四谷志貴と名乗ったこの男の事を達也はこの短い時間である程度把握していた。入学式の開始まではまだ時間がある中、志貴は同じ二科生であり、達也としてもこんな時間にこの場にいる二科生は自分だけだと考えていたため多少興味が湧いたことから彼と話すのはやぶさかではなかった。初めの接触こそあまり良いと言えるものではなかったが、志貴は二科生と思えないほどに魔法に関しての知識は豊富であり、魔法だけに留まらず知識の幅が広く、普段他人と積極的にコミュニケーションをとる性格ではない達也とも自然と話が途切れることがなかった。その会話に加え、達也が持つ特殊な“目”によって分析された志貴は一言で言えば“要注意人物”だと達也は結論付けていた。
志貴について達也が判断した事は大きく分けて三つ。一つは彼も達也同様に現代魔法の実技が苦手だという事だった。これは主に会話の中で判明したことだが、魔法実技の結果はそれはそれはひどいものだったらしい。入試で行われた移動系統魔法の試験では一度目には魔法が発動せず、二度目でようやく発動したものの発動までの時間が遅く、試験官からため息が出たほどだという。達也も通常の魔法が使えないため志貴の境遇に共感こそ出来たものの、よくそれで合格したものだと口にはしなかったが思っていた。
二つ目は志貴の身体の扱い方が普通の人間とは明らかに違っていたこと。達也は世間的にも高名な忍術使い
そして、三つ目は明らかに戦場、または命のやり取りをする場所に慣れている事だった。この三つ目に関してはほぼ達也の直感に等しいのだが、達也自身がとある事情からそういった場所に慣れてしまったが故に感じ得た直感だった。確証はないものの達也の中ではすでにこの直感は確定に近いものだと判断していた。
以上の三つを総合した上で、達也は志貴を表面上は受け入れつつも警戒の色を濃くしていた。そもそも命のやり取りに慣れているようなものが何故魔法を使えないのかも不可思議でならない。相反する志貴の不気味さが達也は気が気でならなかった。もし、この男が深雪に危害を加えるような事があったらと達也は胸中にある小さな不安を払拭することが出来ないでいた。
「ところでさ……」
そんなことを達也が考えている中、志貴は突然こう言った。
「そろそろその危険人物と話してるような警戒心を解いてくれないかな」
達也の思考が固まる。こいつは――今、何と言った。
「警戒なんてしていないさ。ただ
「とぼけるのは止してくれ。お前も感じたんだろう。俺とお前は似てはいるが別のものだ。それに見境のない獣じゃあるまいし、意味もなく自分の立場を悪くするような行動はとらないさ」
志貴はそう言って微笑んだ。達也はその微笑みとその言葉に自分の直感と考察は間違ってはいないのだと確信する。
「何を言っているのかは分からないが、一つ聞かせてくれ。どうして俺が警戒していると思った」
「君はそれなりの修羅場を潜り抜けてきたんだろう。とても
志貴の言葉に達也は鋭い眼光を見せる。表情を硬くした達也に志貴は口の端を吊り上げた。
「腹の探り合いは終わりかい。ありがたいねぇ、面倒臭いことは苦手なんだ」
「お前は……何だ」
達也は既に取り繕う事を放棄し、語気を強めてそう言った。
「何だ……ねぇ、実に的を得た質問だ。“何者”と聞かなかったのはある意味で正解なのかな」
「言葉遊びに付き合うほど俺は暇じゃない」
のらりくらりと遊んでいるように志貴は言葉を交わすが、達也は取り合う様子はない。達也にとって志貴は既に返答次第では“敵”とみなし、必要であれば“排除”するべき存在へとなろうとしている。
「悪いけどその質問に対しては君の望むような答えは与えてあげられないよ。俺も君もただの二科生だ。多少変わり種ではあるがね」
「多少と言うには少々物騒すぎると思うが」
「まぁ、それに関してはノーコメントだ。君も新しい環境で好奇心旺盛な同級生にこれ以上探られたくはないだろう?」
「脅しているつもりか?」
