魔法科高校の劣等生 死を視る者   作:ノッティ

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書いてたらいつの間にか自分の誕生日過ぎてました。おめでとう自分。


第5話

志貴と真由美が感動の再会を果たしていたころ、柴田美月は自分の部屋でくつろぎながら今日あった出来事を思い返して、不安に駆られていた。彼女自身が引き金となってしまった件の一件は志貴の予想もしない行動によって彼一人が責任を被る状況になっていた。その事にも一抹の罪悪感を感じていた彼女であったが、彼女の不安を煽っていたのはそれとは別の事だった。

 

騒動の終結は生徒会長である七草真由美と風紀委員長渡辺摩利が来た事によってではあるが、彼女はあの場が収束してよかったと心から安堵していた。彼女が見たものはあの場において最も異質で、今までに見た事のないものだった。美月はベッドに転がりながら自分の目で見たものの正体を考える。

 

(何だったんだろう。あのオーラ……暗くて、冷たくて、悲しかった)

 

彼女もまた現代魔法師としては希少な力を持った存在である。魔法が技術として普及した現代で視力の強制に眼鏡を使う事はあまりなくなってきている。魔法が使えない一般人でも金さえ払えば、視力矯正のために医療魔法を受けて手術することが出来るため、一昔前より眼鏡やコンタクトレンズといった視力矯正具の需要が格段に減ったためだ。もちろんファッションの一部として未だに存在はするものの本来の用途として使う人間はほとんどいない。

 

しかし、美月はそのどちらの理由でもなく自身の眼鏡を愛用していた。いや、せざるを得なかった。それはすなわち彼女の希少な力が目に由来することであったためである。

 

霊子放射光過敏症。それが彼女の特別な目の力だった。霊子(プシオン)と呼ばれる、思考や感情の活性化に伴うとされている未だに未知の粒子が活動することで放つ非物理的な光を敏感に感じ取れ、それは人それぞれに異なっていることから美月はその光の色や形といった性質をオーラと呼称していた。美月自身この目とは長い付き合いである。自分なりに制御する方法は会得していたもののそれでもまだ“見えすぎる”自身の目を抑えるために眼鏡をかけている。

 

そんな彼女の目があの場において捉えていたのは志貴の異質なオーラだった。目を最大限に抑制しているにも関わらず見えたあの異常なオーラは、様々な人間をその目で見てきた彼女にとっても初めての体験であった。彼女が特に不自由のない、一般的な家系に育ったことも相まって美月から見た志貴のオーラは形容しがたいもので、自然と恐怖を煽るものになっていたのだ。

 

オーラががらりと変わったのはほんの一瞬、一科生の男子が彼にCADを向けたその時だけではあったが、実際に見たその変わりようと得体のしれない恐怖を感じるオーラに美月は彼の内面を計れずに解消しようのない不安と疑惑に頭を悩ませている事が彼女の現状だった。

 

「分かんないなぁ……」

 

呟きながら天井を仰ぐ。真っ白な壁紙で覆われたそれを見て、美月は自分のこのもやもやした煩わしさもあんな風にすっきりとしてしまえればいいのに、と心の中で呟いた。しかし、そうしたところで何も解決するわけではなく、もやもやは膨らむ一方であった。

 

お世辞にも自分は賢いと言った訳ではない。かといって、馬鹿なわけでもない。魔法に関しての知識はある程度しっかりしているし、画期的な魔法に関する法則だったりを思いつく頭脳はないが、既存の知識を応用するぐらいの知恵はある。そんな多少の事が出来るぐらいの凡人の自分が、この目に見える未だにどんな存在かはっきりしていない霊子放射光――つまりオーラを理詰めで理解しきれる訳がない、と美月は考えるに落ち着いた。

 

しかし、数々のオーラを見てきた彼女はこれは考えるものではない事も同時に知っていた。これは何となく、自分の感性で感じるものであると。そんな今までの経験則から考えた場合、と美月は再び思い悩み、思わず口に出した。

 

「あれは……見ちゃいけないものだったんだ」

 

 

 

 

 

