心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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7話 王都繚乱④

「……面白い」

 仮面を取った自分が、四人の前で膝をついた。その様子をどこか面白げに()()()()青年は、そんな風に呟いた。

「っはぁ、はぁ……あんた、も、終わりよっ!」

 そう言うのは、自分の首筋に棍を当ててきた少女だ。圧倒的な力を見せつけても、折れなかったその意志が、幾多の戦いによってついた棍の凹凸や傷から伝わってくる。

 剣聖カシウスの娘、エステル。あいつの隣にいるだけあって、中々面白い娘だった。

「ずいぶんと、てこずらせてくれたわね」

 そう言って膝をつけたロランスから見て左から向かってきたのは、鞭を携えたシェラザード。遊撃士とあって中々の人材だ。そして彼女との縁があるに相応しい搦め手を持つ女。あの武術家も含めて、いい土産話になりそうだった。

「……っはぁぁ。オレたちの勝ちだな。ロランス少尉」

 銀閃に対し右から現れたのは、二丁拳銃の構えを最初のそれに戻したカイト。ある意味で一番、有益な情報がなかった少年。それもそうだ、元から情報自体が少ないのだから。

 そんな子供が、子供なりではあるが自分に一矢報いてみせた。正直孤児院で会った時はどこにでもいる平凡な少年だった。けれど性格かそれとも周囲に感化されたのか、少なからず動乱の世に立つ資質を見せたのだ。

 こんな子供がいるのだから、尚更自分はこの世に問いかけなくてはならない。その資質が、資格に変わるかどうかを。

「もう一度言います。お祖母様を、解放してください」

 三人のやや後方から呼び掛けてきたのは、この国の若き王女。どれだけ無鉄砲なのだろう、ただただその一言だ。しかし今回は、その無鉄砲さが良い方向に働いた。少なくとも世間知らずよりもずっといい。その方が、戦う前に問いかけたことの意味を理解してくれるだろう。

 そうであるならば、これからこの国に降りかかる災厄の犠牲者も少なくなる。期待しているぞ、クローディア姫殿下。そんな風に思った。

「……何か喋ったらどうなのよ」

 考えている間にそんなことを言われてしまった。だから、こう言おう。

「……正直、驚いたぞ。ここまで食らいついてくるとはな。

 ……だが、まだ甘いっ」

「え?」

 すぐに感覚を戻した。分身ではなく、自分そのものの体に。

 もう自分は、彼らの後ろに立っていた。

「な!?」

「うそ!?」

「遅いーー」

 ここまで善戦したのだ。その実力なら、威力を落とせば吹き飛ぶだけですむ。

 膝を曲げた。足首をたたんだ。下半身の全ての関節を曲げて力を込めた。赤い気を体に纏い、逆に邪魔な七曜の波を戦術オーブメントに収束させる。

 全身の関節を伸ばし、回転しながら大剣で切り刻む。放出した鬼のような気が、炎となって飛び散る。

 先程はベインガンバースト、だったか。ならば、こちらも名を言おう。

「鬼炎斬っ!!」

 これが、この先お前たちに降り注ぐ壁だ。どうあがくか、見させてもらうとしよう。

 

 

ーーーー

 

 

 凄まじい衝撃だった。耐えられなかった。当たり前だ、分け身が使えることを失念しているほど疲労していたのだから。

 抵抗むなしく四人は吹き飛ばされ、疲労が邪魔をして膝をつく。

「いつの間、に……分け身を……」

 完全に負けていたのだ、最初から。

「クローディアッ!」

 今の今まで安全域に留まっていたアリシア女王が、五人に向かってかけてきた。最愛の孫娘を守ろうとするも、それは全く疲労の見えないロランスによって遮られる。

「動かないでもらおう、女王陛下」

 行く先を大剣で遮られては、言われた通りにするしかない。しかし恐怖に怯えることのない国家元首は、青年の瞳を見て語りかける。

「その眼……なんて悲しい眼をされているの。よほど辛い経験をされてきたのですね……」

 憂いの言葉。ロランスもまた、その慈愛が見える瞳を見る。

 そして答えた。

「貴女に俺を憂う資格などない。ハーメルの名を知る、貴女には」

 感情が見えないような淡々とした言葉遣い。しかし何故か、アリシア女王を驚愕させる。

「ちょ、ちょっとあんた……何訳のわからないことを」

「心配せずとも剣を陛下の血で染める気はない。……時間稼ぎも終わったことだしな」

 当事者にしか要領の得ない会話にはシェラザードでも割り込めない。沈黙のあとにエステルが口を開いたが、それもすぐにロランスが遮ってしまった。安心していいのか分からない一言の後、青年は辺りを見回した。