「まさか。ただこんな場所に似たような人がいて、少し
達也は志貴の変わらない語り口調にこれ以上情報が引き出せない事をほぼ悟っていた。考えれば、自分や妹の素性の隠蔽は完璧だ。
「お前がどんな奴かは知らん。だが、今はその答えで納得しておくことにしよう」
「納得しておく……ね。まぁ、それでいいさ。お互い新入生同士不必要な干渉はなしにして、楽しい学園ライフを送るとしようじゃないか」
会話がそこで一区切りつくと、達也は振り返り歩を進めた。今は、出来るだけ志貴から離れたい。この男といると必要以上にピリピリしてしまう。達也は自身の希薄な感情をこれ以上志貴に割くのを避けたい一心で歩く。入学式の時間も迫り、徐々に人が増えてきた中その人の波に紛れようと進む達也の足はしかしてすぐに止まることになった。
「……何故、ついてくる」
達也の横には同じように歩く志貴の姿があった。先ほどの会話を歯牙にもかけていない様子で彼は当たり前のように答える。
「いや、だって会場こっちでしょ」
「それでもわざわざ並んで歩く理由はないと思うが?」
「まぁまぁ、そんな怖い顔せずに周りをよく見なよ」
志貴の言葉に達也が渋々周りに目を向けると、雑踏のほとんどは制服の肩と胸の部分にきらびやかな八枚花弁のエンブレムをつけている者達だった。中にはこちらの様子を見下したような目でうかがっている者もいる。
「時間が迫っているとはいえ、
志貴のもっともな言い訳に達也は納得はしたものの、何処か受け入れがたい気持ちであった。合理的に考えれば彼のいう事はもっともだが、達也としては先ほどの会話の後でこうも当たり前の事を同じ人物に指摘されている事に妙な感情を抱かずにはいられなかった。
「まあ、そういう訳さ。これも何かの縁だと思って仲良くしようじゃないか。それに言っただろう、君はどうかは知らないが俺は君と出会えて舞い上がっている――つまり少し嬉しくもあるんだよ」
達也は志貴の言葉にあからさまにため息をついて見せた。この男は得体がしれないのもともかく根本的に苦手だ。達也は珍しく内心でそうごちた。
「そろそろ『君』はやめてくれ。達也でいい、志貴」
諦めたような達也の言葉に志貴は驚くも、すぐに意地の悪い笑顔を浮かべていた。
「了解だ達也。なら、二科生は二科生らしく周りを荒立てることなく、慎ましやかに過ごすとしよう」
そんな気などないくせに、と達也が言い返すことはなく、達也は今日何度目になるかも分からないため息を返すだけだった。
入学式自体は滞りなく終了した。しかし、志貴は心中穏やかではなく、むしろ明らかに動揺していた。それは出会って間もない達也からも、そしてたまたま式で居合わせつい先ほど知り合いになった女子生徒二人から見てもそれは明らかだった。
「志貴、お前何をしている」
状況を見るに見かねた達也が声をかけるが、志貴は答えることなく廊下の端で縮こまっていた。
「いや、何か分かってはいたんだけど。いざ現実を突きつけられるとやっぱ辛いなって思ってさ……。仕方ないとはいえここに来た自分が悪いっちゃ悪いんだし、いや、でも、そうだよなぁそうなるよな……でも俺にもやむにやまれぬ事情ってもんがあったしなぁ、別に後悔はしてないけど、でもなぁ……」
ぶつぶつと独り言を重ねる志貴に対して達也もエリカも美月も三者三様に困惑の色を見せていた。達也に至っては出会い方が出会い方だったため、その時とのギャップに目を丸くさせていた。
「まあ、何があったか知らないけどさ。元気だしなよ。初日からこんな調子じゃこの先続かないよ」
たまらず声をかけるエリカにようやく志貴は立ち上がるが、顔色は悪く、明らかに立ち直った様子ではない。
「そ、そうですよ。物事を悪い方向ばかりに考えても余計に落ち込むだけですよ」
「美月の言うとおりだ。思考の悪循環にはまるだけ無駄な時間にしかならない、感情の切り替えは社会生活において必須事項だぞ」
「達也、それはなぐさめてるのかい」
「そう、見えるか?」