志貴は既に学校を後にして自宅に戻っていた。真由美との邂逅から既に数時間が立ち、彼女との出会いで昂った感情も今ではすっかり落ち着いている。あの後、すぐに戻ってきた摩利に真由美と抱き合っている状況を見られ、弁明にそれなりの時間を要したが、詳細を話したところ思った以上にあっさりと納得してくれた。話によれば真由美は彼女に自分の事を何度か話したことがあったらしい。真由美が自分の事をどう伝えていたのかは分からないが、摩利の自身に対する態度に変に偏った情報を与えていないことが分かると志貴はそれ以上詳しく聞かない事にした。

 

そもそもの状況を考えると事件の参考人である志貴をあっさりと解放した所から、摩利がえらく割り切った性格をしていることは伺えた。彼女の思惑としては状況的には事件は未遂に終わった上に、志貴の行動も周りを擁護するためのものであると考えていたらしく、今回に関しては軽く説教をするだけのつもりであったという。わざわざ記録用の端末を持ってきたのも、風紀委員の仕事の一環として形だけでもいいから文面に残す必要があっただけとの事。

 

学校内の組織であるにも関わらず、わざわざそんな面倒な事をしなくてはならないあたり、煩わしいものだと、志貴は考えたが、ここは一般の教育機関とは趣の違う魔法科高校なのである。たかが、生徒が運営する組織と言えども一歩間違えれば現代魔法は命をも奪う危険な物であることは間違いない。それを取り締まる風紀委員としては組織として十全に機能していなければならないのである。志貴はその重要性を理解は出来たものの、心の中ではやはりその煩わしさを拭い切れはしなかった。

 

結果的に、志貴は早めに解放され帰路につくに至る。志貴としては再会した真由美と時間を過ごしたいと考えていたし、真由美の方も志貴にこの後の予定をしつこく聞いてきたぐらいである。両者同じ気持ちではあったものの、何せ突然の出来事であったし、夕暮れ時の時間である以上あまり多く時間が取れない事もある、と志貴は真由美を宥めると真由美は隠すそぶりもなく不満顔だった。

 

志貴は自宅の戸棚から穿き慣れたジーンズと愛用している焦げ茶色のポロシャツを着込む。肌寒さを考慮し、春物の黒いコートをさらに上から羽織る。

 

志貴はそもそも予定していた死者退治があった以上、たとえ相手が真由美であろうともその責務を放棄するわけにはいかなかった。幸いな事に彼女と早めに顔を合わせた事で、これからは会おうと思えば学校で何時でも会うことが出来る。魔法科高校に入学するにあたって、真由美が一高にいることを志貴は事前に知っていた。真由美はかの十師族、所謂ナンバーズの家系である。現代の人間から見れば、そのネームバリューはあまりにも大きく、志貴は入学に伴って集めた情報の中でそれを知っていたが、例え自分なりの理由があったにせよ、何の説明もなくあの日真由美から離れた志貴としては罪悪感からか自分から彼女に接触する事が出来ないでいたのだ。

 

周りから見ればヘタレだの、女々しいだのと言われそうなものだが、事故的とは言え何とか話を出来たのは志貴にとっても僥倖であったのだろう。

 

机の上のサングラスを取り、かけなおす。今まで見ていた世界のあちこちにある死の線が見えなくなるのを確認して志貴はほっと一息つく。

 

何故なら志貴にとって彼女は一番この事件に巻き込みたくない相手だからである。彼女に自分の現状を知られたくない、知られれば彼女は家の力を使ってでも自分に協力してくるであろう事が志貴には容易に想像できた。そんなことはしたくもないし、ごめんだと志貴は口に出すことなく毒づく。

 

何時もの靴を履き、手元に自分の獲物と念のため持ち出したブレスレット型のCADがあるのを確認する。

 

加えて言えば、彼女を巻き込みたくないのと同時にこの眼を知られるのが志貴にとっては一番嫌な事だった。彼女はそんな事を知ったところで構わず自分を受け入れるだろう。それでも、志貴はこの眼で彼女を見る事だけはしたくなかった。彼女は自分の全てだ。それをこの眼はいとも容易く壊れてしまう事を志貴に突きつけるだろう。それは志貴にとって彼女を穢し、貶めるのと同義である。そんな事は許されない。そんなことはあってはならない。いくら世界がこんなに死に溢れていようと彼女だけは純粋で綺麗なままであってほしい。それが志貴のせめてもの願いであった。

