北乃カムイのもにょもにょ異世界(仮)『消えた時計台を探せ』   作:カムラー

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カムイちゃん本領発揮

 カムイちゃん達が異世界に来て三日目の朝、西宮は携帯の呼び出し音で起こされた。

 

 ベッドの中から手を伸ばして携帯を掴み、寝ぼけ眼で見ると、まだ七時を少し過ぎたぐらいで透からだった。

 

「ふぁ~い」

 

 寝ぼけた声で電話に出る。

 

『に、西宮さん! 大変なんです!』

 

 何やら切羽詰まったような声だったが、西宮の頭は働いておらず、

 

「大変って……ふわぁにが?」

 

 欠伸混じりに聞き返す。

 

『カムイちゃんがいなくなっているんです!』

 

「……トイレとかじゃないの?」

 

『いえ、あの……カムイちゃんのベッドに、見慣れないモンスターがいるんです! もしかして、カムイちゃんはこのモンスターに』

 

「モンスターって…………」

 

 西宮の頭が透の言葉を理解するのに数秒かかったが、分かった瞬間彼は布団をはねのけて起き上がる。

 

「え? どっから入って来たんだそいつ!?」

 

『分かりません! 今はなんか、カムイちゃんのベッドで満足そうに寝ていますけど』

 

 透の言葉を聞いて、西宮の頭に「もしかして」の可能性が浮かぶ。

 

「……………………部屋に散らかった形跡や外から入ってきた形跡はあるか?」

 

 西宮に聞かれ、電話の向こうで透が部屋をザッと確認する時間が流れる。

 

『…………いえ、特に』

 

 それを聞いて、西宮は寝癖のついた頭をかく。

 

「そのモンスター、ピンクでマトリョーシカみたいな体型していて、はなちょうちんでも膨らませてのん気そうに寝ているんだろ?」

 

『そうです! 何で分かるんですか!?』

 

 言ったことがピタリと当たっていて、透は驚き混じりの返事をする。

 

 西宮はベッドに寝なおして、はねのけた布団をかぶり直す。

 

「叩き起こして羊蹄山の水をぶっかけろ。それがもにょもにょかむいだ」

 

『え? これがあの』

 

 西宮はピッと携帯を切って、惰眠をむさぼろうと目を閉じる。

 

 が、数分後に再び電話がかかってきて邪魔をされた。

 

 電話の相手はまた透だった。

 

「今度は何?」

 

『あの……部屋に来てくれませんか』

 

 先程のように慌てた様子はなかったが、先程より深刻そうな声色だった。

 

「こんな時間に女子の部屋に入れないって。何か問題でもあったのか?」

 

『それがその~、羊蹄山のお水がないらしいです』

 

「なに~!」

 

 西宮は文字通り飛び起きた。

 

 今日もまた、大変な一日になりそうだった。

 

 

 西宮は私服に着替えて部屋を飛び出し、人目がないのを確かめてカムイちゃんの部屋のドアを叩く。

 

 すぐにドアが開けられ、西宮は滑り込むように室内に入る。

 

「もにょもにょもにょ~!」

 

 涙をちょちょぎらせながら西宮に突進してきたもにょもにょかむいは、通路の狭さに腕が引っかかり、反動でゴロンと仰向けにひっくり返った。

 

 それを見て西宮は顔を片手で覆って、朝から疲労たっぷりのため息をはいた。彼は顔から手を離し、ドアを開けてくれた透に、

 

「透、おはよう。で、昨日カムイは行者ニンニク食べたのか?」

 

 西宮の鋭い目に見下ろされて聞かれ、透は彼から視線を外す。

 

「えっと~……たぶん。昨夜は何か随分と張り切っていましたから、精のつくものをたくさん食べていました」

 

「たくさんか……じゃ自然に戻ることはないかもな」

 

 話ながら二人は部屋の奥に行き、

 

「仕方ない。俺が羊蹄山まで行って水を取ってくる。水汲み場まで行って帰って来るとなると朝だからな~……タイミングが良ければ十時ぐらいで、悪ければ十二時ぐらいだな」

 

「カムイちゃんを連れていくのはどうです?」

 

「それは無理だろ。だって――」

 

 と、ドアがノックされた。

 

 西宮はすぐさま口を閉じ、透にも視線で無言を求める。彼の意をくみ取った透は静かにコクンと頷き――

 

 もにょもにょかむいはドアを開けようとノブに手をかけた。

 

「開けようとしてるんじゃない!」

 

