魔法科高校の劣等生 死を視る者   作:ノッティ

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今回は少し少なめです。


第4話

そもそもの話。真由美は彼がここにいることを事前に知っているはずだった。気づけなかったのは入学式前に教師たちに言われた不可解な指示が原因だった。それは、自身の得意な遠隔視系魔法『マルチスコープ』の使用の禁止だった。リハーサルを行った時点で彼女自身今年の新入生の顔をしっかり見届けたいと事前に教師陣と打ち合わせをした上で、生徒会長挨拶の間その魔法を使うことは許可されていたはずであるのにそれが式の本番が始まる直前に急遽取りやめになっていた。

 

真由美も事前の話と違う現実に教師陣に詳しい説明を求めたが、彼らの言い分はどれも取ってつけたようなものばかりで納得できるはずがなかった。真由美は自身の出番の直前までそんな教師陣の言いつけを守るつもりなど毛頭なかったが、いざ考え直すと魔法科高校の教師たちがここまで頑なに自分に対して意見をすることも滅多になかったので、よほど口外できない理由があったのだろうと結論付けていた。彼女は確かに一高の生徒として席を置いている立場上、教師は上の存在であるのは確かだが、十師族に名を連ねる“七草”の長女である自分に面と向かって何かを言える者は少なかった。

 

にも関わらず、そんな事態が起こった事に真由美自身不審は募る一方であったものの自分が素直に話を聞けば、トラブルが起こることはない事には聡い彼女はこの時に気づいていたのだ。

 

結果として、彼女は『マルチスコープ』を使うことはなかったのだが、終わった後の彼女の不満は傍に控えていた生徒会副会長服部刑部少丞範蔵(はっとりぎょうぶしょうじょうはんぞう)や、風紀委員長渡辺摩利(わたなべまり)が一目で分かるほどに募っていた。頬を膨らませながら、むくれる彼女に二人も慰めるように声をかけていたが彼女のふくれっ面は式が終わった後もそこそこの時間続いていた。

 

教師陣が一方的ともいえる要求を真由美に課したのは、ひとえに校長である百山東の鶴の一声が原因であり、彼らが納得できる理由を用意できなかったのも東が理由を伝えることもなくそれこそ一方的に真由美の遠隔視系魔法の使用を却下したためだった。

 

話の筋をたどれば、東に原因があるのは明白だが、彼自身こんな行動に出たのも理由がある。それは志貴と交わした会話の一端にあった。志貴は東に対し、自分の素性を知らせない事を約束させた。もちろん志貴自身がこの学校で過ごす以上ある程度存在が明るみに出るのは仕方がないが、東としても彼自身がこの学校で目立つことで事件の収束が見込めなくなることは避けたかった。さらに志貴は黒いサングラスを常にかけているため見た目としてはかなり悪目立ちしてしまう。真由美が新入生の顔を一人一人確認することで志貴の一際目立つ容貌から無用なトラブルを起こすのを未然に防ぎたかったという意図が東にはあった。

 

しかし、東にとってもこれは志貴に対する一種の気休め的なサービスといった認識であったためそれほど重要な事でもなかったのではあるが、少しでも貸しになりそうな事をしておけば事態の収束もスムーズになるのではといった希望的な、そして大して期待もしていない上での行動だったのだ。具体的な理由を伝えなかったのは、無用なパニックを避けるため。まさか、『失踪事件を解決するために招き入れた秘密裏の人物の邪魔にならないよう、秘匿のために遠隔視系魔法の使用を禁止しよう』などとは言えまい。

 

何分急な話だったため、正当な理由がない以上真由美が指示を無視してしまえばそこで終わりであるが、東はそれはそれでいいと思っていた。個人の行動を誘導することはできるが、意思のある個人に対して自身の行動を覆させるためにはそれこそ精神干渉系の知覚魔法でも使わなければ無理な話である。

 

そもそもの話はそんな経緯があって、運よく、副次的に挨拶の途中で真由美が現在のように何もできずただ立っているだけのような状況を作らずにすんでいた。

 

 

