心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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18話 三つ巴の攻防~Distorted Triangle~③

 

 早朝のエレボニア帝国。バリアハート近郊の街道。

 その脇を時折走るレグラム支線の列車を、人目に付かない丘の上で、四人の男が神妙な面持ちで見ていた。

「来たな」

 男の一人が、望遠鏡で列車を見ている。その様子を、別の男が僅かな眠気をかみしめながら返した。

「やはり奴らだったか?」

「ああ。先方から来た連絡の通りだ。リベールからの三人組と、アーツ使いが一人。四人が確かに乗っていた。ここから先の進む先は、慎重に見極める必要があるがな」

 彼らは先日、帝都地下道でカイトを襲撃した男たちである。ブレードを持つ二人と、小型武器を持った二人。その二人ずつが固まり、野戦糧食を口に運んだり、簡易の地図を確認したりしている。

「あれはバリアハートで停車する鉄道だな。ケルディック方面の電車は、あと三十分はないはずだ。市内の同志に信号を送れ」

「了解。これより、信号を送る」

 彼らは、カイトたちが予想したとおり、遊撃士を討たんがために集まったいくつかの組織の集まりだった。彼らは遊撃士の存在を認識した瞬間から監視を行っていたのだ。

「ようやく多くの遊撃士が帝国から去ってくれたってとこなのに、どうして今更三か月前の事件を調べているんだかな」

 国外からの人間は時間を放置しておけば帰る可能性も高いのだが、帝国の現状を理解されて長期滞在されたり、下手に外部からの援助を出されても困る。だからこそ、組織は彼らを襲撃することを選んだ。

 元から帝国で活動していた遊撃士はある程度情報も集まっていて襲撃も定期的に行っていた。(トヴァルなどの例外を除き)監視もそれほど置く必要はなかったのだが、新たに国外から現れた三人組は、その目的が把握するまで監視を続けなければならなかった。

 そしてその行動パターンが読めてきてからは、本格的な襲撃を始めている。魔獣操作による戦力把握を経て帝都地下道でついに戦闘員による襲撃を行った。最も、それは諦めの悪いアーツ使いの乱入によって覆されたのだが。

「しかし、次に彼らを襲える場所はどこになるだろうな。バリアハート地下道か、街道か。それとも、また別の都市になるか」

 銃の男の声に、ナイフの男が返す。

「そうだな。彼らも警戒しているからレグラム領に入ったのだろうしな。しばらくは、監視の日々が続きそうだ」

 ナイフと銃の男二人は、カイトたちと戦っていた時の気迫はどこへやらと言った様子だ。

 その二人に、一人沈黙していたブレードの一人が毒を吐く。

「ふん。最初から奴らを始末できるなら、こんな面倒なことをしなくてもよかったのだがな」

 その言葉に、しかめ面を浮べるのは銃とナイフの二人だ。もう一人、信号を送ったブレードの男は素知らぬ顔で彼方を眺めている。

「何を言うかと思ったら……。そんなことをすれば、遊撃士協会を本気で敵に回してしまうだろう」

 ブレードの男が、やや失礼な物言いで噛みついてきた。

「そうなれば、事が大きくなる前に早々に我々が帝国から発てばいいだけの話だ。お前たちの幹部たちはともかく、練度のある俺たち猟兵が前面に出れば大したリスクも侵さずにことが成せるというのに」

 イラつくようなブレードの男は、まくし立てた後にバリアハートの都市を見た。その、ともすれば輪を乱すような振る舞いに、ナイフの男は返す。口論というより、悪態のようなものだ。

「今日はやけに機嫌が悪いじゃないか、『ジェスター猟兵団小隊長』殿」

「……貴様」

「ああ、今は自分の得物がないから大した実力も出ないんだったか?」

「おい、そろそろやめとけ二人とも」

 銃の男が待ったをかけた。

「どんな思惑があろうと、俺たちの『今の』目的は同一だ。帝国内の遊撃士を、生かさず殺さず追放させる……。その目的を果たせば、俺たちだけでなく『ジェスター』の資金調達も果たせる。そして、目先のガキんちょ遊撃士でなくあんたたちの最終目標である『カシウス・ブライト』討伐に近づく……違うか?」

