心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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連続投稿最終日。

更新ペースについては、活動報告をご参照ください。


13話 軌跡への招待

 エアストライク。風の刃は至近距離で立っていたオルテガを無力化し、それでも必要以上の傷を与えなかった。

 老兵は立ち上がれなかった。傷が深いからでも、予想外の攻撃だったからでもない。ただ、少年の言葉が重くのしかかっただけだった。

「オルテガ・シーク。王族と一般市民の拉致、及び王城占領で……いや」

 カイトは一度頭を振った。

「あんたが自信を持って答えを見いだすために、あんたを逮捕する。……オレが言えたようなことじゃ、ないけどな」

 港であった事が幸いした。ロープを持ってきて、オルテガの腕を拘束した。

「……少年」

「なんだ?」

「名は……何という」

「カイト。カイト・レグメント」

 拘束している最中にした会話はそれぐらい。

 腕を拘束したロープを、今度は倉庫やコンテナにくくりつける。だが、その拘束はどこか緩い。

 重い斧は何とか引きずって、取れないような場所に隠した。本当に、あの外見で重量のある斧を振り回すとは、恐ろしい体捌きだった。

「カイト」

「……なんだ?」

 まったく同じ返事をする。

「恐らくはカノーネも、リシャールを取り戻すために躍起になっているはずだ。願わくば、彼女にも同じ言葉をかけてくれ」

「……それは、オレの役目じゃない、かな」

 オルテガの状況に感化されて、いつになく声を張らした。カノーネには、カノーネに声をかける相応しい人物がいるはずだ。それは恐らく、いや間違いなくリシャール大佐だろう。

「だから今は、捕まえることに専念する。それにたぶん、もう事は終わってる」

 オルテガと戦い始めてからそれなりに時間がたち、その後導力停止現象が発生し掻き消えてからもある程度の時間が経った。

 どんな過程にせよ、自分一人でこの強敵を下したのだ。先輩たちが集まれば、戦車の一つや二つ簡単に無力化できると思える。

「言ってて思うけど、戦車無力化できるって凄いな」

「ははは、違いない」

 オルテガが笑った。余裕のあるそれではなく、憑き物がとれたかのような笑い声だった。

「末恐ろしい子供たちだ、遊撃士というのは。私はここで、素直に待つとしよう。戦いに負けたのだからな。あらゆる意味での戦いに」

「そうしてくれると、助かる」

「それに……久々にアランとも、話をしてみたくなったしな」

「ありがとう……オレを信じてくれて」

 自分で言っていたし、逃げることはないだろう。

 自分が、彼を変えることができたのだろうか。もしそうだとしたら、こんなに嬉しいことはない。エステルたちのように人を導くことができたのなら、こんなに嬉しいことはない。

 少年自身、戦いから日常に戻れば考えてしまうこともある。帝国への感情と、姉への感情。思い出せば、自分もオルテガと同じ迷える人間だ。心がざわつかない訳がない。

 それでも、オルテガを倒せたことは嬉しかった。

「……にしても、やけに静かだな」

 オルテガから離れてエステルたちがいるであろう場所へ走る。それなのに、導力停止現象の後に聞こえた轟音はもうない。中規模の爆撃や射撃の音は、戦闘に集中していたカイトの耳に届かなかったのかもしれないが、それでも今は、静かすぎる。

「あ、見えてきた」

 港の出口付近だ。物言わぬオルグイユがあって、付近には大した怪我もなさそうなエステルたちと、何故かユリア・シュバルツ大尉までいた。加えてデュナン公爵に、カノーネを始めとした特務兵の残党たちがいた。残党たちはみな気絶しており、唯一カノーネのみ顔を上げているのが見える。

「おーい! エステー……ル……?」

 大声をあげたはずなのに、誰一人こちらに顔を向けない。さらに近づいて、全員がある方向を注視していることに気がついた。

「な、なあエステル? アガットさん? 特務兵が逃げちゃう……」

「うふふ、ご機嫌ようお兄さん」

 声が聞こえた。エステルたちが注視……見上げている方向から。

 そこまで状況が揃ってから、ようやくカイトは顔を上げた。

「女の子……?」

 港の倉庫、その屋根の上。縁に腰掛けながら手をついて、楽しそうに自分たちを見上げている少女がいた。

 見覚えがあった。紫色の髪、金色の大きな瞳、白黒のフリルのドレス。エア=レッテンの関所で出会い、エステルたちが王都で保護し……そして特務兵に公爵共々誘拐された少女、レン。

「な、なあ。何でそんなところにいるんだよ。危ないから早く降りないと」

「クスクス。そんなことよりもお兄さん、思ったよりも格好よかったわ。あの斧のおじさんをやっつけちゃうなんて、見直しちゃった」

「え?」

 疑問符が生じる。

 自分とオルテガの戦いを、見ていた?