 後ろから蹴りでツッコミを入れたら、もにょもにょかむいはドベッという音を立ててドアにぶつかった。

 

「おまえは本当にパーか! 少しは考えろ! 透でさえ今のおまえの姿を見てモンスターだと思ったんだぞ! 普通の人が見たら、札を投げつけてくるかもしれないだろうが!」

 

「もにょ!」

 

 西宮の発言を聞いてようやく理解したもにょもにょかむいは、怖さで体を震わせる。

 

「に、西宮さん、こ、声が」

 

 透の指摘でハッと気づいて口元を手で塞ぐが、

 

「早朝のアイドルの部屋から男の声が、これは特ダネの予感!」

 

 部屋の外から聞こえてきたのは、新聞部の朝日の声だった。

 

 マズイっと思って鍵をかけようとドアに手を伸ばすが、それより早く朝日がドアを開けてしまった。

 

 一瞬、全員の動きが止まった。

 

 そして、最初に素早い動きを見せたのは、

 

「特ダネ!」

 

 もにょもにょかむいの姿を目にした朝日だった。新聞部の本能なのか、驚くとかいう感情よりも早く、記事のために危険などを考えずに体が動き、部屋へ入った。

 

 もにょもにょかむいはポケットの中に手を入れる朝日を見て、西宮が言っていた「札を投げつけてくる」というのを思い出し、

 

「もにょ~!」

 

 悲鳴を上げて逃げ、ドアとは逆にある窓から――多少体が引っかかったが、無理やり体を抜いて――外へ出た。

 

 ポケットからスマホを取り出し、カメラ機能で撮影しようとしていた朝日は窓を開けて身を乗り出し、下を走って行くもにょもにょかむいを確認する。

 

「逃がすか~!」

 

 すぐさまドアへと引き返し、電話をかけながら出て行く。

 

「部長、新種のモンスターっぽいものを見つけました! すぐに寮の周りに人を集めてください!」

 

 大声を出して廊下を走っていく朝日の姿は、寮内の生徒の視線を集めた。

 

「どうしてあいつはこう騒ぎを面倒事に発展させるんだあぁ!」

 

「ど、どうするんですか、西宮さん!?」

 

 目の前で騒ぎが広まっていく様を見て、西宮と透はドアの所で慌てふためく。

 

「俺は急いで水を汲んでくる! カムイの方は透に任せる!」

 

「わ、私、一人でですか!?」

 

「翡翠にも連絡して二人で何とかしてくれ! もう俺にもどうなるか全く分からないから、臨機応変に頼む!」

 

 口早に言い、走り出して行きそうな西宮の服を透はすかさず掴む。

 

「って、丸投げする気ですか!? どうやって翡翠に説明すればいいんですか!?」

 

 自分一人に押し付けられたくない思いから、透は西宮の目を恐れずに涙目でシッカリと見る。

 

「説得も納得も無理だ! 友人という理由だけで協力させろ! 何か言うようだったら『北乃家だから!』で押し通せ! それに誰かが羊蹄山に行かないといけないだろ。力のない俺が騒ぎの渦中に飛び込んだって力になるわけない。適材適所だ!」

 

 西宮の発言に、透は言葉を詰まらせる。

 

 確かに役割を逆にしたら、もにょもにょかむいを守りきれるとは思えない。

 

「は、早く帰ってきてくださいね」

 

 涙目で見上げられ、西宮は思わず頬が熱くなった。

 

「そっちも頼む」

 

 西宮は改めて走り出し、透は携帯を取り出して翡翠に電話をかけた。

 

 

「カムイちゃんは行者ニンニクを食べるともにょもにょかむいに変化(へんげ)しちゃうの。それは北乃家に生まれた選ばれし者だからなんだけど、その姿はパッと見モンスターなの。その姿を目撃されて、今追われている真っ最中なの!」

 

 透の説明を聞いた翡翠は、ポカンとした顔を見せた。

 

 電話で呼び出され、寮の玄関で待っていた透に話しかけたら、朝の挨拶も無しに言われたのが今の説明だ。

 

「……朝から呼び出されたと思ったら訳の分からないことを」

 

「とにかく協力して、お願い!」

 

 西宮の言う通り説明を諦めた透は、精一杯の気持ちで頼み込んだ。両手を合わせる彼女に翡翠は嘆息し、

 

「まあ、弟と妹の朝食は作ってきたし……」

 

「え?」

 

 ボソボソとした声でよく聞こえず、聞き返す。

 

 はたと気づいて翡翠は誤魔化すような咳払いを一つして、

 