 どちらの組織にも、それぞれ目的があった。そのために集まり、一つの行動を成している。

 ここでは、実力や隊長・幹部の立場に関係なくすべての人間の意志が共有されている。

 必要なのは、信頼だった。

「だからこそ、俺たちの利害は一致した。そして俺たちが『ジェスター』にだした依頼は、俺たちの補佐だ。それは守ってくれなければ困る。そうじゃないか?」

「……まあ、な」

 銃の男は、ナイフの男にも一言。

「お前もだ。協力関係を崩すのは得策ではないぞ」

「……へいへい、分かりましたよ」

 しばしの沈黙が流れる。

 リベールから来た遊撃士たち。彼らとの戦闘も一回、魔獣との戦いも含めれば二回も戦闘を経ている。遊撃士の意識も警戒態勢に入っているだろうから、どちらの立場にしてもここからの戦いが重要なのだ。内輪揉めをしている場合ではない。

 一刻も早く遊撃士への攻撃を仕掛けるために、自分たちの他部隊への情報中継という役割は重要なものだった。

 と、そこで。

「お、おい。市内の仲間から連絡が入ったぞっ」

 今まで黙り続けていた、もう一人のブレードの男が焦った声を上げた。

「お、連絡が入ったか。そらそろケルディック行き列車が発つ頃だが……どうした?」

 今頃、自分たちの連絡を受けた他の連中が遊撃士たちを監視しているはずだ。仲間との連絡にしては、少しばかり早い気もしたのだが。

「そ、それがケルディック行きに奴らが乗ったらしいんだが……」

 ブレードの男の狼狽ぶりを考えるに、何かあったのは確からしい。

 ブレードの男は、こう言った。

「列車に乗ったのは、ガキと娘の二人。武術家とアーツ使いは、バリアハート市内で姿をくらましたらしい」

 

 

――――

 

 ――十二時三十分。

「はあ、何だか久しぶりですね。ケルディック」

「そうだね。初めて訪れる外国だと、やっぱり密度が濃すぎてどこもかしこもずいぶん昔に感じちゃうよ」

 ケルディックに到着したカイトとアネラスは、一先ず盛大な欠伸をかみしめた。

 眺めた田舎の村の大市は、平和そのものだ。だがその、カイトからすれば呑気だと考えてしまう光景とは裏腹に、遊撃士の作戦は既に決行されている。何の警戒もなしにケルディックを散策しているのも、わずかばかりの理由があった。

 カイトは改めて、密度の濃い帝国での日々を思い返す。最初は少しのいらつきを共にしていたのに、そんな感情は今となっては幾つかの原因により殆ど消えかけている。

 その原因の一つには、冷や汗が垂れるほどの作戦へ参加することへの戸惑いがあった。

 結社の事件もない帝国では、その日常を噛み締めながら過去の事件調査にのみ没頭すると思っていたのに、気がついてみれば魔獣や猟兵の一団からの襲撃に警戒する日々である。

 アネラスと、仲のいい姉弟のように歩いて、それでも少し沈黙して考えた。

 今頃になって思い出すのは、カイトやアネラス、ジンを帝国へ導いたカシウスの言葉だ。

『他にもいろいろ理由はあるが、話すと面倒なんでな。なぜ自分なのか……それは自分自身で考えてみろ。元先輩遊撃士からの宿題ってやつだ』

『帰ったら、教えてください。オレが行く本当の意味を。そうじゃなきゃ、やってられない』

『わかった。必ず、その質問に答えよう』

 今となってようやくカシウスの依頼は、ただ三か月前の事件だけに焦点があてられたものではないと考える。

 あの問いに、カシウスはどう答えるのだろうか。そしてそれを受けた自分は、どんな想いを抱くのだろうか。

 今はまだ、分からない。剣聖の言葉にはカイトの心を揺さぶる力があった。けれど帝国に着く前の自分と違って、その言葉に感情を出すほど揺さぶられることはないと考える。

 カシウスの言葉を受け止めて、そして彼に悪態をつく。その程度の問答は、今なら少しだけできそうだった。

 何はともあれ、その言葉を受け取るには今日無事に生還しなければならない。勝利を手にしなければならない。

 そのために今、カイトとアネラスはケルディックにいるのだ。

「それじゃ、あと二時間ぐらいは旅行者を演じよっか!」

「はは、そうですね。よろしくお願いします、アネラスさん」

「なんなら、腕でも組んじゃう? 残念ながらお姫様じゃないけど」

「結構です」

 即答だった。からかいと言い返し、お決まりのような言い合いだ。

 そうして二人は、行動を始める。

 

 

――――

 

 