 

しかし、それはただの押し付けである。この世界が等しく死にまみれていることは志貴自身がよく知っていた。理不尽なまでに脆い世界。理想すら語ることも許されず、求めるものは失い、自身の欲が全てを奪い去る。この世界はそのように出来ている。だからこそ、自分はあの時死を選んだのだ。

 

準備が整ったのを確認するとドアノブに手をかける。冷たい感触が自身の心も同じように冷やしていくのを感じた。

 

余計な事を考えるな。自らのやるべき事を思い出せ。

 

志貴は頭の中のスイッチを切り替えた。今までの思考はこれからの事に必要がない。今から向かう場所はそんな思考が入り込む余地などない。

 

志貴は自分を律し、深く呼吸を吐き出した。自分は未だ未完成だ。だからこそ自分を強く律する必要がある。冷静に、冷徹に自分の心を切り離す。さあ、始めよう。

 

 

「狩りの時間だ……」

 

 

 

 

 

志貴は繁華街を歩いていた。多くの人が行き交う中で彼は周囲の人間を注意深く見て回りながら、歩を進めていた。春とはいえまだ肌寒い空気が身体を撫でる。周りの人々は友人、恋人、家族それぞれの大事な人と共にまるでその寒さから逃れるように寄り添いあいながら歩いて行く。もちろん一人で歩く人も多くいる、そんな人たちはポケットに手を突っ込んだり、手を擦りながら思い思いの方法で道を歩いていた。志貴もそんな中の一人である。近場の店で買った温かいコーヒーを啜りながら、彼は当てもなくぶらぶらと彷徨っていた。

 

彷徨いながら、あちこちを歩いていると志貴はその足を不意に止めた。目の前には人ごみ。幾多の人間が交差する中彼の眼は鋭くその先を見据えていた。視線の先にはスーツを着た中年の男性。路地の前で何をするでもなくただただ立ち尽くしていた。日常生活の中でこの光景は別に珍しい事じゃない。もしかしたら、誰かを待っているのかもしれないし、酒に酔った頭を冷やしているのかもしれない、それとも大事なものを失くして途方に暮れているのかもしれない。人ごみの中たった一人で動かない事は異質に見えるが、そんなことは生活していれば一度や二度は必ずしもあることである。

 

しかし、志貴にはそんな一般的な考え方は既に必要がなかった。うつろな眼差しで宙を眺めるそれには周りよりも多くのソレが視えている。

 

志貴は当にサングラスを外していた。彼のその蒼い(まなこ)にはその男性の周りに群がる夥しい量の線が映し出されていた。それは周りの人間の優に数倍はあり、魔眼を通してみた男はまるで黒く塗りつぶされているようでその存在が明らかに異常であることを志貴に訴えかけているようだった。

 

気持ち悪い、と志貴は思う。何度見ても思うこの光景はあまり志貴の好むものではなかった。単純に死が集まっているから気持ち悪いだとかそう言った意味合いでなく、嫌でも死に関わってきた志貴にとって彼らの線はまるで死を冒涜しているかのように見えるからである。志貴自身この魔眼の視せる死の溢れた光景には単純に嫌悪の感情こそあるものの、不思議と否定の意識はなかった。それが自分のいたあの暗い、重い、苦しい場所に似通って見えるからなのか、彼にとって魔眼の視せる死は何時しか何か意味のある崇高なものへと変化しつつあった。それがどういった感情なのか、彼自身知る所ではないが、どうにもそう視えてしまうのだから仕方がない。

 

だからこそ、無造作に、不器用に、乱雑に並べられたあの死の線は志貴の感情を異常なまでに逆撫でしていた。

 

懐に忍ばせた短刀に手を触れる。冷たく、武骨なその感触に志貴は自然と頬が緩むのを感じていた。アレは存在してはいけないものだ。なら、排除するしかない。

 

歩を進める。一直線にその男性に近づいていくと、その男性は無表情のまま身を翻し、路地に駆け込んでいく。

 

