心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

54 / 101
だいぶ、お待たせしてしまいました……


16話 軌跡の種子②

 早朝。遊撃士三人は、ルーレ下層から自動昇降階段――エスカレーターというらしい――を昇り、ルーレ市北東にあり市内で最も目立つ巨大な建物へと向かった。

 その建物が、ビルという名称を用いられているのを、カイトは今朝、初めて知った。

「それで、ジンさん。このルーレ市には、オレたちがよく知るような導力工房はないんですよね?」

 今朝、三人はルーレから出た街道にて魔獣討伐を行っていた。といってもそれは特に手配魔獣と言うものではなく、カイトの武術指南を兼ねたものだった。

 結論をいえば、ジンからの直接の指導はカイトに戦闘における広い視野を与えた。

「ああ。だからドヴァンスの旦那に聞いた、あのでかいビルに行く必要があるな」

 個々人のリベールでの旅、オーロックス峡谷道とルーレ街道での魔獣討伐で得たセピスは中々の量となっている。それを使って戦術オーブメントを強化しようというのが、戦闘訓練に続く今日の二つ目の活動だった。

 しかし会話の通り、多少の時間をかけて探してみたもののこの街に導力工房はなかった。そのため食堂の店主に聞いてみると、こんな答えが返ってきた。

『なら、ラインフォルト本社ビルに行ってみろよ。あそこの一階なら色々揃って便利なはずだぜ』

 ラインフォルト社――通称RF社。リベールにおけるZCF、カルバード共和国におけるヴェルヌ社のように、帝国における大陸随一の重工業メーカーだ。導力製品の製造や開発にも力を注いでおり、個人用の導力銃や導力家電、果ては豪華客船までRF社が手掛ける範囲は広大なものだ。

 そしてその名前は、カイトの耳にも伝わっている。リベールにおいてもRF社製の導力銃は流通しており、ファントム、スティンガー、トリックスターなどが売買されているからだ。

 この街はRF社とともに発展したと言っても過言ではなく、故に『導力関係で問題があればRF社へ』という認識が強いのだ。

 そして言うまでもなく、三人が目指している巨大なビルがRF本社ビルだ。

「ここがRF本社か……」

「……でかい」

 目視でも二十階層は超えていそうな高さだ。昨日は夜だったためか圧倒的な光が街全体を照らすような役割もあった。

 カイトはアガット班での調査の時、ツァイス地方にほんの少しだけ滞在したことがある。ZCFにも入ったことはあったが、あそこは地上のみでは五階層程度だった。建物の規模のみで組織の規模を決められるものではないが、その威圧感は思わず竦んでしまうものがある。

 ともあれ三人はビル内に入る。三人の目に入ったのは巨大なエントランスホールだった。正面には二人の受付嬢がいる。左手にはエレベーターや商談用の机、そしてなにやら豪奢な飛行船の模型がある。地面は白と茶の大理石、規則的な四辺形の模様が模られた絨毯。

 明らかに場違いなような気がして、少年は萎縮した。辛うじて右側によく見る導力工房の機材が見えたため、いそいそと歩くカイトを先頭に三人は簡易導力工房へ向かう。

「いらっしゃい。ようこそ、RF社の導力工房へ」

 各々、クオーツ製錬とスロット開封を申し込む。

 カイトはこれまでの旅の中で、全七つのスロットの内五つを開封し、それぞれ体力(水)、攻撃(火)、回避(風)、行動(時)、省EP(空)のクオーツをはめてきた。まずはスロットを二つ開封。これで、初期段階であるものの全てのスロットを開封したことになる。

 そこから、理想となる戦いに特化したクオーツを作成。新しい種類としては駆動と精神、現在あるものの上位互換としては、行動力と体力、回避だ。

 これで、ある程度使用できるアーツも増えてくる。帝国入り前からの感情の乱れや帝国での疲労感はあるものの、少年は少しだけ気分が高揚した。

 RF社エントランスホール内で無用な騒ぎを起こさぬように暇を持て余しつつ、ジンとアネラスの戦術オーブメント調整を待つ。来客用の椅子に座り込み、膝に肘を置き頬杖をつきながら口を半開きにして生気の抜けたような人間を演じる。モノクルをかけた白髪の頑固そうな白衣の老人や、眼鏡に金髪でつり目の婦人――というよりキャリアウーマンなどが忙しく出入りする様子を慌ただしく見つめていると、やがては先輩方の調整も終わり、少年は立ち上がる。

