心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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18話 三つ巴の攻防~Distorted Triangle~②

 

 

「ふむ……トヴァル殿に続き、ジン殿たちも過去の火の粉を受けているとは、本筋の調査も進まぬだろう。心中を察するばかりだ」

「いえ、調査自体は不格好ながらも進んでいる。子爵閣下のような御人の言葉を頂くだけでも、反撃の意志も養われましょう」

 アルゼイド子爵邸の執務室。自己紹介を終えたカイトたち三人は、ジンを代表として自分たちの情報を明かしていた。

 三ヶ月前の事件の調査のため帝国入りしたこと。慣れない外国での日々に苦心しているうち、謎の集団や魔獣に襲われたこと。窮地をトヴァルに救われ、彼に誘われてレグラムまでやって来たこと。

 武の者としての気と大洋のごとき穏やかさ。その双方を兼ね備えたヴィクター・S・アルゼイドもまた、今回の事件に関する数少ない協力者の一人だった。

「と言っても、私にできるのは安息の場を提供する程度のものでしかないがな」

 ヴィクターはそう一人ごちた。

 アルゼイド流師範兼レグラム領主という立場から、他の都市のように協会支部閉鎖をせず、そして謎の勢力が侵入しないよう目を光らせてくれている。

 しかし彼にせよ、何かしらの気苦労はしているらしい。

「元々、立場も弱い子爵の身だ。クロイツェン州の領主であるアルバレア公爵を初めとした大貴族、そして帝都の政治家など、いくら危機感を示したところで聞く耳も持ってはくれぬだろう」

 帝国における貴族の爵位というものは、五つある。公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵だ。その中で下から二つ目の序列を持つ子爵は、確かにそれだけを見ればずいぶんと下の者のように思える。

「しかし、閣下は正規軍への武術指南も行っているのでしょう。その状況下で閣下の筋を通せないのは、やはり遊撃士への悪意だと感じますよ」

 トヴァルは言った。

 確かにヴィクター自身を戦力として数えられないのは痛くもある。だが今のレグラムは、遊撃士が休む宿でもあるのだ。その場を提供してくれるだけでもありがたかった。

「それに子爵閣下が手を貸してくれたら、それこそカシウスさん並の戦力になるからなあ。遊撃士が奴らを倒すっていう目的からちょいと外れますからな」

「彼のカシウス卿か。風の噂では軍属に帰したとも聞く。やはり、多くの情勢が此度の事件解決を阻んでいるのだろう」

「え、その……子爵閣下は、カシウスさんのことを知っているんですか?」

 久々にカイトが口を開いた。やや緊張が残る少年の言葉も気にせず、ヴィクターは返してくる。

「うむ、三ヶ月前の事件の折りにな。レグラムにも遊撃士協会が存在している故、都市防衛のために秘密裏に協力させてもらった。一度だけの面識ではあったが、リベールの守護神の異名は伊達ではないようだった」

 カイトたち三人は、思考を膨らませる。カシウスとヴィクター、この二人が揃えば大抵の組織は容易く潰すことができそうだ。加えてジンは、よくもまあそれほど上位でもない猟兵団がこの二人に喧嘩を吹っ掛けたものだと、尊敬すらしてしまいかける。

「それに、遊撃士という意味合いだけではない。音に聞く八葉を継ぎし剣聖であれば、尚更仕合ってみたいと感じていたからな」

「えっ!?」

 それを聞いて、今度はアネラスが拍子の抜けた声をあげた。

 ヴィクターはアネラスに顔を向けて、不敵な笑みを浮かべてくる。

「そなたのことは、ユン老師から聞かされている。自ら指南した孫がいる、と。是非、その太刀筋を見させてほしいものだ」

「そんな、私なんて基礎に我流が混じってますから……ってええ!? おじいちゃんのことを知っているんですか!?」

 ユン・カーファイ。カイトは知らないが、その道の者にとっては知らぬ者はいないほどの有名人である。

 『剣仙』の異名を持つ八葉一刀流の開祖であり、自由気儘に大陸を渡り歩く放蕩人。それでいてカシウスや目の前のヴィクターに匹敵する実力というのだから、人間年老いてもどうにかなるものなのだろうか。