「逃がすかよこのボケが……」

 

志貴もその男性を追って路地に駆け込んでいく。狭く細いその道で目の前に転がるゴミや備え付けられた室外機などをものともせずに彼は駆け抜けた。薄い暗がりの中で目の前の男の背広がぐらぐらと揺れている。

 

男が角を曲がり、一瞬姿が見えなくなる。志貴は臆することなくそのまま同じように角を曲がった。

 

 

瞬間、上から影が差した。

 

 

「ガアァアアアァアァアアアァ……!!」

 

 

飛来するのは追っていた男とは別のもの。一般高校の学生服を着たうつろな瞳の少年が志貴目掛けて真上から唐突に襲い掛かった。

 

およそ人とは思えない奇声を発しながら飛び掛かるソレを志貴は目をくれることなく、斬り刻んだ(・・・・・)

 

血飛沫が志貴を真上から濡らす。志貴はそれに構うことなくいつの間にか足を止めた背広の男に目を向けた。

 

 

「ウ、うウぅぅううぅ……」

 

「何だ? 仲間がやられて悔しいのか? まるで人間(・・)みたいじゃないか」

 

軽口を叩く志貴にこれと言って反応することもなく、男はおもむろに自分の腕をへし折った。

 

ばき、ばきと男は気が狂ったように自身の腕を折り続ける。折れた右腕からは血が吹き出し、折ることのできる腕の骨がなくなっても男は肩に手を掛けその行為を続けた。知らぬ間にその細い路地はうつろな瞳で徘徊する死者達によって前後を塞がれていた。その状況にやっと男は骨を折る行為を止める。

 

「へぇ……お前が呼んだのか」

 

志貴は目の前の男の死者にそう語りかける。元から返事を期待している訳ではないが、これは彼なりの一種の敬意の表れでもあった。子の死者は本来適性が高いもの以外は知性や個人の意思を持ち合わせない。そんな知性の欠片を目の前の死者は見せたのである。そう考えた志貴は目の前の死者に対して少なからずも敬意を見せたのだ。

 

「もしかしたら、あんた今の方が幸せなのかもなぁ」

 

そして、背広の死者の考えはこの場において間違いはなかった。敵を狭いところに誘い込み、退路を断ち、数で押し切る。死者として目覚め、個人の意思が介在しないまでもわずかに芽生えた知性だけでここまで完璧な答えを出して見せた。しかし、それはあくまで基礎的な意味としてでしかない。

 

「安心しなよ。その幸せだった数日の人生にしっかり花を添えてやる」

 

そう言って、前後から襲い来る死者に対して志貴はあろうことか自身から見て左の壁に跳躍した。そのまま宙で半回転し、自分のいた場所に群がる死者の頭を鷲掴みにした。天地が反転した状態で彼はそのまま身を捻り、死徒の頭を起点に逆立ちする。自身の腕を引きずりおろそうと襲い来る死徒の群れを横に一閃。起点となった死者を中心に円を描くように死徒が果てる。次が襲い来る前に志貴は腕の力だけで跳躍し、群れの一角に無造作に突っ込んだ。

 

着地と同時に短刀を一閃、二閃、三閃。前後左右に計六閃ずつの刃を次々と放つ。目で追うことが到底不可能なそれは死者を圧倒し、一時的に志貴の周りに空間を作った。その間もわずか死者は一瞬でその空間を埋め尽くす。けれども、その一瞬で彼には十分だった。

 

Fiamma(炎よ)!」

 

身体に流れる魔力を魔術回路に流し込み、単純な呪文と共に魔術を展開する。志貴の周りに現れる等身大の火柱が進むしを焦がしていく。それでも死者は押し寄せる。彼らにあるのは自らのそして親の養分となる血液を摂取する事、そのためだけに愚直に志貴を襲い続ける。焼かれる死肉の中で、志貴はもう一度笑う。

 

 

「さあ、夜は長い。一緒に戯れようじゃないか」

 

焼かれてもなお襲い来る死者を斬り伏せながら志貴はそう呟いた。




趣味とはいえ、設定が固まっていないから主人公ブレブレです(笑)。近いうちにしっかり作りこめたらいいな……

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