心の軌跡~白き雛鳥~   作:迷えるウリボー

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7話 王都繚乱③

「例え女子供であろうと、立ち塞がるものは斬る」

 半身になって、左手の大剣を構えてくる。ロランスの周囲の空気のみが、他とは違って赤い『何か』が揺らめいている。

「……行くぞ!」

 突如、青年が滑るように踏み込んできた。一同の前にいて得物からして前衛を務めるエステルが、袈裟懸けの斬撃を向かえうった。

 ギャリッ、と鈍い火花が散った後、少女の体勢が大きく乱れる。

「エステル!」

 やや遅れてカイトが援護にと突っ込むが、彼の正面からの稚拙な体術は防がれるどころか意味をなさなかった。正拳突きの右腕、その手首を青年の右手がつかみ、ベクトルを利用され払いのける動作のみで大きく飛ばされる。

 少年をいなしたと同時にロランスは、左手の大剣をシェラザードに向けていた。踏み込みも見せずに青年一人分の高さを跳躍すると、落ち際に大剣を地に叩きつけた。

 重力も味方した一撃の威力は凄まじく、攻撃を避けたにも関わらず余波がシェラザードに襲いかかる。結果として転倒こそしなかったものの、銀閃は大きく後退した。

「なによアンタ……大会の時と桁違いじゃない!?」

 そんなエステルの狼狽した声を聞く限り、彼女と少年の武術大会の知識は役にたたなそうだ。素早さも速まっているが、それ以上に確かにあった動作の中の隙という存在が消え失せている。

「ならば、怖じ気づくのか?」

 嘲笑うかのような言葉を発し、ロランスは周囲を見渡した。

 先の攻防の結果、四人は青年を四方から取り囲むような陣形になっているのだ。元々後ろにいたクローゼは最も遠くテラス入り口側、その正面の湖側にカイト。左右にエステルとシェラザード。

 不意にクローゼが水色の波を纏った。微かに瞳を瞼から覗かせているが、忘我の表情は間違いなくアーツ発動の布石だ。

 それを見計らい、残る少女と少年が動く。カイトは遠くの姉に当たらない軌道で銃撃を二発撃ちつつ突っ込み。

「ーーセイッ!」

 エステルは掛け声とともに棍を振り払った。捻糸棍、空気と『気』の混ざりあったそれがロランスに向かう。ほぼ同時にクローゼの波に変化が顕れた。

(さあ、どうだよ!)

 二方向から攻撃と、それにやや遅れてから放たれる魔法。仮に全てを防がれたとしても、それでも残るシェラザードの鞭と自分の体術が待っているのだ。さすがにこれだけの連撃の末なら、自分の攻撃も通用するはずだ。

 銀髪の青年は僅かに身をそらし弓を構えるような姿勢となる。カイトの銃撃を避けながら大剣の切っ先を引き絞り、剣の間合いとしては遥か遠くにいるはずの王女に向けて、『弓』を放った。

「ーー破ァッ!」

 少年にとって信じられない事態が起こる。青年の掛け声とともに可視の突風が吹き荒れ、螺旋の渦を描いてクローゼに向かった。少女は短く悲鳴をあげ、肌と制服に十数の裂傷を浴びた。同時に水色の波まで彼方へ飛ばされ、アーツが不発に終わる。

 続けてロランスが射手の勢いそのままに体を半回転。捻糸棍の空質を一振りで薙ぎ払いながら、自らに向かってきた少年と鞭使いを見据える。

 裂かれた捻糸棍が地面を粗く撫でたと同時、鞭がロランスの足首を掠める。カイトが回し蹴りを放つと、やっと一撃を入れたがそれでも大した痛手ではなかった。蹴りと同時に大剣が放たれ、少年の左二の腕に血の線を走らせた。少年は一度後退、全員の陣形が戦闘開始直後とほぼ同じとなる。

「っはぁ、はぁ……」

 出血と運動そして緊張で、少年の呼吸が浅くなる。

 今までのどんな敵とも比較にならないほど強い。四人全員の質の異なる攻撃を制し、かつこちらに僅かながら痛手を与えてくる。それだけの動作を、二十秒弱の時間の中で行ったのだ。

