心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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17話 出会いと予兆~緋の帝都~⑤

 帝都地下道の探索は順調に進んでいる。三人のリベール王国調査隊は、オスト地区の入り口付近を拠点としつつ分かれ道を一つずつ潰していく。遊撃士手帳に簡易的な道筋を記しつつ、襲い掛かる魔獣を屠り、その生態系を把握し、同時に人が生活していた痕跡がないかも探っていく。

 ジンはA級遊撃士であるために。そしてアネラスはル・ロックルにおける研修で、事件や事故、テロなどへの対処方法、調査技法を一通り習得している。

 対してカイトは準遊撃士になったばかりの少年は、そのような技術を持ち得ていなかった。魔獣の強さも最大限に警戒するほどでもないので、少年はジンからの調査法を学んでいく。

「んー……やっぱりオレもまだまだですね。準遊撃士になっただけじゃ、まだまだ半人前ですらないや」

「はは。本来準遊撃士は、一つの支部に留まり受付や先輩の指導を受けるものだからな。依頼も荷運び、魔獣掃討、護衛など基本的なものが多い。犯罪絡みの調査は正遊撃士が多いから、お前さんが経験不足なのも仕方のないことさ」

 世間話は遊撃士の身の上話に移行しつつあるが、それでも本筋の調査は怠らない。

「それにしても、確かに手配級の魔獣を見かけないですね。徘徊している魔獣は一定数いるのに、適度に散布されているような感じ……」

 アネラスが一声かける。道と道が重なる小規模な広間。別の地点で何度も見かけた場所だ。

「そうだな。魔獣の本能で無駄にばらつきがないと言えば聞こえはいいが、それなら手配魔獣がいてもいいはずだ。そして決定的なのは、俺たち以外で人が何人も通った痕跡があること……」

 ジンも同意し、その説明を受けたカイトは視線を落として頷いた。三人は再び気を引き締める。

 再び、広間から幅の狭い道の探索に切り替わった。帝都の地下道は人が通る道のみであったり、水の流れも加わり広い空間になったりと、ジン曰く王都地下道と形状は似ているらしい。しかしやはり規模は比較にならず、三人は地道に調査を続けていく。

 収穫はあった。オスト地区から別の地区へ進んだ結果、三人はアルト通りの地下までやって来たのだ。すなわち、三か月前に爆発物を設置された、まさにその場所に。

 そこは、魔獣が地上へ向かわないよう導力灯の設置や網の補強など最低限の補強はしてあったものの、それ以外は大した事後処理もしていないような状況だった。

 おざなりのような処理の様子に憤慨しないでもなかったが、事件当時の様子を調査しに来た三人にとって瓦礫の形状から爆発物を推測できるという利点もあった。どちらがいいのか、良識の善悪だけでは分からないものだ。

 そうして別の地区の地下道へも足を運ばせる。

 異変に気付いたのは、探索を始めて三時間ほど……地下では分からないが日が高く昇り正午になろうかと言う頃合いだった。

「隠れろ、二人とも」

 それまでと変わらず歩いていると、急に十字路でジンが止まった。アネラスとカイトは何とかジンの背中に衝突せずに済み、豹変した武術家の雰囲気に警戒度を引き上げる。

 カイトが片膝立を着いて一番下、ジンがやや爪先立ちになって上、その間に中腰になったアネラスが顔を出し、気配を悟られないようにしながらも三人仲良く十字路の右折方向を見る。

 方角的に考えて、三人は十字路中心の南側の道に隠れている。そして東側の道の向こう、もう何度見たか分からない広間に、何者かがいるのだ。少しばかり距離が開いているため会話の確認ができないが、足りない明るさを補おうと地面に置かれた携帯導力灯は明らかにそこにいる存在が人間であることを示唆している。