「いや、いいや。それ以上言わなくて」
達也の鋭い視線に暗に手を煩わせるなといった意味が含まれてるのを感じて、志貴は達也の
「ちょ、ちょっとどこ行くの? 保健室ならあっちだってば」
「そんな大げさなもんじゃないから大丈夫だよ。適当な所でちょっと休んだら帰るわ」
振り返ることなく手を振りながら志貴は三人から離れ、廊下の角を曲がっていった。
「ねぇ、達也君。あれ大丈夫なの? 君の友人顔面蒼白だったけど」
「気にするな。明日には何ともなかったように顔を合わせることになるさ。因みにエリカあれを友人と言うのは止めてくれ」
余談となるが、クラスは四人とも1-E。つまり同じクラスだった。その事実を知って達也が滅多に見せないような嫌悪の表情を見せたのは想像に難くない。
達也の予想通り、次の日には志貴は何事もなかったように登校してきた。エリカや美月はその様子に逆に心配したものの、彼がさほど落ち込んだ様子が見られない事にそれほど深刻なものではないと考えたのか特にその話題に触れることはなかった。彼らは教室で他愛もない話をしながら、時間を過ごしていると達也の前の席の男子が話に加わり始めた。
彼の名は
志貴にとってこの学校にいるのは本意ではないが、彼らのような様々な現代魔法師と関わりあうのは志貴にとって間違いなく有意義であり、貴重な情報源であった。そもそも現代魔法の知識は入学試験に必要という事もあり、多分な量をその頭に詰め込んではいる志貴であるが、実践となるとそうもいかない。自分は現代魔法はほぼ使えない上に、魔術を使うにも古式魔法の一種として偽装する必要があるためにわざわざ魔術回路を通して、CADに魔力を送り、さらにそれを想子に変換するという作業を行わなければならない。志貴自身微量ではあるが想子を保有しているものの、それ自体は全くと言っていいほど役には立たない。何せ系統魔法を一度使うだけでガス欠になるほどだ。
そもそも魔術を古式魔法として使う分には、CADを使う必要もなく大した弊害はないのだが、それは本当の実戦で使う場合のみだ。現代魔法に対して異常なまでの知識量を有する達也などには、古式魔法として実在は確認されているものの、内容がまったく知らされていない魔術を使えばその矛盾にあっという間に気づいて、こちらの状況を看破されてしまうに違いない。魔眼については論外も甚だしい。
そう言った多くの制約を抱える志貴にとって。現代魔法の対処を把握するうえで彼らとの時間は貴重なものであった。もちろん、感情的な事を一切抜きにして付き合っているつもりはないが、彼らの中の誰かが死徒になる可能性がある以上、単純な利益面で付き合っていることも否定できなかった。
予鈴が鳴り、授業が始まり、昼休みを迎えると志貴はレオやエリカ達に誘われた食事の場を断り、校内を徘徊する。前情報として死者が確認されたのは繁華街の路地裏や人気の少ない場所が多かったが、最初に一高の生徒が行方不明になったのは校内であることが確認されている。
大元の原因である死徒は、既に三ヶ月という長い期間で自分の養分を補給する手足である死者を幾人も作り出していることから、いきなり死徒本体を発見することは現実的に不可能に近い。だからこそ子である死者の絶対数を減らしていく事で、死徒自身をあぶり出す必要がある。しかし、食事のための吸血行為ならば一般人で事足りるにも関わらず、この死徒はわざわざ魔法科高校の生徒を複数人襲っている。もしかしたら、現代魔法によって抵抗され、返り討ちに合うこともあり得るかもしれない魔法科高校の生徒をである。
もちろん、死徒として覚醒したのだから、大抵の現代魔法でどうこうなる相手ではない事は明白ではあるが、わざわざ死徒にとって得体の知れない力を持つ者を選ぶ危険性を犯してまで一高の生徒を狙う理由はないはずなのである。だとすれば、考えられるのは死徒にとって魔法の知識及び力が必要である状況だったということだ。何のために、どうして現代魔法の存在を必要としたのかは分からないが、どうにもきな臭いと志貴は考えていた。
