ラブライブ!~金色のステージへ~   作:青空野郎

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STAGE.31 メイド喫茶での再会

音ノ木阪学院に入学したその日、わたしは幼馴染の海未ちゃんといっしょにもうひとりの親友の穂乃果ちゃんのお家に遊びに来ていました。

穂乃果ちゃんのお家はわたしたちが生まれる前から続いている老舗の和菓子屋さんなんです。

今はお店の手伝いでいないけど、あとで名物のほむまんを持って来てくれるって言ってました。

ことりが好きなのはチーズケーキなんだけど、幼いころから慣れ親しんだ地元の味も大好きなんです。

海未ちゃんと一緒に今か今かと楽しみにしていますが、ここまで来るのにいろいろなことがありました。

音ノ木坂学院の受験もそうだけど、やっぱりまずは一年前の巨人騒動かな?

突然わたしたちの前に現れた謎の巨人と、巨人を倒してくれた光の龍。

特に、真夜中の暗闇を塗り替えるように照らされた金色の輝きは今でもはっきりと覚えてる。

見た目はちょっと怖かったけど、あの光の龍はわたしたちを守ってくれる……そう思わせてくれるあたたかさを感じたんです。

と言っても、根拠はないんだけどね。

でも、おかげでわたしは穂乃果ちゃんと海未ちゃんといっしょに晴れて音ノ木坂学院に入学することができました。

あの時はあっという間の出来事だったからお礼を言えなかったのは残念だったり。

今もこうして大切な友達と一緒にいられることが本当にうれしく思っています。

それくらい、わたしたちの明日を守ってくれた光の龍には感謝してるんです。

 

「それにしても、入学早々大変でしたね」

 

「そうだね。ことりも一時はどうなるかと思っちゃった」

 

穂乃果ちゃんの部屋でくつろぐや、海未ちゃんの溜め息混じりの呟きにすぐに察しがつきました。

それは今日の帰り道での出来事でした。

入学式を終えて、私たちはいつものように下校していた途中で穂乃果ちゃんがひったくりにあったんです。

でも突然のことでどうすればいいか戸惑っていた時、犯人の後を追いかける人がいたんです。

自転車相手でも風を切る速さで追いついたその人はあっという間に穂乃果ちゃんの鞄を取り返してくれました。

驚いたことに、その人はわたしたちと同じクラスになった男の子だったんです。

 

「まったくです。高嶺くんにはまた明日お礼を言わなければいけませんね」

 

「へえ~。海未ちゃん、もう名前覚えてたんだ?」

 

「なっ!?か、からかわないでくださいことり!彼は新入生の代表として挨拶をしたんですよ?ましてや、クラスメイトなのですから名前くらい憶えてなにも不思議ではありません!」

 

珍しく海未ちゃんの口から男の子の名前が出たので、少しだけからかってみると途端に顔を真っ赤にさせて反論されちゃいました。

普段の凛々しい海未ちゃんもいいけど、恥ずかしがる海未ちゃんも見ててかわいいです。

そんな風に、いつもと変わらない日常にほっこりこりしていた時でした。

ちょっと待て!さすがに急すぎるだろ!?そんなことないって!ゆっくりしてって!いや、でもさすがに今じゃなくても……!大丈夫!穂乃果は今お礼したいの!ほらほら!……………

海未ちゃんの何度見ても飽きない初々しい反応を楽しんでいると、下の方から何やら慌ただしい声が聞こえてきました。

声からして穂乃果ちゃんと、もうひとつは男の人のもの。

しかし、小さな喧噪はすぐに止み、静かになったと思った時のこと。

今度は次第に足音が近づいてくるのがわかりました。

穂乃果ちゃん、お店のお手伝い終わったのかな?