「でも少し遠かったのが残念かしら。折角ここが一番いい席だから、一緒のテーブルで楽しんでくれた方がよかったわ」

 会話が噛み合わない。

「エステルも信じられてないみたいだし、丁度お兄さんも来たからもう一度言いましょうか?」

「ねえレン! お願いだから嘘だって言ってよっ!」

 エステルが、彼女らしからぬ悲痛な声を張り上げた。声はもちろんレンに向けられていて、カイトはまるで状況が理解できない。

「ええ、もう一度言ってあげるわ。

 ――執行者No.ⅩⅤ。『殲滅天使』レン。それが私よ。エステル、お兄さん」

 ここにも、執行者がいた。こんな幼げな少女が、だ。

 王都での数々の脅迫状、エステルとケビンへの手紙、そしてカノーネへの再決起作戦発起の手紙。そして王都支部のエルナンをはじめとした人々への睡眠薬の投与。全てを、この少女一人が企てたのだという。

 そして少女自身は、この狂ったお茶会の主人として、オルグイユとエステルたちの戦いを誘導し、観戦していた。

「……だったら、レンのお父さんとお母さんは?」

「あれのこと?」

 少女はエステルの数アージュ横を指さした。そこには、父と母の残骸が寝転がっていた。

「カイト、お前なら分かるだろ」

 アガットが緊張した面持ちで促した。首を切り裂かれ、四肢の関節はあらぬ方向で曲がっている。無残な形で放置されているが、その肉体からは少しも血液が流れていない。

 ラヴェンヌ村の廃坑で遭遇した、特務兵の人形兵器と同等のものだった。

「こんなの、パパとママじゃないんだから。今から呼ぶのが、本当のパパとママよ」

 カイトも、そして最初からこの場にいたエステルたちですら、唐突過ぎて状況についていけない。

 特務兵の再決起の裏には、結社が潜んでいたこと。他の地方と同じように現れた執行者、それがレンだったということ。それだけで、特務兵の残党を制圧したという事実を塗りつぶしてしまった。

 さらに、レンはいつの間にか持っていた大鎌を掲げて、エステルたちにぎりぎり伝わる程度の声量で呟いた。

「来て――『パテル=マテル』」

 直後、大地と鼓膜を芯から震わす振動が起こった。その場の誰もが、訳が分からず混乱している。

「な、なにこの音……」

「上だ! 気を付けろ!」

 呆然とするエステル。注意を促すユリア大尉。

 そして、それは唐突に()()()来た。倉庫とオルグイユ、その間のちょうど四十平方アージュ程開けた空間に。

「なああ!?」

「ひいいっ!?」

 まずそれが地についた瞬間、あまりの衝撃にデュナン公爵は転び、軽いカイトは反動で飛び跳ね、エステルは叫び、人形の残骸はカラカラと音を立てた。

 少年はまず見たこともないような、紫に光る合金の体。まるで呼吸をしているかのように緩やかに動く、幾多の関節機構。三つ指の大きな手。エネルギーの排出機構や大砲のような口を兼ね備えた巨大な肩。

 先ほどまで大きく見えていたオルグイユが玩具に見えるほどの、全長十五アージュは超えようかという巨体。

 人の体を模した、トロイメライよりも巨きな人形兵器。それが――

「これが、レンのパパとママ(パテル=マテル)。パパのように大きくて、ママのように優しいの」

 パテル=マテルが、自らの横にあったオルグイユに向けて腕を振りかぶった。カイトは知らなかったが、アガットがその行動の意味を告げる。

「『ゴスペル』を!?」

 そこには、先ほどカイトにも影響が及んだ導力停止現象の根源があった。

 これが、王都における結社の実験だったのだ。オルグイユにゴスペルを装着し、何某かの結果を持ち帰るという。

 レンは、唐突にパテル=マテルに向けて跳躍した。カイトでもエステルでも、アガットでも跳べるかどうかわからない距離を。それこそ、グランセル城でのロランス少尉を彷彿させるように。

