ラブライブ!~金色のステージへ~   作:青空野郎

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STAGE.28 優しい風

氷水を溜めた洗面器に浸したタオルから水気を絞り取り、ベッドに寝かせた絵里の額に乗せる。

 

「キヨちゃん、エリチは……?」

 

穏やかな寝顔を確認して、ゆっくりと布団を被せると希が訊ねてきた。

そこにいつものほがらかな様相は消え失せ、不安に揺れる瞳で俺を捉えているが、いきなり目の前で親友が倒れたんだ、取り乱さない方がおかしい。

こんなか弱い一面はなかなか見られないが、生憎今の彼女をからかうほど俺は悪趣味じゃない。

 

「大丈夫、軽い風邪だよ。多分、今までの疲れが吹き出しちまったんだろうな」

 

最初は荒かった呼吸も落ち着きを取り戻し、今は穏やかな寝息を立てていた。

まだ顔は少し赤らんでいるが、この分なら今日一日休めば明日には復帰できるだろう。

安心させるように笑みを向けると、希は緊張の糸が切れたように胸を撫で下ろしていた。

俺も近くの椅子に腰を下ろして一息吐く。

まさか潰れると言った矢先にぶっ倒れるとは思わなかったが………あの時はさすがに肝が冷えた。

 

「やっぱ無茶してやがったか……」

 

思ったより軽い症状だったことに安堵するが、俺の心は晴れない。

結局俺は、絵里が倒れるまで気付けなかったわけだ。

何とも情けない話だな。

 

「キヨちゃん、怖い顔しとるよ?」

 

心の隙間を縫うように湧き上がってくる罪悪感に奥歯を噛みしめていると、落ち着きを取り戻した言葉をかけられた。

どうやら自分でも知らない内に険しい表情になっていたようだ。

眉間に寄った皺をほぐすと、希も隣に腰を下ろしていた。

 

「……フフフ」

 

「どうした?急に笑い出して」

 

「ううん。なんか、こうしてると思い出してな」

 

不意の口ずさむ含み笑いについて聞いてみれば、とても穏やかな声音が返ってくる。

絵里の寝顔を見つめる希の横顔は包み込むような優しさに満ち満ちていた。

 

「ほら、前にもこんなことあったやろ?初めてキヨちゃんがエリチを助けてくれた日のこと」

 

懐かしむように紡がれる声を聴きながら俺も思い耽る。

 

                    ☆

 

それは去年の夏の日の出来事。

その日はオトノキ町の神社で夏祭りが催されていた。

穂乃果たちに誘われて足を運んでみれば、その盛況ぶりに感嘆したものだ。

焼きそばにたこ焼き、綿アメや射的、金魚すくいなど、もはや定番となった出店が並ぶ風景を眺めるだけでも自然と心が躍る。

後半に差し掛かると花火も打ちあがるらしい。

本当ならガッシュも一緒に……という思いもあったが、そこはちゃんと線を引いて今を楽しむことにした。

穂乃果たちの浴衣姿に見惚れてしまったことは置いておくとして、一度待ち合わせていた彼女たちとさまざまな屋台を見て回っていたまでは良かった。

だが、時間が経つにつれて勢いを増していく人の波に翻弄されてしまい………気付けば俺はものの見事に3人とはぐれてしまっていた。

 

「まいったな……」

 

目の前を行き来する人たちの喧騒に掻き消されるとわかっていながらも呟かずにはいられなかった。

携帯を持っていなかった俺には穂乃果たちと連絡を取る手段もないわけで……。

それまでに楽しんでいた反動が返ってきたのか、なんだか一気に気が滅入ってしまっていた。

夏の夜特有の張り付くような蒸し暑さを鬱陶しく思いながらも、いつまでも留まっているわけにもいかず、俺はこの場から移動することにした。

適当に歩いていればその内合流できるだろう。

そんなことを考えながら行く当てもなくぶらついていると、境内の一角で見覚えのある後姿を見かけた。

普段は2つに結った紫紺色の髪をひとつに束ね、白い小袖と緋袴を着込んだ人物に声をかけてみた。

 

