魔法科高校の劣等生 死を視る者   作:ノッティ

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第16話

達也達が自宅への帰路についた少し前。惨劇の舞台である住宅地から消えるように姿をくらました志貴は、その足で死者を狩ろうと夕暮れ時の街を歩いていた。ふと、周りに目を向ければ彼の周りには帰宅途中の学生、買い物帰りの主婦、仕事終わりのビジネスマン達が波のようにうねりながら、隊列でも組んでいるかのように動いている。

 

現代魔法が発展した世の中でも、人の営みは実際にはほとんど変わらない。朝に起き、それぞれの仕事や役割を果たして、日が落ちる頃には自宅に帰り英気を養う。たまに、夜更かし覚悟で成人なら飲みあかしたり、若者は友人達と馬鹿をしてみたり。極端に言えば、そんな作業の繰り返しである。人にとってそれが最も生きやすく効率がいい。例え、どれだけ世の中が便利になっても人間の大半はそうやって生きていくのである。

 

志貴は帰宅ラッシュの人混みの流れに流されるまま歩きそんなことを考えていた。その仕組みを志貴はけしてつまらないだとか、面白くないだとか思うつもりはない。むしろ、好んでさえいた。人が無意識のうちに遂行できるこのシステムはまさに人が生み出した人類の叡知といっても過言ではない。

 

一般的な人生からは外れた道をおくってきた彼にとっては、この群集に紛れることは幾分心を落ち着かせてくれる物であった。自分も只の一般人と変わりないと言葉を持たぬ人の波が、無条件で受け入れてくれるようだと感じることさえある。

 

しかしながら、それもある日を境に様変わりし、今では人より暗い視界の中でしか直視することは出来なくなってしまった。

 

その事を今さら悔やんでも仕方がない。だが、と志貴はどうしても考えてしまうのだ。もし、この眼がなければ。もし、自分があんな事をしなければ。もし、彼女に会わなければ。

 

それは、志貴が死を視るようになってから幾度も考えた答えのないもしも(if)であり、呪いであった。この事を考える度に頭がじくじくと痛んで仕方がなくなり、ついには途中で考えることを放棄してしまう。そうでもしなければ、主に自身が耐えられそうにないからである。

 

志貴は一般人とはかけ離れた生活を送ってきたものの、自身は齢十代の若輩者である。積み重ねてきた経験や折り重なった異様な環境は、確かに彼の人格を真人間とは言い難い物へ変質させているが、所詮十代の若者である。

 

幾百、幾千の時代を生きた、概念にまで昇華するほどの者達のように心も思考も強くはない。

 

探求者でない彼にとって、このもしも(if)は荷が重すぎるのである。よって、彼は考えることを止めるし、それ以前に考えないように努力している。

 

それでも、考えてしまうのは先の騒動が彼の中で尾を引いているからだ。よりにもよって、同類だと思っていたあの男がどうしようもなく半端者であったことに志貴は安堵すると同時に、嫉妬したのである。

 

彼が、達也が死を理解するような化け物でなく、ただ色々と欠けているだけの人間であったことに対して安堵した。そして、達也を支えてくれる、尊敬して無償の愛を捧げている存在が何時も寄り添ってくれていることに嫉妬した。

 

自身もこの眼さえなければ、あんな選択をしなければ彼女の側に只の人間としていられたのに。そうして、あの呪いが頭に沸いてきてしまった。

 

「ダメだねぇ。どうも」

 

出たのはそんな言葉。何処か諦めたような口調であったが当の本人は、その言葉を口にした瞬間、釘で内臓を引っ掻き回されたような不快感に見回れた。ふと、後ろに目をやると人混みの中で不自然に横に揺れる頭が一つ。

 

何の合図も無しに示しあったように縦に小刻みに揺れる往来の人の頭蓋の中でソレは注意して見れば一際目立つようなものであった。

志貴は視界に捉えたソレをゆっくりと目で追いながら、歩く方向を変えた。志貴の追うその影はどうやら女性のようだった。背は高く、白いワンピースのような服を着て、茶色の小さなバッグを腕にぶら下げている。

髪は長く顔は見えないが、雰囲気は確かに若い。志貴は女性と距離を保ちながらも見失うことのないように後をつけることにした。あの女性が死者であるかは眼を使えばそれこそ一目瞭然なのだが、この人混みである。

志貴としては眼を使って死者を判断する時には、一つ条件のようなものがあった。おおよそ条件と言われるほどの事でもないのだが、しかしこの事は重要な事でもある。

それは″全身を視ること″である。志貴の眼は死を視ることが出来るものだが、既に死者である彼らにはそれが一層色濃く映る。一般人に対してはそこかしこに黒く塗られた線が継ぎ接ぎのように映るのだが、死者に限ってはその線で体が覆い尽くされているように見えるのだ。

 

故に視れば直ぐに分かるのだが、稀に例外が存在する。それは死期の近い人間である。それも寿命や病気などのその個人に原因が存在する場合に限られる。

あくまでそのモノの死を視ることが出来る志貴にとっては交通事故や災害といった突発的な外部からの要因に対する死を判断する事は出来ないが、内部に死の原因がある場合は部分的に死者と同じように線が色濃く映ってしまう事がある。