視線を合わせた二人は何もせず、ただお互いを見つめていた。志貴は逃げていた自分への叱咤と戸惑い、真由美も戸惑いとそれ以上の感動が瞳の中で揺れ動いている。

 

 

「おい、真由美!」

 

真由美は背後の声に我に返る。向けた視線の先には親しい友人でもある渡辺摩利が不安げな表情でこちらを見ていた。

 

「どうしたんだ君らしくもない。大丈夫か?」

 

「え、ええ大丈夫よ摩利。少しぼーっとしていただけよ」

 

「それならいいが……」

 

摩利はそう言って、志貴に視線をよこした。警戒の色を隠すことのないその視線に志貴も止まっていた思考がよみがえる。

 

「君は……いったい何をした」

 

「……何もしていませんよ。ただ、俺もぼんやりしていただけです」

 

志貴は嘘偽りのない本心を述べた。

 

「まぁ、いいだろう。それはともかくこれはいったいどういう事なのか、詳しく聞かせてもらおうじゃないか」

 

「すみません。悪ふざけが過ぎました」

 

周りが緊張で張り詰める中、達也が摩利の言葉に答えた。摩利のCADは想子の光を淡く放ちながら達也を向いている。

 

「……悪ふざけ?」

 

「はい。森崎一門のクイックドロウは有名ですから、後学のために見せてもらうつもりだけだったのですが……あまりにも真に迫っていたもので思わず手が出てしまいました」

 

人の良さそうな微笑みで達也はそう説明した。白々しいでっち上げだがあそこまで白々しいと逆に尊敬すらできる。志貴はようやく平静を取り戻しながら、達也の弁明にそんな感想を抱いていた。内心視界の端に映る真由美が気になって仕方がないが、話をしたい気持ちをぐっと抑えて事の成り行きを見守る。

 

「ほう、ならばその森崎のCADが君達でなく、あのサングラスの生徒に向いていたのは何故だ」

 

そういって摩利は再び志貴に目を向ける。対象が自分に移った事に視線で一抹の不満を達也に向けると達也は無表情にこちらを見返すだけだ。志貴はそれが後は自分でどうにかしろ、と暗に丸投げされたようで激しい理不尽を感じつつも仕方なく弁明した。

 

「それは私が何も知らずに彼らを止めようとしたからです。あいにくと二科生の自分ではどうすることも出来ませんでしたが」

 

「つまり、君は彼に対して実力行使でその場を収めようと思ったと?」

 

「その通りです。彼らの貴重な見学の場を潰した上に、自らの思慮が浅かったと反省しています」

 

志貴の言葉に怪訝な顔をする摩利を尻目に、普段の志貴を知る達也達は目を見開いていた。彼らは志貴と知り合って間もない故に互いを知り尽くしてはいないが、普段ののらりくらりとしている志貴の態度からこう言った状況には口八丁手八丁で切り抜けるものだと思っていたのだ。にも関わらず、彼は予想を反して素直に自分のせいだと言い張ったのである。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! そんな事だったらあたしも似たような事したじゃん」

 

「そうだぜ。俺もその森崎とかいうやつをぶん殴ろうとしてたしよ」

 

志貴の擁護の行動に正義感の強いエリカとレオが自分も同罪だと名乗り出る。摩利はそれを見て、志貴に再び声をかける。

 

「そうなのか?」

 

「さあ? 何分見ていません(・・・・・・)ので。あなた方二人も直接見た訳ではないですよね?」

 

志貴はそう言ってとぼけてみせる。摩利はふむ、と考えるように腕を組んだ。どうすべきか悩んでいる彼女に今度は真由美が声をかけた。

 

「もういいじゃない摩利。彼がそう言っているんだし、それが真実なのでしょう。詳しい話は彼から聞けばいいわ」

 

「それもそうだな。いいだろう、君はついてきなさい。他の者は今回は不問にするとしよう、これに凝りたらこんな物騒な勉強会は止める事だ」

 

そう言うと、真由美と摩利は校舎に向かい歩を進めた。志貴もそれにならう。一人責任を背負った志貴に達也達は声をかけることが出来ず、ただ彼を見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

