいました。
………ウソじゃありませんよ。ホントですよ。
気になる人はググってみてください。
たぶんトップに出ます。
というのも、わたくし今までFGOに夢中になっていました。
それをきっかけにFATEシリーズにどっぷりハマってしまい、アニメのシリーズをぶっぱしてました。
第1シリーズから始まり、UBWでは士郎とアーチャーのぶつかり合いに燃えたり、zeroでは合点がいったり、カニファンで爆笑したり、プリヤで新たな扉を開きかけたり……。
とりあえずFGOの敵キャラ、ステータスの配分間違えてね?みたいに思いながら今はバレンタインダンジョンを周回しています。

そんなこんなでようやく更新できた最新話、タイトルは折り返し地点の『エリーチカ』
本作ヒロイン同士のぶつかり合いから始まり、今回はいろいろと懐かしいネタをぶっこんでみました。
わかる人にはわかると思います。

次は少しでも早く投稿できるように頑張りますので、ご愛読のほど、よろしくお願いいたします!

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