北乃カムイのもにょもにょ異世界(仮)『消えた時計台を探せ』   作:カムラー

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切るところがなくて、少し長めです。


最終決戦

 カムイちゃん達は時計台の入口に現れた。

 

 周囲を見渡せば暗いようで明るい、マーブル模様の変な空間だった。

 

「ようやく時計台にたどり着いたニャ」

 

「日頃は何とも思わず通り過ぎているばっかりだったけど、こうして見ると感慨深いものがあるな」

 

 入口のガラス戸を、カムイちゃんと西宮はシミジミと眺める。

 

「感じ入っている場合か。ここからが正念場だろうが」

 

「そうですよ。時計台を元の場所に戻さないと終われません」

 

 翡翠と透に指摘され、二人は照れ笑いを見せた。

 

「さ、それじゃ行くかニャ」

 

 気を取り直してガラス戸を開けて中に入り、大展示室を通り抜けて奥の階段を上り、演武場に足を踏み入れる。

 

 板張りの床がわずかに鳴り、清閑な空間に響く。

 

 普段は中央に長椅子・長テーブルが並んでいるが、それらは隅におかれ、広々とした場所が確保されている。その中央に、

 

「待っていましたよ、北乃さん。それと、案の定お友達も……東屋さんまでいるのは、少々予想外でしたが」

 

「クリュー……先生、これから先生を、殴ります!」

 

 透はマントの下から出した手を強く握り、本当は震えているのを誤魔化す。そして、強く言い放つことで、クリューを自分から突き放した。

 

 一瞬キョトンとしたクリューは、

 

「ふふふ、これはこれは。新しい友達の影響ですかね……良いか悪いかは、どうなんでしょうね」

 

 口元を手で隠して笑った。

 

「最後に一応聞いておくニャ。すぐに時計台を元の場所に戻して、道警に自首するニャ」

 

「お断りします。私はこれから札の力で操ったモンスターを時計台に収容し、異世界に旅立って新たな力を得て、あらゆる世界の支配者になるのですから」

 

「そんなバカげたくだらないことをするために、こんな真似を!」

 

 怒気を露わにした翡翠を、クリューは一笑に付した。

 

「ふふふ、それほどバカげたことでも、くだらないことでもないのですよ。札があればね」

 

 クリューは手の中で扇のように札を広げる。

 

「あなた達は生まれた時から札と接していたため、これがどれほど可能性を秘めているのか分からないのかもしれませんが……ハッキリ言って、異常な力ですよ、これは。誰が使っても一定以上の効果が発揮でき、札同士や何かと組み合わせることで更なる力が発揮される。つまり、他の異能力やオーバーテクノロジーとも融合できる可能性があるのです!」

 

 クリューは両腕を広げ、興奮して高らかに言葉を放つ。

 

「おそらく、この世界が異世界と繋がりやすい……何でも誰でも受け入れる特性から生まれた技術なのでしょう! 私は不思議でならない! これほどの技術を有して、なぜ異世界にうって出ないのかと! たとえこちらからは異世界に行き難くても、行く方法がないわけではない! 私のように異世界人からエネルギーを吸うだけ吸って使い捨てればいいのですから!」

 

「――やめろ!」

 

「いい加減に耳障りな口を閉じるニャ!」

 

 翡翠とカムイちゃんの制止で、クリューは雰囲気を落ち着かせ、姿勢を改めた。

 

 自己陶酔したクリューの言葉を聞いているのは苦痛だった。誰より、透が。決心したとはいえ、さすがに堪えたようで顔色が悪い。

 

「そうですね。なら、始めますか」

 

 クリューが空いている手で指を鳴らすと、カムイちゃん達の周囲の床に隠されるようにはられていた札が発動し、倍加した重力に襲われた彼女達は床に手と膝をつけた。

 

「しまっ!」

 

「なんニャ!?」

 

「トラップ専用の、札です」

 

「さて、思惑通りお友達を連れて乗り込んできた北乃さん。取引をしましょう。彼女達を無事にサッポロに戻してあげます。その代わり、あなたは私に協力してください」

 

『――っ!』

 

