心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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18話 三つ巴の攻防~Distorted Triangle~①

 帝国東部クロイツェン州……小都市トリスタより四百セルジュ西側の地点。バリアハート行き旅客列車内。

 冬に差し掛かろうとする、窓の向こうの正午頃の太陽を眺めつつ、少年は青年の声に耳を傾ける。

「――改めて自己紹介をするぜ。俺はトヴァル・ランドナー、帝国出身の遊撃士だ」

 ここ数日。各都市での調査を除けば同じ面子でいることが常だった三人にとって、四人目の人間は少々新鮮だ。

「ま、一応俺も挨拶ってとこだな。ジン・ヴァセック、今はリベールの仲間とともに動いているところだ」

「アネラス・エルフィードです。正遊撃士に昇格してまだ浅くて……でも、よろしくお願いします!」

「……朝は、本当に助かりました! オレは準遊撃士のカイト・レグメントといいます」

 その四人目の青年であるトヴァルは、三人の紹介に順に耳を傾ける。

「ジンさんに、アネラスに、カイトだな。よろしく頼む」

 金髪を擁した青年は頼もしげな笑みを浮かべる。帝国人、共和国人、そしてリベール人。国籍の異なる彼らが一堂に会して列車内にいるのは、今日の午前中に四人が帝都地下道で偶然出会ったから……という理由だけではなかった。

「なんにせよ、無事でよかったぜ。奴らは得体の知れない……いや、底の知れない集団だからな」

「それにしても、本当なんですか?」

 カイトの言葉を、ジンが繋いだ。

「俺も聞きたいところだな。本当なのか? 奴らが『ジェスター猟兵団』の残党であるということは」

 ジェスター猟兵団。遊撃士三人がリベールでの調査を一時中断し帝国へ向かうこととなった原因である、帝国遊撃士協会支部連続襲撃事件。三か月前、帝国民と遊撃士を混乱に陥れたその事件を起こした集団だ。猟兵団であっても練度は低い、しかし驚異的な戦略で帝国をかき乱した底の知れない一団。

「ああ、奴らがジェスター猟兵団だ。三か月前の事件の記録とも一致している。どんな手口で帝国軍の牢から抜け出したのかは知らないがな」

 何某かの方法で拘束を脱したジェスター猟兵団の残党が、帝国各地に出没して遊撃士を再び襲撃している。それが、遊撃士トヴァルが導き出した今回の事件の真相であった。

「まあ、遊撃士を襲撃するという目的は同じでも、三か月前と違って何故かその様式は隠密性に長けている。カイトが奴らから聞いた言葉から断定するに、仲間の解放が目的としてはあるんだろうが……」

 襲撃が始まったのは、知っての通りジェスター猟兵団が帝国軍に捕まってからのことになる。

 その時帝国の遊撃士たちは、事件の後処理や真相究明、何より鉄血宰相の遊撃士批判演説への対策に追われていた。しかし事件当時と変わってその緊急性は低くなったため、カシウスをはじめとした国外遊撃士の力も借りられず、彼ら自身の手で全てに対処しなければならなくなったのだ。

 結果として帝国遊撃士は帝国民からの批判をすべて浴びることとなり、ここ最近の遊撃士襲撃への対処も後手に回る。鉄血宰相の駒と称しても違和感のない帝国軍の力は借りられず、遊撃士たちは襲撃に対して、死亡者が出る程ではない痛手を負い続けるというジレンマに苛まれることとなった。

「ここ半年は、大陸西部で色々な事があったからな。リベールはクーデター事件で忙しく、元から色々と厄介なクロスベル自治州は、有名な風の剣聖に頼るとそれはそれで問題が生じる。共和国からはその国籍の人間を呼ぶことも躊躇われたから、助けを呼ぶこともできなかった」

 そして肝心の帝国遊撃士たちは、レイラが言ったように紋章を返還する者と他国の支部へ移る者が相次いだ。結局一部の遊撃士の力のみでは、帝国全土を股にかけたこの戦いに勝てるだけの力はなかったのだ。

