ボクはマスコットなんかじゃない   作:ちゃなな

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09 よく出来てると思うよ

 その中学校は梢や結衣が通っている所と同じように、ありふれた鉄筋コンクリートで出来ていた。校舎は一つで縦と横の長さが同じくらいのL字型。その線の交わる場所にある昇降口は円柱状に一部張り出していて、上は小さな屋上になっている。縁にはアルファベットのオブジェクトが複数設置され、それが学校名だった。

 屋上にはプランターに植えられた色鮮やかな季節の花が置かれ、下から見上げると、まるで学校名が花を背負っているように見える。二階廊下からでも花は楽しむことが出来るが、屋上へのドアはない。恐らく手入れなどは窓から出入りしてやっているのだろう。梢の家の花壇とは違い、しっかりと手入れがされている。だが、手入れがされてるされていないはキュゥべえには関係がないし、興味もない。ただ横切った際に水やりで濡れた花びらが体に貼りつき、それが多少煩わしく感じられた。

 キュゥべえはアルファベットとアルファベットの間から飛んで昇降口へと降り立ち、開いたままのそこから校舎内へと入る。授業を行っている教師の声と、運動場で体育を受けている児童の声が時折届く程度の静かな廊下。その真ん中をキュゥべえはペタペタと歩く。しかし既に午前中の授業の四枠目も半ばにさしかかった廊下には人通りはなく、キュゥべえの姿と微かな足音に気付く者もいない。

 一階、運動場、体育館、二階、三階と見て回り、もう一度キュゥべえは昇降口の屋上に降り立って思考を巡らせる。この学校にいる、魔法少女の素質があるのはただ一人。本日三校目の学校偵察で初めて得ることのできた、唯一の収穫だった。

 そんなわけで乗り換え先の候補として確保したいところだったが、残念ながら優先権は隣の地区にいる個体が上だとキュゥべえは判断する。近い所から順番に回っていたとはいえ、三つ目ともなるといささか離れていると言わざるを得ない。交渉にさえ入ってしまえば優先権も主張できるが、同時進行するには梢は不安定すぎる。傍を長時間離れるわけにはいかないのだ。結衣と契約を交わすまでは、梢には魔法少女でいてもらわなければ都合が悪い。

 そこまで考えて、キュゥべえは朝、結衣から昼休みに学校の屋上に来るように言われていたのを思い出した。キュゥべえとしてはここの候補者を担当するのが難しい以上、他の学校も回って候補者探しの続きをしたいところだったが、早速願いが決まった可能性もある。キュゥべえは梢たちの学校に向かうことにした。結衣を魔法少女にすることができれば梢に付きっきりになる必要もなくなり、先に交渉に入れるかもしれないと考えたからだった。

 

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 梢たちの学校に辿り着いた時、既に二人は屋上のフェンスの傍のコンクリートが出っ張っている所に腰かけてキュゥべえを待っていた。近付いたキュゥべえに気付いた結衣が、梢との間に座るようにとポンポンとコンクリートを叩く。黙ってその指示に従いそこに飛び乗るキュゥべえを、笑顔の結衣と紙パックの紅茶をストローで啜る梢が迎え入れた。

 二人の傍らにあるのは、弁当らしき包み。梢の方は大判のナプキンの上に乗った、ラップに包まれた大きな俵型のおにぎり。これは朝、梢が適当におかずになるものと一緒に握りこんでいた物だとキュゥべえは知っている。二つ作っていたが、一つは既に食べ終えたらしく、未開封のものの横にクチャクチャに皺の寄ったラップが風に飛ばされそうになっていた。

 一方、結衣の方はプラスチックの弁当箱。蓋は閉まっていて、中は見えない。飾り気のない暗い色のそれは大きめで、男性が使う事を想定したものだと分かる。大人しげな結衣が膝の上に抱えるには、いささか違和感のあるものだった。

 

「ねえ、キュゥべえって食べられないものとかある? ネギ類とか」

 

 膝の上の弁当箱の蓋を開けながら、結衣は自身と梢の間に行儀よく座ったキュゥべえに視線を落としながら口を開く。その声は期待にはずんでいた。キュゥべえは顔だけを動かして結衣を見上げる。

 

「人間が一般的に食べているもので、ボクらに害があるという物は今の所、発見されてはいないね」

 