「当たりでしたね」

「ああ。俺たちの目当ての人間か、それとも別の集団かは分からないが……」

 かすかに聞こえてくるのは笑い声だ。目視では四人ほどの人間がいて、骨格からしていずれも男性だろう。服装も一般人のでも、ましてや治安維持部隊のそれでもない。住に困った貧困者という可能性もないだろう。そのようなものだったら、この場に居れば魔獣の餌になってしまうのが世の常だ。

「どうしますか? ジンさん」

 声量を極力抑えた会話は続く。いずれにしても非合法な集団の烙印を押して問題ないだろう。そのまま制圧することも不可能ではないだろうが、如何せん集団の正確な人数が分からない。敵は、今見えている者だけではないのかもしれないのだ。

「とっとと捕まえたい気持ちもあるが……ここは大人しく証拠を押さえて軍に報告するのが正解だろうな。嫌な目で見られるだろうが、連中も自分の領内の問題を無視はしないだろう。態度の是非はともかく、クレア中尉のように的確に対応してくれることを願おう」

 地点はおおよそ、東西を分けるヴァンクール大通りの辺りか。その情報と集団の様子を簡潔に記し、さあ帰ろうかというところで。

「……なんだ、あれ?」

 おもむろに男たちが立ち上がる。二、三言葉を交わした後、緩慢な動作でこちらへ歩いてくるのだ。未だ携帯導力灯の光でこちらは見えていないだろうが、数十秒足らずでこちらへやって来るだろう。そして彼らは皆警棒や小型ナイフ、導力銃など種々の得物を携えている。

 どう考えても、明らかに緊急性が増してきているのだ。カイトが、僅かに焦りを帯びた声色で発する。

「……どうしますか」

 それに対し、ジンは沈黙のままカイトを見た。その雰囲気とアネラスの太刀の柄に手をかけた動きが、少年に武術家の方針を理解する助けとなった。

 つまり、応戦するということだ。

「……しかしおかしいな」

 ジンは呟いた。自分が応戦を選択したのは、逃げるという選択が潰えたからなのだが、その理由が何故か自分でも分からなかった。目の前にいる男たちは、自分たち三人で十分制圧できると判断していたからだ。

 逃げる選択をジンが瞬時に選んだのは、この場の誰よりも経験を積んだことによる直感だ。しかし、限られた時間の中では答えを見いだせなかった。それが分かったのは、同じように直感で行動した後だった。

 すなわち、逃げることを許してくれないほどの手練れが紛れ込んでいるということに。

「――散れっ!」

 少年にとってはいきなり、アネラスにとっては少し外れたタイミングで武術家が叫んだ。理解したのが早いか体が動いたのが早かったのか、意識した時には三人とも言われた通り十字路のそれぞれの道へと散り始めていた。

 刹那、三人が隠れていた道の対面――北方向の道の向こうから、銃声が響き渡った。カイトが聴いた誰の銃よりも重く、『乾いた』というより導力車が物と衝突したような衝撃音だ。

 ジンが男たちのいた側の道――東側に、カイトはその反対の西側の道に飛び退き、視界の端に銃弾の紅い軌跡を捉えるのみ。そしてアネラスは南の道に残り、膝を折り後転しながら咄嗟に太刀を抜刀し瞬時に弾丸を切り裂きにかかる。

「アネラスさんっ!!」

 最早自分たちの存在が完全に露呈してしまった後だが、そんなこと少年にとっては関係なかった。戦車にも傷跡を残しそうな弾丸は、アネラスの太刀を折るとはいかなくとも彼女の手から吹き飛ばすほどの威力だったのだ。心配して叫ばずにはいられない。

「くぅ……!」

 アネラスは思わず手を抑え、それでも即座に弾かれた太刀を取りに十字路の中心から遠ざかる。ジンはついに飛び退いて着地した地点で接触した男たちとの交戦を始めた。カイトは状況を俯瞰しようと、十字路の中心へ二丁拳銃を構えながら飛び出した。

