陽が落ちたオトノキ町の街路に2つの影が伸びる。
人気のなくなった町並みを俺は小泉さんと並んで歩いていた。
時間が時間だったこともあり、小泉さんを家まで送り届けることにしたからだ。
いくら地元だといってもひとりで帰らせて、もしものことがあったら目も当てられないもんな。
「小泉さんってアイドル好きなんだな」
「え?!あ、えっと、あのっ……その、すみません……」
「いや、謝られても困るんだが……」
「あぅ……」
普通に話題を振ったつもりだったんだが、思った以上に困惑させてしまったようだ。
無駄に落ち込ませてしまい、逆にこっちが申し訳なく思ってしまう。
苦笑を浮かべてその場を取り繕っていると、顔をうつむかせていた小泉さんが小さく口を開いた。
「………はい。ずっと小さいころからの、夢でしたから……」
「……そっか」
彼女の言葉に嘘はないのだろう。
小泉さんは心の底からアイドルという存在に憧れを抱いている。
穂乃果たちがメンバーに誘うのも単に数合わせのためなんかじゃく、彼女のアイドルに対する強い熱意を感じ取ったからだ。
「なら、今日穂乃果たちと話して、キミはどう思った?」
「えっと、それは……その………」
返ってきたのは何とも要領を得ない反応。
彼女自身、なんて答えればいいのか迷っているのだろう。
「……正直、怖いです」
焦らず小泉さんが話してくれるのを待っていると、とても弱弱しい声音でつぶやいた。
「怖い?」
怪訝に聞き返すと、小泉さんの表情に落ちる影がさらに濃くなっていく。
「私には、才能なんてないから……。ずっと憧れていたからこそ、私なんかができるのかなって……。もし失敗したらどうしようって考えると、すごく、怖いんです……」
眼鏡の奥の瞳に映るのは自分に自信が持てない心境と、一歩踏み出すことに対する不安。
「まあ、確かに気持ちだけじゃどうにもなんない時だってあるもんな。俺も昔はそうだったから、気持ちはよくわかるよ」
「先輩も、ですか……?」
「もちろん、アイドルになりたかった、ってことじゃないぜ?ただ、自分に自信が持てなかった時期があったんだ」
開き直る俺に、小泉さんは意外そうな面持ちを浮かべていた。
「やりたい気持ちはある。けど、先に言い訳が浮かんで、何もしない自分を正当化しようとする。そしてまた、自分にウソをついちまう。……そんなの、自分が一番よくわかってるのにな」
いつだってそうだ。
誰だって常に気持ちひとつで行動できれば人間苦労はしない。
人それぞれ境遇や価値観が違っても、根っこの部分はみんな同じなんだ。
「先輩は……」
「ん?」
「いやっ。えっと、その……そんな時、先輩はどうするんですか?」
おずおずと訊ねてる小泉さん。
その問いに逡巡することなく言い切った。
「考えないことにした」
「……え?」
「できるできないとか、そんなもん全部取っ払って、考えずに走ることにしたんだ」
「走る、ですか?」
「ああ」
呆けた小泉さんの視線を感じながら俺は夜空を見上げて、ひとつ深呼吸をして言った。
「もう考えるな!走ってしまえ!……そう言って昔、迷ってた俺の背中を押してくれた奴がいたんだ」
思えば、その言葉で俺は変われたんだ。
あいつの言葉が俺の心を導いてくれた。
「結局はさ、最初の一歩を踏み出すのはいつだって自分なんだよ」
だから、お前が教えてくれたことを、これからは俺が伝えてく番だよな――――ガッシュ。
「それがたとえどんなに怖くても、誰かが背中を押してくれれば最初の一歩を踏みだせる。だから、どんなに小さくたっていい。その先で泣いたっていいし、挫けたっていい。無理だと決めつけるのが一番ダメなんだ」
それにさ、と続けて小泉さんと向かい合う。
「さっき自分に才能がないって言ってたけど、そう思うのは自分や周りが気付いていないだけなんだぜ?」
俺の言葉に、驚いたように目を見開きながら小泉さんはじっと耳を傾けてくれている。
「穂乃果だってそうだ。周りの人を惹きつけ、心を動かす魅力を持っている。あれがあいつの才能だ」
一口に才能といっても、そこまでたいそうなことは必要ない。
周りに溶け込めること。
好きなことに没頭できること。
自分に正直でいられること。
誰もがあたりまえだと思ってることだって、立派な才能なんだ。
そして、才能は可能性でもあるんだ。
一度足を止め、俺は自信を持って小泉さんの瞳を見つめる。
「だからさ、自分に才能がないなんてことは絶対にない。大丈夫。キミにもちゃんと、デカい可能性が眠ってる」
誰にも文句は言わせない、たとえそれが小泉さん自身であってもだ。
ひどいエゴだといわれても関係ない。
泣き虫だったあいつは何度も立ち上がって可能性を証明してくれたんだ。
