北乃カムイのもにょもにょ異世界(仮)『消えた時計台を探せ』   作:カムラー

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 三日目の朝、透が西宮に電話をします。
 人見知りで男性に気後れする透が、なぜ西宮の携帯番号を知っていたのかというと、当然ですが連絡先を交換したからです。
 その経緯と言うのがこちらです。


幕間~携帯の謎

 二人が異世界に来た初日のことである。

 

 札教学園での面接を終え、建物の外に出た西宮は四月の寒さに首を縮め、コートの中に出来るだけ肌を隠した。そして、外で落ち合う約束をしていた人物を見つけ、身震いした。

 

 そこには、北海道の寒さならなんのそのと言わんばかりの腹出しファッション――北海道育成アイドル、北乃カムイちゃんがいた。

 

 西宮はカムイちゃんに「寒くないのか?」と聞こうとした口を、自ら考えついた答えに納得して閉じた――何とかは風邪をひかない。

 

 カムイちゃんは西宮に気づき、元気よく手を振る。彼はポケットから手を出すことも嫌がり、小走りで近づくことで答えた。

 

「西宮。西宮の携帯もこっちで使えるようにしてあげるもい」

 

「あ~そうだな。それじゃたのむぅうわあ~~!」

 

 ポケットから取り出した携帯をカムイちゃんに手渡そうとした西宮は、寸での所で上半身を大きく捻って回避した。

 

「どうしたニャ、いきなり奇声上げて?」

 

 小首を傾げて疑問符を浮かべるカムイちゃんには、今の西宮の姿がとても珍奇なものに見えただろう。その姿は……言うなれば、ボーリングの下手くそな投球フォームのようであった。

 

 緊急回避にカッコよさの要素は必要ないが、西宮の頬は若干朱に染まる。

 

「うるさいよ! それより、何を持ってんだよ!?」

 

 カムイちゃんは西宮に差し出している手とは逆の手を指さされ、そちらに目を落とす。そこには、専用の極細ドライバーが握られていた。

 

 カムイちゃんは今さら何を、と目をパチクリとさせ、

 

「私のファンの西宮なら知っているだろニャ、私の趣味を」

 

「趣味?」

 

「スマホいぢり」

 

「工学的な意味じゃないだろ!」

 

 しかし、西宮のツッコミも何のその、

 

「いいからさっさと渡すニャ。だ~いじょうぶ、ま~かせてニャ。私には自分のスマホでやった実績があるニャ」

 

「…………」

 

 西宮は催促するように手を突き出してくるカムイちゃんから視線を外し、どう言おうかと目頭に手をやる。答えはもう決まっている。考えているのは――『どう言えば彼女を言いくるめられるか』、だ。

 

 そしてゆっくりと手を外して、穏やかな表情をカムイちゃんに見せる。

 

「カムイ、無くしてはじめて大切なものだと気づくなんて愚かなことだとは思わないか? 無くしてしまったらもう二度と戻ってこないかもしれないんだ」

 

「確かにニャ。意地をはったり勢いで手放したりして後悔するっていうのは、青春物語でよくある話ニャ」

 

 上手いこと西宮の話に同意して、カムイちゃんは知ったような顔でうんうんと頷く。

 

「ああ、分かってくれるか……じゃ」

 

 と、爽やかな笑みを残し、カムイちゃんに背中を向けてダッシュを――

 

「どこ行くニャ」

 

 失敗した。カムイちゃんに後ろ襟を掴まれて、西宮は彼女から見えないことをいいことに、隠しもせず顔をしかめる。

 

「何で全力ダッシュで逃げようとするニャ」

 

 カムイちゃんの手を弾いて振り返り、

 

「当たり前だろ! 俺の携帯高校に上がるから新調したものだぞ! ド素人の魔の手に渡せるか!」

 

 婉曲な拒否は効果が無いと悟った西宮は、直球ど真ん中のストレートで訴える。

 

 が!

 

「ド素人とは失礼ニャ。今のところ一回やって一回成功している成功率一〇〇パーセントだニャ。安心するニャ」

 

 カムイちゃんはウインクと共に、軽々とピッチャー強襲の打球で撃ち返した。

 

 そんな開幕初打席でヒットを打って、十割バッターだと自慢するような自信では当然安心できるわけもなく、

 

「どうやって安心しろって言うんだよ。不安が止め処ないわ」

 

「心の中にダムでも作ってせき止めるニャ。ほら、いいから渡すニャ」

 

「届けよ、この俺の巨大な不安!」

 

 頑なに携帯を渡そうとしない西宮に、カムイちゃんはうろんげな視線を送る。だが、ハッと気づいて――

 

「ん? あ~、さては私が携帯を分解してあれこれやると思っているニャ?」

 

「違うのか?」

 