 そこで驚愕する。

「うそだろ!?」

 銃声がした方向の道から、少なくない数の人間が流れ込んでくるからだ。いずれも武装を携えていて、完全に罠にかかったのだと遅まきながら理解する。先頭の男のコンバットナイフの勢いに押され、少年は再び西の道に押し戻される。

「慌てるなカイト! 落ち着いて、何とか撃退しつつ合流するぞ!」

 男たちはカイト・アネラスの方向に突撃する者とジンを後ろから狙う者たちに分かれて動く。ジンは落ち着いて、慌てることなく対応するが、これで三人は完全に分断されてしまった。

 ジンは挟み撃ちにあった状況だが、さすがに簡単に体勢を崩されはしなかった。瞬時に気を練り上げ自らの身体能力を底上げすると、巨体に似合わぬ流麗な動きで敵を牽制する。

「ザクセン鉄鉱山で俺たちを襲撃した輩の関係者……で、間違いないな。随分手荒な歓迎をされたもんだぜ」

 敵も簡単にジンを倒せるとは思っていないのか、一度攻撃を止めると距離をとって警戒を続ける。武術家は敵に意識を向け、彼らの様子を観察した。

 ナイフや導力銃など、殺傷に向いたシンプルな武器の数々。身に包む衣服は制服と呼べるような統一性はなかったが、それでも同じ戦闘用の深緑のジャケットと、頭部を覆い瞳を隠すヘルメットを身に纏っている。

 先頭の男が一言。

「残念だが、そちらの質問に答える義理はない、遊撃士!」

 遊撃士と名指しした時点で肯定しているようにも思えたが、それよりも気になることが一つある。

「さっきの陽気に笑っていた様子は振りだったのか。ずいぶんと気合いの入れ所を間違えていると思うが」

 男たちは全員、多かれ少なかれ覇気に満ちている。それはまるで数ヵ月前にグランアリーナでブライト姉弟やジンが決戦前に鋭気を養っていたように。

 カイトやアネラスであれば気がつかなかったような、一つの事実。犯罪者がいっそ清々しいとも言えるような覇気に満ちた異常さ。それをジンは、確かに知っていた。

「共和国でも、お前らのような輩と一悶着を起こしたことがある。敵の排除や目的のためには一般人や……味方の命さえ厭わない闘争心」

 反移民政策主義というものが、共和国には存在する。現共和国大統領、サミュエル・ロックスミスが属する与党の方針に反対する一派だが、彼らは一つの勢力として人々から認知されているのだ。

 それは、激動の時代を迎えつつあるゼムリア大陸において、現れるのは必然だった存在。力渦巻き思想が分化する大国では、後の歴史に正義の烙印を押されるかもしれない過激派。

「――『テロリスト』、って奴だな」

 二度目の質問は沈黙で返された。各々の気が荒ぶりつつあるのを感じるに、もう血を見ずにはいられないようだ。

「いいぜ、来い。後学のために、遊撃士の真髄を見せてやる!」

 ジンが動く。すぐさま、その場を怒号が包み込んだ。

 所変わって、痺れの残る右腕で太刀を取り返した、十字路南方向のアネラス。

「くっ!」

 逃走を続けながら、振り向き様に太刀を振りかぶる。先程より威力の弱い導力銃の弾丸を弾きながら、依然少女の退避行動は続いていた。

 腕がしびれるという状態異常を受けたのは反省する点だが、あの狙撃ともいえる一撃を防いで見せたのは褒めて然るべきだった。

 意図的にではないとはいえその一瞬の荒業を成し遂げたのは、(ひとえ)に遊撃士としての経験によるものが大きかった。祖父から指南された東方の剣術はまだまだ粗削りなのだが、それでも修羅場を潜った経験が彼女を戦人として成長させつつある。