「あれ、東條さん?」

 

「あ、高嶺くん……」

 

俺の声に気付いて振り返ったのはやはり2年生の東條希先輩だった。

生徒会に所属しており、入学式やオープンスクールの実行委員会のメンバーとして参加した時に何度か顔を合わせたことがあるが、学外で会話するのはこれが初めてだったりする。

最初は彼女の巫女姿を新鮮に思いながら軽い世間話でもと歩みを向けてみたが、すぐに様子がおかしいことに気付いた。

よく見ると、東條さんの他にもうひとり、浴衣姿の女の子が立っている。

淡い金色の髪の毛に透き通るような碧眼という顔立ちの女の子は涙で濡れた瞳で俺を見つめていた。

いや、彼女だけでなく、東條さんの今にも泣きだしそうな面持ちが、2人が深刻な事態に直面していることを物語っていた。

 

「……なにかあったんですか?」

 

一向きに訊ねてみると、東條さんは戸惑いがちではあったが話を聞かせてくれた。

女の子の名前は絢瀬亜里沙ちゃん、これまたどこかで見覚えのあるかと思えば絢瀬絵里先輩の妹さんだとか。

今日は俺たちと同じように絢瀬さんと夏祭りに来ていたみたいだったが、どうやらその通り掛けでガラの悪い連中を見かけてしまったそうだ。

多くの人は人目を憚らず非行に走る行いに気付いても、見て見ぬふりをして通り過ぎていたとか。

人間の本能の特有である集団心理が働き、関わり合いになるのを避けたかったのだろう。

そんな中でただひとり、亜里沙ちゃんが止めるのを聞かずに絢瀬さんが注意しに行ったのだが、それがまずかった。

不躾な連中に運悪く日本人離れした容姿に目をつけられてしまい、絢瀬さんはそのまま強引にどこかに連れ去られてしまったらしい。

幸いにも亜里沙ちゃんは被害に合うことはなかったが、ひとり取り残されどうすればいいかわからないでいたところを東條さんが見つけて今に至る。

話を聞き終わる頃には東條さんと亜里沙ちゃんの整った容貌にさらに陰りが差し込んでいた。

 

「…………………」

 

対して俺はというと、胸の内で抱いていた祭りの高揚感や、さっきまでの倦怠感はきれいさっぱり消え失せていた……。

いつの時代、その手の輩はどこにでも存在する。

頭ではわかっているが、そんな理屈は心の奥底からふつふつと込み上げてくる怒りで簡単に塗りつぶされていく。

せっかくのお祭りを台無しにしやがって………。

羽目を外すにしたって限度ってモンがあるだろクソッタレがッ!

 

「私……目の前でお姉ちゃんが連れて行かれるのに、なにもできなかった……。怖くて、ただ見てることしかできなかったんです……ごめんなさい………でも……でもっ………」

 

嗚咽を漏らしながら悲痛な叫びが胸に突き刺さる。

拭っても止めどなく溢れる涙に俺は目が離せないでいた。

 

「お願いです!お姉ちゃんを………お姉ちゃんを、助けてください……!」

 

「ああ、もちろんだ」

 

刹那、東條さんがなにか言いかけたところを割り込んだ俺に、2人に驚きの視線が向けられた。

構わず俺は亜里沙ちゃんの許へ歩み寄り、目線を合わせるようにしてしゃがみこむ。

 

「お姉さんがどこに連れて行かれたかわかるか?」

 

続けて訊ねる俺の問いに、亜里沙ちゃんは震える指で、ある方向を指差してくれた。

その先にあるのは境内の裏手にある小さな雑木林。

なるほど、よからぬことをやらかすにはまさに絶好の隠れ場所だな。

だが、だいたいの方向さえわかれば自ずと居場所は限られてくる。

これで少しでも悲しみが紛れてくれればと思いながら俺はゆっくりと手を伸ばす。

 

