北乃カムイのもにょもにょ異世界(仮)『消えた時計台を探せ』   作:カムラー

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待ち伏せ

 カムイちゃんは唸ってからゆっくりと目を開けた。

 

「カムイちゃん、目が覚めましたか?」

 

 寝ているベッドの隣に、丸椅子に座る透がいた。

 

 上体を起こしたカムイちゃんが白い部屋を見回すと、三つあるベッドの内、二つは自分と西宮が使っていて、一つは空いていた。

 

「ここは学園内にある病院です。先生が言うには二人とも大した怪我じゃなく、西宮さんも頭を少し切っただけでした」

 

「そっか……あ~疲れたニャ~」

 

 ホッと安心して、カムイちゃんはベッドに寝なおす。

 

 西宮はまだ意識を取り戻してないようで、静かなものだった。

 

「カムイちゃんは何であんな所に? トイレに行ったんじゃないんですか?」

 

「ちょっとニャ。それより、フィールド以外でもモンスターって出てくるのかニャ?」

 

 カムイちゃんに聞かれ、透は表情を曇らせる。

 

「無い話ではありませんけど、年に一回あるかないかです」

 

 その答えに「ふぅ~ん」と答えながら、カムイちゃんは前髪あたりを指でポリポリとかく。

 

「大丈夫ですか、北乃さん」

 

「ニャ、クリュー先生」

 

 クリュー先生が病室に入ってきて、カムイちゃんを心配そうに見る。

 

「途中からですが、経緯は見ていました。災難でしたね。こういったことがないように東屋さんにあなた達を見ておくように頼んでいたのですが、タイミングが悪かった」

 

「……すみません」

 

 恐縮して謝る透に慌てて、クリュー先生は体の前で両手を横に振る。

 

「いえいえ、東屋さんのせいではありません。もちろん、北乃さん達のせいでも。あれは事故ですから」

 

「事故、かニャ」

 

「ええ。北乃さん達がこの世界に来たように、どうやらテレビ塔の調子が思っていた以上に良いみたいです。大通公園から離れた学園にモンスターが出るとは前例がないですが」

 

 深刻な表情を見せるクリュー先生は、

 

「学園だけでなく、道警の方にも伝えてフィールド外にモンスターが出る危険もあることを伝えなければ……申し訳ないですが、これで失礼しますね。東屋さん、西宮君が目を覚まして帰れるようになったら、メールでもいいので連絡をください。そして、お二人を寮まで送ってあげてくださいね」

 

「はい」

 

「ちょ、ちょっと待つニャ」

 

 忙しそうに出て行こうとするクリュー先生を、カムイちゃんが引き留める。

 

「何でしょうか? あ、治療費のことならご心配なく。学生の一定以下の治療費は学園が持つことになっていますから」

 

 カムイちゃんはそのことじゃないと首を横に振って、

 

「もしかして、モンスターを操ることができる札ってあるかニャ?」

 

「モンスターを操る札ですか? いいえ、そんな札は聞いたこともありません」

 

「本当かニャ?」

 

 すぐに答えてくれたクリュー先生に、カムイちゃんは念を押すように聞く。

 

「カムイちゃん、クリュー先生は札を作成する書家でもあるから札に関しての知識は確かですよ」

 

「……う~ん、そうかニャ」

 

 透にも後押しされ、カムイちゃんは寝たまま残念そうに返事をする。

 

 クリュー先生はカムイちゃんの質問が終わったと判断し、忙しそうに退室していった。

 

 その背中を見送ってから、

 

「何か気になることでもあったんですか?」

 

 透に聞かれ、カムイちゃんは言いにくそうに唸る。

 

「いや……昨日も今日も、襲ってきたモンスターの額に札があったからニャ。能力が減退していたようにも見えないし、もしかしてそういう札があるんじゃないかって」

 

 と、難しそうな顔をしていたカムイちゃんは、ガラリと表情を変えてニンマリと笑う。

 

「え?」

 

 いきなりの変化に透は驚き、自分を見てくるカムイちゃんの視線に嫌な予感を覚える。

 

「にゅふふふふ、透は随分とクリュー先生と仲が良いニャ~。もしかして、ただならぬ関係なのかみふらの?」

 

 言われて、透は頬を染めてすぐさまぶんぶんと首を横に振る。

 

「ち! ちがいます。そんなんじゃありません」

 

「でも昼休みに繭さんが来た時には距離を取ったのに、クリュー先生の時は距離を取らなかったから、慣れてんのかな~とは思ったな」

 

 背後からの西宮の言葉に、透は耳まで赤くなる。

 