 列車がクロイツェン州の自然名所であるヴェステア大森林を抜けた。ケルディックに向かう列車の中で数分ぶりに晒された太陽の光に、窓際のカイトは顔をしかめつつ疑問を投げかける。

「でも、これ以上の被害を出さずに済むことはできないんですか? 帝国軍にしたって、事態が明るみになれば自分たちが痛い目を見るのに手助けもしてくれない、なんて」

 さらりと流されたことではあるが、やはり気になるのは軍の動向である。確かに――帝国はなおさら――軍と遊撃士協会は犬猿の仲ではある。時折耳にする鉄血宰相が遊撃士を意図的に排除しようとしているのはまだ理解できる。けれどその計画が上手くいっても、その後捕まえた猟兵団が脱走したという事実は帝国軍にとって痛手のはず。

 情報操作をしたとしても、『犯罪者の脱走』の事実が広まる可能性もある。そうすれば、遊撃士の信頼を地に落とすどころか自分たちの信頼が堕ちる可能性だってあるのに。

 その可能性は、カイトの話を聞くジンやアネラスも辿り着いていた考えだった。

 準遊撃士。本来は雑務を中心とした基本的な任務を行うことが多い見習いだ。しかし幸いというべきか、少年は自らの意志でリベール王国軍が企てたクーデターの阻止に尽力したことがある。そのおかげか、単純に目に見える戦力だけで事件解決を考えない、他の勢力や事象を忘れない多角的な思考を身につけつつあった。

 待ってましたと言わんばかりに、トヴァルが身を乗り出す。

「そう、それだ。どうにも気にかかるんだ……未だ軍が沈黙を保っている理由が。それも正規軍・領邦軍のどちらもってところがな」

 トヴァルを除いた三人が疑問符を浮べる。特に、後半の物言いについてを。

「ああ。お前さんたち、この間鉄道の火災事故で鉄道憲兵隊と一悶着あっただろ? その時、不思議に思ったことはなかったか?」

「確かに一悶着ありましたけど……って、どうしてトヴァルさんがそれを知っているんですか? 私たちと当事者以外に、誰も知らないはずなのに」

「はは、実はミヒュトの旦那から聞いてな。俺もあそこの質屋はよく通っているんだよ」

 会話を弾ませつつ思い出す。三日前、ルーレ行き列車で突如発生した火災事故のことだ。民間人を守る遊撃士として現場調査の行動に出たのだが、その後現れた帝国正規軍の鉄道憲兵隊により事件捜査を強制的に中止させられてしまった。

「確かに、気になることはあった。鉄道憲兵隊の『在り方』についてだ」

 これについては、ジンが最も気にしていたことであった。

 鉄道憲兵隊、『その捜査権は鉄道が敷かれる地域にある』。ルーレ行きの代理飛行船の中で同じ目にあった人に聞いた話だ。

 あの時もジンはしきりに唸っていた。なぜ、遊撃士のように法の抜け道を作って操作をできるようにするようなややこしい文面を作ったのか。

 それについて、トヴァルは「正規軍と領邦軍の対立関係によるものからなっている」と言った。

「何故対立しているかっていう説明はまたの機会に譲るとして……問題は、正規軍を出し抜くチャンスなのに領邦軍も動かないっていうところだな」

 トヴァルからしてみれば、領邦軍は遊撃士を助けないまでも民間人を助け先導するために領邦軍が何かしらの行動に出ていても不思議ではないのだ、という。

 この件については、気に留めておくといった程度か。どの道領邦軍にも歓迎されない状況では、遊撃士協会が働きかけることもできない。

「いずれにせよ、この事件について多くの協力者が望めない俺たちは、情報の交換を率先して行いたいところだ。お前さんたちの、帝国に来てからの動向も聞かせてはくれないか?」

「ああ、こちらこそよろしく頼むぜ。俺みたいな共和国人がいると、中々協力してもらうことも一苦労でな」

 その点について、遊撃士たちの見解は一致していた。

 列車は一度ケルディックにつき、再び発車する。粗く振動する車内は交易町から乗り入れた人々によりあっという間に賑わいを増した。それでも速度が速まるだけ、窓から見える大市と町の牧歌的な空気は遠ざかっていく。

