北乃カムイのもにょもにょ異世界(仮)『消えた時計台を探せ』   作:カムラー

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水入り

 クリューは顎に当てていた左手を放し、先程まで重量を感じていた左腕を見下ろしてからカムイちゃんに視線をやる。

 

「まさかあなたがモンスターだったとは」

 

 その発言に、カムイちゃんのこめかみに青筋が出現する。

 

「この目ん玉とび出るほどの美少女捕まえてモンスターとは失礼ニャ!」

 

 プンスカと怒るが、カムイちゃん以外は「さっきまでどこからどう見てもモンスターだった」と言葉に出さずに思った、

 

「美少女アイドルと癒し系マスコットキャラを網羅し、幅広く活動する私に死角はないニャ! 綺麗が先にくるアイドル、可愛さ重視のマスコット、一粒で二度おいしいとは正にこのこと、両方の姿でファンをがっちりゲットだニャ」

 

 聞いていて翡翠は開いた口が塞がらなかったが、意外にもクリューは声を殺して笑っていた。笑いのハードルが低いのだろうか、意外な一面である。

 

「……フフ。いや、失礼。確かに一粒で二度おいしい。一石二鳥とはこのことです」

 

 クリューはいっそ優雅に、紳士的にカムイちゃんに手を差し出す。

 

「北乃さん、私と一緒に来てください」

 

「断るニャ」

 

 即答。

 

 だが、クリューはさらに言葉を繋げる。

 

「あなたさえいれば簡単に異世界間を移動できる。異世界はいいですよ。魔法や新たな異能力、超テクノロジーが生み出す物質に破壊不可能な鉱石、何でも治せる薬。夢のような力が溢れている。各世界を巡りそれらを手に入れれば、何でも自分の思い通りにできる」

 

「そんなものに興味ないニャ」

 

「人気が出るかもしれませんよ、縦横無尽に異世界を渡るアイドル」

 

「――――」

 

「そこで考えるな、アホかボケ」

 

 後ろからカムイちゃんの頭部にツッコミチョップをしたのは、土で薄汚れたコートを着て折れた枝や葉っぱを体にくっ付けた西宮だった。息が上がっている彼は真っ青な顔で、震える膝に片手を置いている――立っているのもやっとというありさまだった。

 

「……荒い息をついて美少女アイドルに近づかないでくれるかニャ」

 

「誰・の! せいでこんなに疲れてると思ってんだ!」

 

 気合いで体を起こしたが、重力に負けるように徐々に姿勢が下がり、結局はまた膝に手をついてしまった。

 

「何でそんなに顔色と目つきが悪いんだニャ?」

 

「目つきは大きなお世話だよ! 生まれつきってもんだ! ……ハァ~、列車が手稲駅で止まったから札をはって全力で来たんだ」

 

「え、もしかして全体強化が出来るようになったのかニャ!? 私でさえまだ狙った場所に札を投げ飛ばせないのに……西宮のくせに生意気ニャ」

 

「ボソッと一言余計なんだよ。それに勘違いすんな。昨日の今日で使えるようになるか」

 

「え?」

 

 その返事を聞き、カムイちゃんは目を丸くする。

 

「じゃ、どうやって急げたのニャ?」

 

 部分強化しかできない状態で何かするとなると、かなり勝手が悪い。片足だけ強化した状態で走った西宮がぶっ飛んだのは、記憶に新しい。

 

「ケンケン」

 

「は?」

 

「だから、強化した脚だけで地面蹴ってケンケンしてきたんだよ。ただ、色々と体の方がついてこなくって…………」

 

 と、西宮は先程突っ込んだ茂みの方を気まずそうに見る。

 

「ちょっと戻しそうだった」

 

 神速の動きでカムイちゃんは西宮から距離を取り、体の前で×印を作る。

 

「寄るニャ。エ~ンガチョ」

 

「それが交通の便が悪い中、時間短縮のために走り回ったパートナーに対する態度か!」

 

 絶叫するが、西宮本人も臭いを気にしてカムイちゃんには近づかない。

 

「そう言えば君もいましたね。正直すっかり忘れていました」

 

 弾かれるように二人はクリューの方に顔を向ける。札を持って何気ない感じで立っているが、底知れない笑顔から近寄りがたい雰囲気がある。

 

 西宮は鋭い目でザッと周囲に目をやり、

 

「カムイ」

 

 言われてカムイちゃんは顔をクリューに固定したままコクンと頷く。

 

「西宮の予想通り、クリュー先生が異世界人襲撃事件の犯人で、時計台を盗んだ下手人だニャ」

 

 クリューの眉がピクリと動く。

 

「本当に四日以内に犯人が見つかるとは思わなかったニャ。後はクリューをボコボコにして時計台を元に戻させれば――第一部完! だニャ!」

 

 目と背後に炎のオーラを宿すカムイちゃんを、

 

「だめだ、やるだけ無駄だ。完敗する」

 

