北乃カムイのもにょもにょ異世界(仮)『消えた時計台を探せ』 作:カムラー
授業の合間の休憩時間ごとに質問攻めにあったカムイちゃんと西宮は、昼休みになると逃げるように教室を出てきた。そして、昼食のために食堂にきて、目立たないように隅っこのテーブルで疲れから突っ伏す。
そこへ、カムイちゃんから連絡を受けた透が、薄紫のマントをなびかせてやってくる。
「イランカラプテ。ず、随分とお疲れですね」
透の声を聞いて、二人は顔を上げる。
「にゃ~、休み時間も質問攻めにあってろくに休めなかったからニャ~。授業中寝なかったのが奇跡ニャ」
「異世界から来た方はやっぱり珍しいですし、カムイちゃんは可愛いですから」
透に褒められ、カムイちゃんは元気を取り戻して姿勢を正し、照れ笑いをする。
二人の話を聞きながら、西宮の目は自然と透の胸元に向けられていた。昨日、カムイちゃんからもたらされた情報が、頭に残っていたのだ。
しかし、薄紫のマントに隠れていて、真偽のほどは分からない。
「可愛い顔してババンバン」
カムイちゃんの音楽にのせた言葉で西宮はハッとして背筋を伸ばし、真っ赤な顔で振り向く。そこに、したり顔のカムイちゃんがいた。耳まで染まった状態で、カムイちゃんの脳天にツッコミチョップをかます。
「どうかしたんですか?」
キョトンと小首を傾げて聞かれ、西宮は慌てて、
「い、いいいやいやいや、何でもない、何でも。あ、そうだ。珍しいって、異世界から来る人の頻度ってどれぐらいなんだ? 年に一人とか?」
苦し紛れに話題を繋げた。
「……え~っと、サッポロでは年に二・三人ぐらいでしょうか。フィールドにあるテレビ塔の調子次第ですが」
「? フィールドにあるテレビ塔の調子次第って?」
透は説明のためにカムイちゃんの対面に座る。
「サッポロでは国際交流ゾーンの最奥にあるテレビ塔が、異世界の道を作る装置なんです。フィールドに現れるモンスターやアイテムも、テレビ塔が作った道を通って来るんです。通常は人がその道に入り込むことは無いのですが、調子が良いと人まで連れて来ちゃうみたいで」
「へ~」
「お二人もその道に迷い込んで来てしまったんですよね? お二人は運が良かったです。五人に四人はフィールドの『大通公園』の方に出て、モンスターに襲われている所を保護されるんですよ」
そう話しながら透はカムイちゃんに微笑む。カムイちゃんは先程透に褒められて機を良くしたまま変わりがないが、西宮はどうリアクションを取っていいのか分からないでいた。
「そんな話より、まずはお昼ご飯を食べようていざん」
カムイちゃんの北海道ギャグに透が笑い、カムイちゃんはさっさと席を立って昼食を買いに行く。透もそれに続き、一番遅れて西宮が立った。
情報を聞きつけてハンチング帽をかぶった茶髪の女生徒はやってきたが、目の前で行われている光景に思わず足を止める。
「六個もあるんだし、一個ぐらいザンギをくれたっていいだろニャ~!」
大きく言うと、ザンギとは鳥の空揚げのことだ。
「だから、チャーシューと交換ならいいって言ってるだろ」
「一枚しかないチャーシューと交換なんてできないニャ!」
「じゃ諦めろ」
「目の前でザンギを食べられて、我慢できる北海道人がいるわけないニャ!」
「北海道人を代表して勝手なこと言うな!」
「よかろう、ならば戦争ニャ!」
「望むかぁ!」
味噌ラーメンを食べるカムイちゃんと、ザンギ定食を食べる西宮がテーブルの対面で激しく言い争っていた。カムイちゃんの隣に座ってサンドイッチのセットメニューを食べている透は、周囲の注目を浴びて恥ずかしそうに体を小さくしていた。
「き、君達が新しく異世界から来た人達かな?」
ハンチング帽の女生徒の介入で、カムイちゃん達の醜い争いが止まる。
「誰にゃ?」
「ボクは新聞部の朝日(あさひ) 繭(まゆ)。部長から指令を受けてね。君達がどういう人か見て、面白かったら記事にするって」
「ホントかニャ!?」
新聞の記事になると聞き、カムイちゃんは勢い込んで前のめりになる。
「うん。早速だけど名前からいい?」
朝日は手帳を片手にインタビューに入る。
邪魔をしたらまずいと思ったか、カムイちゃんの対面に座っていた透が、椅子を移動して距離を取る。
「私は北海道育成アイドル、北乃カムイだニャ! 気軽にカムイちゃんって呼んでほしいニャ。で、こっちは一緒に来た西宮 宗円だニャ」
カムイちゃんに紹介され、西宮は会釈をする。そして、またカムイちゃんから要求されないよう、さっさとザンギを食べる。
「へ~、君は異世界のアイドルさんなのか。じゃ、こっちの世界に来てどう思った? やっぱりモンスターが出るとか、札でバトルとかって怖い?」
