北乃カムイのもにょもにょ異世界(仮)『消えた時計台を探せ』 作:カムラー
混乱した場からかなり離れたら、翡翠が抱えていたもにょもにょかむいの仲間が消えた。
「もしかしたら、向こうでも今頃全部消えてるかも……翡翠、いじけない」
「い、いじけてなどいない!」
寂しげな表情を見られた翡翠は、声を荒げて否定した。
「こっちにいたよ!」
先程の場にいなかった学生に見つかり、三人は再び逃げ出した。
が、
「しまった! ここは工事中だった」
逃げた道は校舎の工事のため立ち入りが制限されていた。
引き返そうにも、すでに数人の人で来た道を塞がれていた。
強行突破するしかないと判断した時、
「あらよっと」
上から降ってきた人が、三人に背中を向けて着地した。
「え?」
「だ、誰だ、貴様!」
着地して振り返った男子学生は、翡翠が構える棍にも怯まず、楽しそうな笑顔で手を振り、
「よっ。久しぶりもにょ蔵。また戻ってきたのか、おまえ?」
慣れた感じで話しかけた。
人懐っこい笑顔の男子は薄い赤色の短髪で、制服を着崩している。緊張感がない、独特な雰囲気をかもし出し、その雰囲気にあてられ、透と翡翠はポカンと呆けてしまった。
「もにょもにょ~!」
彼を見たもにょもにょかむいは、頭突きをするかのごとく彼の胸に頭から飛び込んだ。
「どふぅ!」
その衝撃に、彼の口から変な声が漏れた。
「え」
「カムイちゃん、その男と知り合いなのか?」
もにょもにょかむいを抱きとめた男は、呆けている二人に目をやる。
「お? もにょ蔵、おまえカムイって名前なのか? 随分とカッコイイ名前だったんだな」
「ま、まさか」
と、その時、震える声が道を塞いでいた学生達から聞こえた。
透達は男の出現に、追い込まれていたことをすっかり忘れて油断していた。が、そんな決定的な隙があったにも関わらず、学生達は襲って来なかった。彼らはまるで、とんでもないものを目にしたように、その場を一歩も動けないでいた。
その中の女子学生の一人が、震える指でもにょもにょかむいと一緒にいる男を指さす。
「か、会長!?」
その一言で、場は水を打ったように静まり返った。
「え? 会長って……もしかして……」
「生徒会長か!?」
「ばれちゃった」っと、男は舌を出して、
「楽しそうなことしてたから、出て来ちゃった」
「いや、出て来ちゃったって、おまえ…………本当に、生徒会長なのか?」
「疑うなよ~。北海道札教学園、第……何代かは覚えてないけど、生徒会長玄武院(げんぶいん) 利羅(りら)とは俺のことだ!」
名乗りを上げると、逃げ道を塞いでいた学生達は思い出した様に、
「まずい! 早く確保するんだ!」
「あの会長に逃げられたら、捕まえられるわけがない!」
一斉に向かってきた。
いきなりのことで対処が遅れた透達の前で、利羅が取り出したたくさんの札を両腕に抱える。
「ははは、諸君、さらばだ! 風車乱舞(ふうしゃらんぶ)!」
手元で発動した札によって起こった風が、利羅の持っていた札を全て飛ばした。
学生達の足は突風で止まり、飛んできた一枚の札が彼らの足元で爆発を起こした。舞い上がった土は突風に吹き飛ばされ、彼らの視界を奪った。
「落ち着け、怯むな! 全ての札が発動するわけじゃない!」
「姿勢を低くしてできるだけ体を小さくして! すぐに通り過ぎるから!」
利羅の手口を知っている上級生の指示に従い、全員がその通りにする。
確かに風はすぐにおさまった。それから身を起こしたが――
「き、消えた」
彼らの目の前には、先程までいた四人が一人もいなかった。
「これ、札じゃなくって紙だ!」
体にはりついていたのを取って確認した学生が声を上げると、みんな自分の体にあるものや地面にあるものを確認していく。すると、全部札のサイズに切った紙だった。
「最初の一枚以外はダミーって、せこっ!」
「まんまと引っかけられたわ! 相変わらず人を食ったような人ね!」
「くっそ~、探せ探せ! いくら会長とはいえ、あんな目立つモンスターを引きつれて逃げ続けられるわけない!」
コケにされた学生達は声を上げ、散開していった。