 そしてパテル=マテルが手を動かして、レンは掌にぴったりと着地した。

「ね? 優しいでしょう。だからあんな人形をパパとママだなんて、言われたくないの」

 全員がたじろいだ。機械が親と言う少女の感覚に、誰も二の句が継げない。

「も、目標発見!」

「わわ、何あれ!?」

 声が、東街区の方から聞こえてくる。最初に聞こえたのは知らない男性の声で、次に聞こえたのはアネラスの声だった。

 男性の方は、軍人の中隊長だった。そして一般兵、さらには守備隊長のシード中佐もいる。

 そしてアネラス。さらにはフィリップ、そしてエルナンを除いた協会支部で眠っていた遊撃士と協力者たちがやって来た。

「巨人!?」

 と、アネラス。

「カイト!?」

「ね、姉さん……」

 学園でのいざこざがあるものの、一先ずは無事だったことを喜ぶ姉弟。

「レ、レンちゃん……!?」

 そしてティータが、年も近く仲良くしていたらしいレンに向けて戸惑いの声をかけた。

 当たり前だ、遊撃士や軍人でさえこの状況について行けないのだから、少女に驚くなと言うのは酷な話だった。

「うふふ、睡眠薬の組み合わせもぴったりだったみたい。昔、ヨシュアに教わった通りね」

「っ!」

 エステルの顔が強張った。

「ホントはね、エステルのこと殺しちゃおうかなって思ってたの。だって教授が、ヨシュアが帰ってこないのはエステルのせいだって言ったから。

 ……でも、楽しかったから今回だけは許してあげるわ。特別なんだからね?」

「ちょ、ちょっと待ってよレン!」

 レンはそれ以上の会話を続けなかった。可愛げな貴族の娘がそうするように、スカートの裾をつまんで愛らしげに一礼する。

「それでは皆様……今宵はお茶会に出席して頂き、誠にありがとうございました」

 パテル=マテルの肩口から、地に向けて青白い炎が噴出する。それによってパテル=マテルの体が浮いていき、器用に体を回旋させて、エステルたちに背を向けた。

 さらに背中からも炎が噴出。見る見るうちに高度を上げ、代わりに地上の人間たちに不快に感じる程度の熱風を与えて来る。しかし、やがてはそれも影響しないほど人形兵器は小さくなっていった

「レーン!!」

 エステルが、やりきれなさそうに、ただひたすらに叫ぶ。

 他の多くの人間も、完全に姿が見えなくなってからしばらくは闇の空を必死で睨み続けていた。

最後まで最後まで、無邪気に笑っていた少女の存在が信じきれなくて。

 その後、王国軍によって一先ずの混乱は防がれることとなった。特務兵の最終拘束、騒ぎを聞きつけた市民への報告、港の関係者への報告と被害調査。

 そして、巨大な人形兵器の行方。これは夜通し警備艇を用いて行われたが、結局見つけることは出来なかった。

 

 

――――

 

 

 翌日。

 協会支部も、お茶会に巻き込まれたことによって数時間ではあるがその機能を停止していたのだ。午前中は、その穴を埋めるための依頼や他支部との連携に努めることとなった。

 各々仕事や休憩を挟みつつ、正午に昼食をとってから支部に集合する。

 各人の空気は、レンの影響によってどこか重くなっている。

 さらに言えば、未だカイトとクローゼは隣にいても会話を交わさなかった。

 遊撃士たち、そして数人の協力者と受付のエルナン。総勢十人は、静かに支部の一階にいた。そのうちエルナンは、導力通信を用いて会話を続けている。

「……そうですか。ええ……分かりました。それでは宜しくお願いします」

 エルナンが受話器を置く。

「どうだった? エルナンさん」

「ええ、カノーネ元大尉が事情聴取に応じたようです。詳しい事情が分かったら、ギルドにも教えてくれるでしょう」

「へっ、あの強情そうな女狐が口を割るとはな……どんな手を使いやがったんだ?」

「たぶん、リシャール大佐が対応したんだと思います」

 それぞれ遊撃士が口を開き、最後に新人が予想を告げた。

 カノーネがあのままで口を割るとは思えない。オルテガにカイトが言ったように、カノーネという、別の視点から見れば従順な姿勢を変えるには、やはり影響のある人間が不可欠なのだから。