 西宮が言葉の水をぶっかけて鎮火させた。

 

「何でやる前から気合いを削ぐようなことを言うのニャ~!」

 

 西宮は人よりも激しいカムイちゃんの大声に顔をしかめ、

 

「周りをよく見ろ」

 

 と、促す。

 

 意外にもカムイちゃんはすんなりと西宮の言葉に従って、グルリと周囲を見回す。

 

 時計台の方にやられた荒谷先生が倒れ伏し、後ろの方で翡翠が「何をやっているんだ、おまえらは」という顔して力が抜けた肩をガックリと落としている。その隣に利羅がいて戦闘不能状態。後はスーツがボロボロになったクリューが目の前にいて、モンスターが逃げ場を塞ぐように遠巻きに囲っている。

 

 一通り見て、カムイちゃんは腕を組んで思案する。

 

 ポクポクポク、チーン。

 

「安心しろいし! 誰がやられようとも主人公はラスボスに負けないのニャ」

 

「そんな様式美に頼り切った戦法で勝てるか! じゃなくて、事前に何人かと戦っているのにピンピンしているクリューに注目しろ」

 

「…………強いニャ」

 

 西宮は目元に手を当てて、天を仰いだ。カムイちゃんは何が言いたいのか分からず、小首を傾げる。

 

「どう考えてもおかしいだろ、スーツがボロボロになっているほど攻撃を受けているのに怪我一つないって! 強さとかそういう問題以前に、相手はダメージを受けてないの! 攻撃が効かないのかすげぇ速さで回復しているのかは分からないけど、そんな敵と戦って勝てるわけないだろ! まずはそのカラクリを解かないと勝負にもならないわ!」

 

 西宮のツッコミで、翡翠はハッと気づいた。そう言えば、クリューをよく見れば布で切れたはずの頬の傷もいつの間にかなくなっていた。

 

「ぬわ!」

 

 飛来してきた火球を、西宮はすんでのところでのけ反って避けた。

 

「中々目端がきく人ですね、意外でしたよ。どうでもいいかと思いましたが、あなたを一番に始末しなければいけないですね」

 

「いらん所から高評価もらってとんでもない事態になったあぁ!」

 

「……よく分からなかったニャ。私は最初に何をすればいいのかニャ?」

 

「味方は味方でバカだし!」

 

「バカとは失礼ニャ! バカって言う方がバカなんだニャ!」

 

 クリューは最早二人のやりとりをのんびり見ているようなことはなかった。カムイちゃんの「西宮の予想通り」という言葉が気になって彼の資質を見定めようとしたが、予想外のことまで言われてしまった――普通、ああいった情報は考えついても敵に知られないようにするものだ。が、まだそこら辺の経験が西宮にはなかった。

 

 クリューは手元で札を発動させて、鋭い氷柱を西宮へと放つ。

 

 疲労困憊の西宮の動きは悪く、足を動かそうとして何もないのにけつまずく。いくつもの氷柱が突き刺さる寸前、横手からの棍の一撃で氷柱が粉々に砕けた。

 

「酔っ払いでももう少し足腰はしっかりしているぞ、西宮」

 

「もう色々と限界なんだよ」

 

 とは言うものの、自分も情けないと感じた西宮は見下ろす翡翠から顔を背ける。頬が若干赤くなっているのは、恥ずかしいからか、翡翠に初めて名前を呼ばれたことに気付いているからか。

 

「とりあえず、私に任せるニャ!」

 

 カムイちゃんはとりあえずで、クリューへと駆け出す。

 

 ぎょっとしたのは、カムイ以外全員だ。

 

「か、カムイちゃん! 無策で突っ込むな! 札の対人戦は相手に札をはったら圧倒的に有利になる。わざわざ自分から相手の間合いに入るな。そういうのはバカしかやらない!」

 

「……残念ながら、カムイはバカだ」

 

「まさか、本命のあなたから来てくれるなんて……逃げられないようにモンスターを配置までしたこちらの立場が……」

 

 猫耳がピクピクと動いたカムイちゃんは、全ての声と呆れたようなため息を拾っていた。

 

「う、うるさいニャ!」

 

 リーチの差から、間合いはクリューの方が大きい。カムイちゃんに札をはろうと右手を突き出す。カムイちゃんは左手でクリューの手を横から叩き、軌道をそらす。そして、そのまま回るように彼の腕の外側に体を移動させ、姿勢を落とす。

 

 クリューの視界からカムイちゃんの大部分が消える。自分の右腕がブラインドになっている。歯を食いしばって一撃を受ける覚悟を決め、腰に挟んでいた札を左手で抜く。

 

 カムイちゃんの下から突き上げる拳が、クリューの右わき腹下、レバーを正確に突き上げた。

 

 女性の細腕、小さな手から繰り出されたとは思えない衝撃に顔を歪ませながら、クリューは左手の札を彼女には――レバーの上にはられた札から噴出した風が、クリューの体を彼女から引きはがした。