 トヴァルとの話は続いた。カイトら三人の動向のみでなく、トヴァルの最近の動向も。やはりザクセン鉄鉱山に向かったのはトヴァルであり、彼も三人ほどではないが大規模な魔獣に襲われ被害を受けたこと。またこの先のバリアハート周辺の街道でも魔獣に襲われたことや、各地の情報収集のために帝都よりの西のラマール州・南のサザーランド州にもこの数日訪れていたこと。またちょうどカイトたちの危機に合わせるように帝都地下道へ駆けつけたのも、情報屋ミヒュト経由で得たのだという。 

 しばらくたったところで、少年が一言。

「あの、一つ気になっていることがあるんです。オレたちを襲った集団の正体についてなんですけど……」

「ほう?」

 トヴァルが、興味深げに聞いてきた。

「本当に、ジェスター猟兵団の残党()()なんですか?」

「えっと、カイト君? それってどういう……」

 アネラスが疑問符を浮べる。帝都地下道での襲撃時、カイト・ジン・アネラスはそれぞれ分断された状態で戦っていた。最後こそトヴァルも加えた四人が集まったわけだが、三人は別々の人間たちと戦っていたのだ。わずかではあるが敵との会話もあり、当然会話の内容も違っていた。

 それについて、アネラスのみが心当たりがないのも無理はないことだった。彼女は敵と、「猟兵団なのか」という会話のみをしていたのだから。

「確かに一人は、『仲間の解放』のために動いていたようでした。けれどもう一人は違う……『帝国の解放』を謳っていた」

 不気味な言葉だった。それこそ、何を示しているのか分からない上に遊撃士を襲撃することが何故『帝国の解放』となるのかが分からない。

「ふむ……」

「俺は、奴らのような集団を見たことがあるぞ」

 この場においては珍しく、トヴァルでなくジンが助け舟を出した。

「カイトは奴らの発言と装備の違いから見抜いたようだが……俺は根本的に猟兵団とは違う空気を纏っていたと思ったよ。それこそ、共和国出身の俺ぐらいでなければわからないようなものだがな。

 一方がトヴァルの言ったように、ジェスター猟兵団の残党であるのは間違いないだろう。だがもう一方に、俺はテロリストの気配を感じた」

「なっ!?」

「テロリスト!?」

「……なるほどな、そういうことか」

 カイトとアネラスが驚き、トヴァルが興味深げに頷いた。

「つまり俺たちは、暴力的革命主義者の訳も分からん目的のために体よく弄ばれているってことだな。猟兵団にせよ、テロリズムを掲げるその集団にせよ」

 そこにどのような思惑があるのかはわからないが、目的の手段としてにせよ結果としてにせよ、遊撃士の弱体化や帝国からの撤退を狙っている。猟兵団は仲間の解放という目的の他に、遊撃士への報復もありそうだった。

 片や謎の集団だが、ジンのテロリストという見識が正しかったとして、現状では分からないことが多かった。テロリストとは何かしらの政治的目的のために暴力行為を働かせる集団だが、ジンの判断基準は彼らの纏う空気だからだ。目的が分からないどころか、なにより現在の帝国に公式に発表されているテロリストは存在しない。

「つまり纏う空気……心意気がテロリストのそれであったとしても、現状この国にテロリストなんて存在していないってことだ。何より、この国は色々な勢力が入り混じっているから、政治工作なんてどの勢力も幾らでもやっていそうだからな」

 そして猟兵団にしても謎の集団にしても、いまいち目的が見えてこない。敵の行動は極めて静かであるから、一般の人間には情報も噂さえも出回らない。そして公の治安維持組織を頼ろうにも、正規軍も領邦軍も頼れない。敵の情報を入手することも、本格的に相当することも夢のまた夢だろう。