ガッシュと同じように、あいつらも自分の可能性を信じるなら、俺はその可能性を1%でも大きく引き出せるように全力を尽くすだけだ。
「後は自分を信じて、勢いに任せちまえばどうにでもなるさ。必ずやりとげてみせるぐらいの強気で丁度いいんだよ。いつだって最後に奇跡を起こすのはここに力があるやつなんだぜ」
絶対の確信を持って、胸を叩く。
そんな俺を見て、小泉さんは顔をうつむかせる。
だが、そこに戸惑いの色はなかった。
「やりたいからやってみる。考えずに走ってみる。……そんな考え方も、あるんですね」
噛みしめるように言葉を紡ぐ小泉さん。
そして、こちらを見上げた表情には笑みが戻っていた。
「ありがとう、ございます。少しスッキリしました」
俺と小泉さんの間を春の夜風が吹き抜けていった。
☆
翌日の放課後、俺は図書室から新たに借りた本を携えて屋上に向かっていた。
すでに穂乃果たちは練習を始めている。
足早に歩いて、一階の渡り廊下に差し掛かろうとした時だった。
AhーAhーAhーAhーAhー
ふと耳朶を打つ、音階を踏んだ澄んだ声音に俺は歩みを止めた。
「……ぁーぁーぁーぁーぁー」
次に聞こえてきたのは先ほどとは違う柔らかなソプラノ。
気になって声のした方に視線を向けると、中庭に設置されてある木陰のベンチの前で西木野さんと小泉さんが向かい合っていた。
「AhーAhーAhーAhーAhー」
「アーアーアーアーアー」
先導する西木野さんに続いて、小泉さんもさっきより大きく発声する。
「いっしょに!」
「「AhーAhーAhーAhーAhー」」
そして、2人の少女が同時に奏でる歌声に、俺は聞き惚れてしまっていた。
へえ、西木野さんは知ってたけど、小泉さんもなかなかいい声してるんだな……。
「かーよちぃーん!」
西木野さんと小泉さんの美声の余韻に浸っていると、俺と反対側の方向からひとりの女の子が2人のもとにやってきた。
見覚えのあるショートカット、小泉さんとよくいっしょにいた女の子だ。
「西木野さん?どうしてここに?」
駆け寄るなり、少女はそんな疑問を口にした。
確かに、西木野さんと小泉さんなんて初めて見る組み合わせだもんな。
「励ましてもらってたんだ」
「私はべつに……」
小泉さんの微笑みに照れているのか、西木野さんは決まりの悪い表情で視線を泳がせる。
しかし、そんな彼女の反応に興味を示すことなく少女は小泉さんの手を取っていた。
「それより、今日こそ先輩のところに行ってアイドルになりますって言わなきゃ!」
「そんな急かさないほうがいいわ。もう少し自信をつけてからでも―――」
「なんで西木野さん凛とかよちんの話に入ってくるの!?」
留まるように説得する西木野さんだったが、癇に障ったのか少女は声を荒げて遮る。
………ああ、小泉さんの友達は凛っていうんだな。
そんなことを思いながら成り行きを見守っていると、西木野さんと凛ちゃんの言い争いはヒートアップしていく。
「別に!歌うならそっちのほうがいいって言っただけ!」
「かよちんはいっつも迷ってばっかりだから、パッと決めてあげたほうがいいの!」
「そう?昨日話した感じじゃそうは思えなかったけど?」
「あの……ケンカは……」
場を宥めようとする小泉さんだが、残念ながら彼女の言葉は2人には届いていない。
睨み合う2人に挟まれて小泉さんはただただあたふたとしていた。
「かよちん行こ!先輩たち帰っちゃうよ!」
「待って!」
腕を引っ張って小泉さんを連れて行こうとする凛ちゃんだったが、咄嗟に西木野さんがもう片方の手を掴んで押しとどめたのだ。
彼女の意外な行動に小泉さん、凛ちゃんとそろって面食らう。
「どうしてもって言うなら、私が連れて行くわ!音楽に関しては私のほうがアドバイスできるもし!µ’sの曲は私が作ったんだから!」
あ、勢い余ってとうとう言っちゃったよ西木野さん。
「え、そうなの?」
予想外の告白に小泉さんが一層大きく目を見開いていた。
「え?いや、えっと………っ!とにかく行くわよ!」
一度口にした言葉は戻せない。
結果、やぶれかぶれになった西木野さんは小泉さんの腕を引くという暴挙に出るのだった。
「待って!連れてくのは凛が!」
だが、先を行く西木野さんに凛ちゃんが並ぶ。
「私が!」
「凛が!」
私が!凛が連れて行くの!なんなのよ、もう!………
小泉さんそっちのけで口論する2人。
西木野さんも凛ちゃんも、小泉さんを思ってのことなのだろう。
ただ、小泉さん、今にも泣きそうな顔になってるぞ?
先を譲ろうとしない西木野さんと凛ちゃんに引きずられながらも抵抗を試みる小泉さん。
…………なにその修羅場もどき?