 情報部クーデターの前であれば少女は襲いかかる敵に負けていた。しかし今の少女は、殺気を銃口に乗せる攻撃にも遅れを取らない。

 敵から見た少女が曲がり角の向こうへ消える最中、少女の周囲に緑の波が吹き荒れ、そして収束した。ライトニングの電撃は周囲へ散らばり、導力灯の光をかき消す雷光となる。

「アーツに怯むな、追え!」

 男たちの荒々しい声を聞きつつ、アネラスは身構えた。ライトニングを使用したのは逃走ではなく迎撃のためだ。走る足を急停止させて曲がり角付近で向きを整え、太刀持つ腕に力を込める。

 結果、電撃によって目標の影と音を消された男たちはアネラスの八葉滅殺を正面から受けることになった。

「ぅお!?」

 血の線を引かせた男二人は後退。少女も大きく退いて、それでも懸命に身構える。

 アネラスは見た。計六人の男たち。彼らは導力銃やブレードを手に、迷彩の防弾チョッキや無骨な脛当てなどの装備を整えている。

 彼らが恐らく、自分たちを襲った謎の集団。とんだ犯罪組織がいたものだと思ったが、一度頭を振った後に一つの可能性に行き着いた。

 自分がではないが、遊撃士は経験しているではないか。自分たちとは相入れることのない、ミラによって動く武装集団を。

「……もしかして、あなたたちは猟兵団!?」

「答える義理はないな、仇敵よ!」

 苛烈な雰囲気だ。今まで猟兵団に出会ったことはなかったが、このように出会い頭で火花を散らされてはたまったものではない。

 練度はこちらが上だが、数が多い。後ろをとられなかったのは行幸だが、倒すにせよ退くにせよ、なんとか道を切り開かなければ。

 思考を終えて、アネラスが息を吐く。その瞬間に男たちは襲いかかってきた。

「さあ再戦だ、遊撃士よ!」

 

 

――――

 

 

 失敗した! カイトが、先輩たちから分断された後最初に思ったことだった。

 少年は逃げようとするものの、それは簡単にはできなかった。

 導力銃が一人、ナイフが一人、ブレードが二人。計四人の男たちは巧みな連携でカイトに安息の瞬間を与えず、絶えず攻撃を続けているのだ。狭い地下道だからブレードとナイフの三人を導力銃の一人と自分の間におくことで決定打は避けているが、それでも防戦一方であることに変わりはない。

 広間に辿り着いて四人に死角をとられたその時が、カイトが敗北を決する瞬間だ。

 ブレードの一人の大上段からの一撃を背中で避け、超至近距離から裏拳を与える。それは頭部に衝突するも決定打にはならず、後退する代わりにもう一人のブレードが襲いかかってきた。

