心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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連続投稿3日目。

更新ペースについては、活動報告をご参照ください。






10話 十字架の使者たち③

「まさか……影縫い!?」

 影縫い。東方に伝わる術の一つ。標的の影を特定の方法で突くことで影を地に固定する――影が動く一切の四肢体幹頭部の行動を制限するものだ。

「フフ、動けまい。君たちはダルモア市長の『宝杖』に驚いていたようだが……この程度の術、我々執行者ならばアーティファクトに頼るまでもない」

 封じの宝杖。確かにあのアーティファクトも、細かい理論は違うだろうが同じように行動を封じていた

 そのうえ、この男は本気を出している気配もない。底が知れないロランス少尉と同じように。

 剣を構えた状態のクローゼ。彼女の前に悠然と近づいた怪盗紳士は、形だけは紳士らしく会釈をしてみせる。

「クローディア姫。これで貴女は私の虜だ。さて……どのような気分かね?」

「……見くびらないでください。例えこの身が囚われようと、心までは縛られない……私が私である限り、決して」

「そう、その目だよ! 気高く清らかで何者にも屈しない目! その輝きが何よりも欲しい!」

 正と負の言葉の応酬。

「……ふざけたこと抜かしてんじゃねえぞこの変態があ!」

「やれやれ、姫を守る騎士のつもりかな? もう少し言葉遣いを覚えてから出直したまえ」

 綺麗に、パチンと指が鳴る。

「まだ話は終わって――~~!?」

 カイトの口が塞がった。

「このキテレツ仮面! クローゼから離れなさいっての!」

「やれやれ、この仮面の美しさが分からないとは……君も美の何たるかが理解できていないようだな」

 エステルの大声も――口が比較的まともだからか塞ぎはしなかったが――相手にはしなかった。

 もはや変態と言っても過言ではない怪盗紳士の独壇場……となりかけたその時。

「フフッ」

「む……?」

 もう一人の変態が動いた。

「ハハハ……これは失敬。キミがあまりにも初歩的な勘違いをしているのでね。つい罪のない微笑みが零れ落ちてしまったのだよ」

「ちょ、オリビエあんた何を――」

 エステルを遮るブルブラン。

「ほう? 面白い、私のどこが勘違いをしているというのかね?」

「確かに僕も、姫殿下の美しさを認めるには(やぶさ)かではない。だがそれは、君のちっぽけな美学で計れるものではない。

 ……ましてや、『美』を語るに相応しきカイト君をその舞台から外すなど、美を語る者の風上にも置けないね。……君の方こそ、顔を洗って出直してきたまえ」

 ブルブランも思わぬ切り替えしに驚いたのか、カイトの口封じが解ける。

「ちょ、別にオレは美を語ろうとは――」

「おお、何という暴言! たかが旅の演奏家ごときが、どんな理由で我が美学を(おとし)める!? 返答次第ではただでは済まさんぞ!」

「フフフ……ならば――」

「うるっさいわこの変態どもがあああ!!!!」

 ついに剣聖の娘がぶちギレた。その咆哮たるや、トロイメライのエネルギー砲以上の圧力を持ってその場の全員に襲いかかった。

「……」

 クローゼとカイトは耳鳴りに苦しみ沈黙。

「おおっ……」

 オリビエと、余裕のはずのブルブランも思わず苦悶。

「はぁ……」

 シェラザードは、もう一人で帰りたいと本気で考えていた。

 余談だが、ドロシーは迷宮の奥から聞こえてきた咆哮に、「噂の幽霊さんです~!」と嬉々として写真を撮り続け。

 学園関係者は、受け取ったドロシーの写真に写る塵の魔獣を見て、「亡霊の怨念がここまで届いたのか!?」と一週間ほどありもしない気配を感じていたらしい。

「さすがは剣聖の娘かっ。この状態で私を戦かせるとは……これは評価を改めなければいけないようだな」

 一つだけ聞きたい。

 真面目な空気はどこいった。

「よろしい! ならば諸君らの戦いがどれ程美しいのか……『彼』と矛を交えることで見せてもらうとしようっ!」

 再び、ブルブランが指を弾いた。そして地鳴り。その源は各々の視界の端、大広間の側方の壁。

 そんな音に、既視感を覚える遊撃士たち。どう考えても、数ヶ月前の状況と重なる。

 動けぬまま冷や汗をかいていたら、壁という扉が開かれ、ついにそいつは現れた。

 光沢が煌めく鉄製の体。にも関わらずしなやかに動く関節部。四本の足とそこに繋がる胴体は、お伽噺(とぎばなし)のケンタウルスを彷彿させる。さらには、二本の腕に携えた両刃の大剣。

