心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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7話 王都繚乱⑤

「動く機械……」

「機械の、魔獣……?」

 自分の目の前で起きた、鉄の粉砕音と爆発音。その衝撃と驚きがあまりにも強すぎて、カイトは声の主が誰であるのかに思考を回すことができなかった。

 機械魔獣。確かに、それがしっくりくる呼び名だ。地面の上、五十リジュから一アージュほどを揺らめきながら浮遊する微小金属の集合体。角張った装甲や歯車のように回る金属片からは、魔獣が持つ情動など一切感じられなかった。

「何なのよこいつら……」

「さすがに、こんなのは初めてだ」

 珍しくうろたえるブライト姉弟。五大都市を回った彼らでも、こんな経験は初めてだろう。

 一目散に、アガットとジンが駆ける。残る二体の機械魔獣を攻撃し、攻撃される。

 しかし幸いにも、奇襲に近い形でアガットが一体を屠ったからか呆気なく制圧はできた。

 今の敵は、たまたま三体で来たのかもしれない。しかし、これがさらに多くの群れで来たのなら?

「……こいつは厄介だな」

 一匹狼の戦闘を発揮したアガットは、そんなことを言う。

 たまたまアガットの重剣で粉砕することができたが、本人も毎回できるわけではないらしい。魔獣の気配はないと思っていたが、急に緊迫感を帯びてきたというわけだ。

「けれど、遺跡の狭い通路である以上大人数での移動はできんだろう。これは、探索する人間と待機する人間を分けたほうがよさそうだ」

 しかし、だからといって待機している人間が休めるかと言ったらそうではない。先程のように敵が攻めてくることも考えられ、戦闘能力のないラッセル博士を保護しなければならないのだ。短い話し合いの結果、前列を三人、中央にラッセル博士を含めた四人、後列を三人の配置として、全員で進むこととなった。それぞれの班は数十アージュほど離れて進み、前後どちらかの列で戦闘が始まれば状況に応じて連携をとる。

「よし。配列は決まったな」

 ラッセル博士を除き最も年長であるジンが言う。ところが、彼は全く別の人物を指名した。

「エステル。エルベ離宮の時のように、号令を頼むぞ」

「え、私!?」

 当然だが、少女は驚いていた。あの時、その場の全員から作戦の依頼を受けたものとしての号令を頼まれていた。そして今は、クーデター阻止のための最後の作戦としての号令を任されているのだ。

「この事件に一番深くかかわってきたのはお前さんたちじゃ。お前さんの言葉で動くのが、筋じゃろうて」

「私は問題ないわ」

「エステルさんなら、できますよ」

 ラッセル博士が、シェラザードが、クローゼが少女の背を押す。その後に、アガットもオリビエも、ティータも続いた。

 そして、その思いはカイトも同様だ。孤児院を救うために奔走してくれたエステル。その彼女は、カイトの住むルーアンを訪れる前後にも、ボースやツァイスでクーデター事件に関わっていたのだ。そして、解決のために尽力してきた。

 年も殆ど変わらないし、遊撃士資格を得たのだってたった半年程前という新人ぶり。戦闘技術に光るものがあるとはいえ、まだまだ先輩に比べると未熟なものもある。

 それでも正直に言えば、憧れてしまう。ここまで光り輝く人を、カイトはほかに見たことがないから。自分やクローゼに影響を与え、もしかしたらここにいる全員が彼女に感化されているのかもしれないから。

 今は、彼女が軌跡を描く手伝い程度の事しかできない。けれど自分も、いつかは彼女のように生きたい。

 だから、彼女が指揮を執ることに、異を唱える者など誰もいない。

「……分かった。

 これより、遺跡探索及びリシャール大佐の捜索を始める。各自、全力を尽くして!」

 全員が、大きく声を荒げさせた。

 

 

ーーーー

 

 