 今度はこちらも後ろに跳躍。今も尚導力銃の動線に重ならないよう判断を重ねるが、やはり反撃の一手は浮かばない。

「アーツは厄介だ、駆動させるな!」

 導力銃の男は積極的に動かないが、常に戦況を俯瞰してくる。厄介なことこのうえない。

「ふざ、けるなよっ!」

 少年が吠え、突如退避から特攻へ切り替える。二丁拳銃に火を吹かせ、近場にいたブレード二人を牽制すると一気に導力銃の男に近づいた。

 まだ、導力銃の男との間にはナイフの男がいる。こいつは気合いで正面突破。

「ベイルガン――」

 跳躍して回し蹴り、空中で勢いを着けた踵落とし。

「バースト、銃なし!」

 銃弾がなくても、それでも鍛えた体は応えてくれる。最後は渾身の正拳突きだ。

 突然の強襲は思いの外聞いた。ナイフの男は四人の中で最弱らしく、あっさり吹き飛ばす。

「もらった!」

 目の前には導力銃の男だけ。一対一なら、多少の傷を食らっても勝てる。

 その時、後ろからカイトに衝撃が襲いかかる。鉄道が超至近距離で通過したような爆音と、目に痛みを伴うほどの光が辺り一帯に炸裂する。

 少年が銃などを除いた軍事的な武器を受けたのは初めてだった。閃光手榴弾――スタングレネードをブレードの男が放ったのだ。

 思わず転倒して、何がなにかもわからないまま退避する。光と音は一瞬で消え去ったが、まともに受けたカイトはわずかな目眩と酩酊感を覚える。

 頼りない両目で見てみれば、追い詰めたはずの導力銃の男は遠退いており、またナイフの男も回復していた。

 加えてふらつく足で闇雲に逃げたせいか、いつの間にか小規模の広間にやって来てしまった。スタングレネードには判断力を削ぐという意味合いもあったのだ。完全に相手の戦略勝ちである。

「ちょこまかとよく逃げる。しかし、これでもう勝負は着いたか」

「うるさい、勝手に決めつけるなよっ」

 ブレードの一人に対して毒つくが、目眩が治まった頃には完全に四方を包囲されてしまっている。

「良く、そちらから危険な地下道に入ってくれた。一般人に紛れる手間も省け、感謝しているぞ」

 今度は導力銃の男が言った。少年はひたすら舌打ちで返すことができない。

 中々に危機的状況だ。何とか時間を稼ごうと、会話を試みる。

「……お前たちは何者なんだ?」

「今頃他の遊撃士からも、同じ言葉が飛んでいるだろうな。答えてやっても構わないが……お前が再び目を覚ます時までお預けだ」

 魔獣と戦った時は殺しにかかっているのかと思ったが、今回は違うようだ。良い未来はどう考えても見えないが、しばらくの間は生かされるらしい。

 しかし、目的が不明瞭過ぎる。大した混乱もない今の帝国で、これほどまでに遊撃士が付け狙われる理由はなんだ。

「……お前たちは、何のためにこんなことをしている!?」

「決まっている」

 少年にとっては時間稼ぎと情報を引き出すための、咄嗟に口にした疑問。ぶつけてみると導力銃の男が間髪入れずに返してきた。そして、カイトの視界に映る導力銃の男とブレードの一人が一歩前に出る。

 そこで気づく。四人はそれぞれ外見が異なるのだ。ブレードの二人は迷彩の防弾チョッキという戦場さながらの無骨な装備。導力銃とナイフの二人は頑丈なジャケットとヘルメットと、ブレードの二人と比較するとやや貧相な感がある。

(もしかして、それぞれ違う組織なのか?)

「我らの目的は、明快にして簡潔!」

 思考を遮られる。そして、ブレードの一人が叫ぶ。

「戦友を解放するためにっ!」

 そして、導力銃の男が続く。

「帝国を解放するためにっ!」

 四人が得物を構えてきた。ついにやる気だ。

「我ら目的のために手を取り、今一度支える籠手を打ち砕かん! いざや、覚悟せよ!」

 カイトは身構える。誰だ、誰と最初に戦う。いやまず、攻撃をするか回避をとるか――

(やばい――)

 敗北を覚悟した、その刹那。

「――プラズマウェイブ」

 それまでの誰でもない男性の声が、広間と続く小道から響き渡った。間髪入れずに現れる大蛇のうねりのような雷撃が、少年を手にかけんとしていた男たちにたたらを踏ませる。

「な、なんだ!?」

「ヴォルカニックレイブ。避けろ、少年!」

 次いで、少年の付近の地面から灼熱が吹き荒れた。火山噴火とも見紛うそれは明らかに男たちを動揺させて、代わりにカイトに余裕を与える。

 カイトはすぐさま広間の中心から遠退き、ナイフの男との距離を詰めた。男は慌てて迎撃体勢をとるものの、練度は高くないらしい。銃撃で牽制して体術で裏をかき、手刀で意識を奪う。