「西宮、目が覚めたのかニャ」

 

「ちょっと前からな。何か言うタイミングがなかった」

 

 恥ずかしさに体を震わせていた透は、マントの中から札を二枚取り出した。

 

「ああ~待つニャ待つニャ! 悪かったニャ、透!」

 

「ごめん。ちょっと疑問に思ったことを口に出して言っただけなんだ。カムイの邪推を援護するような感じになって悪かった」

 

 二人はすぐさま必死になってベッドの上に正座して謝る。

 

 透は涙目で頬を膨らませていたが、二人の謝る姿を見て怒りをおさめ、札をしまう。

 

「でも、実際クリュー先生は高等部の先生だろニャ? 先月まで中等部だった透と接点なんてあったのかニャ?」

 

 からかいが消えたカムイちゃんの質問に、透は寂しげな微笑を浮かべ、

 

「クリュー先生は私が中等部の時から、何かと話を聞いてもらった先生なんです。昔から人見知りで友達もいなかった私は、『札幌』の称号をもらってから人に注目されるようになって、さらに人が怖くなってしまいました」

 

 それを聞き、カムイちゃん達は人に囲まれていた透の光景を思い出す。確かに人見知りの人がたくさんの見知らぬ人に囲まれると、人を怖がるようになってもおかしくない。

 

「クリュー先生とは、先生がフィールドを見回っている時に知り合いました。その頃私は学園に行かず、ずっとフィールドにばかり行っていました。中等部の先生は称号を持つ私を特別視して何も言わなかったんですが、クリュー先生だけは私に話しかけるよう努めてくれて、悩み事があれば中等部・高等部関係なく相談にのるから、と」

 

 透の話を聞き、カムイちゃんは納得するように頷き、

 

「だから透はクリュー先生に慣れているし、クリュー先生は透に友達ができないことを心配していたのかニャ。本当にできた先生ニャ。自分が担当する生徒が怪我したのに様子を見に来る気配すらないどっかの先生とは大違いニャ」

 

「クリュー先生に励まされていたってわけか」

 

「……は、励ましてくれたのは、クリュー先生だけじゃ、ないんですけど」

 

 ポツリと呟き、透は視線をカムイちゃんにやるが、彼女は視線に気づいてくれなかった。

 

 

 西宮は頭を打っていたが体調に問題なく、すぐに帰れるようになった。

 

 時刻はすでに七時を過ぎ、夜の学園内を三人は並んで歩いている。

 

「カムイちゃんは趣味とかありますか? 休日に何をしているとか」

 

「趣味かニャ? 私の趣味はスマホいぢり、カラオケ、温泉に入ること、食べること、自然があるところでまったりすること、北海道ギャグ、ラジオを聴くことかニャ」

 

「わ、私も、ラジオが好きです!」

 

 思い切った感じで透がカムイちゃんに伝えると、カムイちゃんは嬉しそうに微笑んで、

 

「お~、同じ趣味だニャ。やっぱりラジオもいいよねむろ」

 

「あ、あう~」

 

 何か期待した返答と違ったのか、透は残念そうに肩を落とす。その二人の姿を、西宮はカムイちゃんの隣を歩きながら見ていた。

 

 学園の大通りを過ぎ、『寄宿舎跡の碑』の道を歩いていく。

 

 と、カムイちゃんの猫耳がピクピクと動いて、西宮を引き寄せる。

 

「パートナーバリヤー!」

 

「へ?」

 

 西宮の間の抜けた声が漏れた後、暗闇から飛んできた風の塊が彼を吹っ飛ばした。

 

「え~!」

 

 悲鳴を上げる透に、カムイちゃんは声を抑えるように掌を向ける。

 

「落ち着くニャ、透! 林の方から何かがたくさんいる音が聞こえるニャ!」

 

「……いえ。私が驚いたのは、躊躇なく西宮さんを盾に使ったことなんですけど……」

 

 透は二人の間を転がっていった西宮を心配そうに見るが、

 

「間違いなく生きているから大丈夫ニャ!」

 

 カムイちゃんは親指を立てたサインを出し、強気に断言した。

 

 カムイちゃんが言った木立の中から、のっそりと毛むくじゃらの猿人が出てきた。その数はザッと見て十を超え、全ての額に札がはられていた。

 

「あ、あれは、十一丁目に出るモンスター『ムーモンキー』です!」

 

「また、額に札がはられているニャ」

 

 透はマントの下から札を取り出し、カムイちゃんを守るように前に出る。

 

 その時、いきなり二人の足元の地面が爆砕したかのように弾けた。

 

