北乃カムイのもにょもにょ異世界(仮)『消えた時計台を探せ』   作:カムラー

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久々の出番~主人公の片割れ

 時は遡り、カムイちゃん達が異世界に来て二日目の夜。

 

 カムイちゃんは部屋のベッドの上で、メモを片手にスマホで電話をかけている。

 

「キューブについて調べたニャ」

 

『本当に早いな。で、どういうものなんだ?』

 

 電話の相手は西宮だ。

 

「え~っとニャ、何か難しそうだからそのまま言うニャ。まずキューブの正式名称は……多次元世界連結移送システム及び記憶集積装置……だニャ」

 

『……分からん。簡単に言えないのか?』

 

 詳しい説明を求められ、カムイちゃんの眉間にシワがよる。メモには確かに彼女の筆跡で字が書かれているが、まるで古代語でも読んでいるかのように苦慮している。

 

「……え……え~っと、他の異世界と繋がりやすいこの世界は、イメージ的に逆流防止弁の先にある世界らしいニャ」

 

『逆流防止弁の先?』

 

「つまり、あっちの世界からこっちに来るのはけっこう簡単だけど、こっちからあっちの世界に戻るにはかなり大変なんだニャ」

 

『ほうほう、なるほど』

 

「その防止弁を強制的に開かせ、他の世界と繋げて移動を可能にするのが、キューブということニャ」

 

 電話口の向こうで、説明を咀嚼する間が流れる。

 

『…………名称の前半は分かったけど、後半の記憶何とかの方は?』

 

「そっちは実体験もあるから何となく分かるニャ。キューブは異世界から来た人の地元世界に関する記憶や想いを写し取るのニャ。キューブはその写し取った情報を基にして、その世界までの道を繋げるのニャ」

 

『ああ~、じゃカムイもそうやってキューブを使って札幌に帰ったんだ?』

 

「そうニャ」

 

『ん? でもそうすると、キューブで行ける世界は限られてくるのか?』

 

 カムイちゃんはメモの続きを見て、難しそうに顔をしかめる。

 

「う~ん……写し取ったのがキューブの表層にあるとその世界に行けて……深層に沈ませると他の記憶と混濁して、情報とエネルギーが分けられて保存されるとか何とか……もうここら辺からは、専門的過ぎて日本語が日本語じゃなかったニャ」

 

『ああ、俺も今まさにもういいと言おうと思ったところだ』

 

 専門的な内容に、二人ともあっさりと理解を諦める。

 

「で、キューブをコントロールする方法は札にあるらしいニャ。武身強化(クロエゾ)や森羅万象(アカエゾ)じゃなく、どうやら売られていない特別な札みたいだニャ」

 

『札って売ってんの!?』

 

「ニャ~。私もビックリしてちょっと調べてみたニャ。一枚十円から数十万円のものまであったニャ」

 

『すげぇピンからキリまでだな』

 

「キューブのコントロールの仕方は、さすがにネットに載ってなかったニャ」

 

『…………札で、ね~……』

 

 しばし、電話口の向こうで沈黙が落ちる。

 

「どうかしたのかニャ?」

 

 カムイちゃんが尋ねると、難しそうに唸る声が返ってきた。

 

『う~ん、ああ~……カムイがさっき襲われた時、キューブを見たって言ってたよな?』

 

「そうニャ。それがどうかしたかニャ?」

 

『いやさ、俺達って三回も札付きのモンスターに襲われただろ?』

 

「札付きのモンスターって聞くと、なまら凶悪そうだニャ」

 

『くだらな……で、クリュー先生はモンスターを操る札なんてないって言ってたけど、もうあれは間違いなく誰かが俺達を狙ってけしかけたんだ』

 

「確かにクリュー先生に事故って言われた時、釈然としなかったニャ」

 

『一回目なんてこっちの世界に来たばかりの時だったし、三回目は俺達が通る道に罠をはられていただろ? そんな俺達を狙うことが可能な人物ってなると……』

 

「資料館の職員かニャ?」

 

『一回目はともかく、二回目と三回目は無理だろ』

 

 呆れたため息とともに、西宮が否定する。

 

「ならあとは…………」

 

 と、考えてみると、さすがのカムイちゃんでも気づいた。そして、その人物の名前を言いたくなくって黙る。

 

 その続きを、

 

『透しかいない』

 

 西宮が代わりに続けた。

 

