ボクはマスコットなんかじゃない   作:ちゃなな

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01 騙してたのね

「騙してたのね、キュゥべえ!!」

 

 キュゥべえは、自身に向けられた糾弾の声に咄嗟に耳を伏せた。心の動きがそうさせたのではない。ただ単純に鼓膜に影響が出そうだと判断しただけだ。相手は少女。ぐったりとした様子の同じ顔の少女を抱きかかえていた。感情的な甲高い声が生み出した音の波が後方に抜けたのを見計らって、キュゥべえは伏せていた耳をまた立ち上げる。そして後ろ足で耳の付け根を掻いた。

 

「騙してた、とは人聞きが悪いなぁ。まあ、ボクは人じゃないけどね」

「騙してないとでも言うつもり!?」

 

 表情を変えずに悪びれなく言うキュゥべえを、少女は睨み付ける。だが厳しい表情は長くは持たず、涙を堪えるような表情へと変わって抱きかかえられたもう一人に寄せられた。頬と頬が触れ合うような距離。少女が目を閉じると湛えられていた涙の雫がもう一人の目の縁に落ちた。雫は目の縁から頬へと流れ、まるでぐったりした少女の方まで泣いているように見える。

 こうして見ると、本当に彼女達は似ていた。服装も似ている。布地は同じチェス柄。細かいデザインだけが違っていて、服装を取りかえれば誰も入れ替わったと気付かないだろう。少女たちは一卵性の双子だった。これまでは、何でもお揃いだった。好きな食べ物、嫌いな科目、服の趣味。名前は一字違いで髪型は鏡写し。だけど今。抱える少女と抱えられている少女には決定的な違いがある。

 

「じゃあ、なんで! なんでこの子がこんな事になっちゃうのよ!! あなたが騙したからでしょう!?」

 

 それは。抱えられている少女の方はもう二度と目を覚まさないという事。生と死。それが双子の少女たちを隔てていた。どんどん熱の抜けていっている体を抱き締め、少女が叫ぶ。それに答えるキュゥべえの声は、どこまでも普段と変わらない、落ち着いたものだった。

 

「騙してなんかないさ。ボクはちゃんと言ったよ? "ボクは君たちの願いを叶える"、そして、"願いを叶えた君たちは、魔法少女として魔女と戦う使命を負う"…ってさ」

 

 キュゥべえは理解できないとでも言いたげに首を傾げる。実際、彼には理解できなかった。双方納得した契約関係。キュゥべえとしてはそれを結んだという認識だった。彼は正しく少女たちの願いを叶えたのだから。つい先程までは少女達も同じ見解だったろう。だからこれまで、その代償である魔女との戦いを双子の魔法少女たちはこなしてきた。

 絶望を振りまくものだと説明された魔女との戦い。今まで争いとは無縁の世界に生きてきた彼女たちにとって、もちろん戦闘は恐ろしいものだった。その姿は千差万別だが、嫌悪感を与えるものや恐怖を煽るような外観をしているものも多い。義務感だけでは続かなかった。それでも続けてきたのは、一人ではなかった事と、それで救われる人がいるからだ。

 

「だけど……だけどこんなの、聞いてない!」

 

 少女は片割れを一層強く抱きしめて声を荒げる。

 願いがかなって。一人では怖くても、二人で。人知れず誰かを救うという優越感を感じることが出来て。

 それなのに。

 

「魔法少女が…魔女になるなんて……っ!!」

 

 泣き叫ぶ少女の上に影が落ちる。気付いているだろうに、片割れを抱き締めた少女は振り返らない。彼女の背後にあるのは黒く塗りつぶされた巨大な右腕だった。整えられた爪だけがマニキュアを塗ったかのように白い。肘から先だけが地面から生えたようになっているその腕は、何かを掴もうとしているのか手の平を彷徨わせたり軽く拳を握ったりしている。"それ"が今の少女の片割れ。彼女が変貌する瞬間を少女は見た。信じられなくても理解するしかなかった。今も少女には聴こえている。少女に助けて、助けてと呼ぶ片割れの声が。絶望をまく魔女の泣く声が。