志貴が連れてこられたのは生徒会室だった。会議用の大きな机に、質素ではあるがみすぼらしくはない椅子が八つほど備え付けられている。志貴はちょうど正面に真由美を見られる位置に腰掛ける。

 

「さて、話を聞く前に私は内容を記録するための端末を取ってくる。真由美。その間任せていいか?」

 

「え、ええ大丈夫よ。特に焦らなくてもいいからお願いね」

 

「……? 分かった、よろしくお願いするよ」

 

何故か焦っている様子の真由美を見て、不思議に思いつつも摩利は部屋から退出する。残った二人は何処か気まずそうにその姿を見送った。

 

摩利が部屋を出てから、数分。二人は沈黙していた。お互いどう言葉をかけていいのか、何を言うべきなのか両者とも分からないでいた。

 

「その、久しぶりね……志貴」

 

その沈黙を破ったのは真由美だ。たどたどしく声をかける姿は未だ困惑の様子がうかがえる。

 

「ああ、久しぶり。真由美」

 

志貴もそれにたどたどしく返した。

 

「えと、一年ぶり……かしら? 身体よくなったのね」

 

「ああ、おかげさまで」

 

「……そのサングラスはどうしたの? 何か後遺症が残ってたり、とか」

 

「いや、大丈夫。そういうものじゃないから……うん」

 

「そっか……。どう一高は?」

 

「いいところだよ。とても」

 

「そうでしょう。私、ここの生徒会長なのよ。すごいでしょ」

 

「知ってる。でも、真由美ならそうでもおかしくないと思う」

 

「私、すごく頑張ったのよ。頑張って、頑張って……」

 

真由美はうつむく。こんなことじゃない、私が言いたいのはこんなことじゃないと語気は弱まり自然に視線は下を向いた。

 

「どうして……あの時あんな事したの?」

 

「……ごめん」

 

「どうして……あの時いなくなったの?」

 

「……ごめん」

 

「どうして……何も言ってくれなかったの?」

 

「…………ごめん」

 

「どうして……、っ……」

 

話せば話すほどに感情が波立つ。真由美はもうこらえきれそうになかった。下を向いて必死に表情を見られないように隠す。こんな顔見せられない。こんな顔見せたくない。彼女は必死に自分を止めようと必死だった。けれど、止まらなかった。溢れ出る、零れ出る。ずっと、ずっとため込んでいた感情(もの)が目から雫となって彼女を濡らす。

 

 

「どうして……っ、私を連れて行ってくれなかったの……っ」

 

 

言葉と共に決壊する。抑え込んでいたものが溢れ出る。あの時から、ずっと待ち続けた思いが止まらなくなる。

 

「ずっと、ずっと、待ってたのに。あなたは勝手に何処か……行っちゃうっ、から」

 

あふれ出した涙は止まらなかった。ずっと待ち望んで、ずっと夢見ていた人の姿が目の前にある。

 

「ずっと、こんなにもっ、……会いたかったよ。ずっと、ずっと会いたかった」

 

それが何よりも嬉しくて、彼女は子供のように泣いた。嬉しくて、嬉しくて。でも涙が止まらなかった。

 

「……ごめん。待たせて悪かった」

 

志貴は立ち上がり泣き崩れる彼女を抱きしめた。彼女の小さな体が、震えているその肩が、久しく触れるぬくもりが志貴を満たしていく。

 

「……許さないもん」

 

「ああ、俺が悪いよ」

 

「……絶対、許さないもん」

 

「そうだな。怒って当然だ」

 

「……絶対、ぜっっったい許さないから」

 

「どんな罰でも受けるよ。真由美が望むなら」

 

「うん……でも今は……」

 

袖で涙をぬぐい、彼女は彼の体に手を回す。もう二度と離しはしないと、そう心に誓う。

 

 

 

「おかえり、志貴」

 

 

「ただいま、真由美」

 

 

そう言って、顔を上げた彼女は昔と変わらない優しい笑顔を見せてくれた。

 




摩利の真由美への呼び方がこれであっているのか激しく不安です。もし、知っている方がいたらご意見下さると嬉しいです。

恋愛描写は難しすぎる(泣)。

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