 乾いた口腔を意に介さず、少年は懐からティアラの薬を取りだして二の腕に塗りつける。刺傷、裂傷による止血は、打撲に効果的なティアの薬よりもティアラの薬の方が役にたってくれる。

 しかしそうしている間に攻められたら元も子もない。だから四人は、冷や汗を垂らしながらも得物をしっかりと握りこんでいた。

 しかし。

「なに……!?」

 カイト含め、全員が目を見張る。ロランスが四人と距離をとり一度瞑目したかと思えば、瞬時にその戦闘服を白銀の煌めきが包み込んだからだ。

「占めた……!」

 クーデター絡みの戦いで初めて敵がアーツを使用してきたことも驚きだが、それはむしろ好機だ。いくら実力差があるとはいえ、四人対一人のこの状況で詠唱に集中するのは明らかに自殺行為。油断したな、と心の中で叫びながら、カイトは三発銃弾を放つ。同じ考えを持ったのだろう、エステルとシェラザードも足早に駆け、カイトに続く第二波を浴びせようと仕掛ける。

 そしてカイトの銃弾が炸裂しようとして――ロランスの大剣が呆気なくそれを弾いた。

「なっ!?」

「んですって!?」

 全員が呻く。詠唱中にもかかわらずロランスは目を見開き、そして驚いて勢いを減じさせたしまったエステルとシェラザードに肉薄した。

 大剣と棍が火花を散らした。その二人の影から地を這うように迫る鞭はむなしくも空振り、ロランスの蹴りの一撃がエステルに直撃する。

 瞬時に体を翻してシェラザードに近づこうとして、彼の死角から飛んできたクローゼのアクアブリードの水球を斬撃から生み出した突風で消し去る。さらに水球と同時に迫ったカイトの掌底を肘でいなし、その背に蹴りを叩きこむ。

「なんなのよ、こいつ……」

「まるで先生並の体捌きじゃないの……」

 状況は、再びロランスが詠唱を始めた時の状態とほぼ同じに逆戻りしていた。カイトは二人の遊撃士と違い声には出さなかったが、それでもここ数か月で類を見ないほどの驚愕に駆られている。

 戦術オーブメントの駆動には、術者の強い集中が必要。それがアーツを使用する者の共通の認識だ。現にクローゼやエステルは上位アーツを放つ際には少なからず目を閉じていて、誰かにその隙を守ってもらっている。熟練の遊撃士であるシェラザードは、確かに詠唱中も動いてはいるという。戦闘経験を積めばいずれは動ける幅が広がるのかもしれないが、それでも彼女は足を使っての攻撃を回避すること以外はない。やはりそれなりの深い集中が必要なのだ。

 なのに目の前の青年は、詠唱中とそうでない時の動きが全く変わっていない。一体どれほどの経験を積めば、あそこまでの意識の分散をできるようになるのか。

 驚愕のあまり動きを止める四人。彼らが見つめる先で、白銀の煌めきはついに術者に収束した。

 アーツが来る。白銀――幻属性のアーツと言えば、混乱を呼び起こすカオスブランドか、術者の身体能力を向上させるセイントのちらか。

「おかしいわ」

 出方を伺うカイトは、わずか数アージュ隣のシェラザードの呟きを聞いた。

「幻魔法に、あんな長い駆動時間はない――」

 空間が色素を失い、同時にシェラザードの声が響いた。

「避けなさいカイトっ!!」

「え……」

 近くにいた銀閃が瞬時に飛び退く。その行為を理解する間もなく、六本の白銀の刀身がカイトを包み込んだ。

 瞬間、それぞれの刀身が淡い紫の波動を伝播させる。続けざまに感じたのはこれ以上ない吐き気と耳をつんざく波長。さらに体が内側から膨れ上がるような感覚が襲い掛かって、炸裂した。

「がっ!!」

 最後に爆発した刀身が軽いカイトの体を数アージュほど吹き飛ばす。

「カイトッ!?」

 瞬時に動き出していたロランスを抑えていた三人のうち、クローゼが叫ぶ。

「大丈夫だ姉さん!!」

 本当に大丈夫だと感じた。実際濃密な吐き気は刀身が出現していた時だけで治まり、吹き飛ばされたのも運よく後方だったおかげできれいに宙返りの要領で着地することができた。僅かに頭痛が後を引くが、大したことはない。

