魔法科高校の劣等生 死を視る者   作:ノッティ

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明けましておめでとうございました。

かなり日が開きましたが、更新再開です。見てくださる方がいらっしゃるかは分かりませんが、本年も暇つぶし程度に当作品をよろしくお願いします。


第8話

開始の合図とともに服部は既にCADの操作を八割方終えていた。その時点で服部は胸中で勝利を確信していた。元々、達也を二科生として下に見ていた服部にとって戦いが始まる前から頭の中で行っていたシュミレーションでは、既に勝ちは見えていたものの不測の事態があることも考えれば確信するには今一つ足りないといったものであった。しかし、CADによる現代魔法の発動がほぼ既に完了しているこの時点ならば疑いようもなく自分の勝ちを確信する事が出来たのである。

 

放つ魔法は基礎単一系移動魔法。複雑な術式を一切破棄し、必要最低限の威力をそしてより速い速度で発動させる。二科生である達也が自身の魔法の発動速度を上回る事がないと分かりながらも服部がこの術式を選択したのは、あくまでもこの模擬戦での勝利を確実にするための判断であり、それは服部自身の数々の現代魔法での戦いにおける経験から導き出したほとんど無意識に近い選択であった。純粋に、ひたすらに勝利を追い求め、自身の才能に溺れることなく研鑽を積んできた服部のその考えは誰が見ても正しいものであるといえるだろう。

 

服部自身もたゆまぬ努力を続けてきた自分自身を正しいと信じ続けていたし、その努力の数だけ積み重なる勝利が自分の考えの正しさを裏付けていた。

 

(これで、終わりだ……。身の丈に合わない虚勢は一高(ここ)では通用しない事を教訓とするといい)

 

魔法の展開までコンマ数秒といったその瞬間、服部は心の中でそう呟き、そして眼前の光景に目を疑った。

 

目の前には標的となるはずの達也の姿が消えていた。

 

何故、と服部は自問する。今までその場にいたはずの人間が現代魔法を発動していないにも関わらずいなくなることなどありえない。

 

どうして、と服部はさらに自問する。ならば、二科生であるにも関わらず自分より魔法を早く展開したのだろうか。いや、それは有り得ない。なぜなら、現代魔法の発動は展開式が構成される。それが視認できない以上、この二科生が自分より早く現代魔法を放ったことは考えられない。だったら、古式魔法かと考えるも、それらしい触媒になりそうな道具もなく、詠唱のような類も聞こえなかった。

 

ならば、と服部は自答した。そして、その答えに驚愕した瞬間激しい眩暈と頭痛に襲われ自身の足が崩れ落ちていくのを感じた。聞いた事のない不快な音が頭の中でかき鳴らされているような感覚に意識が少しずつ薄れてゆく。

 

服部の答えは単純だった。この二科生は“何もしなかったのだ”。現代だろうと古式だろうと魔法といったものに一切頼ることなく、自らの“体術”だけで服部の目の前から消え失せてみせたのだ。

 

有り得ない。そんな動きが出来るなど最早ただの魔法科に通う高校生の芸当ではない。意識が白濁としていき、霞む視界の中で自身の後ろに立っていた達也の姿が服部には映っていた。

 

くそ、と心中で悪態を吐きながら服部は意識を手放していく。悔しい。ものの見事にだしぬかれ、こんな形で敗北することになるとは、服部は倒れ伏しながらそんな後悔の念を抱えていた。

 

 

「…………まだだ!!」

 

 

一人を除く他の誰もが、早すぎる展開に圧倒されながらも模擬戦が終了すると確信した矢先、服部は恥も外聞も掻き捨て叫んだ。頭に揺らぐ不快さを必死に耐えながら、ろくに照準を定めることなく、展開途中の魔法を自身の後方に展開する。

 

これで終わりのはずがない。これで終わらせるはずがない。一科生(ブルーム)二科生(ウィード)に負ける事などあってはならない。この男がどれだけ強かろうともそれは不文律のはずだ。

 

服部の意識を覚醒させたのはそんな不憫とも言えるほどに刷り込まれた強迫観念のようなものだった。それはまるで一種の怨念のようなものであると同時に、何処か未熟さを感じさせる甘えのようなものだった。何にせよ強い意思が服部を今際の際で押しとどめた。そして、

 

(会長も見ているんだ。……こんな無様なやられ方が、あってたまるものか!)