 ちなみにその説明をカイトが受けた際に、目立たないよう控えている老執事の片眉がピクリと上がったのだが、それはヴィクターしか気づかなかった。

 ともかく把握しておきたいのは、その剣仙の孫がアネラスだということだ。アネラスの驚き混じりの問いに、ヴィクターは懐かしむように答える。

「うむ、何度か仕合った間柄であるからな。最近までユミルという、ルーレの北方に位置する温泉郷にいたらしい。壮健だと聞いている。」

 その近況報告を聞き届けて、アネラスは倒れないまでもがっくりと膝を落とした。

「そんな……今からルーレに戻るなんてできないよ……」

 カイトは思い出した。アネラスが帝国行きを決めた一番の理由は、カシウスの『お前の祖父が帝国にいる』発言だったはずだ。アネラスにどのような思惑があったのかはわからないが、彼女にとっては祖父に会うことが目的の一つだったらしい。

 しばらく黙っていたジンが、朗らかに笑った。

「ははは、カシウスの旦那に一杯食わされたみたいだな。代わりにはならんが、リベールに帰る前に甘いものでも奢ってやるよ」

「ふぇ~ん、ジンさ~ん……」

「まあ、ユミルにはユン老師も度々通われているらしい。期をみて、養生にでも訪れるがいいだろう」

 この場唯一の女性の落ち込みに、むしろ一同は気を緩めたようだった。

 むしろ気を緩めていないのは、少年一人だけ。

「んー、ユミル、ユミル……どこかで聞いたような……」

 幸いというべきか、少年は思い出さなかった。当の温泉郷の名をカイトの耳に届けたのは、ルーアンの地で悦に入っていた漂泊の詩人であるということを。

「何はともあれ、八葉という存在は『支える籠手』と浅くない縁があるようだ」

 脱線しかけた空気を、ヴィクターが戻してくる。

「私自身、遊撃士という存在は必要なものであると考えている。三ヶ月前の事件も、あくまで首謀者は猟兵団であるのだからな。……トヴァル殿」

「はい」

「レグラムは遊撃士協会支部の撤退を要請しない。これまで通り領主や民との協議の基、健やかな関係を築いてゆきたいと考えている。……同じ『民』を守り導く者として」

 トヴァルが、出会って初めて大きく息を吐いた。帝国における遊撃士の足場の再建、それは例え友好的な人とであっても緊張を隠せないものだった。

「感謝しますっ……子爵閣下」

 そしてその喜びは、カイトたち三人も同じだ。帝国遊撃士の現状を少なからず感じてきた者として。

「そして最近の襲撃においても、拠点としてレグラム支部を利用すると良いだろう。残念ながら領地外での作戦には参加できぬが、都市防衛は任されよ。反撃の牙を研ぐため、今は目的を忘れ休むが良い」