 少女の泣き顔を見ても、キュゥべえの表情は変わらない。赤い瞳は揺れたりしないし、表情筋に余計な力が入ったりもしない。ただ、大きくゆったりとしっぽが揺れる。

 

「気付いてもおかしくないと思うけどね。この国では成長途中の女性の事を"少女"と呼ぶ。それなら、"魔法少女"が成長したら"魔女"になるというのは自明の理だろう? ボクらとしては、上手く定義付けられたなと思ってるんだよ」

 

 キュゥべえにとって、魔女と魔法少女とは大人と子供程度の違いでしかない。大人を大人と、子供を子供と呼ぶようになったように、"記号"として区別しただけの話だった。

 確かに、意図して話さなかった部分はある。キュゥべえは……キュゥべえたちは、"その事"を話すと契約に応じてくれないという事例を何度も見てきた。彼らには都合の悪い事を隠したいという感情がない。そしてどこが都合が悪いのか想像することも出来なかった。だからこのシステムを運営し始めた直後は断られるなどとは微塵も思ってもおらず、全てを話していたのである。断りの言葉を分析して原因らしき情報を隠すことを覚えて、ようやく契約が取れるようになってシステムは回り始めた。人が希望を持って魔法少女となり、そして絶望して魔女になるというシステムが。

 

「どうしてこんなこと……」

「嘆くことなんてないよ。君たちは、見事に世界に貢献しているのだから」

 

 声を詰まらせる少女にキュゥべえが言う。少女はゆっくりと顔を上げた。涙を流し続ける瞳は暗い色ながらも光を反射して輝いているように見える。ただ目元が真っ赤に腫れ上がってしまったせいで少女の可愛らしさは半減していた。

 

「世界に……貢献……?」

「そうとも。世界は危機に瀕している。宇宙全体のエネルギーが枯渇しかかっているんだ。エネルギーは形を変える度にロスが生じるからね」

 

 エネルギーが何かに使われる時。そこには必ずロスが生じる。そのロスは再利用できず、廃棄するしかない。後戻りは出来ないのだ。コーヒーに混ぜたミルクだけを選んで取り出すことができないように。少女の片割れの体から抜けていく熱が戻らないように。

 しかしそんな事を続けていたら、いつかは必ず廃棄されたもので埋め尽くされ、使えるものが無くなってしまう。そして、その"いつか"は目前に迫っていた。減っていくエネルギーを補填しようとする試み。又は代替エネルギーの開発。人類がやってることと変わらない。ただ少し、それよりも規模が大きいというだけだ。

 

「それと、私達と何の関係があるのよ……」

 

 だが地球の環境問題といった宇宙より身近な事柄に関してすらあまり危機感を抱けない少女としては、宇宙のエネルギー問題なんて、それこそ別世界の話。彼女はキュゥべえから片割れへと視線を戻した。

 

「君たちの魔力。それが宇宙を救うんだよ」

 

 キュゥべえはしっぽを大きく揺らす。視線で指し示すのは、少女と、その向こう側で手を彷徨わせている巨大な腕。だけど、片割れに視線を落としている少女はそれには構わずに片割れの乱れた横髪を手で整えている。

 

「感情を魔力というエネルギーへ変換するテクノロジーを開発したは良いんだけど、いかんせんボクたちは感情というものを持ち合わせてなくてね。たまに現れる精神疾患の個体で試してみようともしたんだけど、なにぶん数が少ない上に効率も良くないし」

 

 まるで聞いてないかのような少女の反応だが、キュゥべえは構わず話を続ける。彼我の距離は三メートル程。キュゥべえはゆっくりと少女に近付いた。彼我の距離は、約二十センチ。

 

「だけど、君たち人類は凄いんだ。その個体数、繁殖力、そして何よりも生み出す感情エネルギーの量……」

 

 文明らしい文明を持たない星に出向いて、自前の毛皮もないくせに裸で洞穴に暮らしているような種族を知的生命体と認めて交渉する。それは、いくら感情と言うものが無いと言っていい程に希薄な彼らでも思うところがなかったわけではないが、それでもキュゥべえたちは実行した。宇宙が内包するエネルギーがある程度回復するまでは、人類が減りすぎたり絶滅してしまっては困ると判断したからである。また一から条件に合う知的生命体を見つける所から始めるのが非効率というのもあった。

