ここからしばらく、連続投稿をしていきたいと思います。
その詳しい内容やスパン、理由等を活動報告にて報告したいと思います。
連続投稿終了後の更新についても書きたいと思いますので、よろしければご参照ください。
夜の九時。旧校舎へと続く裏門の鍵を開けたエステルは、やや起こり気味に言い放つ。
「さあ~て? あの失礼極まりない幽霊め、この手でとっちめてやるんだからー!」
生徒会室で気絶したエステルは、そのまま転倒しかけて目を覚まさなかったため、まずは安静にすることになった。その二時間ほど後にぼんやりと目を開き、自分の状況を把握したらしい。
「ほうほう。エステル、もう怖くないの?」
「幽霊だろうがいるんだと分かればへっちゃらなそうよ。それより、迂闊に近づいたらカイトまで巻き込まれるわよ」
「マジですか、恐ろし……」
シェラザードの注意勧告に身震いする。確かに一同の先頭に立って棒術具を振り回す彼女からは、剣聖の闘気に負けないほどの殺気が……しないでもない。
「なんにせよ、エステル君の調子も戻ったわけだ。これで晴れて肝試しができるという訳だね」
オリビエが、先程と違い幾らか落ち着いた声色で呟いた。その隣には、幸せそうにカメラを携えるドロシーがいる。
「旧校舎は今の新校舎と違って一つの建造物となっていますので、全体の調査には少し時間がかかるかもしれません」
一方で生徒代表として唯一武術の心得があるクローゼが、一同に注意点を説いている。ジルとハンスは、魔獣が徘徊している可能性もあって今回は待機となった。
遊撃士三人に、オリビエ、クローゼ、ドロシー。この六人が旧校舎調査隊の布陣である。
「姉さん」
「なに?」
「俺だって家族だから。何かあったら、相談ぐらいは乗るからな」
エステルとの学園生徒への調査の終わりに見せた晴れやかな表情。察するに、ヨシュア関連の事情での悩み事が晴れたのだろう。
渦中のエステルだからこそ話せることなのかもしれないが、それなりに近くにいる弟としては余計な釘を刺しておきたいところだった。
「……そうだね。カイトにも色々と助けられてる。……何かあったら、遠慮なく相談させてもらうね」
「おうっ」
旧校舎への距離は、裏門を開けてから数十アージュだ。すぐに辿り着いた。
「ふふふ、これが旧校舎……中々ゾクゾクさせてくれるじゃないか」
夜に来ているだけあって、明らかに雰囲気が違う。一寸先は闇ではないが、わずかなそよ風も冷や汗をかくのを助けてくれる。
明らかな異物に気付いたのは、校舎内へ入る扉の前に立った時だった。
「これって、カード?」
「何か書いてあるみたいだけど……」
何の変哲もない一枚の掌大のカードが、扉に張り付いている。
どう考えてもおかしい。
「ええっと……」
一同を代表するエステルが、それを持つ。
『招かれざる訪問者よ 我が仮初の宿へようこそ
千年の呪い 恐れぬならば 我が元に馳せ参じるがよい
第一の呪いは大広間に
――虚ろなる炎を目指せ』
突然、カードが火を噴いた。
「わわっ!」
「きゃっ!」
「な、何なの!?」
少女二人が小さく叫び、シェラザードが驚きをあらわにする。
果たしてこれは
いずれにせよ、明確な人間の意志が感じられる。
「じょ、冗談じゃない! 生きてる人間様をなめんじゃないわよっ!」
怪しさが満点ではあるが、それでも自らやって来た手がかりだ。謎解きのような悪戯に、正面から挑戦することになった。
――――
『第二の呪いは教室に
――南を向く生徒を探せ』
『第三の呪いは庭園に
――落ちたる首を探せ』
炎の付いていない燭台。散らかっている教室の中で、ただ一つ正しく置かれる椅子と机。庭園にある壊れた花瓶。それぞれが、校舎内を迷い暗がりを怖がりながら得た答えだった。
そして、最後はカードと共に一つの鍵が置かれていた。
『今こそ呪いは成就せり 最後の試練を乗り越え いざ 我が元に来たれ』
「呪いは成就せり……」
「どうやら、その鍵を使って我が元へ来いということだろうね」
エステルが呟き、オリビエが続く。
さらに散策すること数分、見つけた鍵穴に鍵を差し込んで、教室の扉を開く。
