ラブライブ!~金色のステージへ~   作:青空野郎

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STAGE.16 心の音

金輪際アルパカには近づかないと心に決めて放課後になった。

とりあえず、改めて今後の方針を話し合うために穂乃果の家に集合することに決めた後、穂乃果は穂むらの手伝いに、海未は弓道部に、ことりは一度自宅に帰ってから向かうということになった。

そして俺はというと………

 

「むー、やっぱけっこう難しいもんだな」

 

誰もいない音楽室でひとりピアノを弾いていた。

目の前の楽譜と睨み合い、つたない運びで鍵盤と格闘し、口遊みながら室内に木霊する調べは『START:DASH!!』のものだ。

だが慣れないことをしているせいか、かなりゆっくりな曲調にもかかわらず音の波は途切れ途切れで、途中で音程を外してしまうこともしばしば、はっきり言ってリズムもクソもない。

なんともぎこちなく、お世辞にも聴くに堪えない伴奏であることは承知しているが、別に誰かに聞かせてるわけでもないから大目に見てほしい。

それに俺は元々ピアノを弾くために音楽室に訪れたわけじゃない。

と言っても、今日その目的を果たせるかどうかは疑問だったりするのだが…………。

そんなことを思いながらどうにか最後まで演奏をやり遂げる。

最初は時間つぶしのつもりだったが、無意識のうちに熱中していたようで、引き終わると同時に一息こぼす程度の脱力感を覚えていた。

 

「ヘタクソなピアノね」

 

鍵盤から指を離して気を緩めていると、俺の心を代弁するような手厳しい言葉が飛んできた。

確かに、演奏と定義することすら烏滸がましい代物だったもんな。

そう思いながら苦笑を向けた先に仏頂面の西木野さんが立っていた。

 

「そうは言ってもピアノを弾くのは初めてなんだよ。その辺は勘弁してほしいな」

 

「……まあいいですけど。というか、なんで先輩がここにいるんですか?」

 

「ここに来れば西木野さんに会えるんじゃないかと思ってな」

 

別に隠すようなことでもないし、正直に答える。

前に彼女がよく音楽室でピアノを弾いていたことを穂乃果から聞いていたからだ。

当然、今日確実にここを訪れるという保証があったわけではないし、もしも現れなかったら素直にあきらめるつもりだったが、とりあえず無駄足にはならなかったようで秘かに安堵する。

だが俺の心境とは裏腹に、西木野さんは盛大な溜息を吐いていた。

 

「はぁ......。あの人の次はあなたってことですか?」

 

あの人というのは十中八九、穂乃果のことだな。

 

「何度来られても私はアイドルなんてやりませんよ」

 

ある種の敵意を視線に籠めて、表情を険しくさせる西木野さん。

そこには断固たる意思が露わになっている。

 

「違う違う。別に勧誘しに来たわけじゃないんだ」

 

あっけらかんとした俺の言葉に西木野さんは眉根を寄せる。

まあ、彼女が怪訝に思う気持ちがわからんでもないが、俺の思惑は全く別にある。

 

「どうしてもお礼を言いたくてさ」

 

「お礼?」

 

頷いて俺は楽譜を西木野さんに投げ渡した。

楽譜といっても『START:DASH!!』の音源をそのまま書き直しただけのノートなんだがな。

 

「キミのおかげであいつらは前に進むことができた。ホント、ありがとな」

 

緩い放物線を描いくそれを西木野さんが見事にキャッチするのを確認し、穏やかな心地で言葉にする感謝は紛れもない本心だ。

下手に対面を取り繕うだけ相手に失礼ってもんだろ。

 

「べ、別にわざわざお礼を言われることじゃないわ。あの時だってただの気まぐれよ!」

 

対して、西木野さんは照れているのかくるくると横髪をいじり始める。

なんとも初々しい仕草に自然と笑みが零れた。

そんな俺の反応が気に障ったのか、途端に西木野さんが半眼で睨めつけてきた。

だが頬が羞恥の赤に染まっているせいか、いまいち迫力に欠けてるんだよな。

 

「いや、スマナイ。知り合いに似てたから、ついな」

 

「~~~ッ!」

 

開き直る俺に耐えかねたのか、ごまかすようにノートに視線を移した。

すると、しばしノートに目を通していた西木野さんの整った容貌が驚いたものに変わっていく。

 

「………先輩は絶対音感でも持ってるんですか?」

 

「いや、全然」

 