「ゴホン! ああ朝練のノルマはやってきたからな。まあ、手伝ってやる」

 

「ホントに!? ありがとう!」

 

 協力を得られて、透は満面の笑顔で翡翠の両手を握る。

 

「とにかく、まずは他の人よりも早くもにょもにょかむいちゃん……あ、カムイちゃんのことね。を保護しないと」

 

「分からんが分かった」

 

 透と翡翠はすぐにもにょもにょかむいを探すために走り出した。

 

 寮の外ではすでに朝日が招集した新聞部の面々が捜索を始めていて、さらに騒ぎを聞きつけた学生達も加わっている。

 

「いいか! 新種と思われるモンスターは自在に身体の形を変えることができ、狭い隙間も通ることができるらしい! どんな狭い場所も見落とさずにいけ!」

 

「俺が聞いた話だと、頭に角のようなものがあり、牙を持つ巨体を揺らすモンスターだとか」

 

「近頃噂になっている秘密組織ほくほく組の秘密兵器だって、俺は聞いたけど」

 

「三丁目のポチョムキン博士が生け捕りなら数百万の値をつけるとか」

 

「マジか!」

 

 どうやらかなり情報が錯綜しているようだ。

 

「本格的に訳が分からん」

 

 周りの話を聞き、翡翠はさらに頭を混乱させた。

 

 しかし、透は冷静に周囲を見て、寮の周りを探す人の多さから判断して、寮の近辺にはいないと決めた。ついて来るだけの翡翠と一緒にスポーツトレーニングセンターあたりを通り過ぎた所で、

 

「も、もにょ~」

 

 オズオズとした声が建物の影から聞こえ、足を止めた。

 

 二人が立ち止まってそちらに目をやると、ひょこっともにょもにょかむいが顔を出した。

 

「カムイちゃん!」

 

「…………」

 

 喜びの声を上げる透よりも早く翡翠がもにょもにょかむいに近づき、そのまま自然の動作で抱きつき、

 

「ふむ」

 

 吟味するように、抱きながら難しそうな顔をしていた。

 

 もにょもにょかむいはいきなりの力強いハグに、腕をバタバタとさせる。

 

「翡翠、そんなに気にいった?」

 

 透の言葉で自分が何をやっているのか気づいた翡翠は、何事もなかったかのようにもにょもにょかむいから離れ、

 

「……で、これからどうするか」

 

 普通に会話を始めてきた――若干頬が照れで赤くなっているが。

 

「周りに人が多いから下手に動かない方がいいと思うの。目的地を決めてから動いた方がいいかも」

 

「そうだな…………しかし、本当にコレが……変化したカムイちゃんなのか? 本当に見た目は見たこともないモンスターだな」

 

 翡翠はポムポムともにょもにょかむいの頭を軽く叩く。

 

「新種のモンスターを発見すれば名前が残るし、もしそのモンスターに未発見の物質や特異な素材があれば大発見だ。あとは……そうだな……食べて美味かったら大人気だろう」

 

「もにょ~!」

 

 もにょもにょかむいは(おそらく)頬あたりを手で押さえて、絶叫する。

 

「翡翠」

 

 透にたしなめられ、翡翠は喉の奥で笑う。

 

「悪い、冗談だ。モンスターをまず食べてみようって考えられていたのはもう随分と昔だ。安心しろ」

 

 もにょもにょかむいは安堵のため息を吐いた。

 

 そして、冗談は終わりとばかりに、透と翡翠は真剣な顔を見せる。

 

「で、どうやったらカムイちゃんに戻るんだ?」

 

「羊蹄山の水が必要なんだけど、今手元にはないから西宮さんが取りに行ってるわ。早くて十時ぐらいで、遅かったら十二時ぐらいになるかもって」

 

「十二時…………どこかいい隠れ場所でもあればいいんだが」

 

「みんなが探し回っているから、そんな都合のいい場所なんてないかも……」

 

「確かにな。この調子だと、みんな今日はフィールドに行くよりこっちを優先するだろう」

 

 良案が思い浮かばず、しばし黙考する。

 

 と、その時透の携帯が音を立てた。

 

「あいつからか?」

 

 携帯を確認する透に聞くと、彼女は首を横に振る。

 

「ううん、クリュー先生。休日だけど今日もカムイちゃん達のことをお願いしますってメール。行く所や今日の予定で決まっていることがあったら、連絡くださいって…………クリュー先生に相談してみようか?」

 

「もにょもにょもにょもにょ!」

 

 返信しようとする透の手をもにょもにょかむいは押さえ、ぶんぶんと体ごと首を横に振る。

 