「な、なに!?」

 

 動揺した声を上げる透に、カムイちゃんはムーモンキーの間の木立を指さす。

 

「あっちから来たニャ!」

 

 透は言い切るカムイちゃんに内心驚く。夜で暗い上に、目の前には用心しなくてはいけないモンスターがいる。そこへ不意打ちの攻撃なのだ。普通はどこから来たかなんて分からない。

 

「透は西宮を頼むニャ! 私は誰かいるのか見てくるニャ!」

 

 カムイちゃんは攻撃がきた方にいたムーモンキーに札を発動させて牽制し、俊敏な動きで間をぬって木立へ走っていった。

 

「あ、カムイちゃん! 待ってください! 一人になっちゃダメです!」

 

 透が叫んだが、カムイちゃんの姿はすでに木立の中へ消えた。透は気絶している西宮に近づこうとしていたムーモンキーに札を投げ飛ばしてはりつけ、電撃で仕留める。

 

 気絶している西宮を放っておけないと思うが、カムイちゃんのことも心配だ。透はカムイちゃんが消えた木立の方を気にして視線をやると、一瞬人影が見えた。

 

「!?」

 

 その影は、ほぼ暗闇と見分けがつかないダークブルーのポニーテイルの持ち主だった。

 

 

 カムイちゃんは平地を走る様なスピードで、木々の間を走り抜けていく。

 

「ラジオのオンエアに遅刻しないよう鍛えた脚が、こんな所で役に立つなんてニャ」

 

 全然自慢になっていないし、一度遅刻もしている。と、この場に西宮がいたらツッコミをしていただろう。

 

 調子よく進んでいたが、唐突に横手から暴風が襲ってきてカムイちゃんの体を吹き飛ばし、木の幹に叩きつけた。

 

「ぐぅっ!」

 

 肺から強制的に空気が吐き出され、カムイちゃんは草むらに倒れ込んだ。

 

(そんなバカにゃ。間違いなくそっちに気配はなかったはずニャ)

 

 体を起こそうと思っても、背中に感じる鈍痛で動くこともままならない。耳にだけ集中して音を拾おうとするが、攻撃が来た方向からは何の音もしない。

 

 その時、明かりを感じてカムイちゃんは視線だけをそちらにやる。

 

 そこに宙に浮かぶキューブがあった。

 

(あ、あれは!)

 

 キューブは淡く光り出してカムイちゃんから光る粒子となった何かを吸収していく。その過程で、カムイちゃんは全身から力が抜けていく。

 

(こ、これは!? まさか、襲われた異世界の人がされたことって)

 

 動けないでいるカムイちゃんが悔しさに顔をしかめていると、頭上の木の枝が騒がしく鳴り、キューブが姿を消す。一瞬遅れて、カムイちゃんの傍らに何かが着地した。

 

 何か大きな獲物を持ったその人を見て、カムイちゃんは息をのんだ。

 

 

 透にとって、十一丁目のモンスターなんて敵にすらならない。それでもとある事情で時間がかかり、結局カムイちゃんの後を追い始めたのは十五分ほど経ってからだった。

 

 透はカムイちゃんの足跡を追って、木立の中を歩いていく。暗くてとてもではないが走ることはできない。しばらく歩き、木の下にいる人を見つけた。

 

「カムイちゃん!」

 

「可愛い~!」

 

 二つの声がかぶった。

 

 木の下にいた人は背中を向けていたが、ポニーテイルが垂れる背中は声に反応してビクッとはねた。その人の影に隠れていた人が、身体の横からひょこっと顔を出して透に視線をやる。

 

「あ、透……に、西宮」

 

 顔を出したのはカムイちゃんで、彼女は透の隣に立つ鋭い目で睨んでくる西宮を見て、冷や汗を流す。

 

 透がカムイちゃんを追うまで時間がかかったのは、気絶した西宮が目覚めるまで待っていたからだ。彼を置いていくわけにはいかないし、さりとて背負って行くなんて体格差からして無理だし、何より男の人と密着するなんて彼女にはもっと無理だったのだ。

 

「にゃははっはは、身をていして美少女二人を守れたんだから、男冥利に尽きるだろニャ」

 

 苦しい言い訳にも自信を持って、カムイちゃんは若干強張った笑顔で、西宮に星を飛ばす。

 

「自主的な行動だったらな!」

 

 ボロボロの西宮はカムイちゃんに近づいて、かなり強めのチョップを脳天にかました。

 

 カムイちゃんは痛みに呻き、頭を押さえる。そして、西宮と透の視線は残った一人に注がれる。

 

