ラブライブ!~金色のステージへ~   作:青空野郎

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STAGE.22 にこ襲来

梅雨が本格化してきた6月のある日の放課後。

勢いを増す雨足のせいで本日の練習も中止、手持無沙汰となった俺とµ'sのメンバーは近所のファーストフード店に集まっていた。

 

「むぅぅぅぅ………」

 

じめじめとした湿気を鬱陶しく思う俺の真正面で、窓を叩く雨粒を背にして穂乃果が不機嫌を露わにしながらポテトを貪っていた。

仮にもアイドルがそんなことしていいのか?

 

「穂乃果、ストレスを食欲にぶつけると大変なことになりますよ?」

 

「雨、なんで止まないの?」

 

「私に言われても……」

 

俺の隣で注意する海未だったが、理不尽極まりない返答に辟易としていた。

 

「練習する気マンマンだったのに天気ももう少し空気読んでよ、ホントにもう……!」

 

本来ならまたメチャクチャなことを、と呆れるところだが、今回ばかりは正直穂乃果に同意だ。

雨のせいでただでさえ少ない練習時間が削られる上、その度に練習メニューの変更やスケジュールの調整に悩まされるハメになるんだよな……。

 

「だからってヤケを起こすな。またこの前の書き込みみたいなことを言われるぞ?」

 

あれは1年生組がメンバーに入った直後のこと。

新たに更新したµ'sのホームページに、ひとつのコメントだった書き込まれていたのだ。

『アイドルを語るなんて10年早い!(((┗─y(`A´ ) y-˜ケッ!! 』

決して気分のいい内容ではないが、いちいち気にしていたらキリがないのも事実だ。

あー!ウンチウンチ!うるさい!

脳裏に浮かび上がるコメントを適当に隅に追いやっていると、隣からそんな会話が聞こえてきた。

いくらなんでも飲食店でウンチはないだろ……。

気が滅入る思いでポテトを咥えると、丁度注文したセットメニューを持ったことりと小泉が合流してきた。

 

「穂乃果ちゃん、さっき予報見たら明日も雨だって」

 

「えー……あ~あぁ~……」

 

ことりに告げられた悲報に落胆の息を零しながら穂乃果がポテトを頬張る。

しかし、咀嚼し、嚥下した後で再びポテトに伸ばした手が止まった。

 

「………あれ?」

 

彼女が不思議そうに見下ろす先にあるのは空っぽになったポテトの容器。

なくなった……と呟きながらしばし容器を見入った後、断定したかのように俺を睨めつけてきた。

 

「清麿くん食べたでしょ!」

 

「……はあ?」

 

在らぬ疑いに一瞬理解が遅れてしまった。

 

「なんで俺がお前の分にまで手を出さなきゃならねえんだよ?」

 

ひとりで勝手に不貞腐れた内に、ついには自分で食べた分も忘れたのかこいつは?

脱力しながら反論していると、俺の視界で何か白い影がチラついたのが見えた。

 

「………?」

 

何気なく視線を下すと今度は俺のポテトが容器から姿を消していた。

…………ちょっと待て、ついさっきまで半分は残ってたはずだぞ?

 

「穂乃果、お前まさか!」

 

「わ、私は食べてないよ!?」

 

今度は俺の疑いの眼差しに穂乃果が慌てて無実を主張する。

 

「そんなことより練習場所でしょ?平日は植物園まで時間がかかるわけだし、教室とか借りられないの?」

 

しかし、俺と穂乃果のやり取りは西木野の一言であっけなく遮られてしまうのだった。

いやいや、こちとら現に実害を被ってるんだぞ?