「ど、どうしたのカムイちゃん? 何でそんなにダメって言うの?」

 

「逃亡しながら説明しているヒマがないからだろ」

 

「あ、そっか」

 

「見つけた! こっちにいたぞ!」

 

 声が上がった方を見れば、一人の男子学生が三人を指さして叫んでいた。

 

「くっ、もう見つかったか。カムイちゃんはピンクで目立つからな」

 

 翡翠が札を取り出して使おうとした瞬間、

 

「もにょ!」

 

 キラーンと目を光らせたもにょもにょかむいは、身軽な動きで高く跳躍し、

 

「な、なんとぉ?!」

 

 男子学生は驚きの悲鳴を上げて、上空から迫るピンクの物体に恐れの視線を向ける。

 

 ――シャッと何かが閃き、もにょもにょかむいは男子学生とすれ違って着地する。

 

「……うっ」

 

 短い呻き声を残し、顔にひっかき傷がついた男子学生は倒れた。

 

「もにょ」

 

 着地した姿勢のまま、もにょもにょかむいは透達に見せつけるように右腕を動かす。

 

「そ、それは、ベアクロー」

 

「そんなのもあるんだ」

 

 もにょもにょかむいの右手に装着していたのは、翡翠が言う通りベアクローだった……残念ながら西宮がいないため、ツッコミは不在だ。

 

 もにょもにょかむいは得意気に二人のもとに戻って来るが、すでに男子学生が上げた情報は他に届いていた。

 

 ドタバタと駆けてくる多くの学生達は三人を見て、

 

「称号持ち二人が捕まえているぞ!」

 

「なに~! 人を集めて奪い取れ! 新種発見の栄誉を何としてでも手に入れるぞ!」

 

 透と翡翠が捕まえたと勘違いして、更なる増援を予想させる声を上げた。

 

 三人はすぐさまこの場を離れようと、建物を回って野球場へと抜けようとする。が、その前に回り込んできた学生が立ち塞がる。

 

「キィヤッハッハッハ! 賞金は俺達のものだぜぇ!」

 

「命が惜しかったらソイツを置いてけやあ!」

 

 鋲のついたジャケットを着たモヒカンの男達が札を構えて言い放ったが、次の瞬間には翡翠が背中から取り出した伸縮式の棍の一撃をみぞおちに喰らって倒れ伏した。

 

「学園にあんな世紀末男達いたか?」

 

「色んな趣味の人がいるから……」

 

「もにょ」

 

 もにょもにょかむいは、興味深そうに翡翠が手にしている棍を眺めている。その視線に気づき、

 

「ああ、これか? 私は武身強化(クロエゾ)が得意なんだ。私のフィーリングにあったのが棍だったから、常に持ち歩いている。普段はあまり使わないんだが……容赦しなくていい相手には使う」

 

 説明を終えて棍を背中にしまい、翡翠は後ろから迫ってくる学生達を一瞥する。そのあまりの数を見て、

 

「二人とも、舌を噛むなよ!」

 

 二人を両脇に抱えた翡翠が、札で強化した跳躍を見せた。

 

「なっ!」

 

「た、高い!」

 

 追手が思わず足を止めて見上げるほどの跳躍中に、

 

「透、やれ!」

 

 空中で透に指示を出す。

 

「いいの?」

 

「いいに決まっているだろ! 札教に通っていて怪我程度でグチグチ言うような軟弱な奴は、私が許さん!」

 

 翡翠の言葉に背中を押され、透はマントの中から取り出した札を発動させた。

 

 雨のごとく降る攻撃に学生達は混乱した。そして、攻撃が地面に当たった衝撃で上がる土煙を背後に三人は着地し、再び走り出す。

 

 土煙が晴れて比較的無事だった学生は、

 

「だ、大丈夫か!?」

 

 倒れている人達を介抱する。

 

「あの二人、本気よ」

 

「よし分かった。遠慮は無用だってことだな!」

 

 追いかける学生達の熱意に、更なる火が灯った。

 

 

 三人が通った道には、挑みかかって敗れた学生達が点々と転がっていた。新入生ながらさすがは称号持ち。その称号は伊達ではなく、上級生ですら敗者の中にいた。

 

 だが、さすがに追ってくる数が多すぎたため、ついに三人は周辺を取り囲まれた。

 

 足が止まることや体力のこと、札の枚数のことを考えて、できる限り相手をしないようにしてきたが、取り囲まれた時には透も翡翠も息が上がって肩で呼吸していた。

 