海未ちゃんと首を傾げるのも束の間、勢いよく部屋の扉が開かれました。

 

「ことりちゃん、海未ちゃん!お客さんだよ!」

 

そう言って溌剌と現れたのは割烹着姿の穂乃果ちゃんと、そして――――

 

「こ、こんばんは……」

 

穂乃果ちゃんの隣で放たれた強張った第一声に、私と海未ちゃんは状況を把握するのに数秒を要してしまいました。

よく人の出会いは一期一会というけど、一度目は単なる巡り合わせ。

二度目は偶然。

……なら、同じ日に三度目はなんて言うんだろう?

 

「「こ、こんばんは……」」

 

この時は、まさかこんなに早く再会するなんて思わなかったからたった今話題に上がっていた男の子、少し虚ろな目に焦りを浮かべた表情で高嶺清麿くんに私は海未ちゃんと揃ってあいさつを返す以外、考えつけないでいました。

 

「ついさっきお店に来てくれたからお礼も兼ねておもてなししようかなと思って連れてきちゃった!お店もお手伝いがもうちょっとかかっちゃうからそれまで海未ちゃん、ことりちゃん後はお願いね!」

 

一方、穂乃果ちゃんはそれだけ言い残して呆然とする私たちには気付かないまま、お店の方に戻っていっちゃいました。

残された私と海未ちゃん、そして高嶺くん。

すでに通い慣れたはずの居場所なのに、両者の間になんとも言えない沈黙が流れていました。

こういう時はいつも穂乃果ちゃんが引っ張ってくれてたから、余計に気まずさが重く圧し掛かってきます。

一体どうしたらいいのかわからないけど、やっぱりこのままってわけにもいかないよね?

まずは何かしゃべらなくちゃと高嶺くんの様子を伺ってみると――――

 

「……………」

 

悲壮感を禁じ得ない眼差しで虚空を見つめていました!

 

「えっと、立ったままもなんですから……どうぞ」

 

「あ、ああ。じゃあ、失礼して……」

 

どうにか海未ちゃんに促される形で、高嶺くんはおずおずと足を踏み入れる。

座るのも律儀な正座をしていて、まるで借りてきた猫みたいに微動だにしない姿からは、入学式で見事な演説を披露したような堂々とした佇まいの欠片も見られません。

 

「……あの、大丈夫?」

 

「え?……ああ、大丈夫だ。問題ない。ただ……」

 

「ただ?」

 

重い空気を打破するつもりで何気なく問うてみれば、優れない顔色で言葉を濁す高嶺くん。

けれど、少しだけ逡巡した末、意を決したように重く閉ざした口を開きました。

 

「ただ……女の子の部屋に入るってのが初めてだから、その、どうすればいいのかわからなくてな……」

 

「あ、あ~。なるほどね……」

 

返ってきたまさかの返答に苦笑いで取り繕うのが精一杯でした。

同時に意外と初心だと驚きながらも、目の前で明らかに私たち以上に緊張している彼は、数時間前に穂乃果ちゃんの鞄を取り返す逆転劇を見せてくれた姿は見る影もないほど、まるで別人でした。

 

「それは、その……申し訳ありません!穂乃果が迷惑をかけてしまったようで……!」

 

「いや、別に迷惑に思ってるわけじゃないんだ。それに振り回されるのにも慣れてるからな」

 

穂乃果ちゃんに代わって頭を下げる海未ちゃんを高嶺くんが慌てて制す。

その時の様子はどこか自嘲を含ませたようにも見えたけど、どうやら怒ってはいないみたいです。

いつも唐突なのは穂乃果ちゃんらしいけど、さすがに今回ばかりはと思っちゃったよ。

でも私の心配はどうやら杞憂で終わり、ひとまず安堵しつつ、私たちは会話を再開させました。

話を聞けば、どうやら高嶺くんが穂むらに来たのは本当に偶然みたい。

穂乃果ちゃんのお店だと知らずに訪れたら案の定鉢合わせして今に至るとのこと。

 

「あいつ、いつもあんな感じなのか?」

 

「あんな感じ、と言いますと?」

 

「なんと言うか……能天気と言うか、警戒心ゼロと言うか……」

 

高嶺くんが口にした穂乃果ちゃんへの印象にまた苦笑いが出ちゃいました。

私たちにとっては今さらだけど、さすがに初対面の人なら戸惑っちゃうのも無理はないかな?