 ツカツカと近寄ってきたクリューの提案に、四人は声を出せずに驚いた。

 

「これを提案するために、一人で来てくださいと言わなかったんですよ。手間がかからないよう、あなたから望んで私に協力してもらいたいですからね。あなたのようなアイドルなら、自分より他人を取引材料にした方が効果的かと思いまして」

 

 確かにその通りで、カムイちゃんは苦しげな顔をしながら、すぐに断ることができないでいた。

 

「ちなみにこの場を取り繕って返事をしようとしても無駄ですよ。協力するならこの札をあなたにはらせてもらいます」

 

 と、カムイちゃんに見えるように出してきた札は、

 

「そ、その札は……」

 

「ええ。自我のある人には効果がないですが、あなた自身がこの札を受け入れるなら話は別です。喜んで私に協力するようになるでしょう」

 

「か、カムイ……ちゃん、ダメ、だ」

 

「そんなの、ダメ……です」

 

 凄まじい重力の中、必死に声を搾り出した。

 

 クリューは手元で札の一枚を発動させ、翡翠の近くに火球を着弾させる。

 

「さあ、どうします?」

 

 脅しだと分かる攻撃……すなわち、次は当てる。

 

 カムイちゃんは歯を食いしばって四肢に力を込め、必死に動こうとしている。

 

「ふふふ、無駄な足掻きですよ。そこからは抜け出せない…………しかし、元教師として情けない限りですよ。特に東屋さんと南川さん、札の対人戦は相手の行動を読み、二手三手先を呼んで仕掛けをすることが基本だと教えたのに。初心者の北乃さんと――!」

 

 ふっと思い出したクリューは、四人の最後尾にいた床に跪く西宮を視界に入れて、安堵のため息を隠した。狙っていたカムイちゃんと気炎を吐く透と翡翠の背後にいて、ずっと黙っていたためすっかりと存在を忘れてしまっていた。だが、罠にかかっているのなら……。

 

「!」

 

 西宮は演武場のドアの外で跪いていた。そこは、効果範囲外だ。

 

「貴様ァ!」

 

「あぶね、ギリギリセーフ。トラップ用の札だけあって、見つけるのになまら苦労した」

 

 言いながら西宮が床にはられた札をはがすと、音を立てて重力の場が砕け散った。

 

「か、体が、動く!」

 

「西宮さん!?」

 

 思わず後ろを振り向いた翡翠と透に、西宮は慌てて前を指さし、

 

「後ろ向いてないでまずは攻撃! 敵がそこにいてくれてるんだぞ!」

 

 言われて、「そうだ!」と思って前に顔を戻せば――

 

「悪いけど、現役アイドルは特定の誰かのものにならないニャ!」

 

 カムイちゃんがクリューに顔面パンチを入れてる瞬間だった。

 

 飛び退いたクリューは、パンチの入った顔を一拭いし、

 

「……西宮さん……あなた、札の対人戦に向いていますよ。私が保証します」

 

 忌々しげに睨んでくる彼に、西宮は嘆息して肩をすくめた。

 

「みんな仲良く相手が待ち構えている所に入っていったら、罠にかけてくださいって言ってるようなものだろ。そんなもん、冷静に考えれば誰だって分かるわ。褒めるな、恥ずかしい」

 

 そして、暗に冷静でなかったと言われた三人は、さらに恥ずかしい。

 

「い、行くぞ透! 援護は任せた!」

 

「う、うん!」

 

 棍を携えた翡翠がクリューへ駆け出し、透が体の前で札を浮かせる。

 

 棍に〝伸縮〟の札をはった翡翠がジャンプして、間合いの外から突き出す。

 

 クリューは左腕に〝鉄壁〟の札をはり、左の掌で棍を押し止めた。さらに、右側からせまる火球に対しては、浮遊させた〝神風〟を発動させてかき消した。

 

「ユナイテッドフロント!」

 

 他の二つの攻撃を受けている時に、正面から西宮が迫ってきた。

 

 クリューは振り上げられる燃える拳を見ながら、無理して避けるよりもさらにその次の行動を選んで歯を食いしばった。

 

