「これで、新入生歓迎会を終わります。各部活とも体験入部を行っているので興味があったらどんどん覗いてみてください」
檀上に立つ絵里の演説で新入生歓迎会は滞りなく終了した。
さて、残るもう一仕事に取り掛かるとしようか。
「リハーサルとかしたいでしょ?」
「私たちも学校なくなるの嫌だし」
「穂乃果たちにはうまくいってほしいって思ってるから!」
穂乃果たちが最後の宣伝に出向いた時に手伝いに名乗りを上げてくれたのは、穂乃果の友人であり、クラスメイトでもある原ミカ、山本フミコ、三宅ヒデコの3人だ。
学校を救いたいと思ってるのはあいつらだけじゃない。
彼女たちも彼女たちなりの思いがあるということだ。
3人の協力を得て、俺も音響や照明の確認を無事に確認することができた。
講堂の放送室から会場を見渡す。
もうすぐここが生徒たちで埋め尽くされるんだろうな。
そんなことを思いながら俺は控室の前まで足を運んでいた。
最初はどうなることかと思ったが………もうすぐだ。
もうすぐ穂乃果たち、µ'sの頑張りが報われる時がやってくるんだ。
不思議と心がうれしさで高揚してくる。
俺がコレなら本人たちの心境はどれほどのものなのだろうか。
『海未ちゃん、かわいいよ』
『こうして並んで立っちゃえば恥ずかしくないでしょ?』
『……はい。たしかにこうしていると………』
扉を隔てた向こう側で3人の嬉々とした会話が聞こえてくる。
安堵とともに高ぶる心地を落ち着かせて、ノックして扉を開いた。
「3人ともそろそろ出番だぜ」
俺の目に飛び込んできたのは赤、青、緑、それぞれの衣装に身を包んだ少女たちだった。
「どう?似合ってる?」
スカートの端をつまんでことりが訊いてきた。
実際に実物を目にするのはこれが初めてだが………うん、3人ともすごく似合ってる。
派手すぎず、地味すぎず――――思わず見とれてしまうほどの可憐さがあった。
「おお、さすがだ―――――」
「いやああああああああ!」
「ホゴォッ!?」
しかし、俺が感想を述べようとした時、突然悲鳴を上げた海未にペットボトルを投げつけられてしまうのだった。
なんて世の中だ、ちくしょう……。
☆
とりあえず穂乃果たちをステージまで見送って放送室に戻れば、予想外の人物が待ち構えていた。
「絵里……?」
本当に意外すぎて呆けた声が出てしまった。
「驚いた、てっきりもう帰ったんだと思ってたよ」
「生徒会長として結果を見定めなくちゃと思っただけよ」
思えば、新学期が始まってから生徒会以外でまともに会話するのはこれが初めてかもしれない。
壁にもたれかかり、俺を認めるなりわざとらしく溜め息を吐いて、いつになく冷めた声が耳朶を打つ。
少なくとも絵里はライブを楽しもうという気は微塵もないようだ。
まあ、それは本人の自由だし俺がとやかく言うことでもないか。
「本当にやるつもりなのね……」
「そのために頑張ってきたんだからな」
「そう。……でも、その頑張りは無駄に終わりそうよ」
退屈そうな絵里の言葉に俺はわずかに苛立ちを覚えたが、俺が問いただすことを見越してか、彼女は確信めいた視線で促す。
何気なく釣られて視線を巡らせて、俺は、今、初めて目にした。
「な………っ……!」
口から出たのはそんな掠れた声だった。
異様な緊張にのどが渇く癖に、全身からは嫌な汗が噴き出してくる。
わけがわからず俺は無意識の内に拳を握りしめていた。
俺の目に映ったのは穂乃果たちを迎えに行く前と同じ、閑散とした会場だった。
運命というものは、時に残酷な現実を突き付けてくる。
世の中は理不尽で溢れてる。
何度も目の当たりにしてきた。
そんなことは当の昔にわかっていたことだ。
わかっていたけど、なんで………なんで、それが今なんだよ!
全部、この時のために頑張ってきたんだぞ……。
どんなに疲れていても、どんなに弱音を吐いても穂乃果は懸命にトレーニングに励んできた。
ことりはステップを間違えれば、時間を見つけては練習を重ねていた。
本当は恥ずかしくてたまらないくせに、海未は自分が納得するまで何度も歌い直してきた。
曲だって、せっかく西木野さんが託してくれたってのに……。
あいつらはただ純粋に、自分たちの学校を救いたいと願っていただけなのに……この仕打ちはあんまりじゃねえか!