 

同時に服部を支えたのは真由美への感情だった。男として、そして何より自分が憧れている者の前で無様な姿を見せられないといった男の意地だった。まるで幼稚なものに見えるそれはしかし男である自分を突き動かすには十分すぎるほどの起爆剤となり、服部は文字通り最後の力を振り絞った。

 

そんな時に、今までとは比べ物にならない眩暈が服部を襲う。まるで重い鉄塊に打ち付けられたような感覚に服部は思考が停止し、身体が動かなくなるのを感じた。

 

(司波……達……也……)

 

薄れゆく意識の中で、服部は未練深くそう呟いた。

 

 

 

 

達也は目の前で起こった事に少なからず驚愕していた。自分が想定していた状況では一度目の自身の基礎単一系の振動魔法で目の前に横たわっている彼は地に伏しているはずだった。それは紛れもない事実であったし、達也にはその光景がイメージではなく現実に視えていた。にも関わらず、服部は一度目では沈むことなくこちらに反撃まで行ってきたのである。イレギュラーな事態が起こることは実戦だろうと模擬戦だろうと常であることを理解はしていたものの、どうにも拭い切れない違和感が達也の中で渦巻いていた。

 

しかし、その感情を達也は浮かべることなく。審判である摩利に静かに目配せをした。

 

「……勝者。司波達也!」

 

摩利はその視線に我に返ったように達也の勝利を宣言する。その動揺と困惑は深雪と志貴を除く生徒会メンバーにも伝染していた。誰もが一体何が行われていたのかと首を傾げている。達也は軽く一つ息を吐くと、自身のCADを片付けにゆっくりと歩を進めた。

 

「待て」

 

そんな中、一人凛とした声が響く。声の主は審判を務めた摩利だった。

 

「今の動きは自己加速術式をあらかじめ展開していたのか……?」

 

審判を務めた摩利としては、試合が始まる前にそういった魔法が展開されていたならば、と不正な魔法使用をまずは疑い達也に問うた。それは致し方のない事であるし、公平を貫く立場として正しい質問だった。

 

「魔法ではありません。正真正銘身体的な技術です」

 

達也はそう答えるも、摩利を始めとした生徒会のメンバーは信じられないといった表情を浮かべている。無理もないのだ、達也の行動は常識から外れているためにそれが魔法によって引き起こされた事象であると考えるのが妥当である。しかし、それは違うと本人が言うのだから、彼女達はさらに困惑した表情を見せた。そんな中で、一人どこか嬉しそうに微笑んでいる深雪は口を開いた。

 

「兄は忍術使い、九重八雲先生の指導を受けているのです」

 

その深雪の言葉に困惑の表情は納得のものに変わっていた。高名な忍術使いの名が出た事に驚きつつも話は達也の魔法についての話題に移っていった。

 

達也の魔法は正真正銘の基礎単一系振動魔法。想子(サイオン)を知覚できる現代魔法師は自分の予期しない想子の強い波長にさらされることで激しい錯覚を覚えてしまう。その体質を利用して、強い振動を作り出すため、波長の違う振動系魔法を同時に波の合成の原理においてその振動が最も強くなる位置を対象の位置に計算した上で放ったというものである。

 

原理を紐解けば、大した事のない理科の実験のようなものであったが、それは達也の類まれなる知能が実現させた一つの新しい技術と言っても過言ではなかった。達也の使う特化型CAD「シルバーホーン」は謎の天才プログラマー、トーラスシルバーによってカスタムされたループキャストシステムというプログラムを搭載している。因みにこのCADにいち早く気づいたのは、今まで静かでおどおどしていた生徒会書記の中条梓である。まるで人が変わったように、達也のCADに目を輝かせ、手に取ろうと達也にまとわりついている。このプログラムはあくまで同一の魔法を短時間に何度も展開するといったものであったが、達也はその波長の違う振動魔法、対象との相対位置、考えられる全ての媒介変数を瞬時に理解し、新しい多変数として組み込むことで、魔法の処理速度が遅い自分でも今回のような芸当ができるようになったのである。

