鈴ちゃん好きが転生したよ!( ゚∀゚)o彡°鈴ちゃん( ゚∀゚)o彡°鈴ちゃん 作:かきな
観覧席
避難指示が出された後もその場に残る者たちがいた。
それは一夏を含めた一組の専用機持ちたちと、箒であった。
彼らが逃げなかったのには理由がある。それは他の生徒の避難が終わった後にアリーナに張られているシールドバリアーを一夏の零落白夜で破り、二人の援護に行こうと考えていたからだ。それに箒は参加できないのだが、どうしても自分だけ逃げるのは嫌だと言うので、残っている。
しかし、彼らの思惑は実現されなかった。
「くそっ! なんで起動しないんだよ!」
会場に張られたシールドバリアーに拳を叩きつけながら一夏は叫ぶ。それは自分の無力さに憤りを感じているような、そんな声だった。
そして、そんな感想はこの場にいる全員が感じているものだった。ただ見ていることしかできないことが歯がゆくて仕方がなかった。
アリーナの中では氷雨が鈴を守るようにゴーレムと対峙しており、それを見守ることしかできないのがどれだけ苦しいことか。それを一番に感じているのは箒であった。そもそも専用機を持たぬ彼女が一番自身の無力さを痛感していた。
「ど、どうにかできないのか!」
「無理ですわ。何度ブルーティアーズを展開しようとしても反応がありませんもの」
セシリアが淡々と箒の叫びに応える。しかし、平静を装いながらもセシリアの握りしめた拳からその怒りが現れていた。それに気づかない箒ではない。故に、それ以上声を荒げることもなく、視線はアリーナの方に戻っていく。
氷雨の駆るペイルライダーの周囲を覆うその真紅の粒子が揺れ、どことなく不吉なその雰囲気に箒は嫌な予感がした。
そして、その予感は現実のものとなる。
◇ ◇ ◇
アリーナ
降り注ぐ粒子砲。その全てから後方にいる鈴を守り抜くためには氷雨の意識などは必要なかった。ハイパーセンサーからの膨大な情報を処理するための脳と反射で動く体さえあればいい。
迫る粒子砲に氷雨の体は先ほどと比べ物にならない速度で対応する。動きに伴う体への負荷に対し無意識に働くセーフティすら氷雨の脳は行わない。
ただインプットされた情報から出た結果に体を無理やり合わせるだけ。ちぎれんばかりに振り回される両腕が鈴を守るべく必死で空を裂く。搭乗者の安全性を考慮しない、出力の限界を超えた動きはHADESによる第二段階のセーフティ解除によるものだ。
「ああああああああああああああああああああ!!」
獣の如き咆哮を伴い、氷雨の体は粒子砲をさばき続ける。次第に攻撃速度の上がっていくゴーレムからの粒子砲に合わせるように氷雨の動きも激しくなる。
脳に流れ込む情報量はとうに元来人間が処理できるであろう情報量を超えている。それが更に大きくなる。それは自ら意識領域を明け渡した状態の今の氷雨の処理能力すら上回り、限界を超えた情報量に氷雨の脳は悲鳴を上げる。
視覚情報の過多により充血した眼球の血管が切れ、その瞳に血が溜まる。眼球にたまった血液が鼻にも流れ込み、呼吸が困難になり、氷雨の体は口で荒い息をするようになる。激しい動きにより酸欠状態に近くなるも、体内のナノマシンが四肢への酸素供給より脳への酸素供給を優先させ、体の動きを全て外骨格であるペイルライダーに任せる。
満身創痍になる氷雨の体はこれ以上この行動を続行させると、結果として鈴を守れないと判断する。それは意識を失ってもなお潜在された氷雨の行動理念である『鈴を守る』というものから判断されたものあった。
「守れ……」
うわ言のように氷雨の口から洩れる。
「守れ……守れ。守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れ守れ……
コロセ」
真紅の粒子となった表面装甲を置き去りに、ペイルライダーは正面のゴーレムに向かって飛び出していく。むろん、ゴーレムの標的は鈴であるのだから偏向された粒子砲はペイルライダーの脇をすり抜け、後方の鈴へ迫る。しかし、そのすべては粒子状の装甲が受け止めた。