「まあ色々と興味深い情報が出てきたが、つまるところ俺たちがやるべきことは変わらないってことだ」

 やるべきこと、それはこのバリアハート行き列車に乗った折、ジェスター猟兵団という単語よりも先に聞かされていたことだった。何のためにこの列車で行こうに乗ったのかということも、その当初の目的に含まれる。

 そんな折、列車が止まった。バリアハートに着いたのだ。

「さあ、一度降りるぞ。そして路線を乗り換える」

 列車から離れる。多くの人が階段を上がる中、四人は一部の人と同じように対面に停車していた車両に乗り込んだ。

「この車両が、さっき言っていたレグラム支線ですね」

「ああ、カイトの言う通りだ。これに乗って俺たちは、『湖畔の町レグラム』へ向かう」

 トヴァルが言ったのは、つまりはこういうことだった。

 情報も回らなく、掃討もできないならやることはただ一つ。今までことごとく後手に回っていた遊撃士襲撃に一度打ち勝ち、簡単にやられはしないという意志を敵に見せつけること。何よりこの窮地を乗り切り痛手を与え、敵がこれ以上襲撃してこないよう灸をすえること。

「これから俺たちが行うのは反撃だ。そのための準備として、まだ協会支部が健在のレグラムで骨休めとしようぜ」

 

 

――――

 

 

 レグラム支線はバリアハート周辺と打って変わって、深い森に包まれていた。加えて駅に近づくにつれ霧が立ち込め始め、今まで訪れた帝国の風景とはまた違った顔を見せてくる。

 駅構内を出て見える町並みは、風光明媚な田舎町。まさにその表現が似合いすぎる眺めだった。

「湖と深い森、何より霧に包まれた町か。観光目的なら楽しめそうなもんだ」

 ジンの言う通り、陸側は森に、そして駅に背を向ければ湖が見える。その奥には別の州に繋がっているらしい陸地もあるが、一際目立つのは今時中々御目にかかれない中世の城だった。

 町を見れば、目に付くのは湖畔に建てるに相応しいレンガ調で、道の造りにもやや古風な、昔ながらの伝統が感じられる。それに街全体を覆う霧が合わさって、物語の一舞台を思わせるような神秘的な雰囲気だった。

「ジンさんの言う通りだな。この町は来る者によって幾つかの顔があるが、その中には確かに観光名所というものもあるぜ」

 何度も来ているのだろう、トヴァルはさも当然というように歩きだす。

「ほれ、カイト。見入りたい気持ちは分かるが、一先ずは後にしよう」

「は、はい」

 ジンに促され、ようやく四人は歩きだす。

「それでトヴァル、俺たちはこれからどこに向かうんだ?」

「ええ、カイトやアネラスだけでなく、ジンさんも久しぶりに休める場所だと思いますよ」

 といいつつ、ものの数分で辿り着いた。トヴァルが言った言葉の意味を、三人は建物の看板として風になびいていた支える籠手の紋章を見たことで理解した。

「ようこそ。遊撃士協会、レグラム支部へ。生憎今は受付もいなくて寂しいもんだが、それでも俺たちを守る確かな屋根だ。束の間、ゆっくり休んでくれよ」

 支部の中は、帝国の遊撃士事情を考えれば想像より整理整頓が成されていた。とはいえ、受付がいないのにもかかわらず逆に十枚ほどの依頼書が張り出されているのには同情を禁じえなかったが。

「ここは、バリアハート支部と比べて入りの数が多いんだな」

「ははは。ここは帝都でも、大貴族が治める都市でもない。独立独歩が気風の地方貴族が治める町だからな。ここじゃ遊撃士を嫌う人もいないし、嬉しい悲鳴が上がるってもんだよ」