 ――十五時前。

 ケルディックに遊撃士の二人組が辿り着いたという報告は、他部隊からの連絡を受けて把握していた。

 ケルディック近郊、ルナリア自然公園を見渡すことができる高台には、幾人かの人間がいる。ブレードを手に持つ猟兵装備の屈強な男や、短剣にナイフやナックルダスター、銃など疎らな装備を持つ青年たち。帝都地下道で遊撃士を襲撃した者たちの多くが、この場に集まっていた。

 その中で最も堂々とした振る舞いをしているのは、二人の男。

「ふむ……少年、少女がルナリア自然公園へ入ったな」

 一人は、角ばった眼鏡に少々の無精髭を生やした長身の男。茶と灰色の学者のような服。片方の手には、無造作に笛が握られている。

「そうか。何か、遊撃士の依頼があったということか?」

 もう片方は、その場にいる誰よりも豪奢な鉄の鎧に身を包んで、背に大柄な斧槍を携えた隻眼の男だ。

 斧槍の男は、眼鏡の男の返答にさらに続けた。

「いや、それはないだろう。今更依頼など気にしていられる状況でもないだろうしな」

「その笛のおかげでな。さすがだよ、『G』殿」

「いや、そちらこそ。さすがかの剣聖相手に立ち回ったジェスターの副団長だ。『赤獅子』殿」

 G。そして赤獅子。その二人が、今回作戦を指揮する二つの組織のトップだった。

「しかし……今更になって危険な場所に入り込む意図が読めんな。しかもガキ二人だ」

 赤獅子が言った。武術家も、アーツ使いもいない。あそこにいるのは、剣聖と比べると見劣りも過ぎる正遊撃士と準遊撃士が二人だけだ。

 自分たち襲撃者の警戒を、しているなら楽観的、していないのなら阿呆といえる。どちらにしても、ましな印象ではないが。

 何か楽しいものを見つけたような、そんな含み笑いを浮かべながら、Gが言った。

「まあ、何か理由があるのだろうな。あるいは……我々に対して反撃の火蓋を切った、ということか」

 帝都地下道での戦いぶりを聞くに、何の対策もなしに死地に潜り込むような世間知らずでもなさそうだった。

 そうであれば、この状況は互いにある程度敵の考えを把握し、どちらが喉元に喰らいつくかの探りを入れているとも言える。

 敵の挑発に乗るも一手、乗らぬも一手だ。

「その挑発……乗るか? 赤獅子殿」

「ハハッ」

 赤獅子が一笑する。

「乗るに決まってるだろう、それが俺たち、猟兵の生き様だ」

 聞き届けたGは、笑い返した。手に持つ笛を掲げながら。

「私は森林へ行き、この笛を使う。威嚇と陽動に魔獣を仕向るから、その後そちらの部隊を当ててくれ。ただ何があるかもわからない。こちらの部隊は残して臨戦態勢を整えておく」

「了解」

「一応、念を押しておく。あくまで痛めつけるだけだ。先日の部下のように、不用意な真似をしないことを願うよ」

「分かってるさ、G殿。もう同じ轍は踏まないさ」

 釘を刺されたのは、先日の帝都地下道での遊撃士との戦いのことだった。赤獅子の部下は、彼らの目的とは反する行動を行っていた。それは復讐であり、本当の意味で遊撃士を狩るというものだった。

 ジェスター猟兵団にとって、遊撃士は確かに憎むべき存在だ。しかし今のジェスター猟兵団を動かしている依頼主はGたちであり、その方針は守らなければならないものだった、のだが。

 赤獅子の口角が、一気に上がる。

(誰が守るかよ、そんな口約束)

 今から自分と部下たち――つまるところ猟兵団は、四人の中で実力も下位と判断される二人の相手をするのだ。その間、Gの部下たちは周囲の警戒や、バリアハートで消えた二人の捜索などにもあたる算段。

 誰もいない状況であれば、咎められもしない。後々それが露呈したところで、復讐に身をやつしている自分たちには関係ない。

(手練れそうな武術家を相手できないのは残念だが、やっと遊撃士をこの手で狩れるわけだ)

 復讐心は赤獅子だけでなくその部下たちも同様だった。楽しみだと、赤獅子は口を歪めた。

 二人の指揮に従って、その場にいた多くの兵が動き始める。

 Gとその部下は森林周辺に。赤獅子とその部下は森林の中に。

 目指すは遊撃士の少年少女。目的は、遊撃士を狩るために。

 

 

――――

 

 