 カムイちゃんが息をつめたのは一瞬で、すぐに嘆息し、西宮を小馬鹿にするような物言いで、

 

「どう考えても透がそんなことするわけないニャ。大体にして、一回目の時は気絶してたし、三回目の時は一緒に襲われたニャ」

 

『話は最後まで聞け。俺だって透が異世界人襲撃事件の犯人だとは思ってない』

 

 カムイちゃんはそれを聞き、西宮が何を言いたいのか分からず小首を傾げる。

 

『透から常に連絡をもらっていた人が一人いるだろ。しかも、その人は札を作れる書家だから、売られていない札を自作できるかもしれない』

 

「……それって……」

 

『カムイを見てテンションが上がった透は思わずフィールドを見回っていたその人にメールをしたらしいし、生徒会室から抜け出した俺達を窓から見ていた。それに、俺達が病院から出たら連絡してくれと透に頼んでいただろ』

 

 そこまで言って、西宮は言葉を一旦切った。

 

 その大して長くない間に、カムイちゃんは喉を鳴らしてツバを飲みこんだ。

 

『つまり、クリュー先生だ』

 

 電話のこちらとあちらで深刻な空気が落ち、カムイちゃんは身じろぎ一つできなかった。

 

 今度はすぐに西宮を小馬鹿にする言葉が出てこなかった。「なにバカなことを言っているニャ」と鼻で笑ってすますことができない。カムイちゃんは脳内で言われた場面を引き出してリフレインする。

 

 そう見れば……そううがった考えで疑ってかかれば、そう考えられる。

 

『…………まあ、証拠も何もないけどな~。それに、クリュー先生よりも動機だけ考えたら荒谷先生の方が怪しいよな』

 

「……あ、あ~、そうニャそうニャ~。よくあそこまで異世界人を敵視できるニャ~っと逆に感心するよニャ~」

 

 深刻な空気を吹き飛ばすように、冗談交じりの会話に変える。二人とも重苦しい雰囲気に慣れていないのだ。

 

『でも、後二日しかないし、とりあえず明日はそんなことでクリュー先生の真偽を確かめてみようぜ。学園でちょっとした騒ぎを起こしてクリュー先生の動向を見るんだ。狙いは俺達みたいだし、何かしらリアクションがあればいいんだけど……』

 

「騒ぎを起こせばいいんだニャ?」

 

『そうだけど……クリュー先生が白か黒か確かめるための騒ぎの方法はまだ――』

 

「だ~いじょうぶ、ま~かせてニャ!」

 

 その自信に満ちた声に、逆に西宮は危機感を覚え、

 

『おい、ちょっと待て! せめて内よ――』

 

 カムイちゃんは手早く電話を切り、明日のために英気を養う意味もこめ、行者ニンニクと栄養のあるものを食べに行こうと部屋を出て行った。

 

 

 列車に乗っている西宮は、胸元にあるペンダントを手の中で転がしながら、前日の話し合いを思い出して疲れたため息をつく。

 

「はぁ~。ったく、どういう因果関係でもにょ化したのかは知らないけど……まあ、おそらく考え無しだな……せめて羊蹄山の水があるかないか確認してから変化してほしかったよ」

 

 西宮はピンクの石をチラッと見た後、隣の席に置いてあるリュックから羊蹄山の水が入った五〇〇のペットボトルを取り出し、現在カムイちゃんの世話を担当している二人に思いを馳せる。

 

「大丈夫かな~、透と翡翠。さっきメールした時は大丈夫そうだったけど……生徒会室にいるって……何でだ? あ~も~、もにょもにょかむいに関しては俺もよく分からないしな。たぶん二人とも苦労してるだろうな~。早く帰ってやろ……………………なんでまだ出発しないんだ?」

 

 列車は手稲駅に数分止まったままで、動く気配がなかった。

 

 さすがに長すぎる停車時間に、他の乗客も訝しんでいる。

 

 と、車内アナウンスが流れた。

 

『申し訳ありません。ただいまサッポロ駅近辺でモンスターが出現し、安全のため運転を見合わせています。お急ぎの所大変申し訳ございません』

 

 西宮はまさかと思って、リュックを背負って携帯をかけながら列車を降りる。

 

 カムイちゃん、透と呼び出したが、二人とも出る気配は一向になかった。

 

「やばい、たぶんやばいことが起きてる! そういう様式美だ、これ!」

 

 携帯をポケットにしまいなおした西宮は、逡巡した後、ホームの端から線路上に下りて走り出した。

 