 

これは、魔法を満足に扱えない達也が自ら生み出した思考の賜物であった。使うことが出来ないのであれば、使えるようにすればいい。常人が火をつけるのにライターやマッチで済ませることを、達也はその肝心の火種を持っていないために、その他の器具を代用する事で、そして着火の早いマッチやライターと遜色ない速さでそれを行って見せたのである。

 

応用性が高いのはひとえに達也が高い魔法の知識を表しているからであって、これを常人が行う事はかなり難しい事であることはこの場にいる全員が理解していた。

 

 

「実技試験における……魔法力の評価は……」

 

その言葉に全員が振り返ると、意識を失っていた服部が頭を抱えながら目を覚ましていた。服部は達也の多変数化が魔法科高校入試のどの評価項目にも該当しない事から、事前に深雪が言っていた試験が本当の能力を示していない事に納得していた。そして、深雪に向かって服部は頭を下げる。

 

「司波さん」

 

「……はい」

 

「さっきは……その身贔屓などと失礼な事を言いました。目が曇っていたのは僕の方でした。……許してほしい」

 

「……私の方こそ生意気を申しました。お許し下さい」

 

そう言って、深雪も頭を下げる。

 

「それに、お兄様の一撃を受けてなお、一時とはいえ立て直した服部先輩の気概はとても雄々しかったです」

 

「あ、あれは……その……」

 

服部はその事に言及されるなど露とも思わず、照れくさそうに顔を逸らす。

 

「そうそう、なかなかかっこよかったわよ。はんぞー君」

 

「か、会長まで……からかわないでくださいよ!」

 

真由美が悪戯っぽく服部に声を掛けると、服部は目に見えて赤面し、思わず声を荒げていた。達也はそんな様子を微笑ましく思いながら、その場で未だ一言も発していない男へと近づいた。

 

 

「……それで? 志貴、お前のお遊びは満足いくような結果になったか?」

 

達也が志貴に問いかけると、志貴は携帯端末の画面を達也に見せながら面白くないといった様子で答えた。

 

「三・五秒……こりゃ見込み違いだったなぁ」

 

「……本当にそれは正しいのか」

 

「おう。しっかり始めの合図から服部先輩が倒れるところまでぴったし」

 

志貴の言葉に達也はため息を吐いた。全くこの男は何を考えているか分からない。わざわざこの場で“嘘を吐いている”理由が達也には皆目見当がつかなかった。

 

「そうだ。そこの二科生、お前には個人的に聞きたいことが山ほどあるんだが……」

 

「いやいや、服部先輩。そんな『個人的に』なんて俺にはそんな趣味はないですから」

 

「そういった意味で言ったんじゃない!」

 

「あんまりがなると身体に響きますよ? あっ、そうか……先輩ドMだからそんなに自分を痛めつけて」

 

「……お前は俺に喧嘩を売ってるのか?」

 

服部の言葉をいいようにはぐらかす志貴。まるで漫才のような掛け合いに場の空気は多少なりとも穏やかなものに変わっていた。

 

「あっ、そうだ。俺用事思い出したんで、ここらで失礼しますね」

 

と、いそいそと取ってつけたように帰り支度を始める志貴。そんな志貴に真由美は慌てたように声を掛ける。

 

「ちょっと志貴! あなた今日は特に用事もないって……」

 

「ごめん、真由美。緊急で知人に呼び出されんだ。埋め合わせはまた今度な」

 

「おい! 話はまだ終わってない。それに会長の事を呼び捨てって……こら、待て!」

 

颯爽と速やかに演習室から去っていく志貴に一同がぽかんとした表情を浮かべ、真由美に至ってはあからさまに頬を膨らませている中、服部は達也に声を掛けた。

 

「……司波達也」

 

「……なんでしょう?」

 

「俺はお前を認めた訳じゃない。だが、あの男の相手をしている点でだけ……その、心から同情する」

 

「…………恐縮です」

 

服部の呆れかえった表情に達也は自身が嫌われている事を自覚しながらも、頭を抱えながらそう返すのが精一杯であった。




日が経ち過ぎて、主人公の話し方の描写を忘れました。そして、服部は『俺』呼称でいいのだろうか。

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