「さてっと。今の時間は……十時過ぎですか。どうしますか? ジンさん」

「そうだな。正午になるまでまだ余裕がある。軽く調査をしてから、依頼を果たすとしようぜ」

 まず三人は、帝国入りの目的である襲撃事件に関する調査を始める。

 ルーレ市は上空から見た面積こそ少ないが、実際は上下層に人の営みが広がる三次元的な作りをしている。その調査の規模はバリアハートにも迫るものがあった。

 ルーレ市では市内で猟兵と領邦軍の争いがあったというのが、他の都市と比べた特筆すべき事象だ。加えて猟兵の一人は死亡している。ジンはともかくカイトとアネラスはリベール出身で、猟兵団の運用が禁止されている王国だ。そんな国から出てきた二人としては、猟兵の動きというものも把握しておきたかった。

 まず民家や個人経営の店舗を渡り歩いていく。三人が遊撃士であることに難色を示す者もいたが、調査の協力は得ることができた。

 一方で、ノルティア州を守る領邦軍とはまだ話すらできていない。やはり彼らこそ多くの情報を持っている者たちだが、バリアハートでの一件を考えるとあまり接触したくないというのが本心だった。

 それでも、話さなければならない。取り敢えず軍人は後回しにするとして、ルーレ市の街中を歩いていった。

 そうやって三人は、いくつかの事実を得てから依頼に着手することにした。

 依頼というのは、昨日ドヴァンス食堂で出会った青年ファストから頼まれたものだ。

『僕が今携わってる導力器の開発には、君たち遊撃士の知恵が必要なんだ!』

 昨日の時点では青年は酔っ払っていて、とても依頼の全行程を聞けたものではなかった。辛うじて三人が理解できたのが、研究あるいは開発に協力してほしいということ。

「遊撃士の知恵が必要な導力器の開発……いったい何でしょう?」

 青年ファストが設けた依頼の場所は、彼と出会った大衆食堂ドヴァンス。そして時間は正午きっかり。開発者というのだから研究室にでも赴くのかと思っていたので、三人は拍子抜けしたものだ。

「普通に考えれば武器の類だろうな。単純にお前さんが使う銃なのかもしれんし、もしかしたら俺やアネラスのように直接的な攻撃のための得物なのかもしれん」

 そのため三人は、時間を見て食堂に入った。カイトとジンは、食堂で珈琲をすすりながら話し込んでいる。ちなみにアネラスは、サービスとしてドヴァンスから出されたアイスを一人幸せそうに口に入れている。

「導力銃はともかく……手甲とか太刀に導力器を入れるんですか?」

「太刀はないだろうが……手甲や棒術具なら有り得る話だ。昨今は導力エネルギーを破壊力に変換して攻撃するユニットが増えてきたからな。開発する企業の方も苦労してるんだろう」

 三人は寛ぎながら世間話を続ける。

 昼間の食堂はやはり人の出入りが激しかった。遊撃士の三人も本来は早々に食事をして出るべきなのだが、事情を知るドヴァンスは快く滞在を受け入れてくれている。

 どれ程話したか。ジンが話した導力ユニットを用いた武器の一例として特殊斧槍(スタンハルバード)があるという話をしたところで、彼は来た。

「お待たせして、ごめんね」

 振り返ると、そこにはファストがいた。シワが見られる白衣は変わらないが、酔いからさめたその顔には優しさもあり、眼鏡と合間って理性的な頼もしさが見える。黒に近い茶髪、随分と切ってない長髪の寝癖を直そうともしていないのは残念だったが。