「だ、誰か………ダレカタスケテェエエエエ!」
そして今日一番の小泉さんの声が木霊するのだった。
☆
「つまり、メンバーになるってこと?」
あの何とも言えない好況を目撃していた手前、放置するわけにはいかず3人を連れてきたわけだが………。
「はい!かよちんはずっとずっと前からアイドルやってみたいと思ってたんです!」
ことりの問いに答えたのは小泉さんの友達である凛ちゃん、もとい星空凛さん。
なんでも小泉さんと星空さんも幼馴染の間柄だとか。
穂乃果たちの前で半ば吊るしたような状態で小泉さんの腕を抱える西木野さんと星空さん。
2人にされるがままになっている彼女にちょっと同情してしまう。
「そんなことはどうでもよくて!この子はけっこう歌唱力あるんです!」
「どうでもいいってどういうこと?」
「言葉どおりの意味よ!」
一度は収まったと思っていたが、西木野さんと星空さんが再び口論で火花を散らせていく。
「あ……。私は、まだ……なんていうか………」
しかし、気持ちの揺れに苛まれている小泉さんを支えるのまた、西木野さんと星空さんの2人だった。
「もう、いつまで迷ってるの?絶対やったほうがいいの!」
「それには賛成。やってみたい気持ちがあるならやってみたほうがいいわ」
「で、でも……」
「さっきも言ったでしょ?声出すなんて簡単!あなただったらできるわ!」
「凛は知ってるよ。かよちんがずっとずっと、アイドルになりたいって思ってたこと」
西木野さんも星空さんも、小泉さんと真摯に向き合って精いっぱいの言葉を贈る。
「凛ちゃん……西木野さん……」
「がんばって。凛がずっとついててあげるから」
「私も少しは応援してあげるって言ったでしょ?」
3人の後ろに立つ俺に視線を向けて訴えてくる穂乃果たちに、このまま成り行きを見守るように促す。
すると、向こうも俺の意思を汲み取ってくれたようで、柔らかな笑みを浮かべてうなずいてくれた。
そして、意を決して小泉さんが前に出る。
「えっと……私、小泉……」
だが、それでも紡がれるのはとてもか細い声。
うつむき、戸惑いを見せる小泉さんに西木野さんと星空さんは歩み寄り――――
トン
やさしく彼女の背中を押し出した。
そのちいさなきっかけは小泉さんにおおきな変化をもたらした。
微笑む2人に送られて、もう1度前に歩み出る小泉さん。
涙を浮かべながらも、その瞳からは今度こそ迷いの色は消えて失せていた。
「私!小泉花陽と言います!1年生で、背も小さくて、声も小さくて、人見知りで、得意なものも何もないです。でも……でも、アイドルへの思いはだれにも負けないつもりです!だから……µ'sのメンバーにしてください!」
それは彼女に訪れた、恐怖を乗り越えて最初の一歩を踏み出した瞬間だった。
「こちらこそ、よろしく!」
穂乃果たちもまた彼女の想いに答えるために、まっすぐ差し伸べていた。
小泉さんも手を伸ばし、そして、2人の手は確かに繋がった。
小泉さんの決断を後ろから見守っていた西木野さんと星空さんも感無量な面持ちを浮かべていた。
「かよちん、えらいよ……」
「なに泣いてるのよ?」
「だって……西木野さんも泣いてる?」
「だ、だれが?泣いてなんかないわよ!」
「それで、2人はどうするの?」
そんな2人にことりが声をかける。
「「え?どうするって……ええ!?」」
予想外だったのか、そろって声を上げる西木野さんと星空さん。
いろんな意味で息が合ってるよなこの2人。
「まだまだ、メンバーは募集中ですよ!」
海未とことりもまた西木野さんと星空さんに手を伸ばす。
しかし、2人は顔を見合わせながらもどうするべきか逡巡していた。
一歩踏み出すのに、細かい理屈なんていらない。
「もし一緒に進んでくれるなら、あとは俺が助けてやる。教えてやる。何とかしてやる」
だから―――そう言って、俺もまた、2人がしたように背中を押してやった。
「俺たちと一緒に戦おうぜ」
呆気にとられる2人に俺は不敵に笑って応じる。
あとは彼女たち次第だ。
そして、2人が決意を露わにするのに時間はかからなかった。
笑顔を浮かべて西木野さんと星空さんは海未とことりの手を取る。
こうして、夕陽に照らされた屋上で3人の少女は女神の仲間になった。
わーい、今回はなんか調子よかったから早めに投稿できたよ、わーい
とりあえずタイトル通り今回で「まきりんぱな」編を終わらせる予定でがんばったら5000字オーバー。
この小説では最長です。
今になって花陽は清麿にひと目惚れとか、実はA-RISEのメンバーのひとりが清麿と元クラスメイトとか考えちゃったり……。
後者ならまだ間に合うか?
とりあえず、次回はいよいよガッシュキャラの登場です!
誰が出るかは読んでからのお楽しみということで!