 頼もしい言葉だ。遊撃士たちにまだ残っていたわずかな張りつめた空気が、たちまち緩んでいくのを感じる。

 トヴァルを除いた三人が、順々に感謝を告げる。

「感謝します、子爵閣下。レグラムに滞在の間、是非ともその恩を返させていただきましょう」

「それに私の祖父のことも、教えてくださり、ありがとうございます」

「精一杯、頑張ります!」

 相変わらず、質実剛健が息づく帝国には似合わない礼だ。

 ヴィクターは微笑ましくその様子を見つめると、顎に手を当て思案顔を作った。

「ふむ、そういうことであれば……そなたらには修練場で、その恩を返してもらいたいな」

 その目線は、ジンとアネラスに向かっている。疑問符を浮かべる二人に対し、武を携えたアルゼイド子爵は含みある笑顔を浮かべた。

「八葉一刀流と泰斗流。どちらも東方に伝わる武の一門だ。門下生や私の娘には、是非その武の一端を経験させてほしい」

 あっと、トヴァルが両の手を打ち合わせる。

「なるほど。ラウラお嬢さんは今日、修練場にいらっしゃったんですね?」

「うむ。今はガヴェリの指南を受けているはずだ」

 どうやら身内の話らしい。置いてきぼりになりかけた三人に気づいて、トヴァルは慌てて説明を入れる。

「ラウラお嬢さんってのは、アルゼイド子爵閣下の一人娘さ。この前は領地運営の後学のために俺と子爵閣下の協議に参加していてな。確か、カイトと同年代だったか」

「オレと?」

「今は剣の道を志すべく、門下生とともに研鑽に励む日々だ。……父としては帝都の女学院にでも入学させたいのだがな」

 同年代、女学院という言葉にカイトが反応した。当の子爵閣下は、一人嘆息して首を振っている。

「しかし我が娘は仕官学院に入りたいときている。男手一つで育てた故か、浮いた話の一つもなくてな」

 やはりカイトが感じた通り、ヴィクターはカシウスに似ていた。

 風の噂では、カシウスはエステルの虫好き釣り好きスニーカー好きという逞しい趣味に対して真面目に悩んでいた時期があったようだし、ヴィクターの悩みも同種のものなのだろう。

 しかしまあ、カイトにしてみればエステルにはヨシュアがいるから問題ないと楽観視しているのだが。

「うーん、女の子なら相手がいればいくらでも化けると思うけどな……」

 身近な友人の近況とレグラム令嬢の今後を重ね、少年がポツリと呟いた。

 ちなみにその発言を唯一鼓膜に届けたヴィクター・S・アルゼイドの影響で一瞬だけレグラムの外気温が三度ほど下がり空に曇天が立ち込め、クラウスが冷や汗をかき、とある地方貴族の少年が遠い地で悪寒を走らせたのだが、それはまた別の話である。

「なら三人とも、さっそく修練場に顔をだすとしようぜ。最近はヒヤヒヤした戦闘の連続だったし、たまには気持ちのいい汗をかきたいだろう」

「うむ。是非そうしてくれ。私もしばらくはレグラムに落ち着くつもりだ。今夜にでも、改めて歓迎させてもらおう」

 近く食事を共にすることを約束し、一同は解散する。ヴィクターはそのまま執務室に残り、遊撃士四人とクラウスは修練場に向かうために屋敷を一度辞する。

「そなたらに、女神の加護があらんことを」

 遊撃士三人にとっての、ルーファス・アルバレアに続く貴族との邂逅。それはやはり、貴重な経験をもたらすものとなった。

 

 

――――

 

 

「うおっ……さっきはこんなに寒かったか?」

「確かに、もう冬ですもんね。でも、確かに夕方前とは言え、少し暗すぎるような気も……」

 子爵邸を辞してみると、外は何故か寒くなっていた。その理由を唯一知るクラウスは何も言わず寡黙に四人を案内している。

「それにしても、修練場か。遊撃士としてではなく武人として門を開くのは、泰斗流の道場以来だな」

「私は……剣術はお爺ちゃんに教わっただけだし、道場自体が初めてだなあ。女の子もいるっていうし、ちょっと楽しみもあるなあ」

 場所が場所だけに、そこにはすぐに辿り着いた。クラウスを先頭にして扉を開けると、外にいても聞こえていた声がより一層迫力を増して感じられる。

「ここがアルゼイド流修練場になります」

 修練場内部はとても広かった。一辺が十五アージュ程はある土俵と、その脇に立つ無数の巻き藁や鏡面がある。

 そこにいる人々もまた様々な修練に身をやつしていた。一人剣劇の型を練習している者もいれば、正面に向かい合って剣を構える二人組もいる。剣も大剣・長剣・双剣を持つ者もいる。それに斧や槍に始まり、カイトが見慣れない武器も見えた。

 男性だけでなく女性も何人かいるが、一際目を引くのは正面の土俵、中心に立つ二人のうちの一人だった。

「――セイッ!」

 少女だ。カイトと同い年か年下か。たった今気合の入った掛け声を放った青髪長髪の少女は、身の丈に近い両刃の大剣を長身の男性に向かって振るっている。

「ふむ……やりますなお嬢様っ」

 迎え撃つ相手が静かに言った。少女はカイトたちに背を向けているが、対面する青年は冷静に遊撃士たちを見ているらしい。

 アネラスと比べるとわずかに遅いが力強い剣筋。さすがに重剣のアガットまでとはいかないが、それでも大剣を振るえるのは、少年にとって衝撃に近い。あの体で、どれほどの力を生み出しているのか。