「いやいや、それどころかご当地超常バトルをやって、北海道や札幌への聖地巡礼の旅行客が増やせるんじゃないかって燃えているところだニャ!」
そのカムイちゃんのセリフを聞いて、西宮は丸い目を彼女に向けたが、彼女は目線すら返さない。
「お、アイドルなのに随分とやる気だね」
「私の地元愛は無限に広がる大宇宙規模なのニャ! 一人でも北海道を好きになってくれる人がいるなら、私達は何だってするニャ!」
「達!? ナチョラルに数に入れられた!」
素早く西宮のツッコミが飛ぶが、カムイちゃんは取り合わなかった。
その二人の様子を見ながら、朝日は楽しそうに笑いながら手帳にペンを走らせ、
「なるほどなるほど、二人とも面白いね。東屋 透ちゃんともすぐに仲良くなっているし、人に好かれる才能もあるのかな」
と、朝日はチラッと視線を透にやるが、透は気配を消すように体を縮こまらせて動かない。朝日はその後もカムイちゃんにいくつか趣味を聞き、インタビューを終える。
「ありがとね。記事になったら教えてあげるから」
軽く手を振って朝日は去っていく。カムイちゃん達は同じく手を振って見送ってから、
「カムイ、さっきの理由って……」
西宮はこっそりとカムイちゃんに尋ねる。
「ああ、記事にするかもって言ってたからあの話は出さない方がいいかと思ったニャ。この歳で大人に注意されるとガチで凹むからにゃ~」
経験則からか、今まで以上に含蓄がある言葉だった。
「そうだったのか。説得力がありすぎて疑いの余地が無さすぎるから、そっちが主目的なのかと思ったわ」
カムイちゃんは無言で炭酸ジュースのガラナを一口飲んでから、
「あくまで、建前なのニャ」
キラリと光る真剣な金色の瞳で西宮を見た。
「そこまで真剣にされると逆に怪しいわ」
「カムイちゃんはすごいですね。あんなスラスラインタビューに答えられるなんて、やっぱりアイドルさんなんですね」
透がもとの席に戻ってきてカムイちゃんを褒めるものだから、カムイちゃんは得意げな顔を見せ――
「危ない!」
慌てて西宮が声を上げて、二人の怪訝な表情を一身に集める。一仕事終えたように西宮は水を飲み、ホッと一息ついて額にかいた汗を拭う。
「ふぅ、あやうくカムイの無駄な自慢話が始まるところだった」
「どういう意味だニャ!」
カムイちゃんの激しい訴えに対して、西宮は「分からないのか?」と眉をひそめる。
「カムイがドヤ顔で自慢話をするとだな……」
「何ニャ? ムカつくのか、ファンが減るのかニャ」
「地球の酸素が減る」
「全植物の光合成をなめるニャ!」
「お、お二人とも、グローバルですね」
そんな和やかな雰囲気で三人は食事を終え、食堂を出て学園の大通を南に向かって、おしゃべりをしながら歩いていく。
「東屋さん。お友達と仲よくやっているようですね」
後ろから声をかけられて、三人は立ち止まって振り返る。そこにいたのは細面で体の線も細い、高身長の白髪碧眼の男性だった。西宮と違って人当たりが良さそうな甘いマスクの美形だ。
「今度は誰ニャ?」
「失礼。私は東屋さんが所属するAクラスの実技を担当する、クリューです」
スーツ姿のクリュー先生は軽く会釈して三人の輪の中に加わる。彼は簡単にカムイちゃんと西宮に自己紹介をしてもらってから、
「実は東屋さんは人見知りが激しく、中等部の時もあまり話をする相手がいなかったのです。成績がとても優秀ですので先生方はそれでもいいとは言っていたのですが、やはり少々心配で……昨日、彼女から『異世界からすごい人が来た』と連絡をもらって。それなら思い切って友達になってみてはと、勝手ながらアドバイスをしたんです」
自分の話に透は顔を真っ赤にさせて俯いている。カムイちゃん達はクリュー先生の話を微笑ましい顔をして、相槌を取りながら聞いている。
五分ほど話した所でクリュー先生は腕時計を確認し、
「それじゃそろそろ。東屋さん、カムイさん達のことよろしくお願いしますね。それとカムイさん達、これからも東屋さんと仲よくしてください」
「オッケーオッケー、おけとちょう!」
カムイちゃんの返事に笑みを返し、彼は颯爽と去っていった。
「良い先生ニャ」
その言葉に西宮も「うんうん」と頷きながら同意し、
「荒谷先生とは全てが違うな」
担当教師を比較して言った。
そして、耳まで真っ赤にしてまだ俯いている透に、
「しかし、透が人見知りとはちょっと意外だったな」
「そ、そうですか?」
透の返事はちょっと上ずっていた。
「だって、初めて会った時透の方から話しかけてきたし」
「あ、あの時は……聞いたことのある声だったから」
透の言葉は尻すぼみに小さくなり、後半はほとんど聞こえなかった。