「ありがとう、勇気を出して答えてくれて。あとは俺に任せろ」

 

そして、亜里沙ちゃんの頭に手を置き、優しく撫で回した。

 

「大丈夫。キミのお姉さんは必ず助ける………必ずだ!」

 

重ねて約束し、呆けた亜里沙ちゃんの眼差しを見据えながら、立ち上がって俺は背後にいる東條さんに声をかける。

 

「東條さんはすいませんけど、この子のことお願いします。あと、実行委員会の人たちにも連絡を」

 

東條さん亜里沙ちゃんを任せて、踵を返した時だった。

 

「待って!」

 

そのまま横を通り過ぎると、急に肩を掴まれた。

横目で振り向くと、俺を止めたのはやはりひどく狼狽した東條さんだった。

 

「いくらなんでもひとりじゃ危険すぎや!関係ないキミにまでもしものことがあったら―――」

 

「あんたの友達は、今危険に晒されてるかもしれねえんだぞ!?つべこべ言うな!!」

 

瞳を潤ませ、震える声で食い下がろうとしてくる東條さんだったが、俺は振り向きざまに肩に置かれた手を振り払い、感情の赴くままに声を張り上げた。

きっと不安でたまらないはずなのに、東條さんから誰かを想う優しさを感じる。

でも、関係ないってことはねえだろ……。

俺は静かに拳を握り、ギリリと歯を食いしばる。

確かに、もうガッシュはここにいない。

約束した手前、必ず救える根拠を示すこともできない。

それでも、だからこそ……俺はここで足を止めるわけにはいかねえんだ!

俺に見捨てるという選択肢はない。

もう一度進むべき道に視線を戻して、俺は大きく足を踏み出した。

 

                    ☆

 

一層強い熱気を放ちながら往来する人たちを掻き分けて、ようやく俺は雑木林の中に足を踏み入れた。

それを境に急激に人気がなくなり、辺りは鬱蒼とした静けさに包まれていた。

木々が生い茂る深奥は薄暗く、頼りになるのは天上の月明かりぐらいだ。

雑木林自体はそこまで大きくはないが、さすがに電灯もなしで全体を隈なく探すとなると相当な時間がかかってしまう。

………迷ってる暇はない。

決断とともに、俺は『能力』を発動させた。

答えを出す者(アンサー・トーカー)

あらゆる事象、状況、疑問、謎に対して考えれば、瞬時に『答え』が出せる能力。

発動するのはガッシュが魔界に帰って以来になるが、今でも自由にこの力を引き出すことができる。

当分は使うことはないと思っていたが、予期せぬタイミングが舞い込んできたことに皮肉すら覚える。

瞳が波紋状の模様に代わり、周囲を見渡しながら、考える。

―――絢瀬さんは今どこにいる?―――

直後、頭の中に『答え』が浮かんできた。

すぐさま『答え』が指し示す方向に向けてさらに足を速めた。

木々の間を縫うようにして最短ルートを導き出し、全力で駆け走る。

目的地に辿り着くまで時間はかからなかった。

最初は姿が見当たらなかったが、近くから言い争うような声が聞こえてくる。

 

「おいおい、あんま調子こいてんじゃねーぞ?」

 

「イヤ、離して!」

 

その方向に視線を移すと、繁みの向こう側で数人の男たちがひとりの女の子を囲んでいた。

見つけた!