 何よりも、大きい。それこそ、トロイメライに匹敵する大きさだ。

 クローゼが、明確な形容を与える。

「甲冑の人馬兵……!」

「『ストームブリンガー』……この遺跡の守護者さ」

 言い切ったブルブランが、いつのまにか手に持っていた短刀を投擲してきた。計五本のそれは遊撃士たち五人の影に向かい、影に刺さっていた針を砕く。

「か、体の……」

「自由が戻った……!」

 間一髪。人馬兵の大剣の凪ぎ払いを避けて後退し、完全な臨戦態勢をとる。

「さぁ! これで舞台は整った! 私の目が節穴でないことを、証明してくれたまえっ!」

 足を組み体を仰け反らせ、両腕は再び天へ。事件の犯人は、高みの見物というわけだ。

「冗談じゃないわよ! 誰が見世物になりますかっつーの!」

「ふざけんな! 今すぐ引きずり下ろして叩きのめしてやる!」

 威勢のいい年少遊撃士たち。

「いずれにせよ強敵よ! 気を引き締めてかかりなさい!」

 やっと空気が戻ったと、何故か安心したシェラザード。

 言うか速いか、ストームブリンガーが右腕を振りかざす。

 戦術オーブメントによって身体能力が強化された五人。彼らは三々五々の方向に一般人では困難な四アージュの距離を跳び、身を踊らせて剣の鉄槌を回避した。

 地が抉れ土煙が舞う。それを死角とするため突っ込み、あるいは戦況を俯瞰するために後退し、各々の行動に移り始めた。

「あたしが敵を引き付ける!」

 やはりというか、この場に屈強な味方がいないためにエステルがストームブリンガーに突っ込む。

「姉さん! エステルを最大限サポートしてくれ!」

「うん!」

 シェラザードは恐らく、指揮をとるはずだ。オリビエは恐らく魔法攻撃を担うはず。

 ならば、自分はやはりエステルと共に囮役だ。

 状況としてはトロイメライ戦と同様。しかしあの時と違い、メンバーは半数なうえに魔法を得意とし物理破壊が不得意な者ばかり。

 魔法連携は囮の数が足りないどころか、新装されたばかりの戦術オーブメントでは上位魔法も放てないだろう。必然的に各々の負担が増えることになる。

 ならばまずは、自分の身は自分で制御できるようになることだ。

「アーツ、駆動……!」

 新型を手に入れて初めてやって来た、魔法を放つ機会。こいつと共に、オレは強くなってみせる。そんな意志を込めて、どちらかと言えば集中を阻害させてしまう言葉を紡いだ。

 戦闘開始で高揚した意識の一部が、氷のように冷たくなる。その冷静な意識が、身体中に触れている見えない導力を認識した。

 導力が、まずはカイトと同調した戦術オーブメントに集束。そして体に流れ込んで、脳天から足先までの神経細胞を駆け巡った。

 慣れない者には異物とも言える、しかしどこか心地のよい感覚。催眠のような忘我でありながら、確固たる意志で染められた意識。イメージは少年の中で黒色の煌めきを纏いながら、体を回って戦術オーブメントから外界へと吹き荒れた。

 カイトの戦術オーブメントから吹き荒れた黒色の波は僅かな乱れもなく直線上に放射され広がり、やがてはカイトの体を包み込んだ。

 対象者の感応力、反射、神経伝導、あらゆる事象を加速させる魔法、クロックアップ。

「エステル! 『フォルテ』、行くわよ!」

 少年より逸早く魔法を駆動させたシェラザードは、荒々しく燃え広がる赤色の波をエステルへと放っていた。力を司る火属性の導力が、少女の棍に破壊力を与える。

 エステルが問答無用の勢いでストームブリンガーの腹部の高さまで跳躍し、渾身の力を込めて得物を振りかぶった。

 銅鑼(どら)を天高くから叩き落とすような音。クローゼと同じく後方に立っているため戦況を見渡せる少年は、その音を合図にして走り込みながら、再び魔法駆動を図る。

 魔法を使い始めてから日の浅い自分が、ロランス少尉と同じように体術と駆動を両立できるとは思わない。しかし、ジャンは自分が導力に適性があると言っていた。それなら、脇も降らず直線的に走ることなら、あるいは。