それを知ってか、ペイルライダーはゴーレムの攻撃に目もくれず肉薄する。真紅の粒子を纏ったビームブレードを振り上げ一機のゴーレムを斬り裂いた。その攻撃はゴーレムの装甲を直接斬り裂いた。
残りの二機のゴーレムがそれに反応するも、すでに肉薄しているペイルライダーは姿勢を低くし、ゴーレムがその粒子砲の照準を合わせる前に斬り伏せた。
倒れこむゴーレムを虚ろな目で見送る。すでに焦点も合っていないその瞳は真っ赤に染まっていた。
動かなくなったゴーレムを確認して氷雨の体は踵を返し、鈴のもとへと歩き出した。
すでに限界を迎えていた氷雨の体はペイルライダーの補助を受けながらも、その歩みは遅く、足を引きずるように鈴との距離を詰めていった。
その場でしゃがみ込んでいた鈴の正面に立ち、氷雨の体はそれを見下ろした。安否を確認するようなそのしぐさに気付いて鈴は顔を上げる。
「ひっ」
顔を上げた鈴の瞳に映った氷雨の顔は血にまみれており、焦点の合わない虚ろな目も相まってそれは鈴に恐怖を与えるに十分なものであった。
冷静な思考ならいざ知らず、先ほどまで命の危機に晒されて極度の緊張状態にあった鈴の思考では助けてくれた相手であっても、このような反応をしてしまうのは仕方のないことだった。
そんな姿の鈴を見て、意識を押し込めていたはずの氷雨は少し微笑んだ。自分は守り切ったのだと、それをしっかりと確認してそして。
「ぐふっ」
咽るように咳き込むと、氷雨の口からは血が溢れだした。
そして、無理を押し通した氷雨の体は自立することさえできなくなり、その場に倒れこむ。展開されていたペイルライダーは粒子へと変換され消え、その場にはISスーツ姿の氷雨だけが取り残された。
「氷雨……?」
鈴は震える声でその名を呼ぶ。しかし、小さく鈴の音の様な声にあの馬鹿みたいに元気な返事はなかった。ただ鈴の目に映るのはピクリとも動かなくなった氷雨と、その周りに漂う赤黒い粒子だけである。
「氷雨っ!」
鈴はその名を叫びながら氷雨の元へ近づき、その体を抱き寄せる。目立った外傷はない。目や耳から血が出ていた形跡はあるが、今は止まっている。呼吸も規則的でただ眠っているようにも見える。
だが、氷雨の周囲を漂う赤黒い粒子が不気味に光り、鈴に嫌な予感を抱かせる。
鈴の後方で何かが弾けとぶ音がした。千冬がハッチを破壊して開放したのだ。その手に握られたのはIS用のブレード。生身でそれを握り、扉を破壊したのだった。
しかし、鈴はそれに目もくれない。鈴の視線はただ動かなくなった氷雨から離れなかった。
◇ ◇ ◇
氷雨は目を覚まさなかった。体の損傷は少なかった。一番ひどかった眼球の損傷も、再生治療により視力の低下は免れないものの、視力を失うこともなく済んだ。そのまま目覚めれば、すぐにでも日常生活に復帰できるはずであった。
しかし、それは叶わぬものだった。HADESシステムの使用において、最も負荷がかかるのは脳である。脳の機能を最大限に活用することにより、血液が集中し、内出血を起こしていたのだ。
当然、普通であればそれはすぐさま死に直結する出来事である。しかし、氷雨においては血液中にISのバックアップを受けるナノマシンが流れている。それにより、すぐさま処置が行われ、幾度の内出血を伴ってもHADESによる情報処理を実行することができたのである。
しかし、それが良い事とは限らない。無茶をさせれば、必ずどこかが壊れてしまう。故に氷雨は一週間が経とうとする今現在において目覚めることなく、眠り続けているのだ。
そして、鈴は病室で氷雨の目覚めを待っていた。あの日から毎日、朝から晩まで氷雨の顔を見つめるだけの日々。
「……」
ありがとうと伝えたいから。氷雨が目覚めたら、色々な人が各々の言葉を投げかけるだろう。一夏やシャルなんかはよかったと氷雨の無事を喜ぶだろう。箒やセシリアは氷雨の無茶を責めて、それから心配してたことを伝えるかもしれない。千冬は、馬鹿者と一言で済ますかも。