「残念だけど、これが現実よ」
起伏のない冷淡な声音が立ち尽くしていた俺の意識を現実に引き戻す。
だが、おかげでやり場のない怒りで荒れる心を落ち着かせることができた。
ここで憤りを感じたって何も始まらない。
拳から力を抜く。
「どうする?今ならまだ引き返せるわよ」
それはライブの中止を暗に示している。
確かに絵里の言うとおり、今すぐ事情を話してライブを中止することが得策かもしれない。
誰も見ていない今ならば穂乃果たちが負うダメージも最小限に抑えられるし、今後彼女たちが後ろ指を指されることのないように強引に理由を取り繕うことだって可能だ。
ライブだってまたの機会に改めればいい。
考えれば実に簡単なことだ。
――――――――――ふざけるな。
頭の中を駆け巡る言い訳を、胸の内に沸いて出る戯言を捻じ伏せ、俺は静かに席に着く。
「ここで逃げることは今までの俺を、あいつらを否定することになる。たとえあいつらを傷つけることになるとしても、俺は俺のやるべきことをやるだけだ」
もしかしたらそれはただの強がりなのかもしれない。
でも、これは彼女たちに課せられた最初の試練だ。
戦うのか、逃げるのか……。
あいつらはこれから直面する現実を前にして、果たしてどちらを選ぶのか俺には分からない。
それでも、俺は――――
「俺は、あいつらを信じる」
そう決めたんだ。
☆
開演のブザーが鳴る。
ゆっくりと開く垂れ幕の中から3人が姿を現す。
だが、講堂に俺たちが望んでいたものは何もない。
注目も拍手も、喝采も熱狂も、声援も待望も、興奮も響きも…………何もない。
あるのは静寂という非常な現実。
最初は期待に胸を躍らせていたに違いない。
照明が照らすステージの上で、穂乃果は、海未は、ことりは、ただただ立ち尽くす。
自分たちが目にしている光景に困惑する彼女たちから笑顔が消える。
「穂乃果ちゃん……」
「穂乃果……」
海未とことりが悲痛で面を歪ませる。
宣伝に出ていたクラスメイトの3人も申し訳なさそうな面持ちを浮かべていた。
観客がいないなんて誰が予想しただろうか。
培ってきた想いを届ける相手はいないんだ。
つらくないわけがない。
「……そりゃそうだ」
誰もいない講堂を前に穂乃果は笑みを作って言葉を絞り出す。
「世の中そんなに甘くない」
だがその声は弱弱しく虚しく震え、やがて気丈な笑みも崩れていく。
そんな彼女たちの姿がいたたまれなくて目を逸らしたくなる、耳を塞ぎたくなる。
泣くまいと唇を引き結んでいたが、今にも堪えていた感情が決壊しようとしていた。
やっぱり、ダメなのか……そう思った――――その時だった。
「あれ?………ライブは?」
不意に響く少女の声。
声のする方―――講堂の入り口にいたのは昨日、見に来てくれると言ってくれた1年生の子だった。
「花陽ちゃん………」
穂乃果が花陽ちゃんと呼んだ少女は息を切らしながらもまだ状況を飲み込めていないのか、ライブが始まっていないことに戸惑いがちに手にするチラシを確認にいていた。
どうにも心許ない姿ではあったが、彼女は確かにµ’sのライブを見に来てくれた。
たったひとりだけれども、1と0違いが光となった。
なんだよ………やっぱりまだ、残されてんじゃねえか……。
「穂乃果!海未!ことり!」
たまらず俺はマイクのスイッチを入れて叫んだ。
「俺には、今お前らがどれだけつらい思いをしてるかは分からねえ。……でも、この日のためにどれだけ頑張ってきたかは知っている!」
この一ヶ月の間、ずっと見てきた。
ずっと見てきたからこそ、あいつらの努力を、願いをこんな理不尽で終わらせていいわけがない。
ここが踏ん張りどころなんだ……!
「都合のいいことを言ってるのはわかってる。……けど、今ここで逃げたらその先に光はねえんだ!お前らはひとりじゃねえ!まだ光は消えちゃいねえんだ!だから――――戦うんだ!」
もう、今の俺にはこんなことしかしてやれないけど………だからこそ羞恥なんてかなぐり捨てて俺は精一杯の声を届ける。
「戦って『答え』を出すために、お前らの覚悟を見せてくれ!お前らの中にある可能性を証明してくれ!お前らの心の力で、目の前の現実に打ち勝ってくれ!」
叫びは静寂に響いて消えていく。
今、彼女たちは何を思っているのだろうか……。
ただ、ここから先はあいつらにしかできないことだ。
後、俺にできるのは最後まで見守ることだけ。
「やろう!」
そして、聞こえたのは弱さの消えた穂乃果の声だった。
「歌おう、全力で!」
その姿は揺るぎのない決意に満ちていた。
「だって、そのために今日まで頑張って来たんだから!」
もう、その瞳に恐怖の色はない。
「歌おう!」
もう一度、強く呼びかける穂乃果の言葉に、海未とことりの瞳にも光が宿っていく。
俺は静かに拳を握る。
だが今度はさっきのように怒りにまかせたものではなく、湧き立つ喜びを噛みしめるように。
さあ、いよいよµ’sファーストライブの開始だ!