 森林を歩く、多くのブレードを携えた男たち。

「もうすぐガキどものいる場所に合流する。お前ら、気張れよ」

 先頭を歩く赤獅子が言った。

 遊撃士の少年たちとの合流に合わせて、Gが魔獣を呼び寄せる算段だ。

 計画自体にこれといった欠陥はない。あるとすれば遊撃士たちの反撃方法によるのだが、それは猟兵の勘に頼って冷静に返り討ちにするほかない。

「ほぅら……見えてきたぜ、ガキどもが」

 赤獅子の視線の先、数十の木々をかき分けた先に、少年と少女はいた。少女は剣の柄に手を当てて、少年は手甲を調整している。どう考えても、敵の襲撃を警戒している様子だった。

(こっちの意志は完全にお見通しってわけか。……いいねぇ、楽しませてくれよ)

 赤獅子が手を上げた。合図まで襲撃を待てというサインだ。

 男たちは、臨戦態勢をとって待つ。

 少年たちが、周囲を見渡し始めた。

 少年たちが、銃と剣を構え始めた。

 そして少年たちが、その身に紅色の波を纏わせる。

(魔法だと?)

 実物を見る機会は少ないのだが、オーバルアーツを知らないわけではない。少年たちが魔法を駆動させること自体は、おかしいことではない。おかしいと感じたのは、何故今魔法を駆動させたのかということだ。

 二人だけで森林に入る突飛な行動を逆の視点から考えてみれば、自分たち猟兵に対する警戒の表れともいえる。加えて魔獣が襲い掛かって来るであろう場所にあえて向かうということも、自分たちの混乱を煽っているのだろう。魔獣を凶暴化させるリスクに立ち向かうというのも、帝都地下道で見せた年若い少年の覇気と考えれば、納得がいかなくもない。

 しかし、どこにいるかもわからない自分たちに対して魔法を駆動させるというのは、どうにも納得しかねた。

(ま、そろそろGの笛の音が聴こえてくる頃だ。立ち向かう気概は大したものだが、抵抗もできずに終わるだろう。正攻法なら、実力も数も俺たちの方が上なんだからな)

 そう考えて、赤獅子は様子を見た。

 少年たちの駆動は、魔法を見慣れない猟兵たちにとってはやたらと長く感じた。

 そう。彼らにとっての正攻法であれば、ジェスター猟兵団は負けなかったのだ。

 不殺の戦闘を続けていたために、効率的、迅速的な標的の殺し方を鈍らせていなければ。

 その腕の鈍りと復讐に駆られていたジレンマが、彼らの判断力を乱していなければ。

 何より、敵と環境に合わせた遊撃士たちの魔法に、危機感を持っていたら。

 火の粉のような光の残滓を収束が、魔法の駆動を知らせてくる。

 残滓が吹き荒れると同時、大量の熱が一帯に出現した。

 猟兵たちに、一気に緊張が駆け巡った。少年の小さい、少女の華奢な体躯から想像した初歩的な魔法でも、警戒した威力の魔法でもなかった。

 出現した熱量は、一度少年たちと猟兵の間の位置に収束。一気に膨れ上がり破壊と炎を纏って周囲に散らばる。

 ボルカニックレイブ、そしてスパイラルフレア。火属性高位と中位、ともに高威力と広範囲を誇る火炎魔法である。

 緊張した理由はそれだけではない。

(あのガキども、こんな森の中でなんて悪手を打ちやがるんだっ!)

 ここはルナリア自然公園内部。しかも州の境目のヴェスティア大森林に近い。こんな場所で大火を放てばあっという間に燃え広がることくらい、日曜学校の子供だって分かる。

 しまったと、赤獅子は毒づいた。さすがの軍も、この状況を目にすれば行動しない分けにはいくまい。軍人に強制的に自分たちを捕らえさせる、それが狙いなのか。

 逃げの手が選択肢となった時、炭となった木片が跳ねる音を遮って木霊する。

「おい、逃げるしか能のないエセ傭兵団!!」

 少年の声だ。

「自分が猟兵だってんなら、とっとと俺たちを捕まえてみろよ!」

 その言葉を猟兵たちは、呆気にとられて受け止める。

 明らかにこちらを呼び寄せるための挑発行為だ。行く義理は全くない。

 赤獅子の一瞬の逡巡。

 利益と不利益、契約と信念。その天秤が一方に傾く。

「上等じゃないか」

 どのみちこれでは、先に済ませるはずだった魔獣呼びによる蹂躙もできないだろう。ならば作戦変更だ。

「作戦変更! どんな手を使ってでも奴らを『狩れ』!」

 二重に裏を書く。自分たちの命に手をかけまいと思って調子に乗った奴らを、逆に死に追い詰めてやる。

 男たちの怒号が、草木を強く震わせた。

 