「豪火鉄拳(ごうかてっけん)!」

 

 腹に深く突き刺さった拳に数歩後退しながらも、クリューは右脚に二枚の札をはる。

 

 クリューがくり出したハイキックを西宮はギリギリで避けたが、蹴りが過ぎる瞬間に雷が走った。

 

「――――!」

 

 体を駆け巡る雷に、西宮は声も出せずに痺れて倒れる。

 

「この程度も一人でできないくせに」

 

 無防備に倒れる西宮の後頭部に踵を落とそうと、

 

「棍操術、桜花(おうか)!」

 

 炎が迸る棍を一閃させ、クリューを退かせる。

 

「集え、三つの焔――レプ!」

 

「ふん!」

 

 三つの炎が結集し爆砕した空間に向けて、〝極寒〟の札を発動させて相殺させた。

 

「罠があれ一つだけとは、思わない方がいいですよ」

 

 クリューの意識一つで発動した天井の札が、広範囲に落雷を展開させた。

 

 透はすぐさま札で防御して問題なかったが、翡翠は西宮に駆け寄ってから防御を開始したため、多少喰らってしまった。

 

「く・ら・え・ニャ~!」

 

 背後(背後!?)から聞こえた声に、クリューは一発くらう覚悟をして歯を食いしばり、雷をまとった左足で後ろ回し蹴りを放った。

 

 体勢を極端に低くして迫ってきたカムイちゃんは蹴りもまき散らす電撃もかいくぐり、クリューの懐に入る。

 

「切り札その二! 直接繋力(けいりょく)!」

 

 淡い光りで繋がった二枚の札を、手早くクリューの体にはりつける。

 

「一寸先も見えない風雪の恐怖! ドーザリブ!」

 

 クリューを包むように氷の竜巻が発動された。

 

 体の芯まで凍りつきそうになる中、クリューは自身に札をはる。

 

 天を焦げ付かせるほどに立ち上った炎の柱が、氷の竜巻を吹き飛ばした。

 

「……〝神炎〟カルラ!」

 

 全身に炎をまとったクリューが、平然と立っていた。

 

「あんな強力な炎、普通なら自爆しているぞ」

 

「やっぱりすぐに回復するから大胆に出られるんだニャ」

 

 カムイちゃんは翡翠と西宮の所にまで後退した。

 

「ところでカムイちゃん、どうやって背後に回ったんだ?」

 

「一階に下がって大展示室を抜けて、事務室の隣にある普段は使われていない階段を使ったんだニャ」

 

 さすがと言うか、時計台の構造を熟知しているカムイちゃんらしい行動だった。

 

 その時、裂帛の気合いと共に、クリューが体の炎を周囲に吹き飛ばした。

 

 暴力的な熱風に、枯葉のように吹き飛ばされた三人。背後にいた透が、二枚の札を繋げて作ったゼリー状の液体で、三人を壁に激突する前に受け止め、炎も鎮火させた。

 

「う~、一部のファンが喜びそうな絵面だニャ」

 

 頬についた粘着性の液体を手で拭いながらのカムイちゃんに、

 

「九部のファンが「また身の丈にあってない萌え努力を」と呆れているぞ」

 

 カムイちゃんのパンチが、西宮の頭に落ちた。

 

「…………二人とも、真剣にやれ」

 

「この調子だと……どうにかして回復の札をはがさないと、こっちが先にやられちゃいます……」

 

 クリューの方を見れば、傷や凍傷、火傷のダメージが見る間に回復されていく。

 

「……三人とも、一か八かの作戦を思いついた」

 

 と、四人は額を突き合わせるほど近づいて、西宮の話を聞いた。

 

「えっ!」

 

「そんなことできるのか!?」

 

 心配そうな声に、西宮は腕を組んで胸を張り、

 

「再度確認したから間違いない。けど、こっちができるかどうかは知らん。勘と勢いで考えついた」

 

 キッパリと言われ、透と翡翠は肩から力が抜けてしまった。

 

 しかし、カムイちゃんだけはそんな風に言う西宮が面白くって、つい笑ってしまった。

 

「透、協力してくれるかニャ?」

 