「なんにせよ、特務兵のことについては王国軍に任せてもいいだろう。俺たちは俺たちで、情報を整理しておきたいとこだ」

 ジンが言った。その言葉にエルナンは頷き、最初に依頼への報酬を渡してくれる。

 遊撃士としての手続きを一通り済ませたところで、本格的に情報の生理……昨日の出来事について話し始めた。

「あの、エステルさん。レンちゃんは本当に結社の……」

「うん……執行者の一人で殲滅天使って名乗ってた。本人が言ってたから間違いないと思う」

「そうですか……」

 アネラスが、信じられないというように聞いてくる。

「で、でもあんな女の子が結社の手先なんて……しかも執行者って、ものすごい使い手なんだよね?」

「ううん、本当だと思う。ヨシュアも同じくらいの年で執行者だったみたいだから……」

 いずれにせよ、レンが今回の騒動を全て計画し、操り、(そそのか)したことに間違いはなかった。昨日の去り際の言葉から、エステルのことを狙っていたようであったし、道化師カンパネルラが関与したとはいえ、ボースにいたカイトたちまでを王都へ呼び寄せたのもまたレンなのだ。

「えっと、やっぱりみんなあの子に眠らされちゃったわけ?」

「ええ、恐らく……レンちゃんが百貨店で買ってきたクッキーを頂いた後でしたから……」

 それについては、特に先輩遊撃士たちが苦い顔をしていた。無理もないだろう、盛られていたのが睡眠薬でなく毒だったら、一人残らず死んでいたのだから。

 ブルブランと出会った時は、どちらかといえば何とも言えない空気に包まれた中での戦闘だった。痩せ狼ヴァルターにはカイトは会っていないが、エステルたちの話を聞くには極度の戦闘狂で危険人物ではあったがそれまでの男。

 だが今回ばかりは、身を震わせざるを得ない。暗殺者ばりの隠密行動を行い、目的の状況を再現するための的確な情報掌握に努め、一国の技術以上の――少なくとも導力技術先進国のリベールでも現状開発困難な――人形兵器を顕わにして来たのだ。

 どれをとっても、遊撃士たちの想像を超えていた。

 人形兵器についての見解を述べたティータは、昨日からエステル以上に落ち込んでいる。聞いた話ではレンと王都で買い物をしたり、遊んだりしていたらしく、そのショックは大きかったのだろう。