暗さに慣れた俺の視界が絢瀬さんの姿を確かに捉える。

その時、男のひとりが綾瀬さんに無骨な腕を伸ばそうとしていた。

瞬間、一気に距離を詰めて、男の腕が絢瀬さんに触れようとした寸前に掴み上げ、無理やり捻り上げた。

 

「いででででででででで!」

 

「よかった、間に合った……」

 

「……え?」

 

突然の出来事に、俯いていた絢瀬さんが顔を上げ、初めて俺の存在に気付いた。

 

「探しましたよ、絢瀬さん」

 

耳障りな悲鳴を適当に聞き流し、唖然とした青い瞳に笑みを返す。

 

「高嶺、くん?」

 

ポツリと俺の名前を呟く絢瀬さん。

どうやら向こうも俺のことを憶えていてくれていたみたいだ。

すぐさま拘束している野郎を別の男にぶつけるようにして開放し、絢瀬さんとの間に割って入るようにして腰を落とした。

着ていた浴衣が多少はだけてはいたが、それ以外に危害は加えられていないようだ。

 

「一応確認しますけど、この頭悪そうな人たちってお友だちだったりしませんよね?」

 

「当たり前でしょ!誰がこんな人たちと……!」

 

なら安心だ。

しかし軽いやり取りをしている間に、いつの間にか周りを囲まれてしまっていた。

 

「いきなりなにしやがんだテメー!」

 

「チョーシのってっとやっちまうぞ!」

 

相手は3人。

隙をついて逃げるにしても、絢瀬さんを連れてこの暗い森の中を速く走ることはできないだろう。

素手での喧嘩は得意じゃないが、やれないことはない。

 

「~~~――――っ」

 

静かに息を整えていると、とても小さな悲鳴が耳朶を打った。

見ると、不良たちの叫声に絢瀬さんは小刻みに肩を震わせていた。

強がる体裁を装っているようだ彼女の目元にはうっすらと涙も浮かんでいる。

………内心、相当怖かったんだろうな。

普段は毅然とした振る舞いで近寄りがたい雰囲気を出しているが、絢瀬さんだってどこにでもいるか弱い女の子なんだ。

それを寄って集って泣かせるようなマネしやがって………。

今も周りで野郎たちが怒鳴り散らしているが、俺は、理解することを放棄する。

不気味なほど静寂で静まり返っていた心に一度抑えた怒りがぶり返してくるのが分かった。

その瞬間――――俺の中で感情が最後の一線を吹っ切った。

 

「女の前だからってイイ気になってんじゃ―――」

 

「だまりやがれ!!!」

 

俺の怒号が、一瞬にして辺り一帯を支配した。

誰もが息を飲む静寂の中で、俺は目の前のクソ野郎どもに睨みを利かせる。

 

「てめぇら、もうしゃべるな………」

 

いつぶりだろうか、自分でもわかるくらいに底冷えする声音を口にするのは……。

 

「た、高嶺くん……?」

 

今、後ろにいる絢瀬さんの眼には俺の姿はどんな風に映っているのだろうか。

だが、こいつらはやってはいけないことをやったんだ……。

躊躇をしてやる義理はない。

 

「お、おい。なんだこいつの迫力は.....?」

 

「び、ビビってんじゃねーぞ。こ、こんなのハッタリだ!」

 

「なにカッコつけてんだテメー、ちっとばかしガンつけがスゲーからってオレらがびびるなんて思う―――」

 

「しゃべるなつってんだろ!」

 

不快極まりないダミ声が俺の神経を逆撫でし、さらに語気を荒げて黙らせる。

この時点で、すでに野郎どもの腰は引けていた。

 

「これ以上続けるってんなら、てめえら全員――――」

 

畳み掛けるようにゆっくりとした動作で立ち上がり、そして俺は溢れんばかりの怒気を言葉に乗せた。

 

「覚悟はできてるんだろうなあああ!!!」

 

「「「ひ、ひぃぃぃぃぃぃっ!?!?」」」

 