 前列。アガット、エステル、オリビエ。

「現状直接的な打撃で機械魔獣に痛手を当てられるのは、俺とエステル、ティータ、そしてジン。前列に当てられた俺たちの役割は重要だ。気張るぞ」

「モチのロンよ!」

「ちょ……僕はおまけかい?」

「当たり前よ、変態」

「カイト程すばしっこければ陽動に使えるがな。それとも、盾にでもなってくれるか?」

「……シクシク」

 オリビエに厳しい遊撃士二人である。

 中央。ラッセル、クローゼ、ヨシュア、シェラザード。

「僕ら三人は、アーツ以外で攻撃をすることが難しい。だからこの中央で、援護やラッセル博士の保護を行うよ」

「分かりました、ヨシュアさん」

「守らなければならないお姫様が補助に回れるのも、適当な布陣ね」

「ふむ。頼んだぞ、若人たちよ!」

 前列とは違い、平和そのものな光景であった。

 後列。ジン、カイト、ティータ。

「俺たちの役目は後方から来た機械魔獣を相手取ることだ。しかし最悪、無理に倒す必要はない。時間を稼いで前列が探索するまで持ちこたえればいいし、いざとなったら俺が盾になってやるからな」

「逆に、オレは魔獣を撹乱させればいい」

「わたしは、素早く中央の人たちに伝えること!」

 兄貴分の面倒見のよさもあり、和やかな雰囲気が続く。

 そこで、少年は隣を歩く金髪の少女をみた。

「そういえば、ティータだっけ? よろしくな。オレはカイト・レグメントだ」

「はいっ。ティータ・ラッセルって言います」

 二、三歳程下だろうか。とても可愛らしい少女だが、一つの驚きがある。ラッセルという姓ーー中央にいるラッセル博士の孫娘ということだった。

 考えてみればラッセル博士のことを『おじいちゃん』とも呼んでいたし、ツナギを来ているところからしても光る才能があるのだろう。しかも自分用に軽量化された導力砲を持っていることも驚きだ。身体能力はともかくとして、この場における数少ない攻撃力となっているのだ。

「技術者かあ。機会があれば、オレの銃も見繕ってほしいなあ」

「は、はい! 任せてください!」

 その場に似合わない、穏やかな会話である。

 と、その時。警戒していた自分たちの後方から、機械魔獣が現れた。

「っと、お出ましか!」

「ティータ、中央へ連絡を!」

「はい、カイトさん!」

 いくら攻撃力に優れるティータとはいえ、幼い少女を前線に送り込むのは気が引ける。だからこその各々の役目でもあるのだ。

「ほらよ、こっちだ!」

 ジンが拳を叩き込む隙を作るため、少年は陽動に出る。四体の形も乱雑な機械魔獣は、狙い通り囮に照準を合わせてくる。

「ーーセイッ!」

 まずは小手調べに一発と、最も小さな敵に弾丸を撃ち込む。

 そこで驚くべきことが起きた。

 装甲に弾かれると思っていた一発の弾丸は、少年の予想以上の速度をもって機械魔獣に迫り、そればかりかその体の深部へとめり込んだのだ。

「うそ!?」

 後方でその様子を観察していたジンより撃った本人が驚く。

 重要な機構を破壊されたらしく、銃撃をもらった一体は呆気なく爆発した。

「驚くのは後だ! このまま迎撃する!」

 敢えて爆風に突入したジンは、煙を死角にして肉薄した大型の敵に拳を叩き込む。手甲から伝わる衝撃は大きく、機械魔獣は後方に大きく吹き飛ばされる。

 しかし遺跡を徘徊しているだけあって一筋縄では行かない。残る二体から放たれた種々のミサイルが雨となって少年と武術家に降り注ぐ。

「い、行きます!」

「ーーエアリアル!」

 対して、後ろから聞こえた二つの声。ティータの砲弾とシェラザードのアーツが炸裂し、ミサイルは男たちに当たることなく壁に飛び散っては爆発する。

 その隙を見逃さず突進する二人。ジンは正拳突きと回し蹴り、カイトは体術から銃弾を叩き込むベインガンバースト。

 またも末期の爆発。多少の裂傷を浴びたが、大したことはない。

「なんだ、これ!?」

 視界が晴れてきて見える大量のセピスと比べれば、想定内の傷に過ぎないからだ。

「ふむ……」

 微かな静寂の中、ジンは百は越えるであろうセピスを見た。欠片を一つ拾い、真新しい光沢を放つそれを弄びながら言う。

「とりあえず、先に進むぞ。前列に遅れをとるわけには、行かないからな」

 

 

ーーーー

 

 

