ボクはマスコットなんかじゃない   作:ちゃなな

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07 ほら、餌の時間よ

 

 お腹が空いた。

 

 

 ヴィンフリーデは頭を巡らせる。

 肉がひとつ、ふたつ、みっつ…… あれを全て食べればこの飢えは癒えるのだろうか。

 

 

 食べたい、喰べたい。

 

 

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 子供がクレヨンで描いたような森の中。字面だと微笑ましく思えるかもしれない。しかし、木々の間に描かれた首吊り死体が、地面に沁み込んだ赤い血が、醜悪な人狼が、その死体が。それらが微笑ましい絵をおどろおどろしいものへと変えている。

 結衣をキュゥべえと共に広場の端まで下がらせた梢は、視線から逃れるように動く人狼に合わせて体をずらし、いつ飛び掛かられても対応が可能なように注射器を構えていた。視界の端で、何かが掠める。赤い色。同時にジグザクに走りながら距離を詰めてくる人狼へ注射針を向けた。タイミングを合わせて突き出そうとするが、それは叶わない。突然、首元に衝撃を受けて体が背後へと流れたからだ。咄嗟に手が首元に伸び、注射器が落ちる。

 

「……っぐ」

「梢ちゃん!」

 

 首が締まり、嘔吐く。梢の呻き声に結衣が泣きそうな声を上げた。ぶれる視界の中で、いつの間にか背後に回っていたらしいもう一体の人狼を確認する。薬剤の注入が中途半端だったが故に死なず、しかし苦しみながら地面に蹲っていた個体だったが、動ける程度に回復したらしい。

 梢の首に巻き付いたものは細くて長い縄のようなもので、色は赤。先程視界を掠めたのはこれのようだ。先端は人狼の背中側、腰より少し下方の辺りで繋がっている。どうやらそれが人狼の尾らしく、ある程度伸縮させることが出来るらしい。赤い縄を思い浮かべて森の木々に吊るされた現実味のない(イラストの)首吊り死体と、この結界に足を踏み入れる前に見た現実(ほんもの)の首吊り死体が思考を掠めた。

 

「だ、大丈夫……!」

 

 だが、思考に耽る暇はない。距離を詰めた人狼が爪を振りかぶっている。梢は右足をスイングさせて思い切り蹴り上げた。地面にあった注射器が蹴られ、人狼に向かって飛ぶ。注射器が人狼の振るった手によって弾かれるも、そのスピードを殺す事に成功した。首の絞まる苦しさに顔を歪めたまま、梢は左腕をひらめかせる。

 

「こっちだって拘束手段はあるんだからねっ!」

 

 袖口から延びた包帯が重力に逆らって伸び、トラバサミを捕えた時のように人狼二頭を拘束。ピンと人狼と梢の間を真っ直ぐに繋いだ白い帯は、次の瞬間地面と平行にたわみを作った。

 

「いっけぇっ!」

 

 引っ張る力に負け、弱っていた方の人狼の足が宙に浮く。人狼は梢を中心に円を描くように飛び、もう一体に衝突する。もつれ合って倒れ込む人狼たち。下敷きにされた方は上に乗ったまま動かない人狼を跳ね除け、立ち上がる。どうやら上に乗っていた方は意識を飛ばしたらしく、乱暴に地面に叩き付けられてもピクリとも動かなかった。起き上がった方もぶつかった拍子に腕を折ったのか、右腕が不自然に垂れ下がっている。チャンスと見て、梢はもう一度左腕をひらめかせた。袖口からもう三本の包帯が伸びて、更に雁字搦めに拘束する。

 

「飛んでけー!」

 

 人狼は、今度はその力に逆らえなかった。勢いよく空中に放り出され、凄まじい勢いで座り込んだまま動かない魔女へとぶつかる。ぶつかったように、みえた。

 

「うぇ!?」

 

 梢が驚きの声を上げる。梢や結衣の視界に映る人狼は片脚だけとなっていた。ブラブラと揺れるそれには薄汚れた硬そうな肉球が確認できる。小さな魔女の口元で。魔女が顔を上げた。口からすっぽ抜けたように真上に飛んだ人狼の脚が重力に従って落ちていく。ガパリ、と魔女は口を開けた。小さな体格ではあり得ない程大きく。落ちてきた脚は縁に当たることなく魔女の口に入り、飲み下される。殆ど丸呑みに近かったせいか血は全く零れず、凄惨さはない。ただ、異様さだけが際立っていた。

 

「た、食べちゃった……!」

 