☆
♪START:DASH ! !♪
曲が流れ、照明を落とした暗闇の中から青いスポットライトの光にやさしく照らされて3人の女神が現れる。
力強く歌声を響かせ、ひたむきに踊る姿は何よりも眩しく見えて……。
初めての披露に歌詞を忘れたり、ステップを踏み間違えたりするんじゃないかと気が気ではなかったが、同時に、不安以上に心が躍る。
ふと、会場の方に視線を移せば小さな影が花陽ちゃんの元へと駆け寄っていた。
友達だろうか、ショートカットの少女が花陽ちゃんに声をかけていたが、彼女は気付く素振りすら見せず、ただ一心に羨望の眼差しを穂乃果たちに向けていた。
少女も夢中になっている花陽ちゃんに倣ってµ’sのステージを不思議そうに見つめていたが、次第に整った双眸をキラキラと輝かせていた。
ん?今講堂の奥側の扉が開いたように見えたが………。
目を凝らせば座席の裏からひょっこりと顔を覗かるた少女がいた。
はて、彼女もどこかで見覚えがあるような、ないような?
怪訝に思っていると、その向かい側の入り口にこれまた見覚えのある少女が中の様子を窺っていた。
西木野さんだ。
最初は辺りを警戒している風だったが、徐々に引き寄せられるように講堂に足を踏み入れていく。
彼女もまた、素直じゃないなりに駆けつけてくれたんだな。
その表情がうれしそうに見えたのはきっと気のせいじゃないはずだ。
再びステージに目を向ける。
この会場には今、彼女たちの姿を見届けてくれる人たちがいる。
今、お前らにはどん底だった世界がどんな風に見えてるんだろうな………。
☆
最後の伴奏が余韻を残して曲が終わる。
静寂が訪れるが、次の瞬間には持てる力を出し切った彼女たちに拍手が送られる。
ここにいるのは3人のクラスメイトに花陽ちゃんとその友達、西木野さんに今は座席に隠れて姿が見えない少女、そして俺の後ろにいる絵里だけだ。
会場を満たすには小さいかもしれないが、今この場では最大級の賛辞だ。
穂乃果も、海未も、ことりも、肩で息をしながらもその表情は晴れ晴れとしていた。
「っしゃあ!」
俺も込み上げてくる熱い感情に任せて拳を突き上げていた。
だが、達成感に浸っていたその時、感動の拍手の中に紛れて靴音が響く。
「生徒会長……」
穂乃果たちが見つめる先にいたのは至極真剣な面持ちで見下ろす絵里だった。
「どうするつもり?」
絵里の一声が水を打ったような静けさに冷たく木霊する。
「続けます」
急いで放送室を出る俺の耳に届いたのは力強い穂乃果の声音だった。
「なぜ?これ以上続けても意味があるとは思えないけど?」
「やりたいからです!」
間髪入れずに一言、穂乃果は絵里を見据えてはっきりと告げる。
「今、私もっともっと歌いたい、踊りたいって思ってます。きっと海未ちゃんも……ことりちゃんも!」
穂乃果の言葉に迷いを振り払った表情で2人も頷く。
「こんな気持ち、初めてなんです!やってよかったって本気で思えたんです!今はこの気持ちを信じたい……。このまま誰も見向きもしてくれないかもしれない。応援なんて全然もらえないかもしれない。でも、一生懸命頑張って、私たちがとにかく頑張って届けたい!今、私たちがここにいる、この想いを!」
そして穂乃果はその胸に秘めた決意をまっすぐ言葉にする。
「いつか………いつか私たち、必ず、ここを満員にして見せます!」
自らの意志で『答え』を出した姿を見て改めて思い、喜ぶ。
お前らを信じて、本当に良かったよ。
だが、穂乃果たちと同じように、絵里の意思も揺らぐことはなかった。
「そう。……でも、どんなに理想を掲げたって、必ず叶えられるほど現実は甘くないわ」
否定はしない。
目の前の現実を見れば、俺たちが進む道は思う以上に過酷なものになるに違いない。
これからもつまずいたり、転んだり、打ちのめされて悩んでいくのだろう。
それでも穂乃果たちは戦うことを選んだ。
だから、今度は俺の番だ。
「そんなことはわかってるさ」
途端に、鋭く研ぎ澄まされた蒼い瞳が俺を射抜く。
「それでも俺たちは前に進む。あいつらがあきらめない限り、俺たちが求める未来を目指して、またひとつひとつ積み重ねていくさ」
俺たちはこの敗北を絶対に忘れない。
「この敗北のスタートは、確実に大きな一歩になる」
今はこの胸に育んだ光を信じよう。
まだ、背伸びをする頼りない小さな芽かもしれない。
だが、いつか希望の花が咲くその日まで、今度は彼女たちとともに歩いていくさ。
清麿は基本苗字呼びなので、穂乃果のクラスメイト3人組の苗字はそれぞれの声優さんからいただきました。という時数稼ぎはさておき、最後まで読んでいただきありがとうございます。
まずは無事、ひとつめの山場を越えることができました!
今回は清麿がガッシュと戦うことを決意した場面(原作2巻:LEVEL.10 運命との戦い)とOP『カサブタ』を意識してみました。
これからも穂乃果たちと共に、水をやるその役目を果たしていく清麿の活躍も含めて楽しんでいただけると幸いです!
次回からアニメ4話に移ります。
ようやく本格的に真姫と花陽が登場するので次回もお楽しみに!