そんな心境を知る由もなく、話題の流れを修正した西木野の疑問にことりが答えた。

 

「うん。前に先生に頼んだんだけど、ちゃんとした部活じゃないと許可できないって」

 

「そうなんだよね~。部員が5人いればちゃんとした部の申請をして部活にできるんだけど……」

 

未練がましくポテトの容器を置きながら肩を落とす穂乃果だったが、その時の彼女の言葉に違和感を覚えた。

 

「5人?」

 

それは他のみんなも同じだったようで、互いが互いに視線を交わしていく。

 

「5人なら………」

 

部活申請に必要な人数は5人、そしてここにいる面子は7人。

……………あれ?

 

「……………あ」

 

遅れて穂乃果も現状を悟ったようで勢いよく立ち上がる。

 

「そうだ、忘れてた!部活申請すればいいんじゃん!」

 

「忘れてたんかぁぁぁあいっ!」

 

呆けた発言の直後、なぜか仕切りを隔てた向こう側から本場関西顔負けの突っ込みが飛んできた。

もちろん、俺たちの意識はそちらに向けられる。

 

「……今のは?」

 

訝しく思いながら隣を窺おうとすると再び西木野が問うてきた。

 

「それより、忘れてたってどういうこと?」

 

「いやー、メンバー集まったら安心しちゃって……」

 

苦笑を浮かべて実に簡潔に答える穂乃果に俺は頭を抱えてしまっていた。

やばい……俺もすっかり忘れてた………。

 

「この人たち、ダメかも……」

 

「面目ない……」

 

頬杖をついて盛大な溜め息をこぼす西木野に俺はそれ以外に返す言葉は思いつかなかった。

 

「よし、明日さっそく部活申請しよう!そしたら部室がもらえるよ!」

 

今までの憂鬱な雰囲気から一変して、穂乃果が嬉々とした面持ちを浮かべる。

今更ながら、ようやく部活設立までにこぎ着けられたわけだ。

条件は満たしたことだし、絵里も文句は言うまい。

 

「はぁ~。ホッとしたらお腹減ってきちゃ、った……」

 

安堵の息を吐きながら席に戻る穂乃果。

だが、最後に耳朶を打ったのは困惑を滲ませた声音だった。

不思議に思っていると、穂乃果は間の抜けた眼差しである一点を凝視していた。

釣られるようにその視線を追うと、仕切りの隙間から伸びた手が穂乃果のハンバーガーを掴んでいたのだ。

 

「「「「「「「…………………」」」」」」」

 

今にもハンバーガーを持ち去ろうとしていた一コマに、その場にいる全員が目を疑ってしまっていた。

 

「……………」

 

向こうも俺たちの視線に気付いたのか、元の位置にそっとハンバーガーを戻すと伸ばした手を奥へと引っ込めていく。

そして極力気配を消して立ち上がったつもりだろうが、仕切り越しに螺旋状の帽子が覗いていたせいでその場を離れていく様子がはっきり窺えた。

なるほど…………ウンコだ。

 

「ちょっと!」

 

危うく現実逃避しかけていた間に、素早く回り込んだ穂乃果がポテト泥棒を捕まえた。

俺も慌てて追いかけると、穂乃果が捕えた犯人は帽子にサングラス、白いポンチョ型のストールに同色のふくらみのあるスカートという、かなりド派手な格好をした少女だった。

はっきり言って、かなり悪目立ちしている。

あんな格好で平然としていられる図太さは魔物並みか……?

 

「か、解散しろって言ったでしょ!」

 

まあ、彼女のセンスは置いておくとして、逃走を阻まれた少女が開口一番に口にしたのは謝罪でもなければ言い訳でもない、まさかの解散を要求する発言だった。

もしかしなくても例の書き込みはこいつの仕業だったりするのか?

