ラブライブ!~金色のステージへ~   作:青空野郎

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STAGE.17 一抹の疑念

学校からまっすぐ穂むらに訪れた俺はそのまま穂乃果の部屋に向かう。

 

「穂乃果、入るぞー」

 

そう言って戸を開ければ、当然ながら穂乃果の姿があった。

ただ、少し様子がおかしい。

 

「穂乃果?」

 

「………」

 

声をかけてみても返事は返ってこない。

穂乃果はなにも映らないパソコンを前に口角を痙攣させたまま放心状態になっていた。

 

「おい、どうかしたのか?」

 

怪訝に思いながらも、近づいてもう一度声をかける。

 

「……清麿くん?」

 

すると向こうもようやく気付いたようで、焦りが覗える視線を向けてきた。

 

「うわあああああん!清麿くーん!」

 

そして視界に俺を認めるや否や、泣き叫びながら弾けるように飛びついてきた。

 

「ちょっ!穂乃果!?」

 

衝突する寸前に受け止めるが、体勢的には俺の胸に飛び込んできた穂乃果を抱き留めるような形になってしまっていた。

というか近い!

 

「お、落ち着けって!なんかあったのか?」

 

予想外の出来事にドギマギしながらも、再度問い直すと埋めていた顔を上げる。

 

「どうしよー!パソコンが壊れちゃったぁっ!」

 

そして、動揺する俺を涙目で見上げながら穂乃果が喚呼する。

 

「さっきから何度も電源入れてるんだけど、その度にウィ~って音が鳴ってすごく熱くなったと思ったら急に画面が真っ暗になっちゃうんだよ!」

 

ついには電源すら入らなくなってしまったと切羽詰まった説明を聞いていると、幾分か落ち着きを取り戻すことができた。

なるほど、パソコンの故障ともなれば取り乱すのも無理はないな。

 

「ホントにどうしよう!もうすぐことりちゃんと海未ちゃんが来ちゃうし。私もすぐに店の手伝いしなきゃだし……」

 

穂乃果の言うとおり、このタイミングでパソコンが使えないというのは痛いな。

確かここの事務室にもう1台パソコンがあるがあれは持ち運びが利かないデスクトップ型だ。

それに事務室に屯すれば間違いなく仕事の邪魔をしてしまう。

どうしたものかと思いながらパソコンに目を向けてみる。

穂乃果が言ってた症状から思い浮かぶのは熱暴走による強制的な電源落ち。

念には念を入れて―――――試に俺も電源を入れてみるがやはり反応はない。

だが、同時に『答え』を得ることができた。

 

「これぐらいなら直せるぞ」

 

「え、本当に!」

 

俺の言葉を聞いて、途端に穂乃果が目を輝かせた。

 

「ああ、1時間もあれば直せる。少しかりていいか?」

 

                    ☆

 

「さて、始めるか」

 

穂乃果からふたつ返事で了承をもらい、居間に場所を移してパソコンと向かい合う。

道具も揃えたことだし、さっさと修理に取り掛かろう。

キーボードを外して内部の構造を露わにして最初に目に入ったのはCPUクーラーにたまったほこりだった。

部品交換や損傷がひどかった場合はことりにでも代わりのパソコンを持ってきてもらおうかと思ったが、改めて実物を目にして、中のメモリやハードディスクに損傷は見られないことに安堵しつつ、まずは掃除機でほこりを吸い取っていく。

 

「あれ、清麿さん来てたんだ?」

 

粗方目立つほこりを取り除いた後、排熱用のファンを基盤から取り外した時、後ろから馴染みのある声をかけられた。

振り返ると、そこには穂乃果と似た顔立ちの少女がこちらに顔を覗かせていた。

 

「よお、雪穂。お邪魔してるぜ」

 

あいさつを交わす少女の名は高坂雪穂、今年受験を控えた穂乃果の妹だ。

 

「なにやってるの?」

 

「んー?見てのとおり、穂乃果のパソコン直してんだよ」

 

「えっと、それって大丈夫なの?そういうのって一度分解したら修理出せなくなるんじゃ……」

 

「問題ない。この程度の機械の故障なら今までに何度も直したことがあるからな」

 

