北乃カムイのもにょもにょ異世界(仮)『消えた時計台を探せ』   作:カムラー

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第2話

 二人は地上を歩いて大通公園を西へと進み、西十三丁目にある建物の前に立つ。札幌軟石作りで屋根は赤く、歴史を感じさせる建物だ。

 

「って、練習するのになぜ資料館に? ここって札幌の歴史や文化を展示している場所だろ。俺は入ったことないけど」

 

「それは私達の世界の資料館ニャ。この世界の資料館は、他にもフィールド『大通公園』の管理やデータ収集をしているニャ。ここからしか、そこには入れないらしいニャ」

 

「大通公園がフィールド?」

 

 言われて西宮が背後の大通公園を振り返るが、別におかしな所はないし、モンスターが徘徊していることもない。

 

「だからこっちじゃないニャ。とりあえず手続きして入るニャ。説明するより見れば分かるニャ。色んなモンスターが出たり、アイテムが落ちてたりするニャ」

 

「へ~ゲームっぽ…………って、練習ってモンスターを相手にすんのか!? ちょっと待て……何て言うか~、その~ちょっと待ってくれ!」

 

「青少年の冒険心とアクション魂が刺激されて燃え燃えだニャ?」

 

 慌てる西宮を見ながら、カムイちゃんは軽くそんな風に返す。

 

「いやいやいや……え~」

 

「覚悟を決めるニャ。大体にして何の武器もなしに捜査をしたら危ないニャ。犯人も当然札を使うはずだしニャ」

 

「そんな先の危険より、今は目の前にある危険について論じようぜ! 何でいきなり、こう~……行き当たりばったりなんだよ。せめて、札の使い方が分かってからさ……」

 

「いいからいいから、レッツラゴーだニャ!」

 

 真っ当な安全策を取ろうとする西宮の背中をカムイちゃんが押し、資料館にズカズカと入っていった。

 

 

「ダメです。許可しません」

 

 フィールドに入る申請をしようとしたら、役員にそう言われた。

 

 西宮は資料館に入ったことがなかったので、物珍しそうに周囲を見渡していたが、役員の言葉を聞いて、前にいるカムイちゃんの背中を見た。

 

「な、なんでニャ!」

 

 窓口で断られたカムイちゃんは、カウンターに身を乗り出して役員に詰め寄る。

 

「危険だからです。一般人をフィールドに入れるわけにはいきません。それがたとえ、初心者向けと言われる十二丁目『花のサンクガーデンゾーン』でも」

 

「ゾーン?」

 

 西宮は首を捻って聞き返す。すると、カムイちゃんが少しビックリしたように振り返る。

 

「何を驚いているニャ。元の世界の大通公園にもゾーンはあったじゃないかニャ」

 

「へ~、それは知らなかった」

 

 地元だからこそ知らないこともある。西宮は初耳の情報に、素直に驚いていた。

 

「大通公園は五つのゾーンに分かれているニャ。十二丁目の『花のサンクガーデンゾーン』。十一~十丁目の『フロンティアの歴史・文化ゾーン』。九~六丁目の『つどいの遊び・イベントゾーン』。五~三丁目の『オアシスの水と光のゾーン』。二~一丁目の『交流の国際交流ゾーン』ニャ。こんなのは札幌市民として常識ニャ」

 

「そして、一丁目に近づくにつれ、モンスターの危険度は上がっていきます」

 

 と、役員が付け足した説明に、

 

『へ~』

 

 カムイちゃんと西宮は新しいことを知った軽い感動の声を上げた。

 

 役員はその二人の様子を見て、頭上にぐしゃぐしゃの線を浮かべる。

 

「で・す・か・ら。そのような基本的な事前知識も無い、初心者にもなっていない一般人を、フィールドに入れるわけにはいかないのですっ」

 

 声を荒げないよう抑えているが、役員はキッパリと言い放つ。

 

「硬いこと言うニャ」

 

「諦めろよカムイ。どう考えても向こうが正しい」

 

「うにゃ~! 入れろ、入れろニャ~。こっちはわざわざ異世界から来たんだニャ~」

 