「よう酔いどれ。ちったぁ素面になったかよ?」

「失礼なドヴァンスさん……昨日はちょっと酔いが酷かっただけですから」

 ファストは三人が座っていたテーブルの最後の椅子に腰かけた。肩にかけていたワンショルダーバックを椅子にかけ、ドヴァンスに珈琲を注文してから三人に向き直った。

「改めて、突然の依頼に応じてくれて嬉しいよ。僕はファスト……ファスト・ローレイン。RF社の第四開発部の一員さ」

 各々、自己紹介を済ませる。ファストは驚いた顔を眼鏡の奥に浮かべていた。

「へぇ、カイト君も遊撃士なのかい?」

「そうですが、悪いですか?」

 案の定、見た目の年齢を疑問に思われた故の会話だった。カイトはぶすっと顔をしかめて、ジンは豪快に笑う。

「ははは、これでもこいつは立派な遊撃士だからな。度々事件解決の一端を担っているんだぜ」

 三人は、まずは手始めにと自分たちがルーレ市に滞在している理由を明かす。三ヶ月前の事件について調べていることを話した。

「そうか、帝国各地を回っているんだね。ここで会えたのは、僕にとっては本当に幸運だったというわけだ」

 食堂で働いているらしい少女が珈琲を運んできた。そこで会話は、本題に移る。

「じゃあ依頼内容を説明するよ。まずはこれを見てほしい」

 ファストは一度言葉を区切った。椅子にかけていたバッグから取り出されたのは、三辺が十五リジュ程度の大きさの正四面体風の銀色の箱だった。変わった形のアタッシュケースといった風貌で、開けるためのレバーも備え付けられているという、一食堂に置かれるにはやや不釣り合いなものだ。

「これは?」

「今から開けるよ」

 ファストは一度周囲を見渡した。人目を気にしているらしく、近くに人がいないのを見計らってその箱を開けた。

 中から出てきたのは、掌大の導力器だった。それはファストの手により慎重に取り扱われ、箱の中の綿から解放されてその身が顕になる。

 ます印象に残るのはカバーと思わしき紅い外装。さらに携帯するための鎖や大きさに、遊撃士三人は既視感を覚える。

「なんか……どこかで見たような気が?」

「しますね……」

 アネラス、カイトが順に唸る。ファストは少しだけ顔を綻ばせてから、三人に答えを放った。

「これは恐らく、君たちが普段から身に付けているもの。単刀直入に言うと、最新型戦術オーブメントなんだ」

「なっ!?」

「ほぉ……?」

 今度はカイトが驚いて、ジンは興味深く相槌を打つ。

 カイトは一度自分の戦術オーブメントを懐から取り出す。銀の装飾が施された真新しいそれは、記憶にある限りでは第四世代だったはずだ。

「依頼を頼む者として、出きる限り説明させてもらうよ。

 まずこれは、最近出回り始めた第四世代型のさらに先を行く新型のプロトタイプ……唯一の戦術オーブメントメーカーであるレマン自治州のエプスタイン財団と、僕が働いているRF社が、技術提携の一貫として開発しているものなんだ」

 つまりは第五世代型。しかもエプスタイン財団からの正統な進化でなく、RF社ならではの特色が加えられた次世代の戦術オーブメントなのだという。

「RF社の中の第四開発部は、少し前にこれを開発させた。専用のクオーツをセットすればもうアーツが使えるようになっているんだ。

 ……そしてこれとクオーツには、今までの世代型とは決定的に規格と特徴が異なっている。本来は極秘情報だから語ることはできないんだけど、一つだけ言ってしまうなら、『属性値』の概念がなくなっていること」

 ラインが単数に近いほど、その戦術オーブメント保持者はアーツ適性が高い。それはラインが長ければ長いほど属性値のポテンシャルが高い――使用できるアーツの幅が広がるという認識から成り立っている。

「このオーブメントはスロット一つ一つが中心という繋ぎ方なんだ。謂わば第一世代型のスロットが連結しているということ。新機能を実装するために回路同士の連絡網は出きる限り単調にするという決まりがあってね。