 

「解散!?」

 

少女の言葉に小泉が驚愕を示すが、穂乃果の意識はまるで別の方向に向けられていた。

 

「そんなことより、食べたポテト返して!」

 

そっち?!と再び反応する小泉には悪いが、確かに今はポテトの弁償が先決だ。

 

「あ~ん」

 

しかし穂乃果が詰め寄れば、少女はこれ見よがしに口をあけて挑発してくる。

恰好が恰好なら、態度も態度ときた………またずいぶんと面倒な奴に絡まれちまったな……。

 

「買って返して!」

 

ふてぶてしい少女の態度に煽られるまま穂乃果が頬を引っ張りながらさらに迫っていく。

だが、少女の態度も頑ななものだった。

 

「あんたたちダンスも歌も全然なってない!プロ意識が足りないわ!」

 

逆に少女は開き直るようにダメ出しを飛ばしてくる。

予想外の反抗に穂乃果が虚を突かれた瞬間に腕を振りほどき、さらに少女はビシッと指を突き付けて言い放つ。

 

「いい?あんたたちがやってるのはアイドルへの冒涜、恥じよ!とっとと辞めることね!」

 

最後に捨て台詞を残して少女は再度逃走を図る………………が、いや、だからそう簡単にうやむやにさせるわけないだろ。

 

「逃げるな」

 

今度は俺がその場で背中を見せる少女の肩を掴む。

え?腕が伸びてるだって?ハッハッハ………それは気のせいだ。

 

「離しなさいよ!警察呼ぶわよ!」

 

「人様の物盗んどいてなに言ってんだてめーは!」

 

むしろ俺のセリフだろそれ!

こちとらポテト弁償するまでは開放するつもりはねえぞ。

しかし後になって思うことだが、体格差のこともあって、この期に及んで抵抗を試みる少女を『たかが』と油断していた俺がバカだった。

 

「こんのっ、いいから………」

 

おとなしくなったかと思ったその刹那、少女は大きく足を振り上げていたのが見えた。

 

「離しなさいってのおッ!」

 

怒りに乗せた少女の一撃は見事俺の股下を直撃したのだった……。

 

「ーーーーーーーーーーーーーッッ!?!?!!??」

 

一瞬で脳天へと駆け抜ける衝撃に俺は声にならない悲鳴を漏らしていた。

痛いなんて次元じゃない。

 

「ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……………っっっ」

 

激痛をはるかに超えたシャレにならない痛みに蹲っている内に、少女は今度こそ逃走を成功させる。

 

「き、清麿君。大丈夫……?」

 

穂乃果が心配して声をかけてくるが、残念ながらこの時の俺の耳に彼女の言葉は届いていなかった。

一連の光景をただ茫然と眺めていたみんなの何とも言えない視線を向けられながら、悶絶する意識の中で俺のナニカが切り替わる。

さすがにこの仕打ちを許容できるほど俺は仏じゃねえぞ………。

 

「ゥオルラアアッ!」

 

助走なしで跳躍し、その勢いのまま俺は店を飛び出した。

しかし右を見ても、左を見ても奴の姿は見当たらい。

 

「どこ行きやがったぁああんのクソチビィィイイイイイイイイイイイッ!」

 

店先で雨音を掻き消すほどの咆哮がオトノキ町に轟き渡っていく。

は?キバが剥き出しになってる?知るかんなもん!

 

「うえ゛ぇ……」

 

「かよちん、先輩がこわいにゃぁ……」

 

「た、タスケテ……」

 

後を追いかけてきたのか、俺の様相を目の当たりにした2年生組はただただ困惑を露わに、1年生組は恐怖で身体を震わせていた。

 

「ねえ、なんなの……アレ?」

 

恐る恐る訊ねる西木野に海未が苦笑を浮かべながら説明する。

 

「その、何と言いますか………元々清麿くんには少々短気なところがあってですね……。それがさらに度を超えると、ああなってしまうんです………」

 

「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッ!!!」

 

怒りの矛先を見失った俺の怒号にさらに身を竦ませるµ's一同。

 

「と、とりあえず落ち着こうよ、清麿くん。ほら、周りの人みんな見てるよ?」

 

それでもどうにか宥めようとする穂乃果の言うとおり、俺は周囲にいた人たちから奇怪な視線を向けられていた。

…………だからなんだ?

