魔法科高校の劣等生 死を視る者   作:ノッティ

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久しぶりの投稿となります。暇つぶし程度にどうぞ。


第9話

演習室を後にした達也達は当初の予定通り各々の用事を済ませるために一度それぞれが分かれて行動する事になった。演習室での一件は、志貴の介入によって何処か緊張感の欠けたものとなってしまい、達也の事を二科生として差別的に見下していた服部すらもその空気に当てられたのか、達也の事を好意的に見ることまでは出来ないものの、志貴の相手をしているという点においてだけ何処か苦労を分かち合うような奇妙な雰囲気であの後も二、三言葉を交わしていた。

 

演習室を離れ、摩利と共に風紀委員会の部屋を訪れた達也はそこで風紀委員として活動する一科生の先輩二人に出会う。三年の辰巳鋼太郎(たつみこうたろう)と二年の沢木碧(さわきみどり)は達也の“紋無し”の制服を見て、一度は怪訝な表情を浮かべたものの、摩利から服部との模擬戦の結果を聞き、目の色を変えた。二人にとって入学以来負け知らずの服部を負かした事実は大きく、達也の事を二科生だからと色眼鏡で見ることなく素直に感心した様子を見せた。

 

風紀委員の生徒会推薦枠と、部活連推薦枠は一高の差別的意識を嫌う摩利の意向によりそういった差別意識の低い生徒を選んでいるという事もあり、二人の先輩は達也を快く風紀委員に迎え入れる心持ちであった。達也も最初は二科生である自分が風紀委員となることに周りの反目や嫉妬を危惧してはいたが、少なくとも風紀委員内ではそういった差別的な意識は比較的薄いものであることに多少なりとも安堵していた。同時に半ば押し切られる形で所属する事になった風紀委員も悪くはない場所なのかもしれない、とそんなことを考えていた。

 

話しの中で、以前一悶着あった一年の森崎が教職員の推薦枠で同じ風紀委員に所属する事になった事も聞かされ、多少人間関係的に不安ではあった達也にとって、こういった場は素直にありがたい場所であると心からそう思うようになっていた。

 

自分から進言した部屋の片づけを再開しながら、達也は先輩たちと他愛もない話を重ねていく。そんな中で話はやはりというか服部との模擬戦の話へと変わっていた。

 

「まさか、そんな方法で服部を秒殺しちまうなんてなぁ。確かにそれが可能ならば大抵の魔法師を簡単に無力化できる」

 

三年の辰巳は感心したように頷きながら、積まれた段ボールの中身を整理する。

 

「それもそうですが辰巳先輩。司波が見せたその体術も大きな要因ですよ。魔法の応用性、多変数化もさながら実戦でそこまで動ける体捌きは一度見てみたいものだ」

 

二年の沢木の別の視点からの意見にそれもそうだ、と辰巳はさらに深く頷く。

 

「いえ、服部先輩が油断をしていたからこそ隙をつくことが出来たんです。次があれば、そう簡単にはいきませんよ」

 

達也が遠慮気味にそう返す。摩利はそんな様子を見ながら、満足そうに自分の周りを整理していた。

 

「それに沢木先輩が体術といっていましたが、自分はまだまだです。師匠にはまだ遠く及びませんし、師匠以外にも一人……体術だけなら自分よりも優れていると考えられる一年生がいます」

 

「ほう、それは初耳だな。いったい、どんな奴なんだ」

 

「渡辺先輩は既にその人物とさきほどあっておられると思いますが……」

 

達也の言葉に摩利は怪訝な表情を浮かべる。摩利が真っ先に思いついたのは、達也の妹である深雪の事であったが、彼女はどちらかと言うと体術向きといった体つきではないし、何より達也以上の体術での戦闘を行うなど彼女の品行方正な立ち振る舞いからは想像も出来なかった。そうすると自ずと摩利の中でその人物は一人に絞られる。

 

「まさかとは思うが、志貴君がそうだとでも」

 

「そのまさかです」

 