心臓の病気を患っている人がその病気が原因で死を迎える場合は心臓付近が黒く塗り潰され、出血多量の場合はその出血元が異常な程に黒く染まる。

そういった事があるために志貴は死者を眼で判断する際には、全身を確認してからでないと判断が出来ないのである。

志貴はそのために眼を使う事なく女性の後をつける。彼女の全身を視界に入れる事が出来るまで群衆に紛れて身を潜める。

すると、女はがくりがくりと首を揺らしながら大通りを抜け暗い路地裏へと入っていく。

――当たりか。

志貴はサングラスを外し、路地裏へと入る道の先を確認する。視界に入った女は案の定全身が乱雑なまでの黒い線に覆われていた。

「さて……」

志貴は制服の内ポケットにしまった短刀に手をやりながら路地裏へと進む。女は角を曲がり更に奥へと進んでいく。

「お仕事の時間かなぁ」

 

懐に仕舞い込んだ愛用の短刀に触れながら、志貴は後ろ髪を引かれる思いで群衆を後に暗い路地へと歩を進めるのであった。

 

 

 

 

 

達也は風間との通信が終わった後に、再び自らの師である九重に連絡を取った。夕方ごろに頼んでおいた志貴の素性について、九重から連絡を受ける予定ではあったが、一向にその連絡が来ないことを達也が不審に思ったからである。達也は自身の師が掴みどころのない人であると理解してはいるが、基本的にこういった情報関係の約束事については例え口約束でも違うことがないことも知っている。そのために、連絡が来ないことが不思議でならなかったのである。結論を言えば、九重との連絡は繋がった。しかし、彼からの返答は「さっぱり分からない」という旨の内容であった。九重も方々に手を尽くし、様々な情報を得ようと試みたようだが、どうにも志貴の根幹に迫る情報については得られなかったようである。

 

「そうですか。何にせよ、師匠の力をもってしても調べきれないとなると、その四谷という家はそれなりに力を持っている家系と考えられますね」

 

「……まぁ、そういうことになるかな。すまないね、君の期待に応えられなかった不出来な師を許しておくれ」

 

「いえ、何もそこまでは……」

 

「いや、素直に今回は謝罪をさせてほしい。何せ今回は見込みが甘すぎた(・・・・・・・・)

 

「……そこまで危ない件だったのですか?」

 

「いやいや、別にそんなことではない。正直に言えば彼の情報自体はすぐに見つかったはずなんだ、何せ普通に役所で親族を名乗ったら基本的な情報は提示してもらえた。達也君からのお願いだったから、警戒はしていたんだが、そこまであっさりと提示されてしまうのだからこちらも面食らったものだよ」

 

そこまで話を聞いて、達也は彼には珍しく心底納得がいかないというような表情を浮かべる。正直なところそこまで簡単に情報が開示されているなら、情報取集に長けた忍である九重が調べきれず、あまつさえ「分からない」などという答えを返すはずがないのだ。

 

「ふふん、今納得できないといった顔をしているねぇ。達也君」

 

「音声通信だけでよく分かりましたね」

 

「そりゃ、そうさなぜなら僕は忍だからね」

 

九重がお決まりの台詞を口にするのを聞いて、達也は少し安堵した。今回の失敗で師が少しばかり気落ちしているのではと思っていた達也だったが、その考えは全くの杞憂であったようだ。それに九重は失敗をするだけで終わるはずがない男であることは彼に鍛えられてきた達也自身がよく知っていた。しかし、状況の不可解さは何も変わらない。情報は開示されているのに、志貴本人については全く分からないというその状況は何も好転はしていないのだ。達也は理由を聞くべく、通信機に視線を向ける。すると九重からの次の言葉はこうであった。

 

「それがねぇ、情報は確認して調べたはずなのに、覚えていないんだ(・・・・・・・・)

 

「……はぁ」

 

「今のは忍でなくとも分かる。『何を言っているんだこいつ』と思っただろう?」

 

「いえ、決してそのようなことは」

 

「構わないよ。僕も自分でおかしいことを言っているのは分かっているつもりだから」

 

その言葉に達也の視線が鋭くなる。そうだ、他人が聞いても不可解な話を本人がおかしいと思わないはずはない。

 

「初めは記憶操作の術式が僕の知らない間にかけられてしまったとも思ったが、調べるときは一人だったし、尾行されていた気配もなかったんだよねぇ。それに無防備に魔法をかけられるほど僕も落ちぶれちゃいない」

 

「それでは、その情報自体に時限式の術式が展開されていた可能性は?」

 

「残念ながらその可能性も低い。情報端末やデータそのもの全てから魔法の残滓は検出されていない。それに覚えていないとは言ったが、何一つというわけではない。彼の趣味嗜好とかのようなあまり手掛かりにならなそうな事はしっかりと覚えているんだ。ただ、彼の出自や経歴などにはまるで靄がかかっているかのようで曖昧なんだよ。こう、見た記憶はあるけど何だったか思い出せない、みたいな」

 

「まるで、デジャビュですね。何か師匠のほうで記録を取ったりはしていなかったのですか?」

 

「それも不思議でね。基本的に情報収集の際には何かが起こり、今回のように情報自体が不正確にならないように何かしら分かる形で情報を残しておくのが常だ。もちろん、僕も日常的にはそうしているんだけどね。何故かその時はそういった記録を取らなくてもいい気がした(・・・・・・・・・・・・)んだ」

 

聞けば聞くほど訳が分からない。達也は九重からの言葉を聞くたびに更に困惑を抱くのであった。


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