ならば、この学校の近くに潜伏している可能性も捨てきれないと、志貴はこうして校内を散策していた。はじめたのはいいものの思ったより地道で気の長い作業に志貴は多少辟易していた。校内ではおおっぴらにサングラスを外すわけにもいかず、死徒を線で追うことは難しい。一高の敷地はかなり広く、死徒が身を潜められそうな場所はいくつもある。それらをしらみつぶしに歩いて回るしか方法がない以上、空いた時間も有効に活用しなくてはならない現状であった。
死徒が日光の中活動することは真祖でもない限りありえないが、事前にあたりをつけておく意味でも校内を探索することは必要となる。全く持って面倒だと、志貴は誰もいない敷地内の森林区域の中で呟いていた。
一日の授業も終わり、夕暮れの中校内で死徒が潜んでいた場所のあらかたの目星をつけた志貴は一度帰宅し、夜は繁華街あたりの死徒を潰していくことを決め、校門に向けて歩を進めていた。一緒に帰りを誘ってくれたエリカやレオや美月には悪いことをしたと思い、明日また誘いがあれば受けることにしようと考えながらゆっくりと歩を進めていた。正直、達也に関してはあからさまに志貴を避けようとしている節はあるものの、既に周りの者達は志貴は達也の友人という認識が根付いてしまっているようだ。そのためか達也の近くには妹の深雪か志貴がいることが当たり前だと思われているようで、志貴と渋々行動を共にすることが多い。根本の原因は志貴が一方的に達也に絡んでいるだけではあるが、達也としてはそれで毎度一括りにされるのだからたまったものじゃないだろう。
志貴が自宅に帰った後の事を考えながら校門に近づくと、校門を塞ぐようにそこそこの人数が何やら騒いでいた。軽くサングラスをずらし、視える線の集合体を確認する。一人一人違うその線の偏り方や視える位置によって片一方の生徒達は達也達であることが伺えた。一人見慣れない線の塊が達也に寄り添っているのが見えている。遠目から見るに女性であることを確認できた志貴はあれが噂の司波深雪であると考えた。
もう一方の集団は見知らぬ者達だ。制服には見飽きた八枚花弁のエンブレムが光っている。
そのまま近寄っていくと美月が何時もの様子とは見違えるように必死に一科生に対して意見していた。
「いい加減に諦めたらどうですか」
「僕たちは彼女に相談することがあるんだ!」
美月の言葉に一科生の集団の先頭に立つ男子が声を荒げる。あれは確か森崎とか言ったか、現代魔法の威力よりも発動スピードに重きを置いた技術で一目置かれている家系の子息だったはず。志貴はそんな事を考えながらも歩く歩調を緩めることはない。
「そうよ、少し時間を貸してもらうだけなんだから」
一科生の女子が森崎に続くように声を上げる。
「とにかく、深雪さんはお兄さんと一緒に帰るって言っているんです。何の権利があって二人の仲を引き裂こうって言うんですか!」
おお、と志貴は素直に感心した。美月は志貴の中ではおとなしそうといった印象があったからこそ、あそこまで自分の意見をはっきり言う彼女に素直に感心したのだ。そして、奥の方で達也と話している深雪はヒートアップしている美月たちをよそに何やら急に焦り始めている。志貴はそれを見て何あいつ、と呟いた。
「これは1-Aの問題だ、ウィードごときが僕達ブルームに口出しするな!」
森崎の言葉に今まで黙っていたレオとエリカの顔つきが厳しくなる。あの喧嘩っ早い二人にその言葉はダメだと志貴は心の中で森崎に忠告しておいた。志貴は今にも何かしら起こりそうな一触即発の雰囲気に辟易としていた。
(めんどい、ウザい。せめて俺のいないところでやってくれよ)
志貴はそう思うもののわざわざ
「私達、同じ新入生じゃないですか。貴方達ブルームが今の時点で一体どれだけ優れていると言うんですか!」
そして、その何かは美月の言葉をきっかけに唐突に幕が上がる。美月の言葉を受けた森崎が一瞬顔を歪める。