しかし、鈴はそんな皆の誰よりも先に伝えたい言葉があった。それは『ありがとう』という感謝の言葉だった。自分を犠牲にしたことを責めたいとも思うし、無事目覚めたことの喜びを伝えたくも思うし、どれだけ心配したかを涙交じりに語ってしまうかもしれないとも思う。だが、それでもやはり最初に伝えたいのは、こんな自分を守ってくれてありがとうというこの上ない気持であった。
未だ目覚めぬ氷雨の顔を見て、未だ伝えられない現状に、鈴は膝の上に置かれた手を小さく握り、拳を作った。
そんな時、扉の向こうからノックの音が聞こえ、扉が開かれる。顔を覗かせたのは箒であった。
「……鈴か」
「……」
病室に入ると、箒は鈴の隣に立ち同様に氷雨の顔を見下ろした。
「まだ、目は覚まさないのか」
「うん」
もうすでに何度も行ってきたそのやり取りに、半ば答えを分かっていた箒は小さく
「そうか」と呟いた。
「先生が言うにはどこにも異状ないんだって。いつ目覚めてもおかしくないって……。だったら、なんで今も目を覚まさないのよって、思わず掴みかかっちゃった。別に、先生は悪くないのにね」
鈴の渇いた笑いだけが病室に響く。自嘲するように笑う鈴の顔はどこかやつれているように見える。
「鈴、ちゃんと寝ているのか? 少し疲れた顔をしているが」
「心配しなくていいわよ。ちゃんとベッドには入ってるもの」
鈴はどうでもよさそうに答える。箒も「そうか」と返事をしただけで、それ以上何かを言うこともなかった。
「……」
「……」
病室に再び静寂が訪れる。重苦しい空気が病室に漂い始める。そんな空気がどことなく残された者を責めているように感じられて、箒は後悔の言葉を紡ぎだした。
「私にも……私にも力があれば……。氷雨をこんな目に合わせずに済んだかもしれないのに」
箒は見ていたのだ。自分の兄が、自分の視界の中で傷つき倒れる様を。見ていたのに、それでも何もできなかった。自分に力がないばかりに、氷雨にだけこんな傷を背負わせてしまったと、後悔の念を抱いているのだ。無論、あの場においてISという力は何の意味もなさなかったのは確かであるが、持たぬ者にとってそれは些細な問題なのだ。
「私が……私がっ! ……くっ」
そう嘆くように吐き捨てると、箒はその罪の意識に耐えきれなくなり、踵を返した。そうしてそのまま箒は病室から出て行ってしまった。
そうしてまた二人になってしまった病室。先ほどの箒の言葉はそのまま鈴にも当てはまるものであった。自分にも何か出来ることがあったのではないか。
「……」
鈴は泣くことも嘆くこともしなかった。もう疲れてしまったのだ。今はただ、氷雨が目覚めるのを待つだけ。それだけしかできなかった。
窓から淡い赤色の斜光が差し込む。今日も氷雨は目を覚ますことなく日が暮れ始めた。傾く陽に照らされ、氷雨の顔が赤く染まる。
それがどことなく眩しそうに見えた鈴は立ち上がり、窓際に歩き出し、カーテンを閉めた。
その時、ベッドで横たわる氷雨の体が動いた。
「氷雨っ!?」
それにすぐさま反応した鈴はベッドの脇に移動し、氷雨の顔を覗き込む。すると、眠たそうに何度かまばたきをした後、氷雨はしっかりと目を開き、その意識を覚醒させたのだ。
氷雨はその体を起こす。その一連の動作を鈴はただ見つめていた。驚きのあまり動けなかったのだ。しかし、徐々に動き出した思考から鈴はようやく目の前で起きたことを理解した。
氷雨が目を覚ましたのだ。それを理解した瞬間、鈴の胸はいっぱいになり、さっきまで言いたかった言葉なんかもどこかへ行ってしまい、ただ溢れる感情が出口を探して涙となって零れだした。
そうして言葉に詰まっていた鈴に氷雨が気づき、視線をそちらへ向ける。しかし、その眼はどこか他人を見るような目であった。
「あの……」
その声に鈴が反応して氷雨と目を合わすも、鈴は気づいてしまう。
「ここは、どこでしょうか」
それは紛れもなく氷雨の目なのに、氷雨の声なのに……。
「あなたは……」
目の前にいるのが別人であると、鈴は理解してしまった。
「誰ですか」
次回、最終章
「ツナグミライ」
次回更新は一月後を予定しています