 

――――

 

 

 エセ傭兵団。それはカイトがジンやトヴァルと相談して決めた、ジェスター猟兵団に対する最大の暴言だった。

 猟兵団とはすなわち、ミラを対価に与えられた依頼をこなす高位の傭兵団だ。遊撃士とは反対に裏の仕事を任されることが多く、巨大な団ほど犯罪性の高い任務につくことも多くなる(真っ当な理由の任務もないわけではないが)。

 危険な任務をこなすということは、彼ら猟兵の自分の立場に対する矜持らしい。

 だから、その矜持を叩き折る言葉を選んだ。裏社会を渡り歩いた『猟兵』という称号を破ってやって、今の人を殺さないというちんけな仕事がお似合いの『ただの傭兵』という言葉を浴びせてやった。

 挑発だけをしたところで、可能性は低かった。 けど思う所があったのか、敵は挑発に乗ってきた。

「さて、と。ここからが本番だね」

 アネラスが、太刀を抜刀しながら言った。隣を見れば、敵を罵倒したばかりの少年が慌てて得物を手に持っているところだ。ある意味クーデター事件よりも危険なこの作戦には、少年も完全に平静ではいられないということだろう。

「はいっ。まさか、本当に挑発に乗ってくれるとは思わなかったですけどっ」

 カイトが返す。

 乗らなかった場合、こちらから猟兵たちに近づ必要があった。逃げ足には自信があるが、自ら危険に飛び込む勇気は持っていない。

「それじゃ、そろそろ行こっか」

 作戦の第一段階。それは、相手がこちらを襲撃する時のセオリーを崩すこと。

 次は第二段階。

「アネラスさん、女神の加護を!」

「カイト君もね!」

 カイトはアネラスから離れて行った。ここからは離れての行動。両者の役割も違う。

 木々の向こうに消える後輩を見届けてから、アネラスは背後の殺気の主を一瞥する。

 冷静な集団という印象ったが、帝都地下道の時とは迫力が違う。猛進してくるのはこちらとしても歓迎するが、油断は絶対に許されない。正に獲物を狩り、猟する兵だ。

 一際存在感を発揮しているのは、先頭を走る大柄な体躯の男。他の猟兵と違って、複数人を一手に相手取れそうではなかった。

(前のリーダーっぽい人は強そうだなあ。カイト君にな荷が重い、かな)

 今、彼にカイトを狙われたら困る。その未来を阻むべく、アネラスは速度を落として後ろを向いた。

「こっちだよ! 傭兵団!」

 敵との距離が近づいた。刹那、正面にいた大男が背に携えられた斧槍を構えて跳んだ。

 アネラスは冷静に見極める。大上段からの降り下ろしを半身だけずらして避ける。

 切り返し。隙だらけの体に太刀を浴びせようとして、それは続けざまやって来た猟兵たちのブレードに防がれた。

 森林に似合わぬ衝撃と金属音が響く。アネラスは数度の打ち合いの末後退して、距離を整えた。

「ジェスター猟兵団だね? 今度は、帝都のようにやられはしないよ」

「はは、いい姿勢じゃないか。こっちも、本気で狩ってやるよ」

 お互い一目見て、大枠ながらも力量を把握した。両者がほんの少しだけいがみ合い、そして得物を握る手に力をこめる

「なら、尋常に勝負……」

「するかよ、小娘がっ!」

 が、アネラスが言い切る前にリーダー格らしき男が踵を返す。

 これには少女が驚いた。男が向いた先は、言わずもがなカイトの方向。

「お前らに何か策があることなんざ了承済みだ。好きにさせるわけがないだろうが!」

 敵の誘いに乗ったからといって、その全てに引っ掛かってやるつもりなどない。そんな意志が込められた怒気。

「俺はチビガキを追う。お前らは、その小娘を討て!」

 おう! と猟兵たちの斉唱。その陣を潜り抜けようと試みるアネラスだが、多勢に無勢では回り込まれてしまうだけだった。

「……カイト君」

「仲間を心配してる余裕、あるのか? この間、ぼろ雑巾になるまで切り裂かれた娘が」

 特に意識をしなかったその他大勢の男たちどが、その一人が言った言葉にアネラスは気づく。

「へぇ……あの時の人たちだったんだ。偶然だね」

 形の見えない敵だったから、同じ相手に巡り会えるとは思わなかった。

 しかし、これはこれでアネラスにとって好都合だった。

「本気なのは変わらないけど……でもあの時と同じじゃないよ」

 リーダー格を足止めできなかったのは失敗だが、それでも泣き言を言う暇はない。未来ある後輩を信じて、自分は自分のできることをしなければ。

「さあ、リベンジだよ!」

 八葉の剣士、猟兵との再戦。

 

