魔法科高校の劣等生 死を視る者   作:ノッティ

14 / 17
第14話

その後の事に関しては達也の気苦労が伺えた。惨劇の張本人である志貴は少し目を離した隙に忽然と姿を消しており、その事に拭い切れない不安と疑惑を感じつつも、達也は惨劇の後始末のために自分の持つコネクションを最大限活用し、各方面に手を回しておくようにとある人物へと連絡を取っていた。

 

通話用の携帯端末の向こう側の相手は現場を確認したいと、数十分後に現場へと到着し、達也と深雪に合流する。長い黒髪を一つにまとめた若々しいその女性は惨劇の後を見て苦悶の表情を浮かべる。夕方の住宅地で起こったと思えないような異質な空間に職業柄このような場を目撃する事が多々ある彼女も思わず顔を歪めてしまうような嫌悪感を感じていた。

 

「達也君、これは……」

 

「説明しなければならない事は山々ですが、とにかく今はこの場をどうにかする事が先決です。申し訳ありませんこんな事にお手を煩わせてしまって藤林さん」

 

「いえ、それは別にいいのだけど……」

 

藤林響子(ふじばやしきょうこ)は達也の言葉にそう返しながら、周りをぐるりと見渡した後、目の前で蠢いている凡そ人の形をしていたであろう胴と頭しかない肉塊を見つめる。

 

「とにかく、事後処理とその他もろもろは任せて。後で色々と事情は聞かせてもらう事になるだろうけど、達也君はともかく深雪さんを少し休ませてあげた方がいいわ」

 

迎えを用意するわね、と藤林は付け加えると、現場の写真を撮ろうとデータ端末を取り出す。現場の検証を進めながら藤林は達也に疑問を投げかける。

 

「それにしても、その学生をわざわざ逃がすなんて……達也君にしてはらしくないわね」

 

「ええ、自分も少なからず動揺していたので……その隙をつかれたのだと思います」

 

と、何時ものように淡々と答える達也を見て、藤林は思わず目を丸くしていた。そんな彼女の様子を見て達也は何故そんな表情をされるのかが理解できなかった。心底驚いているといった様子でこちらを見ている藤林に思わず達也が声をかける。

 

「あの、何をそんなに驚いているんですか?」

 

「達也君からまさか“動揺している”なんて言葉を聞くとは思わなくて……」

 

「ああ、そういう事ですか。自分も人間なんですからそんな時だってありますよ」

 

達也のその言葉にそんなものかしら、と何処か腑に落ちないような、けれど珍しいものを見たような曖昧な言葉で藤林は再び作業に戻る。それから少し経った後、迎えの車が到着した。達也は取り乱してはいないものの恐怖で小さく揺れている深雪の背中を優しく押して車に乗せると、自分も反対側のドアから車に乗り込み自宅への帰路についた。

 

車内で達也は再び携帯端末を開くと、今度は違う人物に連絡をとった。

 

 

「やあ、達也くん。君から連絡をくれるなんて何か調べてほしい事があるのかな? それとも愛の告白かい?」

 

「師匠、それは男の自分に対する冗談として不適切ではないかと」

 

「ふふふ、僕は(しのび)だからねぇ。会話の中にも常識なんてものを持ち込むつもりは毛頭ないのさ」

 

「それは忍とは関係ないでしょう」

 

「はてさて、どうかなぁ」

 

朗らかで同時に何処か胡散臭さのある声で電話の相手九重八雲は、はっはっはっと笑って見せた。仮にもあんな状況の後に連絡する相手としては的外れもいいところだが、達也としては彼のそんな底抜けの明るさを感じさせる態度にありがたさを感じていた。自分はまだしもこの声を聞いている深雪の気持ちが少しでも晴れればとそんな期待すらも抱くほどに自分の師は通常運転であった。

 

「師匠に調べて頂きたいことがあります」

 

「ほう……」

 

達也が率直に本題を切り出すと、九重は幾分声を低くして答えた。相手が先を促すように黙っているのを感じながら達也は内容を師に伝える。

 

「四谷志貴という人物について、なのですが……」

 

「……達也くん。今、何と言ったんだい?」

 

「……師匠?」

 

九重の聞き覚えのない声質に達也は思わず聞き返す。

 

「あ、ああいやなんでもないんだ。達也くんからそんな『古臭い名前』を聞くとは思わなくてね……因みに聞くけど、その『よつや』って漢数字の四に(よる)っていう字を書くのかい?」

 

「いえ、四に(たに)です。それより、古臭いとはどういう意味なのですか」

 

達也の言葉に、あーという複雑そうな声を上げる九重。そんな煮え切らない師の態度に達也は軽く顔をしかめた。彼は基本的に飄々としていて掴みどころのない人物だ。だからこそ、彼がこんな風に言いよどんだり、困惑しているときは決まって厄介な事が絡んでいると相場が決まっているからである。

 

「いやね、現代の社会で数字のつく苗字を持っている家系は限られているって事はもちろん知っているだろう?」

 

「ええ、痛いほどに」

 

「魔法社会の中でその家名というものは絶大なネームバリューであるわけだけど、一般的なつまり魔法を使えない社会の中ではそれほどでもない」

 