達也の肯定の言葉に摩利は何処か納得のいかない顔を浮かべている。摩利は真由美から志貴の事をある程度聞き及んでいたため、あの場の中では真由美の次に志貴の事を知っているつもりではあったが、どうしても達也ほどの使い手とは見えなかったのが彼女の率直な感想だった。聞いていた話よりトラブルメーカーな性格であったのは、真由美の記憶の中の彼が必要以上に美化されていたためだという事は先ほど理解したものの、それ以上はこれといって特筆するもののない、一般的な生徒であるというのが摩利の志貴に対する認識であった。

 

「……確かに実際に動きを見ていないから断定は出来ない。しかし、私も多少なりとも武道には心得があるが、君にそこまで言わせるほどの男にはとても見えなかったんだが……」

 

「失礼ですが、渡辺先輩は自分の動きをどこまで視認できていましたか」

 

「私には君が始まってすぐに服部の後ろに移動したぐらいにしか見えなかったな……」

 

「それが正しいと思います。自分の使った体術は身体の動きに緩急をつけることによって、意図的に視線を誘導する事で、あたかも視界から消えたように見せかけるといった技術です。もちろん動体視力が優れている人や武道の達人レベルなら簡単に捉えられてしまうと思いますが……」

 

そういって、達也は一度言葉を切る。達也は入学式に志貴にあった時の感情を今思い起こしていた。あの時も確信といっていいほどに志貴の体運びは異常だと感じていたものの、今日の事を経て達也は志貴には純粋な体術だけでは勝つことが出来ない事まで考えるようになっていた。自分の師である、九重八雲ですら勝てないのではないかと考えるほどに。

 

「あいつは“全部”見えていましたよ。踏み切りの瞬間から、移動の軌跡、その一つも見逃すことなく」

 

「おいおい、それって相当凄いんじゃないかそいつ」

 

辰巳が感心したように声を上げると、達也は素直に頷いて見せた。

 

「正直、自分と同じ年でどんな経験をすればそんな技術が身につくのか想像も出来ません。ただ、ほぼ確実に体術では彼の方が上手だと自分は考えています」

 

「場をかき回して面白がっているだけの奴だと思っていたが……達也君にそこまで言わせるとは今年の一年には面白そうなのが多そうだな」

 

と、摩利は言葉とは裏腹に何処か疲れたような表情でそう返した。摩利にとっても有望な一年生が増えるのは喜ばしい事ではあったが、人格的に考えると彼はどうも学生生活の悩みのタネになりそうな気がしてならなかったからだ。

 

「そんな逸材がいるなら、なんとかして風紀委員(ウチ)に来て欲しいですね。部活連の推薦枠はまだ残っているんですよね、確か」

 

「先輩、それはあまりおすすめ出来ません。あいつは確かに実力はあるかもしれませんが、どちらかと言うと自ら風紀を乱しかねないので」

 

沢木の提案に達也は即答する。無表情で淡々とそう述べる達也に言い表せない重圧を感じて、沢木はそうかと顔をこわばらせながら一言返事をするだけだった。

 

「あいつも悪目立ちするのは嫌ってる節があるので、あからさまに何か問題行動を起こすことはないと思いますが、自分の周りで起きた事に関しては……その、全力で楽しみそうなので……」

 

達也はそう言って、はぁとため息をこぼした。その様子を見て風紀委員の先輩達は達也の苦労が伺え、密かに同情するのだった。

 

 

 

 

 

時間もそこそこに達也は部屋の掃除を済ませると、摩利から風紀委員の仕事について軽く説明を受け、詳しい事はまた後日にと退出する。達也はそのまま生徒会室に足を運び、深雪の要件が済むまで部屋の前で待っていることにした。待つこと数分、生徒会室から出てきた深雪を笑顔で迎え、二人は自宅への帰路を進む。そんな中で深雪の学校での出来事や友人関係についての話を微笑ましく聞きながら、達也は心の底で模擬戦後の志貴の言動を思い返し何処か腑に落ちない心持ちであった。

 

「お兄様」

 

「……なんだい深雪」

 

「その、何か気がかりな事でも? 随分難しい顔をされていらっしゃるようなので……」

 