 西宮が悪質クレーマーのごとく騒ぐカムイちゃんをカウンターから引きはがそうとするが、彼女はしがみ付いて動こうとしない。カムイちゃんの声は通りが良いものだから、資料館中に響き渡って周囲の視線を集める。

 

 何事かと、あれよあれよと言う間に、カムイちゃんと西宮を遠くから眺める人垣ができる。その囲みの中から、薄紫色のマントを羽織った少女が進み出てきた。

 

「あ、あの! イランカラプテ!」

 

「イランカラプテ」はアイヌ語の「こんにちは」だ。

 

 思い切ったという感じがする少女の声に反応し、カムイちゃんと西宮は彼女に視線を向ける。

 

 少女は長い金髪をピンクのシュシュでまとめ、左肩から前に流している。大きな二重の赤い目が印象深く、薄紫のマントの下は白を基調とした上着と赤のスカートに黒のタイツだ。背はカムイちゃんより少し低い。

 

 西宮の三白眼に見られたせいか、彼女はビクッと肩を跳ねらせた。

 

「何ニャ、こっちは今忙しいのニャ。見世物じゃないニャ」

 

 カムイちゃんはハッキリとやさぐれていた。

 

「……あ、あの。フィールドに入りたいのなら、私と一緒に行きますか?」

 

「え? いいのかニャ?」

 

 その提案に、カムイちゃんの顔がパッと晴れる。

 

 カムイちゃんの笑顔を見て、おどおどしていた少女の顔から不安が薄れる。

 

「二人ぐらいなら大丈夫です……あの、ですよね?」

 

 と、マントの少女はカムイちゃんに食いつかれていた役員に尋ねる。すると、役員は疲労感たっぷりの顔で、

 

「東屋(あずまや)ちゃんが見てくれるなら大丈夫だよ。だけど、許可できるのは十二丁目だよ?」

 

 すぐに許可を出した。

 

「そ、それで……いいですか?」

 

「入れるならいいニャ」

 

「いや~悪い、助かるわ。入るなら入るで、誰かしっかりとした人について来てほしいと思ってたんだ」

 

 西宮に話しかけられ、少女は視線をそらして肩を縮こまらせる。明らかに怯えた反応だった。

 

「西宮。ちょっと整形行って目を変えてきてくれるかニャ」

 

「そんなおつかい感覚で行けるかぁ!」

 

「親切な幼女が怖がっているんだニャ。それならせめて睨んでないで、ニッコリ笑顔スマイルになるニャ!」

 

「睨んではいねえよ! さっきも俺的には笑顔だったんだよ! 悲しいこと言わせんな!」

 

 少女は言い合いをする二人に慌てて、

 

「あの、ごめんなさい、ごめんなさい。私なら大丈夫ですから。それと私は高等部に所属する十五歳で、幼女ではないです」

 

 彼女の発言に言い合いをしていた二人はピタリと止まり、ビックリした顔を彼女に向ける。

 

「え? 同い年?」

 

「一歳下かニャ?」

 

 カムイちゃんより背の低い少女は、下手をすれば小学生にも見えた。とてもではないが高校生だと思えなかった。

 

「あの、東屋ちゃん。早く連れて行ってくれるかな」

 

 ずっと目の前で話されていた役員が、ぐったりとした様子で少女に一枚の札を手渡し、最早お願いしている。

 

「あ、はい。わかりました」

 

「何だろニャ。厄介払いされている気分だニャ」

 

「おそらく間違ってねえよ」

 

 すぐさま入る西宮のツッコミにカムイちゃんは、

 

「もう! さっきから西宮はなんなんニャ!」

 

「カムラーがブレーキになってツッコまないと、カムイはすぐスピード振りきって突っ走るだろうが!」

 

 言い合いをする二人を横目に見ながら役員は、

 

「フィールドの内外を問わず、異世界の人が襲われる事件が起こっているから、その二人を連れていくなら十分気をつけてね。本当は道警に任せた方がいいんだろうけど、今道警は時計台の方で手一杯だから、対応が後回しにされるだろうし」

 

「分かっています。任せてください」

 

 役員からの忠告に、少女は真剣な顔で頷いた。そして、言い合いをする二人に向かって少女は胸の前で両手をしっかりと握り、

 

