ボクはマスコットなんかじゃない   作:ちゃなな

2 / 11
02 ボクと契約して魔法少女になってよ

 いい天気だった。日差しは暑くも寒くもなく、ただ快適に過ごせるようにとでも言いたげに降り注ぐ。桜はもう散ってしまったが、新緑の織り成す木洩れ日は、その下を歩いているだけで気持ちを穏やかにさせてくれる。

 それを現在進行形で実感している少女が二人いた。隣り合って歩いている。一人は跳ねるように。一人はしずしずと。彼女らの服装は同じデザインのセーラー服。歩き方だけでも性格が正反対であるのは見て取れるが、隣り合い、そして談笑しながら歩いている所を見ると仲は良いようだ。

 たまに縁石に飛び乗ったりして跳ねるように進んでいる方の少女は、長い茶髪を高い位置でサイドテールにして左側にまとめて、前髪は逆に右に流している。サイドの何房かには赤色のメッシュが入っていて、それだけが毛先を癖付けられて存在を主張していた。

 もう一人の少女は、鞄を片手に持ち振り回すようにしているサイドテールの少女とは違い、両手で学生鞄の取っ手を掴んで前に持ち、かけられる声に頷いたり小さく笑ったりしている。髪色は染めた様子のない黒髪で、ギリギリ肩に届くくらいのセミロング。頭の天辺から横髪を編み込みにしていて、まるでカチューシャをつけているようにも見える。スカートの長さも性格のように正反対で、サイドテールの少女はスカートの中が見えてしまわないのが不思議なほどに短いが、セミロングの少女は校則のお手本のようなひざ下5センチの長さだった。

 サイドテールの少女を伊万里(いまり)(こずえ)、セミロングの少女を浅見(あさみ)結衣(ゆい)という。二人は自他ともに認める親友で、学校ではいつも一緒にいるせいで周りからセットとして扱われている。そしてこの日もいつもと同じように並んで下校していた。――この時までは。

 

「何……?」

 

 先に気付いたのは梢の方だった。小さくジャンプして縁石から結衣の傍に降り立つ。結衣も不安そうに胸元に鞄を引き寄せ、辺りを見渡した。

 車通りも人通りもない。まっすぐ伸びた並木道。だけど、その道が歪んで見える。その歪みは見る間に大きくなって、風景は混じってマーブル模様へと変わっていく。

 

「梢ちゃん!」

「結衣、離れないでよ」

 

 梢は鞄を持っていない方の手で結衣の手を取った。心強い発言だが、梢の顔も青い。繋いだ手が汗で湿っている。

 歪みは歩道側の方が激しい。二人は少しでも風景が安定している方へ……車道へと飛び込む。風景が更に現実離れしていく。道の左右に並んでいた並木が巨大な指へと姿を変えた。右手の指は闇を固めたみたいに黒く、左手の指は光を固めたかのように白い。指は上の方で交差し、トンネルのように二人を包み込んだ。もう左右へは抜けられない。梢は結衣の手を引っ張って前へと走る。その性急さに、結衣は足が絡まってこけそうになるが何とか堪え、後に続く。出口の光が遠い。突然の、爆発音。

 

「きゃあっ!!」

 

 結衣が悲鳴を上げた。声こそあげなかったものの、梢も首をすくめる。驚きすぎて、声が出なかったのだ。

 

「もう…何なのよ……!」

 

 周りをせわしなく見回しながら梢は声を上げる。泣きそうな、引きつった声だった。爆風が作り出す砂煙といった類のものは見えない。音だけが断続的に聞こえてくる。右の方向で聞こえたと思ったら、次は左後方。爆発の位置は無差別のようだった。指のトンネル内にいればもしかしたら安全なのかもしれない。そう思わないでもなかったが、その場に留まる勇気はなく、二人は止まった足を動かしてもう一度走り出した。

 

「ね、ねえ、梢ちゃん! あそこ、何か白いのが……」

「今、そんな余裕ないでしょ! 走るの!!」

 

 スピードを緩めようとする結衣。梢は結衣を叱咤して、引っ張る力を強める。様々な色が混じり合ってマーブル模様となった世界。そこに白色があっても、なんら不思議とは感じない。実際、二人を閉じ込めているトンネルを形作っている指の一方も白いのだ。そんな事より今はここを抜ける方が先決。

 梢は額から噴きだした汗を袖口で拭った。そして、進行方向を見やる。トンネルの出口から漏れる光が眩しくて、梢は目を細めた。目が眩んで、対応が遅れる。気が付けば体が押され、結衣と繋いでいた手が離れていた。