西木野さんの疑問に即答、もちろん嘘は言ってない。

俺の返答に西木野さんはさらに大きく目を丸くする。

彼女の言うように絶対音感でもなければ音階を書き写すなんて芸当はまず不可能だ。

だが、当惑する彼女には悪いが正直に語るつもりはない。

お茶を濁す後ろめたさはあったが、これ以上下手に突っ込まれる前に話題を変えさせてもらおう。

 

「そうだ。よかったらさ、キミのピアノ聴かせてくれないか?」

 

「…………はい?」

 

俺の提案に一瞬で目を丸くする。

 

「初めてキミの作った曲を聴いた時、すげえ感動したんだ。だから今度は直に聴いてみたいなって」

 

ちょっとした好奇心から言ってみるが西木野さんはバツが悪そうにその場に佇んでいる。

音楽室から去ろうとする素振りも見せないし、……ならばここでひとつ発破をかけてみよう。

 

「あ、もしかして人前じゃ緊張してできないとか?」

 

「う゛ぇっ!で、できますよ、そのくらい!これでも昔はコンクールでいくつも賞をとってたんだから!」

 

わざとらしく煽るような含み笑いを向ければ、わかりやすいくらいムキになってピアノに歩みを進み始めた。

コロコロと表情を変える様子は見てておもしろい。

本当、いろんな意味で素直だ。

最後の抵抗のつもりか、西木野さんが何か言いたげな視線をぶつけてくるが、入れ替わるように近くの席に腰掛けて俺はただ促すだけ。

やがて諦めたように吐息を吐いて、西木野さんは瞑目し、静かに鍵盤に手を添える。

そして次の瞬間、音楽室にピアノの音色が駆け巡った。

 

―――愛してるばんざーい!ここでよかった―――

 

ピアノの旋律と並んで歌の詞が放たれる。

窓から差し込む陽の光を背に、ピアノと向かい合う彼女の姿はどこか神秘的で。

流れるように生み出される音の調べはとても心地よくて。

初めて聞く曲だったが、紡がれる歌詞も『START:DASH!!』とは違って、背中を押してくれるようなやさしさを感じさせてくれた。

目を閉じ、耳を傾け、俺は歌声と音の世界に心をゆだねていた。

 

                    ☆

 

西木野さんの歌声とピアノの後奏が重なって、演奏が終わる。

 

「………すげえな」

 

胸の高鳴りを強く感じながら、言葉になって出てきたのは初めて西木野さんの歌を聞いた時と同じ飾り気のない感想だった。

 

「なんていうか、うん…すげえや」

 

人間は本当に心を震わせるものを前にすると感情をうまく言葉にできないことがあるというが、今の俺の心情が正にそれだった。

だが、当の西木野さんはどこかうんざりとした面持ちを浮かべていた。

 

「西木野さんってやっぱ音楽の道を進んだりするのか?」

 

「………」

 

彼女の心境に違和感を覚えつつも興味本位に訊ねてみれば、陰りが生まれた表情で閉ざしていた口を開いた。

 

「私、将来は病院を継ぐことになってるんです」

 

「病院?」

 

「知らないんですか?西木野総合病院。あそこ、私の両親が経営してるんです」

 

「………え、そうなの?」

 

思いもよらぬ暴露に思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

西木野総合病院って確か、御茶ノ水駅の近くにあるけっこうデカい病院だよな?

西木野さんがそこの跡取り......。

なるほど、ならば入試トップの成績も頷ける。

 

「ええ、ですから大学も医学部に決まってるので私の音楽はもうとっくの昔に終わってるんです」

 

「へえ、そいつはまたすげえな」

 

淡々と語る西木野さんに感嘆を感じるが、同時になぜか俺は彼女から目を離せないでいた。

沈んだようにうつむいた表情が俺の心に空虚を植え付けてくる。

 

「でも、それっておかしくないか?」

 

気づけば思ったことをそのまま口にしていた。

 

「病院継がなきゃいけないからって、音楽を終わらせなきゃいけない理由にはなんねえだろ?だったら――――」

 

 

ビギャァンンッ!