 西宮は顔を見ようと移動したが、その人は顔を見られるのを拒否して顔を背ける。

 

「……で、何やってんだ、南川 翡翠」

 

「な、なぜ分かった!」

 

 驚いた声を上げる翡翠に、西宮はうろんげな視線をやる。

 

「いや、さっきの『可愛い~』って声とそのポニーテイルで」

 

「な、何を言っているんだ? か、可愛いなど、この私が言うわけがないだろ」

 

 目が泳いでいる翡翠は、西宮の指摘にたどたどしく答える。

 

「でも、カムイの頭を撫でてただろ」

 

「み、見えたのか!?」

 

 顔を驚きで一杯にした翡翠が、西宮に顔を向ける。

 

「あ、やっぱりしてたんだ」

 

 その西宮の答えに、翡翠はしばしフリーズし、

 

「謀ったな、貴様ああ!」

 

 彼の首元を掴んで、ガクガクと前後に揺れ動かす。

 

「カムイちゃん、翡翠と何をやってたの?」

 

 透は頭頂部をさすっているカムイちゃんに、

 

「うん? 翡翠は猫好きなのに、弟がアレルギー持ちで猫を飼うどころか、触って帰ることもできないって話を聞いて、それなら好きなだけカムイが愛でさせてあげようと」

 

「何を根も葉もないことを! 私は、そんな猫が好きなどという軟弱なことは」

 

 翡翠は西宮の服からパッと手を離し、彼を突き飛ばして声高にカムイちゃんの言葉を否定する。しかし、カムイちゃんが猫耳を動かすと、翡翠は誘われるように彼女の頭に手をやって、優しげに撫でる。

 

「そう言えば、翡翠って可愛いもの好きなのに、自分のキャラに合わないからって秘密にしてたっけ」

 

 透の言葉に、カムイちゃんは「ほう」と小さく呟き、ニヤッと笑う。

 

「意外な一面だニャ」

 

「ち、違う!」

 

 翡翠は慌ててカムイちゃんから手を離し、頑なに認めようとしない。

 

「ところで翡翠、ここにいるのはどうしてだ? 偶然じゃないだろ。まさか、おまえが異世界の人を襲っている犯人か? それとも、カムイと俺のペンダントを狙ったのか?」

 

 西宮の問いかけで、今まで慌てふためいていた翡翠は、目を細めて落ち着いた雰囲気を見せ始め、肩ごしに彼の方を見る。

 

「失礼だな。私に関して何を聞いたのかは知らないが、私はむやみやたらに人を襲うような無頼漢ではない。相手の石を奪うと言っても、フィールド内で両者合意の上で戦った結果、相手から勝ち取っているだけだ。中には逆恨みして一方的に奪ったと吹聴する輩もいるがな」

 

 改めて、翡翠はカムイちゃんと透に視線を向ける。

 

「私も先生からカムイちゃん達の警護をするように言われたんだ。二人に対して透一人では厳しいこともあるだろうと」

 

 それを聞いて、カムイちゃんはポンッと拳で手を叩く。

 

「あ、もしかしてこん棒のモンスターの時に色々と教えてくれたのって、翡翠だったのかニャ?」

 

 翡翠の顔から落ち着いた雰囲気がボンッという音と共に消え、

 

「ま、まあな」

 

 照れ隠しで口ごもる。

 

「隠れて見守る必要はないと思うけど」

 

「猫耳娘と男と歩いていたら、軟弱だと思われるだろ!」

 

 透とは別の意味で周囲に対する過剰反応に、カムイちゃんは呆れた汗を流す。

 

「思われないと思うけどニャ」

 

「常時カムイの頭を撫でていたら分からんけどな」

 

「ほら!」

 

 力強く西宮を指さし、翡翠はみんなに訴えた。近くにいたら常時撫でるつもりなのかと、翡翠以外のその場にいる全員が思った。

 

「……あ、じゃあ、私達を襲ったのは誰なんだニャ?」

 

 カムイちゃんの言葉で、場が静まり返る。

 

「それについては見つけたものがあります。こっちに来てください」

 

 透の案内で木立の中を戻って行き、一本の木の前に立つ。

 

「おそらくあの時の札による攻撃は、この木に札をはっていて、タイミングを合わせて発動させたんだと思います」

 

「え!? 札ってそんな罠みたいなこともできるのか?」

 

 西宮の疑問に、翡翠は頷く。

 

「できる。発動前の状態にした札を地面に隠したり、はっておいたりして、そこを敵が通った時に反応させて発動させるんだ。罠専門に札を扱うトラパーもいる。だが、発動前の状態は放っておくと数分で解除されるからな、発動状態を長く保てる専門の札を使う必要がある」