「魔法師ではない一般の家系ではまだ漢数字を使った苗字が普及しているから、ですよね?」

 

「その通り。もちろん社会的にも魔法が台頭してきている以上、十師族の家名は世間の大半が知っている事は事実なんだけど、それでも少数ではあるけれど、魔法師を輩出していない一般の家系では未だにそういった苗字が持つ人たちがいるのは珍しくはない」

 

と、九重の声が唐突に途切れる。数瞬の沈黙の後、端末越しに再び今度は慌ただしい九重の声が聞こえてくる。

 

「っと、ごめん達也くん。来客のようだ。話の続きは今夜にでも構わないかい? もちろんその時までにしっかりその人物については調べておくからさ」

 

「はい、分かりました。それと師匠もう一つ、最近巷を騒がせている連続失踪事件についても調べておいて頂けないでしょうか」

 

「……話が随分物騒な感じになってきたけど了解したよ。それにしても、『よつや』か……これは骨が折れそうだ」

 

そう言って、九重が通話を切る。達也は通信が切れた端末を見つめながら、自分はどうにも厄介な事に巻き込まれてしまったようである事を自覚し、小さくため息をついた。

 

 

 

 

「だが、お前は理解できていないんだよ。人間の感情ってやつを」

 

「いや、軽んじていると言った方がいいのかな。感情の持つ力の強さを知らないんだお前は」

 

「さっきそこの妹さんが俺に対してブチぎれてただろう? それを何で他でもない兄のお前が一番驚いてんだよ。見た事のない怒り方だったとしても、普通ならあんな風に激怒してもおかしくないってことぐらい分かりそうなものじゃないかい?」

 

「服部先輩の時もそうだ。お前の言う誤差はあの人の『意地』だ。人間の傲慢で、くだらないプライドから生まれる『男の意地』だよ。あの人より自分は優れている、この人は自分より劣っている。勝ちたい、負けたくない、目立ちたい、そんな何の役にも立たない見栄っ張りさ。男なら、あんだけ綺麗どころがそろってれば意地の一つぐらい押し通したくなるものさ」

 

「それを欠片ほど感じさせないお前が俺には可哀想で仕方ないんだ。うん、何となく事情とかありそうな気はするし、心の奥では感じてるけど上手く表現できないだけって言われればそうなんだけど、それでもその状態で少なくとも多数の命に手を掛けていることが俺には我慢ならないんだよ」

 

「……それをお前が言うなって? 確かに行動の結果は一緒だよ。でも、俺は基本的に人間のそんなくだらない感情を尊いとは思っているし、だからこそその死には何れにも意味があるんだよ。一つ一つが意味のある、尊いものでなくてはならないんだ」

 

「正当化……って、まあ確かにそんな風に聞こえるかもしれないけどさ。俺は別に殺す事を良しとはしていないよ。必要に迫られてそういった選択をしているだけさ。それでも、それは『虐殺』であってはならないんだ。『殺人』でなければならないんだよ。いや、確かに言ってて訳が分からないんだけどさ、俺もまだ答えを見つけている途中だし」

 

「うん。うん。まあ、どっかの頭のネジが吹っ飛んだ男が自分の考えを押し付けようとしてきたぐらいに思っておきなよ。でも、自分なりの答えを考えておいて損はないと思うよ。ありがたくもないだろうし、鬱陶しいだけだろうけど、人生の先輩からのアドバイスだ。人生というか、経験かな?」

 

「ああ、後一つだけ……」

 

「君を同類と言ったのは訂正しよう。君はまだ可愛い殺戮者(ルーキー)だ」

 

 

 

 

「お兄様」

 

その言葉に達也は不意に顔をあげる。自宅の台所の愛用のコーヒーメーカーの前に立つ自分の隣に、何時の間にやら深雪が不安そうな表情でこちらを見つめていた。

 

「……ああ、すまない。少し考え事を」

 

達也はごまかすようにそう答えると、自分のカップにコーヒーを注ぐ。一昔前に比べて発展した電子機器が立ち並ぶ中、アナログなその焙煎機付のコーヒーメーカーは司波家の愛用の一品でもある。そんな自慢のコーヒーを一口。

 

「……苦いな」

 

何時も以上に感じるその苦みと共に、達也は自身の中のわだかまりが薄くけれど広く広がっていくのを感じていた。頭に響いていた志貴の言葉、それらは志貴が姿を消すまでの間に交わした会話の内容だ。その意味を、意図を感じ取ろうとしていてもまるで何の事を言っているのかが要領を得なかった。

 

ただ確実な事は、志貴は達也自身が人間としての感情が薄いであろうことを理解していることと、そして志貴が『死』に対して独特の感性を有しているということだけだ。

 

今日のあの事態、そして襲撃者の事を知っているそぶりから見て、連続失踪事件にも何らかの形で関与している事は明らかであるが、それは次の機会に本人から直接聞くだけである。ひとまずは自身の師である九重八雲、または現場の後始末を頼んだ藤林かその上司からの連絡を待つ状況の中、達也は自身への多少のやすらぎと深雪自身の不安を取り除く意味も込めて、優しく彼女の頭を撫でていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。