誰もいなくなったその場に、四人は地面から這い出てきた。
「よく気づかれなかったな」
翡翠は利羅が爆発させて作り、潜んでいた穴を見下ろして言う。
利羅が札を爆発させたのは、牽制と目つぶし以外にも、穴を作るための爆発音を誤魔化す意味もあった。
「確かにそうよね。距離があっても穴が開いているって見えたんじゃ……」
「そこはそれ、完成にこの札を縫い込んだ布をかぶせれば見た目は誤魔化せるのさ」
利羅は〝幻惑〟と〝大地〟の札を布からはがし、新しく〝幻惑〟だけセットしておく。
「一回ずつ札を交換しないといけないのが難点だけど」
布を折りたたんで、制服の裏に収納した。
「あ、あの……あ、ありがとうございました」
透は視線を合わせず、お礼とともに頭を下げる。
「お礼なんて別にいいって」
「どうして会長は私達を助けた? カムイちゃんとどういう関係なんだ?」
問いただしてくる翡翠の強い口調に、利羅はキョトンとする。
「カムイ……あ~、もにょ蔵ね。ずっともにょ蔵って呼んでたから何か慣れないな~」
ポムポムともにょもにょかむいの頭を叩き――叩かれているもにょもにょかむいは、じゃれるような笑顔で短い腕を頭に伸ばしている。
二人の気安い様子を見ながら、
「名前を知らなかったんですか?」
初対面の人に気後れした透が、おずおずとした様子で尋ねる。
「だってこいつ、何聞いても「もにょ」としか答えないんだもん」
納得して、透は苦笑しつつ頷いた。
「で、どういう関係なんだ」
「二年前の秋か。うちでちょっと飼ってた」
「か、飼ってただあ~!」
驚きの声を上げる翡翠と、声を失って驚く透を楽しそうに見ながら利羅は、
「さて、まあゆっくり話すため、絶対に見つからない場所に移動するか」
もにょもにょかむいの肩に手を回して歩き出す。
「そんな場所があるんですか!?」
ほぼ全ての学生が学園を探し回っている現在、そんな場所はないと二人は思っていただけに、利羅の言葉は意外過ぎた。
だが、彼は事もなげに、
「ああ、あるさ。俺を誰だと思ってるんだ? 高等部の生徒会長様だ、ぜ」
ウインク一つ飛ばして言い放った。
やってきた部屋にある座り心地の良さそうな椅子に、利羅は我が物顔で座る。
「ここなら絶対誰にも見つからない。楽にして好きな椅子を使ってくれ」
調子よく言う利羅だが、透は唖然としていて、翡翠は怒りマークを浮かべて体を震わせ、
「なわけあるか! ここは……生徒会室だろうが!」
声を荒げて文句を言う。
翡翠の言う通り、ここは高等部の生徒会室だった。現在は休日の朝八時半過ぎということもあって誰もいない。
「普通、生徒会長の行方を探そうと思ったら、真っ先に探しに来ると思うんですけど」
透は今にも誰かが入ってくるんじゃないかと、心配そうに入口をチラチラと見ている。広めの部屋とはいえ、押し入られてきたら応戦できるような広さはない。
「大丈夫だ」と手をパタパタとさせていた利羅の顔が、一瞬で変わる。
「しっ」
人差し指を立てて静かにさせ、目線を入口の方へやる。透も翡翠も緊張し、固唾を飲みこむ。すると、すぐに廊下を走りながら会話をする人の声が聞こえてきた。
「会長が現れたって本当か!?」
「新種のモンスターを新入生から奪い取ったとか何とか」
「新種のモンスターでぇすとな!」
「何でもいいわ! 久々に姿を見せたのが運の尽きよ!」
透は話を聞いて、生徒会のメンバーだと一発で分かった。あの人達なら間違いなく生徒会室に入ってくると思って青い顔をして利羅を見ると、彼は本気で楽しそうに声を殺して笑っていた。
「絶対に捕まえて椅子に縛りつけ、二度と逃亡できないようにしてあげるわ! 休日だろうが関係なく、溜まっている仕事を片付けてもらうんだから!」
声だけ聞いても、並々ならぬやる気を燃やしているのが分かる。
「目撃者の証言によると、また姿を消したらしいよ」
「どこに行ったんでしょうかねぃ~」
ついに、四人はこの部屋の前にまでやってきた。
「生徒会室」
透と翡翠の心臓が激しく鼓動した。
『……だけは、絶対にない!』