それと言うのも、上から突如人が降ってきたからだ。
激しい音を立てて着地した女生徒に呆気を取られたカムイちゃんと西宮は動けないでいたが、透はすぐさま二人を背中に守るように最前に出る。
透と女生徒は同じタイミングで札を前に突き出す。
札が発動し合い、透の炎と女生徒の水がぶつかり、真っ白い水蒸気を上げる。それが晴れると、咳き込むカムイちゃんと西宮、キッと正面を見つめる透がいて、先程の女生徒は後方へ下がっていた。
「い、一体誰ニャ?」
ようやく、カムイちゃんは攻撃を仕掛けてきた相手をゆっくり見た。
ダークブルーのポニーテイルが揺れる女生徒は、制服の赤のスカートの下に黒のスパッツを着用していた。女子にしては背が高く、一八〇ある西宮よりちょっと低いぐらいだ。凛とした雰囲気を放ち、ちょっと近寄りがたいものがある。
「翡翠(ひすい)!」
彼女を見て名前を呼ぶ透に、
「友達かニャ?」
カムイちゃんが尋ねる。
「幼馴染の南川(みながわ) 翡翠(ひすい)です。いきなり何をするの、翡翠。危ないじゃない」
透にしては珍しく、声を少し荒げて翡翠と話す。幼馴染という気安い関係だからだろうか。
「透が異世界の者達を守っていると聞いてな。どんな相手かと思って……な!」
翡翠は細めた目でザッとカムイちゃんと西宮を見て、明らかに驚きの声を上げる。目を丸くした彼女の視線を受けるのは、
「どうしたニャ?」
小首を傾げたカムイちゃんだった。彼女に話しかけられ、
「え? え~っと……ゴホン。な、なんだその、肌を惜しげもなくさらす女と、お、男は!」
カムイちゃんは冬でも関係なくヘソだしルックだ。
「可愛い恰好だろニャ?」
身軽に一回転するカムイちゃんから、翡翠は顔を背ける。
「なあ透、何か邪推されてるんじゃないか?」
「そ、そうかもしれません」
西宮は翡翠に聞こえないようコッソリ話そうとしたが、顔を合わせず距離を取った透にちょっぴり傷ついた。
「しかも、そっちの男! そこの、あの……彼女と同じペンダントだと! どういうことだ!」
翡翠に指をさされ、カムイちゃんと西宮はお互いの首にかかっているピンクのペンダントに目をやった。
「し、しまったニャ~。男の子と噂されるようなアイテムを選んでしまうなんて、美少女アイドルとして一生の不覚にゃ~……でも、他の似たような物は不必要に大きな木彫りの熊しかなかったからニャ~」
「それを持ち歩けと!? カムイに常識あって助かった」
木彫りの熊を小脇に抱える自分を想像して、西宮は胸をなでおろす。
「勘違いしないでほしいニャ。これは北乃(きたの)家に伝わる特別な石で、西宮のやつと二つで一つなんだニャ。パートナー同士を繋げる石で、異世界に来て迷子にならないようにと思って持ってきたんだニャ」
と、カムイちゃんが親切に説明するが、
「ええ~い、貴様らのような軟弱そうな奴らを透のそばに置いておけん!」
言うやいなや、翡翠は高い跳躍を見せる。間違いなく、札によって強化されている。
「西宮! ユナイテッドフロント!」
カムイちゃんは〝炎〟の札を、〝穿(うが)つ〟の札をはった西宮の右腕にはり、透の前に押し出す。
「地昇(ちしょう)炎天(えんてん)!」
西宮が右の拳で地面を撃つと、そこから火柱が噴き出した。
「くっ」
上空にいた翡翠は、火の勢いに負けて何もせずに着地した。その姿勢で睨んでくる翡翠に、進み出てきたカムイちゃんがビシッと指を突き付ける。
「透の幼馴染だからって、私達が透の友達になるのを却下するなんて少し横暴じゃないかニャ! それに、見た目で判断されるなんて西宮が可哀想過ぎるだろニャ!」
「フォローのつもりなら殴るぞ!」
三白眼で睨む西宮が、すぐにツッコミを飛ばす。
「……今回はひいてやる」
意外と素直に、翡翠はひいていった。
「まったく、透を取られると勘違いしたのか知らないけど、随分と短絡的な子ニャ」
「私の交友関係に文句を言うようなタイプじゃないはずなんですけど……」
透は首を傾げて不思議そうに呟く。
「あ、そうだニャ!」
唐突に声を出したカムイちゃんは、クルリと反転して西宮に向かい、
「技名は英語かカタカナで統一しろいしって言ったのに、何で漢字四文字にするかニャ!」
「漢字の方がカッコいいだろ」
負けずと西宮が言い返すが、カムイちゃんは一歩もひかず、
「カタカナの凄さを知らないのはこれだから……カタカナの方が厨二心をビシバシだニャ!」
「言うこっちの身にもなってみろよ! 発音とかで笑われたら、戦闘中とはいえもう立ち上がれねえからな! 俺の心が!」
「まあまあお二人とも……」
透は二人をなだめつつ、何か自分の立ち位置が決まってきているように感じ、頬に汗をかいた。