 インキュベーターは地球の動物の中では猫に一番近い姿形をしているが、猫ではない。猫のように、ネギ類やカカオ等で体調を崩すという事もなかった。それ以前に、インキュベーターは一般的な食事を必要としていない。口があるので食べるのには問題ないし、そこから養分を体に取り込むこともできる。だが、活動に必要なエネルギーは回収したグリーフシードから少しもらうだけで事足りるし、活動を停止した仲間を摂取することでも得ることができる。なので、非効率極まりない食事を自ら摂る個体はいないと言ってよかった。

 例外があるとすれば……

 

「そうなんだ、よかった! じゃあ、コレ食べてみて。あーん」

 

 このように、誰かに差し出される場合だった。インキュベーターの姿を見ることが出来るのは魔法少女か、魔法少女になれる可能性を持つ思春期の少女なのだが、彼女たちの中にはこうやって、インキュベーターに食べ物を与えたがる者も多い。結衣もそのタイプの人間のようだった。だからこそ、わざわざ不釣り合いに大きな男子用の弁当箱に詰めてきたのだろう。

 キュゥべえは差し出された箸の先に挟まれた物を見やる。そこにあったのはウズラ卵のスコッチエッグ。カロリーを抑えるためか揚げるのではなく焼いてあり、タレ等はかかっていない。そして、キュゥべえの小さな口に入るように配慮したのか半分に割られている。箸で割られた断面は決してキレイではなかったし、キュゥべえの口にはそれでも大きいようだったが、断面の黄身に白身、そしてそれを覆う焼かれたひき肉の色は偏らずに整っていた。

 

「ほら。あーん」

 

 促すようにもう一度目の前で揺らされたスコッチエッグをキュゥべえは頬張る。魔法少女への勧誘にあたって、こういう行動を取るのが良い事だと彼は他の個体からもたらされた情報で知っていた。目的に近付けるなら、非効率な行為もそうではなくなる。目測通り、スコッチエッグはキュゥべえの口には少々大きくて食べ辛い。頬が膨らむ。その様子に結衣の目じりが下がった。スコッチエッグを頬張ってリスやハムスターのように頬をもごもごさせているキュゥべえは、まさに彼女の好みだったらしい。

 

「どう? おいしい?」

 

 結衣は瞳を輝かせて身を乗り出す。キュゥべえは、口の中にあるスコッチエッグに思考を向けた。下味がしっかりと付けられているので、タレがなくとも味が薄いという事はない。猫科を意識して作成したのか、ひき肉に玉ねぎは混ぜられてはいなかった。口の中いっぱいの肉と卵を飲み込んで、結衣の弁当箱を覗き込む。ご飯の白、その上にまぶされたふりかけの黄色や黒、肉類の茶色、野菜の緑と赤。色彩がバランスよく箱に収められている。キュゥべえは批評を下した。

 

「そうだね…… 主食・主菜・副菜のバランスも良いし、よく出来てると思うよ」

「何、その感想。おいしいかどうかを聞いてるのに」

 

 残ったもう一つのおにぎりを食べながら隣でその言葉を聞いた梢が、口元に軽く握った拳を当てて小さく噴き出す。だけど、キュゥべえとしては他に何と言えばいいのか分からなかった。再びおかずを摘んだ箸が差し出され、キュゥべえはそれを口に入れる。何度かそれを繰り返し、合間に結衣や梢も弁当箱の中身をつつき、ようやく空っぽになって箸が置かれた。

 結衣は魔法瓶から冷たい麦茶をカップ代わりの蓋に注ぎ、一息つく。カップは梢に一旦渡った後にキュゥべえにも差し出され、彼も喉を潤した。梢はラップを丸めて畳んだナプキンの間に挿み、結衣は少し残ったカップの中身を排水溝へと流して魔法瓶を片付ける。そしてその魔法瓶は脇に置いて弁当箱の蓋を閉めて巾着に入れた。キュゥべえの体がふわりと浮く。巾着を魔法瓶の隣に置いた結衣がキュゥべえを抱き上げたのだ。キュゥべえの体は引き寄せられて結衣の膝の上に乗せられる。されるがままになっていたキュゥべえは、ひっくり返された格好のまま結衣を見上げた。逆さまの結衣は随分と機嫌が良さそうに見える。

 

「ユイ、願い事は決まったかい?」

 

 そう問いかけると、キュゥべえの白い腹毛をゆっくりと滑っていた手の平の動きが止まった。結衣の柳眉が少し下がる。小さく息をついて、呆れたような表情で空を見上げた。雲一つない快晴、とまではいかないが晴れていて風が気持ちいい。