足を震わせながらも見せつけていた虚勢から一転、不良たちはヘタレた悲鳴を上げながら一目散に逃げていった。

腰を抜かし、転びながらもこの場から離れて行く後ろ姿は情けないことこの上ないものだった。

残されたのは俺と絢瀬さんの2人だけになった。

さて、俺は身体の力を抜いて―――っと、スマイルスマイル。

振り返ると、ポカンと口をあけた絢瀬さんが俺を見ている。

………同時に、俺の目に浴衣の隙間から覗く、透き通るような白い肌が飛び込んできた。

あー、たぶん道中でけっこう抵抗したんだろうなー。

俺を見上げる絢瀬さんの姿はかなりきわどいことになっていた。

 

「……………」

 

「……?」

 

咄嗟に顔に熱を覚えて視線を逸らすと、俺の行動に首をかしげる絢瀬さん。

 

「――――っ?!」

 

しかし、自身の状態を確かめた途端、絢瀬さんも羞恥で頬を赤らめながら俺に背を向けると、慌てて浴衣を着直すのだった。

 

「えっと、大丈夫ですか?絢瀬さん」

 

「………どうして?」

 

居心地の悪い沈黙をどうすればいいか分からず問いかけると、そんな疑問が絢瀬さんから返ってきた。

どう答えればいいものかと、ポリポリと頬をかきながら苦笑いで答える。

 

「どうしてって……まあ、東條さんとあんたの妹さんから話を聞いて。それだけですよ」

 

実際にあの時に偶然2人に出くわさなければ知らないままになっていたかもしれない。

そんな最悪な結末は考えただけでもゾッとする。

 

「どこか怪我してるところはありませんか?」

 

「え……ええ、大丈夫よ。ありがとう」

 

「……よかった………」

 

よし、絢瀬さんが無事だとわかったことだし、もうここに長居する必要はないな。

安堵の息で心を落ち着けて、俺は彼女に手を差し出す。

 

「行きましょう?東條さんと妹さんが待ってますよ」

 

俺の言葉に促されて絢瀬さんも手を伸ばすが、その指先は空中で止まってしまった。

なにを迷ってるかは知らないが、そんな仕草がもどかしく思えてこちらから手を掴み、腕を引いた。

 

「きゃっ」

 

だが、かわいらしい悲鳴とともに浮き上がった腰が再び地面に落ちる。

 

「……ホントに大丈夫ですか?」

 

「……男の子でしょ?ちゃんと持ち上げなさいよ………」

 

「腰抜かしてるくせに何言ってるんですか……」

 

頬を膨らませながらも減らず口を叩けるなら心配はいらないな。

小さく肩を竦ませて、俺は絢瀬さんに背中を向けた状態でしゃがみこんだ。

 

「ほら、乗ってください」

 

「えっと……高嶺くん?」

 

「それとも、歩けるようになるまでここにいますか?」

 

夜空を見上げてみれば、今まさに月が雲に隠れようとしていた。

花火大会に支障はきたさない程度だったが、場所が場所だけにこのままだと辺りは一段と暗くなってしまうだろう。

俺としては、そんな場所に女の子を放置するのは正直気が引ける。

少しからかうように問うてみれば、絢瀬さんもしばし逡巡した末、おずおずと俺の肩に手をかけた。

後ろから圧し掛かる体重に踏ん張りを利かせ、勢いよく立ち上がる。

小柄な女の子ひとりくらい何の問題もない。

 

「あ、ありがとう……」

 

背中越しに小さく紡ぐ絢瀬さんの顔は一層赤く染まっていた。

 

                    ☆

「その、今日は本当にごめんなさい……」

 

絢瀬さんを背負って来た道を半分ほど進んだ時、唐突に謝られた。

 

「俺よりも先に謝らなきゃいけない人たちがいるでしょ?東條さんと、亜里沙ちゃんでしたっけ?2人とも本当に心配してましたよ」

 

すると、絢瀬さんはバツが悪そうに顔を背ける。

自分の非を半ば認めているのか、すぐに反論できないでいる様子だった。

 