 

「うん、そうだね。穂乃果ちゃんは出会った時から穂乃果ちゃんだったよね」

 

「ええ。それに穂乃果が強引なのは今に始まったことじゃありませんから、もう慣れちゃいました」

 

我が道を行くって言うのかな?

確かに穂乃果ちゃんの一度決めたらとことんまで突き進んでいく底なしの行動力には何度も驚かされたこともあるけど、今まで嫌な思いをしたことは一度だってありません。

お日さまのような笑顔で、いつだって最後にはみんなを笑顔にしてくれる自慢のお友達なんです。

すると、自信満々に穂乃果ちゃんのことを語る私たちを見て、高嶺くんは口元を柔らかく綻ばせました。

 

「そっか。……そいつは大変だな」

 

それは同情を伺わせるものではなくて、憧憬に思いを馳せているような優しい笑みでした。

 

「そう言えば自己紹介がまだでしたね。改めまして、私は園田海未と申します。先ほどは助けていただきありがとうございます」

 

「いや、俺もたまたま居合わせただけだから気にするな。俺は清麿。高嶺清麿だ、よろしく」

 

互いに自己紹介を済ませる海未ちゃんと高嶺くん。

気付けば緊張も解れ、私たちは自然と笑顔を浮かべていました。

清麿くん、か………よし、ならことりもちょとだけ思い切ってみたいと思います!

 

「じゃあ、きーくんだね。私は南ことり。よろしくね♪」

 

                    ☆

 

「おかえりなさいませ、ご主人さま♪」

 

程よく甲高いドアベルの音が弾む扉を潜れば、近くに控えていた女性から普段ではまず聞くことのない出迎えを受けた。

若干の動揺を覚える俺の目に飛び込んできたのは、レースのカチューシャとフリルの付いた黒を基調としたドレスに白いエプロン姿の衣装、所謂、メイド服。

実際に生で見る新鮮さを感じながらも表に出さないように努め、待ち合わせしていることを伝えてやり過ごす。

辺りを見渡せば、当然のことながら同じ格好をした女性たちが忙しなく動いていた。

 

「あ、高嶺くーん!こっちこっち!」

 

そんな時、天然を感じさせるおっとりな声で名前を呼ばれ、そちらの方に視線を巡らせると窓際の一席でひとりの少女が俺に向かって大きく手を振っているのが見えた。

どうやら、俺が最後のようだ。

俺はそこに座っていた面子との再会に思わず口角が緩むのを止められないまま、まっすぐその席に歩みを進めた。

 

「久しぶりだな、水野。それにみんなも」

 

「うん!高嶺くんも久しぶり!」

 

「やっほー、高嶺くん」

 

「おう、高嶺!久しぶりだな!」

 

「よ!しばらくだったが元気そうだな!」

 

「中学を卒業して以来だね。また会えてうれしいよ」

 

懐かしい顔ぶれに声をかければ、向こうも各々が再会の言葉を返してくれた。

 

「俺もだよ。そっちも元気そうでなによりだ」

 

軽く言葉を交わして腰を下ろした席にいたのは、水野をはじめとした中学時代の友達の仲村、金山、山中、岩島。

この日、俺は俗に言う、メイド喫茶でかつての旧友たちとの再会を果たしていた。

なぜ、再会の場にこの場所を選んだのかというと、話は約一週間前に遡る。

きっかけは水野からかかってきた電話だった。

内容はもちろん、久しぶりにみんなで集まろうとのこと。

突然の誘いだったが、水野が指定した日はちょうどµ'sの活動の休みの日だったため、せっかくの機会を見送る理由はない。

そのままその場でふたつ返事を返して今に至るというわけだ。

 

「それじゃ、みんな集まったことだしなんか頼もうぜ!」

 