「全然違うニャ。これはちょっとしたポーズニャ。ほら、まずは形からってよく言うだろニャ」

 

 西宮は思わず頭を抱えて俯いた。「どんな形だ! せめて写実派で表現しろ! 攻め過ぎの前衛派気取りか!」と心の中で絶叫した。声に出さなかったのは、疲労が半端ないことになりそうだったからだ。今日は色々あり過ぎて、もうこれ以上疲れたくないのだ。

 

 そんなささやかで切実な思いを西宮がしているとは露知らず、カムイちゃんは専用ドライバーをバッグにしまう。

 

「最近の携帯は多機能だからニャ。普段は使っていない機能設定の所に色々な機能が眠っているニャ。それを設定したりアプリをダウンロードしたりするだけで済むニャ」

 

 そう言いながら、カムイちゃんは自分のスマホを取り出す。そして、見本を見せるために操作していく。

 

 頭を抱えていた西宮はこまかみを指で揉んで体を起こし、疲労をため息で吐き出す。そして、精神を安定させてカムイちゃんの隣からスマホを覗きこむ。

 

「……携帯の進化もそこまできてるのか」

 

「すごいよニャ~、自爆機能まであるから西宮も設定するかニャ?」

 

 カムイちゃんが見せてきた画面には、ドクロマークの爆弾が映っていた。

 

「するわけねえだろ!」

 

 カムイちゃんの隣にいて精神が安定するわけもない。無駄……というよりは、無意味な努力だ。

 

 声を荒げて拒否する西宮に、カムイちゃんは意外そうに声を上げる。

 

「え? しないのかニャ? 私はしているニャ。遠隔操作のボタン一つで自爆するようになっているニャ」

 

「何でだよ」

 

「…………万一紛失して誰かに拾われて中を見られたら、アイドル生命が終わるからニャ」

 

「……あれほどラジオで赤裸々なことをやっているカムイがそこまで恐れるなんて、どんな黒いデータが入ってんだよ」

 

 ……………………(とんぼ)。

 

「冗談、冗談に決まっているニャ。私のスマホには愛と勇気と希望と夢しか入ってないニャ。ニャハハハハハ」

 

 西宮はカムイちゃんの乾いた笑いに同調することはできなかった。なにが「ニャハハハハハ」だ。愛と勇気と希望と夢も草葉の陰で泣いているわ。

 

「さ、分かったら携帯を渡すニャ」

 

 今までのやり取りなどなかったかのように、再び手を差し出してくる。

 

「分かったから渡したくない」

 

 カムイちゃんの手を無視して、西宮は立ち去ろうと背中を見せ――

 

「とう」

 

「どぅわあああ~!」

 

 カムイちゃんが手に持つ札から、突風が放たれた。

 

 突然の強風に押され、西宮は冷たい地面を転がり倒れ伏した。地面にぶつけた膝やら腕やら手が痛みを主張する中、頭の方に仁王立つ存在に気づく。

 

「西宮は分かっていないニャ。バトルと隣り合わせのこの世界、連絡が取れるっていうのがどれだけ大切なことなのかを」

 

「……とりあえず、今道警と救急車に連絡できないことが悔やまれる」

 

 呻くように嫌味を言うが、

 

「ほら、事故が起こってから後悔しても遅いニャ」

 

「実行犯が何を言う!」

 

 西宮は高らかにツッコミながら、地面を手で押した勢いで立ち上がる。

 

「あ~も~! ハッキリ言うとだな、カムイに俺の携帯を渡したくないのはぶっ壊れる未来しか見えないからだよ! そういうオチの様式美がハッキリしてんだ!」

 

 さっきから渡したくないと態度で示しているというのに全然分かってくれないカムイちゃんに苛立って、ついに西宮はハッキリと口にした。

 

 するとカムイちゃんは頬を膨らませ、

 

「親切・丁寧・安心を未来のテーマとするカムイから、どこをどうしたらそんなオチが導き出されるのニャ」

 

「鋭意努力目標を現在の自信と能力として語ってるんじゃない!」

 

 カムイちゃんは深い、ふか~いため息を吐いた。これ見よがしのそれを見て、「なぜおまえが呆れたようなため息を吐く! むしろ俺が吐きてえよ!」と、西宮のこめかみの青筋が反応する。

 

「こうなったら仕方ない、力ずくでも渡してもらうニャ。連絡が取り合えなかったらこの先困るからニャ」

 

 カムイちゃんは西宮に向かって、構えを取る。

 

「……さっきの攻撃は力ずくにならないのか」

 

 と、西宮のツッコミが終わるか終わらないかのタイミングで、

 

「カムイちゃんアックスボンバー!」

 

 素早さは鋭さとなり、ギリギリで――奇跡的に――避けた西宮の頬をカムイちゃんの肘が裂いていった。

 

