北乃カムイのもにょもにょ異世界(仮)『消えた時計台を探せ』 作:カムラー
「にゅふふふふ……『北乃カムイ』って知っているかニャ? 昔北海道で粋に暴れ回ってたっていうニャ!」
「第一声がターゲットとする中高生を置き去りにするような発言なのはどうかと思うが、それより問題なのは、だ」
「何ニャ? 西宮」
「アイドルのお話でご当地超常ガチバトルものってどうよ。そこら辺は慣例に則って、サクセスストーリーかシンデレラストーリーをやるべきなんじゃないのか?」
「そんな二番煎じどころか何番煎じかも分からないような話をやって、読者を北海道に引き込めると思っているのかニャ。大体にして、そういうアイドルのストーリーをやると、舞台が自然と東京に移ってしまうニャ。私は舞台を北海道から移したくないのニャ。そ・れ・に、やっぱり中高生の興味を引くと言ったら、バトルだニャ」
「そうか。そこまで北海道と読者のことを考えているならいいよ。俺はまた、ダンスに自信がないとか、自分一人の魅力に自信がないからとかの苦肉の策だと思っていたわ」
「…………(とんぼ)。まさか――って、最後の一つは罵倒じゃないかニャ! ふざけんな、こら~!」
「古臭いリアクションだな! 今の中高生を置き去りにするなって言ってるだろ!」
「とにかく、北乃カムイのもにょもにょ異世界(仮)『消えた時計台を探せ』! は~じま~るにゃ~!」
猫耳娘の北乃(きたの)カムイちゃんは、スマホ片手に事務所で右往左往していた。
「大変、大変にゃ~! だ、大事件にゃ~! このままじゃ、札幌とサッポロの時計台がゴッツンコにゃ~! どうしよう、どうしよう……ええい! 時間もないし、考えるよりもまずは行動あるのみニャ! さっさと現地に赴いて……」
そこでハタと動きを止め、ホワンホワンと脳内にうだつが上がらない顔をしたマネージャーHの顔が浮かんできた。
「うん、マネージャーには事後承諾でいいニャ!」
勝手に結論付けて、カムイちゃんは冷蔵庫から行者ニンニクを取り出し、ガツガツと食してすぐに横になった。
すると、眩しいほどの光がカムイちゃんを包み込んだ。その光がおさまると、そこにカムイちゃんの姿はなく、走り出した後の煙だけが事務所の出入り口へと続いていた。
「もにょ~!」
開け放たれたドアの方から、そんな奇声が聞こえた。
四月。本州の方は桜の季節と言うが、北海道でそれは一月先のことで、まだまだ寒い日があり、上旬の今は雪も降ることがある。だから、まだ上着やコートは欠かせられない。
十五歳の少年、西宮(にしみや) 宗(そう)円(えん)もダッフルコートを着て、ポケットに手を入れている。その中には今日のガチャガチャの戦利品がいくつかある。
彼の特徴を一言で言うのならば、目つきが悪い。だろう。三白眼の彼が寒さに目を細めているだけで、道行く人は目線をそらして彼に道を譲る。
地下鉄大通駅の三十五番出口に来たところで、西宮はポケットから取り出した北乃カムイガチャのメダルピンズを見つめる。
これでコンプリートできたため、彼はとても満足そうだった。
と、何やら後ろが騒がしいのに気づいて、西宮は振り返った。
道行く人が左右に分かれ、こちらに突進してくる物体に道を開けていく。
一直線に西宮に向かってくるのは、
「も! もにょもにょかむい!?」
彼が今手にしているメダルピンズそのままの物体――胴体の形状はマトリョーシカに近く、色はピンクで猫耳がある。その胴体に細い腕と脚がついていて、境が分からないが首あたりにチェックのストールをかけている――もにょもにょかむいだ。
驚きから硬直した西宮の体では、突撃してくるもにょもにょかむいを避けることができなかった。体当たりなのか、抱きかかえられたのか、西宮はもにょもにょかむいと一緒に三十五番出口の階段を転がり落ちた。
気が付いた西宮はゆっくりと目を開け、寝転がっていた上体を起こす。と、目の前に先程体当たりしてきたもにょもにょかむいがいた。
もにょもにょかむいは細い腕を波打つように動かした後、体の前で腕を重ねようとしているが、短いために合わさらない。
「意味が分からん」
西宮の言葉で、汗をかいて不思議な踊りをしていたもにょもにょかむいは、ハッと何かに気付いて頭上に豆電球を光らせた。体の後ろからラベルに『羊蹄山のお水』と書かれたペットボトルを取り出し、その水を頭からかぶった。