「わ、私、精一杯頑張りますので、楽しんでいってくださいね」

 

 力強く意気込む少女を見て、二人はすぐ言い合いを止め、カムイちゃんは笑顔を見せて手を差し出す。

 

「私の名前は北海道育成アイドル、北乃カムイだニャ。こっちはパートナーの西宮、よろしくおねがいしましゅうこ。君の名前は何だニャ?」

 

「わ、私の名前は東屋(あずまや) 透(とおる)です。こちらこそよろしくお願いします」

 

 自己紹介を終えて透は若干頬を染めつつ、カムイちゃんの手を両手で握った。

 

 

 資料館の奥にある部屋はそれなりに広く、中央には浮遊するキューブがあり、その周囲の床に札が貼られて円陣の形を作っている。

 

 透は役員から渡された札を、円陣の札の上にはる。

 

 すると、キューブが淡く明滅する。

 

「それでは、円陣の中に入ってください」

 

 透にそう言われ、カムイちゃんはさっさと円陣の中に足を踏み入れ、姿を消した。

 

 西宮は内心驚きつつも、小さな透にオズオズと「あなたは行かないのですか?」と上目遣いで見られると、声を上げることも怖気づくこともできなかった。覚悟を決め、彼は勢いをつけて円陣に飛び込んだ。

 

「うわっ!」

 

 一瞬の浮遊感の後、雪が所々に残る草原に足がついた。

 

「おっ、意外に早かったニャ。もうちょっと時間がかかるかと思ったのににゃ~」

 

 先に待っていたカムイちゃんは、ニヤニヤの笑顔で西宮を迎えた。

 

「うるせぇ」

 

「ここが、『花のサンクガーデンゾーン』です」

 

 最後に来た透が、フィールドの紹介をする。広大で次の十一丁目が全く見えないほどだったが、彼方にあるはずのテレビ塔はうっすらと姿が見えた。

 

「春から秋まで人気があるので、この時期はあまり人がいないんです。でも、花が咲き誇るとすごいんですよ。特にバラがすごいんです」

 

『へ~』

 

 二人に感心するような目で見られ、透は気恥ずかしそうに顔を薄く染める。

 

「え、え~っと、その……では、お二人には最低限自分の身を守れるよう、札の使い方を教えますね。札はお持ちですか?」

 

 聞かれて、二人は札を一枚手に持つ。

 

「札自体に力があるから気負う必要はないです。自分の体の一部だと思って、札に血が通うイメージを持てばいいです」

 

 二人は言われた通りのイメージをし、

 

「……あ、なんか札が……気持ち熱いニャ?」

 

「え? 俺何も感じないんだけど」

 

 札に反応が無いことに少し焦りながら言う西宮の後ろで、透が背伸びをして彼の肩ごしに札を確認して、

 

「あ、それでしたら黒の字で書かれた札を試してください。カムイちゃんは札から手を離してみてください」

 

 透に言われ、西宮は赤い字で書かれた札から黒い字で書かれた札に変え、カムイちゃんはゆっくりと札から手を離す。

 

「! 浮いたニャ!」

 

 胸の前に札が浮いているのを見て、カムイちゃんは興奮したように声を上げる。

 

「うわ、すごっ」

 

 西宮もその現象を見て、目を丸くして驚く。

 

「に、西宮さん、札が熱くなったと感じたら、腕にはってみてください」

 

 カムイちゃんの方を見て自分の方に集中していなかった西宮は慌ててイメージをする。そして、札を熱く感じてから右腕のコートの袖をめくり、トレーナーの袖を上げて腕を出す。肌に直接寒風を感じながら、札を腕にくっ付ける。

 

 風で飛ばされないかと思いながら、手を札から離すと、

 

「あ。くっ付いた」

 

 札は右腕にはりついていた。

 

「札は発動前に浮力(ふりょく)と張力(ちょうりょく)が発動します。カムイちゃんのが浮力、西宮さんのが張力です」

 

 カムイちゃんと西宮は互いの札の反応を見て、興奮して笑顔を見せ合う。

 

