魔法科高校の劣等生 死を視る者   作:ノッティ

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第15話

達也達の帰宅から数時間後、司波兄妹の自宅の居間にある大型モニターには軍服を着た壮年の男性が映っている。名を風間玄信(かざまはるのぶ)。国防陸軍一〇一旅団に所属し、とある特殊部隊を率いる軍部でも指折りの軍人である。彼の率いる特殊部隊、独立魔装大隊は魔法史に残る沖縄防衛戦の直後に十師族から独立した魔法戦力を備える目的で創設された部隊であり、新開発された武装のテスト運用を担う役割を持ち合わせている。

 

その役割から、軍事機密の中でも更に度合いの高い機密性を保持しているため、彼自身もいたずらに一般人と通信するような立場でないのは明確である。そんな彼が一介の高校生である達也とコンタクトを取っているのにはそれ相応の理由があった。

 

2092年8月の沖縄防衛戦において、達也はとある理由からその戦いに足を運ぶことになったのである。彼にとってその時の出来事は後の自身の身の振り方や、人格形成において少なからず影響を与えたのであるが、それはまた別の話である。達也がその戦闘に参加するために国防軍へ志願し、その場に居合わせた軍部の人間の一人が風間であり、以来達也は高校生ながらにして、軍の人間として風間の部隊の一員として席を置いているという話である。

 

当時、まだ幼い達也を軍に迎え入れる決断を倫理的に否とする声ももちろんあったが、国防軍としては達也の保有する『戦力』を野放しにしておけるほど余裕のある状況ではなかったこと。さらに、達也の実家となる強大な力を保有する一族とのパイプを作ることも出来るというメリットに国防軍はそんな倫理観を半ば放り投げて達也の軍属を喜んで受け入れたのだ。その後、当時の軍部の者たちが達也の実家との交渉において、さんざん肝を冷やすことになるのは余談であるが、そんな特殊な縁から達也は風間とこうして通信するような状況にあるのである。

 

無論、達也の存在は軍の中でもトップシークレット扱いだ。この通信も軍の秘匿回線であり、この事を知っているのは達也以外の陸軍一〇一部隊の軍人、そして親族のみである。

 

 

「まぁ、君も運が悪かったな。大黒特尉。こんなよくも分からん事件に巻き込まれてしまって」

 

風間が心底同情するようにモニターの向こう側から声を掛ける。はたしてそれは、何時もの風間のようなはっきりとした物言いではなく、何処か釈然としないものであった。

 

「と、言いますと?」

 

「いや、すまない。君に対して皮肉を言ったわけではないのだ。君の証言と、現場の惨状を見るにこの事件は確かに警察のみに任せる事案ではない事は確実なのだが、恐ろしいほどに確証のないことばかりでな」

 

「そう、なのですか?」

 

風間の言い分に達也は疑問を浮かべる。例え、目撃者がいなかったとはいえ住宅地のど真ん中で起こったあの惨劇から確たる情報が一つも得られなかったとは考えにくいからだ。志貴の素性としてはともかく、あの異形の人型の化け物は死体と言えるのかも定かではないがしっかりとした物理的な証拠として存在しているからなのだ。手掛かりが一つもないと言うのはおかしな話である。

 

「まずはあの事件についてだが、夕方の住宅地、そして交通量としてもさほど少ないという訳でもないあの場所で目撃者は誰一人として存在しなかった。警察が聞き込みを続けてはいるが、おそらく絶望的だろう。何せ現場ともいえる家の住民に聞いても、何も不審な出来事はなかったというのだからな」

 

その家の住民と言うのはおそらく、志貴が殺人を行った住宅の屋根のという意味だろう。達也は不可解なその出来事に思わず顔をしかめる。あれほどの大立ち回りが自宅の屋根の上で行われていて気づかない者がいるだろうか。結論は高い確率で否である。

 

「その住民には精神干渉系の魔法が施されている事も考えられたために、簡易的ではあるが検査を行ったが、結果は見事に陰性だ。こちらは詳しく調べなければ分からないが、どうやら住民は本当に何も気が付かなかったらしい」

 

そんな達也の思考を先回りするように、風間は状況を報告する。

 

「そして決定的な物的証拠である遺体についてだが……藤林少尉の報告によると遺体が消えたそうだ」

 

「……消えた、ですか」

 

「正確には、保管していた遺体の袋の中で『砂』になったそうだ」

 

「……それは情報を揉み消すために何者かが遅延発動式の魔法を仕込んでいたという事でしょうか?」

 