山中の言葉に俺たちはさっそくそばに立てかけてあったメニューを開いた。

『ストロベリーチョコケーキ』

『ふわふわチーズケーキ』

『日替わり定食 本日はオムライス!』

中をのぞけば、ポップなイラストとともにいかにもな名前が付けられたドリンクやデザートなどの軽食を中心としたラインナップが並んでいる。

内容自体は普通の喫茶店で出されるものと変わらないが、俺はメニューひとつひとつの単価がやけに高い部分に目が行ってしまっていた。

それこそファミレスで提供されるより倍近い値段に届くものまであるほどだった。

やはりこの手の店はメイドによるおもてなしを売りにしている分さらに上乗せされていると言うことだろうか。

まあ、だからと言って文句を言っても仕方ないし、ここは無難に日替わりランチでいこう。

てっとり早く決めて顔を上げると、正面に座る水野が満面の笑顔でまだ決めあぐねているみんなの様子を見つめていた。

 

「うれしそうだな、水野」

 

「当然だよ。だってこうしてまたみんなと、高嶺くんと会えたんだもん」

 

素直な言葉に、そっか、と短く返す俺も自然と笑みを浮かべていた。

そうだよな、こうして顔を合わせるのも1年ぶりになるんだよな……。

卒業式の日に岩島が言っていたように、高校に入ってからみんな忙しいんだろうなと思いながらも会えないままでいたせいか、俺も久々にあいつらと会えると思うと楽しみで仕方なかったしな。

 

「それにしても、なんでまたメイド喫茶だったんだ?」

 

すでに用意されていたお冷に口をつけながら訊ねてみたが、そもそも俺は水野がメイド喫茶を指定したことを意外に思っていた。

と言うのも、なにぶんメイド喫茶に来るのは人生で初めてなため、店の前でしばしまごついてしまっていたのはここだけの話。

偏見と捉わられるかもしれないが、メイド喫茶といえばその手の趣味の客をターゲットにしたサービスをメインにした特異な飲食店をイメージしていた。

だが、いざ店内に足を踏み入れれば俺たち以外にもごく一般的な人たちの姿も多く見受けられ、思っていた以上に落ち着いた雰囲気を感じ取れたため、今は幾分か気が楽になっている。

 

「えっとね……実は高校のお友達からこのお店の割引券をもらったんだけど、その後お母さんからも同じものをもらっちゃって。でもひとりで使い切るのももったいないし、せっかくだから久しぶりにみんなに会いたいなって思って誘ったんだ」

 

「ああ、なるほどな」

 

嬉々として語る裏表のない理由に納得してしまった。

中学の時のスケートの時だって結局理由は聞きそびれてしまったが、思えばそこまで大した理由はなかったんだろう。

 

「それにね、前一度ここに来てからまたこの店に来てみたいなって思ってたんだ」

 

「メイドに興味でもあるのか?」

 

なんとも水野らしいと言えば水野らしいと思っていたら、意外な言葉に素直に驚いた。

仮に水野がメイドとして働く姿を想像してみるが…………ダメだ、盛大にやらかす結末しか見えてこない。

 

「それもあるんだけど、ここってミナリンスキーさんが働いてるお店なんだ」

 

「ミナリンスキー?」

 

だが今度は、水野が続けて口にしたどこかで聞いた名前に首を傾げる。

はて、なんだったか?

 

「それ私も知ってる!なんでも巷で噂されてる伝説のカリスマメイドさんでしょ?」

 

喉のあたりまで出かかっていると、水野の隣に座っていた仲村のおかげで思い出せた。

そうだ、たしか部室にサインがあったな。

あのアイドルマニアの部長が手に入れたほどだ、よほど有名なんだろうな。

そうこうしているうちにどうやらみんなも決まったらしく、呼び出しボタンを押した山中が再び切り出した。

 

「メイドもいいけどよ、せっかくこうして集まったんだ。いろいろ話そうぜ」

 

「それもそうね。と言っても、どうせあんたは高校でも野球やってんでしょ?」

 

「あたぼうよ!目指すは当然甲子園!そのために今は炎の消える魔球を完璧に使いこなすために特訓してるんだぜ!」

 

おい、まだあきらめてなかったのかその魔球。

おまえそれで中体連惨敗したんだろ?