「もう、元気出しなさいよティータ! 今度あの子に会ったら、絶対あの子を結社から抜けさせてやるんだから!」

 エステルは、懸命に励ました。ヨシュアを結社から抜けさせたカシウスの娘である自分なら、同じことができるからと。

「うーん、ええなあエステルちゃん。ますます惚れてしまいそうやでえ」

 ようやくティータが笑顔を見せ、エステルの言動に皆が呆れつつ感服していると、それに同調する青年が一人。

「やー、遅れてスンマセン。今までカラント大司教にこっぴどく説教されましてなぁ」

「いえ、ケビン神父。来てくださってありがとうございます」

 エルナンは、緑髪の不良神父にそう言った。

「あのー、ケビンさん」

「ん? なんやエステルちゃん、ようやくオレの魅力が伝わって来たとか?」

「いや、そんなことはどーでもよくて。今更といえば今更だけど、結局ケビンさんって何者なの?」

 地味なボディーブローをかましたエステル。ケビン神父は泣きそう……な空気は醸し出したが、今の雰囲気を理解しているのか真面目な顔つきで語り始めた。

「カイト君らには説明してあるけど……そやね、エステルちゃんたちにも改めて自己紹介しましょ」

 そうしてケビン神父は、先日と同じ説明を始めた。その説明に、多くの人が彼の身のこなしの軽さに納得していく。

「ほう、これは恐れ入った。まさかキミみたいな若者が、星杯騎士だったとはね」

 その中でオリビエは、感心してそう言っていた。知る人にとって、星杯騎士とは名を馳せる存在であるらしい。

「そんなわけで、これからもよろしくお願いしますわ。また定期的に、情報交換しましょうや」

 ケビン神父は一呼吸おいて、ようやく自らの目的を明かしてくれた。

「オレがリベールに来たのは『結社』の調査のため。さらに言えば、連中が手に入れようとしている『輝く環』の調査なんやけどね」

 七耀教会が活動している理由が、ようやくここで明らかとなったのだ。それと同時に、ある程度の結社の目的も。

 教会は、古代遺物群である『七の至宝』の情報をかき集めていた結社の動向に目を光らせていた。そんな折にリベールから届いた七の至宝の一つ、輝く環の情報。

 真偽を確かめるために派遣されたのが、目の前の不良神父だった。

「それじゃ、今日のところは失礼しますわ。……ほなー、みなさん!」

 そして、ケビン神父は皆の毒気を抜いて去っていった。

 新たな見解として加わった、結社の目的が『輝く環』であるという可能性。その話をしていると、しばらく大人しかった導力通信が再びけたたましい音を奏でる。

「はい、こちら遊撃士協会グランセル支部です。…………なんと、そうですか。……了解しました、こちらでも注意しておきます」

 手短に通信を切り、疲れたような面持ちでこちらに戻ってくるエルナン。

 彼が伝えてくれた言葉に、その場の全員がまた呆気にとられる。

「どうやら昨夜、ボース地方に空賊の残党が現れたようです」

 詳しい内容までは聞いていないようだが、空賊がアジトにしていた現王国軍の訓練場に出没し、そこに停めてあった空賊艇を奪ったのだという。

「ちょ、ちょっと待ってよ。あまりにもタイミングが良すぎない!?」

 エステルの困惑。それは他の人にとっても同様で、結社の関与を考えてしまうものだ。

「確かに、可能性は否定できませんね。その意味で、皆さんに次に向かっていただくのはボース地方、ということになります」

 次に事件が起こるのはロレントかボースのどちらか。その意味でも、この方針は妥当と思える。

「ただ一つ、王都を発つ前に皆さんによってもらいたい場所があります。よろしいでしょうか」

「え?」

 まとまりきったところで、逆にエルナンが待ったをかけた。新たな情報か、それとも依頼か。遊撃士たちは耳を傾ける。

「さきほどカイトさんが言ったことですが、実は正解していました。カノーネ元大尉を説得したのは、服役中のリシャール元大佐だったと、協力関係のよしみで伝えてもらいましたよ」

「リシャール大佐が……」

「そっか……」

 カイトとエステルが、安心したような顔をした。

 カイトはオルテガの件でカノーネを気にかけていたし、エステルは地下遺跡で戦ったリシャールの今を聞けたのだ。リシャールが絶望に堕ちることもなく、かつての部下を説得するために行動を起こしている。そのことが、エステルは嬉しかった。

「それで、服役中のリシャール元大佐をカノーネ元大尉が拘束されているエルベ離宮まで移送したのは、カシウス准将なのです」

 意外な名前が出た。ただ考えれば、大罪人を要塞から連れ出すような真似をできる人間は限られている。言われて納得する人物でもあった。

「先ほどの通信の最後に、エルベ離宮まで来てほしいと言われました。エステルさんをはじめとしたこの九人を指名してです」

 そこまで来ると、どうやらカシウス・ブライトの差し金であることが予想される。ここにいる人間はカシウスの本性を知っている人間が多くて、協力者を除いた遊撃士全員が「また厄介事を持ち込んでくるな……」と身構えた。

 ただ、他ならぬカシウスの使命でもある。一行は気分を一新して、エルベ離宮へと向かった。

 

 

――――

 

 

「やあ、よく来てくれたな皆」

 エルベ離宮の大広間。遊撃士が訪問してくることを知っていたらしい一般兵の案内を受けて、九人はやって来た。迎えに来たのは、やはりエステルの父親。

「久しぶりな気もしますな、旦那」

「ああ、もうすっかり立場も変わってしまったからな。相変わらず娘に協力してくれているようで、君には感謝しかないよ」

 離宮には他にもシード中佐やユリア中尉がいるが、いまもカノーネの取り調べに身を割いているらしい。他にも移送前の特務兵の残党がこの場に拘束されているからか、兵士たちも少し緊迫して警備を行っていた。

「まあここ数日で、本当に色々なことがあったな。どうだ、エステル。流石に疲れたか?」

「まあ、ね。でも父さんたちも頑張ってるし、私たちも負けていられないわよ」

 加えて、ここにはリシャールもいるのだ。警備の都合上顔を合わせることは出来ないが、どうしても顔を見てみたいと、その場の誰もが考える。

「さて……結社の調査を受け持ってくれているところすまないな。突然の呼び出しに応じてくれて」

「全くだぜ。少しはアンタの我儘に付き合わされる奴の気持ちにもなってみろ」

 アガットが怒るというより、嫌みを言うような口調でカシウスをなじる。

「はっはっは、すまんな。……こちらも結社の行方について調査を開始し始めているところだ。今のところは平和条約や昨日の事件の後始末で忙しいが、そのうちお前さんたちとは別の方針で動くことができるはずだ」

