ラブライブ!~金色のステージへ~   作:青空野郎

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STAGE.27 音ノ木坂の亀裂

昼間と比べて人の行き来が圧倒的に少なくなった廊下を進み、生徒会室の前にまで辿り着く。

後は目の前の扉を開ければいいのだが、俺の手はただ虚しく空中を彷徨っていた。

ここに来るのはアイドル研究部の存在を知った日以来、約一週間ぶりになるか。

あんな歯切れの悪い別れ方をしてしまったことに、今になって後悔の念に苛まれてしまうが、ここで立ち往生しても何も変わらないのもまた事実。

 

「すぅー、はぁー……」

 

一度深呼吸をして気を引き締め直し、俺は扉に手をかけた。

 

「悪い、少し遅くなった」

 

俺の心境とは裏腹に、拍子抜けするほどすんなりと開いた扉を潜れば、すでに絵里と希がいる光景が広がる。

 

「うん。おつかれー、キヨちゃん」

 

「…………」

 

希はいつものように挨拶を返してくれたが、絵里は俺を軽く一瞥しただけで手元の資料に視線を落としてしまう。

おおう、とうとう声もかけられなくなってしまったか……。

どうやら俺と彼女の間にできた溝は想像以上に大きいものらしい。

ヤバイ、もう気持ちが折れそうだ……。

込み上げそうになる涙をグッと堪えていつもの席に腰を下ろすと、思わず溜め息が零れた。

とにかく、空気が重い……。

依然として絵里は資料から目を離さず、希はほがらかに笑むだけでなにを考えてるかわからない。

どうしたものかと、不自然なほど息がつまりそうな沈黙に居たたまれなくなった時だった。

 

 

ケホッ、コホッ

 

 

突如室内に小さな咳払いが木霊した。

 

「大丈夫か、絵里?」

 

「………あなたには関係ないわ」

 

窺うように声をかけてみたものの冷たい言葉の刃で一蹴されてしまい、5秒にも満たず会話は終了。

結局、残りのメンバーが集まるまで誰も口を開くことはなかった。

 

                   ☆

 

間もなくして、絵里の号令で会議が始まる。

議題は7月に行われるオープンスクールに向けての簡単な現状報告。

本格的な打ち合わせは明日、各部活動の代表と実行委員を交えて行うことになっている。

なので今回はオープンスクールの目的を簡単におさらいし、運営状況と各部活の出し物を確認し、次にそれがオープンスクールの趣旨に沿っているか、または現段階で実現可能かを話し合っていく。

会議自体は滞りなく進んでいき、本来ならば最後に校内に関する定時の報告を済ませるだけのはずだった。

 

「では最後に、前回に引き続いて廃校を阻止するための打開案について話し合いたいと思います」

 

気を張った様子の絵里が整然と新たな議題を提示する。

予感はしていたが、絵里の発言をきっかけにただでさえ重かった室内の雰囲気がさらに沈んでいくのが感じて取れた。

前方の席に座る2人の役員に至っては、途端に顔を俯かせたまま視線を逸らし、口を閉ざしてしまっていた。

決して、意見がないということはないだろうが、やはり現実という壁の大きさを前にして、責任の重圧を恐れて頭の中にある考えを迂闊に出せないでいるのかもしれない。

だが、このまま黙っていても事態は好転していく一方であることは明白だった。

 

「そのことで少しいいか?」

 

重い沈黙を破った俺に全員の視線が集まる。

 

「なにかあるの?」

 

この時、初めて俺の視線が青い眼差しと交わった。

期待ではなく懐疑的な反応だったが、とりあえず話は聞いてくれるようだ。

ひとつ頷くと、席を立ちあがって一冊のファイルを絵里に差し出した。

 

「一応、入学希望者を増やすための案をいくつか考えてみた。理事長の許可が下りればすぐにでも動けるはずだ」

 

絵里が受け取ったファイルには廃校阻止の打開案、つまり入学希望者を増やすための企画案がまとめてある。

規模を問わず、細かい詳細をアクシデントが起きた場合の対処法と一緒に記してある内容に一時は双眸を見開いた絵里だったが、後半の俺の一言を聞いた途端にファイルを持つ手に力が籠めていた。