 そんな狙いを込めてストームブリンガーとの距離を維持しつつ側方へ駆け、柔らかな熱のイメージに身を任す。

 先に注意を引いているエステルとは反対、ストームブリンガーの背まで走り込んだ後に、赤色の波を集束させた。

「――行けぇ!」

 少年の正面から放物線を描いて、人馬兵の頭部へと命中したファイアボルト。大した痛手ではない。けれど決して低くない威力の火球は、間違いなく戦況を変化させる。

「ナイス、カイト!」

 人馬兵はエステルの呼び声よりも背後の少年に重きを置いた。

 いずれにせよ、前衛で囮を務める少年少女。さらにエステルは物理破壊を担うことになる。

 残る後衛からの援護役三人と連携をとりながら、ストームブリンガーを沈黙させる。

「ほら、来いよ馬男!」

 人馬兵は右腕の大剣をカイトに向けて叩きつけた。当たれば即死だけでなく木端微塵にすらなりそうな一撃を、少年は魔法により素早さを上げた体で飛ぶことによって避けた。

 地が抉れる震動を鼓膜で受け止めながら、空中で一回転。少年の目に映ったのは、間髪入れずに左腕の大剣を振りかぶっている敵の姿。

 まずい、と思うもそれも一瞬。突如として出現した圧縮された水が、長い長い矢となって人馬兵の大剣に襲い掛かる。

 ブルーインパクトによって軌道を変えた大剣は、着地したカイトのニアージュ真横を粉砕した。

「……」

 怖いなんてものじゃないぞ、これ。こんな感覚で戦ってたのか、普段から強敵の前衛にいるアガットさんたちは。

「はははっ! 素晴らしい!」

 しばらく黙っていたブルブランが、また(やかま)しい声をあげた。どうやら、ブルーインパクトがクローゼによって放たれたものだったかららしいが。

「姫! やはり貴女は私にとって極上の至宝! 甘美なる頂の花蜜! その輝き、やはり目を背けずにはいられない!!」

 もはやカイトにとっては奇声を発しているようにしか感じない。それにクローゼも、この身の毛のよだつ叫びを聞いて落ち着いて戦場に立てるのはさすがに王女という立場を乗り越えているだけはあった。

 だがそんな少年少女も、そして一応は落ち着いて聞いていられた他の三人も、次の言葉には虚を突かれた。

「ならば、これはどうする? 守護者たる彼の大いなる(いかずち)には?」

 その言葉が契機だったのか、それとも偶然かは分からない。ただ、戦況が傾いたのは確かだった。

 甲冑の人馬兵は、一度カイトたちへの攻撃を止めた。そのまま両の大剣を天高く掲げ、その切っ先を交差させた。

 何事かと全員が構え、その一挙一動を注視する。

「まさか……本当に雷!?」

 シェラザードの焦り声。大剣の切っ先に、徐々に密度を増していく白と紫の塊が(ほとばし)っていく。

 雷魔法『プラズマウェイブ』にも匹敵する雷の束が、大剣の切っ先からカイトより五アージュ付近の地面に吐き出された。

 特に照準が定められたものではない。しかし切っ先から鞭のように轟く電撃は、誰にも予想できない動きで大部屋一面を駆け回る。

 避けなければ。そう思ってカイトが跳躍した瞬間。

 一秒ほど遅れて出現した第二の雷撃がカイトを直撃した。

「――っ!?」

 雷撃は二束に留まらない。計八束ものそれが大部屋を包み込み、少年に続けてエステル、シェラザードを沈黙させた。そして運よく直撃を免れた二人にも強かな痙攣を強要させる。

「エネルギー砲、じゃないとはいえ……滅茶苦茶だっ」

 なんとか立ち上がるも、その動きは鈍い。不満を吐いた少年のみではなくそれは誰もが同じで、ティアのアーツを駆動するのが精一杯。

「はっははは! 閃光に包まれしうら若き戦人とは、中々の景色じゃないか」

 目の前の人馬兵は人間でもないし、トロイメライのような高度な人工知能も有していないだろう。だから続けざまの雷撃が来ないのは助かるが、それでも次に来たら、確実に敗北に近づくのだ。