それに修理と言っても『能力』を使うほど損傷が激しいわけでもないしな。

簡単に受け答えを返しながら再び作業に意識を戻すと、興味深げな視線が手元をのぞき込んできた。

 

「清麿さんってホントなんでもできるよね。この前もウチのコピー機直してたし」

 

「まあ、元々こういう作業は得意だからな」

 

まじまじと感嘆を発する雪穂。

 

「そういえばお姉ちゃんから聞いたよ、昨日のこと」

 

「あー、あれなぁ」

 

昨日のµ’s初ライブに懐古の念を抱きながらも手は休めず修理を続行する。

ファンにたまったほこりを綿棒で取り除いていく。

 

「最初アイドルやるって聞いた時はどうなるかと思ったけど、まさか清麿さんまでお姉ちゃんに協力するなんて思わなかったな」

 

しみじみと意表の言葉をつぶやく雪穂だが、まさか彼女からもそんなことを言われるとは……。

 

「なあ、俺が穂乃果たちに協力することって、そんなに意外なことなのか?」

 

かつて希の他に原、山本、三宅をはじめとした何人かのクラスメイトにも同じことを言われたことがある。

素朴な疑問に雪穂はあっけらかんと答えてくれた。

 

「だって清麿さん、アイドルとか興味なさそうじゃん」

 

ごもっとも。

雪穂は物事を冷静に見極め、問題点を的確に指摘する現実的な一面を持っている。

姉妹というものはここまで違ってくるものなのだろうか?

いや、むしろ穂乃果が楽観的な分、真面目にならざるを得なかったと言うほうが正確か。

 

「なのに1からお姉ちゃんたちの特訓メニューを考えて、ライブできるまでに指導したんでしょ?」

 

「結果は散々だったけどな」

 

「みたいだね。でもお姉ちゃん言ってたよ?間違ったクセがあったらすぐに指摘してくれるし、初ライブの時も清麿さんが励ましてくれてうれしかったって」

 

「……ふ~ん、そっか」

 

平静を装って答えるが、内心うれしかったりするのか口元が緩んでいたのが分かる。

 

「それにネットではけっこう注目されてるみたいだよ?」

 

「は?」

 

しかし、次に発せられた言葉に思わず作業する手を止めてしまった。

 

「え?」

 

雪穂も俺の反応が予想外だったのか、キョトンと目を丸くしている。

 

「えっと、清麿さんもしかして知らないの?」

 

そう言って雪穂はしばしスマホを操作してこちらに差し出してくれた。

一言断って受け取ったスマホの画面には端末版のスクールアイドルのポータルサイトを経由した音ノ木坂学院スクールアイドルµ'sのページが映し出されていた。

これはいい。

そもそもこのサイトにµ'sのページを登録したのは他でもない俺自身だからだ。

問題なのはµ'sのページにアップされていた(・・・・・・・・)動画だ。

『音ノ木坂学院スクールアイドルµ’sファーストライブ』というタイトルに俺は目を疑っていた。

試に動画を再生すれば、流れる楽曲、メロディに合わせて3人の少女が紡ぐ歌詞と振り付けは見まごうことなき、昨日の初ライブの映像だ。

 

「これ撮ったの清麿さんじゃないの?」

 

「いや、違う。これは俺が撮ったやつじゃねえ……」

 

確かに俺は昨日の初ライブの様子を撮影していた。

それに昨日は映像の確認をしただけで、動画のアップロードは今夜海未とことりが来てから始めるつもりでいたんだが、現にスマホの画面にはµ’sの初舞台の映像が流れている。

ちなみに、雪穂の言ってたとおり動画の再生回数はもう少しで4ケタに達しようとしていた。

メッセージ欄にもたくさんのコメントが書き込まれている。

これを見ればあいつらきっと喜ぶだろうな……。

だが、込み上げてくるうれしさが胸の内に芽生えた疑念をかき消すことはなかった。

 

                    ☆

 

それじゃ、ごゆっくりーと言って雪穂が席を外して数分。

掛け時計の秒針が時を刻む音を聞きながらパソコンの修理は終盤を迎えようとしていた。

故障の原因はやはり、ファンにたまっていたほこりとCPUを冷やすためのヒートシンクに塗られていたグリスの固化が招いた熱暴走だった。

とりあえずグリスを塗り直し、分解した逆の手順でパソコンを組み上げていく。

最後に電源が入ることを確認してようやく修理完了!