 結衣が顔を青くして口元を手で覆う。包帯を回収しながら梢は警戒するように後退った。キュゥべえが耳をひくつかせて顔を上げる。

 

「! コズエ、また使い魔が産まれるよ!」

 

 その声に視線を地面に移すと、先程まで落ち着いていた魔女の影が波打っていた。影から出てきた人狼の腕はこれまでのように地面に手を付き、その体を持ち上げる。先程食べられたものと同個体なのかは梢たちやキュゥべえにも分かりようがないが、右腕も脚も健在だった。梢は顔をしかめる。

 

「……やっかいね」

「追加で産まれる気配はないね。上限が決まっているのかも」

「となると、消滅したり食べられたりで完全に姿が無くなったら新しく産み出せるってことかしら。完全復活されるとしたら、倒した人狼は食わせるわけにはいかないわね。倒しても倒しても復活されちゃたまんないもの」

 

 キュゥべえの言葉に梢は息をついて落としたままだった注射器を持ち上げる。人狼に払われはしたが、割れてはいない。筒の中で薬剤が揺れている。倒れたままの人狼と魔女に視線をやって、新たに出てきた人狼へと向き直った。

 

「自分からは動かないのが救いね」

 

 魔女は動かない。自身にぶつかってきた人狼すら食べるという方法で動かずに解決した。動く気はさらさらないらしい。代わりに動くのは人狼。先程よりも素早い動きで突っ込んでくる。梢は注射器を体に対して微妙に斜めに構えることでそれを受け流した。スピードの付きすぎていた人狼は逆らえずに体勢を崩す。

 

「きゃっ」

 

 小さな悲鳴。すぐ傍に倒れ込んだ人狼に結衣が体を竦ませた。

 

「結衣、もっと下がって!」

「う、うん……!」

 

 人狼が起き上がって近くの結衣に襲い掛かる前に、梢は包帯で人狼を拘束する。結衣が広場の端からさらに奥、茂みの影まで下がるのを確認してから人狼に注射器を突き刺した。拘束された人狼は何度か大きく痙攣した後、息絶える。

 包帯を袖の中に戻して梢は振り返った。一頭は梢の足元。別の一頭は少し離れたところに。そのほど近い所で一頭が気絶し、魔女の傍で腹が破れた一頭が血に伏している。

 

「これで、残るは本体のみ!」

 

 薬剤を補充した注射器の針を向けられ、初めて魔女は梢の声に気付いたように耳をそばだてた。顔動かして倒れた人狼を確認し、さらに梢に顔を向けて小首を傾げる。可愛らしい仕草だったが、先程の大口を開けるシーンを見た後では薄ら寒いだけだ。

 

「来るよ!」

 

 魔女の影がざわめき、キュゥべえが警告の声を上げる。注射器を持つ手に力が入った。同時に、波立った影はその波一つ一つを鋭利な先端を持つ鞭に変え、一旦空中の高い位置に伸び上がった後、落ちるようにして辺りに襲い掛かる。

 

「わわわわ、わっ」

 

 雨が降るように無差別に来る攻撃を、梢は翳した注射器と包帯で弾く。結衣は傍にあった木に身を寄せて盾とし、キュゥべえは器用にステップで避けながら素早く茂みに飛び込んだ。弾かれたり避けられたりで当たらなかった影の帯は地面や木、地面に転がったままの死体に突き刺さる。

 

「えっ!?」

 

 思わず梢は声を漏らす。影が追撃する素振りも見せずに魔女の元へと戻って行ったのだ。その理由は、すぐに分かった。影の帯に引き摺られて、貫かれた人狼が魔女の元へと集まっていく。

 

「そうか…… 今のは攻撃の為じゃない…… 使い魔の回収が目的だったんだ!」

「っ! じゃ…じゃあ、また……!」

 

 歯噛みして、梢は魔女に駆け寄ろうとする。それよりも魔女が人狼を処理する方が早かった。自身より二回りどころか五回りは大きな、四頭もの人狼をまとめて一口。咀嚼もせずに飲み込んだ魔女の足元がまたもや波打つ。影から、先程と同じように人狼の腕が伸びた。身を起こした人狼は、しぶきを払うように身を震わせる。梢は驚きのまま呟いた。

 

「……? 一匹、だけ?」

 

 そう。現れた人狼は一頭。波立っていた影も落ち着き、異常は収まっている。後続が現れる気配は、ない。

 梢が魔女を見ると、魔女は咳き込んでいた。むしろ、嘔吐いているといった方が良いだろう。梢は口元に軽く指を当て、首を傾げた。

 