どうやら未だ理事長の説得が難航しているようだ。

 

「それでも、結果が出せるかは五分五分と言ったところだな」

 

今の進捗状況を考えてもこれ以上の遅れはいくつかの打開案の実現を妨げてしまう。

できるだけ早い段階で理事長の許可が下りることに越したことはないが、それとはまた別に懸念することがあった。

廃校を阻止するための方法を考えていた時、同時に廃校に追い込まれた原因を調べてみたことがある。

原因はやはり生徒減少が招いた経営難で間違いない。

調べて分かったことだが、音ノ木坂学院の廃校問題は約30年前から既に続いていたらしい。

入学希望者が減少の傾向を見せ始め、廃校を懸念した当時の音ノ木坂学院は共学化に打って出た。だが、その新たな試みは異性の目を気にしなくて済むという利点を失うことになり、女子高を志望していた女子生徒の数を減らすことに繋がってしまった。

男子生徒の立場からしても、進んで元女子高に通いたいと考える物好きはそう多くなく、むしろ男女比に圧倒的な偏りを見せる環境で肩身の狭い思いをすることに抵抗を覚えるものがほとんどだった。

結果は生徒数の減少を抑えたというだけであって、音ノ木坂学院の共学化は期待以上の効果を生むことができなかった。

それでも共学化という賭けは功を奏し、学校は廃校という事態を免れることに成功するが、生徒数が安定の兆しを見せ始めた5年前に音ノ木坂学院を廃校に追い込む決定的な出来事が起きた。

秋葉原に新たにUTX学院が開校された。

外観、内装ともに従来の学校施設と一線を画し、当時の最新鋭のシステムを導入した設備が大きな話題を呼んだ。

さらには当時のスクールアイドルブームに肖り、1年前に結成されたA-RISEの登場に一層注目を集めたUTXは多くの入学希望者を確保できたという。

しかし、そんなUTXの快挙は音ノ木坂学院に致命的な打撃を与え、その結果、今年になってとうとう廃校問題が浮き彫りになってしまい、今に至る。

問題は、30年にも亘って広がり続けた亀裂を1年にも満たない期間で埋めることができるかどうかにある。

例え期間内に企画案を完璧に熟せたとしても、決めるのはあくまで入学希望者だ。

選択肢を不特定多数の対象者に委ねなければならないため、どうしても予測の域を出ない『答え』になってしまう。

 

「ありがとう。後でもう一度理事長と交渉してみるわ」

 

パタン、と中身に目を通していた絵里がファイルを閉じる。

 

「ひとつ聞いていいか?」

 

「なにかしら?」

 

俺も拭いきれない気がかりを頭の隅に追いやって声をかけると、冷淡な返事が返ってくる。

明らかに敵意の色に染まった青い瞳で射抜かれるが、意を決して俺は問いかけた。

 

「お前、一体なにに怯えてんだ?」

 

「………どういう意味?」

 

一瞬だけ挙動が止まり、剣呑な声音でこちらを見上げてきたが、構わず俺は続けて言葉を投げかける。

 

「そのままの意味だ。今の絵里はなにかに怯えてる自分をごまかそうとしてるようにしか見えない。………違うか?」

 

それはファーストライブ後も生徒会に参加していた時に感じていたことだ。

それは学校が無くなることかと思っていたが、絵里の中で渦巻く感情の矛先はもっと別のなにかに向けられてる。

俺への態度の他にも、日増しに変化していく絵里の様子の見ていくに連れて、最初はほんの小さな疑念がやがて大きな確信となった。

 

「私が怯えている?ふざけないで。私はただ学校を存続させたいだけよ……」

 

俺の言葉をどのように受け取ったのか、静かだが苛立ちを含んだ語気で吐き捨てる絵里。

彼女の言葉に嘘はない。

それでも今の絵里は大切なものを見失ってしまっていることは確かだった。

 

「それは誰のためだ?」

 

「そんなのこの学校のために決まってるじゃない!」

 

怒りを孕んだ金切り声とともに、勢いよく立ち上がった拍子で椅子が倒れる音が室内に響いた。

 

「私には学校を守るという使命があるの。それは生徒会長としての義務よ。当然でしょ………!」

 