「お嬢様、一度休憩といたしましょう」

「うむ……うん?」

 少女が、やや遅れてこちらに気付いた。そして青年も、少女の次に大きな声を張る。

「爺か。おや……?」

「皆、一度集まれ! クラウス師範代が見えたぞっ!」

 あっという間に、先頭を歩くクラウスの元へ近づいてくる。その数は十人以上。並の遊撃士にも引けをとらない実力者もいるようで、カイトたちはその迫力に息を漏らした。

「爺、今日は家令を勤めているのではなかったのか?」

「その通りでございます、お嬢様。本日は案内役を勤めさせていただいた次第」

 トヴァルが一歩前に出る。

「よっ、ラウラお嬢さん。お邪魔するぜ」

「トヴァル殿か。……そうか、今日は遊撃士協会の協議に来たのですね。挨拶もできず、申し訳ない」

「いやいや。鍛練に励まれているようで、レグラム支部としても鼻が高いよ」

 若いながら修練場にいた者の代表に立ち、運動で頬を赤くさせながらも凛とした佇まいは崩さない。どうやら彼女が、ヴィクター・S・アルゼイドの一人娘……つまりは領主令嬢らしい。

「子爵閣下の計らいで、レグラム支部は残存することになった。何かと協力してもらっている門下生の人たちにはすぐに報告したかったから。というのがここへ来た理由の一つ」

 トヴァルの言葉に、口々に安堵の声を上げる門下生たち。武に精通しヴィクターに連なる者として、遊撃士とは良い関係を築いていたらしい。

 恐らく誰もレグラム支部が解体されるとは思っていなかっただろうが、それが確実となれば気が抜けるのも無理はない。

 青髪の少女は同じようにほっと息を吐いたが、すぐに不敵な笑みを浮かべて、カイトたち三人に視線を移す。

「なるほど。次の理由は、彼らというわけですね」

「ハハ、さすが子爵閣下の娘さんだ」

 トヴァルが笑って、一歩下がる。代わりに自分たちが前に出た。

「紹介しますよ。俺と同じ遊撃士だ。とある事件調査の、頼もしい協力者たちです」

 今日四度目となる自己紹介。手に持っていた大剣を撃ち合いをしていた青年に預けると、少女は姿勢を正して、可憐さを残す顔に勇ましさを備えて言ってきた。

「自己紹介が遅れ、申し訳ない。ラウラ・S・アルゼイド。アルゼイド家の息女に当たる者です」

 それに習って、三人も順々に名を明かした。

「カイト殿、アネラス殿、ジン殿か。レグラム領主の娘として、遊撃士の皆様に会えて、嬉しく思います」

 領主令嬢と言えばカイトはクローゼを想像したのだが、どちらかと言えば貴賓ある者の気高さが前に出るらしい。それこそ物語の中の女騎士のような堂々とした立ち振舞いだ。

(ああ、でも。姉さんもこういう堂々とした所を持っていたよなぁ。というか、あれは無鉄砲って言うべきか)