「に、西宮さんは浮力が弱く、張力が強い武身強化(クロエゾ)と相性が良いみたいです。最初に持っていたのは森羅万象(アカエゾ)ですから発動しなかったと思います。カムイちゃんの方は浮力が強く、張力が弱い森羅万象(アカエゾ)と相性が良いみたいです」

 

 透の説明を聞き、カムイちゃんは顎に人差し指を当てて首を傾げる。

 

「武身強化(クロエゾ)、森羅万象(アカエゾ)って何ニャ?」

 

「札の種類です。武身強化(クロエゾ)は札の力で肉体や武具の能力を上げる札で、森羅万象(アカエゾ)は火を出したり、風を起こしたり、雷を発動させたり……簡単に言うと、ゲームの攻撃魔法みたいな札です」

 

「カッコいいニャ! 王道って感じがするニャ!」

 

 カムイちゃんは目を輝かせ、西宮はちょっと不満げな顔を見せる。

 

「俺もそっちの方がよかったな」

 

「あ、相性の良し悪しだけで、鍛えれば両方使えるようになります、から……」

 

 西宮はまだ目線を露骨に合わせない透にちょっぴり傷つきながら、

 

「……で、どうやって二つの札を見分けるんだ?」

 

「まず、札に書かれている字が効き目を表しています。そして、武身強化(クロエゾ)は黒い字で書かれ、字を囲むようにある放射状の線が外から内になっています。森羅万象(アカエゾ)は赤い字で書かれ、放射状の線が内から外です」

 

 説明を受け、二人が自分達の札を確認する。

 

「達筆な字で〝硬化〟って書かれてんな」

 

「あ、そうニャ。こっちをはればどうなるんだニャ?」

 

 と、カムイちゃんは浮いている〝炎〟と書かれた札を手に取り、

 

「あ! 待ってください!」

 

 透が止めようとしたが、カムイちゃんはペタッと西宮の右腕に札をはりつけてしまった。

 

 すると、次の瞬間燃え上がった。

 

「熱! あっちぃアッツイアッツ!」

 

 西宮は絶叫しながら燃える右腕を振り回す。

 

 透はすぐさま行動に出て、まだ燃えていない西宮の右上腕を掴み、足払いをかけて転がし、右腕を雪の中に突っ込ませて消火する。

 

 火が消えて、場にホウッと安堵のため息が漏れた。

 

「森羅万象(アカエゾ)は発動した人以外にはられた場合、すぐ攻撃が発動します。発動しないようコントロールして好きな時に発動させることもできますけど……」

 

「勢いで行動するな!」

 

「何を言うかニャ! 私から勢いを取ったら世界が羨(うらや)む可愛さ溢れる美少女猫耳娘、夕焼けに染まる窓辺で本を読む落ち着いた深窓の令嬢になるニャ! 同性の嫉妬を受けてアイドル業界で生きていけるかニャ!」

 

 西宮は雪の中から右腕を引っこ抜いて、一息で図々しさを語るカムイちゃんの頭部にツッコミチョップをする。その右腕は赤くなっている場所もなく、無傷だった。

 

「強化した腕だったのが不幸中の幸いでした。上級者の中には自分で武身強化(クロエゾ)と森羅万象(アカエゾ)を使って、燃える拳とか雷をまとった蹴りとか使う人もいますよ」

 

「なにそれ、カッコいいニャ!」

 

「サンキュー透。おまえがいてくれてホントによかった」

 

 西宮にシミジミと感謝され、透は照れたのか恥ずかしそうに下を向いた。

 

「き、基本的なことは、以上です」

 

「なら、次は実践だニャ!」

 

「だから早いってぇの。カムイってアレだろ。ゲームの説明書を読まずにさっさと始めるタイプだろ?」

 

「そういう西宮は、ボス戦前に必要以上にレベルを上げて挑むタイプだろニャ?」

 

 二人して、「なぜ分かるコイツ」と無言の返しをする。

 

「あの~、とりあえずはまず、見ていてくださいね」

 

『え?』

 

 透は懐の中に手を入れて素早く振り返り、その勢いの動作のまま札を投げた。

 

 中型犬ほどの四足獣は、札がはりついて燃え上がった。

 

 いつの間にか、三人は群れでやってきた四足獣に、牙をむかれて囲まれていた。

 

 