 そのまま、強力なアーツが飛んできた側へと移動した。

「ちっ……新手か」

 ブレードの一人が舌打ち。ヴォルカニックレイブが解かれた時には、男たちへ向かいかけた勝利がまた遠退いてしまったのだ。

 敵がまだ攻撃に出られないのを利用してカイトは集中し直し、また同時に声をかける。

「……誰だか分からないけど、助かりました」

「おう、良いってことよ」

 思いの外至近距離から返事が返ってくる。その男性は悠然と歩を進め、カイトの真横で止まった。

 視界の端にいたのは、目にかからない程度の金髪と精悍な顔つき、そして暗闇でも映える白色のコート。

「可愛い後輩のピンチに向かねえとありゃ、お兄さんの面目が丸潰れってもんだからな」

 印象に残るのは頼もしげな笑みと、肩に輝く支える籠手の紋章だった。

 

 

――――

 

 

「ふぅ、してやられたな」

 カイトへの予想外の援軍が入った、その少し前。ジンは静かになった地下道の壁にもたれながら、水の入った瓢箪(ひょうたん)に口をつけていた。

 結論を言えば、戦いは終わった。敵である男たちの逃亡という結果だった。

 大陸に二十人といないA級遊撃士は、やはりそう簡単にやられはしない。しかし敵の数が多すぎるために、倒しても倒しきれない。帝都地下の狭い通路での戦闘というのも、戦況を膠着させるのに拍車をかけた。

 そして武術家が負傷を覚悟で雷神掌を放つか考えたところで、後方にいた敵が大量にスモークグレネードを投擲してきたのだ。さすがのジンも、これでは動くことができなかった。

 視界を奪っての攻撃かと身構えたが、全く殺気を感じない。煙が晴れてみれば、そこにはジンが一人ぽつんと仁王立つだけだった。

「俺を倒すのが目的ってわけじゃなかったんだろうな。全く、共和国の奴らと同じぐらい曲がった性格をしているもんだぜ」

「ジンさんっ!」

 一服終えて息を吐くと、今度は少女の声が聞こえてくる。

 中々に焦っているらしいアネラスの全身は、先日魔獣と戦い終えた時に匹敵する汚れ具合だった。腕脚に裂傷が目立ち、側腹部は肌も顕となっている。もう新調することが確定するほどの格好だ。

「大丈夫ですか、ジンさん」

「俺は大丈夫だ。アネラスこそ大丈夫か?」

「あはは、仮にも遊撃士ですからこの程度は覚悟の上ですよ」

 軽く労った後、互いに戦況を確認する。

「私も決着はつきませんでした」

 アネラスはジンが相手取った男たちより手強い敵を相手取っていた。その結果が今の服装なのだが、何故か敵は勝敗を分ける立ち回りをしようとした矢先に後退したのである。

「そうか……」

 カイトより先輩の二人は五秒ほど黙考する。

「ジンさん、これって……」

「恐らくその予想は、間違っていないだろうな。奴らは、鼻から俺とアネラスを殺める気がなかったんだ。少なくとも、この場では」

 どちらも、相手から逃げている。仮に仕留めるつもりでかかるなら、もう少し効率の良い戦略があったはずだ。籠城、防衛、奇襲。これらの戦略はこの地下道において無類の効果を発揮するのだ。

 確かに奇襲を受けたが、相手に後ろを取られることもなかった。いくらジンの気配察知能力が常人より優れているとはいえ、あまりにお粗末だ。

 魔獣大戦も確かに命の危機はあったわけだが、現実に自分たちは生き残っている。客観的に見て、新人のカイトを仕留めるのはまだしも、ジンともなれば役不足の魔獣の数だった。

「……となると、カイトが心配だ」

「そうですね。私たちを見逃したからカイト君を見逃す、なんて保障はないですし」

「あいつのことだから持ち前の発想力を使って難を逃れていると思いたいが……すぐに助太刀するぞ!」

 そして二人は、走り出す。

 駆けてみると、先程までの戦闘が嘘のように地下道は沈黙に包まれていた。人間の叫び声に怒号、銃声、変化する空気、果てはスモークグレネード。これだけの喧騒に包まれれば魔獣が逃げ出すのも無理はなく、また人間も狙い通りなのか姿を現さない。