 気がつけば、空は曇天に包まれていた。雨が降るか微妙な程度の空気の湿りは、唯一落ち着いているロランスにしか分からない。

「リシャール大佐ならこの城の地下へと向かった。今ならまだ、その野望を食い止められるかもしれんな」

「ーーえ?」

 耳を疑った。ロランスはあくまでリシャール大佐の部下であるはずだ。なのに何故、自分たちが不利になるような情報を明かすのか。

 余裕があるにせよ、ロランス自身が圧倒的に強いとしても、気紛れを起こすような人間には見えない。

「どうして……それを」

「時間まで女王陛下を守るという、俺に課せられた任務は終えた。ならばそれ以上の行いはしない。この国の一先ずの行く先を、見届けさせてもらうことにするさ」

 まるで事件に全く関与していないような……傍観や監視をしているような口ぶりだった。ようやく四人が疲労から脱して立ち上がる。しかしその時にはもう、青年の体は後ろーーヴァレリア湖に向いている。

「余計な悲劇を防ぐため、お前たちがどう抗うか……。楽しみにしているぞ」

 次の瞬間。ロランスが跳んだ。

「な!?」

「正気!?」

 二人の遊撃士が驚いた瞬間にはもう、ロランスは手すりを越えて空中に身を投げていた。

 クローゼ以外の三人が、顔を手すりから出して確認する。しかし湖に落ちてもいないようで、水面に波紋は全く見られない。

「……どこに行ったんだ」

 最初から最後まで、謎を残した男だった。

「エステル!」

 戦闘後の余韻に浸っていると、カイトでない少年の声が聞こえた。ヨシュアはまた会えた嬉しさをにじませながら、こちらへと駆けてくる。その後ろに続くジンとオリビエ、そして陽動班のユリアの姿も見える。

「陛下……本当に、よくぞご無事でっ……」

「また会えて嬉しいです、ユリア中尉」

 再開も束の間、一同は現状を把握する。

 城内の特務兵は制圧され、アリシア女王陛下の一先ずの保護も完了した。作戦はほぼ成功したといってもいいが、情報部に操られた王国中の正規軍がこちらに向かっているのだという。狙いは反逆者の掃討としてだろう。

 かたや、黒幕であるリシャール大佐も健在となっているのだ。ロランス少尉の話では、アリシア女王との謁見で話題となった王城の地下にいるというが。

 そうした状況を経て、アリシア女王は危険を承知で正規軍を説得することとなった。一度ユリアがクローゼにしたように飛空艇での脱出を提案したのだが、やはり民を想う女王の決意は変わらなかった。

「だからエステルさん。あなたたちには、何としてもリシャール大佐を止めてほしいのです」

 エステルたちがいない間に女王と大佐の対話で判明した真の目的。それは、『輝く環(オーリオール)』を手に入れることなのだという。

 古い伝承でも登場する、女神が人に授けた古代遺物。全てを支配するという、超常的な力を秘めたそれは、あくまで伝承――お伽噺にすぎないはずだった。

「……存在するのですね? このリベール王国のどこかに」

 オリビエの問いに女王陛下は答えなかった。しかし、誰が聞いても肯定と取れる言葉を紡いだ。

「『輝く環、いつしか災いとなり人の子らの魂を煉獄へと繋がん。我ら、人として生きるがために昏き闇の狭間にこれを封じん』……王家に伝わる古き伝承です」

 実在する。あるいはしていた。封印されたそれを蘇らせたら、何が起こるかわからない。

 一同は、ロランスが指示していた地下へと向かった。王城になじみのある三人が思い浮かべたその場所は、宝物庫だった。

 鍵を用いて扉を開けると、中は異様な景色が広がっていた。元々特別大事なものはなかったという。しかし寂しい景色ではなく、重厚感のある機械が部屋を満たしている。

「こんな物、なかったはずだぞ!?」

 ユリアの驚愕の声を流しながら、自身も驚くカイト。鉄の臭いが鼻に届くほどの質量を持ったそれは、少年が初めて見る導力式自動昇降機――エレベーターと呼ばれるものだった。

 何はともあれ、エレベーターを動かさなければ話にならない。ヨシュアは前に出て、機械のスイッチに手をかけようとする。

 と、そこで。

「ふむふむ……オーブメントが儂を呼んでいる声がするぞ!」

「ま、待ってよおじいちゃ~ん……そんな声聞こえないってば~」

「お、オイコラ、完全に安全じゃないんだから大人しくしてろっての。……まったく、親と子の顔が見てみたいぜ……」

 一人を除いて、カイトの知らない声だった。しかし聞いていた情報と照らし合わせれば、簡単に分かる。

 まず白髪と同じ色の髭を擁するも、走り込みほどの勢いの歩行でやってきた元気な老人が一人。続いて、これまた元気いっぱいにその後姿を追い開ける赤いつなぎを着た長い金髪の可愛らしい少女が一人。そして、最後に背に重剣を携えた赤髪の偉丈夫が一人。