今でこそ腕を組んで自信満々に語る山中だが、あの時ほど申し訳なく思ったことはなかったな……。

甲子園は置いといて、その努力がどこかで報われることを祈るばかりだ。

 

「で、金山はどうよ?相変わらずケンカばっかしてんのか?」

 

「相変わらずは余計だ山中!あいにく今は獣医目指して勉強してんだ。そんな暇ねえよ」

 

「「「「「……………」」」」」

 

金山のまさかの一言に一同沈黙。

 

「「「「「ええっ!!?」」」」」

 

そして理解に至った俺たちは思わず驚きの声を上げてしまった。

だが、俺たちの反応はすでに想定していたのか、その様子はとても落ち着いたものだった。

 

「あれは去年の夏休みのことだったな。いつものように山でツチノコ探しにしてたんだけどよ」

 

いつものようにって………まだ続けてたのか、ツチノコ探し。

 

「その最中で怪我した子ぎつねを見つけてな。どうすればいいかわからなくて近くの獣医に駆け込んだらそこの先生がいい人でな、嫌な顔ひとつせずに診てくれたんだ。それがきっかけで俺も将来はこんな仕事してみたいと思ってがんばってんだよ」

 

「「「「「……………」」」」」

 

対して、思い出を誇らしく語る内容に俺たちはそろって唖然とするばかりだった。

 

「おまえ……本当に金山か?山でなんか変なもんでも食ったんじゃねえか?」

 

「どういう意味だコラァッ!?」

 

訝しむような山中の返しはさすがに外だったのか、矢庭に額に青筋を浮かべて声を荒げる金山。

気持ちはわからんでもないが、未だに信じられないというのが本音だったりする。

だってあの金山だぞ?

本当、人間何がきっかけで変わるかわからんもんだな……。

そんなことを考えながらとりあえず金山の怒りを鎮めさせて、次は岩島の番になった。

 

「ボクは高校では新聞部に入ってるんだ。本当はオカルト研究部とかに入りたかったんだけど、ボクの通ってる高校にはなくてね……。でも、学校中のスクープを追いかけるのが思いのほか楽しくて今じゃ副部長さ」

 

「ってことはもうUFOや宇宙人は追いかけないのか?」

 

「まさか、UFOへの情熱は日に日に増してくばかりさ。今の目標は2年前に現れた巨人の正体を突き止めること!そしてゆくゆくはUFOに誘拐されてその実体験を本にするつもりさ」

 

もしかしなくてもまだ叫んでるんだろうな………アーブダークショーン!って。

これについてはもう何も言うまい。

ただ、ファウードに関しては真実を知る日は一生来ることはないだろう………とりあえず、スマン。

心の中で謝ってると、岩島が仲村にパスを回していた。

 

「私は高校でも合唱部に入ったわ。あとは将来の夢ってほどじゃないけど、本格的にスケートを始めたの。最初はあの時の雪辱を果たすつもりだったけど、今では結構滑れるようになったのよ」

 

仲村の言う『スケート』で心当たりがあるとすれば………やはりあの時しかないよな……。

それは今から約2年前、ちょうどファウードが人間界に出現してから間もないころの思い出。

水野の計画でみんなでスケートをしに遊びに出かけたはいいが、俺たちを待っていたのは悲鳴と執念が交錯するスケートとは名ばかりのカオスすぎる一時だった。

俺の中で今でもあの日の出来事は強烈過ぎて忘れたくても忘れられない、ある意味でトラウマとなっているためここだけの話に留めておきたい。

 

「はーん、なんか意外だな。てっきりお前ならスケートでオリンピック目指す!とか言うもんだと思ってたぜ」

 