 

「実は、まだ。いざ願い事をしようと思って考えると、意外と思い浮かばないのね」

「そうなのかい? 大抵の子はすぐに願いを言ってくれるんだけどね」

「願い事がないわけじゃないの」

 

 結衣は、言いながらキュゥべえの後ろ足の付け根付近にくっついていた花びらを取り除く。次いで毛並みを手櫛で梳かれる。不快感が無くなって、キュゥべえは目を細めた。投げ出されたしっぽが揺れる。

 

「それを願わないの?」

「どれも、ちょっと何かを我慢すれば達成できるようなものばかりで。それじゃあ、ちょっとね」

「そうそう。有効に使ってくれなきゃ、怒るわよ」

 

 苦笑する結衣に歯を見せて梢が笑う。予鈴が鳴って、梢はケータイで時間を確認して立ち上がった。結衣も名残惜しそうにキュゥべえを一撫でして立ち上がる。座っていたコンクリートの上にゆっくりと下ろして巾着を手に取った。

 

「じゃあ、今日も魔女捜し頑張りましょ。キュゥべえ、昨日と同じ時間に、同じ場所で待ってて」

「今日は、最初から付いて行くからね」

 

 結衣の言葉に、梢は柔らかく口角を上げて頷く。キュゥべえも歓迎するように大きくしっぽを揺らした。

 

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 薄暗闇の中、憂鬱そうに歩く梢の足元でキュゥべえは歩を進める。歩幅が圧倒的に違うが、靴底が磨り減りそうなほど重そうに足を引きずる梢の歩みは遅く、小さなキュゥべえでも余裕で付いて行けた。

 怪我をしているわけではない。今回の探索では魔女や使い魔を見つけることが出来なかったので戦ってすらいない。だが、結衣と別れてから家に近付くにつれて彼女の歩みは重くなっていった。沈黙が重く横たわるが、キュゥべえから話しかけたりはしない。

 梢は前日と同じように小さな門扉から敷地内に入ってポストを開ける。昨日はいくつかの郵便物が入っていたが、今日は入っていない。暗かった梢の表情が少し明るいものになった。ポストの蓋を勢いよく閉めると、梢は今までの足取りは何だったのかと問いたくなるほどの軽いそれで点在する敷石を渡って玄関のノブに手をかける。鍵はかかっていなかった。

 キュゥべえに目もくれない梢に置いて行かれないように扉をすり抜けたキュゥべえは、玄関に二足の靴が並んでいるのに気付く。男物の革靴と、ハイヒール。そこに脱ぎ散らかされたローファーが追加される。パタパタと廊下を進んだ梢はリビングに続く扉を開けた。リビングダイニングには、二つの人影。その人影にキュゥべえは見覚えがある。昨夜、言い争っていた男女だった。

 

「た…ただいまっ」

 

 テーブルの近くで立っていた二人に向けて、梢は弾んだ声を上げた。明るいトーンだが、緊張しているのだろう。声の調子は固い。振り返った、梢の声のように硬かった男女の表情が少しだけ緩む。それを見て、梢がほう、と息をつく。

 

「おかえりなさい、梢。夕ご飯にしましょう」

 

 梢に声をかけたのは女の方だった。女はそう言ってキッチンカウンターの中に引っ込む。男は黙ったまま晩酌の時と同じ位置に腰を下ろした。梢は落ち着きのない様子でテーブルを拭いたり箸立てを用意したりなど簡単な手伝いをしてから男の斜め前の椅子に腰かける。

 やがて、チンという電子音がダイニングテーブルとは別に置かれた、応接セットの一人用ソファに飛び乗って丸くなったキュゥべえの耳にも届く。女が何度かキッチンとテーブル間を往復することによって、湯気の立つ蓋付きの透明な食品トレーがいくつかと取り皿が三枚、テーブルに並んだ。

 男が取り皿を一枚自分の元へと引き寄せ、トレーに箸を伸ばす。座ろうと椅子の背もたれに手をかけていた女は一瞬顔をしかめるが、そのまま梢の隣の椅子に腰かけた。そして残った取り皿と箸を梢と自分の前に置き、手を合わせていただきます、と呟く。男はすでに取り皿の上の物を口の中に入れて咀嚼している。梢も慌てて女と同じように手を合わせた。




Wordの文章校正初めて使ってみました。
誤字脱字ないといいなぁ……
単語登録してないから、"キュゥべえ"で毎回「入力ミス?」とか出てくるけどww

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