 後ろから駅員に何か叫ばれているようだが、振り返らなかった。コートの中にある札の残り枚数を考えながら、もつだろうかと心配になる。使える札の枚数や効果時間のことではない――自分の体が、だ。

 

 それでも西宮は一枚の札を取り出し、躊躇なく自分の脚にはりつけた。

 

 

 生徒会室は書類やガラスの破片が散乱し、机や椅子も倒れ、荒れ果てていた。

 

 利羅は書類棚に体を叩きつけられて昏倒しており、翡翠は廊下を吹っ飛び向こうの教室のドアを巻き込んで姿が見えない。そして、もにょもにょかむいの体がクッションになって比較的ダメージが少なかった透は、茫然とした顔を上げ、窓の向こうにいるクリューを見ていた。

 

 透の視線を受けてクリューは、

 

「よかった。無事だったんですね」

 

 ニッコリと微笑む。

 

 モンスターに乗ったクリューの場違いな笑顔に、透はリアクション一つ取ることができなかった。

 

「朝にメールして返信がありませんでしたし、東屋さんと南川さんが新種のモンスターと一緒にいると聞いて心配しましたよ。さあ、早くその危険なモンスターを引き渡してください。野放しにしていると大変危険です。外ではモンスターが暴れ回っていますが、もしかしたらそのモンスターが呼び寄せたのかもしれない」

 

 話ながらクリューはモンスターから飛び降り、窓から生徒会室に入る。

 

 着地と同時に踏みつけたガラスの破片が鳴り、透は体をビクッと反応させる。

 

「それと、北乃さんはどこですか? あなたと一緒にいると思っていたのですが……」

 

 透はクリューの言葉を聞きながら、何が何だか分からず、ただ自分を抱きしめてかばってくれたもにょもにょかむいを守るように、今度は自分が強く抱きしめる。

 

「……まあいいでしょう、先にモンスターを処理しましょうか。そのモンスターは異世界への道を自力で開いた。昨日学園に現れたモンスターにも関わっているかもしれない。さ、渡してください」

 

 優しい声音だが、有無を言わさないような強さがあった。いつもとは違うクリューの雰囲気に、透は声を出すことすらできず、ただ首をゆっくりと横に振るだけだった。

 

 もにょもにょかむいの細い腕を掴もうと、クリューは手を伸ば――

 

「もにょ~!」

 

 体を弾ませるように起き上がったもにょもにょかむいは、右手に装着していたベアクローを振るう。

 

 クリューは襲われるのが分かっていたかのように少しの動作で攻撃を避け、一枚の札をもにょもにょかむいの体にはる。

 

「もにょもにょ!」

 

 はった札が電撃を放ち、もにょもにょかむいを襲った。

 

 黒煙を上げて焦げたもにょもにょかむいは、目を×印にして床に倒れた。

 

「やはり危険なモンスターでしたね。危なかったですよ、東屋さん」

 

 そして、回収しようと手を伸ばすが、

 

「……ち、違います、違います!」

 

 透はもにょもにょかむいに飛びつき、その手を阻む。彼女はただ「違います」と繰り返し、焦げたもにょもにょかむいを抱きしめて体の中に隠そうとするが、もにょもにょかむいの体は大きく、とても隠しきれるものじゃなかった。

 

 それを見てクリューは嘆息し、札を一枚、懐から取り出す。

 

「仕方ありませんね」

 

 クリューの札が、透の頭に近づいていく。だが、彼は札を持った手を引っ込め、後ろに大きく飛び退く。

 

 一瞬前までクリューがいた場所を、炎が薙いでいく。

 

「お久しぶりですね、玄武院君」

 

 クリューはニコリと微笑み、無傷で立っている利羅と、書類棚のところでグッタリしている利羅を視界に入れた。

 

 利羅は書類棚のところにいる自分を引っ掴み、勢いよくはぎ取った。すると、布が取り払われた場所にあったのは、椅子だった。

 

 乾いた拍手が部屋に響く。

 

「いや、さすがは幻惑の布使い。驚くべき早業ですね」

 

「白々しい。最初から気づいていただろ」

 

 利羅は悔しそうに舌打ちし、布に新たな札をセットする。

 

 透はまだ何が何だか分からず、二人の会話に口もはさめずただ聞いていた。

 

「ええ、まあ。あなたがあれほど簡単にやられるなんて思ってませんでしたよ。あなたのしつこさはよく知っていますから。二か月もよく疑う余地がない私を疑い続けられたものです」