 そのお陰か一区画だけ微かに騒がしい空間を察知することができたが、それでも複雑な地下道となればその場所に辿り着くのにも一苦労だ。

 急がなければ、カイトと合流することもできなくなる。

 しかし。

「なんか……変じゃありませんか?」

「ああ、やけに高位アーツが発動したような衝撃だな」

 三人は、クォーツを戦術オーブメントに装填する度に、各々どのようなアーツが使えるかを確認している。なのだが、カイトが使える威力の高いアーツは、今のところエアリアルとグランシュトロームだけだ。

 感じたのは火属性か、あるいは地属性アーツが使われたような衝撃だ。そもそも、カイト一人の状況でアーツ駆動をするはずがない。

 高位アーツに匹敵する破壊力を持った敵がいたのか。そう思って走る速度を更に上げたのだが、現実は違った。

 その広間に続く直線の通路に差し掛かった途端、見えたのはエアリアルの竜巻だった。

 ちょうどその時、竜巻の向こうはでアーツ駆動を終わらせた少年が決死の表情でブレードの一人の攻撃を受け流しているところだった。

「ナイスタイミングだぜ!」

 金髪の青年が続いて赤色の波を纏った。負けじとナイフとブレードの二人が近づくが、それよりも圧倒的に早く波が収束する。

 現れたのは計四つの火球だ。ファイアボルトを複数同時発動する、文字通りのファイアボルト改だが、驚くべきは下位アーツと同程度の駆動時間で発動させたことだった。

 そのまま青年は余裕のある体勢で二人を迎撃する。体術はカイトと遜色ないが、それでも電撃を生み出す警棒を使い斬撃を制していく。

 四つの火球はカイトが発動した竜巻に向かい、そして逆に吐き出された。勢いを増した火球は広場を駆け巡り、見事敵四人に衝突する。

 体勢を崩された四人。ナイフと導力銃の二人は後退し、彼らより手練れのブレード二人はそれぞれ青年と少年に鍔迫り合った。

 青年の方は警棒と衝突し止まり、少年の方は体術と剣の激しい攻防が続いている。

「大丈夫かカイト!?」

 膠着状態となったその時、先輩二人が援軍として現れた。カイトと青年はわずかにほぅっと息を吐き、逆に敵は焦りにかられる。

「――こうなったら!!」

 青年と相対したブレードの男が、鍔迫り合を弾いて止めた。即座に少年へと近づき、また後退した二人も少年へしかけようと試みる。

「やばっ」

 少年が驚いた。その先に予想されるのは、短期的な四対一の絶望的な構図だ。慌てたジンたちも、辛うじて援護が間に合わない距離感にいる。

 一秒が引き伸ばされる感覚の中、少年は感じた、そして見た。

 後ろ遠くに控えているはずの先輩たちが近づくべく地を蹴る音。自分に向かって刃を向けようとする敵たち。そしてその向こうで、場違いにも黒色の波を吹き出させた青年。

 今さら何を無駄なことを。そう思う暇もなく、吹き出してすらいない波が収束した。

「なっ」

 カイトが再び驚く。時間にして一秒の半分、いやそれよりも短かったか。

 正に一瞬とも間違える時間の中で、ソウルブラーが発動する。無作為に乱れる黒の波動はカイトに向かっていた四人に衝突し、彼らの勢いをことごとく殺したのだ。

 その隙にカイトは退避。そしてジンとアネラスが戦域に入り込み、遊撃士側に優位な状況となる。

 構えを解かないまま、ジンが発した。

「何とか、間に合ったな」

「ちっ……援軍さえなければ」

「残念ながら、この場は俺たちの勝ちだ。カイト一人を渡すつもりもないが……まだ続けるか?」

「いや……この場は退こう」

 ブレードの男は憎々しい、というような視線を向けてくるが、それでも冷静さは失っていないようだった。

「確かにこの場は貴様たちが有利だが、こちらにはまだ多くのの同志がいる。この辺りが、落とし所と言った所だろうな」

「ああ、お互いにな」

 敵は目的を達し得なかったが、それでも拘束されることなく帰還することができる。そして遊撃士たちは彼らを逃がすこととなるが、代わりに地下道での大規模戦闘という多大なリスクを犯さずに済むというわけだ。