息を吐きながら伸びをすると背中や指からポキポキッと音が鳴る。

ひとり達成感を感じていると、玄関の方から穂乃果の声が聞こえた。

ちょうどいい、報告がてら穂乃果の部屋に戻るとしよう。

玄関に顔を出してみると、案の定そこには三角巾に割烹着姿の穂乃果が立っていた。

穂乃果ー、と名前呼べば向こうも俺に気付くなりどうだったと駆け寄ってくる。

 

「もちろん、バッチリ直しといたぜ」

 

「ホントに!?ありがとう!さっすが清麿くん!」

 

たちまち綻ぶ穂乃果の笑顔を見てると、俺も頑張った甲斐があったなと思えてくる。

その時、ふと玄関に見慣れた2組の靴があることに気付いた。

 

「あれ、もう2人来てるのか?」

 

「ううん。海未ちゃんは来てるけど、ついさっき花陽ちゃんが」

 

は?と素直に感情が表に現れた。

 

「私、もう少しでお店の手伝い終わらせるから花陽ちゃんのことお願いするね。それじゃまたあとでねー!」

 

そして穂乃果は呼び止める間もなく店の方に消えていってしまった。

いやいや、初めて他人の家を訪れた後輩を放置するってどうよ?

俺はただただまごついていたわけだが、なおさらここにつっ立ってるわけにはいかなくなるな。

少し駆け足気味に階段を上り、廊下に出ると小さな背中をひとつ見つけた。

 

「えっと、大丈夫か?」

 

「せ、先輩?!」

 

声をかけると、花陽ちゃんは面食らった反応を返してきた。

彼女が立っているのは雪穂の部屋だ。

大方どちら部屋なのか迷っているといったところだろうか。

 

「穂乃果の部屋はこっちだよ」

 

そう言って、何気なく穂乃果の部屋の扉を開けたのが間違いだった。

 

「チャ~ンチャチャ~ララ~ン、ララララ~ン、チャ~ン!ありがとー!」

 

 

パタン

 

 

咄嗟に、されど静かに扉を閉めて一度情報を遮断する。

 

「……………」

 

危ねぇ……もう少しでパソコンを落とすとこだった。

さて、扉1枚を隔てていた向こう側で何が起きていたかを考えてみよう。

端的に言えば、海未がポーズの練習をしていた。

詳しく言えば、マイクを持つ手の小指を伸ばし、片足立ちの体勢で観客の前を想定しているのか本棚に向かって普段からは考えられないような完璧なアイドルスマイルで手を振っている海未がいた。

あんな姿、練習でも見たことねえぞ……。

穂乃果の部屋にただひとりという状況、あらゆるしがらみから解放された海未はとても輝いていた。

輝いていたのだがなんだろう、この猛烈な見てはいけないものを見てしまった感は……。

お互いのためを思って直ちにに見なかったことにしようと思ったのだが、すでに手遅れだったようだ。

 

 

ガララッ!

 

 

矢庭に開かれる扉。

そこにいるのは当然、海未。

だが前屈の体勢で前髪が垂れているためその表情を窺い知ることができない。

部屋の敷居を境に生じる明暗の演出が無言で佇む迫力を強調している。

冷や汗をかく俺の後方では、花陽ちゃんがおびえた表情で体を強張らせてしまっている。

気持ちはわからんでもない。

ああ、怖い……今の海未は本当に怖い!

身の危険を感じて一時退避も検討したが、今度はガラッと雪穂の部屋の扉が開かれる音が耳朶を打った。

雪穂、なんだその恰好は……?

唖然とする俺たちの前に姿を現したのは、タオル一枚で顔面にパックを張り付けた雪穂だった。

 

「「………見ました?」」

 

問いかけてくる2人の異様な威圧感に言葉が出ない。

特に、海未からはチャージル・サイフォドン並みの恐怖を感じたのだった……。

 




前回花陽が出張るようなことを言ってたような気がしましたが、どちらかというと今回は雪穂初登場回みたいな感じになりました。

予定通り執筆するってやっぱ結構難しいですね(笑)

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