「何でアイドルがプロレス技!?」

 

 避け様にすぐさまツッコミを入れる西宮も、負けずにさすがと言えるだろう。

 

「知り合いのプロレスラーから護身用にちょっと教えてもらったんだニャ」

 

「あの人か!」

 

 西宮の脳内に、とある長寿ラジオ番組パーソナリティーレスラーの姿が浮かぶ。

 

「それを自分なりに改良して、出来上がったのが北海道四十八の殺人技ニャ」

 

「第一話で言ってたあれってホントにあったのか!?」

 

「隙あり!」

 

 思わず驚いてしまった西宮の精神的隙を金色の目で見抜いたカムイちゃんは、

 

「なっ」

 

 素早く西宮のバックを取った。そして――

 

「カムイちゃんスリーパーホールド!」

 

「かへっ」

 

 西宮の首に絡みついたカムイちゃんの細腕は、数秒で彼の意識を断った。あまりに鮮やかな技だった。それは静かに地面に沈む西宮が、抵抗一つできなかったことが物語る。

 

 カムイちゃんは腕のアームウォーマーで額を拭い、

 

「ふぅ~、手強い戦いだったニャ。さってと~、おっしごとお仕事ニャ~」

 

 西宮のポケットをまさぐって携帯をその手にした。

 

 

 寮で待っていた透に、意外に遅くなった経緯を説明した。

 

「と、言うわけで、そんなこともあり、無事に西宮の携帯もこっちで使用可能になったニャ~」

 

 説明された透は反応に困って、青い顔に微苦笑を浮かべていた。

 

 そんなコメントに窮している透に気づかず、カムイちゃんはアイドルスマイルで、

 

「ね? だいじょ~ぶい! だったろニャ?」

 

 ピースサインを西宮に向ける。

 

「ああ、あとはこの首の痛みが明日までにひいていればいいだけだな」

 

 西宮は喉のあたりを仏頂面でさする。そして、怒りつつも人知れず胸をなでおろす。異世界に来た初日に死ななくってよかった。しかも、その死因がファンであるアイドルの絞殺では何が何だか……まあ、マネージャーHのように、スイカ割りと称してバットで頭をかち割られるよりはマシかもしれない。

 

「た、大変でしたね」

 

「そうでもないニャ」

 

「まったくだ」

 

 透の言葉に返答した二人はそのまま動きを止め、視線だけをバチッと合わせた。

 

 二人の火花が見えた透の脳内で、危険を知らせるアラートが鳴り響く。

 

「……透はカムイをねぎらったのニャ」

 

「……透は俺の苦労をおもんばかったんだ」

 

「あ、あの……その……」

 

 透は二人の間で困ってあたふたとする。きっと二人は今からもう一戦やるつもりだ。間違いない。そうなったら止めるのは自分になる。ああ~、何でこうなってしまったのか。時を戻せるのなら数秒前に戻って自分の口を押えに行きたい。と、彼女は本気で思った。

 

 だが、透が心配するようなことは起きなかった。片方はともかく、片方は細かいことによく気づくタイプだったのだ、その鋭い眼光で。

 

「……今日は疲れたからもう行くわ」

 

 西宮は背筋を伸ばすように腕を上げてあくびを一つ。彼が作り出した弛緩した空気で、カムイちゃんも肩から力を抜く。

 

 急に終息した事態についていけず、透は放心したようにボーっと眺めているだけだった。

 

 西宮は頭をかきながら足を引きずって、滞在を許された寮の部屋へと向かう。疲れないよう努力していたが、足を上げる元気もないぐらい結局は疲労してしまった。これで初日だと言うのだから、これからを思うとさらに足が重くなる。

 

 カムイちゃんは軽く手を振って見送る。

 

「ま、ゆっくり休むニャ。私はこれから透と交友を深めておくからニャ」

 

 ピタリと、西宮の足が止まる。そして肩ごしに振り返り、透に視線をやる。

 

 透は西宮の目に見られ、肩をビクッと反応させて現実に戻ってきた。

 

「……透、大変だぞ。がんば――いや、諦めるか諦めるなよ」

 

「な、何をですか!? いえ、どっちですか!?」

 

 悲鳴じみた声を上げる透に、西宮は何も言わず、ただ売られていく子牛を寂しげに見送るような目だけを向ける。

 

「に、西宮さん。念のため連絡先交換しておきませんか? いえ、しておきましょう」

 

 原始的本能だろうか、それが透に行動を起こさせた。すなわち、携帯を持って西宮を引き留めたのだ。

 

「あ、私も私もニャ。みんなでするべしべ」

 

 こうして、意外にも透の方から連絡先の交換を願い出たのだった。




次回更新は金曜日の予定です。本編の続きの予定です。

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