 そう説明するトヴァルは、三人をソファーに座らせると自身は受付の位置に回った。ゆっくり休めるとは、忙しくとも普段三人が見慣れた協会支部の様子と同じだかららしい。

「あの、手伝わなくていいんですか? すごい忙しいと思うんですけど」

「ああ、構わないさ。今しているのは依頼の整理ではないんだ」

 三人にカップと淹れたての紅茶を出す傍ら、トヴァルは資料をかき集めている。それは単に依頼書を整理している、というわけではないらしい。

「今は昼過ぎだし、できる依頼は夕方以降にさっさとこなすとして、今は別にやるべきことがあるからな」

「やるべきこと?」

「ああ」

 テキパキと、ベテラン遊撃士の鑑のように動き続ける青年は、アネラスのオウム返しに応え、ひたすら事務作業を続ける。

 そして五分が経ち、ちょうどカイトたち三人が一息ついた頃。

「さて、奴らへの反撃の作戦を練りたいところだが……その前に行くか!」

 事務作業を終えたトヴァルは、ちょうど紅茶を三人が飲み終えたころ合いに声をかけてきた。

「すまないな、トヴァル。あまり手伝いもできなくて」

「いや、いいんですよ。今やってたことは、帝国遊撃士の私用みたいなもんですから」

「それにしてもトヴァルさん。これから、どこに行くんですか? なんか作戦の前に必要なことだ、みたいな言い回しですけど」

 今日のカイトは質問が多い。無理もない、準遊撃士にして高難度のミッション達成のために動いているのだから。ましてや、それが得体の知れない集団との戦いになのだから、自分たちが行動する意味程度は知っていたかった。

「ああ、このレグラムを治める、アルゼイド子爵のもとへ行くんだ。作戦のためというか……遊撃士が動きやすくする、その基盤を作るためにな」

 一同は協会支部を出て、アルゼイド子爵邸を目指す。霧に包まれているのは変わらないが、レグラムの町にあって高台に建つ風情ある屋敷がそれだった。

 町で有名な、カイトもアリスから聞かされた槍の聖女の像を見つけたり、十字に円が重なる独特の紋様が目をみはる石碑を見たり。そうして子爵邸へ向かうと、階段を全体の半分ほど登った所で喧騒が聞こえてくる。

「あれは……?」

「アルゼイド子爵家は、帝国における武の名門だからな。文字通りのアルゼイド流を習いに来た武者たちが、ここで己を鍛えているんだよ」

 レグラムが見せる幾つかの顔の内の一つ、それは己を鍛える武人の聖地としての顔だったようだ。二手に別れた内子爵邸に向かわない階段は、修練場に繋がっていた。よく聞いてみると、確かにただの喧騒ではなく、覇気に満ちた男たちの声だ。

「帝国の武の名門か……是非仕合ってみたいもんだ」

「私もかなあ。アルゼイド流は、帝国内で双璧をなす武家だっておじいちゃんから聞いたことがあるし」

 早速カイトの先輩二人が、武人としての顔を出し始めた。その事に彼ららしいと頬を緩めつつ、四人は子爵邸への階段を登りきった。

 屋敷の門を叩く前に、一度後ろを振り返る少年。

 やはり、この町は幻想的だ。そんな場所を治める独立独歩の貴族とは、どんな人物なのか。

「ようこそいらっしゃいました、アルゼイド子爵邸へ」

 屋敷の門を開け、四人は中へと入る。天井に見えるシャンデリアはやはり豪奢だが、壁や床のカーペットなどは主張をし過ぎない大人しい色調。床には剣と喇叭を携えた大鷲――アルゼイド子爵家の家紋が見える。

 声を発したのは、長身の老執事だった。顔の皺の数からは想像しがたいほど背筋を張り、ともすれば帝都の若者よりも生気溢れる姿。

「おや……トヴァル殿でありましたか。お久しぶりでございますな」

「どうも、クラウスさん。久しぶりといっても、一週間程度だと思いますよ?」

「いやはや、この老いぼれには時の数えも辛いものがあります故」

「ハハ、相変わらず冗談が好きですね、クラウスさん」

 二人は旧知の仲らしく、打ち解けた様子を見せる。アルゼイド子爵邸、地方であってもれっきとした貴族であるはずだが、カイトが帝都で言ったように貴族というものにも親しみやすい者からそうでない者までいろいろといるのだろう。老執事は貴族でないが、仕える者がユーモアに溢れるならこの先の領主も人柄が見えるような気がする。