 色はおかしいものの、まだ何とか地面だったそこにお尻をしたたかにぶつけ、肘も擦れる。つまり、梢は尻餅をついていた。驚いて見上げると、目の前で青い顔をした結衣が両手を真っ直ぐ梢の方へ突き出している。結衣が、梢を突き飛ばしたのだ。どうして、と声を漏らすのと、強烈な光が目を焼くのは同時だった。漏らした声が、爆音に呑み込まれる。梢は地面についていない方の腕で顔を庇う。爆風が皮膚と服を撫でた。

 体を縮めて蹲ったまま、音と風が完全に通り過ぎるのを待つ。間近で轟いた爆音は体を硬直させるには十分で。一分程、梢は目を開けることが出来なかった。ようやく目を開けて、目の前にいたはずの結衣がいない事に気付く。慌てて視線を巡らせて。

 梢の目に入ってきたのは、脇腹から血を流して倒れている結衣の姿だった。

 

/*/

 

 光弾が走る事によってなびいていた耳の毛を掠っていく。キュゥべえを追い越していった光弾は、地面に着弾して破裂し、爆発音を鳴り響かせた。爆風は体重の軽いキュゥべえを容易く煽り、転ばせる。風景が、逃がさないとでもいうように変わっていった。車道を走るキュゥべえを包み込むように、等間隔で並んだ街路樹が巨大な指となって組み合わされてトンネルのようになっていく。

 これは、自身を殺すために展開された魔女結界。追われているのは分かっていた。

 

 "彼女"はキュゥべえへの恨みで魔女化したのだから。

 

 理解できない心の動きだったが、そういうものなのだと受け入れる事は容易かった。そういう心の動きこそ、宇宙を救う力となるのだと考えれば、理不尽な事でも許容できる。

 進路方向を制限されて、それでもキュゥべえは慌てない。生き残ろうとする本能はあっても、焦る等といった心の動きはないのだ。爆発する光弾を避けながら、ただここから脱出する為に頭を働かせる。

 再び光弾が掠り、少ししっぽが焦げた。爆風でコロコロと地面を転がる。回転は、元街路樹であった指に体がぶつかる事で止まった。追撃を受けない内に立ち上がる。

 

「……!」

 

 顔を上げて、キュゥべえは小さく息を呑む。目が合った。魔女でも、その使い魔でもない。結界内を走る二人の少女。その片割れ。彼女はキュゥべえを見てもう一人の方に声をかけたようだが、そちらは相当切羽詰まっているらしく、キュゥべえの方へ顔を向けることなく片割れの少女を引っ張っていく。逃げているという事は、魔法少女ではないだろう。どうやら、近くを歩いていたせいで巻き込まれた人間のようだ、とキュゥべえは結論付けた。

 そして、ここを逃れる方法も思いつく。光弾は真っ直ぐにしか飛ばない。少しくらいなら曲げることもできるようだが、同時に、それは野球のピッチャーが投げる球種程度であって、とても誘導弾といえるレベルではないことも何発か攻撃を向けられて把握していた。巨大な指と地面によって上下左右を封鎖された今、逃げ場は少ないが攻撃方向も制限されている。キュゥべえは道路の真ん中に飛び出して、出口と入口、そして走る少女が一直線となる場所に位置どった。

 次の攻撃が飛び込んできたのは、少女達が出口と定め、向かっていた側から。薄暗いトンネルから見たら外は確かに明るかったが、光弾のせいでより一層眩しく輝く。キュゥべえは少女達の視界に入らないように背後側に立ったので、ちょうど少女達が盾となる形になる。

 光弾が近付いてくることに、少女達も気付いた。だが、先導していた方の少女はまともに光を見てしまったらしく、動きが鈍る。動いたのは、引っ張られていた方の少女だった。先導していた少女に体当たりして、更に両手で突き飛ばす。ただでさえ動きの鈍っていた少女は、それで少し離れたところに転がった。だけど、それをした方は反動で動けない。その脇腹に光弾が着弾し、破裂した。

 

/*/

 

「結衣! 結衣!!」

 

 それしか言葉を知らないかのように結衣の名前を繰り返し呼びながら、梢は覆いかぶさるように倒れる彼女に近付いた。意識はないのか、半開きの瞳に光はない。同じように半開きになった口からは赤い血が一筋流れ出している。酷いのは腹部で、脇腹からヘソの近くまでがごっそり無くなっていて結衣のウエストを半分程にしていた。血が一定間隔で噴き出している所を見ると、まだ心臓は動いているようだったが、致命傷だという事は医学なんてろくに分からない梢にも判断できた。

 

「結衣……!」

 