 

――――

 

 

 自分に向けられた怒気が弱まったのは、ほんの十秒にも満たなかった。

 木々を掻き分けて進むカイトは、孤児院放火事件から今までの戦闘がどれ程回りに助けられていたのかを再認識した。

「くそっ、速い」

 自分が挑発を行ってから、すぐに姿を現した大男。彼と数人の猟兵たちが自分一人を追い始めてから、両者の距離はみるみる縮まっていった。

「お前のようなガキ、この赤獅子が捕らえ損ねるとでも思ったか!?」

「それが、アンタの二つ名か!?」

「そうだ。冥土の土産に覚えとておくんだな」

 赤獅子と名乗った男は、叫び声を上げても速度に変化がない。簡単に女神元へなんて逝けるか、と思いながら、少年は心の中で悪態をついた。

 エルベ離宮やグランセル城の奪還作戦など、今まで参加した作戦の数々。それがどれだけ綿密に組まれ、自分の力量に配慮されたものであったのかを思い知る。思い通りに進まないことが、これほど冷静さをかきみだすとは思わなかった。

 いや、作戦に支障が出てもそれを補ってくれる人はいた。ジンの総合的実力、エステルの精神的な頼もしさ、オリビエの的確な指示。自分が実力を出しきれたのは、彼らの助けがあってこそのものだった。

 けれど、本作戦の()()()が来るまでは、自分一人であらゆる可能性に立ち向かわなくてはならないのだ。

 そもそも、赤獅子のような見るからの手練れがいるとは思わなかったのだが。

「とにかく逃げろ……!」

 アネラスと別れてすぐにクロックアップやクレストの魔法を使っておいてよかった。木々の鬱陶しさと敵から逃げる恐怖が混じっては、アーツ駆動などできるわけがない。

 後方の赤獅子が吠える。

「俺たちを呼び寄せての奇襲は天晴れだった。あの火の魔法は『魔獣呼び』を警戒した結果だろう」

 その通りだった。火を放つことによる魔獣避けと、大事を起こすことによる事件の表象化。それが、火炎魔法を放った目的。

 魔獣の脅威と隠密さ、そのセオリーを崩すこと。

「よく分かったな、正解だからって捕まってやんねぇぞ!」

「バカが、報酬は自分の手で掴みとるのが猟兵の流儀だ」

 なおもカイトは逃げ回る。クレストで固くなった体に無茶な動きをさせて、縦横無尽に木々の間を駆け巡る。

 逃げること。それが今の自分の役目。

 そう意気込む。あと少しだけ、逃げ切って見せる。

「そしてその報酬は、もう目の前だ」

 だが、勝利を確信するその前に、赤獅子の口調が変化した。

「残念だがお前らは、ガキ二人でミスを犯した」

「なっ」

 赤獅子は一つ、腰のポーチからそれを抜き取る。

 カイトもそれは一目見て分かった。光と音だけならまだいいが、もし最悪の結果であれば、敵が遊撃士たちに今まで行うことのなかった最悪の一手。

その、黒く光る球をすぐさま投擲してくる。

「俺たちがお前を殺すことはないなんて、何時そう断言したかよ!?」

 カイトの周囲にちらばる、黒い手榴弾。魔獣にも、クーデターの特務兵にも、そして執行者でさえされることのなかった、正真正銘の戦場における戦いの道具。

少年を、破壊の質量が包み込んだ。

 

 

――――

 

 

 何かをしてくるとは思っていた。わざわざ挑発するような動きや人選。武術家たちがいなくとも、弱くはない少年少女。追い詰められた窮鼠のように、こちらの喉元を狙ってくるのだとは思っていた。

 だがそれが、大火事を生むような奇想天外なものだったとは。

「これは、さすがに驚かされたな……」

 仮にも民間人を支える籠手が森林に火を放つなど、普通考えられない。こちらが伸張に事を運んできたように、あちらも堪忍袋の尾が切れたというところだろう。

「同志G! これでは魔獣が……」

 同志たちが狼狽していて、その心配はもっともだった。確かにこれだけの大事にされた以上、迂闊に魔獣呼びを行うことはできない。事実上、人間対人間の戦いに引き込まされたのだ。