四人のセリフがピタリと一致した。
「手分けして探すわよ!」
『お~!』
そして、四人は気合いを入れて再び廊下を駆け出して行った。
四人の声が聞こえなくなった室内では、透と翡翠が大仰な肩すかしをくらってコケていた。
「何たる信頼感」
「恥じろ!」
眩しい太陽を見上げるように爽快な顔をしていた利羅に、翡翠が立ち上がりながら一喝した。
「しかし、副会長にSMの気があったとは、愛されるのも辛いな~」
「誰だ、こいつを会長に推した奴は」
利羅は翡翠に「辛辣だな~」と笑いながら返してから、
「君達は『札幌』の称号を持つ東屋 透と、『石狩』の称号を持つ南川 翡翠だろ? もにょ蔵……じゃなかった、カムイとはどこで出会ったんだ?」
三人の視線は部屋の隅でお茶菓子を見つけてパクついているもにょもにょかむいに向けられた。やけに静かだと思ったら、食べるのに夢中になっているようだ。
「どこって言うか……」
「カムイちゃんは北乃カムイっていう北海道育成アイドルなんです。普段はこの姿です」
と、透は携帯で撮ったカムイちゃんの写真を利羅に見せる。
「うそ! 美少女!?」
さすがの彼も、これには驚きの声を上げた。
「こんな写真いつ撮ったんだ、透?」
「えっと~、会った時に」
「……後で私の携帯にも送信しておいてくれ」
内緒話をする二人の横で、利羅は開いた口が塞がらず、
「だからもにょ蔵って名づけた時、やけに突っかかってきたのか」
納得したように呟いた。
透と翡翠は顔を見合わせて頷いた後、
「カムイちゃんを飼っていたって言ってたが」
翡翠が切り出した。
「その前に、勘違いするなよ。俺はカムイのこっちの姿しか知らない。だから、別に美少女を監禁していたとか、そんなんじゃないからな」
こっちと言って、利羅はお菓子を食べるもにょもにょかむいを指さす。
「分かっています」
「まあ、カムイちゃんがあれだけ懐いていた時点で疑ってはいない」
前置きを納得してもらってから、利羅は腕を組んで昔を思い出して語り始める。
「あれは二〇一三年のフィールド『大通公園』でのことだった。この姿のカムイは、モンスターに追いかけ回されていた」
『え?』
目を点にした二人に、利羅はパタパタと手を振る。
「いや~、あの時は笑った笑った。モンスターがモンスターに追いかけられて、泣きながら激走してるんだもん。それを見て何か気に入ってさ、助けてやったんだよ。そしたら懐いてきて、どうやらこっちの言葉も理解しているみたいだったから、資料館に黙ってフィールドから連れて来て、家で面倒見ることにしたんだ」
「む、無許可でモンスターらしき生物を……」
「細かいこと気にするなよ。で、数日一緒に楽しく暮らしてたんだけど、でかいスマホを見てため息つくわ、窓の外を見て黄昏(たそがれ)るわで、こりゃ何か地元世界に心残りがあるんだろうなって思ったんだ」
そして、一際明るい声で笑い飛ばしながら、
「だから、ちょ~っと命がけでフィールドの一丁目に行って、異世界のものを地元世界に戻すための噂のキューブを探したわけよ」
『い、一丁目ぇ~!』
透と翡翠は驚きの声を上げて、自然と利羅から距離を取った。二人はマジマジと彼を上から下まで見て、
「よく生きてたな」
「いや~、あの頃は俺も怖いもの知らずな上に、けっこう投げやりだったからさ。どうにでもなれって感じで、もうカムイのことしか考えてなかったんだよ。とは言っても、さすがに戦ってはいないぞ。隠れて逃げ回ってただけ」
「それでも凄すぎます」
二年前と言えば、利羅は今の二人と同じ高等部の一年生だったはずだ。称号持ちの二人でも、単独では七丁目までしかいけない。一丁目なんて、ありえない世界だ。
「でも、どこ探してもキューブがなかったんだ。もう諦めかけた時、いきなりカムイの目の前に現れたんだ」
「いきなり!?」
「そ、いきなり。あの時はビックリしたわ。で、これで帰れるぞってなったんだけど、なんかカムイは帰るのを躊躇(ためら)ったんだよ。むしろ、帰りたくないって感じだったのかな。言葉が分からなかったからいまいち分からなかったんだけど」
