北乃カムイのもにょもにょ異世界(仮)『消えた時計台を探せ』   作:カムラー

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まさかの大活躍

 札をはられたもにょもにょかむいは静かになったが、おもむろに札をペッとはがして、丸めてポイッと捨てた。

 

 驚いたのははられたもにょもにょかむいではなく、はったクリューだったが、彼はおくびにもそんな様子を見せなかった。

 

「おかしいですね。自我の無いモンスターならばたやすく操れるはずですが」

 

「もにょ~!」

 

 再び暴れ出したもにょもにょかむいの腹に、クリューは冷静に〝穿つ〟の札をはる。

 

 衝撃が体を突き抜け、体がくの字に曲がったもにょもにょかむいはきゅ~っと目を回して昏倒した。

 

「仕方ない。ひとまずこれを時計台に置いてきますか。本命を捕まえるのに邪魔をされてはかなわない」

 

 そして、クリューは巨鳥を羽ばたかせ、利羅達を残してその場を後にした。

 

 

 学園だけでなく、サッポロ駅周辺でも混乱が激しい最中、巨鳥の上にいるクリューに目を止める者はいない。問題なくクラーク会館の前にある時計台へと戻れた。その周辺にはモンスターの姿はあっても学生の姿はない。モンスターが次々と時計台から出てくるので近づく者がいないのだ。

 

 巨鳥を降下させようとし――急浮上させた。が、その判断は遅く、飛来した札が巨鳥にはりつき、真空の刃になます切りにされて落ちた。

 

 一瞬早く巨鳥から飛び離れたクリューは、時計台の屋根に着地する。

 

 ため息を一つして、クリューは振り返って札を放った人物を見下ろす。その人物の周囲のモンスターは軒並みやられていた。

 

「あなたが来る前に逃げたかったですよ」

 

 クリューが見下ろす視線の先にいたのは、

 

「ふん、バカか貴様は。そう簡単に逃がすわけがないだろうが」

 

 グルグルメガネに白衣姿の荒谷先生だった。吐き捨てるようにいった言葉は、同僚に向けるようなものではなく、会話をするのも嫌で嫌で仕方ないといった感じだ。

 

「異世界人が異世界人を襲うのはどうでもいいが、サッポロに危害をくわえようとするなら別だ。叩きのめして道警につき出す」

 

「…………おかしいですね。私が異世界出身だと知っている者はいないはずですが」

 

「俺ぐらいになると、雰囲気で分かるんだ」

 

 思わずクリューは二の句がつげなかった。荒谷先生ならありえそうだと納得してしまった。

 

「異世界人が異世界からやってきたのを隠すのは、何かやましいことがあるに決まっている。当たり前の常識だ」

 

「……断言しますか。しかもそんな理屈で、玄武院君にずっと私を見張らせていたのですか?」

 

「俺は一日の大半を異世界人を見るために潰すなんて、ぜっっっっっっっったいに嫌だ。考えただけでジンマシンが出る。誰かに任せるのは当たり前だろ」

 

「…………玄武院君が聞いたら怒りますよ」

 

 質問とは微妙に食い違った答えだったが、クリューはツッコまない。荒谷先生が意図してそう答えていると分かっているからだ。手の内をすんなりと明かすような人ではない。

 

 荒谷先生はしゃがみ、足に札をはる。と、次の瞬間にはクリューの眼前にまで迫っていた。その手には札がある。

 

 クリューは身を投げ出すように横に転がり、屋根を蹴って下りる。その動きを追って、火球が飛んでくる。彼は取り出した札を手元で発動させ、風の壁を作って火球を防ぐ。

 

 だが、荒谷先生が体の前で四枚の札を繋げているのを見て、舌打ちして体に札を二枚はりつける。

 

「四天の空から降る業火に焼かれるがいい――四天業炎(アマノエン)!」

 

 札から解き放たれた太陽を思わせる熱量の炎は四つ。クリューは強化された動きで後方へ下がり、手近にいたモンスター四体を間に立たせる。

 

 着弾し消し炭になったのは一体だけで、残り三つはモンスターを避けてクリューに向かう。

 