すると、もにょもにょかむいの体が眩しいほど発光し、あまりの眩しさに西宮は目をつぶった。
「ふにゃ~、無事に到着したニャ!」
元気の良い少し高目の声は、一年近くラジオで聞いていた西宮には、もう耳に馴染んだ声だった。
短い黒髪に猫耳を持ち、左前髪にヘアピン。幼さを残す可愛らしい顔立ちで、冬用のカラフルなチェックのマフラーを首に巻いている。白を基調としたフード付きの上着に、白のホットパンツ姿。ピンクと黒のアームウォーマーとニーソックスをつけ、黒のブーツを履いている。
目を開けた西宮の前にいたのは、言わずと知れた北海道を代表するアイドル、
「北乃カムイ!」
だった。
彼女は両手を腰に当て、得意げに慎ましい胸を反らす。
「そうだニャ! 北海道育成アイドル、北乃カムイだニャ! それで」
「ちょっと待て!」
カムイちゃんの言葉を遮って、西宮が手を前に出して止める。
「? 何にゃ?」
「……本当にカムイか?」
西宮の疑惑の目が、カムイちゃんに向けられた。
「な、何にゃ、その疑いの眼差しはぁ~! 失礼しちゃうのニャ。こ~んなめんこい美少女の元気っ娘が他にいるかニャ!」
「自分で美少女って言う図々しさは本人っぽいが……」
失礼千万と頬を膨らませるカムイちゃんと、訝しく思って唸る西宮がしばし睨み合う。
「問題! 数あるカムイのキャッチフレーズを答えろ!」
いきなりの西宮の出題だったが、カムイちゃんはニヤリと口元を歪め、
「にゃはははは、思わず笑ってしまったニャ。そんなことで証明できるならどんとこい、だニャ!」
向かい合った二人の間で火花が散り――
「『私は北海道そのもの――』」
「『だから私の胸は石狩平野なの』!」
「『カムイの小さな胸の中には――』」
「『愛と希望と昭和が詰まっているのニャ』!」
「『お~い、おっさん――』」
「『ん? なんにゃ? やば、反応してしまった』!」
「『平(たいら)の――』
「『胸(むね)盛(もり)、北乃カムイだニャ』!」
四つ全てを正しく答えたカムイちゃんは、ガクッと地面に膝から崩れ落ちた。
「出題に悪意があるニャ~!」
泣き叫ぶカムイちゃんに対して、生で聞けた西宮は楽しそうに笑い、
「まあ、もにょ状態になれた時点で、本物だっていうのは分かってたけどな」
「なめとんのか、コラ~!」
カムイちゃんが青のバッグから一枚の札を取り出し、西宮の目の前にかざす。すると、札に書かれている赤字が光った。
札から雪玉が飛び出し、西宮の顔面に当たった。
「ぶへっ! つめたっ!」
慌てて西宮は顔についた雪を払う。
「乙女の心を傷つけた罪は万死に値するニャ! せっかく和やかな挨拶を企画してたのに台無しだニャ。冗談はよしこちゃんだニャ」
「カムラーとして、カムイをイジらなければいけないという使命感に従っただけだ」
「そんな使命感捨てるニャ!」
カムラーとは、北乃カムイちゃんのファンを指す。カムラーはカムイちゃんを応援するだけでなく、イジられ愛されキャラでもある彼女を、おいしくさせる使命があるのだ。
頬を膨らませてプンプンと怒っているカムイちゃんは、
「それに憧れのアイドルに会ったのにその淡泊なリアクションは何なのニャ。もうちょっとテンション上げて、感涙にむせびながらサインと握手を求めるぐらいしてほしいニャ」
「勘違いするな。確かにカムイを応援するファンだが、憧れてはいない」
「うにゃ~!」
カムイちゃんは頭から湯気を噴出させ、両手を上げて奇声を上げるが、ハッと思い至って怒りの矛を悔しそうにおさめる。
「そんな事より時間がないのニャ。さっさと君の名前を教えるニャ」
「俺の名前は西宮 宗円」
「ふむふむ。では、改めて――」
ふくれっ面だったカムイちゃんの顔がガラリと変わって、
「おめでとうきび! 西宮は数いるカムラーの中から、私のパートナーに選ばれたニャ!」
アイドル笑顔の萌え萌え声で言った。
「…………はい?」
瞬間芸と言えそうな変われ身について行けず、西宮は反応できずにキョトンとしてしまう。
「というわけで、これをあげるニャ。どうぞ」
カムイちゃんがバッグから取り出したものを西宮に渡す。それは薄いピンクの石が先についたペンダントだった。
そして、もう一つ同じものを自分の首にかける。
西宮はもらったペンダントの紐を指でつまんで、ピンクの石を目の前に持ってくる。水晶のような石で、透明感はない。