 そして人類はキュゥべえたちが干渉することによって急激に発展していく事となる。文明は発達し、人口加速度も留まる事を知らない。そしてキュゥべえたちが慣れるにつれて、最大の効果を得られるパターンも確立された。高い所から物を落とすと破壊力が上がるように、強い希望が一転して深い絶望へと変わる時、その差が激しければ激しい程、放出されるエネルギーは大きくなるのだ。

 

「中でも、君たちのような第二次成長期の少女の希望と絶望の相転移が一番効率がいいとデータにも出てる。ソウルジェムになった魂がそうして……」

 

 言葉を一旦止めたキュゥべえは、片方の前脚を上げて少女の手の平に握られた物を示す。少女は顔を微かに動かして、視線を手元にやった。片割れを落とさないように抱きしめながら握りこまれているのは、黒くて丸い宝石。檻のように石を閉じ込める形でいぶし銀で装飾されていて、下方から突き出したピンはまるで宝石が串刺しになっているかのような印象を与える。それはグリーフシード。魔女が持っている魔女の卵にして、消費した魔力の回復が出来るという魔法少女にとって無くてはならないものと説明されていた。

 次いで、少女は片手を上げて自身の耳に触れる。普段は銀色の指輪、そして変身する時や魔女を探す時は手のひらサイズの卵型の置物になる宝石は、今はピアスとして左耳に吊り下げられている。それはソウルジェム。魔法少女になった証にして魔力の源。そう説明されていた。

 だが、その真実は。魂の宝石(ソウルジェム)はその名の通り、魂そのもの。魂を拘束する檻。グリーフシードはソウルジェムが形を変えたもの。川にゴミを捨てれば流れが悪くなるように、ソウルジェムに穢れが溜まれば力を十全に発揮できなくなる。穢れこそを力とするグリーフシードに移すことで取り除いていたのだ。

 キュゥべえの言葉が続く。

 

「グリーフシードに変わるその瞬間。世界は少しだけ救われるんだ。莫大なエネルギーがばら撒かれることによってね」

「やっぱり、騙したんじゃない……」

「騙してないって」

 

 少女は唇を噛みしめる。小さな男の子のような高い声が腹立たしい。今なら分かる。その声に感情はこもっていない。こもっているように聞こえるよう、抑揚が付けられているだけだ。彼にとって、自分たちは消耗品。使い捨ての充電器程の価値しかないのだ。それに気付いてしまった少女は叫ぶ。

 

「私は! 私たちは……! 発電機になった覚えなんてないわ! ずっと…ずっと一緒にいよう、って……」

「一緒にはいれるんじゃないかな? 魔法少女になった以上、遅かれ早かれ魔女になるんだし」

 

 ブン、と空気を叩く音が耳に届くと同時に、キュゥべえは後ろへと飛んだ。一瞬前にキュゥべえがいた位置に棒が振り下ろされる。先端に丸い石の付いた、チアバトン。それを握りしめる少女の手には力がこもっていて真っ白になっていた。

 

「許さない……許さな、あ、あああっ、ああぁぁぁぁぁあああぁあああぁぁぁぁぁ――――――!!」

 

 怨嗟の声と共に、彼女の魂は黒く染まっていく。透明感のある色はどんどん濁っていって。最終的に黒く染まった宝石は、内からの圧力に耐え切れなくなったかのように粉々に砕け散る。

 

 

 それで彼女は再び片割れと"お揃い"になった。

 

 

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 軽い音を立てて小さな足は地面を蹴り、白い体を空中へと放り出す。地面に叩き付けられたら助からないだろう高さ。そんな高さから落ちながらもキュゥべえの表情は変わらない。ビルの側面から張り出した看板に一度着地して、再び飛び降りる。そして着地。足を上手く使って衝撃を逃がす。危なげなく地面に降り立ったキュゥべえは顔を路地裏へと向けた。