 

 吹っ飛んだクリューは背後にいたモンスターを巻き添えにし、地面を転がった。

 

 一連の攻防に、翡翠は目を見張った。

 

「……なんで、あんな動きが出来るんだ……」

 

「体の動かし方を知っているんだろ」

 

 西宮の方が驚きは少なかった。もう、カムイちゃんの非常識さ加減でイチイチ驚くのにも疲れてきたのだろう。

 

 カムイちゃんは勝ち誇ったような笑顔で、指鉄砲を撃つ。

 

「自慢のジェットで敵を撃つニャ」

 

「だから古いって」

 

 距離があってもすかさずツッコムのが西宮だ。

 

「ふ、フフフフ」

 

 漏れ出る笑い声に、緊張が走る。

 

 クリューは体を縮めた反動で飛び起きる。

 

「予想外、これはとんだ予想外です。まさかあなた達レベルの者にこのざまとは」

 

 笑顔ではあったが、体中から噴き出してくるほどの怒り――文字通り憤怒が針のように体を突き刺す。

 

「弱者にバカにされるのは業腹ですよ。弱い者は弱い者らしく底辺を這いつくばっていればいいのです。強者の不興を買わないようコソコソ隠れるか、言うことを聞いていればいいのです」

 

「どこの世界のことを言っているのか知らないけどニャ」

 

 ピクリと、クリューの片眉がはねる。

 

「ここは北海道ニャ! そんな独りよがりな理屈を持ってきて、迷惑かけるんじゃないニャ!」

 

 静かに、クリューは右腕に札をはった。すると、右腕が真っ赤に燃え上がった。

 

「……〝カルラ〟」

 

 一足飛びに接近されたカムイちゃんは、あまりの熱と光に顔を腕で庇い、とっさに後ろへ跳ぶ。腹に衝撃と熱がぶつかってきた。

 

 カムイちゃんはなんとか足から地面に着地し、手をついて倒れるのを堪える。

 

 だが、追撃しようとするクリューはもう目前に迫っていた。

 

「覚悟」

 

「するのはそっちニャ!」

 

 カムイちゃんは青いバッグから素早く札を二枚取り出す。

 

「切り札ひと~つ! 厳寒の氷に閉ざされ、眠りにつけニャ! リオコ!」

 

「繋力(けいりょく)!? カムイが!?」

 

 淡い光で繋がった二枚の札が発動し、クリューの足元から氷が体に這い上がっていく。

 

 だが、クリューの炎の腕が一閃すると、氷は蒸気を残して消えた。

 

「繋力を引き出せるのは、二日目に見せてもらっていました」

 

 腕から炎が消えたクリューは、目の前にいるカムイちゃんを見る。まだ慣れていない繋力は彼女の体力・集中力をごっそり削り、頭を押さえて呼気を荒くしている。

 

 ふらつくカムイちゃんを後ろから支えたのは、

 

「大丈夫か、カムイちゃん?」

 

 翡翠だ。

 

「だ、大丈夫、だいじょうぶい! だニャ。これぐらいでへこたれていらんないニャ」

 

 強がりが多く入った言葉だったが、カムイちゃんは翡翠に頼ることなく一人で立つ。

 

「意外ですね。アイドルという人種は、もっと打たれ弱いものだと思ったのですが」

 

「それは大間違いだニャ。このアイドル戦国時代、むしろ同年代の女の子より諦めが悪くって努力を惜しまず、全力を出すことに躊躇がないニャ!」

 

 途端に、クリューは緊張を解いて嘆息する。

 

「時間切れ、というやつですね」

 

 そして、右手を返すとそこにキューブが出現した。

 

「ニャに! 逃がすと思っているのかニャ!」

 

「そちらこそ、捕まえられると思っているのですか?」

 

 キューブを使って瞬間移動ができるクリューを捕まえるのは、不可能に近い。それ以前に、今のカムイちゃんの状態では追いかけ回すこともできない。

 

 悔しそうなのはカムイちゃんだけではない。クリューも顔には出さないが残念そうにカムイちゃんを見る。

 

「どうやらあなたは時計台を返してほしいみたいですね。ならば、明朝八時にフィールドの『二丁目』に来なさい。今度は誰にも邪魔されない場所で決着をつけましょう」

 

「二丁目!? 行けるわけがない!」

 

 翡翠の返しに、クリューは声を殺して笑う。

 

「そうですね。そうでしょうとも。でも、北乃さんが本当に北海道を愛しているなら、時計台の跡地から私のところにたどり着けるはずです。それでは」

 

 お辞儀を一つし、クリューはキューブと共に姿を消した。同時に時計台・モンスターもいなくなった。

 

 そしてすぐに、ドヤドヤとサイレンを鳴らしながら道警が学園へとやってきた。




次回更新は火曜日予定です。

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