「パートナー? 話がよく見えないんだけど……てか、何で俺が選ばれたんだよ」
と、西宮が尋ねると、カムイちゃんは腕を組んで何度か頷く。
「西宮は細かいことによく気づくタイプらしいじゃないかニャ。その鋭い眼光で」
「人が気にしている目のことをズバリと……で、それで?」
コンプレックスを指摘されて、西宮は苦虫を噛み潰したような顔で先を聞く。
「そういう人が必要なんだニャ。今この世界で……異世界にあるもう一つの札幌、札の都~『サッポロ』で起きている大事件を解決するためには!」
「ウソだ」
「即答かニャ!? ウソじゃないニャ!」
西宮は疑惑の目で、周囲をキョロキョロと見回す。
三十五番出口で転げ落ちたはずだったが、今いるのはテレビ塔が見える大通公園だ。近くにある新しい北洋銀行のビルが左隣にあるということは、ここは三丁目になる。
一通り周囲を見回したが、見慣れないものは何一つなかった。
「どこからどう見ても大通公園だろ。どこが異世界なんだよ」
「それは当然ニャ。この世界は私達の世界の札幌とソックリなんだニャ。でも……まあ、百聞は一見にしかず、時間も限られているしついてくるニャ!」
カムイちゃんは西宮の手を引っ張って、大通公園から北一西二へとやってきた。
その場所に着き、西宮は驚愕に目を見開く。
「なっ! え? と、時計台が……なくなってるぅ!?」
西宮の言う通り、そこにあるはずの札幌の名所の一つ、時計台が敷地だけ残してキレイになくなっていた。
時計台の敷地は黄色いテープで仕切られて立ち入りを禁止され、敷地内は道警の多くの警官が調査している。その様子を敷地の外からテレビ局のカメラが撮影し、一番外に野次馬がいて、カムイちゃん達は道路を挟んだ場所で見ている。
「にゃ。許せないだろ? 時計台を消そうなんて言語道断ニャ! 犯人は即刻見つけ出して北海道四十八の殺人技をぶちこんでやるニャ!」
西宮は怒りの炎に身を焦がすカムイちゃんの熱気に退く。
「いや、そんな怒りを覚えるほどのことでもないだろ。ただ名所が一つ消えただけだ」
その返答にカムイちゃんは真剣な表情で西宮に詰め寄って、彼の胸元に指を突き付ける。
「何を言っているかニャ! これがどれほど危険な事態か分かっていないのかニャ! 未曽有の危機ってやつなんだニャ!」
淡泊に反応する西宮への怒りも加わり、カムイちゃんの熱は一層高くなる。
「札幌市民憲章前章に『わたしたちは、時計台の鐘がなる札幌の市民です』って書かれているニャ。つまり、時計台の鐘があってこその札幌市民! なくなってしまえば、札幌市民としての定義を失うニャ!」
「なわけねえだろ!」
憤慨するカムイちゃんに近くの建物の壁まで押しやられながらも、西宮は声高につっこんだ。
カムイちゃんは呆れたため息をこれ見よがしに吐き、かぶりを振る。
「まったく、何で最近の子は時計台の素晴らしさと大事さを知らないかニャ。もっとしっかり学校で教えるべきだと思うけど……まぁ、今言ってもしょうがないかニャ。厳密に言うとまだなくなっていないニャ。時間だし、しっかり聞くニャ」
カムイちゃんの言葉が終わると、タイミング良く三時になった。すると、時計台の敷地から鐘の音が響いてきた。
何もない空間から、鐘の音だけが流れてくる。
「聞いての通り、時計台はあそこにないけどまだあそこと繋がっているニャ。その時計台が消えたのは昨日の夜中……どうニャ? ここが違うサッポロだって信じたかニャ?」
カムイちゃんにそう言われ、西宮は呆気に取られて口を開けたままにしていたが、ハッと気づいて、
「ちょと待て、どうやってカムイは別世界の事件を知ることができたんだよ?」
その答えに、カムイちゃんは西宮に自身のスマホを見せる。
「私のスマホは特別製でニャ。以前この世界に来た時、こっちの情報も入るように設定しておいたのニャ」
「前に来たことあんのかよ!?」
その情報の方に、西宮は驚いて声を上げる。
「当たり前ニャ。そうじゃなければいくら私が北乃家に生まれた選ばれし者といっても、こんなホイホイ異世界に来れるわけないニャ」
「……北乃家って……」
北乃家はカムイちゃんの実家であるが、多くの謎を持つ。北乃家に生まれた選ばれし者は、カムイちゃんのように変化の能力があったり、誰かに憑依することができたりするとかしないとか。
西宮の呟きには反応せず、カムイちゃんは難しそうな顔をしながら、腕を組んで時計台の敷地の方を見る。
