潮騒が響く。騒々と、止まることなくいつまでも。
寄せては返し、白い砂浜を波が覆う。
見渡す限り
太陽の下、煌く白い浜辺と濡れるような深緑の木々だけが蒼以外の色彩を齎してくれる。
“彼”は、雪白の浜砂に出来た青い青い椰子の木陰に横たわっていた。目を閉じ、静かな寝息を立てて。
「…………お」
そして程なく、彼は目を覚ます。
むくりと身を起こし、両手で存分に伸びをする。昼寝をしていた大型犬が身体の凝りを解すように。
下半身の
も一つ大口開けて大欠伸をすれば眠気も少しばかり晴れていた。
「はぁー……よっっく寝たなぁ」
えらく実感の篭った呟きを零し、男はその身に纏った胴着と同じ色の空を見上げた。
男の黒目には途端に驚きの色が点る。
「下界じゃねぇか。いつの間に降りて来たんだ、オラ」
ぼさぼさの黒髪を片手でさらに掻き乱し、思案顔で男は首を傾げる。
「なあ、
突然男は何も無い虚空に向かって話しかけた。すぐそこにいる友人に世間話のネタを振る。そんな気安さ。
「どっひゃあ! 下界じゃそんなに経ってんのか。じゃあパンも悟空ももうあの世だなぁ。久々に顔見たかったけんど……ま、しょうがねぇか」
男は一人、驚いたり残念そうに眉を寄せたり大いに笑ったり、それは豊かに表情を変えた。傍から見ればそれはそれは大層不気味な様子だったろう。その口にする内容もまた同様に。
ひとしきり百面相を繰り返すと、男は暫時無言で周囲を眺めやる。足元の砂を靴で弄り、傍らの椰子の木に触れて感触を確かめる。目を凝らせば豊かな珊瑚礁やその合間を遊泳する熱帯魚まで見える澄んだ海。
「カメハウス思い出すなぁ」
気付けば、男の頭の中は思い出でいっぱいだ。誰かとの出会い、誰かとの闘い。そして、別れ。
親友と最後に組み手をしたのも、こんな白い砂浜の上だった。
「みんな元気にしてっかな、ははっ」
声色に抑えきれない懐かしさが滲む。男にとって、それは掛け替えのない思い出だった。
あの世で元気に、というのもなかなか可笑しな話だが。
「うん?」
その時、男がぴくりと反応する。
男の鋭敏な“感”が空間を奔るソレを捉えたのだ。「気」と呼ばれる、もっとも生命の原初に近しい力。
「…………」
その気は決して大きくはない。いや、彼と比べればこの世に存在するあらゆる気が小さなものになってしまうのだが。
男の尺度を当て嵌めればその矮小さはなんと取るに足らない。
けれど、どうしてか無視することができない。
「へへ」
男は砂を蹴る。その一蹴りが重力すらも蹴り払ったか。
ふわりと、男の身体は宙を舞う。無限に広がる蒼穹へと瞬く間に昇っていく。龍の如く、悠然と。