深雪の言葉に達也は怪訝な表情を浮かべる。

 

「そんなにひどい顔をしていたか? 俺は……」

 

「ええ、滅多に見られないほどお困りの様子でしたよ」

 

そう言って、深雪は幸せそうに微笑んだ。深雪は幼少の頃から兄がどんな人物で、どんな性格かも知り尽くしている。それは兄妹ならではの時間が生んだ見えない絆の証である。だからこそ兄が自分の感情を表に出すという事は、それ自体が異常であることも深雪は理解していた。兄と生活する中でそういった事は今まで数えるほどしか経験がなく、それは自身が少なからず関係している場においてのみの深雪しか知らない兄の“特別”な行動だった。

 

しかし、深雪は今回はそうでないと直感的にではあるが確信していた。何せ兄がこういった表情を浮かべるのは決まって自身が兄に女性関係的なものを感じ取った時に嫉妬めいた感情を向けた場合の状況が多かったからである。深雪としては今日兄と過ごしていた限りそういった行動はしていないし、嫉妬の感情を兄に向けて困らせるような事もしていない。ならば、必然的に自分以外の何かによって引き出されたものなのだと深雪は考えていた。

 

よくよく考えれば、これは深雪しか知らない兄の“特別”がそうではなくなってしまった事を意味するものでもあるが、深雪はそんな風に兄が“普通”に振る舞っている事に“特別”を奪われた独占欲より、喜びが勝っていた。

 

兄は完全だ、兄は無敵だ。深雪はそう信じて疑わない。けれど、そんな出来過ぎた兄がまるで自分と同じ場所にいるような身近に感じられた事に深雪は幸せを感じずにはいられなかった。“特別”でない事には少し嫉妬してしまうけれど、兄もこんな風に悩んだり、怒ったり自分と変わらない色々な表情を見せてくれる日が何時かやってくるかもしれないそんな希望にも似た幸福を感じて、深雪は心の底から幸せそうに微笑んだのである。

 

そんな事が有り得ないという事は深雪は理解をしている。しかし、人の感情と言うものは未だ研究が完了していない未知の分野だ。魔法の技術が発展し、急速に技術や研究が進んでいる今もその事は昔から変わっていない。ならば、希望を捨てる必要もないのだろう。深雪はそう自分に言い聞かせていた。

 

「いや、大したことじゃないんだ。ただ……納まりが悪いのが気に入らないだけでな」

 

「それは……あの四谷という方の賭けについてですか?」

 

深雪がおおよそ予測していた事を切り出すと、達也は素直に頷く。

 

「でも、あの方の言っていた事は外れたのですから、賭けはお兄様の勝ち……という事で話は終わりではないのですか?」

 

「それがそうもいかないんだ。深雪はあの時試合終了までの時間を数えていたかい?」

 

「いえ、あの時は四谷さんの仰っていた事よりも、あの人がお兄様の邪魔をなさっている状況に、その苛立ってしまったので……」

 

「まぁ、あいつはそういうやつだ。深雪のそういった感情に関しても多少なりとも計算のうちだったんだろうな」

 

「……それは、どういう事なのですか?」

 

深雪は兄のその言葉に言いようのない悪寒のようなものを感じた。兄の話の意図がいまいち読み取れないながらも、あの場で起きていた事が今更ながらに何処か不気味なもののように感じられる。

 

「そうだな。どうせなら本人からそのあたりを聞くとしようか」

 

達也はそう言って、制服の下に忍ばせていたホルスターからシルバーホーンを抜き、背後に振り向きながら構える。

 

「尾行とはあまりいい趣味ではないと思うが、どう思う志貴」

 

「尾行とは失礼だな。単に帰り道が同じ方向だっただけだよ」

 

心外だとでもいった声色の主はさも当たり前のように兄妹の数メートル後方に立っていた。深雪は驚き、二人を交互に見た後、後方に立つサングラスの男に視線を向ける。

 

「いつからですか?」

 

「ついさっきだよ。そこの曲がり角曲がった時に二人がたまたま前にいたんだ。何か楽しそうだったから声はかけなかったけどね」

 