「どれだけ優れているか知りたいか?」
「おもしれぇ、是非とも教えてもらおうじゃねえか」
森崎の言葉にレオが臨戦態勢を取る。そんなレオに対して森崎はあろうことか、
「いいだろう。だったら、教えてやる……これが、才能の差だ!!」
CADを引き抜いた。
この一高に通うものなら誰でも知っているはずの法律。自衛以外の魔法による対人攻撃。それを森崎は行おうとしているのだ。志貴はそこまでして貫く優越感の源は何なのか素直に疑問だった。だが、今回は相手が悪い。あちらには、自分と似通った道を歩く
森崎のCADが咄嗟に間に入ったエリカの警棒状のCADに弾き飛ばされる。魔法の発動より早く彼女は相手の武器を無効化してみせた。何の気なしにやっていたようにもみえるが、あれは彼女の身体能力がなしえた技だ。誰でも出来る訳じゃない。
それを見るや否や。周りの一科生数人が一斉にCADを構える。その瞬間だった。
「ちょっと、いいかな。そこのブルームさん達」
場に似つかわしくない軽い声が聞こえた。一瞬毒気を抜かれて発動を中止した一科生達が振り向いた先には、立ち止まる志貴がいる。一科生達が志貴の紋無しの制服を見ると、見下したようにCADをかざした。
「何だお前、ウィードがいちいち僕たちを呼び止めて。そいつらの仲間か?」
「厳密に言えばそうだけど。そちらさんの腕試しに付き合うつもりはないよ。やるなら勝手にやってくれ」
ただ、と志貴は続ける。
「通行の邪魔だ。退いてくれ」
「貴様、ウィードが僕達ブルームに指図する気……」
「もう一度だけ言うぞ」
志貴のその言葉にこの場の全員が異常を感じた。魔法の発動の予兆だとか、そう言った類のものではない。一息に空気が変わったのだ。魔法の発動は一切感じられないのに、まるで周りの事象が改変されたように重く、暗く、息苦しかった。
森崎は目の前の男がそれを引き起こしたのだと確信した。こいつしかいない、こいつ以外ありえない。魔法の対人戦を何度か経験したことのある彼にとって一番に考えたのは音声認識による魔法の発動だ。しかし、想子を知覚できない。なら、魔法じゃないのだ。
ならば、これはいったい何だ。森崎は自分の身体が震えていることに気が付いた。何故震えている、これは何だ。身体が震える反応を示すのは簡単に考えれば、寒さを感じた時かそれとも心理的に恐怖を感じた時。森崎は沈黙の中思考を回す。
恐怖、僕が恐怖を覚えているとでもいうのか、ブルームの僕が、ウィードなんかに!
そんなことは認められない、認めて……っなるものか!!
再びCADを構える森崎。
「退け」
発せられた言葉と同時に森崎は無意識のうちにCADのトリガーを引いていた。
その言葉と共に森崎の頭に浮かんだのは、全身をバラバラに刻まれた自分の姿。
冷たくて、痛くて、けれど血だまりが温かい――
明確な死のイメージだった。
途端に遠方から森崎のCADに向け魔法が放たれた。それは、志貴の背後から飛来し、正確に森崎のCADの魔法の発動をキャンセルさせた。
「やめなさい」
その声に今度は志貴が固まる番だった。
凛とした響きの中にも優しさがこもった声。
かつて、彼が好きだった、そして、今も変わらず好きな音色。
自分を支えてくれた大事な人の声。
その声は続ける。
「自衛以外の魔法による対人攻撃は立派な犯……罪……」
そして、その声の主も固まった。
その背中はかつて自分が追い求め、そして今も追い続ける人の背中。
ある日に唐突に消えてしまった彼のものだと彼女は確信した。
少し背丈が伸びて大人っぽくなっていたけれど
面影は変わらずそこにあって彼女を激しく揺さぶった。
思わず口から言葉がこぼれる。
「志……貴」
志貴はゆっくりと振り向いた。彼女を置いて行った自分を戒めるように、許しを請うようにゆっくりと。
黒い視界の先には、少しだけ成長した、けれどもちっとも変わっていない、
かつて互いを支えあっていた少女、七草真由美がそこに立っていた。