「これは私の美にも、中々感性を引き出すものだ」

 雷撃以降のほんのわずかな沈黙を破って、再びストームブリンガーが動き出した。両の大剣が、大きく振りかぶる動作によって人馬兵の背までやって来る。

 雷撃を受けた遊撃士たちは、立ち上がったもののまだ機動力を取り戻すのに時間がかかる。クローゼは回復魔法超駆動『リヒトクライス』の初動に入るも、未だに尾を引く痙攣が駆動を遅らせる。

 勝利への確信にブルブランが顔を歪めた、その時。

「――怪盗紳士君、君への返答がまだだったね!」

 オリビエ・レンハイムが、突如として声を張り上げた。

「なに……?」

 味方も、そしてブルブランも意識を彼へと向ける。そこには仁王立ち両の掌で導力銃を握り、攻撃まで秒読みの人馬兵に向けて銃口を真っ直ぐに向けて微笑を浮かべるオリビエがいた。そのままの構えで、再び声を大にする。

「詩人の美学を教えようじゃないか! 君に問おう、『美』とは何ぞや……!?」

 その言葉の意味が、戦闘前にエステルに遮られた会話の続きであることは、ブルブランしか理解できなかった。

「惨めにも負け犬の遠吠えか……美とは気高さ! 遥か高みで輝くこと! それ以外にどんな答えがあるというのかね?」

「フッ……笑止!」

 人馬兵の両の大剣がエステルとカイトに向かい始めてもオリビエは笑顔を崩さない。大ぶりだったために遅く感じられる斬撃。その軌跡が振り上げから降り下ろしになる、まさに一瞬。

 漂泊の詩人が、決定的な一弾を打ち込んだ。

「真の美、それは愛だーーッ!!」

 叫びとともに、銃から火花が迸る。カイトの双銃よりもやや大ぶりな銃。そこから放たれた弾丸は一直線に進み、ストームブリンガーの頚部まで進んだ。

 そして、爆発する。大地を轟かせる程ではないとしても、頭部と胸部まで届く中規模の爆炎。一撃必殺でないとしても、エステルとカイトに向かっていた大剣を止め、その注意をオリビエに向かわせるだけの威力があった。

 普段使用している銃弾ではない。その危険性故に数発の携帯を限度とした、オリビエ随一の高火力銃弾『ハウリングバレット』。

「な、なにっ!?」

 その驚愕の声も、先程の会話と同じように遊撃士たちとクローゼには分からなかった。驚いた理由がオリビエの攻撃ではなく、口撃によるものであったことは。

「愛するが故に人は美を感じる! カイト君の市長邸での戦い……それはクローゼ君や家族、自分の愛する者のために身を呈した、何よりも美しく敬虔すべきものなのさっ!」

「なっ!?」

 さらに口をあんぐりとさせるブルブラン。オリビエは言うか速いか、ストームブリンガーに向かって駆け出した。

 その時、クローゼが青の光を拡散させる。慈愛に満ちたリヒトクライスは遊撃士たちを癒して、完全ではないもののある程度の機動力を取り戻させたのだ。

「くっ、小賢しいことを……だが私に言わせれば、愛こそ虚ろにして幻想! そんな感情が、何になると言うのだね!?」

「――愛は何にも勝る最強の力! 理にも届きうる神秘の法さっ!」

 再び降り下ろされた大剣を間一髪で避け続け、オリビエは大部屋を駆け回る。その間に、何とか遊撃士たちは体勢を整えることができた。

「馬鹿馬鹿しいっ! そんなものはまやかしだ!」

 戦ってもいないブルブランに余裕がなくなっているように見えるのは、気のせいだろうか。

 余裕を奪わせた原因であろうオリビエは、避け続けた結果としてカイトの元へとやって来た。

「そうだね! だから僕らが、それを証明してみせるのさっ!」

 もう遊撃士たちとクローゼは、オリビエの暴走一歩手前の演説についていけなくなっていた。エステルは「へ……?」とすっきょんとうな声をあげるし、カイトも「……は?」と名指しされたことを一瞬理解できなかった。

「僕とカイト君の、華麗なる戦いを見たいというのなら……!」

 オリビエは叫んだ。何よりも強く、一生懸命に。

「お見せしよう――『美』の真髄をっ!」

 未だ状況は膠着状態。旧校舎の地下遺跡。

 エステルは思った。

(何言ってんのあの変態!?)

 カイトも思った。

(だから何でオレを参加させるの!?)

 怪盗紳士との遭遇。彼と詩人の美の探究は続く。

 

 

 


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