 不利な状況にも関わらず、嘘にせよ真にせよ切り札を使ってこちらの足下を救おうとしているのだから、油断ならない相手だ。

 敵四人が、やや間をおいて地下道の闇に消えていく。

「次はこれで終わると思うな。今度こそ、報復の痛みを味あわせてやろう」

 そんな言葉を残して、底知れない敵は去っていった。

 わずかな沈黙の後、カイトが膝を折って地面に倒れ込んだ。

「今度こそ、ダメかと思った……」

 息を荒くし、二度も負けを覚悟したせいで緊張の糸はボロボロだ。

「大丈夫だった、カイト君!?」

「アネラスさんこそ、すごい格好じゃないですか……」

 駆け寄ってきてくれる先輩二人に感謝しつつ、安堵する。思うところはあるが、どうあれ全員無事なのは嬉しい限りだ。

「すまなかったなカイト。俺がいながら」

 ジンは、わずかに目を伏せて謝罪の言葉をかけてきた。

「別に、ジンさんの責任じゃないですって」

 遊撃士として、全員に多かれ少なかれ責任があるだろう。それに敵の作戦に見事なまでにはまったものだから、そのなかで最善を尽くしたことに対して悪くいう理由もない。

 そして少年は、「それに」と付け加える。

「この人のお陰で、大事にはならなかったですから」

 カイトの目線に合わせ、先輩二人が顔を向ける。そこには言わずもがな、白コートに金髪の青年が立っている。

「いやー、俺もどうなるかと慌てたもんだが、結果的に全員無事で良かったよ。それに少年、お前さんはあのブレード相手に上手く立ち回ってくれたからな。何も恥じることはないぜ」

 少しばかり砕けたような、飄々とした言葉遣い。しかし呆気にとられることもなく、カイトと同じく先輩二人もすぐにそれに気づいた。

「支える籠手の紋章……同業者だったわけだな、感謝する」

 ジンが言った。アネラスも会釈。カイトはやっと立ち上がり、改めて青年を見る。

「良いってことですよ、ジン・ヴァセックさん」

「おっと、俺を知っているのかい?」

「ええ、そりゃもう。共和国の『不動』のジン……お目にかかれて光栄ですよ」

 青年は次に少年少女を見る。

「後輩二人も、以後お見知り置きをな」

「あ、はい。それで……」

 そう言葉を濁したカイトの思考は、しっかりと青年に伝わったらしい。苦笑の後に頭を掻いて、青年は言った。

「はは、俺の名前を言ってなかったな。

 俺はトヴァル。トヴァル・ランドナーだ」

 帝国遊撃士の現状を変えようと奔走する馬鹿者トヴァル。そして、イレギュラーとも言える帝国に似合わない三人の遊撃士たち。

 この四人の出会いが、底知れぬ敵への遊撃士たちの、最初の反撃だった。

 

 

 

 

 






頼れるお兄さんキターーー\(゜∀゜)/ーーー!!
トヴァルの兄貴の登場です。

次回は第18話、「三つ巴の攻防~Distorted Triangle~」となります。
地下道の襲撃を乗り越え、空の帝国編も佳境へ。帝都での予兆と出会いを経て、物語は次の舞台へ!
すぐ投稿できるか、それとも2カ月間が空くかはわかりませんが、引き続きお付き合いいただければ幸いです。


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