「あんたがしたことは間違っちゃいないが、やり方がよくなかった」

 

俺の言葉で絢瀬さんが意外そうに面持ちを上げる。

オープンスクールの準備で一緒に仕事をしていた時に責任感が強い人だとは思っていたが、どうも彼女の危なっかしさを放っておけず、気付けば俺は言葉を続けていた。

 

「そういう時は誰かを呼ぶなり、他に方法があったでしょ?ひとりでつっ走った挙げ句に連れ去られたら世話ねえや」

 

「だって目の前で悪いことをしてるのに、見て見ぬ振りなんてできるわけないでしょ!」

 

「それで取り返しのつかないことになってからじゃ遅いんだよ!」

 

絢瀬さんの言うことは正しいが、肩に置かれた手に力が込められるのを感じながら、俺は苛立ちを含んだ語気を放っていた。

 

「少しは周りにいる人のことも考えろよ……」

 

今、俺は絢瀬さんに怒りを抱いていた。

もちろん、さきほどのクソ野郎どもとはまた違った感情だ。

ひとりで無茶することは決して間違いではない。

だが、どう足掻いたって人ひとりにできることには限界がある。

人のことを言えた義理ではないが、後先を考えない絢瀬さんの行いを素直に受け入れることができず、俺は胸に蟠る憤りをぶつけていた。

 

「少なくとも、あんたが傷ついて悲しむ人間がここにいることを忘れないでくれ」

 

絢瀬さんが俺の言葉をどう受け止めたのかはわからない。

ただ、俺の精一杯の想いに、背中で息を呑むのを感じた。

 

「俺だけじゃない。東條さんも、あんたの妹さんも同じだ。あんたを大切に思ってる人たちのためにも、もう無茶なことはしないでくれ」

 

「……………」

 

夏の夜風で木々のざわめく音に混じって、遠くから騒がしい喧騒が聞こえてくる。

目の前の道の先にも光が見えてくる。

あと一息で林を抜けられる、そう気が緩んだ時だった。

 

「ありがとう」

 

先ほどとは違う、とても優しい声音が俺の耳元で囁かれた。

さらに、こちらが反応する前に肩に置いていた手が前で組まれさらに体重をかけられる。

そうなると必然的に背中に柔らかな感触が伝わってくるわけで……。

こ、これは………なにがとは言わないが、この人、結構ありおる!?

いやいやいやいやいや!落ち着け、俺!邪念を捨てろ!

確かに、今までここまで女の子と密着するようなことはなかったけれども!

この場合、俺はどうすれば正解なんだ!?

つーか、この人はわかっててやってんのか!?

だが、このまま振り返るとさらにからかわれそうな気がして、結局背中に感じる未知の感覚にドギマギしながらも俺は平静を装うことにした。

そう、決して俺にやましい気持ちなんてない!

最後の最後で釈然としないまま、俺たちの許を優しい風が通り過ぎて行った。

 




絵里との会話部分はサブタイ通り、ガッシュのBGM「優しい風」でお楽しみください。

どうも!清麿がマントに乗るより、ガッシュが背負うスタイルが好きな青空野郎です。

今回は希と保健室での会話から絵里との回想編に持ち込んでみました。
この作品の10話で匂わせた「一騒動」がこの話になります。
最初は絵里視点で行こうかと考えていましたが、希とのやり取りのことを考えて清麿視点で落ち着きました。
もしかしたら編集の都合上で絵里視点も載せるかもしれませんが……。
そしてさりげなく亜里沙が初登場(笑)

清麿が激怒した部分は鬼麿とか悪麿のような魔改造ではなく、1000年前の魔物を引き連れたパティにブチ切れた時の清麿をイメージしてください。
今回は特に清麿のカッコよさが追求できた回になってるのではと思っています。

以上、もう1度劇場版ラブライブ!を見に行こうかと考えている青空野郎でした!

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