「ふむ……どうかされたか、カイト殿?」

「あ、いや、別に」

 ラウラとクローゼを比較して、思わず俗っぽい笑みが出ていたらしい。それを一度引っ込めて、少年は佇まいを整えた。

「ところで、アネラス殿は剣を得物とされているのですね」

「うん! 私は太刀を使っているよ」

「……ということは、噂に聞く東洋の流派ですか?」

「八葉一刀流、だね。我流が入っているけど、確かに連なる者ではあると思う」

 剣の話に入って、領主令嬢の声がわずかに高まった。

 そこにジンが入る。

「ちなみに俺は、泰斗流とよばれる武道の関係者だ。今日は挨拶がてら、是非お嬢さんや門下生たちに東方の武術を見せてほしいと言われてきたんだ」

「なるほど、そのような理由でしたか。ご厚意に感謝します」

 あっと言う間に、ジンとアネラスに視線が集まる。

 その様子を見ていたトヴァルは静かに笑って、その後に手を合わせた。

「なら、決まりだな。クラウスさん、彼らの案内を頼まれてもいいかい?」

「はい、どうかお任せあれ」

「そしたら俺は支部の雑用と依頼に戻る。ジンとアネラス、それにカイトは――」

「あの、トヴァルさん。オレもトヴァルさんの手伝いをしてもいいですか?」

 カイトがトヴァルを遮る。その様子にラウラと門下生たち、そしてトヴァルが狐につままれたような顔をした。

 一気に視線が集まったことに動揺しつつも、カイトは慌てて言葉を続ける。

「トヴァルさんに聞きたいことがあるんです。……それにほら、オレは特に流派とかを持っているわけじゃないですし……」

「ま、俺は構わないが。ジンさん、どうだい?」

 ジンは、カイトの発言に驚かなかった者の一人だ。豪快に笑って、助け舟を出した。

「俺も構わないさ。後輩をよろしく頼むよ」

「……わかった。アネラスとジンさんは、後で合流しよう。それじゃラウラお嬢さんたち、またの機会に」

 カイトも会釈をして、トヴァルについていく。

 少年の行動にやや毒気を抜かれた門下生たちだが、その後のクラウスの一声でピシャリと気合いを入れ直した。カイトの心境をある程度予想している先輩二人は含み笑いを浮かべて、自分たちも武人としての雰囲気に没頭していく。

 数分後、さっそく修練場から掛け声が響き始める。その様子を確認したトヴァルとカイトは、レグラム支部へ歩を進めながら会話をしていた。

「はは、相変わらずの行動の早さだな。さて、俺たちも急ごうか。ちょっとした依頼もあるからな」

「はいっ」

 霧が佇む街レグラム。その協会支部の前に着いたところで、再びトヴァルが口を開く。

「何となくだが、ジンさんたちの含み笑いの意味がわかったぞ。お前さんが俺に聞きたいことも」

「あはは、流石ですね」

 扉を開くドアノブに手をかけて、カイトは言った。

「オレが聞きたいのは――」

 

 

――――

 

 

 両刃の大剣と細身の太刀が衝突。そのぶれるような金属音と衝撃の余波が、修練場にいる門下生たちの鼓膜を通り抜けた。

 衝撃に競り負けたのは大剣の持ち主。単純な質量であれば差は歴然だが、どうやら踏み込みが甘かったらしい。

 青髪の少女が三歩後退。そのふらついた両の足を、すぐさま接近してきた太刀の切っ先が狙う。

 やはり相手は手練れ。が、青髪の少女は諦めない。

 ふらついた膝をあえて折って片膝立ちに。重心は下方へと向かい、その加速エネルギーを加えて自らの大剣を地に叩きつけた。

 その一撃は狙いを定めていた太刀。太刀の持ち主である茶髪の少女は、一転して回避に移る。突進の勢いそのままに、青髪の少女の上を一回転で跳んだのだ。

 両者はすぐさま体勢を整えた。

「やるね、ラウラちゃん」

「アネラス殿こそ。掠りもしないとは、恐れ入ります」

 この二人、先程から何度も打ち合っては離れを繰り返している。ラウラは修行の最中であったし、アネラスも帝都地下道での戦闘の疲労が残っているはずだが。

 武の道に生きる者の性か、疲れはどこかへ置いてきたようだった。

 実力は当たり前ながら、実践経験の豊富なアネラスが上。しかし事技術においては互いの持ち味を存分に発揮できるほど拮抗していた。

 数十分ほど剣を交え、休憩交じりに剣の雑談をする。大剣を振るうには体幹に力を入れるだとか、太刀の切れ味を引き出すには引き絞る技術が必要だとか。それぞれの流派についてとか、そんな何でもない――年頃の少女たちには勇ましいような――ことを語り合っている。

「ところで、アネラス殿」

「うん?」

「カイト殿のことなのですが、彼も遊撃士の一人なのですね」

「そうだよ。あ、本人の前で年より幼そうって言わないほうがいいよー。気にしてるみたいだから」

「それはそれは」

 大抵の人間は、やはりカイトの見た目と年齢を誤解されるようだ。王都の繚乱でわずかな背丈と顔つきの変化を自覚した少年だが、哀なしいかな家族内でなければ通用していない。