「もしかして、使い魔ごと摂取した毒のせい……?」

「そうか…… 薬剤を注入していないのは、魔女を産んでそのまま死んでいた一頭のみ、だったね」

 

 キュゥべえが納得したとばかりに頷く。確かに、見付けた直後に魔女を産んで死んだ人狼以外は、気絶していた個体含めて一度は注射器での攻撃が成功している。

 

「……そして、口に入るものは食べずにはいられない……」

 

 呟いて、梢は注射器に手を沿わせた。飛び掛かってきた人狼を余裕を持って避け、鞭のようにしなった尾は上体を逸らすことで躱す。尾は鼻先を掠るように上を通って行く。その尾に絡み付くは、梢の左腕の袖口から飛び出した白い包帯。

 

「っ、今!」

 

 左腕を思い切り引く。着地したばかりで踏ん張れなかった人狼の体が傾いだ。そこへ右手で構えた注射器を突き刺す。人狼の爪が地面を引っ掻く。薬剤が体に入り、痙攣を始める。その体が跳ねる度、地面に刻まれる引っ掻き傷は増えていく。地面を掻く動きはどんどん速くなって、唐突に無くなった。地面に落ちた腕はもう動かない。

 梢は注射器を人狼の体から抜いた。押し込んでいたピストンを引く。空いた空間に薬剤が溜まっていく。溜まりきったら、足元に倒れたままの人狼にもう一度針を突き刺す。薬剤を注入する。もう一度。もう一度。

 最後にもう一度針を刺して、今度は抜かずに持ち上げた。既に死体となった人狼から抵抗が来ることはない。だらりと頭を下げ、手足がぶらぶらと揺れるのみ。

 

「ほら、餌の時間よ」

 

 梢が注射器を振るう。針から抜けた人狼の死体は魔女の方へと飛んだ。ぶつかる瞬間、魔女の口が大きく開かれる。死体はやはり一口に頬張られ、辛うじて縄のような尻尾だけがその存在を主張していた。だがそれも、麺類を啜るように魔女の口の中に納まり、完全に見えなくなる。

 変化はすぐに訪れた。先程のように、しかし先程よりも強く魔女の体が痙攣する。今まで餌が来るのをひたすら待ち続けて全く動かなかった魔女が苦鳴を上げてのた打ち回った。閉じきれない口から垂れた胃液が地面を濡らす。

 襲い掛かる余裕がないらしい魔女は、梢が近付いても反応できず、地面をただ転がる。梢は薬剤を補充し直した注射器を魔女の体に突き刺した。ピストンを押し込み、薬剤を注入する。それで終わり。横たわった魔女はもうピクリとも動かない。注射器を死体から抜くが、それ以上支えていられずに腕の力が抜け、重力に従って注射器の針は地面に深く穿たれた。

 

「梢ちゃんっ!!」

「ゆ、い……」

 

 緊張の糸が切れ、倒れ込むように座り込んだ梢を結衣は駆け寄って支える。結衣を呼んで上げられた梢の顔は汗でぐっしょりと濡れていた。点在する人狼の死体、目の前の魔女の死体。それらが見ている内に空気に溶けるように消えていく。

 

「おわった?」

 

 消えるのを見送って、梢が呟く。結衣の隣にしっぽを大きくなびかせたキュゥべえが並んだ。

 

「うん、魔女は倒れた。コズエの勝利だよ」




戦闘後が予定より長引いたので分けました。次話は夕方以降、文章が推敲出来次第UPります。


■オリジ魔女図鑑


Winfriede(ヴィンフリーデ)

人狼の魔女。性質は飢餓。口に入るものなら何でも呑み込むが、自分からはあまり動かない。親の役割を持たせた使い魔が持ってくる餌を待ち続ける。イヌ科故に大きな音や匂いのキツイ物は苦手。


Wolf(ヴォルフ)

人狼の魔女の手下。その役割は狩猟。親であり、子である魔女の為に獲物を狩る狼。だが使い魔自身も飢えているのでついついつまみ食いしがち。


イメージは「汝は人狼なりや?」。
初回占いはやめてください。中身見えてるんですか (´;ω;`)
そのリアルスキルで逆呪殺目当てで呪狼になり、初日に占い師三人を全滅(ただし一人は突然死)させたのは良い(?)思い出。
二日目に出てくる死体が四体(突然死一、襲撃死一←初日先生、逆呪殺二)ってどういうことなの……
久しぶりにやりたいなと思った。知らない人はググって下さい。ここでつらつら語るのはアレなんで。

魔女のヴィンフリーデは潜伏狼、使い魔は実際に噛みに行く狼。

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