そう言って、志貴が後ろ手に指差す方向には確かに住宅地に通じる路地への曲がり角があった。深雪はその言葉を鵜呑みには出来なかったが、それでもわざわざ路地なんかに何の用があったのか、それだけで志貴を警戒する要素としては事足りた。

 

「その危ないもの下げてくれない? 何か俺に聞きたいみたいだけど、それじゃあ怖くて声が震えてしょうがないよ」

 

「この程度で怖がってくれるのならありがたい。素直に話してくれそうだな」

 

「住宅地のど真ん中だぞ、達也」

 

「それも気にするほどでもないだろう。“幸運にも”夕方の人通りの多い時間にも関わらず、さっきから人の気配が全くしないからな」

 

そう言って、CADを下ろそうとしない達也に志貴は諦めたように両手を上にあげる。それを了承の意味にとった達也は口を開く。

 

「まずはお前が何故あんなに挑発的な態度だったのか、それはあの場でお前とそれなりに親交のある人間が少なかったからだ。あの場でお前の事を良くも悪くも知っているのは俺と会長ぐらいだったからな」

 

「……その心は?」

 

「ほぼ初対面の人間がいる場で既に交友関係を持っている人物同士が話を始めたら、周りはどうしても一歩引いた位置で話を聞く立場になりがちだ。それに加え、お前は“賭け”という一種の契約を俺との間で取り付けた。この時点で周りは俺達の間に成り立つ関係性に触れようとはまずしない。ようするに自分に関係のない話だからこそ、あまり真剣に考えておく必要がない。そういった感覚をお前は挑発的な俺に対する態度で周りに植え付けた」

 

「面白い考察だ。でも人の心なんてそう簡単に操れるものじゃないと思うんだが……」

 

「確かに推測の域を出ないものだが、俺がそう考えたのは深雪がお前に喰ってかかった事が原因だ。お前のあの場での第一目標は深雪をどうにかする事だったんだろう?」

 

達也の言葉に突然自分に話の論点が向いた深雪は戸惑いを見せる。

 

「……私、ですか? お兄様ではなくて」

 

「そうだ。志貴は深雪に賭けの証人になってほしくなかったんだ。だからわざわざあんな神経を逆なでするように挑発的な物言いにしたんだよ」

 

達也が深雪にそう説明すると、深雪はそれでも疑問なのか自ら問いかける。

 

「お兄様の考えは分かりました。けれど、何故わざわざそんなことをする必要が? 公正なものにするならば第三者がいれば……」

 

深雪はそこまで口にして、思い直したように言い留まった。志貴の行っていた事が理解できたからである。

 

「……公正なもの、ではなかったのですね。あくまでお兄様と四谷さんの間でのやり取りとして確立させたかったという事ですか?」

 

「その通りだよ。賭け自体に公正さを失くして、飽くまでその結果を認知するのが両者のみの状況を作り出したかったんだ」

 

達也はそう言って、深雪の頭を優しく撫でた。深雪はくすぐったそうに、嬉しそうにそれを受け入れる。

 

「何か、綺麗に納得しちゃってるけどさ。当の本人が正解とかはまだ言ってないんだけど?」

 

そんな二人の様子に何処か辟易しながら、志貴はそう言った。

 

「まぁ、今の話に関しては飽くまでも推察だからな。確証を得たくてもその当の本人様は首を縦には振ってくれないんだろう?」

 

「ノーコメント」

 

志貴は何処か満足そうな笑みを浮かべて一言だけ口にする。

 

「お兄様が言うんだから間違いありません。本当は手の内を見透かされて悔しいんじゃないですか?」

 

「深雪、そう言ってくれるのは嬉しいけどそれでは論点がずれてしまう」

 

深雪が何処か勝ち誇ったように志貴に対して問いかけるが、それをほかでもない達也自身が諌める。深雪は何処か不満げな顔をしたが、達也にとって今の話は飽くまで本題に入る前のちょっとした前座的なものにしか過ぎなかったのだからこれに関しては多少苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 




お話の解答は次回に続きます。それにしても執筆していて深雪のこれじゃない感が半端ないです。

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