 てっきり武術家たちと別れたことで動揺をさせる魂胆なのかと思ったが、どうやらそれだけではないらしい。

「確かに、魔獣が使えなくなったことは痛手だな。ジェスターの実力を卑下するわけではないが……」

 これでは、遊撃士たちを痛めつけることができても帝国の社会に自分たちの存在を知らしめてしまう。

 敵の挑発に乗らなければ戦いに負け、乗れば使命に敗れる。どちらも部が悪い、嫌な駆け引きだ。

 しばし、Gと呼ばれた眼鏡の男が黙考する。

「ここで遊撃士を葬れば、第三勢力の介入はなくなる。多少の無理をしてでも、後のことを考えるべきか……」

 今の安寧か、後の成功か。選ぶべきはどちらか。

 答えが迷宮入りになりそうなところで、第三の選択肢が現れた。

「隠密性も、作戦成功もどちらもとる。それが、我々の最善の選択だな」

 Gは驚いた。そのくぐもった声の主がこの場に現れることなど本気にしていなかったから。

 背後にいるはずの彼に、驚きと少しの悪態を乗せて返答する。

「C、君が来るとは……それほど彼らを買っているということか」

「決定的なのは、他の同志からの連絡だったがな。それでも、確かに期待はしていた」

 必要であれば自ら出向き、そして問いかけると言っていたのだ。

 ナイフや導力銃を手にする他の同志も、彼の出現に少なからず驚いているようだった。声の主――Cはその場の全員を宥めてから、一声かけた。

「同志たちほどの大人数でなく、かつ同等の戦力を持って遊撃士に立ち向かう。それが、現実的だろう」

「それはそうだが……」

「そのために、彼にも来てもらったのだからな」

 そこで初めてGが振り向く。いるのは黒のマントを纏った仮面の男。

 もう一人いた。並の同志とは異色の存在感を放つ、筋骨隆々の大柄な男が。

 Gが言った。

「なるほど……リベールから来た彼らとの、最後の戦いといったところか」

 Cが返した。

「そうだ。今こそ総力を持って、雌雄を決する時だ。彼らへは、今一度挨拶もしておきたいところだからな」

「わかった。君の意見に賛成しよう」

 Gは、踵を返す。そして控える多くの同志たちに、言葉を放った。

「今から、我々が突入する! 同志たちは、戦況を伺いつつ目立たぬように、鎮火、撤収に急げ!」

 太陽が陰り始める中、乱れぬ斉唱が響き渡った。

 

 

――――

 

 

 手榴弾(グレネード)の爆風がカイトの軽い体を外へ外へと押し出す。閃光(スタン)でも煙幕(スモーク)でもない、正真正銘破壊のための爆薬だ。

「……くそっ」

 吹き飛ばされた少年は、一本の大樹に背中から衝突した。一瞬肺から空気が押し出されて、情けない嗚咽が漏れる。防護魔法(クレスト)のお陰で痛みに呻くことはなかったが、それでも一瞬動きを邪魔された。

 敵も爆風を浴びないように動いたためか、すぐに突っ込んでくることはなかった。

 それでも確かなダメージを、カイトは受けた。その動きが、少しばかり鈍くなる。

「今のは効いただろう」

 あっという間に、周囲を囲まれてしまった。赤獅子はニヤリと笑って、こちらの気を煽ってくる。

「確かに、ちょっとは効いた、かな」

 強がって、そう言ってみせる。命に別状はないが、戦闘においては厄介な痛みだ。

 少しばかり当てが外れた。自分たちやトヴァルへの襲撃を見るに、命を奪うような事はしてこないだろうと考えていた。だから手榴弾を使ってくるなど、まったくの予想外だった。

