9話投稿です。どぞ。
夜、高町家ではささやかながら高町士郎の快気祝いの宴が行われていた。
キャスターや桃子が腕を奮ったご馳走やデザートになのはが目を輝かせ、キャスターがなのはにいつもの様にベタつき、それを見た恭也が憤慨する。
そんな様子を見て笑いながら士郎は、ここに帰ってこれたことに感謝をするのだった。
「でね。私、毎日頑張って走ってるの!」
「そうか、なのはは頑張っているな。」
「うん。キャスターさんのおかげなの。」
「そうねぇ、やっぱりキャスターちゃんのおかげかしらね。」
そして、新たに高町家に加わった新しい住人であるキャスターについて話が進む。折しも本人は飲み過ぎましたのでといって席を外していた。
「サーヴァントだったね。過去の英雄を呼び出して使役する・・・か。」
「ああ、アイツは『キャスター』のクラスだって言ってたな。」
「でも、恭ちゃんが勝てない位に強いんでしょ?それじゃあセイバーとか他のクラスはどれだけ強いのかな。」
「もし、なのはがセイバーとかを呼んでいたら・・・今頃さぞかし稽古三昧だったろうな。」
そんな話をしているとなのはが急に立ち上がった。
「私のサーヴァントは、キャスターさんだけなの!!それに、キャスターさんは誰にも負けないの!!」
「ああ、すまんなのは。そういう意味で言ったんじゃ無いんだ。」
「そうねぇ、キャスターちゃんが居なかったら今頃どうなっていたかしら。」
家族をこの短期間に何度も救った蒼い呪術使い。身体や命のみならず、心も救った優しい英雄の姿を思い浮かべる。・・・まぁ、なのはに対してだけやたら頭がスプリングな感じで接する時もあるが・・・
「しかし、なのはの鈴で呼び出した・・・か・・・」
「そうだ、父さんはあの鈴の事知ってるんだよな?」
「そっか。キャスターさんの真名について何か知ってるのかな。」
未だ自分達に、真名を伝えていないキャスター。なのはの頭に付いた鈴が彼女の正体に繋がるかも知れないのなら、士郎が何か知ってる可能性があった。
「――いや、私も詳しい話は聞いていない。ただ・・・」
「ただ?」
「――時の帝に仕えていた方の物だと聞いていたんだ。」
「み、帝!?」
「と、とんでもない人だったのかな。」
「いえ、大したことは無いですよ。」
「にゃあ、いつの間に!?」
「たった今です。なのは様♪」
そのまま話は進み、尻尾が柔らかそうだとか、なのはとの関係が何処まで進んでるのとかいった話になり、なのはが目を擦り始めたところで宴はお開きとなった。
なのはを寝かしつけ、恭也と美由希が部屋に戻り、リビングには、士郎と片付けをする桃子とキャスターが残っていた。
「キャスターちゃん。ありがとうね。貴女のおかげで本当に助かっているわ。」
「うふふ。こちらこそありがとうございます。素性の分からない私をなのは様のお側に置いて下さって。」
片付けが、終わり椅子に座る二人に緑茶を注ぎ、自らも座る。
「改めてありがとうございます。キャスターさん。娘を助けて下さったばかりか、私まで死の淵から助けて下さり、なんとお礼を申していいのか・・・」
キャスターに頭を下げる士郎と桃子。その様子を受けてキャスターも頭を下げる。
「こちらこそありがとうございます。士郎さん。私がなのは様と供に居れるようにして下さり、部屋も与えて下さいました。」
それに、と顔を上げて士郎の目を見据えて、
「――私の真名に気付きながら、それを知らないふりして下さったこと――本当に感謝しております。」
リビングに時計の針の音がやけに大きく聞こえた。
桃子が驚いた様子で二人の顔を見る。
「・・・気付かれていましたか。」
「ええ、恐らくはあの鈴を手に入れた際に簡単な略歴を聞かれていたのでは?」
「はい、時の帝に仕え、寵愛を受けながらも追放され――討伐された貴人の物だと。」
湯呑みを手に取り喉を潤す士郎。何とも言えない緊張感が部屋を充たす。もし、自分の推論が正しければ――
「そして、貴女のその姿――狐の耳と尻尾を見て。また、貴女が私に使って下さった鏡の話を聞いて確信しました。」
「・・・そうでしたか。やはり、この耳と尻尾は隠した方がいいですね。」
――目の前で耳を伏せ、哀しげなこの女性は
「やはり貴女は、いや貴女様の真名は――」
その名前を士郎が口にし、桃子が驚く。その名は悪名として有名なのだから。
「そんな、キャスターちゃんが・・・」
「・・・申し訳ございません。」
改めて、高町夫妻は目の前キャスターを見る。とても信じられない。伝え聞くその逸話と目の前の女性の事が――そんな事をするようにはとても。
「申し訳ございません。出て行けと仰るのであれば出て行きます。ですがどうか、なのは様には――」
そこまで言ったキャスターの手を桃子が握り締める。驚くキャスターに桃子は。
「ううん。それでも貴女は、なのはを助けてくれたわ。例え貴女が何であろうと私達の新しい家族であることに変わり無いわ。」
「で、ですが!?ワタクシは!!」
「そうだ。それに私は貴女様に命を救って頂いたのです。何も出来ませんが、どうかここに居て下さいませんか?」
その言葉にキャスターは頭を下げ、
「ありがとう…ございます」
そう返す事しか出来なかった。
「本当に高町の方々は、好い人達ですね。」
庭に出たキャスターは、一人月を見上げながら呟く。
「なのは様に召喚されて、お父様をお救いして・・・何とかなのは様を待つ、悲しい運命は回避出来たでしょうか?」
月は蒼く輝き、夜風が髪と尾を揺らす。
「この先、なのは様を待ち受ける数多の試練と出合い。私がキャスターとなって喚ばれた事でどの様になるかは分かりませんが、ハッピーエンドを目指していいですよね。」
月下に狐耳の呪術使いは誓う。
「この特典スキルも、私の全ての力も使いなのは様を幸せな未来へとお連れします――例えなのは様に嫌われても、必ずや」
蒼い月は静かに輝きながら全てを見つめていた。
そして同じ月の下で、もう一人の少女の運命もまた回り始める。
「問おう。お嬢ちゃんがアタシのマスターかい?」
「――――――」
本来ならば、この世界に現れる事のなかった筈のサーヴァントという存在。
本来ならば出会う筈がなかった出合い。
偶然にも手にいれていた聖遺物。
そして、少女の願い。
「――はい。」
願いを叶えるための手段を手にした時。
もう一人の少女の物語が回り始める。
蒼い月は静かに全てを見つめていた。