 

「やあ」

 

 視線を向けた先からは白い姿が現れる。それはキュゥべえと同じ姿をしていた。実際、名乗る必要がある時は同じようにキュゥべえと名乗っている筈だ。自身も新たに現れた方も、同じくこの地球に送り込まれた孵卵器(インキュベーター)の内の一体なのだから。

 

「中々の量のエネルギーを回収できたようだね」

「そうだね。あの二人はお互いがお互いを補完し合って、普通の子たちよりも因果の量が多かったから。ノルマにはまだ満たないけど、結構稼げたかな」

 

 インキュベーターの言葉にキュゥべえは頷く。宇宙の危機を脱するにはまだまだ足りないが、それでも通常の魔法少女よりも高い資質を持っていた二人が揃って魔女となり、相応のエネルギーを得ることが出来た。

 魔法少女を魔女にするにはソウルジェムを限界まで穢す必要がある。その方法は二つ。魔力を使わせるか、絶望させるか。普段の生活の中でも体を動かすのに微量とはいえ魔力を使っているから、穢れを移すグリーフシードがなければいずれは魔女になる。強い魔女をぶつければ限界まで魔力を使って早々に魔女化することもあるが、効率はそれほど良くない。下手に強い魔女と戦わせてジェムが穢れきる前に死なれてしまえばエネルギーは回収できないのだ。効率が良いのは絶望させる事。その絶望が深ければ深い程、多くのエネルギーを宇宙に補充させることが出来る。それにうまく誘導できれば数日かからずに魔女にすることも可能という事もあって、それが推奨されていた。

 

「確か、君の担当していた魔法少女はさっきので最後だよね?」

「ああ。でもこの辺りにはもう目ぼしい子はいないからね。ボクは次の土地へ行くとするよ」

「そう。じゃあ、僕の担当の子をこちらに誘導しておくね」

 

 前脚を舐めて毛づくろいをしながら言った自身の言葉に返事が無くて、インキュベーターは顔を上げる。キュゥべえは、あらぬ方向へと顔を向けていた。

 

「……? どうしたんだい?」

「いや、なんでもないよ。そうしておいて」

 

 よそ見をしていたキュゥべえは、ハッと我に返ったようにインキュベーターの方へを視線を戻し、頷く。インキュベーターもそれに頷いた。

 

「分かったよ。それじゃあ」

「それじゃあ」

 

 別れの挨拶を交わし、インキュベーターが暗がりへと戻って行く。恐らく彼は、これから自身の担当する魔法少女の元へ行き、フリーとなった土地がある事を告げるのだろう。

 魔法少女は基本一人で、多くても二人で行動する。ソウルジェムとグリーフシードの関係性の真実を知らなくとも、数があれば魔力を無駄遣いできるのは変わらない。だからどうしても複数人が同じ土地にいると取り合いになって争いが起こってしまう。取り分も狩場も大きな方が良い。だけど今の土地を離れている間に他の魔法少女に荒されるかもしれない。だからこそ魔法少女は基本一人だし、滅多な事では別の土地に足を延ばしたりはしないものなのだ。

 キュゥべえは、もう一度先程と同じ方に顔を向けた後、それとは逆方向へと歩き出した。宇宙の寿命を延ばすために。




アニメ放映が終わって、ずっと書きたいなーって思っていたんですが、他の長編を書いている最中だった事と、ネタがまとまらずに中々書けなかったまどマギSSです。
長編の終わりが見えたのと、書きたい病がピークを迎えたので書き始めました。
やったねハーメルン! ハメ初出SSが増えたよ!
暫くはあっちもこっちも書くので更新は不定期になります。
次話まではそんなにかからないと思いますが。
まだあらすじ部分まで行けてないし。

短編を晒した時に、一文ずつ改行せずにある程度まとまった所で改行した方が良いとアドバイスを受けましたので、今回はその方法を試しています。
たくさん文字打ってもスクロールバーが仕事しない! 不思議!!
見やすいとか見にくいとか、その他アドバイスも大歓迎ですので、これから完結までよろしくお願いします。

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