そこには、石でできた精巧な竜の像があった。クローゼ曰く、かつてリベールに住んでいた古代龍を模ったものらしい。
シェラザードが、その像の周囲を探る。これまでと同様、順調にそのスイッチを見つけたらしい。
「ビンゴね」
像が、独りでに滑り出した。見えてきたのは、大仰な地下への階段。
「こんなものが像の下にあっただなんて……」
「フフ、悪くない趣向だ。なかなかどうして、良いものを用意してくれるじゃないか」
感想を漏らす、クローゼとオリビエ。
「……でも、あのカードといい、鍵といい、幽霊の仕業にしては変じゃない?」
エステルの言葉には、全員が同意せざるを得ない。幽霊というよりは生きている人の仕業といった方がしっくりしているからだ。
緊張感を持って階段を下りると、地下は意外にも光があった。やわらかな燭台の炎のそれが、明るすぎず暗すぎずといった間隔で置かれているのだ。
周囲を見渡す。校舎内というより迷宮に近い雰囲気の地面と壁。
そして正面には、敵がいた。
「うそっ!」
「いきなりか!」
見た目がともかく汚らしく、実態があるのかすら怪しい。言うなれば、
「セイッ!」
「ハッ」
飛び出したカイトとエステル。だが確たる肉体を持たないせいか、銃弾も体術も体積を減らす程度で終わってしまう。
「二人とも、退きなさい!」
シェラザードの声に反応して、その位置を特定。彼女と魔獣を結ぶ線を開け、道を作る。
すぐに赤い熱が特攻した二人の間を通り過ぎた。ファイアボルト――直径五十アージュ程の火球が魔獣に接触した。
炎が弱点だったのか、意外にも呆気なく燃え尽きる。
「いきなり魔獣……びっくりしたわ」
「ファイアボルトも体すれすれを通ってびっくりした……」
カイトの呟きは無視する他のメンバー。
「ふむ、他にも魔獣がいるようだ。さしずめ、この地下遺跡がカードにあった『最後の試練』、なのかな?」
「さすがに非戦闘員を連れていくのは危険ね……」
とのシェラザードの提案に、ドロシーはやはり拗ねてしまう。けれど危険だという意志が伝わったのか、何かあったら呼ぶという約束をして待機してもらうことにした。
「それじゃあみんな、くれぐれも気をつけてね~?」
旧校舎地下に広がる迷宮――遺跡は、思いの外広大で複雑な造りをしていた。王都地下遺跡の時のように階層や導力仕掛けの機械こそないが、いくつもの分かれ道、襲い掛かる魔獣。五人での踏破はなかなか時間がかかった。
やがて辿り着いた大広間。今までの通路よりやや明るく、それでいて面積も体積も大きい。それこそ、雰囲気以外は王都地下遺跡のようである。
他にもいくつかの違っていることといえば、待ち受ける人間が金髪を擁するリシャール大佐ではなかったということだろう。
人で間違いない。そして、恐らく幽霊でもない。その体は透けて見えることもなく、また光と対を成す影も、炎と体の直線上にある。
「……こいつで間違いわよ、シェラ姉」
「同じく。透けてないし浮いてもないけど、オレたちが見た例の影にそっくりです」
膝まで伸びる白の外套。手に持つは赤い宝玉が印象的な杖――ステッキ。色あせた青の髪。
「……あんた、いったい何者?」
「フフフ……ようこそ、我が仮初の宿へ」
シェラザードに、やや高めの芝居がかった滑らかな口調で返してくる。同時に振り返って見えた顔には、両端に白い翼を模った、目元を隠す大きな仮面。
幽霊騒動の張本人が、そこにいた。
「各々、問いかけたいこともあるだろう。しかし今は歓迎させてもらうよ。遊撃士諸君、旅の演奏家、そして……クローディア姫」
一同が、驚く。カイトはその身分や立場の当て方に、ロランス少尉のような既視感を覚えた。
「こ、こいつ、クローゼの正体を!?」
「フフ、私に盗めぬ秘密などない……。改めて、自己紹介をしよう」
エステルの声を遮り仮面の男は両腕を天にかざす。まるでそこが壇上の舞台とでもいうように。高らかに言い放った。
「――執行者No.Ⅹ。『怪盗紳士』ブルブラン。『身喰らう蛇』に連なるものなり……」