 同じ年代でも威風堂々とした少女に子供っぽいなどと言われては、現在進行形で色々と悩んでるカイトの心を確実に砕くだろうという、アネラスの英断である。

「カイト君が、どうかしたのかな?」

「彼の武具は銃。とは言え、質の違う得物であれば私以外に門下生たちも刺激になると考えていたのですが……あまり研鑽に興味がないのでしょうか?」

「ああ……あはは、そういうことじゃないよ」

 アネラスはラウラを見た。金色の大きな瞳、意志の強さを備えたそれは騎士道精神にあふれていて、だからこそカイトが唐突にこの場を辞したことに疑問を持ったのだろう。

 アネラスはラウラに、カイトの二丁拳銃と体術を使った戦闘について教えていく。

「それだけ聞くと節操がないって感じがするけど、実際はそうする必要に迫られて自分の殻を破っていったみたい」

「ふむ、そうなのですか」

「この間は手練れの犯罪者を一人で拘束したぐらいだから、技術に反して、決して弱いわけではないんだ」

「ふふ、では惜しいですね。ますます一戦を交えたくなってしまった」

「あはは。残念だけど、今回はカイト君がもっと興味が湧くものがあったからね」

 頃合いを見計らって、門下生の青年が近づいてくる。

「お嬢様、アネラス殿! そろそろ後退のお時間となりますが、如何いたしましょう?」

「む、もうそんな時間か。ではガヴェリ、皆に指示を頼む」

 その言葉を受けて、ガヴェリと呼ばれた青年は声を大にして他の門下生に指示を与えていく。今度はジンがラウラと相対し、アネラスが先程までのジンのように他の門下生たちと仕合う運びだ。

「私たちも、そろそろ行こっか」

「はい。アネラス殿、良い経験となりました」

「こちらこそだよ」

 少女二人は立ち上がって、深呼吸。アネラスが、ガヴェリが来るまでの会話に戻した。

「カイト君にもあるんだ。私やラウラちゃんが剣に自分の強みを見いだしているように、無意識で追い求めている力が」

 本人は力を得るためにと思っているが、共に戦った誰もが気づいている。それこそラウラにとっての剣や、リベールではティータにとってのオーブメントのように、目を輝かせていることを。

「それは……?」

「うん、それは――」

 

 

――――

 

 

「オレが聞きたいのは、トヴァルさんが帝都地下道で見せた、類を見ない速さのアーツ駆動のことなんです」

 カイトが言った。それを、どれだけ整理しても変わらない書類の山を片付けるトヴァルは、納得の様子で聞き届ける。

「やっぱりか。お前さん、アーツ駆動が上手いんだろう? ジンさんやアネラスからのお墨付きだ」

 過去、ルーアン支部で受付の仕事を手伝っていたカイトは、やや遅れて書類整理を手伝い始める。

「いやあ……人並よりできるってぐらいだと思いますけど」

「謙遜なさんな。自分の実力を把握することは大事なことだぜ」

 トヴァルはカイトの手伝いに礼を言いつつ、時折その書類はこの棚に、など指示を飛ばす。

「そうそう、アーツの高速駆動についてだよな」

 そう呟いて、トヴァルは自分の戦術オーブメントを懐から取り出した。

「俺は、通常よりも早く駆動ができるように戦術オーブメントをちょいと弄ってんのさ。戦術オーブメントが何故魔法を発動できるのか、知ってるか?」

「それって、よく研修で教わる『クオーツを結晶回路のスロットにはめることで使えるようになる』ってことですか?」

 初めて第四世代型を手にした時も確認したものだ。

「いや、それは前提みたいなもんさ。正確に言えば、そうだな……」

 オーブメントのカバーを外し、内部機構がカイトにも見えるようにそれを置く。

「お前さん、『導力器官』って知ってるか?」

「導力器官、ですか?」

「ああ。日曜学校じゃ教育内容にはならないだろうし、医療関係者や技術者ぐらいしか知らないだろうがな」

 戦術オーブメントは、魔法を発動できる魔獣に存在し、人間や犬などの動物では退化して名残だけが残っていると言われる導力器官を模したものである、とトヴァルは言う。

「回路は導脈と呼ばれるものだったり、各スロットは導留節と呼ばれるものだったりな。俺は、その戦術オーブメントの駆動系を内部回路をいじることと、アクセサリーをつけることで、駆動時間を短縮しているんだ」