 クリューの左脇にはまだもにょもにょかむいがいて、お荷物になっている。クリューは本命ではないオマケのモンスターを捨てようかと考えたが、オマケとはいえ捨てるには惜しい能力があるため躊躇った。荒谷先生なら嫌がらせでクリューが重要視しているモンスターを消し炭にするぐらい簡単にする…………二人とももにょもにょかむいの正体を知らないから、躊躇するし躊躇しない。のん気に気絶しているが、今もにょもにょかむいはかつてないほど危機的状況にいる。

 

 素早い動きのクリューは飛翔を思わせるほど高くジャンプし、脚に札をはる。

 

 冷気をまとった脚がくり出した蹴りは、炎を二つ蒸気と共に消す。残る一つは、大きく旋回させて彼の蹴りから逃れ、背後上方から迫ってくる。

 

 クリューは苦しい姿勢ながらも回し蹴りで炎に足を当てる。

 

 炎は消せたが勢いまでは殺せず、クリューは炎の勢いそのままのスピードで地面へと落ちていく。

 

 ダンッ! と激しい音をたてて強化した足から着地した。

 

 そんなクリューが着地した地面には――

 

「――!」

 

 札がはられていた。

 

 そこは、荒谷先生が最初に屈んで足に札をはった場所だった。

 

 札から噴出した火柱が直撃する前にできたのは、左脇に抱えていたもにょもにょかむいを放り出すことだけだった。

 

 燃え上がる火柱を見下ろしながら、

 

「札をはることができれば圧倒的に有利になる対人戦では、無策で突っ込むのはバカがやること。二手三手先を読むのは当たり前だ」

 

「その通り。あなたの敗因は、キューブにこういった使い方があることを知らなかったことです」

 

 後ろからの声に、荒谷先生は反射で行動する。振り返りざまに札をはろうとしたが、手首を掴まれて押し止められた。

 

 そして、左の胸をちょっと押された。

 

 衝撃が体を突き抜け、荒谷先生の口から鮮血が飛び出した。

 

 体に穴が開いたのかと左胸に手をやると、穴は開いていなかった。

 

「き、きさ、まぁ~」

 

「いわゆる、瞬間移動というものです」

 

 掴まれていた手を離されると、膝が崩れ、立て直すことができずに時計台の屋根から転げ落ちた。

 

 荒谷先生の背後に立っていたのは、焦げたところが多少あるクリューだった。その手にはキューブがあり、淡い光を秘めていた。

 

「貯めなければいけないというのにエネルギーを少しとはいえ使わせるとは」

 

 クリューは浮遊するようにゆっくりと屋根から下り、もにょもにょかむいの近くに立って左脇に抱え直す。その時には、キューブの姿は消えていた。

 

 そこへ、蛇のように地面をはってきた布が、クリューの顔目がけて伸び上がった。硬化して鋭利の刃物と化した布はクリューの頬を裂いたが、避けなかったら首と胴がお別れしていただろう。

 

 クリューは布を操る主のしつこさにため息を吐こうとしたが、硬化した布にはられた札を見てため息に使おうとしていた呼気を飲んだ。

 

 激しい轟音と共に巻き起こった爆炎の中から、クリューはもにょもにょかむいを抱えて上空へ飛び出した。

 

 そうやって緊急回避したクリューより高い場所で、姿勢も気合も万全の翡翠が棍を構えて待ち構えていた。

 

「棍操術(こんそうじゅつ)、水連!」

 

 猛スピードで棍と共に叩きつける水の塊は、さながら岩だ。凄まじい勢いでクリューは地面に叩きつけられた。

 

 地面に激突した拍子に巻き上がる粉塵を前にし、利羅が羽衣のように長い布をまとい、上空から翡翠が隣に着地する。

 

「やったか?」

 

「さあ、どうだろうな。荒谷先生がやられるぐらいだから油断はできない」

 

 二人は油断することなく視線を向けている。粉塵に隠れて何かをやってきても対処できるよう、いつでも動けるように。しかし――

 

「良い連携です。惜しむらくはもう少し威力がある高価な札であればよかった」

 

 そんな簡単な批評をして、クリューは何事もなく粉塵の中から出てくる。スーツは見るも無残にボロボロとなっているが、彼自身には目立った外傷はない。

 

 二人は驚くというより、悔しかった。粉塵に紛れて何もしなかったのは、クリューにとってする必要がないということ。おそらく、荒谷先生が相手だったならそんなことはなかったはずだ。

 