 体に札をはった透は、素早く飛びかかってくるモンスターを楽々と避け、その際に背中や額に札をはっていく。そして、背後から飛びかかってきたモンスターを、高く跳び上がってかわした。

 

 着地と同時に透が指を鳴らすと、モンスターにはった札が一斉に爆発を起こした。残ったモンスターは爆発音に驚いて一瞬硬直し、その隙を逃さず、透はそいつらに向かって札を投げた。

 

 その札がモンスターにはられると、札から鋭利な風が発生してモンスターを切り刻む。

 

 二十はいたであろうモンスターを、透はものの一分もかからず倒してしまった。

 

 その様子を見ていたカムイちゃんと西宮は、終始ポカーンと口を開けていた。

 

「…………(とんぼ)」

 

「……ああいうのをやらないと、いけないのか」

 

 実際にバトルを目の当たりにして、

 

「にゃは、は、ははは、た、大した、こと、ないのっぽろちょう。あ、あれぐらい、れんすうすれば、私だってすぐできるように、なるニャ」

 

「せめて噛まずに言えたら強がられたのにな」

 

 西宮が隣のカムイちゃんを見ると、すっごい目が泳いでいた。

 

 疲れた様子が全く見えない透が、「お粗末様です」と言わんばかりの恐縮したような照れ笑いをし――一瞬で顔に緊張を走らせる。

 

「お二人とも動かないで!」

 

『えっ?』

 

 透はマントの下に手を入れ、三枚の札を取り出す。そして、体の前で浮力を持った三枚の札を浮かせ、それらの札から発せられる淡い光が札同士を繋いでいく。

 

「集え、三つの焔(ほむら)――レプ!」

 

 三枚の札が形作る三角形の中心から数十の火球が飛び出し、カムイちゃんと西宮の背後で収束して大きな爆発を起こす。爆風に押された二人が背後を確認すると、大ガラスが焼き落とされていた。

 

「すっげぇ~」

 

「い、今のは何ニャ!?」

 

 興奮したカムイちゃんに詰め寄られ、透は肩をすぼめて軽く身を退く。

 

「え、え~っと……札には浮力・張力以外にもう一つ秘められた力、繋力(けいりょく)があるんです。それを引き出すことで複数の札を繋ぎ合わせ、強力な効果を発揮させることができるんですよ」

 

「複数枚使うとあんなにカッコイイ技が使えるのかニャ。私も使えるかニャ」

 

 カムイちゃんはバッグから札を取り出しては、力を込めて浮かせるが、次の札を浮かせるとその前の札は力を失って落ちていく。

 

「あ。無暗に札を発動前にしないでください。繋力はそう簡単に使えるようになるものじゃありませんし、初心者の浮力や張力だと――」

 

 透が話している時に一陣の風が吹き、

 

「強風で飛んでいきかねな、い!」

 

 カムイちゃんの札が風に飛ばされて、透の額にはられた瞬間に札が発動してしまった。漬け物石ほどの大きさの石が出現し、透の頭にぶつかった。

 

 そして、透は二人の目の前でゆっくりと倒れていった。

 

「…………(とんぼ)」

 

 一拍の沈黙の後、

 

「ちょ、何やってんだよ! カムイ!」

 

「あわわわわ、ゴメン! ゴメンねむろ! 大丈夫かニャ!?」

 

「お、落ち着け! と、とりあえず、て、手当て……を……」

 

 西宮の語尾が徐々に小さくなっていき、視線もカムイちゃんの後ろに向けられる。

 

 ズシンッという背後の大きな物音で、カムイちゃんの肩がはねた。彼女の眼前にいる西宮の顔が、徐々に青ざめていく。

 

 何かの荒い呼吸までカムイちゃんの耳に届いてくる。彼女は恐る恐る、ゆっくりと振り返った。そこには額に札をはり、ぎらついた目で牙の間から白い呼気を吐く熊のようなモンスターが立っていた。

 

「うにゃ~!」

 

「うわあ~!」

 

 モンスターは身体を震わせる雄叫びを上げ、腕を振り上げて西宮へと振り下ろす。

 

「危ないニャ!」

 

 カムイちゃんが西宮の腰にタックルして抱きつき、後ろに倒れる彼の眼前をモンスターの爪が裂いていった。

 