「カムイちゃん……」

 

 笑顔のカムイちゃんに、透はどこか不安げな顔を向ける。

 

「そんなに心配すんなって透。できるはずだろ」

 

 と、西宮は左の袖をめくってピンクのリストバンドを見せた。それを見て、透は髪をまとめているピンクのシュシュに熱を感じた。

 

「――分かりました。やってみます」

 

 透が決然と引き受けた。

 

「おまえこそ大丈夫なのか、西宮?」

 

「俺の生命線は翡翠にかかってんだから、大丈夫なのか聞きたいのはこっちだよ。ホント頼むぞ」

 

「失礼な奴だな。『石狩』の称号を持つ私に手落ちなどない」

 

 翡翠が棍を構え、真っ直ぐな視線を前に向ける。

 

「最後の手段……だニャ」

 

「ああ。でもこういうぶつけ本番の賭けは、主人公サイドは大抵成功するもんだ。様式美として」

 

 カムイちゃんと西宮は、集中するように深呼吸をした。

 

 ゼリー状の液体から抜け出した時には、透以外の三人は立つのもやっとの状態だったが、目だけは希望を見て戦意が漲っていた。

 

 クリューは右腕に札を二枚はる。

 

「〝カルラ〟……さて、いい加減に決着をつけましょうか」

 

 燃え上がった彼の右腕から、離れているのに四人に熱気が届いてきた。

 

 炎に照らされるクリューの底知れない笑顔の迫力に圧され、油断したら立ち尽くしてしまいそうになりながらも、四人は合図も無しに同時に動いた。

 

 西宮と翡翠が左右に別れてクリューに接近し、カムイちゃんと透はその場に残って札を浮かせた。

 

 クリューから見て右から西宮が札を左手にはって迫り、左から棍を構える翡翠が来ていた。

 

 警戒するのならば間違いなく翡翠の方だ。実力も札の扱いも西宮と比べる間でもない。だが、クリューはもう、西宮を無視することができない。

 

 クリューは先に西宮に向かって炎の腕を振るった。

 

 先程のように広範囲に放たれたものと違い、狙われた一撃は格段に威力が違った。

 

 西宮は〝硬化〟の札をはった左手で顔を守ったが、熱と炎のほとんどを防げず、肌とコートが焼け、熱風に吹き飛ばされた。壁に激突してそこにあった長テーブルと長椅子を巻き込んで倒れた。

 

 西宮がやられている間に近づいた翡翠は、下段から棍を振り上げる。

 

「棍操術、雷花(かみなりばな)!」

 

 電光をまとった棍が、クリューの右脇腹に深くめり込み、翡翠の手に骨の折れる音と鈍い感触を伝えた。

 

「だがら」

 

 血液混じりにくぐもった声の後に、クリューは視線を足元に落とした。

 

「二手三手先を読むものだと、言っているのですよ!」

 

 翡翠の足元にあった札が爆裂し、彼女を天井近くまで弾いた。

 

「ユナイテッドフロント!」

 

 電撃に痺れ、動かない体で視線だけを声の方へ動かす。

 

 そこにいたカムイちゃんと透が、互いに札を淡い光で繋いでいた。そして、カムイちゃんの二枚の札と、透の三枚の札がさらに繋がって星を描く。

 

 クリューの視界で、演武場に常設している葉で形作られた星と、カムイちゃんと透が繋いだ星が重なる。その星は開拓使のシンボル――

 

「アシクネプ!」

 

「――五稜星!」

 

 放たれた赤い軌跡を残す光の奔流が、クリューへと迫る。

 

 クリューは痺れが回復した体で一か八か回避するより、防御に専念して最小限のダメージを回復させる方を選び、歯を食いしばって両足で床をしっかり踏み、防御の態勢を取った。

 

 赤い流星がクリューを貫いた。

 

 衝撃の激しさで、クリューは時計台の大型映像を流す液晶に激突し、めり込んだ。

 

 ズタボロの姿をさらすクリューの左胸で、一枚の札が脈打っていた。体に根をはる札がクリューの体を回復させていくが、予想以上のダメージで治りが遅い。

 