「学生の身で札の質を求めるのは酷だとは思いますが、万が一、それこそ切り札としてとっておきは持っておくべきですね」

 

 微笑んでいるクリューは凄んでいるわけでもなかったが、二人は構えるのが精一杯で動くことができなかった。すでに彼の間合いの中にいる。何か行動を起こしたとしても、先にやられる。

 

 クリューは懐から札を取り出し、わざわざ二人に表記されている字を見せる。

 

 札には赤い字で〝神風〟と書かれ、放射状の線が内から外へ向かっていた。

 

 二人の頬に汗が流れる。噂でしか聞いたことのないような高級品が、目の前にある。

 

「これが最後の授業です」

 

 ピッと、指で挟んでいた札を二人の足元に投げ捨てた。発動する瞬間、行動を起こせたのは範囲外に下がったクリューともう一人だけだった。

 

 激しい竜巻は発生地点にいた二人だけでなく、周囲にいたモンスターすら巻き込んだ。風に呑まれ、弾き飛ばされ…………効果が終息した時には、時計台近くにいたモンスターの大半はやられていた。

 

 そして、上から楕円形の塊が落ちてきた。それは布が幾重にも重なり繭のようになったものだった。

 

 クリューはその繭に近づき、しばし待った。すると、外側から布が一枚一枚剥がれていき、中から出てきたのは利羅と翡翠だった。

 

 翡翠は棍を杖にして立ち上がろうとするが、利羅はピクリともしなかった。

 

「本当に素晴らしいですね、玄武院君は。あの一瞬で自分だけでなく、後輩も守るとは。将来が楽しみです」

 

 クリューは彼に惜しみない称賛を送るが、反応はなかった。そして、「さて」と言って翡翠に視線を移す。

 

 翡翠は見られた時に怯えた声を出さないでいるのがやっとだった。

 

「南川さんには聞きたいことがあります。北乃さんはどこですか?」

 

 …………………………………………(とんぼ)。

 

 翡翠はクリューが左脇に抱えるもにょもにょかむいを見る。

 

「安心してください。聞いた後に「ふふふ、もう聞くことは何もないぜ」とか言ってトドメを刺したりしませんから。私の目的は北乃さんだけです。彼女さえ手に入ったら大人しく消えますよ、この世界からもね」

 

 和やかに話すクリューを、翡翠はただ睨み上げるだけだった。ここまでされて未だ折れることがない彼女に感心しながらも、クリューは余裕タップリに、

 

「さあ、教えてください。あなたが教えてくれないのなら、東屋さんに聞きに行きますよ」

 

「いいんですか?」という表情に、翡翠は固まる。それだけは……ダメだ。置いてきた透を思い出せば、今……あの状態の透をクリューと会わせてはいけない。

 

 翡翠の口が、震えながら開かれる。

 

 その時――

 

「カ! ム! イ~~~~!!」

 

 絶叫と共に飛来してきた物体を、クリューはギリギリで避けた。だが、その物体から飛び散る水(水!)までは避けられなかった。

 

 飛んできたペットボトルが後方に落ちたのを見てから、クリューは「今度は誰だ?」と半ば呆れた顔を向ければ、地面を猛スピードでゴロゴロと転がる人間団子があった。

 

 その団子は道を横切り、茂みの方へと転がっていった。

 

「な、何ですか? 誰、いや、何、いや……ん?」

 

 呆気に取られるクリューと翡翠は、急激に膨れ上がる光に思わず目を閉じた。

 

 その光源は、クリューの左脇からだ。

 

「いつまでアイドルを抱きかかえているニャ!」

 

 一喝する声はオマケだ。本命はクリューの顎をかち上げた掌底! ア~ンド、札の置き土産付き!

 

 クリューの顎にはられた、弱い張力で剥がれそうになっている札が激しい爆発を起こす。

 

 のけ反ったクリューは左手で顎を押さえ、姿勢を戻す。

 

 クリューの目の前で毅然と立つ彼女は、ビシッと指を突き付けてくる。

 

「ついに、ついに見つけたニャ、時計台を消失させた犯人! 私の愛する北海道にちょっかい出してタダですむと思うニャ! 私的判断で情状酌量の余地なしだニャ!」

 

 久しぶりに響く通りのいい高らかな声。今さら言うまでもない。彼女は北海道育成アイドル、北乃カムイちゃんだ。




次回更新は金曜日の予定です。

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