それはしょうがないっと、二人はもにょもにょかむいののん気にお菓子を食べる後ろ姿を見ながら思った。
「でも、そのキューブから声が聞こえて来たんだよ。誰かの名前を呼んで探す多くの人の声が。今日分かったんだけど、その名前が『カムイ』つまりはもにょ蔵のことだったんだな。それであれこれ……まあ、ちょっとした話をしたら、カムイは帰る決心をしたみたいだった。お土産に持ってた札を渡して、さよならしたわけ」
話は終わりと、手を開いてみせた。
「そうだったんですか」
シンと静まり返りそうになったが、利羅は目線をやったもにょもにょかむいが食べているものに気付き、
「あああ~!」
悲痛な声を上げて、もにょもにょかむいの手を止めようと飛びかかったが遅く、最後の一個が彼女の口の中に消えた。
「あ~! なぜか常備されている俺の好物、六花亭のバターサンドがぁ~」
ガックリと膝をつく利羅の前で、もにょもにょかむいは買い置きしていたお菓子全てを食べ、ケプっと満足そうにお腹をさする。
「そう言えば、朝ごはんも食べずに逃げ回っていたのよね」
「そうだったのか。私はしっかりと家で食べて来たぞ」
自分も朝食を食べていないことを思い出し、透は気にしたようにお腹をさすった。
日頃生徒会室に顔を出すことがない利羅の好物がなぜ買い置きされていたのか、そこを気にする人はいなかった。
その後は、みんな生徒会室でジッとしていた。利羅の言う通り、本当に誰も生徒会室を探しに来なかった。
好物を全て食べられた利羅は、ブスッと不機嫌な顔で、ヒマ潰しに自分の机に溜まっていた書類を消化させていく。
もにょもにょかむいはスマホいぢりで、透はお茶を飲んで空腹を誤魔化していて、翡翠は飽きることなくもにょもにょかむいを眺めていた。
「……透、あいつから何か連絡はあったか?」
「うん。少し前に水を汲んだから戻るってメールが来たわ。タイミングが良かったみたい」
「もにょもにょ」
「そうか。それなら何とかなりそうだな」
透から西宮の現在状況を聞き、もにょもにょかむいと翡翠は体から力を抜いて喜んだ。
ザッと仕事を終わらせた利羅が、腕を大きく伸ばした時にはもう九時半近くになっていた。
「お、もう一時間経ったか。そろそろみんな姿が見えないから諦め始めたかな~っと」
言いながら、外の様子を見ようと窓へ向かう。
「も、もにょ~!」
その時、スマホをいじっていたカムイちゃんが一際大きな声を上げた。
「ど、どうしたカムイちゃん」
「もにょもにょもにょ!」
もにょもにょかむいは、近づいてきた透と翡翠にスマホの画面を見せる。
ニュースの画面には――
「おい、ちょっと来い」
窓から外を見ていた利羅が、マジメなトーンで三人を手招きして呼ぶ。
その声の雰囲気で二人の視線はスマホ画面から利羅の方へ向けられる。
「どうした?」
「……もしかして、誰かに見られちゃったんですか?」
利羅の方へ向かう二人を引き留めようと、もにょもにょかむいは慌てて服を引っ張ったり、スマホを見せようと前に回ったりするが、二人はスマホの方を向いてくれない。
「もにょ~!」
「いや……」
利羅は場所を譲り、二人は窓から外の様子を眺める。
「かなりやばいかも」
外にいた学生数人が、襲い掛かってくるモンスターと戦っていた。
『ええ~(もにょ~)!』
窓から見える範囲でも、モンスターは一体だけでなく、何体も何種類もいた。
「ほら、窓から離れろ」
利羅は三人を窓から引きはがして、閉める。
「ど、どうなっているんだ!?」
「もにょ!」
もにょもにょかむいは頭上にスマホをかかげ、翡翠の目前に持っていく。そうしてようやく、翡翠はニュースの画面を見た。
「なっ!」
ニュースの画面には、『サッポロの中央区でモンスターが多数出現』という記事があった。
「何だこれは!」
「ど、どうしたの?」
透も翡翠の隣にいってスマホを覗きこみ、ニュースを確認して息をのんだ。
「今から聞くからちょっと静かにしててくれ」
利羅は携帯を取り出し、相手が出るのを待つ。
「あ、副会長? 俺、お――」