「帝都地下でも聞いたけど」

「なに?」

「アンタたちはなんで遊撃士を狙うんだ」

 唐突に、それを聞いてみた。

 赤獅子は訝しげにこちらを見たが、すぐに表情を余裕の笑みに変える。

「はは、答えてやる。……といっても、お前たちも気付いてはいるだろうがな」

「復讐、か」

「ご名答」

 赤獅子が、背に携えた斧槍を持ち、構えた。

「予想外の痛手を貰っちまった遊撃士に……さらにはカシウス・ブライトに、死という名のお返しを。それが、俺たちジェスター猟兵団残党の目的だ」

 最終目標まで聞けるとは思わなかった。だがそれも、納得はできる。カシウスこそが、ジェスターを壊滅させた最大の功労者なのだから。

「たから、カシウスさんを刺激するために、遊撃士を襲っていたのか」

「それは微妙に違うな」

「え?」

 赤獅子が左の手を上げた。周囲の猟兵たちが、一歩カイトに近づく。

「本当ならすぐにでもリベールに向かいたかったが、これでも猟兵団だからな。引き受けた依頼は、達成しなければならない」

「つまり、それがオレたちを()()()()襲うこと?」

「またまたご名答。中々頭がきれるものだな」

「そりゃ、どーも」

「殺さずに襲う。その理由までは教えられん。依頼主の私情に関わるのでな」

「……ケチ」

「だからまあ、そんな誓いがこんな大事を起こしてしまったわけだ」

 赤獅子は首を捻って、わずかな赤みと熱気を漏らす火の群れを見やった。

 いつの間にか、最初にカイトたちが火炎魔法を放った場所の近くまで来ていたのだ。火は順調に燃え広がり、少しずつその規模を拡大させている。

「さっさと殺し合いにしとけば、お前たちも火を放つなんて姑息な真似をすることもなかったのにな。中途半端な戦いが落とし所を見失う、その典型例だ」

「……」

「どうした? 俺たちが撤退するまでの時間稼ぎに、まだ言葉を続けるか?」

「そうと分かっているのに、随分と余裕なんだな。ついにオレを殺すつもりだからか?」

「そうだ」

 また一歩、猟兵たちが前ヘ出る。そろそろ、どうにも逃げようのない距離感になってきた。

「遊撃士への恨みは変わらない。お前たちが依頼主を遠ざけてくれたこの隙に、気兼ねなく殺せるってもんだ」

「……そうか」

「当てが外れたな。この火事で俺たちが撤退する、という狙いは。俺たちの勝ちだ」

 赤獅子本人が、一歩前へ。

 潮時だった。もう、時間稼ぎの言葉も出尽くした。

 だからカイトは諦めて、

「ははは」

 と、不適に笑ってみせた。

「……そんなに殺されたいのか――」

「いや、オレたちの勝ちだよ」

 唐突に。赤獅子の言葉をカイトが遮る。

「『俺らがお前を殺すことはないなんて、何時そう断言したかよ』。その言葉、そっくりそのまま返してやる」

「なに?」

「火事を起こした狙いがお前たちの撤退なんて、いつオレが断言したんだ?」

 動きを止められたカイトにとって、一つだけ幸運なことがあった。それは逃げ回った果てに来たこの場所が、最初に火炎魔法を放った場所の近くにだったということだ。

 だから、カイトは一度足での逃走を切り上げて、戦う前の状態を装って聞いたのだ。

 時間を稼ぐという予想は正解。けれど赤獅子は、その理由を見誤った。

「オレの、いやオレたちの本当の狙いは――」

 何かを察した赤獅子が、上げていた腕を振り下ろす。それを合図に猟兵たちがカイトへと襲いかかる。

 だが、時間稼ぎは間に合った。撤退を促すのではなく、作戦遂行のための時間稼ぎは。

「お前たちをオレたちの土俵に引きずり込んで、勝つことだ!」

 唐突に、カイトの頭上から閃光が降り注いだ。回転しながら雷撃を撒き散らして、今まさにカイト襲いかからんとしていた猟兵たちに無視できない一打を与える。赤獅子さえも、得物を使っての護りに徹しさせた。

 その熊のような人物は、続けて赤獅子に拳を浴びせる。東方より伝わる洗練された体術が、ついに赤獅子を押し返した。

「よく耐えてれたな、カイト」

「ジンさんも。来てくれて助かりました」

 不動の遊撃士が、強者の覇気を持って現れた。

 

 

 










カイトの戦術オーブメントデータ

中心回路:機功
ライン1:累加、攻撃1、防御3、EP3、体力2
ライン2:グランシュトローム
※累加の属性値:(火2、時2、空2、幻5)
※合計属性値(ライン1):地3、水5、火8、風0、時7、空5、幻10
地攻撃:ストーンハンマー、ペドロブレス、ストーンインパクト
水攻撃:アクアブリード、ブルーインパクト、グランシュトローム
火攻撃:ファイアボルト、フレアアロー、ナバームブレス、ボルカニックレイブ
時攻撃:ソウルブラー、ヘルゲート、シャドウスピア
空攻撃:ダークマター
補助魔法:アースガード、クレスト、クロックアップ、アンチセプト、ファントムペイン、カオスブランド
回復魔法:ティア、キュリア、ティアラ、セラス、


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