 そう思って、いつからか閉じていた目を開く。

 そこで異変に気付いた。

「……あ」

 視界がおかしい。今自分はしっかり土地を踏みしめているのに、なぜ倒立をした時のような逆さまの景色が広がっているのだ。一番自分から遠い女王陛下の姿がやけにはっきり見える。逆に激しい戦いを繰り広げている四人は遥か彼方にいるように感じる。なのに、斬撃の音はまるで雷鳴のように鼓膜をふるわせる。

 セイントでもカオスブランドでもない。なんだ、この見たことも聞いたこともないアーツは。

 驚きもつかの間、いきなり肩と腕を弾かれた。いつの間にやら自分以外の四人が近づいていたらしく、もろに吹き飛ばされる。体術だったから痛みだけだったものの、大剣の一撃だったら今頃は大怪我なんてものじゃない。

「とうりゃああ!!」

 今度は雑踏の中で硬貨を落としたような微かなエステルの叫び声。捨て身の覚悟での一撃の反撃を仕掛けた彼女はロランスの一撃をまともに受けるが、代わりに他の者が行動を起こす時間を呼び寄せる。

「それを使いなさい!!」

 同時に、石が大理石の上を転がるような音が聞こえる。視界の上――実際には恐らくカイトの足元に転がったそれは、シェラザードが投げたキュリアの薬だった。

 感覚のつかめない視界に手間取りながら、何とか薬を飲み込む。一度強く目を閉じ、頭の中の何かが流れ去った感覚を感じ取る。次に目を開けた瞬間には、視界は正常に戻ってくれていた。

「気をつけて! あのアーツを喰らったら、目と耳がおかしくなるんだ!」

 同時にエステルの棍とクローゼの細剣がロランスに迫る。二人の連撃でなく同時攻撃は攻防に拮抗を見せてはいるが、明らかに一人のはずのロランスの方が余裕がある。

 また嵐のような斬撃が止んだ。陣形は入り乱れ、強い集中が疲労を起こす。

「これじゃあじり貧だ」

 少年が、弱々しく呟いた。

 今のままでは勝てない。カイトのみが弱いのならまだしも、ロランスの前では全員が力不足だ。

 エステルは棍の攻撃と戦術オーブメントの制御力を考えて、常に四人の総合的な弱点を補っている。今も捨て身を覚悟して、連続突きからの薙ぎ払いの連撃ーー桜花無双撃を放ち、痛手を受けている。

 シェラザードは鞭の搦め手を活かし、いつも少年少女が一撃を撃ち込むための布石を作っている。かつ年長としての補助的な立ち回りもあり、頼もしかった。

 クローゼはなんといっても水属性魔法のエキスパートだ。残念ながらロランスの攻撃によってその真価は発揮できていないが、今は勇敢に前に出てその細剣術を披露している。

 もちろん自分も、やれるだけのことはやっているが。銃術と体術、それぞれ他の三人にはないものではあるが。それだけでは足りていないのが現状だった。

 五人の入り乱れる戦況の最中、大剣の切っ先がカイトに向かれた。来る、と理解した時にはロランスが剣を前に突きだし突風が迫る。

 避ける間もない。そう思って身構えた瞬間、足部に何かが絡み付いた。

「ーーハイ!」

 カイトにとって予想外なことにそれはシェラザードの鞭だった。掛け声とともに銀閃が鞭を操り、カイトを引っ張る。その意図を理解した少年は同時に飛び退き、命中されるはずだった螺旋の突風ーー零ストームを掠める程度に修まらせる。

「ほら、シャキッとしなさい!」

「はいっ!」

 やや迫力のある物言いに怯えながら応える。

「ゼァッ!」

 ロランスの袈裟懸けの斬撃。受け止めたエステルは剣を滑らせ、その勢いで回転しつつ棍を払う。同時にクローゼが再び連撃突きを放った。

 そんな二人を援護するために銃撃を三発撃ち込む。しかしロランスは大した苦もなく避けてしまう。

「……そうかっ」

 銃弾を補充しながら、それまでの度重なる攻防の応酬で気づいた、自分に足りないものが。ロランスを含めた他の全員にあって、少年にないもの。

 それは戦術オーブメントだけではなかった。

「オレにはクラフトが……『戦技』がない」

 遊撃士や軍人は戦いの日常に身を置いている以上、それぞれ得意とする剣、体、銃などの武術があり、それぞれには基礎となる間合いや技術がある。

 しかし命懸けな以上時にはその基本とは違う方法で戦う必要がある。そうした戦いの中で編み出された、あるいは工夫された動作や武器変更を、個々人の戦いの技術として戦技(クラフト)と呼ぶのだ。