「確かに、そうしてもらえると助かりますね。まあ本音は、先生が楽をしたいからサボってるんでしょうけど」

 妖艶な声で話すシェラザード。対してカシウスは、「ばれたか……」と本当にそう思ってるような口ぶりだ。

「ま、そろそろ本題と行くか。お前さんたちは、次はボースに行くんだったな」

「う、うん」

 娘が返答した。そして元S級遊撃士の不良中年は、やや唐突ともいえる内容を切り出した。

「今日ここに来てもらった理由は、お前さんたちに依頼を頼みたかったからだ」

「それは……王国軍の依頼ということでしょうか?」

 クローゼが問う。今までと同じように、淡々とカシウスは言葉を重ねていく。

「どちらかといえば私個人の依頼になります、殿下。王国軍でもそれを重要視してはいるが、未だ懐疑的だったり認めたくない人間もいる。そういう訳で、私が一足先にズルをさせて頂いたのです」

 カイトがここに来て初めて、口を開く。

「それで、本題は何ですか?」

 カシウスは頷くと、真面目な口調で語り始める。

「クーデター事件の際、俺が帝国で活動していたことは知っているな。俺はその時、中々厄介な事件を追っていたんだが……それが例の『結社』が関係しているんじゃないかと考えているんだ」

「なっ」

 アガットが声に出して呻いた。

 それはやはり、カシウスが帝国へ向かったところから結社の行動は始まっていたということなのか。

「だからもう一度入国して調査したいと考えていたんだが、なんせ立場が立場だからな。迂闊に他の国になんて入れたもんじゃない。

 そこで、お前さんたちにその情報収集を頼みたいんだ。」

 確かにそれは納得できる。王国軍准将という立場では、カシウスはもう帝国へ入ることは叶わない。何せ、十年前に帝国を退けた、帝国にとっての最大の脅威なのだから。

 それに結社絡みとなれば、こちらも調査を行う意義がある。自分たちの疲労度を度外視すれば、カシウスが指名したのも頷けた。

「……つまり、『帝国遊撃士協会支部連続襲撃事件の再調査』。これが、俺が遊撃士協会に申請する依頼の内容ということになる」

 ぽんぽんと情報が出てきて、エステルたちは理解をするのに少しの時間を要した。それに会話をしているのは、ここにいる多くの人間にとって憧れの人間。普通の人が相手なら今までに何度か不確定事項を確認しているが、カシウスではそれができなかった。

「ただお前さんたちも、国内での結社の動向を探るのに忙しいからな。誠に勝手だが、俺の方で帝国に行ってほしいメンバーを選定させてもらった」

 そして次の言葉に。選定されたメンバーの名前を聞いて、一同はさらに驚くことになる。

「まずは、ジン」

 カシウスはジンを見た。

「そして、アネラス」

 次にアネラスに顔を向けた。

「そして……」

 最後に、茶髪の少年を見据えた。

「……カイト。お前だ」

「…………え」

 カイトが、ただひたすらに驚いた。

 少年を指名した准将は、真面目で真っ直ぐで深く優しい瞳を、少年に向けていた。

 エレボニア帝国。黄金の軍馬を象徴として掲げ、リベール王国の北に位置する西ゼムリア屈指の巨大帝国。リベール人にとって……特にカイトにとって、一言では語れない想いをはらむ、十年前の敵国。

 そんな場所での、英雄カシウス・ブライトの軌跡を辿る調査。

 カイトはまだ、驚きの表情を隠せないでいた。

 

 




空SC編の第1・2章に相当する、心の軌跡第二章、結社の影が終了しました。
色々な事情があり駆け足で進めましたが、ご了承頂ければと思います。
さて、ここからは活動報告でお伝えしているようにしばらくの間休載したのち、新年から第三章が開始となります(休載の理由は活動報告をご参照ください)。

第三章は「軌跡を辿る~黄金の軍馬~」、第一話は「初めての場所へ」です。
物語の舞台を帝国に移し、カシウスの依頼を達成していくことになるジン・アネラス・そしてカイト。
恨みが残る帝国に対し、失恋もしている不安定な状況で、新たな人や場所、文化との出会いを描いて行こうと思います。
カイトにとっても作者にとっても挑戦的な「空の帝国編」。暖かく見守っていただければ幸いです。

ではまた、2016年にお会いしましょう。
皆様、良い御年を!!

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