 クリューが少し回復した体で顔を上げれば、これまたボロボロの姿で髪もチリチリになっている西宮が、必死な形相で右足一本のケンケンで近づいていた。

 

 猛スピードで近づいてくる西宮の狙いは、もちろんクリューの左胸にある札だった。

 

 あと一歩で近づくという場面で、回復の札から鋭く尖ったツララが射出された。

 

 そのツララは完璧に西宮を捉えていた。

 

「翡翠!」

 

 声を発した瞬間、西宮のスピードがガクッと落ちて、左足を地面につける。そのおかげで、ツララは彼の右肩をかすめただけだった。

 

 何が起こったか分からない顔をしているクリューの前で、西宮は首の後ろにはっていた札をはがして捨てる。奇跡的に、クリューの目は札の字を見た――〝加速〟。

 

 強化したスピードが戻った西宮は、改めて右足で踏み込んだ――クリューの左胸の札に手をかけ、一気にはぎ取った。

 

 回復することがなくなったクリューは絶叫し、気力だけで液晶から抜け出し、止まれず転んでいた西宮へと手を伸ばした。

 

「クリュー先生」

 

 声に振り向けば、そこに透がいた。

 

「    」

 

 何かを言ったのかもしれないし、無言だったかもしれない。

 

 透の拳がクリューの顔面に叩き込まれた。

 

 

 最後に接近戦を引き受けた西宮と翡翠は、ダメージが少ないカムイちゃんと透に手当てを受けていた。

 

「いて、いてえって! もうちょっと丁寧にできないのかよ!」

 

 西宮が包帯を巻くカムイちゃんに、泣きながら訴える。

 

「男が手当てにガタガタ言うニャ。翡翠なんて静かなものニャ」

 

「そりゃ透の手当てが丁寧だからだよ!」

 

 カムイちゃんが巻いた包帯は、かなり乱暴で意味があるのかないのか。

 

「それにしても、カムイちゃんが西宮とだけでなく、透とも力を合わせられるなんてな」

 

 透は翡翠に包帯を巻きながら、照れて視線を下げる。

 

「あ~、まあ、条件に合ってると思ったから不思議じゃないって」

 

「でも、クリュー先生に避けられていたら……」

 

 終わった後まで心配している透に、西宮は手をプランプランと振って否定する。

 

「大丈夫だって。クリューには癖があったし」

 

「癖かニャ?」

 

「ああ。クリューは回復の札があるせいか、避けづらい攻撃は無理して避けるより防御するんだ。この前と今回で確認したから間違いない。避けづらくしてやれば、喰らってくれると思った。だから、回復の札をはがしてから当てるのは難しかったかもしれないけど、はがす前に当てるのはそう難しくない」

 

「なるほど。そして、すぐに回復できないほどのダメージを与え、その間に札をはがす。順番を逆にした発想がすごいな」

 

 納得した翡翠は、包帯が巻かれた右足の感触を確かめるように手で触る。

 

「だけど、最後どうして西宮は加速したスピードがガクッと落ちたのニャ?」

 

「忘れたのかよ。武身強化(クロエゾ)は他人にはられたら効果が逆転して発動するって」

 

「……………………(とんぼ)。あ、あ~あ~あ~、そうだったそうだったニャ~」

 

 絶対忘れていたリアクションをして、カムイちゃんは何度も頷く。

 

 西宮は嘆息しつつ、

 

「だから、事前に翡翠に〝加速〟の札をはってもらって、ジャストのタイミングで発動してもらって、俺の〝加速〟と相殺してもらったの」

 

 キッと翡翠から刺すような視線が西宮に飛んできた。

 

「恩着せがましく言うつもりはないが、武身強化(クロエゾ)の遠隔発動は難しいんだからな。しかも、コートにも〝氷〟の札をはれなど……あれこれ指図して!」

 

 クリューの炎をくらってほぼ炭となった西宮のコートは、激突した壁の所に落ちていた。だが、中の服は凍ったコートに守られてほぼ無事だった。

 

 不機嫌そうに頭から蒸気を出す翡翠に、西宮は口を尖らせて反論する。

 