 梢は結衣の体を揺さぶろうとして伸ばした手を、宙で彷徨わせる。今、少しでも衝撃を与えてしまうと本当に死なせてしまいそうで怖かった。こんな所に救急車が来るはずがない。なにより、この傷では助からない。そんな事は異常な状況で働かない頭でも分かってはいたが、それでも自分で終わらせてしまうかもしれない行動を取るのを咄嗟に回避していた。結衣に触れることができなかった梢には、ただ呼びかけることしかできない。そんな梢の耳に、場にそぐわない可愛らしい幼い男の子のような声が届いた。

 

「彼女を助けたいかい?」

 

 違和感よりも何よりも、その言葉の内容に、梢は音を立てそうな勢いで声の方向へと顔を向ける。声の主は、子供ではなかった。人間ですらなかった。

 ちょこんとおすわりして梢の顔を見上げているのは、猫に似ているが今まで梢が見た事のない動物。白い体にルビーのように赤く透き通った丸い瞳。猫のような三角形の耳の中から伸びた毛は綺麗に整えられていて、一つの房として地面に向かって垂れ下がっていた。その先はピンク色のグラデーションになっていて、毛先に近付く程濃い色になっている。そして耳毛の中ほどには金色の細い輪があって一種のアクセントになっていた。どうなっているのか、輪は浮かんでいるように見える。ここまででも猫に似た違う生き物と判断できるが、一番猫っぽくないのは、ゆらゆらと左右に揺れるしっぽだった。まるで絵に描いたリスのようにふっくらとしている。体長ほどもある長くて太いしっぽは、こんな状況でなければ触りたくなるほど柔らかそうだった。

 

「今の…あんた?」

「そうとも」

 

 恐る恐る声をかけると、白猫もどきは耳をピクピクと動かしてアピールをしてくる。声は聞こえるが、口は動いていないのでその配慮かもしれない。

 

「ボクの名前はキュゥべえ。キミの力になりにきたんだ」

 

 遠くで、また爆発音がした。梢は肩をすくめ、青い顔であたりを見渡す。そんな梢にキュゥべえと名乗った白猫もどきが言う。梢は眉をしかめた。

 

「……力? あんたが?」

「そうとも」

 

 懐疑的な視線を向ける梢にキュゥべえは先程と同じ言葉を返してくる。梢はこの突然現れたキュゥべえを即座に信じることができないでいた。都合よく唐突に現れたのもそうだが、話す言葉に違和感がないのも怪しい。テレビにたまに取り上げられる喋る動物の言葉だって、注意して聞くとそう聞こえるかもと思える程度の不明瞭なものだ。そして、こんな場所に現れる動物が普通なわけがない。この変な世界を作り出した元凶か、その仲間。そう思ってしまうのもしかたのないことだろう。

 

「いいの? 彼女はもう限界みたいだけど」

 

 梢はその言葉に慌ててキュゥべえから視線を外す。先程より悪くなったように見える結衣の顔色。先程まで勢いよく一定間隔で噴き出していた血は収まりつつある。それは鼓動が止まりかけているのを示しているようだった。

 

「結衣……っ!」

「ボクなら……いや、キミなら、彼女を救ってあげられる」

「あたし…なら……?」

 

 呟くように言う梢にキュゥべえは頷いてみせる。

 

「そう。キミなら。それに、ここから出ることだって可能になるだろう」

 

 正直、疑いの気持ちはまだあった。だが疑っている暇はないし、無視も出来ない。大きなしっぽが左右に揺れる。カウントを取っているようだ、と梢は思った。命のカウントダウン。右手で胸元を掴む。セーラー服に皺が刻まれた。爆発音は続いている。このままここから出れなければ、いずれは梢も爆発の餌食になるだろう。

 だが、梢はまだ自分の身に降りかかってない非現実よりも結衣の事で頭がいっぱいだった。このままでは確実に結衣は命を落とす。だけど、キュゥべえは梢になら結衣が救えると言う。他の誰でもない。梢になら、と。大きく振られたしっぽが地面を優しく叩く。

 

「キミには彼女を救う力がある。だから……」

 

 言葉を聞き逃さないように、梢は神経を集中させた。爆発音が遠ざかったような気がする。その声は何にも遮られることなく梢に届いた。

 甘い毒が。

 

「ボクと契約して魔法少女になってよ」

 

 沁み込んでくる。




メイン魔法少女の名前はまど☆マギっぽくするならひらがな三文字が適当かと思いましたが、正直、ひらがな三文字の名前って字で読むには読みにくいと思いませんか?
まどかとか、なのはとか。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。