 代わりに本来の『アーツを使う』というコンセプトを守るため、魔法に必要な属性値はクオーツに込めた……」

 カイトは昔から戦術オーブメントを欲しがっていて、所持しなかった修行時代はジャンからこの手の話をよく聞いていた。けれど技術者の目線からみた用語の説明は専門的過ぎて、少々知恵熱が出てきている。

 そしてジンとアネラスにとっても、少しばかり難解な話題らしい。

「言ってみれば、アーツはクオーツに込められているんだ」

 要するに、ファイアボルトを発動するならファイアボルトに必要な属性値が込められたクオーツを使用する必要があるということか。

 三人の表情を見てか、ファストは噛み砕いた認識を加えた。そるによりようやく三人が息を吹き返した。

「なるほど……あの、いいですか?」

「いいよ。えっと、カイト君、だよね」

「この依頼の主旨が見えてこないんですけど……これを使うってことですか?」

 ジンが付け加える。

「加えてわざわざ箱に梱包している辺り、大事な品だし人目に憚れてもまずいようだ。それを俺たちに教えてくれるというのは、どんな意図があるんだい?」

 もっともな話である。開発に協力するのであれは、完成する前のもっと初期の段階で遊撃士に話が伝わってもいいはずだ。

「順に説明させてもらうよ。

 まず依頼の趣旨は、使い勝手を聴取するものじゃない。それよりもっと重要な……『新種類のアーツ実装に向けたアンケート』なんだ」

 ファストが言うには、この次世代型はその特徴故に今までの世代にはないアーツを使用できる可能性があるのだという。それはRF社の研究者によって考案されているが、その考案に戦術オーブメント使用者の代表である遊撃士の意見がないのは、ファストとしては不服を申し立てる程の違和感があるのだという。

「だから君たちにお願いしたいのは、アイディアを練ることなんだ。戦いあるいは普段の生活で、どんな効果を産むアーツがあれば助かるのか。それを教えてほしい。机上の空論を続ける開発者ではなく、他ならぬ戦術オーブメント使用の第一人者である君たちに」

 一呼吸した後、ファストは熱弁する。

「あと、ジンさんの言った通りこれは企業秘密に近いもの。だけど上の人たちにはいくら遊撃士の意見がほしいと言っても聞く耳を持ってくれないんだ。しかも最近は遊撃士協会絡みの事件があったせいで一層嫌悪する人が多くてね……」

 カイトがわずかに顔をうつむかせた。それを見たファストはやや過剰に驚いて、言葉を重ねる。

「ってああっ! 君たちのことを悪く言うつもりはないんだ! 少なくとも僕は、遊撃士が悪いとは思わない。だから、君たちに協力をお願いしている。どうか、引き受けてくれないかな? 報酬はミラじゃないけど、面白いものを用意するつもりだ」

 どうかな? と、頭を下げられた。それで大事なはずの戦術オーブメントに額をぶつけて痛がる青年は、不器用な性格をしているらしい。遊撃士三人は少し目を瞬かせると、ふっと笑いと共に息を吹き出す。

「どうするよ? アネラス、カイト」

「どうもなにも、出された依頼は断りません! ね、カイト君」

「もちろんです。こんなに分かって、お願いしてくれる人の気持ちを、無下にはできないですから」

 ファストが顔を上げた。戦術オーブメントの形が残る額を擦りながら、嬉しそうに手帳を取り出している。

「ありがとう! それじゃ、さっそく意見を聞くよ!」

 手早く手帳を広げて、新アーツ考案に向けた小会議が開かれた。

 

 

 





データ:カイトの戦術オーブメント
※設定はPSP版に準拠させています。

使用器種:第四世代(空SC)
中心回路:行動2
ライン1:体力2、回避2、省EP1、駆動1、精神1
ライン2:攻撃1
攻撃魔法:アクアブリード、ファイアボルト、エアストライク、エアリアル、ソウルブラー
補助魔法:シルフェンウィング、シルフェンガード、クロックアップ、アンチセプト
回復魔法:ティア、キュリア、ラ・ティア、ティアラ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。