驚きの上に、驚愕。予想もしなかった単語が飛び出してくる。
「身喰らう蛇!?」
社会の裏で暗躍する、謎めいた結社。調査をしようとしてはいたが、まさかいきなりその偶然にぶち当たるとは。
思わず、目線はブルブランを外さないままそれぞれの得物に手をかける。
「フフ……そう殺気立つことはない。私はここで、ささやかな実験に投じていただけなのだ。ここで君たちと、争うつもりはないのだよ」
そこで気がついた。ブルブランのさらに奥、大広間の最奥の小さな祭壇にある。因縁深い漆黒の機械に。
「リシャール大佐が使っていた漆黒の導力器『ゴスペル』ですか……」
「しかし、あれよりも一回り大きいようだね……」
「フフ……今回の実験では、このゴスペルは非常に役にたってくれたよ」
先ほどから会話に飛び出てくる『実験』という言葉。誰もが疑問を出しそこねていると、その迷いを察したらしい仮面男は微笑を浮かべながら装置に手をかける。
「百聞は一見に如かずだ。ここに辿り着いた証として、披露しよう」
沈黙のその後……仮面男の指さす空間に、半透明の『白い影』が現れる。
いや、影は目の前の男と瓜二つだった。まさしく、各地で目撃された白い影。
機械操作しているのを見るに、これで亡霊の類でなく人工的な産物であることは疑いの余地がない。しかしそれはそれで、一同に何度目かの驚愕を起こさせる。
「こんな高度な技術が開発されているとは、大陸諸国のどこでも聞いたこともないが……」
オリビエの言う通り、目の前の現象は五人にとって未知の領域だった。関係者はこの場にいないが、ツァイス中央工房の人間でも目玉が飛び出るほどの技術のはずだ。
「これは、我々の技術が作り出した空間投影装置だ。もっとも装置単体の能力では目の前にしか投影できないが……ゴスペルの力を加えると、このようなことも可能になる」
ゴスペルが、黒い波動を拡散させた。それで導力停止現象が発生したわけではないものの、代わりに影が、大広間の至る所に出現しては消え出現しては消えを繰り返す。
明らかに、現代の技術力を超えている。
「――とまあ、こんな感じだ。ルーアンの市民諸君にはさぞかし楽しんでもらえただろう」
白い影の真相。それは単に、目の前の男の悪ふざけだったという訳だ。
「中々趣向を凝らしているだろう? 選挙で浮かれる市民たちに贈る、ちょっとした息抜きと娯楽……そんな風に思ってくれたまえ」
確かに、ポーリィやオリビエ、ドロシーなどは面白がっていたが。それでも生活に支障をきたす人がいたり、市長選挙では喧嘩沙汰になりかけたり、もしかしたら大事な試験結果に影響することもあるかもしれない。総じていえば、迷惑極まりない話だ。
であれば当然、新たに浮かぶ疑問がある。王国の一地方を騒がせた動機は何だ。
「いったいどうしてこんな事をしでかしたのよ!? 身喰らう蛇って……いったい何を企んでいるわけ!?」
エステルが叫び、間髪入れずにブルブランが返す。
「身喰らう蛇の目的……私がそれを明かす権利はない。しかし、私個人の理由ならば、諸君らに説かせていただこう……。
私が今回の計画を手伝う理由はただ一つ……」
怪盗紳士が一人の少女を、しなやかに動く人差し指で示した。
「クローディア姫……貴女と会いまみえたかったからだ!」
「えっ……?」
「はぁ……!?」
人知れず反応するクローゼの弟分を余所に、まるで酔ったような演説が続く
「市長逮捕の時に見せた貴女の気高き美しさ……それを我が物にするために、私は今回の計画に協力したのだ。あれから数か月……この機会を待ち焦がれていたよ」
「何だか色々許せねえ……あれ?」
呟いたカイトも、そしてエステルもクローゼも言葉にしないだけで思い至った。
「あんた……何で市長逮捕の時のことを知ってるんだ?」
「そういう君のこともよく覚えているよ。姫の弟を自称する子供だと……」
「……ぁあ?」
何故だろう、何故だか無性に腹が立つ。
もっとも、その理由はエステルやシェラザードから見れば一目瞭然なのだが。
「戦いの境地に見せた、傷ついた君へ対する姫の涙。そんな至高の宝玉を見せてくれたことには感謝するが……」