 カイトは興味深げにその話を聞いていた。ジャンと話した時も導力耐容能検査なるものが話題になったりもしたが、戦術オーブメントというものは多くの分野の技術や知識の結晶なのだ。

「それじゃ、これを使っているオレたちは、魔獣の体の造りを外側から模しているってことなんですか?」

「ああ、そういことだ。俺は昔から機械いじりが得意だったからやっていたんだ。知識は、医師免許を持っている同僚からの受け売りなんだけどな」

「医師免許を持っている遊撃士?」

「ああ。そいつはレミフェリア公国出身で、今はクロスベル自治州にいるはずだが」

 クロスベルと聞いて、僅かに少年の眉が持ち上がる。

(また、クロスベルか……)

 少年が沈黙して、青年はそれに合わせるように息を吐いた。

「その同僚は別にいいとして、最近はまた一人帝国から大剣使いが離れやがったからなあ」

「それってもしかして、ヴェンツェルって人ですか?」

「お、よく知ってるな」

 初めて帝国に来た日、バリアハート支部でマルクスが通信越しに喋っていた人間である。事件の内容や鉄血宰相の存在などと相まって、あの場所での会話はよく覚えていた。

「それ以外にも、色々優秀な奴がいたんだぜ? 最年少でA級遊撃士になった『紫電』とかな」

「二つ名持ちの人、ですか」

「ああ。帝国遊撃士ならトップクラスの知名度だろう。カイトももしまた帝国に来ることがあるなら、覚えておくといい」

「はい……」

 紫電、紫電と反芻してみる。不思議と鉄血宰相と同じくらい、鮮明に頭に響いた。命を刈り取るおどろおどろしい稲妻でなく、闇夜を切り裂く白く細い雷光が少年の頭に想起される。

「話を戻すが……カイト」

「はい?」

「これをやるよ」

 書類整理や考え事で手元を見ていた少年は、トヴァルの声にふと頭を上げた。

 青年が渡してきたものは、戦術オーブメントの導力を補給する『EPチャージ』と似た外観を持つ者だった。

「これは?」

「クイックキャリバーS。これをEPチャージと同じように戦術オーブメントにセットすると、駆動時間がおおよそ2/3まで短縮される」

「へー……てうえぇ!?」

 盛大に驚いた。

「そんな貴重なもの、何でオレに?」

「奴らへの……猟兵たちへの反撃のためさ。誰にとっても言えることだが、お前さんの長所も伸ばせれば、十分奴らを圧倒できるからな。そのための投資さ。

 お前さんは準遊撃士で先輩に管轄されている身だから、内部構造をいじることはお勧めしない。だから、今回は代わりにこれを使ってみるといい。いつか正遊撃士になって機会があれば、教えてやることもできるしな」

 渡されたそれを、まじまじと見て、次は憧憬の入った表情でトヴァルを見る。

「ありがとうございます! トヴァルさん、もっとオーブメントについて教えてもらえませんか!?」

 そうして、ジンとアネラスが帰ってくるまでの間、トヴァルとカイトは戦術オーブメントや導力について語り始めた。導力の概念や魔法発動の理論を始め、数か月前にロランス・ベルガーが見せた動きながら動作との並行駆動など、内容も様々だ。カイトにとっては発見の連続、トヴァルにとっては久々の仕事でない話題に気も紛れたらしい。

 やがて遊撃士四人が揃った頃には、夕餉の時間となっていた。

 

 

――――

 

 