 

 

しかし、俺の言葉は突然の噪音によって掻き消されてしまった。

西木野さんが乱暴に鍵盤を叩き付けていたからだ。

 

「あなたに何がわかるんですか……?」

 

俺を射抜く視線には苛立ちが濃く表れていた。

 

「言われなくてもわかってるわよ、そんなこと……。でも仕方ないじゃない!そういう運命なんだから!親の期待を裏切るなんて私にはできないし、簡単に割り切れたら最初から苦労なんてしないわよ!なにも知らないクセに勝手なことばかり言わないでッ!」

 

音楽室に西木野さんの金切り声が響く。

………ああ、そうか。

そこで先ほどから感じていた違和感の正体がわかった気がした。

西木野さんの瞳に映るのは憂いの色だ。

彼女は将来、病院を継ぐことを受け入れていれようとしている。

そして、それと同じくらいに音楽が未練として心に棲みついているのだろう。

彼女自身、必死に言い聞かせようとしていても、やはり決別でしきれずにもがいている。

そこに俺が干渉してしまった。

整理しようとしている心境に赤の他人が必要以上に踏み込めば不快に思うのは当然だ。

でも、だからこそ、なおさらここで退くわけにはいかねえんだ。

 

「そうだな。確かにキミの言うとおり、俺にはキミの気持ちなんてわからん」

 

人は100%相手を思うことなんてできない。

さっきの言葉にだって俺個人の主観が含まれている。

故に西木野さんの思いを受け止めて、肯定する。

 

「だから今日、弾いてみたんだ」

 

「――――え?」

 

俺の言葉が予想外だったのか、西木野さんは再び呆けたような面持ちを浮かべた。

 

「今まで本気で音楽に心惹かれるってことはなかったからさ、実際に弾いてみればキミがどんな思いで作ったのかわかると思ったんだ」

 

「……それで、何かわかったんですか?」

 

「いや、これがまた全然。弾くので精いっぱいだったよ」

 

潔く両手を上げて降参の意を示す。

最初なんて、鍵盤の重さに戸惑いを覚えていた。

さらに力を入れて音を鳴らした時なんて、至極当たり前なことにちょっと感動したほどだった。

 

「けど、キミがピアノを弾いてる姿を見て、本当にピアノが好きなんだなってことはわかった。ピアノを弾いてた時の西木野さん、すごく楽しそうだったからさ」

 

演奏していた時の西木野さんには俺の存在なんてきっと目に入っていなかったのだろう。

それほどピアノに向き合っていた彼女の姿が深く印象に残っていた。

 

「さっきヘタクソって言ってたのだって、俺の伴奏に苛立ってたからなんだろ?」

 

「そ、それは……」

 

「そう言うのって、本当に音楽が好きじゃないとありえないことだと思うからさ」

 

第一、音楽がすきじゃないならわざわざ音楽室に来てまでピアノを弾く必要なんてないはずだ。

 

「言葉で強がっても、やっぱり心では捨てきれていない。……違うか?」

 

「………」

 

俺の問いに返ってくるのは無言。

だが、俺から視線を逸らす様子から肯定だと察する。

 

「だから、俺は自分で決めた未来のためだからって、好きなことを終わらせなくちゃいけないって考えは間違ってると思う」

 

「そんなのただのきれいごとじゃない……」

 

絞るような声音が音楽室に溶けて消えていく。

でも2人だけの静寂の中でその慟哭ははっきりと

耳朶を打ったからには聞こえなかったことになんてできないし、そもそも聞き流すつもりなんて毛頭ない。

 

「確かにきれいごとかもな」

 

なにより、目の前で悩み苦しんでいる奴を放っておくことなんて、俺にはできない。

 

「でも、たとえきれいごとでも、なにもせずに後悔するよりはずっとマジだ。少なくとも俺は、運命を理由に何かをあきらめたりはしない。そして、それはあいつらも同じだ」

 

まだやらなければならないことは山積みだが、あいつらのやる気はライブを終えてからも衰えを見せることはなかった。

 

「何事だってやってみなきゃわかんなえだろ?可能性がゼロじゃない限り、進んでみる価値はある。どんなにかっこ悪くても、本気で立ち向かえばまた違った『答え』が見えてくるもんなんだぜ」

 

その先にある光を信じて、俺もあいつらを信じて前に進むだけだ。

………さて、とりあえず目的は果たした。

もう長居は無用だ。

 

「ああ、そうだ。気が向いたらでいいからさ、メンバーになるとかならないとかそう言うの抜きにして、また今度練習見に来てくれよ。あいつらもきっと喜ぶから。じゃあな」

 

それだけ言い残して俺は音楽室を後にした。




本当はも少しコンパクトにするつもりだったんだけどな………。
今回は真姫ちゃん回パート2です。
こうやってひとりひとりスポットを当てた話を書いてると、なんとなくそのキャラルートを書きたくなってきます。
最初はそのつもりはなかったのですが、ポチポチと真姫ルートやことりルート用の話ができつつあったりします(笑)
もしかしたら外伝的な章を作るかもしれません。
まあ、そん時はそん時ということで。

次回は花陽が穂むらを訪れるお話です。
じゃそゆことで。ノシ

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