「ラッセル博士!?」

 と、アリシア女王。

「ティ、ティータ!?」

 と、ブライト姉弟。ちなみにその数秒後には、少女――ティータ・ラッセルはエステルに全力で駆けて抱き着いた。

「アガットさん!?」

 と、カイト。

 グランセル支部で聞いた逃亡中の三人は、大きな怪我もなさそうだった。

「よう、なんだか色んな面子が揃ってるじゃねえか」

「ど、どうしてここに?」

「それはこっちが聞きてえっての、カイト。……まあこっちは、灯台下暗しを狙って王都に来て、エルナンから状況を聞かされたからな。こっちにも来てやったのよ」

 お互いの情報交換の後、一同はおざなりとなっていたエレベーターへと目を向けた。そこで老人――ラッセル博士が誰よりも早く向かった。

「ふむ……これは導力的な仕組みによってロックされておるな」

 流石はリベールにおける導力革命の父と言ったところか。懐に持っていたカイトにはどんな道具なのか理解できないカードのようなものを機械に差し込むと、あっという間にエレベーターを起動させる。

「ふむ。この程度のロックなど、儂にかかればちょちょいのちょいじゃ!」

 見れば、その背にはやや大きめの鞄がある。さしずめ、小さな工房のようだ。

 何はともあれこれで準備は整ったーーその時。

「ユリア中尉、ご報告があります! ……王都の大門に正規軍の一個師団が到着! 情報部の士官によって率いられている模様ですっ!!」

 陽動班となっていた親衛隊員の一人による緊迫した報告。

「さらにヴァレリア湖上から三隻の軍用警備艇が接近しています!!」

 加えられた言葉に、一同は戦慄した。このままではリシャール大佐を追っている間に、グランセル城に乗り込まれてしまう。軍隊の包囲網から逃げ切るのはさすがに不可能だ。

「どうやら……私が説得に出る必要があるようですね」

 そんな中、アリシア女王陛下が師団を説得すると声をかけた。危険ではあるが、恐らく女王陛下が直接説得に出る以上の手はないだろう。そうしてユリア中尉も護衛のために残り、遊撃士たちは地下へと降りていく。

 エステル、ヨシュア、カイト、シェラザード、ジンにアガットといった遊撃士とその見習い。オリビエ、ティータ、ラッセル博士という協力者と、王家の人間として行末を見届けるために来たクローゼ。

 総勢十名の人間が、深い深い地下へと誘われていく。

 

 

――――

 

 

 エレベーターが停止した。その金網の地面を踏みしめ終えると、次は固い大理石のような感覚が返ってくる。しかしその目に見えるのは、今まで目にしたどの模様とも違う、紋様のような螺旋が模られた地面だ。

「な、なによここ……」

 そんなエステルの狼狽した声に気付いて、顔を上げる。

 エレベーター付近には工事用の機材や廃材が乱雑に置かれているが、それ以外は全くもって趣向の違う物たちだ。所々亀裂の入った壁。恐らく導力式なのだろうが、その仕組みはラッセル博士でさえ分からないだろうというほどの結晶から放たれる黄金の光源。

 そんなカイトの単純な思考に、ヨシュアが答えとしてそれを示す。

「古代ゼムリア文明の遺跡……」

「相当古い遺跡のようじゃが、『四輪の塔』などと違って装置は駆動しているようじゃの」

 ロレントの翡翠の塔、ボースの琥珀の塔、ルーアンの紺碧の塔、ツァイスの紅蓮の塔。五大都市にの各所にあるそれは、観光名所となっているゼムリア文明の遺跡。機能が停止しているために様々な憶測と太古のロマンがささやかれているが、重要なのはそこではなかった。

 五大都市の最後となるグランセルに、その四隣の塔と同種の遺跡がある。それは果たして偶然なのだろうか。それとも必然なのだろうか。

「いずれにしても、リシャール大佐がここに真っ当な理由で来たわけじゃないだろう」

 カイトの思考を止めたジンの言葉は、少年や他の者の意識を今やるべきことに集中させる。

「すぐにでも探索を始めたほうがいいわね、みんな」

 その言葉に異存はない。エステルと同じく、全員が同じ意志を抱いている。

 十人が歩を進める。最初に現れたのはリシャール大佐の指示で作られたらしい大橋で、その後には広間が存在していた。

 特に魔獣の気配もない。それもそのはずだ、リシャール大佐がこの空間に踏み込むまでどれだけの時間が経っていたのかもわからないのだ。だからこそ、各々が自由に進んでいた。

 と、その時。

「――伏せろぉ!」

 突然の叫びだった。アガットの声は一同の先頭を歩いていたカイトの鼓膜を揺らす。次いで青年の重剣が、少年のすぐ横をかすめる。

 結果として聞こえてきたのは、鉄塊が大理石とぶつかる不快な残響ではない。

「こいつら……!」

「魔獣……いや、機械か!?」

 鉄塊が鉄塊を壊し、雑種の金属がひしゃげる不協和音。そして、内部機構が壊れて起こる小規模の爆発。

 一同の目に焼き付いたもの。それは動く機械の群れが砲の照準をこちらに合わせる姿だった。

 

 

 


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