机の上できつく拳を握りしめ、絵里が昂ぶる感情をこらえるように低い声音とともに睨み付けてくる。

だが、俺も絵里の瞳をまっすぐ見据え、正面から想いをぶつける。

 

「誰かのための義務と、誰かを想う意志は全くの別だ。何かを背負うってのは、そんな簡単なことじゃない。義務や使命だけで果たそうとすれば、いつか必ず潰れちまうぞ」

 

「…………」

 

しばし無言がこの場を支配する。

俺と絵里のどちらも目を逸らそうとはしない。

絵里には絵里で譲れないものがあるのかもしれないが、俺もこの一線だけは絶対に引くわけにはいかなかった。

 

「まあまあ、2人とも落ち着きやって。また明日考えればええやん。ね?」

 

その時、俺と絵里の衝突を潮時と判断したのか、今まで静観に徹していた希が仲裁に入ってくれた。

包み込むような柔らかな笑みを見てると、知らない内に強張っていた感情が緩んでいくのがわかった。

 

「……スマナイ。少し、言い過ぎた」

 

蟠っていた緊張を息とともに吐き出し、小さく頭を下げた。

 

「案を出してくれたことには感謝するわ。これからのことはまた日を改めて検討します。今日はお疲れさま」

 

返ってきたのはあくまで事務的な言葉。

………とうとう俺と絵里の溝も決定的なものになってしまったかもしれない。

活動面では前進したかもしれないが、間違いなく雰囲気は悪化させてしまった。

希が止めてくれたからよかったものの、結局はお互いにしこりを残す形になってしまった。

そうして、席に戻ろうと踵を返した時だった。

 

 

バタンッ

 

 

不意の物音に視線を戻すと、俺の視界から先程まであったはずの絵里の姿が消えてしまっていた。

 

「絵里……?」

 

一瞬で頭の中が真っ白になりながらも、俺は絵里がいたはずの場所を覗き込む。

 

「……はぁ、はぁ…………」

 

俺の目に飛び込んできたのは冷たい床に倒れ伏した絵里の姿だった。

 

「絵里!」

 

「エリチ!?」

 

突然の事態に希も顔色を変えて駆け寄ってくる。

 

「しっかりしろ!絵里っ!!」

 

肩を抱えながら身体を抱き起して声をかけるが、耳朶を打つのは荒い息遣いだけ返事が返ってくることはなかった。

よく見れば顔もかなり赤い。

希は先ほどから血の気が引いた顔で絵里の名を呼び、他のメンバーはオロオロとしているばかりだ。

だが、今は悠長に状況を把握している場合じゃない。

 

「ぐ...............!」

 

たまらず俺は絵里を抱きかかえて生徒会室を飛び出した。

絵里に衝撃を与えないよう細心の注意を払いながらも、俺は校内を駆け走る。

 

「悪い!通してくれ!」

 

まだ何人か生徒が残っていたようで、誰もが何事かと振り向いてくるが気にしてる暇はない。

とにかく俺は保健室に急ぐことだけを考えて夕暮れの廊下を突き進んだ。

 




面倒くさいことこの上ない用事を済ませて、ようやく昨日ラブライブの映画を見に行ってきました!
いやー、素晴らしかった!
どれくらい素晴らしかったかというと、久々にエンディングでおいてかないでくれよ感が沸き起こるぐらい素晴らしかったです!

そして、劇場版見たテンションと清麿Verのカサブタを聴きながら一気に最新話の約半分を書き上げることができました!
今回は自己解釈が入りましたが、音ノ木坂の廃校の原因を踏まえてから予定通り絵里と衝突させてみました。
この絵里衝突篇は後2話ほど続く予定です。
次回は絵里との過去編あたりまで行けたらなと思っています。
お楽しみに!



もしかしたら修正を入れるかもしれませんが、この物語における簡単な時系列を載せておきます。

5年前:春   ・UTX学院開校

3年前:春   ・清麿、中学2年生。ガッシュと出会う

2年前:4月  ・清麿、中学3年に進級

1年前:4月  ・清麿、音ノ木坂学院に入学  ・UTX、A-RISEが結成される

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