「それで、ジンさん。さっきの現象のことを知ってるみたいですけど、教えてくれますか?」

 入り乱れた陣形を整えた後、少年は問う。異常に破壊力を伴った弾丸や、突如現れた、大量のセピスについて。

「そうだな、良い機会だし説明しておくか。少し長くなるが、しっかり聞いておけよ」

 前提としてアーツーー導力魔法は、七曜のエネルギーを戦術オーブメントを介して圧縮、混合された結果現れる現象だ。吹く風や揺れる炎、果ては治癒や力の上昇までもが縁のない者にはほとんど見られない代物でもある。

「けれどここと同じように、戦術オーブメントでもセピスを溜め込んだ魔獣でもなく、独りでに魔法現象が現れることもある」

 現れるのは、セピスやクォーツを介さなくても既に七曜エネルギーが濃い空間。そういった空間では味方や敵も、人間も魔獣も関係なく魔法現象の恩恵を受けることになる。突如として治癒が施されたり攻撃や魔法の威力が上昇したり、剣を人撫でしただけでセピスの欠片が出現したり。

 森林など自然が近く濃くなればなるほど、七曜脈が近くなる地下であればあるほど、魔法現象は現れやすくなる。

「だからこそ、こういった場所では魔獣にも恩恵が下るってことを覚えておいた方がいい」

 余談であるがカイトが余り命の危機に陥ったことがないのは、ルーアンの海による水属性の治癒の恩恵を無自覚に受けていたからであったりする。

「自然に地下ですか……分かりました、覚えておきます」

 しかしジンは顎に手を当てると、やや目を薄くしながら追加する。

「まあ、他にも場所はあるがな。以前遊撃士や各国の軍隊、治安維持組織が協力して犯罪組織を制圧したことがあった。オレもその作戦に参加したんだが……」

「……?」

「そこでは比較的地上の都市部にもかかわらず、異常なまでの魔法現象が出現していた。そんな風に普通通りに行かないこともある。気をつけておけよ」

 要約すると、そんな感じだった。長い話をもう一度噛み砕いてみる。

 戸惑った現象ではあったが、先程自分の力だけで機械魔獣を制したのは素直に嬉しかった。運が良ければ、或いは七曜の流れを読むことができたなら、自分や味方に優位な立ち回りができるだろう。

 この空間でなら、非力な自分でも勝機が巡ってくるかもしれない。剣聖の後継者と言われるリシャール大佐にだって、何かを変えることができるかもしれないのだ。

「あ、あれ……」

 と、久しぶりにティータの声を聞いた。戸惑いが見え隠れしたその音に疑問を抱いて前を見る。

 いつの間にか、長い道のりを歩いていたらしい。あれ以降前列側にしか敵が現れなかったことも影響しているかもしれないが。

 今までの細い通路でなく、入り口の時のような広い空間。そして仰々しい階段を制覇すると、グランセル城の大門に匹敵する大きさの通路が現れる。

 そしてその向こう側。百アージュを越えた距離には、黒の軍服に身を包んだ金髪の男性がいた。

 その男性に近づくまで、十人は全員無言でいた。誰もがこのクーデターが決着するとわかっているから、秘めた想いや意志を決戦前に思い出していたのだ。

 待ち構える軍人は、全員に背を向けて刀を持っていた。東方の剣と言われるそれを、今は鞘に納めて悠然と佇んでいる。

 十人は、立ち止まった。エルベ離宮の中庭などすっぽり入ってしまいそうな大部屋。黄、青、赤、緑それぞれの光源が輝く。

「なんとなく……君たちが来るのではないかと思っていた」

 男性ーーリシャールが、安らかともとれる口調で呟く。それは、エステルとヨシュアに向けられていたものだった。

「私たちは、大佐の計画を止めに来たわ」

「無論、そうだろう。しかし私もここで止まるわけには行かないのだ」

 リシャールは振り向く。彼が前を向きそして近づいてきたことで、大部屋の最奥にあるものが明らかとなる。

「大佐、そなたゴスペルを……!」

「なんだか……演算器から聞こえる音みたい……」

 ラッセル博士が示した、小さな祭壇の上に置かれた漆黒のオーブメント。カイトも覚えていた市長邸よりも、更に濃い黒の光が溢れている。

 それ故か、辺りは得たいの知れないものだらけだ。空気、物質、そして音。ティータの例えは、彼女にしか馴染みがない自然界にはないであろう音であることを物語っている。

「完全に起動してないのなら、今ならまだ間に合うわ! ゴスペルを放して!」

「それは、無理な相談だ。シェラザード君」

 軍人は、首を横に降る。次の王女の言葉にも、難色を示す。

「では何故、そんなものを使うのですか? 何故国民の命を危機に晒して、平和を得ようとしたのですか!?」

「お分かりのことでしょう、殿下。かつて危機に貧したこのリベールを救った英雄は、もういない。だから私は情報部を立ち上げ、他国よりも情報戦に優位にたち、そして英雄に代わり奇跡を起こしてくれる何かを求めた」