「だってしょうがないだろ。俺はまだ札を二枚も三枚も同時に使えないんだし、カムイも透も合体攻撃に集中しないといけなかったんだから」

 

「だからと言って――」

 

 その時、激しい揺れが時計台を襲った。

 

「な、なんニャ!?」

 

 立つこともできないほどの揺れは一瞬だったが、鳴動は終わらず異変を感じさせた。

 

「ふふ、ふふふふふ。まさか私にそんな癖があり、それを見抜かれていたとは……ね」

 

 その声に振り返れば、ロープで拘束され、床に放置されていたクリューが意識を取り戻していた。

 

「クリュー!?」

 

「まさか、この揺れはおまえが!?」

 

 揺れの中、クリューは喉の奥で笑う。

 

「そうです。実はこの空間実に不安定でしてね。下手にキューブの力を使うと何が起こるか分からないのですよ。そこで私、キューブのエネルギーを解放し、暴走させました」

 

『な、何だってぇ~!』

 

 カムイちゃん達が驚愕の声を上げる中、クリューは視線を天井に向ける。その視線を追ってカムイちゃん達も見上げれば、そこにキューブがあった。

 

 キューブは激しく回転しながら放電していた。

 

「どうなってしまうんでしょうね。このままこの空間に留まるのか、どこともしれない異世界に飛ぶのか、もしかしたら時計台が元の場所に戻るのか…………ふふふふ、楽しみですね~……はははははっははははは」

 

 自暴自棄に高笑いをするクリューの胸ぐらを掴んで、カムイちゃんは引き起こす。

 

「おまえ、何がやりたいのニャ! こんなことして、何になるニャ!」

 

 カムイちゃんの真っ直ぐな金色の瞳を、クリューの空虚な目が見返す。

 

「…………ふふ、さあて、何がやりたかったのでしょうかね……最初はただ、手に入れた力で、地元世界の狂った支配階級をぶち壊そうとしていただけだったような気もしますが……ふふふ」

 

「おまえの身の上話なんてどうだっていいニャ! 早く止めるニャ!」

 

「無理ですよ。ほら、見なさい。キューブに近づいた物質が消えている。おそらくどこかに飛ばされているのです。もう近づくこともできない」

 

 クリューの言葉通り、回転するキューブは風を巻き込んで、吸い寄せられたものを消している。

 

「どうするカムイちゃん」

 

「…………キューブを破壊するニャ」

 

 カムイちゃんはクリューからパッと手を離し、三人に振り返って毅然と言った。

 

「あ~も~……ま、それしかないだろうな」

 

 一難去ってまた一難とぼやく西宮は、手荒く髪をかいた。

 

「でも、近づくことができないですから、破壊するには遠距離からの森羅万象(アカエゾ)による攻撃になります。直接はるより威力が落ちるので……並のスピードや威力では当てることすら難しいかと」

 

「なら、もう一度五稜星をぶっ放すニャ!」

 

「……分かりました」

 

 カムイちゃんと透はすぐさま五枚の札を繋げ、星を作った。

 

『アシクネプ――五稜星!』

 

 赤い流星がキューブを直撃した。

 

 四人が喜びの表情を浮かべたのは一瞬で――

 

「そ、そんな」

 

 キューブは衝撃で巻き起こった煙すらすぐにどこかへ消し、無傷の姿をさらした。

 

「どうすれば……」

 

「西宮」

 

 自然と三人の視線が西宮へと向く。彼は鋭い目をさらに鋭くし、口元に手をやり、頭をフル回転させている……そして、

 

「…………この状況を打開する術は、ない……」

 

 刻一刻と激しくなるキューブの吸い込みの中、西宮の声は全員の耳にちゃんと届いた。

 

「可能性があるとすれば、五稜星を直接札にはって発動させることだが、近づけばどこかに飛ばされるため不可能だ」

 

「やるニャ」

 

 すぐさまそう答えるカムイちゃんに、西宮は手加減無しの脳天チョップをかます。

 

「バカかカムイ! 五稜星をやるってことはおまえだけじゃなく、透も行かなきゃいけないんだぞ! 道連れにするつもりか!」

 