「西宮、透の右を持つニャ! 逃げるニャ!」

 

「わ、わかった!」

 

 初めの攻撃を避けられたことで西宮の硬さが取れたか、二人は俊敏な動きを見せ、気絶している透の右腕を西宮が、左腕をカムイちゃんが肩に回して抱え、ダッシュで逃げる。

 

 モンスターは四つん這いになり、逃げる三人を追いかける。

 

「ビ、ビックリしたニャ~」

 

「そりゃモンスターが出るんだろ! こういう状況だって十分考えられただろうが!」

 

「え? あ、いやビックリしたのはだにゃ~……あいつの胸元あたりを見るニャ」

 

 カムイちゃんに言われて、西宮は余裕がなかったが肩ごしに振り返ってモンスターの胸元を見る。そこには、白い三日月模様があった。

 

「ツキノワグマタイプとは意外だニャ。札幌の熊といったらヒグマだからニャ」

 

「どこに驚いていたんだ、おまえはあぁ~!」

 

 西宮の泣き絶叫ツッコミを無視し、カムイちゃんはバッグに手を入れてさぐり、

 

「最初の手段をくらえニャ!」

 

 札を取り出し、後ろを振り返り手元で発動させる。放たれた野球ボール大の火球が熊の顔に当たったが、相手は意に介さず、むしろ攻撃に怒ったのかいきり立ってスピードを上げる。

 

「何ニャ、あいつ! 額に札を付けたキョンシーのような奴なのに、耐久力とスピードが半端ないニャ! 仕方ない、次は西宮行くニャ!」

 

「あ~も~! わかったよ、ちくしょう!」

 

 西宮は自分を鼓舞するように叫び、カムイちゃんに透を預け、モンスターの進路を塞ぐように立つ。彼はポケットから取り出した札を右腕にはる。

 

「〝硬化〟!」

 

 強化した右腕を引いて腰だめに構え、タイミングを合わせて思いっきり突き出す。

 

 モンスターの突進と打撃が衝突し、

 

「っぐうぅあぁ!」

 

 西宮は当たり負けし、体ごと後ろに吹っ飛んだ。

 

 カムイちゃんの足元にまで転がってきた西宮は、すぐさま上体を起こしてモンスターを見る。攻撃が無駄ではなかったのか、こちらが逃げるのをやめたためか、モンスターは突進を止めてこちらの様子を窺っている。

 

 西宮は硬化していた右腕より右肩の方を気にして左手で押さえていた。

 

「……武身強化(クロエゾ)の持続時間ってどれぐらいなんだ?」

 

「字が消えかかっているから、全部消えたら終了なんじゃないかニャ」

 

 言われて西宮が右腕の札を確認すると、確かに墨の字が薄くなってきていた。

 

「うにゃ~、冬眠明けの熊より好戦的なやつだニャ。やっぱりそこらへんがモンスターなんだニャ」

 

「次はどうするカムイ?」

 

 聞かれて、カムイちゃんは透を静かに下ろして西宮の隣に立ち、

 

「こうなったら最後の手段ニャ!」

 

「早っ! 最初と次が終わったら最後って早すぎるだろ!」

 

「最初があれば最後もある、当然の理屈ニャ!」

 

「手詰まり感が半端ねえんだよ! 初っ端に『最後の手段』って言われたらいくつか『最後の手段』があるんだろうなって思えるけど、最初と次がきて最後って、もう後ねえだろ」

 

 カムイちゃんは変なものでも見るような顔で西宮の顔を見て、

 

「西宮は何を言っているのかニャ。最後だから最後の手段に決まっているニャ。最初にあるわけないニャ」

 

「あ~も~、何て言うか……ギャグの様式美ってやつだよ!」

 

 その時、機を窺っていたモンスターが唸り声を上げ、地を駆って再び向かってきた。

 

 慌てた二人は、

 

「とりあえず西宮、殴るニャ!」

 

 カムイちゃんは右手でモンスターを指さし、左手で西宮の右拳を触る。

 

「カムイを?」

 

「なわけないだろニャ~!」

 

「だって、あいつには効かな――ああ~も~!」

 

 西宮の訴えを聞かずに後退するカムイちゃんを見て、彼はやけくそ気味に拳を突き出し、

 

「待っ! ままっまままま――」

 

 張力が弱くて剥がれそうになっている札を、自分の右拳に見た。

 

 驚きの声を西宮が上げるが、くり出した動作は止まらない。西宮の札付きの拳と突進してくるモンスターがぶつかった。

 

 キィン!