「いや、その線も薄そうだ。その砂となった遺体からは想子の残滓などは検出されなかった。その砂も成分の分析を行ったが、特におかしな点は見つからなかった。そこらにある砂と同様のものだったよ。人間の遺体からただの砂に変わるなどという事が起きている時点で既におかしいのだろうがね」

 

「それは、確かにおかしいですね」

 

達也は風間からの報告を聞き、思考をめぐらす。あれだけ派手な事が起こって、何の手掛かりもないはずがない、目撃者の有無に関しても、遺体の消失についても不可解な事が多すぎるが、必ずその原因があるはずだ。目撃者がいない状況は現代魔法をもってすればある程度は可能である。しかし、その魔法の痕跡がないのならば魔法以外の何かがあるのだろう。遺体の消失については現代の魔法でも再現は難しい上にこちらも魔法の痕跡が見られない。

 

魔法で説明できない何かしらの力。それこそ、魔法が体系化する前の超能力のような人の常識外の力。そういったものが働いていると考えれば、ある程度説明はつく。しかし、それを証明する事は出来ないし、証明できなければただの想像でしかない。

 

何かその得体のしれない力のようなものに行き着く、手掛かり、もしくはきっかけがあればいいのだが、と達也は思案している中で、達也はこの事件に関わっているであろう志貴の存在を思い浮かべる。確たる証拠はないものの志貴がこの不可解な事件に関わっているのは明らかだ。彼がどんなに得体のしれない人物でも今日の様子を見る限りでは志貴はあの失踪した人物たちの素性を知っていた。少なくともこの事件の内情を明らかにするには志貴は鍵となる人物であることは間違いないだろう。

 

四谷志貴。そもそも最初の出会いからして、警戒するべき人物だと理解はしていたが、とそこまで達也が考えた時に妙な違和感が達也を包んだ。

 

「……吸血鬼」

 

「特尉……それは……」

 

「いえ、失言でした。申し訳ありません」

 

「構わん。特尉の意見を聞かせてくれ」

 

達也は思わず出た自分の言葉に口をつぐもうとするが、風間は強い口調でその先を促した。それは達也の上司として、軍属のものとして有無を言わせない強制にも似たものであった。

 

「最近頻発している連続失踪事件の犯人は吸血鬼であると、ネットや一部のマスコミで取りざたされているのは少佐もご存じでいらっしゃると思います」

 

「ああ、あまりにも荒唐無稽な話だがな」

 

「もちろん自分もそんな噂を信じている訳ではありません。しかし、火のないところに煙は立たないとも言いますし、それに今回の騒動で吸血鬼を匂わすような事がいくつかあった事もまた事実だと自分は考えます」

 

「それはつまり、遺体が砂になってしまった事などと、という事か?」

 

風間がそう聞くと、達也はうなずいて話を続ける。

 

「おとぎ話や創作の物語に出てくる吸血鬼というのは、基本的に不死身の化け物として描かれることが多いです。また、日光に弱く、日の光を浴びると灰になって死んでしまうというような話も聞いたことがあります」

 

「なるほど、絶命すると砂になった今回のケースはその様な部分が一致していると、特尉は言いたいわけか」

 

「はい。四肢を切断されても動くような状態が続いていたことから、失踪事件の被害者の不死身性もわずかではありますが、共通する部分もあると思います。しかし、本当に吸血鬼が存在して、物語に出てくるような存在なら夕暮れだったとはいえ日の光を浴びて無事であることなど少し食い違いがあるのもまた事実です。例え、その存在が認められたとしても吸血鬼であると断定する事は出来ませんし、何より元は失踪事件の被害者です。人間であることは証明されていますから、やはり何かしらの薬物や魔法によって作り出された特殊な個体であるのではないかと推測します」

 

「……吸血鬼。それが事件のただ一つの手掛かりと言う訳か。何とも曖昧なものだな」

 

「申し訳ありません。少佐。今更ながらこんな事にお手を煩わせて」

 

「構わん。それにこちらも無関係とも言い切れないのでな」

 

風間はそう言うと、再び重々しく口を開く。

 

「実はだな特尉。先週から一〇一部隊の隊員のうち一人の行方が知れないのだ」

 

「……それは」

 

「最後に見たのは同僚であったそうだが、勤務を終えて夕食を共にした後別れてからその者の姿を見たものがいない。その夜から自宅にも帰宅してはいないそうだ。捜索はもちろん続けてはいるが、未だに発見する事は出来ていない。だからこそ、今回の騒動は私達にとっても無関係のものではない訳だ。その隊員が事件に巻き込まれたかどうかも含めてな」

 

風間の言葉に達也はどうしようもない悪意が、自分の周りで蠢いているのを実感した。この異常な出来事が自分の日常を侵食してきている不安感が拭えず、更に言葉を続けるのだった。


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