 ぶたれた頭を涙目で押さえつつ、

 

「私一人で何とかするニャ!」

 

「カムイちゃん! カムイちゃんと一緒なら、私も行く!」

 

「何を言ってるんだ透!」

 

 驚くことを言い出した幼馴染を、翡翠が強く引き止めた。

 

「だって――!」

 

「キューブには近づけないんだぞ! 直接はるなんて無理だ!」

 

「可能性として低いけど、元の場所に戻ることだってあるんだ! 無理をするな!」

 

「いいから私に任せるニャ! 愛する北海道の名所が大変なことになるって時に、運に任せてジッとしてられないニャ!」

 

 あっちはあっち、こっちはこっちで激しい口論が交わされている。そんな中、

 

『カムイちゃんもいないし、今日は羽を伸ばしてピーチの店長とすすきのデートだ~』

 

「うるさいニャ! こんな時に不可能な冗談言ってる場合かニャ!」

 

 能天気な声に、カムイちゃんはパブロフの犬並の条件反射でツッコミを入れた。

 

 ピタリ。

 

 四人の動きが止まり、キューブを見上げる。

 

「今の声……って」

 

「ラジオで聞いたことがあります……」

 

「? 誰だ?」

 

「ま、マネージャーだニャ~、あの野郎~な~にをやっているのかニャ~」

 

 ………………………………(とんぼ)。

 

「……って! ということはもしかして、あのキューブ今俺達の地元世界と繋がってる?」

 

 気づいたカムイちゃんと西宮は、頭を抱えて右往左往する。

 

「ま、マズイにゃ! ということは、札幌で時計台同士が接触してドッカーンのバッカーンだニャ!」

 

「その場合中にいる俺達もどうなるんだよ! ってぇ!」

 

 西宮はいきなり止まったカムイちゃんにぶつかって、床に転んだ。彼女はぶつかったことにも気づいていない風に、キューブをジッと見上げて猫耳を動かす。

 

「……また、みんなの声が聞こえてきたニャ」

 

 カムイちゃんはそう言うが、他の三人にはマネージャーの声以降何も聞こえてこないので、首をひねった。どうやら、人間以上の可聴域を持つ猫耳の彼女にだけ聞こえる声のようだ。

 

「……みんな下がっているニャ」

 

「どうするんだ?」

 

 その声に振り返ったカムイちゃんは、アイドル笑顔でピースサインをみせた。

 

「アイドルはファンの声援があれば、何だってできるものなのニャ! 怪我をおしてイベントに出るし、一日ぶっ続けでライブもできるニャ。お偉いさんと意見の衝突だって……怖いけど出来るニャ! 無理も不可能も道理も引っ込ませるニャ!」

 

 宣言して、キューブと向き合う。

 

 三人は言われた通りカムイちゃんの後ろに下がる。

 

「カムイちゃんは何をするつもりなんだ?」

 

「さあ」

 

 聞かれた西宮は、適当に答えた。しかも、その表情も先程の深刻さが抜け、これまた適当だった。

 

「さ、『さあ』って」

 

 なんら事態が好転していない状況で、まだ不安タップリの顔をしている二人に、

 

「応援しているアイドルが何かやるって言うんだから、ファンは応援するだけだろ――がんばれカムイ~! ほら、二人も」

 

 本当に応援だけしている西宮。透と翡翠はお互いに顔を見合わせる……どうしよう。

 

 そして、先に透が、

 

「が、がんばって……カムイちゃん、がんばって」

 

 恥ずかしそうな弱々しい声援だったが、声をかけ続けている。

 

「…………ええい! 軟弱な応援の仕方をしてるんじゃない! 人数が少ないんだから、声を合わせろ! せ~の」

 

 訳の分からなさを勢いで乗り越えようと大声で、翡翠が音頭を取る。

 

『カムイちゃん、がんばれ~!』

 

 と、カムイちゃんが頭上に一枚の札を掲げる。

 

「地色の濃紺は北の海と空――」

 

 右斜め上、さらにその下に一枚ずつ札を浮かせる。

 

「星を囲む白は光輝と風雪――」

 