 レグラムでの束の間の休息は穏やかに過ぎていく。

 久々、警戒を忘れる街中での散歩。やや緊張しつつ過ぎたアルゼイド子爵邸での夕餉。落とし物の捜索や日曜学校の手伝いなど、極めて平和を噛み締められる小さな依頼だった。

 レグラムは独立独歩のアルゼイド子爵が治める町。故に軍属の人間も少なく、正規軍・領邦軍が共にいないというのも、時に対立する遊撃士の緊張を会話させるのに一役買った。

 一方で、忘れてはならないものもある。ジェスター猟兵団と謎の組織の混成部隊への反撃だった。

 幾度と煮え湯を飲まされた彼らに対し、もう好きにさせはしないという意志をぶつける。それは特に帝国遊撃士であるトヴァルが闘志を燃やしていたが、ザクセン鉄鉱山や帝都地下道での襲撃を受けたリベール組もその決意は同じだった。

 具体的にそれを成し遂げるために作戦は不可欠だった。だが、相手は戦闘のプロである猟兵だ。A級遊撃士であるジンがいたとしても、地の利などを取らなければ多彩な戦術を糧にしてこちらが返り討ちにあってしまう。

 何より、あらゆる要素が不確定多数だった。敵の規模、実力者の数、そして魔獣を操る何者かの存在。対して、こちらの戦力はほぼ把握されていると考えていいほどに。

 唯一の幸いが、相手はこちらの命を取ろうと考えている可能性は低いということぐらいだろう。しかしそれでも、作戦の立案は困難を極める。

 それでも四人は、決意を固め協力した。トヴァルの帝国遊撃士としての情報力、ジンの実力者としての先見の明、そしてアネラスとカイトの若者としての奇抜な意見が重なって、作戦は色を帯びていく。

 そして、レグラムで三度目の夜。

「作戦は決まったな。」

 レグラム支部の中でジンが言って、残る三人を見渡した。個々の役目に応じたそれは行動がかかれている図面は、黒い線が細かく描かれている。

 ふぅ、とため息をついて、トヴァルが口を開く。

「カイトとアネラスが陽動を行い、俺とジンさんが撹乱された敵を叩く」

「魔獣については、敵に魔獣を操らせないための措置をとる。……カイト、できるな?」

 質問を投げかけたジンの眼を、カイトは強い意志をもって見つめ返した。

「……大丈夫です。やって見せます」

「私も、自分の役割を果たして見せます。久々に、遊撃士として以外にも剣士として、正々堂々とお仕置きをしたくなってきました」

 四人の中では若者の部類に入るアネラス。彼女は祖父の空気がちらつき、アルゼイド流との触れ合いを経た帝国で、剣士としての血が騒ぎだしたらしい。

「もちろん、作戦通りにならない可能性もある。それどころか、相手は猟兵だ。敵地で戦う以上相手を調子に乗らせることも考えられる」

 さながら総大将のジン。

「だからこそ、ここに描いた作戦は可能性に過ぎないことを考えていてくれ。絶対に起きることじゃない」

 不確定な情報しかない中で、敵の目的を阻止するために自らが戦いの火蓋を落とす。それは普段あらゆる情報網を駆使して敵を知り、情報を組み立てる遊撃士の作戦とはまったく異質のものだった。

 クーデター事件のように、少しずつ敵の牙城を崩すわけではない。ここ最近の執行者は戦闘力が未知数ではあったが、あくまで広い場所がある中での正面切っての戦闘に限られた。

「単純な戦闘ではなく、その前後のありとあらゆる行動が作戦の一部となる。それはある意味、俺もジンさん経験が少ない」

「総じて全員が、ありとあらゆる可能性を考えて、俯瞰して、その状況で最もいいと思える行動を起こすんだ。限りなく高難度のミッションだが……カシウスの旦那の期待に応えるためにも、やってやろうじゃないか」

 ジンが、強い声を支部内に張らした。

「作戦は明日、早朝だ。気張るとしようぜ!」

 

 

 

 

 







うん……新年以降に一度活動報告を書きましたが、随分とお久しぶりです……。
いやー、いろいろと遅くなりました。忙しさが辛くて(泣)

亀更新が続きますが、何はともあれ読んでいただけると幸いです!

細かい導力器官と戦術オーブメントの関係などは、忘れたころに登場していきます。
次回、レグラムでの休息を終えた四人。英気を養えて、遂に総力戦が開始する……!

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