 それは、この場においては遺憾なく発揮されている。エステルの捻糸棍。クローゼの連続突きーーシュトゥルム。シェラザードの先程のカイトへの鞭ーーヘブンズキス。ロランスの零ストーム。

 しかし戦技を用いて仲間たちと連携を行うには、彼らにもその動作の意味が分からなければならない。だからこそ、それぞれの戦技には特徴からとった名称がある。

 ヨシュアの双連撃のように伝わりやすいもの、エステルの桜花無双撃のように特徴的な名称。意表を突く動作から、一撃必殺とも言える攻撃。戦況を変える一手だからこそ、そうしたなんともない名にも意味がある。

(戦況を変える、一手)

 経験の浅い少年にはおおよそ戦技と呼ばれるものがなかった。教わった体術と銃術、そして自覚のない才を使って、今までの敵を退けてきた。

 けれど目の前の銀髪の青年には、ただの攻撃なんてものは時間稼ぎにすらなっていない。それどころか圧倒的な力量の差で四人を捩じ伏せにかかる。

 その差を埋めるため、勝利を得るために戦況を変える一手が必要だった。銀髪の青年が考えもしないような一撃を、自分が成さなければならなかった。

「……できるのか?」

 いや、できないと決めつけては終わりだ。一番弱い自分が、一番伸びしろがあるのだから。

 カイトは気力を振り絞り、いつもと違う構えをとる。腕を体の前で交差させるのではなく、走り込む前の構えのように両腕と二丁拳銃を体の後ろへ持っていく。

「ーーいけ!」

 女性三人の攻撃が止まる瞬間を見計らい、カイトはついに動いた。ロランスはそれを迎撃しようと油断なく構える。

 痛手を与えなくてもいい。自分一人でロランスに隙を作るだけ。それで、三人が助けてくれる。

「うらぁっ!!」

 二丁を構える。そのまま突っ込む。剣の間合いの直前で跳ぶ。左足を下にしての右足の上段水平蹴り。

 蹴りは剣で受け止められる。衝突した反動で体を左回旋。右足より高い位置にきた左足での踵落とし。

 身を仰け反らせ避けられる。流れは止まらず着地して肉薄。とどめと拳を繰り出す。拳銃を持った拳での正拳。

「ーー!」

 後ろに退こうとしていたロランスの僅かな驚愕。拳は最初から持っていた銃によって射程距離を得て、かつ至近距離から十二発の銃弾が一斉に放たれた。蹴りと踵落としからの銃撃。まるで連続突きから棍を降り下ろす、エステルの桜花無双撃の逆再生のようだ。

 ロランスは剣でカイト自身を弾くことで大打撃は避けられたが、初めてまともに数発の銃弾を浴びた。カイトは攻撃の後の隙が大きくまともに弾かれたが、それに見合う隙を僅かながらも作り出した。

 戦況を変える一手。敢えて今の一連の動作を戦技と呼ぶのなら。その名は。

「……ベイルガンバースト!」

 誰に向けるでもなく、万感の思いで叫ぶ。それが今までとは違う自分であることを確認するかのように。

「今、だっ!」

 自分たちの攻撃の後にカイトが特攻したため時間があった。一から攻撃を繋げる必要もない、今が好機。残る三人が同時に動く。

 鞭がロランスの体を打ち据えた。棍の大上段からの薙ぎ払いが、弾きこそしないがロランスの腕ごと大剣を地面に叩きつける。完全に開かれた腹部に向かって、邪魔されずに放たれたブルーインパクトの衝撃が襲いかかる。

 ついにロランスの体が浮いた。後ろに飛んだ衝撃を殺すため、肩をつけた瞬間すぐさま回転しつつ受け身を取り、片膝をついた状態で静止する。

「そこまでよ!!」

 青年が顔を上げた直後、ついにその首筋に棍が当てられた。

 

 


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