 右脚付近と左脚付近に一枚ずつ札を浮かせる。

 

「七光星の赤は道民の不屈のエネルギー――」

 

 左斜め下、さらにその上に一枚ずつ札を浮かせる。

 

「そして、その光芒は未来への発展!」

 

 七枚の札が淡く光り、繋がる。

 

「北海道旗! 七稜星!」

 

 膨れ上がった光は、圧倒的なエネルギーでキューブを呑みこんだ。

 

 

 時計台の敷地内では、モンスターを全て倒し終わり、荒谷先生は悔しそうに顔をしかめていた。

 

「くそ、ここでもなかったか」

 

「どうするんですか、荒谷先生」

 

 道警とモンスターが戦っている時は避難していた利羅が、荒谷先生のもとへ来た。

 

「……玄武院…………奴らはどうした?」

 

 荒谷先生は額にかいた汗ごと髪を後ろになでつけ、不機嫌そうに聞いた。

 

「予想通り朝に来ましたけど、意外なことにあれから見てないですね」

 

「…………奴らをさが――」

 

 と、九時を告げる時計台の鐘の音とともに、空にヒビが入った。

 

 ザワザワと木々が震え、風がヒビに吸い込まれていく。

 

「総員敷地から出ろ!」

 

 その言葉に迅速に従い、全員敷地から出た。

 

 ガラスが割れるような音でヒビが砕け、時計台が現れた。しばしの静寂の後、時計台が戻ったことに歓声が沸いた。

 

 そんな中、疲れ果てて脱力しきった満身創痍の四人が入口から出てきた。

 

「キューブを壊したのにあの空間に留まった時は、もう戻れないかと思ったぞ」

 

「西宮さんとカムイちゃんのおかげですね」

 

「だからさ~、突入が困難な敵の本拠地に行くんだから、帰りの手段を考えておくのは常識だろ。帰るに帰れないって事態は様式美だぞ」

 

「だからって、アイドル使いが荒いニャ~。キューブを壊した後にモニョ化させて、利羅に渡しておいたペンダントの粒子を頼りに時計台ごと異世界間移動させる? 私を過労死させる気かニャ!」

 

「時計台が敷地とまだ繋がっているって言ったのはカムイだろ。ペンダントを道標にすれば無理な話じゃないはずだ。それ以外の方法があったっていうなら、文句を受け付けてやる」

 

「しかし、自力で異世界間移動できるなんて……仲間を呼んだのは見たが、信じられないな」

 

「カムイちゃんは北乃家の選ばれし者だから」

 

 最早疲労の極致で足を引きずって歩くしかできなかった四人は、時計台の敷地の外に出た時に初めて周りに道警がいたことに気づいた。

 

 そして、代表して荒谷先生が、

 

「お前ら、何をやっている」

 

「あ、荒谷先生、おはようていざ~ん。クリューをぶっ倒してきて、時計台を取り戻したニャ」

 

「もう限界で連れてくるのも無理だから、中においてきましたから」

 

 その報告を受け、鈍い音が二発響いた後に道警が時計台に入っていった。

 

「今回はよくやったと褒めてやる」

 

「なら、なんで殴るのニャ」

 

「しかも、俺とカムイだけ」

 

 カムイちゃんと西宮は、ゲンコツをくらった頭を押さえながら不平を口にする。明らかに同罪の透と翡翠は無しだった。ぶれないキャラにいっそ感心した。

 

 どやどやと、道警がクリューを連行してきた。

 

 クリューは顔を俯かせて、素直に歩いていた。カムイちゃん達とすれ違う時、

 

「『少年よ、大志を抱け』」

 

 カムイちゃんの言葉に、クリューの足が止まった。

 

「ふふふふ、もう遅いですね」

 

 自嘲するクリューに、カムイちゃんは世話がかかるとばかりにため息をつく。

 

「続きは『この老人のように』だニャ。ちなみに、これを言った時のクラーク先生の年齢は、五十歳だニャ。その若さで笑われるニャ」

 

 クリューは答えず、ただ俯いた顔をさらに一度俯かせてから歩き出した。




次回がラストです。金曜日更新予定です。

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