「ついに、追い詰めたぜ」

 

 周囲を囲む学生達は一定の距離を保って三人を囲んでいる。誰も彼もがもにょもにょかむいに狙いを定めている。

 

「今素直に引き渡すんなら、おまえらにも分け前をやるぜ」

 

「ふ、下手な交渉だ。私達に勝つ自信がないのが見え見えだぞ」

 

 翡翠は疲れを隠して笑って棍を構えるが、それが強がりだというのは誰の目にも明らかだ。彼女は周囲に睨みをきかせ、もにょもにょかむいを背中に隠して透と挟んでいる。

 

 一番に声を出した人を押しやって、一人の男子学生が一歩前に進み出る。

 

「一番に捕獲したんだ、独り占めしたいって気持ちはわかる。だが、意地を張り通して奪われたら何にもならないだろ? 我が新聞部と栄誉を山分けといこうじゃないか」

 

 そう口説きにかかる彼の肩に手が置かれる。

 

「ちょっと待て、抜け駆けすんなよ。うちだって新種発見の報酬を狙ってんだ」

 

「生物部に譲ってもらおう! 新種を発見したとなると箔がつく!」

 

「新しいトレーニング器具導入のため、陸上部がもらうわ!」

 

「シャケ研究同好会が部に昇格するため!」

 

 周囲を囲んではいるが、意思の統一はできていないようだ。

 

「ハァ……二人相手に徒党を組むような軟弱な奴らに金の亡者扱いされるのは、腹が立つな」

 

「金の亡者……フゥ~、あの人達にだけはそう思われたくないわね」

 

「もにょもにょ!」

 

 その時、もにょもにょかむいは颯爽と跳び上がり、二人の間から抜け出す。

 

「か、カムイちゃん! 危ないぞ、前に出るな!」

 

 と、翡翠の心配する声もよそに、もにょもにょかむいは学生達の前にその身をさらす。

 

 それを見た学生達は醜い争いを止め、目の色を変えてターゲットを見定める。そして、早い者勝ちだとばかりに囲みを崩して襲い掛かってくる。

 

 雪崩かかってくる相手に対し、翡翠は棍を構え直し、透は懐から札を取り出して手の中で広げる。

 

 まさに激突するという瞬間、もにょもにょかむいはバッと短い腕を上げ、

 

「にょ~! もにょ、もにょもにょもにょ~~!」

 

 はるか遠くまで響く、悲鳴のような雄叫びを上げる。通りが良いその声に驚き、周囲の人のみならず、透と翡翠までも動きを止め、茫然ともにょもにょかむいを見てしまう。

 

 響き渡った声が空に消えた時、突拍子もなくもにょもにょかむいの頭上の空がひび割れ、そのひびが音を立てて割れた!

 

『もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ、もにょ』

 

 そこから、大小様々なもにょもにょかむいと似た生物が降ってきた。

 

『どひゃ~~!!』

 

 その場にいる全ての人が驚愕の声を上げ、頭を抱えて何が何だか分からず混乱して慌てふためく。

 

「どどどどど、どういうことだあぁ~!」

 

 降ってきたのがポコッと頭に当たった透は、思い出してハッとする。

 

「! そう言えば、もにょもにょかむいちゃんには仲間がいるとかいないとか」

 

「そ、そうなのか!? だからってどっから……」

 

 手のひらサイズのを選んで抱えていた翡翠は透と顔を見合わせて、同時に頭上を振り仰いだ。

 

『まさか、異世界から!?』

 

 開いた空間は、真っ暗で何も見えなかった。

 

「もにょ!」

 

 呆けている二人の服を引っ張るのが一匹? 一人? いた。

 

 透はたぶんカムイちゃんが変化したもにょもにょかむいだと思い、

 

「今の内って言いたいのかな?」

 

 確かに周囲は今、次々と現れるのに混乱しっぱなしだ。

 

 あの新聞部ですら混乱して、

 

「ど、どうしましょうか、部長!?」

 

「とりあえず全部捕まえ――おおぉあああ!」

 

 一匹は山の様に大きかった。

 

 三人は混乱に乗じて、囲みの体をなしてない囲みを突破し、逃げのびた。

 

「……何の祭りかと思ったら」

 

 騒ぎに駆けつけてきた男子学生は、足にぶつかってきたのを掴み上げ、ムニムニと手の中で可愛がる。

 

「面白そうなことしてるな~」

 

 薄い赤色の短髪を手でかき、遠くを逃げる三人の背中を見つけ、口の端を上げて笑った。




次回は金曜日に更新予定です。

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