せせら笑うような言葉遣い。
「あのような惨めな戦い方は……美しくない。そんな君には、残念ながら要はないのだよ」
「……てんめ~っ!」
思わず歩きだした体を、シェラザードの鞭が捕縛した。
「離してくださいシェラさん! あの野郎! 今すぐわけのわからない舌を引っこ抜いて――!!」
「はいはい、気持ちは分かるから取り敢えず落ち着きなさいね」
そのままオリビエとエステルに引き留められ、もがもがと罵声を浴びせる少年を一度引っ込める。
何とも緊張感がなくなったと、銀閃は嘆息した
「……で、続きを話してくれるのかしら?」
「フフ、話を戻そうか。私はあの時、陰ながら君たちを観察していたのだよ。例えば……こんな風にね」
シェラザード、そして彼女と共に恐々しながらも話を聞いているクローゼ。二人は、十アージュほど先で起きた現象に度肝を抜かれた。
ブルブランが白い外套をはためかせ、一回転。一度外套の影にブルブランが隠れたと思ったら、そこにいたのはいつか見た別の男性だったからだ。
「あの時ダルモア家にいた……!?」
直接変化した瞬間は見ていないものの、それでも男性の姿を目にしたエステルが言葉を失う。
「変装……大したものだ」
エステルと同じくまだ暴れているカイトを抑えていたオリビエが、その現象に名前を付けた。
市長逮捕に関係している少年少女であれば覚えがある男性の風貌。彼はダルモアとデュナン公爵が取引をしていた大部屋、その扉で待機していた執事と瓜二つだった。心なしか、背丈も変化しているように見える。
「フフフ……『これで納得していただけましたかな? 遊撃士の皆さん』」
声色まで、そっくりだ。言い切るころには、もう一度回転して元の白い外套の仮面の男に戻っていたが。
さらに、言葉に悦と情動が漏れ出す。
「怪盗とは、すなわち美の崇拝者。気高きものに惹かれずにはいられない。
……姫、貴女はその気高さで、他ならぬ怪盗である私の心を盗んでしまったのだよ。……おお、なんという甘美なる屈辱っ!! 如何にして貴女は、その罪を
先ほどまで、得体のしれない男に狙われるという気味の悪さを味わされていたクローゼだが、この
「あ、あの……そんなことを言われても困ります……」
取り敢えず。ブルブラン以外の全員の心が一致した。
この男を野放しにしたら、確実に世の人々の精神を害する。疲労や気味の悪さ、呆れと言う感情で。
「この酔った口調……誰かさんにそっくりかもね」
「失敬な……一緒にしないでくれたまえ」
と、年上二人。
「身喰らう蛇……なんか思ってたのと違うけど……クローゼが狙いと聞いたらなおさら放っておけないわね!」
「放っておくわけあるか! 徹底的に懲らしめてやる!」
友を想う少女と、想いすぎて空回りしかけている少年。
そしてクローゼも、それらを頼もしげに見ながら細剣を構えた。
「協会規約に基づき、不法侵入などの容疑で拘束するわ。『ゴスペル』のことも含めて、色々と喋ってもらうわよ」
臨戦態勢が整った。
当の仮面男は、悲しげに立っている。
「嘆かわしいことだ。姫との邂逅の喜びに無粋な横槍を入れようとは。……ちょうどいい、そこの少年」
「なんだ、キテレツ仮面!?」
「私が、優雅なる戦いというものを見せてあげよう」
言われた瞬間。
殺気が、五人を包み込んだ。
「な……」
「うそ……」
また、驚いた。決して体が
「Flamme!」
戸惑い覚めやらぬまま、今度は高らかな声。途端に視界の明暗の揺らめきが増した。同時に自分の足から生える暗闇は長くなっていく。
「燭台の炎が……?」
炎が大きくなったからだと気づいた瞬間。
「Alguill!」
怪盗紳士は叫んだ瞬間に跳んだ。速さもあるが、唐突すぎてくるかもしれない攻撃に身を固める。
その判断が、命とりだった。
ブルブランが何かを投げたと思ったら、体は既に動かない。エステルも、シェラザードも、オリビエもクローゼも。そして、カイトも。
驚いて、その事実に体を振り向かせることもできなくて。
「まさか……影縫い!?」
「フフフ……」
怪盗が、彼らの影を盗み取った。