 奇跡だと思ったという。再びこの地が侵略されたとき、英雄なき王国は混迷を見せる大陸の闇に消えてしまうから。そんな奇跡を起こしてくれる何かを、リシャールは渇望した。

 そして見つけた。

「古代人が女神よりもたらされた輝く環なら、奇跡を起こせる。もう誰もーー」

「それって本当に奇跡なの?」

 エステルが、軍人の言葉を遮る。

「私は、遊撃士という仕事をしている。皆を守るのが仕事だけど……本質は守るんじゃない。『支える』ことが、私たちの役目なの」

 支える籠手の紋章を掲げ、様々な意味で少年少女を助けてきたジンが言葉を引き継ぐ。

「同感だ。遊撃士という存在の本質は、遊撃士の紋章が教えてくれる」

 そしてアガットが。

「ここにいる人間は、遊撃士もそうじゃない奴もいる。遊撃士は人を支え、そして人は遊撃士に存在意義を……力を与える」

 ジンはツァイスでティータと共に鍾乳洞へと向かったという。ティータは銃弾を受けたアガットを必死で介抱した。アガットがいなければ、レイストン要塞に捕らわれたラッセル博士を救出できなかっただろう。

 ラッセル博士がいたからこそ、ゴスペルの危険さを理解できた。その博士の依頼を達成するには、オリビエの武術大会での活躍は欠かせない。シェラザードとオリビエの助けがあってクローゼの救出が果たせたし、また彼女がいなければグランセル城解放作戦は成り立たなかった。

 そしてエステルとヨシュアは、いつだってその支えの連鎖の中心にいた。

「私たちはそうやって助け合ってきた。……ううん、他にもユリア中尉、親衛隊の人、武器を持てない人だって。その結果、奇跡を得ようとしてる大佐の前に立ってる。

 それだって、ものすごい奇跡だと思わない?」

 太陽のような輝きを持つ少女だからこそ言える。

「でもそれは、奇跡でも何でもないと思うの。誰もが自分の可能性を信じて頑張ってきた結果。そして誰かを支えようと思うことで、ここまでの力が産み出せる。

 この力なら、リベールにどんな壁が立ちはだかったってはね除けられる! 訳のわからない古代の力を使うより、そっちの方が確実よ!」

 笑顔だった。こんな状況で最大の敵を目の前にしても、敵ではなく『リシャール』を説得しようとしていた。

「……強いな、君は」

 今なら茶髪の少年にも分かる。目の前の軍人と自分たちは、単なる勧善懲悪の関係ではないことに。ただ打ち負かすだけ、ただ計画を阻止するだけではいけないのだ。

 リシャールの心を、変えなければならないのだ。

「だが誰もが君のように強いわけではない。目の前の強大な力に抗える者は少ない」

「ーーそれは違う!」

 だから、カイトは閉じていた口を開く。

「オレも、大佐と同じように強い人間じゃない。だけど、そんなものは関係ないんだ!