 

「なるほどニャ。だから誰もいないはずの方向から攻撃がきたのかニャ。いたたたた」

 

 カムイちゃんは自分が受けた攻撃が罠だったことを知り、忘れかけていた背中の痛みを思い出す。

 

「そんな札をいたずらに使うとは思えないので、これを仕掛けたのは異世界から来たお二人を狙ったのかも……」

 

 四人は腕を組んで難しそうに考え込む。

 

 頭の中には、異世界の人が襲われているという事件のことが浮かんでいる。

 

「学園に仕掛けられたってことは、異世界の人を襲っている犯人は学園関係者なのか?」

 

「そうとは限らない。基本的に学園の敷地は一般人も普通に入れるからな」

 

 いつまでもここで会話が続きそうになる雰囲気の中、

 

 ――パン!

 

 カムイちゃんが大きく手を一回叩いた。

 

 その音に他の三人が驚いてカムイちゃんに丸い目を向け、彼女はニッコリと眩しい笑顔で、

 

「いつまでも美少女三人が夜にほっつき歩いているわけにもいかないニャ。そろそろ帰るニャ~」

 

 確かにカムイちゃんの言う通り、もうそれなりの時間だった。深刻な空気から、お開きになる空気の流れができる。

 

「それにそんな心配することないニャ。翡翠も私のファンになってくれたし、犯人なんて今度来たら返り討ちニャ。というわけで、翡翠もピンクのものを身につけるニャ」

 

 指をさして厳命するカムイちゃんのセリフに、翡翠は頬を引きつらせる。

 

「ぴ、ぴんく、だと……そ、そんなもの着けれるか! 私のキャラじゃない!」

 

「え~、カムラーになるのなら着けてほしいニャ」

 

 人差し指を口に当てるカムイちゃんの残念で悲しそうな表情に翡翠は怯み、

 

「な、ならばこいつはどうなのだ!? こいつもおまえのファンなのだろ!」

 

 指名したのは西宮だった。

 

「着けてるぜ、ほら」

 

 西宮が左手の袖を上げると、ピンクのリストバンドがあった。それを見て、翡翠は開けた口を金魚のようにパクパクとさせる。

 

「お、おまえ……男のくせに正気か? 恥ずかしくないのか?」

 

「初期からのカムラー舐めんなよ。頼まれれば異世界にでも行くって~の」

 

 まさかの反撃に、翡翠は二の句がつげなかった。

 

「きっと可愛くなるニャ~」

 

「か、可愛いなど……ちょっと待て、だから、私は……え~っと、だな~」

 

「いいじゃない、翡翠。可愛いと思うわよ」

 

 と、ピンクのシュシュを身につけている透が言う。

 

「透な~!」

 

「北乃、西宮、東屋、南川…………うん、いい様式美だ」

 

「貴様は貴様で何を言っているんだっ!」

 

 その後、頑なに嫌がる翡翠の言い訳にもなっていない言い訳を聞きつつ、四人は家路についた。

 

 その道中、透と翡翠から離れた場所で、カムイちゃんと西宮は、

 

「もしかしたら、犯人の目的は時計台じゃないのかもしれないニャ」

 

「…………明日は学園が休みだし、仕掛けてみるか」

 

 

 暗闇の中、男は手にしたキューブに一枚の札をはる。

 

 すると、キューブは内側から光を放ちだした。その予想以上の強さに、男は反射的に腕で目を守る。

 

「な! なんという膨大なエネルギーだ! 常人の異世界人からは考えられないほどの地元世界との繋がりだ!」

 

 男はさらに数枚の札をキューブにはり、発する光をキューブ内の深層に押しやった。

 

 再び暗闇に戻った広い空間で、男は口元に手をやる。

 

「……しかも、これは途中で吸収をやめたはず……まさか、まだまだ奴には力が眠っているのか……」

 

 男はしばし熟考すると、肩を震わせ、喉の奥で笑い始める。

 

「くくく、いい。これはいいぞ! 計算よりもエネルギーが必要で補充は急務だったが、まさかこんな逸材に巡りあたるとはな!」

 

 男は服をはためかせ、上機嫌に階下へ下りていく。

 

「新世界への門出だ! この世界で手に入れられるものは、全てもらっていくぞ!」

 

 下りた先には、額に札をはった異形のモンスターが所狭しと並んでいた。

 

 男の哄笑は、時を告げる鐘の音にかき消された。




次回は火曜日に更新予定です。

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