 

 耳慣れない甲高い音と同時に、衝突した場を中心に風が吹き荒れた。

 

 カムイちゃんは風が止むと、顔をガードしていた腕を下ろし、つぶっていた目を開ける。

 

 モンスターは氷像となっていた。

 

 そして、西宮がその氷像と接していた右拳を引くと、モンスターは音を立てて崩れた。

 

「おっしゃまんべ~! 上級者が使うって言ってたから、きっと相乗効果があって威力が上がると思ったけど、計算通りニャ!」

 

「せめて一言ことわれや~!」

 

 よっぽどだったのだろうか、声を荒げる西宮は涙目だった。

 

「いや~、だって発動のタイミングをコントロールできるかどうかは一か八かだったからニャ~。西宮が誤爆する危険もあると気づいたら、口論になってタイミングを失うと思ったのニャ~」

 

「一か八かって……ホントに、運と勘と勢いで行動しやがってぇ~」

 

「今、もしかしてモンスターを倒しました?」

 

 その声に反応して二人がそちらを見ると、透が頭を押さえて目を覚ましていた。

 

「透、目を覚ましたのかニャ。よかったニャ~……そうだニャ。私と西宮の札を合わせた合体攻撃で倒したのニャ」

 

「……まさか。他人同士の札が協力するなんて聞いたことがありません」

 

「ホントにゃ。ね、西宮」

 

 仏頂面の西宮が、腕を組んで不機嫌そうに頷いた。

 

 透は信じられないと赤い目を丸々とさせる。その顔を見て、二人は改めて自分達がどれだけ凄いことをやったのかを、何となく理解する。すると、調子に乗ったカムイちゃんが、

 

「にゃはははは。選ばれし者の力が出ちゃったかニャ。まあ、当然と言えば当然だけどにゃ~。私、北乃カムイはアイドルなのニャ。アイドルはファンのみんなと繋がりあって、色々な力を分け与える特性があるからにゃ~」

 

「そうだな。本来なら夢と希望が詰まっている胸も、みんなに夢を分け与えているから小さいんだからな」

 

「ケンカうっとんのか、こら~!」

 

「カムイこそパートナーを何だと思ってんだぁ!」

 

「あの~、もしもっと札のことを知りたいのなら、学園に来ませんか?」

 

『学園(ニャ)?』

 

 首を捻る二人に、透は頷いてみせる。

 

「北海道(ほっかいどう)札(さつ)教(きょう)学園(がくえん)と言って、札のことを学べるところで学園以上の所はありませんから。どうですか?」

 

 それを聞き、西宮は責める視線をカムイちゃんに向け、その視線の意味が分かった彼女はサッと明後日の方向を向いた。

 

「…………おい、カムイ。札について学べる場所があるんなら、こんな危険な場所じゃなく、最初はそっちに行くべきだったんじゃないか、なあ?」

 

 西宮の三白眼に睨まれ、カムイちゃんは汗をダラダラと流しながら、

 

「い、いやいやいや、西宮。だって『学園』だニャ。そう簡単に入れるわけないニャ。それに私達はそれほどお金も持ってないし……」

 

「大丈夫ですよ。異世界から来た方にこちらの世界の生活と常識を知ってもらうため、かなり優遇措置が取られますから学校に通うのは難しくないです。それに『学園』は異世界の人で、さらに特別な力がある人はけっこう簡単に入れますよ」

 

「カ~ム~イ~!」

 

「私だってそんなに異世界のサッポロに詳しいわけじゃないニャ! そこら辺は勘弁してくれニャ!」

 

 追われるカムイちゃんと追いかける西宮。その二人をどうしていいか分からずオロオロと眺める透。

 

 三人は気づかなかった。十二丁目の中心にある『若い女の像』の影から三人を見ている人がいることに。 


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