 

「卑屈な人間なもんで、八方美人の完璧超人が嫌いなんだよ」

 

 その答えに、思わずクリューは苦笑してしまう。確かに利羅は仕事をほっぽり出して楽しいことばかりしている自分に正直なテキトー人間だ。ともすれば、自分を変に装ったりしない。だから、四方八方に愛想と気を遣う完璧超人なんて、そんな装わなければ存在しない人間が嫌いなのだろう。

 

「中々尻尾を見せなかったけど、二日前にようやく、フィールドでキューブを持ったあんたがモンスターを使役していたのを見た。今まで細心の注意をはらっていたあんたらしくもない」

 

「重量があったせいか、予想以上にエネルギーが必要でしてね。急いでいて余裕がなかったんです。それに、もうどうでもいいかなとも思いまして」

 

 和やかそうに話していたクリューは、前兆もなくいきなり動き出し、もにょもにょかむいの細い腕を取って、力ずくで透の下から引っこ抜く。

 

 いきなりの動きに虚を突かれ、透はもにょもにょかむいを抑えておくこともできなかった。そして、クリューは窓の外に待機するモンスターに飛び乗る。

 

「どうせ、もうこの世界に長居するつもりはありませんから」

 

「逃がすか!」

 

 大きな布に乗った利羅が窓から飛び出し、クリューの前に立ちはだかる。

 

 布の上で札を構える利羅を見て、クリューはもにょもにょかむいを左脇に抱えて気づかれないようにため息を一つ。

 

「アラジンですか、あなたは」

 

「いやいや、そうは言うけどこれもけっこうむつかしいんだぜ」

 

 話ながらクリューは隙を探っているが、透と違って全く隙がない。利羅は冗談のように軽い口調でしゃべっているというのに、一片たりとも油断していない。

 

「最後の授業とかっこつけたいところですが、そんな時間もありません。急がなければ面倒な人が来ますからね」

 

 クリューが口笛を吹くと、巨鳥のモンスターがさらに三体やってきて利羅を取り囲む。彼は札付きのモンスターに慌てて、

 

「かっこつけようぜ、そこ! 七丁目レベルのモンスターを三体もけしかけるなんて、そりゃないってもんだろ。一対一でいこうぜ、男なら・よ」

 

「申し訳ありません。男より賢い大人を優先させます。私が逃げるまで、モンスターの相手でもしていてください」

 

 空飛ぶ布を操って三体のモンスターを相手取る利羅に軽く会釈し――クリューは素早い動きで身をひるがえす。避けなかったら直撃していた棍が、スーツを掠めて伸びていった。

 

 棍の主を、クリューは巨鳥の上から見下ろす。翡翠だ。

 

 吹っ飛ばされてボロッとした恰好ながらも元気良さそうに、〝伸縮〟の札がはられた棍を手にしている。その顔にはアリアリと敵意が表れていた。

 

 これまた面倒なと、また新たなモンスターを呼ぼうとしたが、予想外なことが起こった。

 

「ひ、翡翠、なにを、何をやっているの? クリュー先生だ、よ」

 

 透が翡翠の腰に抱きついて、押し止めていた。クリューはそれを見て、思わずほくそ笑んだ。

 

 翡翠は歯ぎしりをして怒声を飲みこむ。「おまえこそ何をやっているんだ!」という怒声を。透の顔を見れば自分自身何をやっているか分かっていない顔をしていた。その顔を見て、翡翠は力ずくで引きはがすこともできなかった。

 

 その時、クリューに抱えられていたもにゅもにょかむいは目を覚まし、自分の状況を察してすぐさま暴れ出した。

 

「もう起きたのですか。意外にタフなモンスターですね」

 

 クリューは懐から札を取り出し、もにょもにょかむいの額にはりつけようとした。

 

「も、もにょ~!」

 

 もにょもにょかむいは叫び声を上げ、より一層暴れたが、意外と力があるクリューからは逃れられない。

 

 今までのモンスターは一様に額に札があった。つまり、その札で操られている公算が高い。

 

 利羅はまだモンスターを相手にしていて、翡翠は透にしがみつかれている。クリューを止められる者はいなかった。

 

 

 もにょもにょかむいの額に、札がはられた。




今回で書き溜め分がなくなりました。一応次回は火曜日更新予定ですが、もしかしたら金曜日になってしまうかもしれません。その時はご容赦を。

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