こちとらタマ蹴られたんだぞ!?

タマ蹴られた痛みがてめーらに分かってたまるかァッ!

 

「あのウンコ頭のクソチビィ、絶っっ対ぇ許さねえええええええ!」

 

「なっ……!?街中でなんてこと言ってるんですか清麿くん!破廉恥ですよ!」

 

「じゃかーしー!世の中にはウンコティンティンって名前の奴だっているんだよ!今さら破廉恥もクソもあるかぁあああッ!!」

 

あいつは魔物だったけどな!

俺の怒りのままの発言に穂乃果たちは羞恥を通り越して絶句する始末だった。

あ?角が生えてる?それがどうした!

 

「アハハ………これはもうお手上げ、かな?」

 

力のない笑みを浮かべることりが匙を投げようとした時だった。

 

「あれ?何か落ちてる……」

 

穂乃果が足元に落ちていた手帳のようなものを見つけ、何気なしに拾い上げていた。

 

「これは、どうやら音ノ木坂学園の生徒手帳みたいですね」

 

「矢澤にこ。3年生……」

 

「あれ?この人、もしかしてさっきの……………あ」

 

その時なにかに気付いたことりに続いてみんなが視線を巡らせる。

手帳を落としたことに気づいて戻ってきたのだろう、振り向けば奴がいた。

 

「…………」

 

「…………」

 

そして俺と手帳の持ち主、矢澤にこの視線が交錯する。

 

「ファァァァァァァァァァァ………」

 

膠着状態に包まれる中、牙と牙の隙間から吐息を溢す姿に穂乃果たちが目玉を飛び出させていたが、それは一瞬のこと。

表情を強張らせる矢澤にこに俺は静かに狙いを定め、そして―――――

 

「見ぃつけたあああああああああッ!」

 

「ひぃぃぃぃぃっ?!?」

 

俺の怒号に悲鳴を漏らすや、すぐさま彼女は来た道を逆走していった。

逃がすか!

 

「待てやあああああああああっ!」

 

俺たちの行く道に水飛沫が跳ね上がる。

雨に濡れるのも構わず俺はただ矢澤にこを追いかけることだけを考えていた。

先輩だろうが容赦しねえ!

捕まえたらまずあのちんちくりんな脳天にザケルかましてやらあっ!

 

「待ちやがれこのウンコオオオオオオオオオオオッ!」

 

「ウンコ!?ウンコってもしかしてにこのこと!?」

 

てめえ以外に誰がいるよ!

すると、思うことがあったのか矢澤にこが急停止しこちらに振り向く。

 

「ジェラララララララララララララララララァァッ!」

 

「やっぱり無理うわあああああああああああああん!」

 

だが、矢澤にこは一層泣き叫びだしてしまい、結果的に逃走劇に拍車をかけてしまうことになってしまった。

いつしか場所は賃貸マンションが立ち並ぶ住宅街に移っていく。

しかし、とあるマンションの一角を曲がった時、矢澤にこの姿は忽然と消えていた。

チィッ、見失った!

大方、どこかに隠れたかと思い、周辺を隈なく探してみたが結局奴を見つけるまでには至らなかった。

しばらく雨に打たれていたが、俺の怒りが治まる気配はまるでない。

 

「次見つけた時は覚悟しやがれクソッタレがァアアッ! 」

 

追跡を断念せざるを得ない状況に俺は溜まりに溜まった憤りを雨雲が立ち込める曇天に撒き散らすのだった。

…………その後、穂乃果たちに迷惑かけたことを丁重に謝罪したのはまた別の話である。

 




ハイ、というわけでにこ登場回です。
予告通り清麿を暴走させてみました。
雰囲気的にはモモン登場回の状態を想像してみてください。
にこ襲来というよりは襲来されてしまいましたね。
うまく書けてるかどうかはわかりませんが、書いてて楽しかったです(笑)

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