そこで利羅は携帯を耳から遠ざけた。三人にも聞こえるほどの怒声が、電話口から聞こえた。
「はいはい、今どこにいるかとか聞くのは無し。まあ、愛しい俺に会いたいって気持ちは分からないでもないけど」
また利羅は携帯を耳から遠ざけた。「そんな軟弱なやり取りしている場合じゃないだろ」っと、睨む翡翠の方にも手をパタパタさせて落ち着かせ、
「で、何でサッポロや学園にモンスターがいるんだ?」
そこからのやり取りは真剣なもので、向こうからの答えに頷き返している。
「……分かった、サンキュー」
聞きたいことを終えると、利羅は一方的に電話を切る。切った後も電話が震えていたが、彼は何でも無いように電源を切る。
「おい、いいのか?」
「いいのいいの。これもコミュニケーションだから」
事も無げに笑ってそう答えるが、透は綺麗な先輩が携帯を持ったまま静かに怒っている姿がアリアリと想像できた。
「学園の方だけど、ついさっき、クラーク会館の前の道に消失していた時計台が出現したらしい」
語り出した内容が内容だけあり、透と翡翠は脳内で理解するのに数秒かかったが、
「もにょ! もにょもにょもにょもにょ!?」
いち早く理解したと思われるもにょもにょかむいが、大声を上げて利羅に詰め寄る。
「おいおい、どうした?」
「カムイちゃんどうしたの? 落ち着いて」
興奮するもにょもにょかむいを透が利羅から引きはがす。透に掴まれながらも、もにょもにょかむいは「もにょ~!」と奇声を上げ続ける。しかし、何を訴えたいのか分からず、みんな困ったように疑問符を頭上に浮かべる。
「それより、時計台がそんなところに……どうしてだ?」
聞かれて、利羅は首を横に振る。
「分からないな。本当に急に現れたらしい。しかも、外のモンスターはその時計台から出てきたらしい」
「時計台から? 時計台にモンスターなんて棲みついていないだろ」
「だが、出てきたんだ。それ以上は分からない。生徒会のメンバーはモンスターの撃退より、中等部の生徒や戦い慣れていない生徒の避難を助けているみたいだ。サッポロの方は知らないようだけど、道警が当たっているみたいだ」
「もにょもにょ!」
「カムイちゃん、危ないから! 外に出るのもそこから出るのも危ないから!」
透は必死になって、窓から外に飛び出していこうとするもにょもにょかむいを止めている。
開けられた窓からは、戦闘の音がここまで聞こえてきた。
「仕方ない、私もモンスターを倒しに行ってくる」
背中から棍を取り出し、生徒会室を出て行こうとする翡翠を、
「待て、おまえはここにいてカムイを守ってろ。外へは俺が行く」
「人手は多い方がいいだろ! 二人で行くぞ!」
「ダメだ、おまえは残れ」
「何故だ!」
急ごうとするのに止める利羅に、翡翠は苛立って語気を強める。
「おまえも先生から頼まれていることがあるだろ。今はそっちを優先させろ」
そう言われて気づかされた翡翠は、窓を出て行こうとするもにょもにょかむいと、それを必死に引き留めている透の方を見る。
「外へは俺が行く。俺が頼まれていたことは昨日で終わったからな」
「え?」という表情を見せた翡翠には答えず、利羅は生徒会室を出て行こうとした。
が、その足は――透の携帯の着信音で止められた。
透はもにょもにょかむいを捕まえつつ、器用に電話を取り――
「あ、クリュー先生? 今ですか?」
応対する透の声を聞き、利羅は弾かれたように彼女に手を伸ばす。
「言うな!」
が、透の口は止まらなかった。
「今は、生徒会室にいます」
『そうですか。そんな所にいましたか』
突如、生徒会室の窓ガラスが強風で割れ、激しい旋風が部屋をかき回した。
暴風で吹き飛ばされ、床に叩きつけられた透は、体の上に散らばったガラスの破片を落としながら顔を上げ、窓の方を見やった。
「さて、その異世界と繋がることができるモンスターを渡してもらいましょうか」
窓の外には、札を幾枚もはったキューブを手にしたクリューが、札をはられた巨鳥のモンスターに乗っていた。
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