「今回は遊撃士協会の件で来られたと伺いますが……して、そちらの方々は?」

 老執事が、トヴァルの後ろに立つ三人を見た。三人は支える籠手の紋章を見えて、各々名を明かす。

「ジン・ヴァセック。以後、見知りおきを」

「アネラス・エルフィードです!」

「カイト・レグメントです。よろしくお願いします」

「これはご丁寧に……アルゼイド子爵家の家令を務める、クラウスと申します」

 執事クラウスは、深々と頭を下げる。老執事を見てカイトが思い浮かべるのはデュナン公爵に仕える執事フィリップだが、彼に負けず劣らず恭しい態度だった。

「彼らはリベール王国とカルバード共和国から来た俺の同業者、信頼できる仲間です。先の協会支部継続と遊撃士被害について、彼らも交えて子爵閣下と謁見を願いたいのですが」

「成程、そういう事でしたらご案内いたしましょう。お館様も、此度の件については早急に手を打つべきと申しておりました」

 クラウス執事は歩きだす。四人もそれについて行く。カイトは初めて入る貴族の屋敷に、やや落ち着かない調子で歩いていた。

 辿り着いた執務室。何故か三人は、首筋に僅かな汗をかく。

「失礼いたします、お館様。トヴァル殿と遊撃士の皆様をお連れしました」

『うむ……入るがいい』

 精悍で逞しく。それでいて、海のように穏やかな声だった。

 部屋の中は、やはり多くの書類がある。脇にある沢山の本棚、机の上にある書類や羽筆は、執務室の名の通りの印象に見える。

 しかし筆を振るうその人物は、とても事務を行うだけで留まるような人間ではなかった。それが一目見ただけでわかるのはなぜなのかと、カイトは考える。

「お久しぶりです、子爵閣下。今日の拝謁、感謝します」

「久しいな、トヴァル殿。何も、それほど畏まらなくても良かろう」

 その茫洋たる金色の瞳を見て、カイトは気づく。武に精通したジンやアネラスだけでなく何故自分まで、目の前の人物が計り知れないほど高みに存在していることを理解したのかを。

(ああ、この人似ているんだな。カシウスさんに)

「そして、そちらの者たちは……」

 流された青の髪に、深みを出す同色の髭。清潔というか、体に馴染んだ貴族の服。

「ええ、私と同じ遊撃士です。国外の者ですが、今回の件について、頼もしい協力者なので呼びました。同席を許しても、構わないでしょうか?」

「無論、そういうことであれば歓迎させてもらおう」

 その人物が立ちあがる。机から離れ、そしてカイトたち三人に近づいてくる。

「レグラムの領主、ヴィクター・S・アルゼイドだ。今回の遊撃士襲撃において、微力ではあるが力添えをさせてもらっている。

 よろしく頼む――遊撃士の諸君」

 帝国における武の双璧、アルゼイド子爵家。後にカイトが知ることとなる渾名、『光の剣匠』の名にふさわしき武人が、悠然とした笑みを浮かべていた。

 

 

 




えー、皆さんお久しぶりです。
帰還報告は活動報告でもしましたが、またよろしくお願いいたします。
と、挨拶はこの辺にして、少しばかりお願いしたいことがございます。
唐突ではありますが今回、試験的に地の文と会話文の行間をなくして執筆してみました。

これはとある理由と目的があって行われた試みなのですが、一先ず自分は読んでくださる方が見やすいのかな?どうなのかな?ということが気になりまして、その意見をお聞きしたいと思いました。
感想にアンケート回答を書くのは禁止とのことなので、この話と同時に活動報告にアンケート置き場のようなものを設置したいと思います。

まずは三章の終わりまではこの手法を試してみたいと思いますので、もしよろしければ「見やすくなった」「見にくくなった」「別に変わらない」etc、皆様の意見をよろしくお願いしたいと思いますm(__)m

2か月間の休止を挟んで心の軌跡再始動、よろしくお願いします!

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