「それもいいかなって思ったんだけどね。ただ、スケートに縛られるよりも今はたった一度の高校生活をめいっぱい楽しみたいなって。これから何を目指すにしてもこれからゆっくり考えて決めていくつもり」

 

拍子抜けを食らった面相で金山が言うが、仲村は穏やかに相槌を打っていた

先の3人と違って明確な将来像ではなかったがしっかり者の仲村のことだ、心配はないだろう。

 

「そう言や、水野も仲村と同じ高校なんだよな?」

 

再びお冷を仰ぎながら今度は水野に話題を振ってみた。

今言ったとおり、水野は仲村と同じ高校に通っているようなのだが、平生を知っていた身からすると気が気でない部分があったりする。

 

「うん、マリ子ちゃんも一緒だから楽しくやってるよ」

 

「フフン。でもそれだけじゃないんだよね、スズメ?」

 

「マ、マリ子ちゃん……」

 

なぜか自分のことのように付け加えた仲村に水野が焦りの色を浮かべていた。

 

「もしかして将来なりたい夢でもあるのか?」

 

「あっと、えと………うん……。その、笑わない、かな……?」

 

「ああ、笑わねえよ。な?」

 

恥ずかしいのか、妙に言いよどむ水野に真摯な面持ちで頷く。

他のみんなにも確認すれば全員が同じように首肯した。

そうだ、ここに簡単に人の夢を笑うようなクズはいない。

それは水野もわかっていたようで、俺たちの反応を見て安堵の表情を浮かべて口を開いた。

 

「えっとね………保育所の先生に、なりたいなって思ってて……」

 

「保育所の先生?」

 

「うん。中学の時、テレビで見ていいなって。そのことをTM・リー先生に話したら『きっかけなんてなんでもいい。なりたいと思ったらまずはその思いを持ち続けることが大切だ』って言ってくれて。その後も保育士になるためにいろいろと教えてくれて……それで、頑張ってみようかなって」

 

照れたようにはにかむ純粋に語る姿を誰もが微笑ましく見つめていた。

なるほど、天然なところが玉に瑕なところがあるが、それ以上に誰とでも接せられる優しさならぴったりだと思えてくる。

それにTM・リー先生か……。

中学で担任だった中田先生の第2形態、初めて目の当たりにした時は本当に驚いたけど、生徒の将来に対して真剣に向き合ってくれたいい先生だったもんな………基本的に授業はめちゃくちゃだったけど。

 

「そっか……叶うといいな」

 

「うん!………だからお願い高嶺くん!今度勉強教えて~!」

 

しかし感心したと思った束の間、途端に泣きつかれてしまい一気に脱力してしまうのだった。

それでも、久しぶりに再会しても水野は水野だったことに安心する俺がいた。

 

「ああ、もちろんだ。連絡くれれば予定を合わせるよ」

 

涙ぐむ水野を落ち着かせて、最後に残った俺にみんなが好奇の眼差しを向けてきた。

 

「それで、高嶺は最近どうなんだよ?確か音ノ木坂って元女子高に通ってるんだろ?彼女でもできたか?」

 

「いきなりだな、おい。話が飛躍しすぎてやしないか?」

 

意味深な含み笑いを向けてくる山中に苦笑いで答える。

元女子高というが、共学化したのはもう30年も前の話だ。

すでに女子高という認識はほぼ完全に風化している。

 

「ほ、本当なの高嶺くん!?か、彼女い……いいい、いるの!!?」

 

だが、山中の軽口を本気にしてしまった人物がひとり。

やれやれと嘆息していると、激しく狼狽した水野に食いつかれてしまった。

テーブル越しに詰め寄ってくる水野は先ほどと同じように涙ぐんではいるのだが、今度は負のオーラのようなものを纏っているように見える。

 

「落ちつけ、水野。彼女なんていないし、そもそも山中の冗談だから真に受けるな。あとは、俺もそれなりに楽しくやってるよ」

 

だからこれ以上負のオーラを纏った目で見つめないでくれ……さすがにちょっと怖い。

すると、なんとかともに水野をなだめてくれていた仲村が問いかけてきた。

 