「道警の素早い調査によれば、時計台が消えたのは何者かによって移送されたせいだとされているニャ。犯人が何を思って時計台を消したいと考えているのかは知らないけど、もしこのまま放っておいて時計台がこっちの世界と切れて異世界間移動したら、同じ存在に引き寄せられて私達の世界に来る可能性が高いニャ。そうなったら何が起こるか分からないニャ。同じ存在として時計台同士で融合するかもしれないし、反発し合って大規模な爆発が起きるかもしれないニャ」
「爆発って、こんなビル街で?」
「ビルどころか、札幌に大きなクレーターが出来るかもしれないニャ」
カムイちゃんの話を聞き、ようやく彼女の危機感が伝わった西宮は、顔から血の気が引いた。
「私の愛する北海道を傷つけようとする輩は絶対に許せないニャ! どんな手段を使おうとも犯人の目的を挫き、時計台を取り戻してみせるニャ!」
拳を握って炎のオーラを背負って決意するカムイちゃんに、
「つまりカムイは、札幌を救うためこのサッポロに俺を連れてきたのか?」
西宮が聞くと、キョトンとしたカムイちゃんは「イヤイヤイヤ」と手を横に振る。
「北海道に区別なし! どっちの札幌が危険だからじゃなく、私の愛する『さっぽろ』が危険だから来たニャ。それに、私はこのサッポロに大きな恩があるのニャ。困っているのなら力を貸してあげたいニャ」
「大きな恩?」
西宮の聞き返しに、カムイちゃんは寂しげな顔を見せ、
「以前来たのは……二〇一三年の秋だニャ」
ポツリと答えた。
詳しい答えではなかったが、それだけでカムラーである西宮は大体のことを察する。彼は軽く目を閉じ、頭に手をやって嘆息する。
「……あ~も~、わかったよ。その時にカムイが恩を受けたっていうなら、それはカムラーにとっても恩だな」
西宮の言葉に、俯き加減だったカムイちゃんは顔を上げて彼を見上げる。彼の顔は気まずい空気を変えるかのように、歯を見せる笑顔だった。
「カムイのことを信じるよ。道警の迷惑にならない程度にやってみるか」
「そう言ってくれると思ったニャ! 協力して時計台を取り戻すニャ!」
カムイちゃんが手を差し出し、
「おう」
その手を西宮が握った。
「四日以内に」
「早いわ! ってか何で期限を設けるんだよ! 全然過去の反省が活かされてねえな!」
「色々あるんだニャ! それは追々説明するから時間もないことだしまずは、札の扱いに慣れるため練習に行くニャ!」
ビシッと、カムイはテレビ塔と反対の方向を指さす。
「札?」
「札の都って言っただろニャ。ここは札によって超常の力を引き出すことができるニャ」
そう言えば、と、西宮は先程カムイちゃんが札から雪玉を放ったのを思い出す。
「マジ?」
「当たり前田の何とやらニャ。ホイ、これ」
カムイちゃんはバッグから取り出した数枚の札を、西宮に手渡す。
西宮はもらった札を扇のように広げる。白い紙に筆で字が書かれ、その字を放射状の線が囲っている。字の色は赤と黒がある。
「どうやって使うんだ?」
「力を込めて、や~! ってやると、何となくできるニャ」
「そんなあいまいな説明で使えるか~!」
西宮がツッコミを入れると、カムイちゃんは誤魔化すような笑顔を浮かべ、
「にゃはは、実は、私もよく分からないニャ」
「どういうこと!?」
「前回この世界に来た時、私はもにょ状態でしゃべれなかったニャ。でも、親切な人が助けてくれて元の札幌に戻れたニャ。だから、札の使い方はその人の見おう見マネでやっただけなのニャ。この札もその人からもらったものだしニャ」
軽い感じで平然としているカムイちゃんに対して、
「……こんな調子で俺達やっていけんのかよ」
西宮は不安タップリの顔だった。
そんな彼の背中を、カムイちゃんはバシバシと力強く叩く。
「大丈夫、大丈夫ニャ。私達は主人公だニャ。ピンチになったら秘めたる力がビカーって光って、何とかなるはずニャ」
「秘めたる力に心当たりもなければ、その発想は古いわ。さすが昭和生まれ」
「失礼なこと言うニャ! 私は十六歳だニャ!」
「設定十六歳だろ!」
「こら~! 余計なことは言わなくっていいのニャ! 新規の人にバレるじゃないかニャ! し~だニャ、し~!」
カムラーならみんなが知っていることだが、カムイちゃんの年齢設定は十六歳。だが、彼女の昭和生まれを彷彿(ほうふつ)とさせる言動から、みんな彼女をおっさん化して見る傾向があった。