 街道の魔獣だって満足に倒せないオレが、皆から支えられて、皆の力になろうとすることでここまで来た。弱いオレだって、皆と一緒に様々な障害をはね除けることができた」

 ルーク・ライゼン。オルテガ・シーク。カノーネ・アルマティア。ロランス・ベルガー。

 そして今、アラン・リシャールをも倒そうとしている。

「エステルのように強い人間だけが可能性を持つ訳じゃない。弱い奴だって強くなれる! オレより何倍も強いリシャール大佐が、その可能性を実現できないはずがないんだ!」

 カイトは目一杯叫んだ。弱い自分の声でも届くことを証明するかのように。

「……言葉は出尽くしたかな……?」

「……っ」

 けれど、リシャールの行動を変えるまではいかなかったようだ。その微笑を浮かべた顔に、わずかに心が揺らいだことを示していたとしても。

「まだです、大佐。一つだけ……聞いてもよろしいですか」

 初めてヨシュアは口を開く。無言を肯定と捉え、そのまま続ける。

「あなたはどこで、ここに輝く環があることを知ったのですか」

「なに……」

「いくら情報部を設立してあらゆる事実を知ったとしても、女王陛下さえ把握しきれなかった古代遺物があることなんて、そんな情報があること自体がおかしいんです」

 なおも軍人は無言を貫く。

 背後のゴスペルの黒い光が、妖しく震えるように見える。

「そして、ツァイスの中央工房をも凌ぐ力を秘めたゴスペル。あなたは……それをどこで手に入れたんですか」

「……答える義理はないな」

「違う! あなたは僕の質問に答えることができないんだ!」

 答えられない、何故だか分からない、言い換えれば確信した記憶がない。

 全員が一つの予感にたどり着く。

「あなたは何故だか分からないけど、王城の地下に輝く環があると確信していた! そうでしょう!?」

 過去にボースで、ルーアンで確認された記憶が曖昧な犯罪者たち。もしリシャールも同じなのだとしたら。

 カイトは考える。リシャール大佐の裏に、さらに……。

「だからどうしたというのだ! 現に、ここに輝く環があるのだ! ならば私は、私の道を行くだけだ!!」

 思考が遮られ、さらに驚く。

 ゴスペルから放たれた黒い光が、突如として部屋中に広がったから。

「君たちの可能性を証明したいのなら、私と『奇跡』に勝ってみせろ。それができぬなら……力足りぬ理想論として、叩きおってくれる!!」

 ゴスペルの光が収まった。部屋を照らしていた四色の光が消えた。遺跡のどこにいても聞こえていた導力の駆動音が途絶えた。

 けれど祭壇から放たれていた渦状の光源だけは、変わらなかった。

「導力停止現象……?」

「いや違う。まるで、何かが放たれたような……」

 ブライト姉弟の言葉に、全員が身構えた。

「大佐……これは!?」

 クローゼの言葉に、リシャールは表情を変えずに応える。

「分からない。しかし、これは言える。『奇跡』であることは」

 どこから何が来るのか、分からない。ラッセル博士を守るように円陣を組み、静かにすぎる十秒を待つ。

 やがて静寂を破った『声』は、誰のものでもなかった。

『全要員に警告』

『輝く環の封印機構における第一結界の消滅を確認』

『ゴスペルが使用されたと推測』

『デバイスタワーの起動を確認』

『第一結界消滅による環からの干渉、微量ながら発生』

『環の守護者の起動を確認』

『繰り返し警告。速やかなる避難を推奨する』

 地面が、轟いた。

 かすかな気配を感じ、部屋の側方の壁を見る。今更気づいたリベールの紋章が、壁と共に動き出した。

「なにか、来るっ!」

 動いた壁の向こうは、暗闇が広がっている。

 そして、それは来た。

「なによ、このブサイクなの!?」

「気を抜かないで! きっとこいつが環の守護者だ!」

 丸みのある体躯。白の体。目であるかのように赤く揺らめく頭部の三つの光り。赤と青の、靴のような歪な浮遊物。高さ八アージュ程の巨大さ。

 エステルの言葉は、案外的を得ている。しかし。

『殲滅対象を確認』

 先程の警告をした声とは別の音声が、巨大な機械から聞こえる。

『対象生命体数十一。環より空間把握による能力測定。総合値…………八十三と推定』

『モード、完全殲滅へと移行』

 機械の両爪先から鋭利な角が突きだし、両手には赤と青の浮遊物が装着された。頭部が紫の装甲に覆われ、狐のような顔面が浮かび上がる。

『環の守護者トロイメライ。これより、完全殲滅を開始する』

 巨大な機械が、一歩一歩近づいてくる。その進路にリシャールが割り込み、十人に顔を向けた。

「環の守護者。残念ながら私も殲滅対象の一人のようだが……これで準備は整った」

「リシャール大佐……!」

「いずれこれを操れれば、相当な兵力となろう。そして輝く環を解き放ち、奇跡を手に入れる」

 エステルが叫ぶ。

「そんなことさせない! 大佐の野望を止めてブサイクも止めて……そして皆の可能性を証明してみせるっ!!」

 リシャールが太刀を構えた。その背後のトロイメライが、両腕を振りかぶった。

 最後の戦いが、解放者と守護者との戦いが始まった。

 

 

 

 


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