「でも、高嶺くんが通ってる音ノ木坂って廃校になりそうなんでしょ?いろいろと大変なんじゃない?」

 

なるほど、仲村も知っているところを見るに、どうやら思ってる以上に廃校の話は広まっているようだ。

 

「まあな、でも廃校を止めようと頑張ってる奴もいるからな。できることがある限り俺もあきらめるつもりはねえよ」

 

それこそ今さらだ。

まずはもうすぐ行われるオープンスクールに向けて追い込みをかけようと思った、その時だった。

 

『UTX高校へようこそ!』

 

突如耳朶を打った一声に全員がそちらの方向に視線を向けた。

みなが見る先――――店内に設置されたモニターには3人の少女の姿が映し出されていた。

 

「あー、A-RISEだ!」

 

「アイドルと学業を両立させてるんだろ?すげーよな」

 

「今度の文化祭で開かれるライブのチケットも即日完売らしいぜ?俺もほしかったんだよなー」

 

モニターに注目したのは俺たちだけではない。

たった数秒の映像でありながら、この場にいる全員の意識を一気に引き込む影響力を目の当たりにして、改めて俺も彼女たちの実力の一端を実感するのだった。

 

「ずいぶん詳しいんだな?」

 

「それはそうだよ。ほら、アレ」

 

岩島が『アレ』と指したのは窓から見える向かい側の建物の一面に掲げられたA-RISEのポスターだった。

 

「スクールアイドルも今では流行の中心。その中でもA-RISEは頂点を極めたグループだからね。知らないほうがおかしいよ」

 

それもそうだな。

今でもPV見たさにUTX学園の前には大勢の人が屯していると聞く。

ライブは当然として宣伝ひとつとってもそのスケールのでかさが窺い知れる。

 

「そういえば音ノ木坂にも新しいスクールアイドルが結成されたんだってね」

 

思い出したように言う仲村の話題に他の面子も反応を示した。

 

「それ俺も知ってるぜ。石鹸みたいな名前だったよな?えっと確か、み……みゅー?」

 

「µ'sな」

 

「そう、それだ!なんだ、やっぱ高嶺も知ってるんだな?」

 

「いや、知ってるも何も――――」

 

むしろ、間近で活動に関わっている。

 

「お待たせしました。ご注文をお伺いいたします、ご主人さま♪」

 

さて、なんて説明すればいいものかと言いあぐねていると、聞き覚えのある甘い声音が俺の思考を遮断した。

視線を巡らせると、そこにはすごく見覚えのある女の子が立っていた。

 

「わぁ、ミナリンスキーさんだ~」

 

その少女に目を輝かせる水野が口にした名前に、俺は本日最大の衝撃を感じた。

 

「………ことり?」

 

事実、俺はメイド服を身に纏ったことりの名前を呟くので精一杯だった。

 




毎度のことながら、お待たせして本当に申し訳ありません。
いつもリアルが忙しい忙しいと言いながら、今回は本当にシャレにならないくらいのレベルで振り回されていたので、書く時間がなかなか取れないでいました。

というわけで、2か月ぶりに投稿できました31話です。
前半はことり視点からの、まさかタイミングでモチノキ中勢の登場。
ただ言っておくと、彼女たちはまだ暴走しません。
次の機会の登場を考えているので、それまで寝かしておくつもりです。
今回は前々から言っていたことりの個人回のつもりで書き始めたつもりが、なぜか制服が衣替えする間のワンクッション置いた感じの内容になってしまったことについてはいじらないでもらえると幸いです(笑)
あと、書いているうちに長くなってしまったのでキリのいいところで分割させていただきました。
後半で本格的にことり回に持ち込めるかなと思います。
とりあえず次話を投稿したらテスト回→絵里、希加入回とつなげていく所存です。
μ'sが揃うまでもうしばらくお待ちください。

それでは、次の投稿もいつになるかわかりませんがお楽しみに!

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